
首都ティンプーでの豊かな1日は過ぎて、夕暮れどき、リゾートに戻る。青空と白雲、濃き緑が目にも鮮やかで、曇天だった初日の印象とは全く異なる情景が広がる。
彼方に黄金色の仏陀を眺めつつ、自家製のヘルシーなジュースを飲みつつ、鳥のさえずりを聞きながら、静かなときを過ごす。
今回のわたしたちの滞在先では最も標高が高いティンプー。日が暮れると気温はぐっと下がる。せっかくだからと、暖炉に火を起こしてもらう。パチパチ……ときにバチバチと、盛大に爆(は)ぜながら燃え盛る炎もまた麗しく。
米国に住んでいたころは、折に触れて暖炉のそばで過ごす機会があったが、インドではほとんどなく。最後の暖炉は、確かシムラのワイルドフラワーホールだったか。あるいは、ヨセミテ国立公園のアワニホテルか。いずれにしても、十年以上前のことだ。歳月は流れる。
夜、夫婦揃ってホテルから民族衣装を借りる。男性は「ゴ」と呼ばれるジャケットを羽織り、ウエストを帯で締める。女性は身体に巻く布部分を「キラ」、ブラウスを「ウォンジュ」と呼ばれる服を着る。
ツーリスト用なので、「キラ」は着用しやすいよう簡易なスタイルに縫製されているが、着てみると、それなりにさまになる。すっかりブータン人女性の気分だ。夫も「ゴ」がよく似合う。
この日は、日曜の夜だということで、週に一度の「ロイヤル・ブータニーズ・ナイト」と称され、ブータンの伝統料理が供された。チーズや唐辛子を多用するということで、辛いものが苦手な夫はアラカルトを注文したが、わたしは辛味を控えめにと、ブータン料理を味わうことに。
土地の野菜もたっぷりと、油脂は少なく、味付けもマイルド。主食の赤米とよく合って、胃にも優しい味わいだ。
トレッキングの最中、ガイドのTashiに、普段、朝食は何を食べるのかと尋ねた際、赤米とおかずだと聞いた。「日本米」もあるという。聞けばかつて、JICAで派遣されたニシオカという日本人男性が、ブータンの農業に偉大なる貢献をし、国王からは「最高に優れた人」を意味する「ダショー」の称号を与えられたという。
ホテルに戻って調べたところ、ダショー・ニシオカ、すなわち西岡京治氏は、1964年にJICA専門家としてブータンに派遣されて以来、農業指導に尽力され、日本米はじめ、さまざまな農作物の生産向上に貢献したという。
昨年、エジプトを訪れた際には、日本の米が普及していることを知って驚いたが、ブータンでも日本米が人々の胃袋を支えているのだと知り、感銘を受けた。![]()
わたしが持っているバッグは、先日の福岡クラフトフェアで購入したもの。Misa & Miyukiのコラボ作品で、ヴィンテージの帯が使われている。小ぶりの割に収納できて、軽くて使い勝手がよい。













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