

昨日9月16日の夜、約10日ぶりに、バンガロールへ帰ってきた。戻れば忽ち日常の渦に巻き込まれる。今日は雑務を一旦、傍に押しやって、ブータン旅の記録を残す。
ブータンのパロ国際空港を発ったのは14日(日)。早朝出発だったが5時半にルームサーヴィスを頼み、しっかり最後に軽い朝食を楽しむ。なじみの味となった毎朝のバター茶ともお別れだ。
小雨が降る中、Six Senses パロの支配人やスタッフが見送ってくれた。ティンプー やプナカ同様、最後に彼らと写真撮影をして別れる。わたしたちのブータン旅行が、あらゆる点においてつつがなく、すばらしいものになったのは、ひとえにこのSix Senses Bhutanのおかげだ。
今回、ブータン国内にある5つのリゾートのうち3つを利用したが、すべてにおいて連携が図られ、ロッジを移るに際してのストレスは皆無だった。ガイドのTashiとドライヴァーのDawaは出迎えから見送りまで一貫してわたしたちに同行。宿泊はじめ、朝昼晩の食事やアルコール以外の飲み物、スパの利用(1回)やランドリーなど、すべて含まれるパッケージの滞在は、実に快適だった。
我が人生の節目の旅ということで、今回は贅沢な旅行をするに至った。ゆえに、わたしがここに記してきたブータン旅行の印象、特に食事情に関しては、一般的ではないだろう。典型的なブータン料理は唐辛子やチーズを多用するとのこと。我が夫は辛い料理が苦手で、匂いの強いチーズも食べられない。ゆえに、それらを除いた料理を注文していた。
Six Sensesの、素材の旨味が生かされた滋味に富む料理を、わたしたちは大いに楽しんだが、一般的なインド人には、少し「退屈な味」かもしれないとも思う。
既述の通り、ブータン旅行に際し、外国人には「サステナブル・デヴェロップメント・フィー(SDF)」と呼ばれる観光税が、1人1泊US$100課せられる。これはブータンの自然環境、文化、社会のサステナブルな発展のために活用することが目的とされているらしいが、外国人にとっては、旅行のハードルが上がる一因だろう。
一方で、オーヴァーツーリズムにより、観光地のライフスタイルが攪拌されている日本はじめ他国の現状を鑑みるに、これはブータンの環境を保護する命綱にもなる政策だとも感じる。
尤も、かつては今よりも観光に際しての制約が厳しかったようだが、2023年に個人旅行が可能となり、旅行する自由度が増している。それでも、行き当たりばったりの自由旅行は未だに簡単ではない。オンラインで手軽に観光ヴィザ申請はできるようになっているが、あらかじめホテルやガイド、移動手段の手配をしておいた方がよい。
パロ国際空港は、小規模ながらも、そのロケーションと建築、内装の様子の個性が炸裂していて、忘れ得ぬ空港となった。名もなきパロの山々を(本当に名前が付けられていない)、西へ東へと走るに際し、小高い丘から見下ろす時には、渓谷にいつも空港の滑走路が見えた。
標高2200m超。高い山々に囲まれており、離発着時の難易度が極めて高いというこの空港は、しかしその緊張感を和らげるかのような、ブータンの伝統的な意匠がちりばめられた、心落ち着く空間が育まれている。
出発ロビーには、ほぼ全体がアートギャラリーと化しており、ブータンの画家による多彩な情景を眺め楽しむことができた。
わたしが立っているモダンな曼荼羅を見たとき、やはり運命とは、あらかじめ定められているものなのだろうな……との思いを強くした。わたしが20歳のころに描いた曼荼羅と重なったのだ。
以前も何度か、ネット上に上げてきた絵。次回アップロードする。
今回の旅ではまた、1992年に一人旅をしたモンゴルのことがしばしば思い返された。北京からウランバートルまで、商人らが乗る国際列車に36時間揺られて実現した無謀な一人旅。北京からウランバートル、イルクーツクを経て、シベリア鉄道に連なり、モスクワを終着とするその鉄道旅を敢行した若き自分。モンゴルと、ブータンが、折に触れて重なった。
今回、Tashiが、「自分たちは仏教を、宗教とは捉えていない……」というニュアンスの話をしていた。生きる上での教え、倫理、道徳のようなものであり、たとえば伝統的な祝祭のなかにも、さまざまな教えがある……と。その話がとても腑に落ちた。
空港の書店で、記念に購入したガイドブックの冒頭ページを見て、彼の言葉を思い返した。そこには、仏教が「宗教」としてではなく、「精神的な遺産」とカテゴライズされていたのだ。一見、ささやかに思える表現が、深い。とても、深い。
わずか8泊9日のブータン旅行。来し方を振り返る、還暦祝いにふさわしいものとなった。


















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