
前回、デリーを訪れたのは、ブータン旅行の前後だった。そのときに、内装工事の手配をすませていたことは既に記した。今回もまた、結婚式のあとデリーに2泊、今日の午後の便でバンガロールに帰る。


2020年1月に義父が他界して以来、機会を逸していた「義父の書斎の片付け」ミッションを、ついには今回、遂行したく。
先月の、福岡の実家の片付けとはまた異なるインドのライフスタイルと環境。昨日は終日、手ぬぐいを顔に巻きつけて埃から身を守りつつ、「発掘&破棄、あるいは埃を拭き取って再収納」を繰り返した。デリーの埃はすさまじい。屋内の、クローゼットの中までも、それは容赦なく侵入する。
雑巾を洗っては拭き、洗っては拭きするうちに、手のひらのメヘンディはあっという間に薄くなっていった。ようやく、夕方には完了、掃除機をかけてすっきりとした。新しいマットレスを買えば、ゲストルームになる。
これでようやく、デリー宅も「落ち着く空間」になった。今後はデリーに滞在する時間も増えるだろう。
福岡といい、デリーといい、我々の原点回帰が続く。おもしろいものだ。


さて、結婚式の様子も、引き続き、残しておきたい。
一昨日、一連の結婚式の行事が完結した。夕方から、ホテルのガーデンで「結婚の儀式」が催される。男性の参列者は、ピンクのターバンを巻いてもらう。我々の結婚式の際には、日本の家族も巻いてもらったことを懐かしく思い出す。
そのあと、祭祀による結婚の儀式が始まる。正方形に配された座に、祭祀と新郎新婦が向き合い、左右に新郎新婦の両親がそれぞれ座る。その中央では、火が焚かれる。この光の儀式をして、「アールティー (Aarti)」 と呼ばれ、火が証人となり、厄災から二人を守り、門出を祝う。
その後、新郎新婦は、互いを布で結び、火の周りを7回、まわりながら、7つの誓いを立てる。サプタパディ(Saptapadi)と呼ばれるらしい。今、調べてみて、知った。こう書きながら、「わたしは何を誓ったのだ?」と疑問が浮かぶ。
2001年7月。蒸し暑い最中のモンスーン・ウエディングだった我々。それでなくても暑いバルコニーで火を焚いて、汗だくで、何がなんやらわからない状況下、何を誓っているのかなどと、思いを馳せる余裕はなかった。

今、調べたところ、「食」「健康」「富と繁栄」「幸福と調和」「家族と子孫繁栄」「友情と季節」「忠誠と永遠の愛」を誓い合う儀式だとのこと。なるほど。遅ればせながら、知った。
結婚式には、ビジネスで関わりのある日本の方々も来訪されていた。新婦の父であるArvindのいとこのAdityaは、彼らの祖父が創業した企業を受け継いでいる。ひとつはISGECという鉄鋼会社で、もうひとつはSARASWATI SUGARという製糖会社だ。
偉大なる祖父のことについては、以前、家族の歴史を記した際にも言及したが、祖父はビジネスで日本に訪れたこともあり、息子であるRanjit伯父の代のときにも、日本企業とビジネスを発展させるなど、日本との関わりが深い。
ISGECは2012年に日立造船と合弁会社を設立。現在、都市廃棄物を処理し、クリーンエネルギーを供給すべく環境構築のためのプロジェクトなどを遂行されているとのこと。Adityaから、以前、簡単に話しを聞いていたが、今回、久しくプロジェクトに関わられている日本の方のお話を聞き、関心を深めた。バンガロールにも進出されているとのこと。別の機会に改めて、詳細をお聞きしレポートしたいと思う。
なお、日立造船は2024年に社名を変更して、現在は「カナデビア(Kanadevia)」となっている。
https://www.kanadevia.com/…/2021/20210921_001310.html

話が飛んだが、この夜は結婚式のあと、ホテル内のバンケットで披露宴が行われた。今回の結婚式を巡る所感を、次回、記して終わりにしたい。
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8月15日。インドの独立記念日と日本の終戦記念日が同じ日なのは偶然ではない。インド・パキスタン分離独立を巡って。我がインド家族の物語なども。(超長編)
https://museindia-iuhmp.wordpress.com/2024/08/14/815/













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