

かつては毎年5月ごろにニューヨーク、10月ごろに日本に帰国するのが恒例だった。わたしたち夫婦が出会い暮らしたニューヨークは、わたしにとって大切な故郷のひとつでもあり、しばしば訪れたい場所だった。もちろん、グリーンカード(米国永住権)を保持し続けるための実質的な理由もあった。
しかし、COVID-19パンデミックで海外に出られない間、我々のグリーンカードは失効。ライフの優先順位も大きく変わった。2019年を最後に、以来、米国の土を踏んでいない。
その一方で、2023年からは、年に2回、日本へ帰るようになった。最大の理由は母の高齢化に伴うもので、特にこの1年半は、介護保険の利用開始や、白内障手術など、実質的なサポートが必要だったことから、福岡の滞在がメインとなっていた。
そして今回の一時帰国。日程を決めたときには、母が転居することを想定していなかったので、旅の後半は夫も合流して国内旅行をするつもりでいた。しかし、旅の直前、我が還暦の誕生日前後に、「節目」がどっと迫ってきた。
母の一人暮らしが困難になりつつあることは理解していた。しかし、いわゆる「老人ホーム」への転居には抵抗があった。一方で、理想的な場所は入居一時金が極めて高い。情報収集は少しずつ始めてはいたものの、保留のままだった。
春の一時帰国以降、母のライフが急速に困難になりはじめたことで、妹とも相談し、ホームの下見をしてもらっていた。最終的な決定は、わたしが帰ったときに……と考えていたが、たまたま妹のオフィスのすぐそば、徒歩1分以内の場所に「サーヴィス付き高齢者向け住宅」が見つかった。
詳細は[Fukuoka 04] にて記したので、ここでは触れないが、ともあれ、偶然にも広く快適な部屋に空きがでて、速やかに移転できたことは、奇跡的だった。この1カ月弱、何度となくホームを訪れたが、スタッフの方々の対応もたいへん親身で、ありがたい。
新築で清潔感に溢れる館内。朝、昼、晩と、おいしそうな料理が提供してもらえる。介護保険を利用し始めた当初からのケアマネージャーさんのサポートを継続できるのも心強い。これまで通りのヘルパーさんが週に2回来訪され、家事をサポートしてくれる。また週に3回は、ケアセンターへ送迎付きで体操に行っている。
この1年余りの諸々のセットアップは、決して簡単とは言い難く試行錯誤の連続ではあるが、諸々が整いつつある今は、本当に、大きな肩の荷が一つおりた思いだ。

母の誕生日を祝ってからバンガロールに帰るつもりで、10月21日発のフライトを予約していた。まさか、こんな形で母の87歳を祝うことになろうとは思わなかった。
10月20日の朝は、実家の売却をお願いすることになった不動産会社との契約を結ぶべく、香椎の妹のオフィスにて、ミーティングが入っていた。秋とは思えぬ暑さが続いていた福岡。最終日にしてようやく、涼風が吹き始め、秋らしい青空が広がっている。
オフィスに直行するのは惜しく、実家を早めに出て名島から千早を経て、香椎宮まで歩く。今回の諸々を「神様」に感謝したく、香椎宮で手を合わせた。
ミーティングのあと、母を連れ出して、またしてもロイヤルホストでバースデーランチを楽しむ。わたしはオイスターなメニューを、母はがっつり肉料理を。大した食欲の持ち主なのだ。

食後、妹の運転で母をケアセンターに送り届けたあと、ほど近い名島神社へ。実家から、朝な夕なに手を合わせて祈った名島神社。今回は訪れる機会がなかったので、最後にどうしても、お礼の挨拶をしておきたかった。
我が原点の海を望む名島神社のことは、次に綴りおく。














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