インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

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20代、東京時代。大学を卒業して上京した。わずか8年間があまりにも濃密で、若き日の努力や模索や蹉跌の尊さを思う。

当時の銀座は、「大人の街」で、滅多に足を運ぶことはなく。お気に入りの場所は表参道だった。

日本を離れて28年。一時帰国の東京では、渋谷、品川、六本木……と、そのときどきで滞在場所を変えてきたけれど。この10年余りはずっと銀座。いつしか、この街が好きになっていた。そして最近では、碁盤の目の街並みが、マンハッタンを彷彿とさせ、自分の中で、「五番街」「六番街」「レキシントン」と、勝手に命名しつつ歩いている。

今回はかつてなく、インバウンドの外国人の多さが顕著で、むしろそれが心地よく、もう5年も訪れていない事実がそうさせるのか、しばしばマンハッタンを歩いているような錯覚に陥る。

今朝、日比谷公園を歩きながら「小さなセントラルパークみたいだ」などと思ったり。

街も人も生きていて、呼吸をしながら変わりゆく。

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働けど働けど、手取り11万円だった新卒編集者時代。仕事は過酷で貧乏で、世間はバブル経済に浮かれている中、不健康極まりないライフだった。それでもあの時代があったからこその、今のわたし。

25歳のとき。転職を試みるも貯金がなく。せめて蓄えを増やそうと、仕事のあとに夜のアルバイトをした。日比谷シャンテ・シネ(現在のTOHOシネマズ シャンテ)の1階にあったCAFE GARBO。今は人気のチャイニーズレストラン。周囲には東京ミッドタウンもできて、当時の面影からは一変している。

しかし、ここを歩くと、あのころのことを鮮やかに思い出す。概ね、殆ど、辛く苦い日々だったが、未来は遥かに未知数だった。

ちなみに日比谷シャンテ・シネでは、味わい深い映画が上映されていて、東京時代の後半、経済的に余裕がでてきたころには、よく観に来ていたものだ。あのころのわたしは、映画館で、レンタルビデオで、どれほどの映画を見ただろう。当時観た無数の映画もまた、今のわたしを育んでくれている。

思い出は、尽きず。

今回の滞在先は、2年前のパンデミック明けに泊まったThe Gate。利便性高く気に入っている。1週間の滞在も、明日が最後。明後日には夫と猫らが待つバンガロールへ帰る。

今回の日本。諸々、思いが去来する。こうして綴って反芻して、自分の経験を客観視して、心を調える。

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