


福岡を離れて42年。日本を離れて29年。
遂には、わたしの「実家」がなくなった。
日本へ帰ってくるたびに、父の書斎に布団を敷いて寝た。
夫が泊まりに来た時には、その狭い床に、布団をびっしり敷き詰めた。
窮屈で、寝心地悪く、修学旅行みたいだった。
無数の記憶は前後して、渾然一体と脳裏に刻まれ、何もかもが懐かしい。

かつてのわたしは、もしも両親がいなくなったら、自分はもう福岡に帰ってくることは、ほとんどなくなるだろうと思っていた。
それがどうだろう。
還暦を前にして「人生はロールケーキ」などと言い出し、志向が故郷に回帰しはじめた。
世界各地を巡った果てに、日本の、九州の、福岡の、福岡市の、東区の魅力が、こんなにも強く胸に迫ってくることになろうとは。

人生とは、予測不能の連続にて。おもしろいものだ。
若いころ、取り憑かれたように旅をしていて、本当によかった。
これからも、引き続き「東西南北の人」であり続ける。
家具を取り払ったら、窓が広い。

各部屋、玄関を含めれば、福岡市がほぼ300度、見渡せる絶景にて。
立花山の方向からのぼる朝日。
名島神社や志賀島の方向に沈む夕日。
朝な夕なに合掌した。願いを感謝に変えて、心強く進むために。
大まかな掃除を終えた滞在半ば。
家の「気」が清浄に整ったせいだろう。
毎朝のように、小鳥が遊びに来て、朗らかに囀りを聞かせてくれた。



ベランダの植物も、花をつけた。
ときどき、多々良川の河畔を歩いた。
飛来する、飛行機の美しさ! 大好きな情景を、眺めた。
遣る瀬なくて、泣けた。
たとえ、家がなくなっても、ここは紛れもなく、わたしの原点。
すべては心ひとつ。
売却をお願いする不動産会社も決まり、来月には、この家は売りに出される。
さて、次に帰って来たときには、どこに泊まろう。
すべては心ひとつ。
自由だ。
今回の日本旅は、神様からわたしへの、還暦祝いだった。
感謝。











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