
時間の流れ方と記憶の構造の歪みが顕著。これが、歳を重ねるということなのか。
怒涛のように流れる月日。一年中、同じ服装でいられる、季節感の薄いこの高原では殊更に。
歳月の節目が見当たらないまま、今、日本は確か、盛夏か。
カレンダーの「8月」の文字に、はっとする。
こどものころから8月は、大切な月、だった。節目となる出来事が多い月。自分の誕生月でもあり、夫の誕生月でもあり。
街中の旧居と、空港近くの新居との行き来を重ねる日々は、新しいのに懐かしき、車窓からの情景。
経験を重ねるたびに、記憶は蓄積され、それらは順番通りに引き出しに入っているわけではなく。
開けっぱなしの引き出し。
閉ざされたままの引き出し。
このごろは、あちこちの引き出しが、勝手に開いたり、閉じたりで。
ときには勝手に踊り出て、脳裏を駆け巡るなど。瞑想せよ。呼吸せよ。
さて。
大切な年の大切な月なのだ。
一日一日を慈しみながら、ゆこう。
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“The past is history, the future is a mystery, and this moment is a gift. That why this moment is called ‘the present’.” (Deepak Chopra)
過去は歴史。未来は神秘。この瞬間は贈り物。だから人は、今、現在を「プレゼント」と呼ぶ。
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21年前。偶然に出合ったこの言葉は、いつも目に留まる引き出しにしまってある。ときどき取り出して眺める。
今を、たいせつにね。
最後の写真は、米国在住時代のホームページのスクリーンショット。
Instagramが生まれる前から、Instagramのようなものを、残してきた。






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