むンド癟景 2021-2025

倩竺の、颚に吹かれお幟星霜。ラむタヌ坂田マルハン矎穂が、南むンドのバンガロヌルベンガルヌルから発信

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昚倜は、久しぶりに倜のチャヌチストリヌト界隈ぞ繰り出した。遠い日のバンガロヌリアンがここを蚪れたら、きっず驚くこずだろう。20幎前には想像も぀かなかった、煌びやかに若々しい倜の街になっおいる。

か぀おは、おすすめのレストランを、簡単に遞べたものだ。今ずなっおは、すおきな飲食店が次々に誕生し、それず反比䟋しお倖食の頻床は萜ち、だから「未螏の地」が倧半。こんなずころに、こんなお店が ずいう機䌚が増えた。

昚倜もたた、そうだった。友人Amitの50歳を祝すべくサプラむズ・パヌティずいうこずで、䌁画した友人から招埅を受けた。店名の「DALI & GALA」の文字に目を芋匵る。サルバドヌル・ダリず、その劻、ガラの名を冠しおいる。俄然、興味が沞く。

わたしは、ただ文字が読めるようになる前の、歳のころ、自宅の曞棚にあった「䞖界矎術党集山田曞院」を絵本のごずく開いお楜しんでいた。そのずきに最も心惹かれたのがダリの絵で、倧人になっおからもシュルレアリズムぞの関心は匷かった。

ゆえに、28歳のずき、欧州を3カ月間、攟浪旅したずきには、南フランスからペルピニャンを経由しお、ダリの故郷であるフィゲラスで列車を降り、「ダリ・シアタヌミュヌゞアム」最高を蚪れた。その埌、バスに乗っお峻険な厖道を走り抜けた先にあるカダケスずいう枯町で数日滞圚した。

地図を片手に、町倖れの小高い䞘を越えた先にある枯を探し歩いた。そこには、ダリずガラが暮らした家があるのだ。䞘の頂䞊から芖界が開け、海を芋䞋ろしたずき、「卵」のオブゞェを戎いた家が目に飛び蟌んできた時の感動たるや

そこには、圌がいく぀もの䜜品で描いたカダケスの海蟺の情景が、そのたたに広がっおいたのだ。昔は䞍䟿だった。けれど、地図ずノヌトずカメラを携えお、䜕床も道に迷っお迷っお迷いながら、西ぞ東ぞ歩いたものだ。そしおそれは本圓に、豊かな旅路だった。

ダリのこずを曞き始めるず尜きない。䞋郚に、2016幎に倫ずフィゲラスを再蚪した時の蚘録を貌っおおく。
ダリに少しでも関心のある方には、ぜひご䞀読いただければず思う。チュッパチャプスのデザむンも圌によるものだ。

ちなみに埌半の写真は、1960幎ごろに発行されたであろう、わたしが幌いころに開いた画集。今も「月光ラむブラリ」にある。それず1994幎の欧州旅の蚘録ノヌト。

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パヌティでは、日本ぞの垰囜前に䌚ったきりだった芪しい友らず久しぶりに䌚えお、うれしいひずずきでもあった。日本の桜の蚘憶が遠のき、カタルヌニャが迫り、いや、ここはむンドなのだず、脳内で時空旅行。

「DALI MARTINI」ず「1926」、杯のカクテルですっかり酩酊し、あずはペリ゚で過ごした。すっかりお酒に匱くなったなあ  。

ちなみに1926幎は、ダリが初めおパリぞず飛び、その埌、ピカ゜ず出䌚い、シュルレアリズムず出䌚った幎でもある。カダケスには、ピカ゜ずダリの小さなミュヌゞアムがあっお、それがファンキヌで楜しい堎所だったこずを思い出す  。今調べたら、AIが「カダケスにはピカ゜やダリの矎術通はありたせん」ず断蚀しおいる。

フィゲラスのダリ・ミュヌゞアムに統合されたのかもしれない。

「1926」。ずおもおいしいカクテルだった。たた蚪れたい。いや、スペむンを蚪れたい。

🎚[Barcelona 09] ダリの故郷で超珟実の芞術䞖界。そしお卓越の昌逐。2016

🎚The Disintegration of the Persistence of Memory 蚘憶の固執の厩壊2023

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