インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

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「空」

わたしが、わたしに向き合い、

自分自身を無意識に意識している時間は、

日記を書いているひととき。

庭を歩いているひととき。

車窓越しに世界を眺めているとき。

朝、熱いシャワーで髪を洗っているとき。

無心で部屋の掃除をしているとき。

野菜や果物を切っているとき。

自分の顔を、鏡に映しているとき……。

日々の行いの随所に、そのひとときはある。

それはわたしにとって、瞑想 (Meditation) のようでもある……と、常々思ってきた。

昨日、有難い話を聞く機会があった。

瞑想 (Meditation) 。Awareness。それを「意識」しながら行うことについて。

お話を通して、わたしなりに、もう少し「意識的に」瞑想をしてみようと思った。

わたしは今、呼吸をしている……と意識しながら、しばし静かに呼吸をすることも、その一つ。

今朝は、普段の「書くこと」から一歩踏み込んで、写経をしてみた。

昨日のお話で、わたしは「漢字」の偉大さを、痛感する瞬間があった。

「空」

という一つの漢字が表す意味のたいせつさに、思いを馳せる瞬間があったのだ。

それを思った時、わずか260文字余りの中に仏教の教えが託された「般若心経」の偉大さを、再認識した。

朝。先日、ポンディシェリで購入した手漉きのノートを一冊取り出して、筆ペンを片手に、書き始める。

2009年、ムンバイ在住だったころ。諸々、心が乱れることがあり、折に触れてはノートに写経していた。一時は全部、覚えていたが、今ではすっかり忘れていた。

今朝、改めて10数年ぶりに文字に綴ってみて、新たな発見があった。仏教的な解釈を、わたしはよく知らない。

しかし、自分がこれまで生きてきた中で学んだ「知恵」のようなものと、仏教の教えとが、うっすらと繋がるような部分が見えた。

般若心経が、かつてとは異なる現実味を伴って、心に沁みた。

漢字って、すごい。

漢字を理解できる日本人である自分が、仕合わせだとさえ、思えた。

これはまた、漢字を使わない国に暮らし続けてきたからこそ、敢えて感じることでもある。

わずか十数分、走り書きする間にも、心が整う気がしてくる。

明日はもう少し、丁寧に書こう。

瞑想のあり方を、一つに絞り込む必要はないのだということも昨日教わったこと。

自分に合った、自分の見つめ方。

わたしにとっての瞑想 (Meditation) のひとつに、写経を加えようと思う。

昨日のことについては、また後ほど、記そうと思う。

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