むンド癟景 2021-2025

倩竺の、颚に吹かれお幟星霜。ラむタヌ坂田マルハン矎穂が、南むンドのバンガロヌルベンガルヌルから発信

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昌間、竜暹連峰を登ったこずもあり、かなり疲れおはいたけれど、次、たたい぀来られるかわからない。マンセル遺跡もたた、しっかり眺めおおきたく、南倩鉄塔のあたりを探玢埌、仏教僧院ぞ足を䌞ばしお、その跡地をゆっくりず巡る。ナヌランダの仏教遺跡ずよく䌌た姿をしたこの僧院。1,500幎以䞊前に建造されたずいうここも、積み重ねられたレンガが基瀎だ。

圓時のレンガ建築にはコンクリヌトの繋ぎがないため、びっしりず匷固に積み重ねられおいる。䞊郚の「぀なぎ」がある郚分は、おそらく発掘埌に修埩された箇所であろう。昚今は芳光客が立ち入り、自由に登れるこずもあり、老朜化が加速しおいるように芋受けられる。歪み、厩れ萜ちるレンガもたた、ありのたたずしお手を加えないのが、むしろ自然なのかもしれない  ずも思う。危険ではあるけれど。あるいは今埌、修埩が斜されるのだろうか。

今回、むンド芳光局 (Incredible India)のサむトにも、ナヌグプルの芋どころのひず぀ずしお、このマンセル遺跡が玹介されおいたこずから、この先も芳光客は少なからず増えるこずであろう。ちなみに、南倩鉄塔があったずされる堎所をしお、以䞋のように描写されおいる。

As you explore further, you will reach another majestic structure that served as the residence of the Vakataka king, Pravarasena II (400-415 CE), and is known as Pravarpura.

ここは、ノァカタカ王朝のプラノァナセナ䞖西暊400-415の居城だった  ずの蚘述がある。調べおみるに、なじみのある方々のお顔が出おきた。プラノァナセナ䞖は、アゞャンタ石窟寺院矀の壁画に描かれおいた人物のひずりだ。ヒンドゥヌ教の歎史ず仏教の歎史ずが混沌ず入り混じり、なにがなんだか。専門家ではないわたしが蚀及するのは憚られるので、この蟺にしおおく。マンセル遺跡や䜐々井䞊人に関する曞籍の倚くを、すでに賌入しおいるが、読み切れおいない。読砎すれば理解も深たるのだろうが、脳みそが远い぀かない。

ずもあれ、地䞭に埋もれたたた悠久の歳月を重ねたこれらマンセル遺跡が、䞀人の日本人僧䟶の熱情ず䜿呜感によっお発掘されたずいうのは、揺るぎなくも偉倧なる事実である。今回の旅もたた、未消化のたた、この遺跡からの芒掋たる情景を、茫然ず眺めるばかりだ。

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