
福岡に帰ってきて丸3日が、瞬く間に過ぎた。
安堵、遣る瀬なさ、郷愁、感傷。
過去、現在、未来、命運、課題。
懸念や不安を解消させるためには、それなりの対応が必要で、模索し続けた果てのひとつの結果。
母の新居についてはまた、学ぶことが多く。新たに得た「キーワード」含め、改めて記したい。
福岡市東区名島、千早、香椎界隈。
母がもし、ここにいなかったとしたら。こんなにもどっぷりと浸ることはなかったであろう故郷。
暦が還りて還暦。ぐるりと回る人生をして「ロールケーキ」だと閃いたのは、半年前の一時帰国時。そしてこのたびの一時帰国では、たっぷりの生クリームを包んで、ぐいっと巻き込まれたその「継ぎ目」の部分に自分が立っていることを、ひしひしと感じる。
わたしが生まれたのは、熊本県荒尾市だが、1歳のときに、福岡市東区名島汐見町(現在の千早)に引っ越した。
千早小学校に通い、香椎第一中学校、転校して第二中学校、そして香椎高校に進んだ。地図にある黄色い星
がついたところが、母校だ。
18歳で下関の大学に進むまでのわたしにとっては、この界隈でのライフがすべてだった。玄界灘に連なる博多湾を見晴るかし、遠き世界を夢想しつつも、殻を破れない日々。
「高校の国語の先生になる」と決めて大学に進んだものの、20歳の夏に訪れたロサンゼルス郊外1カ月のホームステイで、我が世界観はコペルニクス的転回を遂げ。
あの夏からわたしの世界は、外へ外へと広がってきた。
そうして再びの故郷。
半年前は、母の白内障手術のために1カ月滞在。記憶が靄に包まれていく母と過ごすことは、自分の弱さに向き合うことでもあり。
今回の一時帰国は、まもなく87歳になろうとする母の、最後の「新しい門出」を整えるためのサポートと、わたしの人生2周目の皮切り。
体力、精神力、瞬発力、決断力、経済力。そして感謝と敬意、思いやり。生きる上で大切な人間力のさまざまを駆使しつつ……。速度を落として無理なく進む。
書籍やアルバムや食器や衣類……。まだまだ多くが残された、しかし抜け殻の実家にて、「キャンプ」のような暮らしをしている。父が他界して21年。毎年、帰ってきたこの家とも、今回でお別れだ。

ところで、ロイヤルホストな写真は友人のMACHIさん、そして彼女の高校時代からの友であるMISAKIさんと。MACHIさんは、彼女が大学生だった2016年ごろにバンガロールにてインターンをされていて、ミューズ・クリエイションのメンバーでもあった。
「チーム・エキスパッツ」に属し、チャリティ・バザールやビジネス座談会のサポートをしてくれた。日本に帰られてからも繋がりは途絶えず、実際に会ったり、オンラインで話をしたりしてきた。
彼女は東京拠点だが、今回、わたしが福岡に帰ってくることもあり、1泊2日の弾丸旅で、福岡に住むMISAKIさんのところに来訪。3人で会うことになった次第。最初は天神界隈のスリランカ料理を何店舗か提案された。
なにゆえ、スリランカ料理?と思ったが、福岡にはスリランカ料理店の名店が多いらしい。本当?
念のため、MISAKIさんのご自宅はどこなのかと尋ねたところ、「東区下原」との返信。なんですと! 香椎から徒歩圏内ではないか。ならば天神に行く必要はないよ、とのことで、香椎で会うことに。香椎のスリランカ料理店(!)に行くことにしたが、ぎりぎりで「本日休業」ということがわかり、いつもの「ロイヤルホスト」に集合したのだった。
ロイヤルホストの吸引力!
MISAKIさんの勤務先は福岡空港。彼女は管制官なのだ。空港好きなわたしとして、興味津々の世界につき。話は各方面に飛びつつ、瞬く間に数時間が過ぎる。徒歩圏内で世界に飛ぶ愉しさよ。
さて、本日29日月曜日。そろそろ本腰を入れて、諸々の作業や手続きを始めよう。




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