
現在、小雨降るパロ空港にて、デリーへ飛ぶフライトを待っているところだ。8泊9日のブータン旅行。ティンプー 2泊、プナカ3泊、そしてパロ3泊の旅は、あまりに色濃く有意義で、瞬く間に、しかし濃密だった。
自然、伝統、文化、宗教、歴史、食……そして人々の穏やかさ、やさしさ……。一つ一つに感銘を受け続ける日々だった。こまめに記録を残し続けてなお、まだまだ書きたいことは尽きず。いつものことだが、旅のあとは忽ち日常に戻り、余韻を記す機会を損ねてしまう。
フライトまでの短い時間、せめて昨日のことは残しておきたい。
[Bhutan 05]で記した通り、1964年に海外技術協力事業団(OTCA/現在のJICA)の専門家としてとしてブータンに派遣された西岡京治氏。農作物に乏しかったブータンに、稲作をはじめ様々な農作物をもたらした偉大なる日本人のことを、食事をするたびに思い出していた。
国王からは「最高に優れた人」を意味する「ダショー」の称号を与えられたダショー西岡は、59歳の若さで、この地で急逝。ご夫人の意向で、彼はパロの渓谷を見下ろす高台に弔われた。
昨日の朝は雨が降り続いていたが、午後からはたちまち青空が広がり始めた。ガイドのTashiには、前日から、ダショー西岡の仏塔がある国立種子センターへ行きたいと伝えていた。この日もまた、山の幸に恵まれたランチをすませたあと、車に乗り込む。夫はロッジの近くにあるリンポシェゆかりの洞窟へ瞑想に行くと言うので、わたしは一人で出かけた。
山々の緑は、雨に洗われてよりいっそう、瑞々しい。ここ数日、自分の視力が向上したのではないかと錯覚するくらい、視界が明瞭だ。
道中、「これは日本米の水田です」とTashiにその特徴を教わりつつ、豊かな丘陵を飽かず眺める。本当に、美しい。
丘の上に立つ仏塔に手を合わせ、飛来する飛行機を眺める。あいにく土曜日で、西岡氏の活動の履歴が展示された建物内の見学をすることはできなかった。また、次回、ということだろう。
西岡氏に、おいしい農作物をいただけたお礼を伝えられただけで、満足だ。
帰路、パロの小さな繁華街を歩き、アートギャラリーで小さな絵を買い求める。彼方に虹が見える。何もかもが、やさしい物語のような旅だった。本当にありがとう。
……インドに戻ってからも、零れ落ちた写真を拾い集めたいと思う。



















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