
夫の母は、慢性白血病を患い、40代の若さで他界した。
夫の父は、急な心臓疾患により、79歳で他界した。
私の父は、肺がんにより、66歳で他界した。
みな、意識は、概ねしっかりしたまま、この世を去った。
翻って、我が母。現在86歳。気づけば結構な高齢者。
幼いわたしに向かって「美人薄命だから、わたしは早く死ぬの」と、無駄に子どもの恐怖心を煽っていた人が、10月には87歳になる。
パンデミック時代の引きこもりもまた、認知症の症状を加速させたと思う。
記憶が崩れゆく親を見守るのは、なかなかに辛い。3月から4月にかけての約1カ月間、母の白内障手術に伴い、一時帰国をした。このごろは、半年おきに帰国しているが、その都度、自分の精神力を試されているような心持ちになる。
同時に、自分の未来を考える。
母は1年余り前に認知症で要介護1とされ、今年もまた、それを更新した。週に2回のヘルパーさん来訪と、週に3回のケアセンター訪問。平日はお弁当の宅配を利用している。そして妹の差し入れや料理、サポート。
母とは毎朝、メッセンジャーで挨拶を交わし、1日数回は監視カメラで動向をチェックし、週に何度かヴィデオコールで話している。そのときには、比較的、普通に話せるのだが……。昨日、妹から、ごはんが炊けなくなった、味噌汁が作れなくなった……と聞いて、これはさすがにショックだった。
お弁当の宅配は、一時帰国時の3カ月前に開始したばかり。そのときにはご飯と味噌汁を自分で作ればいいからと、おかずだけのメニューを選んでいた。しかしそれも、早晩、見直す必要がある。
母には、できれば最期まで、自宅で過ごしてほしいと思っている。その願いが、叶うように、ヘルパーさんの来訪を増やすなどした方がいいかもしれない。次の一時帰国は9月下旬。風景は、移ろう。
まだまだ先のことだと思っていた還暦が、まもなく自分にやってくるのだ。驚くほどの速さでやってきたのだ。母がボケたって、何ら不思議はない。不思議はないけれど、この事実を受け入れて消化して次のステップに進むのには、それなりの気合がいる。
生きとし生ける人間の、ほとんどの人間が、経験するであろう親の老化と、自分の加齢。これが同時に来るということの、当たり前すぎる、無常。自分の心身、強くあらねばと思う。
親から離れた土地で暮らしていれば、できることは限られる。その限られた中で精一杯を、自分の悔いが残らぬように、模索し実践し続けるしかない。
2014年、NORAが我が家に来た直後、母が最後にインドを訪れ、3カ月ほど滞在した。母にとって、NORAは唯一の、親しい猫。今朝、メッセンジャーで写真を送ったら、
「おはよぅございます
ノラだ、みんなー、仲良く
してるねー」
とメッセージ。一番親しかった自分の妹の名前は思い出せないのに、ノラの名前がスッと出てくる不思議。人生って、なんだろう。
ともあれ、猫らには、本当に救われている。








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