インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

  • D1

    インドに移住して20年。旧居を購入し、怒涛内装工事の果てに引っ越してから18年。「侘び寂び」よろしく、家の随所が傷んでいる。本来ならば、新居に完全移住したあとに旧居の内装工事にかかろうと思っていたが、当初の予定から5年遅れ。いつになるかわからない。そのうちにも、どんどん歳を取り、やがて自分のやる気が失われるのは目に見えている。

    ついには今月から来月にかけて、旧居改築プロジェクトを開始している。

    ・バスルーム(5カ所)の全面改築
    ・タイルを使用している部屋のフロア張り替え
    ・壁の塗装

    こうして書くとシンプルに思えますがね。すさまじいんですよ、インドの場合、これらを行うことが! 

    そもそも家屋の構造が日本と異なるから、インドスタンダードを知らない人には理解が追いつかないだろう。まず、タイルをドリルで、大音響を轟かせながら破壊する。ドアを閉めていてなおすさまじい埃が舞うから、屋内をブルーシートで覆う。複数の労働者が家に入り、効率悪く右往左往する。必ずしゃがんでサボる人もいる。写真の通り、「ポンペイ遺跡か?」な破壊状態となったところから、再生&創造がはじまる。

    インドの家屋は、1ベッドルームにつき1カ所のトイレとシャワーが備えられているのが一般的。ジョイントファミリー(大家族)が一緒に暮らす際に、1家族が一部屋ずつで完結するような構造だ。旧居は4寝室あることから、まずその4カ所のバスルーム。それに加えて玄関付近のパウダールーム(トイレのみ)の計5つ。1カ所だけを残して、一昨日より破壊活動が開始している。当然、わたしは仕事に集中できるわけもなく、ドライヴァーに指示を入れつつ現場監督、猫らの監視などをしながら、抜本的な大掃除をしている。いい機会ではある。

    インド生活20年。インドライフは格段に変化したシーンが多い一方で、こうした労働者たちの待遇や教育レベルは低いまま。だから、共通する「常識」が存在しない。目を離した隙にとんでもないことをやらかされるのが普通だから、最初の何日かは、とにかく指示をせねばならない。今回、設計を頼んでいる若き建築家曰く、「彼らは教育を受けてないから、わからないんです……」と言い訳をする。数日のことならば仕方ないとスルーするところ、しかし今回は違う。思うところを彼に語り、我が家で働く1カ月余りの期間だけでも「向上」「改善」を目指す旨、彼にも伝えた。インドの労働者の待遇や生活環境について。この件は改めて、じっくりと記したいテーマだ。

    何かにつけて、工事だ改築だ塗装だなんだと……と「破壊と創造」の渦に巻き込まれがちなインドライフ。バンガロールの新居、旧居だけではない。デリーの家も、夫から改装をしてくれと頼まれている。さらには、父の死後、日本へ一時帰国するたびに、実家の大掃除、片付けその他をしている。好きでやっている……と言われればそれまでだが、そういう「星のもと」に生まれてきたのだろう。4カ所の管理で手一杯なのに、夫は、霊山のあるアルナーチャラにも拠点を持ちたいという。やめて。

    実は若いころ、わたしは「世界各地に4カ所の拠点を持ちたい」などと嘯(うそぶ)いていた。わたしは、遊牧民、流浪の民として生きたいと願い、なんなら4カ所に伴侶がいてもいいなどと、もちろん冗談ではあるが、友人らに笑いながら話していたものだ。馬鹿なのか! 

    念ずれば通ずというが、本当に通じてしまった。世界各地とは言わないまでも4カ所。伴侶は1人で4人分ほどの存在感。身体はひとつしかないのに、拠点がいくつもあっても手間がかかるだけ。やれやれ、あのころに戻って、自分の後頭部を叩きたいくらいだ。

    ちなみに夫は、轟音の工事から逃れるべく、現在、霊山アルナーチャラでスピリチャルに過ごしていらっしゃる。最後の写真は今朝、送られてきた写真。のどかだ。

    ところで1枚目の写真は、その霊山アルナーチャラの山道で彫刻を販売していたお兄さんから購入したナタラージャ。ナタラージャとは、インド神話におけるシヴァ神の異名の一つで「舞踊の王」を意味する。宇宙の破壊と創造を象徴した、躍るシヴァ神の姿だ。

    遍く世界はナタラージャ。わたしも、わたしに与えられたこのライフを、踊りながら巡りゆこう。さて、そろそろ労働者たちがやってくる。がんばろう。

    D3

    D5

    D4

  • Cf1

    Cf3

    🏏インド移住前の米国在住時から、「クリケット」とは異様にインドの人々を盛り上げるスポーツだということは認識していた。普段は睡眠不足を嫌う夫が、4年に一度のクリケットのワールドカップ・シーズンには、開催されるその土地その土地の時間に合わせて、たとえそれが深夜でも、起きている。当時はインターネットで試合を見ることができなかったから、ケーブルで試合を受信しているインド料理店などに車を走らせ、インド系米国人たちが集う中、観戦を楽しんでいた。

    英国発祥のクリケットは、オーストラリアやニュージーランド、インド、パキスタン、南アフリカなどの英連邦諸国や、かつて英国統治下にあった国々で人気がある。野球の原型とも言われ、各11人の2チームが、攻守交代しながら得点を競う。野球との大きな違いは、そのゆったりとした時間の流れだ。伝統的な国別対抗戦である「テストマッチ」の場合、通常1試合に4、5日を要する。「ワンデイマッチ」でも1試合に7時間だ。

    かつては、主要な試合が行われる際は、国民の多くがテレビに釘付けとなるため、各種業務は滞り、一方で交通渋滞がなくなったものだ。特に4年に一度行われるワールドカップ期間中は、その盛り上がりが一段と激しかった。試合中は、たとえ自分がテレビを見ていなくても、同じタイミングで、ご近所のあちこちから歓声や拍手が聞こえて来るため、おのずと試合の運びがわかる。

    🏏ところで、IPLというのは、Indian Premier Leagueの略で、毎年5月前後に開催されるクリケットのインド国内リーグだ。2008年に誕生し、同年4月18日に、ここバンガロールで歴史的な開幕試合が開催された。試合形式は「トゥエンティ・トゥエンティ (Twenty 20)」と呼ばれるもので、1試合約3時間程度で終了。時代の趨勢に合わせた短いものだ。

    昨夜は、その決勝戦だった。ロイヤル・チャレンジャーズ・バンガロール対パンジャーブ・キングスの試合が、グジャラート州にある「世界最大のクリケット競技場」であるところのナレンドラ・モーディ・スタジアムで開催された。
    案の定、試合を見ていなくても、近所から時折、歓声が上がってきて「お、バンガロール、優勢だな……」と察しがつく。実は、今朝は月に一度のFM熊本収録日につき、早起きせねばならなかったことから、昨夜は10時には就寝したかった。夫には「騒がないでよ」と釘を刺していたので、彼は息を殺して観戦していたが(笑)、近所から轟く歓声やら、前のめりの打ち上げ花火の音やらで眠れやしない。結局、起き上がって、歴史的な勝利の瞬間を見たのだった。

    Cf5

    🏏クリケットにまつわるエピソードは尽きない。わたしも夫に誘われ、2度ほどバンガロールのスタジアムで観戦したことがある。普段は「時間に遅れがち」な夫が、試合開始時間よりかなり前の到着を目指し、わたしを急かしたのには呆れた。途中で雨が降り試合が休止しても、みな辛抱強く再開を待つ。疲れた。

    かつて毎年ニューヨークを訪れていたころ、帰路、欧州のどこかに立ち寄るのが常だったが、2017年はなぜか英国のバーミンガム近郊へ。わたしはゆっくりロンドンに滞在したかったのに、そこでクリケットの「インド・パキスタン戦」が開催されていたことから、無理やり付き合わされた。写真はそのときのものだ。

    思えばIPLが始まった2008年の11月、ムンバイで同時多発テロが起こった。そのため、しばらくインド国内は厳戒態勢となったのに加え、複数の総選挙が重なったことで、翌年2009年のIPLの開催は危ぶまれた。しかしながら、南アフリカでの開催が決定、インドの選手ら一同、同国に移動しての試合となった。これにより南アフリカの地元に約1億ドルの経済効果を与え、クリケットのグローバル化(!)が評価されるなどして、話題になったものだ。

    今は亡き、義父ロメイシュ・パパは、若いころ、「体調が悪いから」といって会社を休み、クリケット観戦に行ったところ、観客席にいる彼が熱狂的に応援しているところがテレビに映し出され、会社の人にばれたという。まあ、会社の人たちも、仕事をせずに社内でテレビを見ていたという点では同じようなものだが。いろいろと、懐かしい。

    『深海ライブラリ』ブログに、クリケットについて記した西日本新聞の連載『激変するインド』の記事や、その他の記録をまとめている。クリケットについて知りたい方は、どうぞご覧ください。

    🏏クリケット。多様性国家インドが一丸となるスポーツ(2019/05/01)

  • KU4

    旅を減らしている今年はバンガロール滞在時間が長い。ゆえに、関心のあるイヴェントやお誘いいただいた催しには、極力、足を運んでいる。かつてなく、日本人コミュニティの集いにも参加していて、新鮮な気分だ。

    先週の土曜日は、またしてもホワイトフィールドへ。同じ街とはいえ、これまで年に1、2回しか訪れていなかったエリアへ、この1カ月余りのうち3度も訪れている。先日、「Hachi by Tenya」のオープニングに招かれたことは、すでに記した。今回は「くふ楽 KUURAKU」のソフト・オープニングに招待されたのだった。

    デリーやムンバイ、チェンナイなどに店舗を展開する「くふ楽 KUURAKU」。バンガロールには、パンデミック明けの2022年11月、ブリゲイド・ロードに1号店がオープンしており、わたしは一度だけ、訪れた。「九州沖縄県人会」の集いだったこともあり、「おいしいね〜」と言いながらも、会話に気持ちが集中していて味覚アテンションがおろそかだった。ゆえに今回はしっかり味わう気、満々だった。

    外食産業が急伸するバンガロール。次々に日本料理店もオープンしているが、まだまだポテンシャルは高い。なにしろ先日も記したが、過去20年で人口は約3倍に膨れ上がり、東京と同じ1,400万人もいるのだ。加えて日本料理への興味関心、認知度も高まっていて、需要たっぷり。人気店ならば、市内の東西南北だけでなく、北西だの南東だのを加えて8店舗あったとしてもいいくらいだ。

    但し! インドでの飲食店出店もまた、一筋縄ではいかない。一つの国というよりは、一つの世界。他州を制しているからといって、この州では楽勝……というような環境ではなく、州ごとに諸々の規制や条件、食習慣にライフスタイルが異なる。などということを書き始めると、また尽きないので割愛。

    KU9

    KU10

    曇天続きだったバンガロールだが、この日は久しぶりの快晴。オープニングでは、バンガロール和太鼓部のパフォーマンスが披露された。轟く音により、あたりの「気」ならぬ「氣🌾」が、ポジティヴに浄化されるかのようだった。

    その場で急遽、テープカットを依頼されたのだが、またしても、「本日のコーデ」が場に溶け込みすぎてて、我ながら、いい味出してる。非常に楽しそうである。

    KU5

    KU6

    KU8

    KU7

    KU3

    肝心のお食事であるが、いずれもローカルの新鮮な食材を巧みに日本料理に取り入れていることが伝わる味わいだ。柔らかな味玉、焼き加減と味付けがほどよい本格炭火焼きによる焼き鳥、細麺で濃厚なスープのラーメン……と、どれもとても、おいしかった。これは改めて、ブリゲード・ロード店へ赴かねばと思う。

    思い返せば、2020年。パンデミックによるロックダウンに突入していた時期、ミューズ・クリエイションでは南インドの日本料理店6店舗に「MUSE 2020 DON(丼)」というのを作ってもらい、宣伝企画の動画を作ったりもしたのだった。懐かしすぎる。

    そのときに、くふ楽のチェンナイ店に協力していただいた。下部に動画リンクを載せる。16:26から、同店の「焼き鳥丼」がレポートされている。

    KU2

    この日、お土産に、「食べるラー油」をいただいた。通常、日本のこのような食品には、「調味料(アミノ酸等)」と記された、いわゆる化学調味料 (MSG/グルタミン酸ナトリウム)が入っている。賛否両論あるが、わたしは摂取しすぎるとアレルギー反応を起こすので避けている。これもまた書き始めると長くなるので割愛する。

    ゆえに、入っていれば誰かにあげようと原材料を見たら、「植物油、玉ねぎ、大蒜、唐辛子、小麦、大豆、塩」とある。俄然、うれしくなって蓋を開け、ごはんに載せて食べた。旨い!

    🌶

    この日お会いした海外事業本部執行役の方の名刺の裏を見て、銀座はじめ日本に20数店舗、ついでカナダに8店舗、インドに7店舗(近々更に増える模様)、インドネシアとスリランカにも店舗があることを知った。諸々、気になったのでKUURAKU GROUPを検索したところ、創業者の福原裕一氏は、奇しくもわたしと同じ歳。飲食店経営や人材育成に関する著書も多数出版されている。

    KUURAKU GROUPは1999年焼鳥店として創業/「売上を超えた価値」「記憶に残る企業」を目指す/グローバルな視点で挑戦し続ける人財を育成/地域社会への貢献/日本文化を世界に広める……といったキーワードに、熱めのパッションが伝わってくる。

    実は、KUURAKU GROUPの事業で、個人的に気になっていたのは「リフィナス」というキックボクシングの動きを取り入れたフィットネスジムだ。このジムが昨年、バンガロールにオープンしていて、本気で通いたいと思ったのだが、自宅からは少し遠くて断念した。新居(ヤラハンカ)か旧居(コックスタウン)の近くにオープンしたら必ず通うし、宣伝もするので、よろしくお願いします!(誰に頼んでいるんだ)

    ◉ 特別企画「MUSE 2020 DON(丼)」南インドの日本料理店(計6店)に「ヘルシー」をコンセプトにした特製の丼を作っていただきました!

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ

  • BD5

    BD7

    月に一度のミーティングのあと、麗しき我が友の誕生日を祝す。生花に彩られたケーキもまた、美しい。

    インドでは、こうしてケーキを互いに食べさせ合うのがお決まりだ。だからって、口を開けすぎだ、自分。

    誕生日の本人が、友人らをもてなすのもまた、インド。OberoiのWabi-Sabi(侘び寂び)にて、日本風の食事を楽しむ。

    緑の風が吹き込むダイニングは開放的で心地よく。おめでとう。ありがとう。

    このホテルは、わたしが初めて訪れた20年前から変わらない様子で、時を刻んでいる。

    バンガロールで好きな場所のひとつ。

    BD2

    BD1

    BD3

    BD4

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ

  • Ja8

    モンスーンの到来が早い今年。このごろは、太陽が雲の向こうに隠れがち。そんな中、今週は外出が多かった。

    火曜日の午前中は、恒例の女性の勉強会に参加した。この日の会場は、アーティストの友人、Jayaのお宅。彼女の描く情景は、我々の新居、旧居の随所を彩っている。勉強会(この日は作家のトークだった)が始まる前に、彼女の新しい作品を見せてもらう。

    中でも目を引いたのは、ひまわり。8月生まれのわたしは、昔から体格よくたくましく、顔の丸い自分をして、ひまわりのようだと思ってきた。自分の容姿を好きではなかったがゆえ、可憐とは言い難いひまわりに親近感を抱いていた。ひまわり、ごめん。

    この日は偶然にも、絵画と合わせたかのような服装で訪れた。

    「太陽に向き合えば、影はあなたの後ろに落ちる」

    ひまわりの花が、いつも太陽に向かっていることは知っていた。しかし、Jayaからこの格言を聞いて、ますます、ひまわりが魅力的に思える。

    “Turn your face to the sun and the shadows will fall behind you.”

    調べたところ、マオリ族(ニュージーランドの先住民)に伝わる言葉のようだ。

    Jayaもまた、自身の新作と調和した服装をしていた。「LIFE TRIUMPHS(生命の凱旋/再生)」と名付けられたこのシリーズ。リサイクル素材を用いて創り上げた世界だ。キャンバスは廃材。その上に、工場で集めた鉄くずを配し、溶接してもらってベースを作る。そこにインドの細密画を意識した自然の情景や子供を描き、彼女のヴィジョンを具現化している。以下、Jayaが送ってくれた作品の概要を添付しておく。

    *****************

    LIFE TRIUMPHS (by Jaya Javeri)

    My new series of paintings are all made with recycled material.
    I visited steel factories and rummaged through their steel scrap on the factory floor. I then arrange them to form the base of my painting with different textures and shapes.

    To ensure that these pieces stay permanently and form a strong base I got each steel component soldered according to my designs. This metal backdrop was then firmly attached on to a wooden base using recycled old wood once my base was ready I started the process of painting detailed botanical motifs, children, flowers leaves, trees, motifs inspired by Indian miniature art to bring my vision to life.

    I call the series LIFE TRIUMPHS because it shows that even in waste, in scrap, in what is discarded, life and beauty triumph! I hope you enjoy the series and I hope it brings you joy with its positive energy, bright colours and happy mood!

    *****************

    Artist/ JAYA JAVERI インドの自然や情景、歴史を刻む建築物……。やさしく慈しむように描く画家、ジャヤの世界。

    Ja7

    Ja5

    Ja6

    この日は、1年半ぶりに、日本人女性からなる「さくら会」のランチにも参加した。顔なじみの人たち、新しい人たち、出会う人々も、巡り巡る。ランチ・コースを味わいながら、なるたけ多くの人と言葉を交わしたく、テーブルを移動しつつ、楽しきひとときだった。

    Ja2

    Ja3

    Ja4

    Ja1

    Ja10

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ

  • F6

    2000年1月、父は末期の小細胞肺がんだと診断された。まだ62歳だった。民間医療も取り入れながら、抗がん剤治療を受け、一時期はかなり回復した。その後、再発、回復を繰り返し、2004年の今日、旅立った。

    写真は2001年7月、わたしたちがニューデリーで結婚式を挙げたときのもの。一時的に回復していたころ、インドまで来てくれた。冒頭の写真は、伯父が親戚の顔合わせのためにレセプションを開いてくれたときのもの。どこからどうみても、肺がんを抱えているとは思えない元気そうな父である。よく似た父娘である。

    わたし含め、日本家族は全員初のインド。怒涛の結婚式ストーリーが展開された夏だった。思えばあの結婚に関わる一連の行事において、わたしはインドの洗礼をザバザバと受けていたのだ。思い返すに、よく乗り越えたと思う😅

    自分が歳を重ねるにつけ、当時の父の葛藤や苦しみが、理解できるようになってきた。「このままでは死ねない」「死ぬにはまだ早い」という思い。死して21年経つが、母を迎えるまでは、まだまだ父は「転生」せずに、我々を見守ってくれているような気がする。今しばらく、お待ちください。

    このところすっかり没頭していたNETFLIXの『君は天国でも美しい』を見たこともあり、黄泉の国が近い。あのドラマは、本当に示唆に富んでいた。現世での生き方や考え方について、改めて考えさせられた。

    F10

    さて、日々は巡る。発信頻度を減らしている昨今。撮り納めた写真からいくつかを拾って残す。

    F2

    ◎インドの友達が、自分のファームに咲いていたからと送ってくれた花。トーチジンジャーというらしい。ショウガ科の花だとのこと。野菜みたいにたくましくて、しかし優しい色合いで、周囲を照らす花。こうありたいと思わせられる。

    F4

    ◎バンガロールの合唱団、ロイヤルエコーのコンサートへ、2年ぶりに訪れた。子どもたちのピアノの発表会も兼ねているとのこと。日本人コミュニティとの関わりが少ない昨今、若く新しい家族もどんどん増えて、子どもたちも生き生きと過ごせている様子が微笑ましい🍺

    F3

    ◎心臓病を抱えているROCKY兄さん、日々の投薬と猫母(わたし)の手料理で元気いっぱい木に登る。もう11歳。長生きしてくれてうれしい。

    F5

    ◎猫父とNORA姉さん、ROCKY兄さん。二猫は2階の書斎で眠るのが日常なので、毎朝、猫父に抱えられて階下に降りてくる。

    F8

    ◎見た目、だいぶ悪いが、1、2カ月に一度、大量の猫餌を作る。新鮮な肉類、魚類、穀物などを購入し、大鍋で加熱。野菜は人間の残り(端っこや茎など)を冷凍しておき、大鍋4つで一気に調理。汗を拭いながら、ブレンダーで粉砕する。10年以上続いている肉体労働。猫愛強し。

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ

  • Q10

    Q2

    わたしがホームページを立ち上げたのはニューヨーク在住時の2000年。メールマガジンを発行し、インターネット上にて発信をはじめた。そして、インド移住前の2005年にブログを開始した。以来、ほとんど毎日のように、何かしらの言葉を紡いでは、放ちてきた。

    自分自身の在り方や関心や熱意の方向は、その時代時代によって異なっていて、今読み返せば恥ずかしくなることや、自分に突っ込みたくなることもあれこれとある。しかしながら、それはそれで、そのときの、わたしだ。

    料理の写真をたくさん載せていた時期もあった。インドでも、工夫次第でおいしい手料理が楽しめるということも、伝えたかった。お店や街の雰囲気、ライフスタイルなど、インドの情報はネガティヴな側面が取り沙汰されがちだから、極力、よい面を発信しようと思っていた。

    今となっては、それもまた、ひとつの時代。

    Q3

    このごろは雨が続いていたが、久しぶりの今日の空は軽く青い。しかし、風が強い。空を仰げば、雲の流れの早いこと! 

    ここはデカン高原なのだ……と思うとき、なぜか心が沸き立つ。「南天竺(みなみてんじく)デカン高原」。すでに日常になって久しいのに、わたしにとっては、特別な響きを持っている。

    朝、庭に出て、仏像に手を合わせ、石の小径を歩き、裸足になって草に立ち、簡単な立ちポーズのヨガをする。空があまりにきれいだったので見つめていたら、首が痛くなったので草に寝転んだ。するとJACKがよじ登ってきた。1枚目の写真はそれだ。

    庭のゴツゴラやトゥルシ、ミントの葉をちぎり、白湯に入れて飲む。そうして、1日が始まる。夫も寝ていて、メイドやドライヴァーもまだ出勤しない、朝のひとときが貴重。

    Q6

    Q8

    久々に、食べ物の写真を。

    ピザやサラダは、最近カニンガム・ロードにオープンしたSerious Sliceでミーティングをしたときのもの。インド移住直後、この通り沿いのアパートメントに住んでいた。界隈の栄枯盛衰著しく。カジュアルにおいしいピザを食べられるようになって久しく……。

    キッチンの写真。インドで一般的な葉野菜に「メティ(Methi)」がある。これはフェヌグリークの葉っぱで、効能たっぷり、非常に身体によい。これまでは、インド的にジャガイモと一緒に調理するのが定番だったが、大根と人参とともに和風に調理したところ、これまたとてもおいしかった。ご飯が進む一皿。

    Q4

    Q7

    Q11

    Q5

    Q1

    IMG_6305

    先日、近所にNature’s Basketというムンバイ発の高級スーパーマーケットができていたので立ち寄った。このごろはオンラインか、週に2回、住まいの近所に来てくれるマーケットで食材を購入するのがメイン。久々にスーパーマーケットに行くと、新たな食材の発見が楽しい。

    バンガロールでは一般的ではないサヤインゲンがあったので購入。ガーリックと共に炒め、さっと醤油を垂らす。これもまた香ばしくて、ご飯が進む。

    最後の写真はドライフルーツをローストしているところ。そのときどきで構成は異なるが、このときはアーモンドにクルミ、カシューナッツ、パンプキンシードを入れた。これにレーズンを加えるのもよい。軽く塩をふりかけて出来上がり。小腹がすいたときのおやつによいのだ。

    Q9

    晴れていると思ったが、またしても曇天になりつつある午の空。今週末は猫らとともに、旧居で過ごす。守りが堅い寝方をしているのはROCKY兄さん。ほんと、かわいい。

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ

  • Sa2

    Sa1

    Sa7

    モンスーンにはまだ早い時節ながらも、大雨に見舞われているバンガロール。乾いた夏には水不足が叫ばれ、降れば降ったで道路が水没。街の随所が冠水し、いずれにしてもインフラストラクチャー不全の大都市だ。
    仕方ない。なにしろ2001年の国勢調査では、約400万人だった人口が、25年後の現在は、東京都とほぼ同じ1,400万人にも達しているのだ。1,400万分の1として、ここに身を置く自分もまた、人口急増に加担しているわけで、不満を言える立場ではない。

    * * * *

    本当は昨日、新居から旧居に戻る予定だったが、雨が激しかったこともあって1日延期。先ほど、旧居に戻ったが、途中、大雨に降られて、またしても車が水没するのではないかとヒヤヒヤした。我が家では、2年前にBMW冠水事件があり、「ガレージ(修理工場)」と「車両保険会社」を巡る壮絶なドラマが展開された。

    意味不明な経緯で廃車扱いとなり、夫は担当者の不手際に激昂し、ドライヴァーが「僕の責任なので辞めます」と言い出し、そらもう無駄にストレスフルな約1カ月を経験した。結果的には、夫の執拗かつ絶大なる交渉力で車は復活。このエピソード一つをとっても「インド世界の有り様」が詰まっていて、ある意味、示唆に富んでいた。渦中にいるときには書かなかったけれど。

    振り返れば、何もかもが喜劇。

    * * * *

    何度となく記しているが、我が人生にとって、今年は節目が重なる年につき、「生き方」を考える時間が多い。

    どんなに書物を読もうが、賢者の話を聞こうが、多くの人たちにインタヴューをしようが、想像はできても実感できなかったことが、最近になって次々と、腑に落ちる。

    孔子は「四十にして惑わず」と言ったが、わたしは20年遅れて、やっと惑いが薄れてきた。

    キーワードは「縁」。

    あらゆる宗教も、賢者の教えも、スピリチャル世界も、行き着く真理はほぼ同じ。仏教的な視点で眺める『マトリックス』の如く。

    大学時代、精神世界に強い関心を持った時期があった。そこから40年。無数の「問題」と「解決」を自らの体験を通して繰り返すなかで、妄想でも理屈でもない「生の実績」が育まれてきた。

    プロセス(過程)、すなわち、日々の積み重ねこそが尊いということを、あのころは頭の中でしか理解できていなかったが、今では全身全霊で実感する。無数の出会いの中で抜きん出る「ご縁」もまた、自分の人生にとって意味を持つ。

    ところで、最近のわたしの中で思い切りヒットしているNETFLIXの『君は天国でも美しい』という韓国ドラマ。本当に、すばらしい。早送りすることなく見てほしいと思う。コメディかと思いきや、聖者や賢者の言葉が、わかりやすく、軽やかに盛り込まれている。

    毎回、何かしら、心動かされて泣いている。繰り返し見たりもしている。9話の「センター長が牧師さんに話すシーン」は、特に心を打たれ、台詞をノートにメモしたくらいだ。

    🌕

    土曜日の午後は、ミューズ・クリエイションのメンバー5名と、8月のイヴェントに向けてのミーティングをした。ここ数カ月は一人で準備をしてきたが、これからは周囲の力を借りねばならない。久しぶりに友人らと意見交換をしつつ、有意義な時間。みなさんの協力を得られることになり、とても心強くうれしい。

    途中、大雨になったことから、バイクで来ていたKさんは、同じエリアに住むMさんの車に便乗させてもらうことに。あとから、二人が別々に友人と待ち合わせていたお店が、偶然にも同じ店だったと聞いて、ここでもまた、小さくご縁。

    翌日曜日、Kさんはバイクを取りに、お昼ごろ、再び来訪。

    せっかくの機会だからと「用事がなければ、お茶でも飲んでいけば?」と招き入れた。

    それからは、お茶どころかランチにスパークリングワインに……と、なんだかんだで夕方まで、夫も交えてあれこれと語り合う流れに。終盤は、恒例の「月光ライブラリ」。ご縁がある方々は、ここが気に入り、みな異口同音に「ずっといられる」と言う。故に、自由に本を読んでもらうこともある。

    Kさんとは1年半前に2度ほどお会いしただけなのだが、ひとつ「お伝えしたいこと」があった。心に引っかかっていたが、余計なお世話かもしれないと、口にせずにいた。

    やがて夕暮れどき。「また雨に降られたら、バイクで帰れなくなるよ」といいながら、立ち上がる。般若心経の話もしていたことから、目に止まった般若心経を読み解く文庫本を、Kさんに手渡した。

    彼が受け取り、開いたそのページに、わたしの「お伝えしたいこと」の核となる一言が出てきた。その文字を見た瞬間、話さねばと思い、手短に伝えた。

    このごろは、こういう偶然に対して、あまり驚かなくなった。

    人間万事塞翁が馬。

    雨が降らなければ、この日曜日はなかった。いい、日曜日だった。

    Sa6

    Sa8

    Sa9

    Sa5

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ

  • We5

    We2

    毎日が、目まぐるしく流れる。今年は旅も催しも減らしているのだが、このバンガロールを西へ東へ。

    8月に大きなプロジェクトを控えている以外、今年は仕事を意識的に、思い切り、減らしている。その分、旧居の改築その他をやることになるので、結局は、あまりのんびりもしていられず。

    ただ、本当に、ここ数年は体調管理を最優先している。昔から「よく食べ、よく寝て、よく遊び、よく働く」を意識してきたが、このごろは真剣みが違う。

    個人的に加齢が気になる年頃というのもあるが、テクノロジーが劇的に進化している今、自分をしっかり見つめていないと、濁流に流されて、自分がどこにいるのか、わからなくなってしまう。

    心身の節目を迎えて、不調を整え、病を防ぎ、この先、健康に生きるための準備などもしている。最近撮った写真を拾い集めて、ランダムに記す。

    ◉3カ月前に腱鞘炎を発症した。きっかけはお気に入りの「南部鉄瓶」が重すぎたこと。鉄分補給のために買ったのに、身体を痛めては洒落にならんと思ったが、実はこれが幸いしたのだと、今、思う。福岡に滞在した4週間のうちに、実は都合8回、整体に通った。そこで身体をくまなく、調整してもらった。腱鞘炎はあくまでも、「過去の身体の問題点」が発露したということ。だからそこに注射をしても、いずれは再発する。その仕組みを学んだ。今もまだ痛むが、故に、作業のペースを落とし、元凶となっているポイント(中学/高校時代に痛めた腰や膝のひずみ)を、整える努力をしている。

    ◉ずっとお世話になっていたアーユルヴェーダのドクターがケララ州に戻られたこともあり、x友人に勧められた新しいドクターに診てもらうべく、ホワイトフィールドの診療所を訪れた。しっかりと脈診をしつつ、舌の様子を確認され、問診。生薬を勧められ、その後フルボディのオイルマッサージ。やっぱり、アーユルヴェーダはいい。

    ◉普段は訪れないホワイトフィールド。診療所に行く前に、同エリア在住の友人宅にて、ランチをごちそうになる。おいしい日本料理を、ありがとう! 庭で栽培されている新鮮野菜の旨味と歯応えが抜群だ。摘みたての小松菜をいただいたので、帰宅後、小さめに刻んで、ニンニクや玉ねぎ、そして卵などと一緒に炒め、冷やご飯で焼き飯を作った。無添加和風だしで味付けし、胡麻などをふりかける。これが絶品!

    ◉食事や食品だけではない。マッサージにスパ、ヘアカット……となんでもアプリでお願いして、自宅に来てもらえるインド。血液検査も自宅でやってもらえる。いくつものラボがあるが、アーユルヴェーダのドクターが勧めてくれたRedcliffe Labsというサーヴィスを利用。アプリをダウンロードして予約もできるが、わたしは画面が大きいデスクトップでホームページから選ぶ。7種類の血液検査。そして今回、「遅延性アレルギーテスト (IgE)」も受けてみた。夜、予約して、翌朝、採血に来てくれる。IgE以外の結果は、その日の夜にメールとWhatsAppで届く。便利極まりない。そのデータをドクターに転送して、オンラインで診察を受けることもできる。

    ◉そういえば、今月、2本のインプラントのネジも埋め込んでいた。実は我が口内には、都合8本ものインプラントがある。「人造人間キカイダー」状態だ(時代)。決して、歯磨きを怠ったわけでも歯医者に行かなかったわけでもない。小学生の時に前歯の歯並び矯正をしていたため、頻繁に歯医者に行っていたのが災いした。あのドクターは間違いなく「S」だった。ちょっとした虫歯もガリガリと削られて、アマルガムを埋められ、それが取れるたびに深く掘られ、徐々に悪化(昭和スタンダード)、神経治療で歯根が弱り、インプラントという流れ。インプラントの最先端治療が廉価で受けられるインドに住んでいて、本当によかった。日本、米国、インドを経ての歯科治療の歴史については、むっちゃ、語れる。てか以前Youtubeで語った。今見直したら、だいぶ面白いから、どうぞご覧ください。😂

    ◉旧居のバスルームやフロア改築のため設計士とやりとりしつつ、タイル専門店へ。20年前と比べると、選択肢が増えすぎていてもう、笑える。「シンプルに!」「シンプルがいい!」を連呼しながら、巨大な本をめくるように、タイルが貼られたパネルをめくってもらう。選ぶだけで一苦労だ。便器やらシンクやら、シャワーヘッドなどもあれこれと。

    気づいたら、また書き込んでいる。今日のところはこの辺で(十分だ)。

    🇯🇵🇺🇸🇮🇳皮膚疾患や肩こり、頭痛……。その不調、古い銀歯が原因かもしれません! 日本→米国→インド/半世紀に亘る波乱の歯科治療の経験を通して学んだ、歯を守るポイントなど。

    We4

    We8

    We9

    We3