

28日の午後は、ミューズ・クリエイションの忘年会だった。年末年始は一時帰国や旅行でご不在の方が多いが、毎年必ず、一定数の人たちは、バンガロールで過ごされる。我々夫婦も、パンデミック前の10年余りはアーユルヴェーダグラムに滞在するなど、年末はバンガロールで大人しく過ごしてきた。
WhatsAppコミュニティで声をかけたところ、大人と子供含めてちょうど20名が集っての、賑やかな午後となった。食事の時間を外したものの、持ち寄ったお菓子や軽食などでテーブルは華やかに。
昔はヴォリュームたっぷりの各種肉類や、アルコール類をあれこれと準備しての集いが定番だったが、我々夫婦の胃袋の加齢に伴い、自ずと準備するものもヘルシー化が加速。今回は、フルーツや枝豆、とうもろこしやチーズなどを準備。
それに、ホットワイン「モルドワイン(英)、グリューヴァイン(独)、ヴァン・ショー(仏)」を準備。スパイスは「マサラ・チャイ」に用いるものとほぼ同じ。それにオレンジやリンゴのスライスを加える。
これはこれで、とてもよい。
一応、参加者には持ち寄るものを確認したので、被ることなくいい感じだ。しっかり浸かった糠漬けや、スペイン風オムレツ(トルティージャ)、それにIKOI Tokyoの大福やパンなど、どれもおいしい。

今年のミューズ・クリエイションの一大イヴェントといえば、「日印こども壁画交流プロジェクト」および「日本まつり」だ。この日の参加者の大半が、この催しに関わってくれたメンバーだったことも、とてもうれしかった。
思うところ、所感は尽きず、書きはじめると長大になりそうなので、大幅割愛。
一言でいえば、この日もまた「ご縁」に満ちていた。経験を重ねて思うのは、「ご縁」が「ご縁」たる由縁。ご縁を結ぶも自分。放置するも自分。断つも自分。「ご縁」は、偶然のように見えて、実は遍く、自らが選んでいるということ。
袖振り合うも多生の縁。(道端でたまたま袖が触れ合った見知らぬ人でさえ、何度も生まれ変わった「多生/他生」からの深い縁によるものであり、偶然ではない……という仏教的なことわざ。)
このひとときを、慈しむ。
みなを見送って夜。新居コミュニティは30分ほどの停電。自家発電機も故障して、あたりは闇に包まれる。蝋燭の火を灯せば、心が鎮まり、これはこれで美しい。
善き、午後だった。

以下、ミューズ・クリエイションの背景について。折に触れて書いているが、改めて記しておく。インド移住後まもない2007年、自分の仕事の傍ら、Muse Social Serviceと称して、社会貢献活動を始めた。バンガロールとムンバイの二都市生活をしていた2年間も間断なく、仕事や旅の合間に活動した。
その5年後の2012年、Muse Creationを創設。最初の8年間は、常時40名前後、のべ228名のメンバーと共に、活動を続けた。毎週金曜日をオープンハウスにし、毎月のように、慈善団体訪問やらイヴェントやらサリーでランチやら、なにかしらの催しをしていた。若かった。(ミューズ・クリエイション/フェーズ1)
毎週金曜のオープンハウスの在り方を再考しようと考えていた矢先の2020年パンデミック。閉塞の時代にはYoutubeを通して発信を継続。「オンラインイヴェント」や「無観客ライヴ」や「静かなクリスマスバザール」を実施して、世界との関わりを保った。(ミューズ・クリエイション/フェーズ2)
そして2023年、パンデミックが明け、新居が完成して新たな拠点が整ったころ、WhatsAppでコミュニティを設置。ランダムに、しかしその都度、真摯に、さまざまな活動を続けてきた。(ミューズ・クリエイション/フェーズ3)
「フェーズ3」は、曖昧にしてフレキシブル、課題もルールもないけれど、都度、試行錯誤しながら3年間、振り返れば思い出深い時間を育んできた。
ミューズ・クリエイションには、実績と土壌がある。故に本音を言えば、もっと多くの人たちに、あるいは若い世代に積極的に活用してもらいたい。しかし、メンバーの入れ替わりが多い異境の地ゆえ、思いを共有し、実践してもらうに至るケースは少ない。
来年は運営に関わってくれるメンバーが増えるよう、発信の方法を見直そうと思う。








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