インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

ここ数年、日本へ帰って来るたびに、体調を崩していた。春だと思っていたのに極端に寒いとか、秋だと思っていたのに太陽光が鋭すぎて暑いとかいう気候の問題に加え、ここ2年ほどは母の高齢化に伴う諸々で、精神的な問題もあるだろうと思っていた。

インドから戻ってきた人間が言うには説得力がないのだが、まず喉や目をやられる。喉の不快感、軽い咳、そして目の充血。1年半前の帰国時は、咳のしすぎで肋骨を痛め、インドに戻ってからもしばらく痛みが続いた。多分、「黄砂」だの「PM2.5」が原因だろうと思っていた。

今日はこれから不動産会社の方々が、実家の査定に来る。都合4社にアポイントメントを取り、今日は3社。その前に、なるたけ部屋を片付けておきたく、昨日は終日、家の掃除。一時帰国の度に、随所の大掃除をしていたとはいえ、抜本的な移転後の掃除はスケールが異なる。

母の新居に届けるもの、わたしたちがとっておきたいもの、廃棄するもの……キッチン用品や衣類、インテリア雑貨、書籍や写真など、カテゴリー別に大雑把に3つ分けつつ片付けを進める。たいへんではあるが、これはもう、脳内と気持ちが整う生産的な肉体労働で、達成感が高い。

ゴミ袋が積み重なることに反比例して、部屋の空気が浄化されていく。片付けては掃除機をかけ、片付けては掃除機をかけ……を繰り返し、さてコーヒー休憩でもしようかなとマスクを外して気がついた。

ん?

咳が止まっている。喉のいがらっぽさが激減している。

え?

ひょっとして、わたしの喉の不調は、家の埃が原因だった?

試しに歌ってみる。うわ、声が通る〜! ガランとした部屋に、なおさら響く〜!

やれやれ。

もちろんPM 2.5などの影響もあるだろうけれど、今回に関して言えば、明らかに埃が主原因だったと察せられる。

この1年間は週に2回、ヘルパーさんに来ていただき、掃除をしてもらっていた。それ以前はもう10年近く、毎週ダスキンさんを手配して、年に1度の大掃除も頼んでいた。しかし、外部の人ができるお掃除は限られている。あくまでも表面だけ。クローゼットの中や家具の裏側に、積年の埃が蓄積していたのだ。

試しに普段、掃除をしないカーテンレールやドアの桟(さん)の上などを拭いてみたところ……すごかった。

母は、インテリアのセンスはあるし、部屋もぱっと見はとてもきれいに整えられている。しかし、キッチンにせよクローゼットにせよ、もう昔から、内部が混沌だった。もちろん、表面がきれいなだけ十分によいことなのだが、「内部も整える」ことの重要性を今回は再確認させられた。

母に限らず、溜め込みがちな人は多いかと思う。物が溢れる現代社会では、あっというまにゴミも溜まりがち。ときどき、「孤独死」の番組をYoutubeで見るが、たいていが「汚部屋」であり、その大半が「コンビニ袋」で埋め尽くされている。つまり、孤独に生きていける利便性が汚部屋を生み、孤独を増長しているとも言える。

さらには、「メルカリに出すから」。

多分、日本には、「メルカリに出すからとっておく」と言いながら、何年も不用品を蓄積している人が数多いるのではなかろうか。

今週、出せないんだったら、一生出せない。くらいの心意気でメルカリには挑んだ方がいいと思う。さもなくば、自分の快適居住空間がどんどん狭くなる。

わたしがやたらと掃除をする運命であるらしいことは、過去に何度も記してきたが、やはり掃除は生きる上での基本だ。

掃除をするだけで、運気があがる。気分もあがる。

ひとつのプロジェクトが終了したとき、脳内がまとまらないとき、わたしは掃除をしてきた。すっきりと片付いた書斎のデスクに、スケジュールノートを広げる。コーヒーを飲みながら、次のプランを構想する。

一つの扉を閉じて、新しい扉を開く瞬間。至福のひととき。

掃除をして疲れるのも、面倒臭いのも当たり前。それでも、人間、三食食べて毎日お風呂に入るのと同じように、掃除もまた繰り返し行うべきたいせつな日々の営みである。

作業効率。空間創造。脳内整理。体調向上。想像力喚起。精神安定。ストレス軽減。金運上昇。……掃除で得られる効果は絶大だ。

実家への感謝を込めて、あと数日間は、地道に掃除を続けよう。次に住まう人たちに、よい「気」を残していこう。

1枚目の写真は、先日、家族でまたしてもロイヤルホストに行った時の写真。毎回、中央部分の天井が高い同じ席に通されるのはなぜだろう。前回の一時帰国時に引き続き、これで4回目だ。ここ数年のロイヤルホストは、本当にクオリティが上がって安定のダイニング。落ち着く。また多分、行くだろう。

チャーメン、麺の画像のようです
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