インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    実家のある福岡市東区名島にほど近い千早や香椎が、福岡市で住みたい街ランキングの上位であることが、今回初めて、腑に落ちている。

    本当に、住みやすい。便利。そして歴史豊か。自然も適度にある。非常によい。

    思い返せば1984年、大学進学を機に故郷を離れて以来、こんなにもゆっくりと、この界隈で時を過ごすことはなかった。いつも、バタバタと天神で買い物をしたり、友人知人と会ったり、旅に出たりだったから。

    今回は、主には実家で過ごしつつも、病院の行き帰り、妹の運転する車でランチに出かけたり、あるいは日々、近所を散歩するにつけ、約40年ぶりの発見、再発見の連続だ。

    最初の1週間は凍えるほどに寒かったが、一気に暖かくなったので、日々、散歩に出かけている。インドでは、家をうろうろしたり、庭を歩くだけで1日8000〜10000歩に達するが、実家のスペースでは到底無理。ゆえに、東へ西へと、日々、懐かしい場所を歩いてもいる。

    感情の振れ幅が激しい毎日。一喜一憂する自分の心を鎮めるためにも、瞑想や散歩は、本当に大切だ。

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    写真はどんどん溜まるばかりで尽きないが、とりあえずは、食のシーンの片鱗を。

    一昨年の一時帰国時に立ち寄った際、おいしくなった気がしてしばしば訪れている「ロイヤルホスト」のランチ。それから、近所の肉の卸店(良質の肉が安い!)の2階にあるステーキ店「あんずカフェ」、そして昭和の名残が漂う懐かしきカフェ・レストラン『ランプ』の写真を。

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    本日訪れたあんずカフェは、本当にお勧め。多々良川の眺めもいいし、宮崎牛ステーキの焼き加減(尋ねられないのでお任せ)も絶妙でおいしくて、本当に驚いた。ここにはまた来たいものだ。

    桜の花がほころび始めている。あと数日で、満開だ。

    子供のころから大好きだった椿を、こんなに眺めるのは初めてだ。

    沈丁花の花が香る。29年ぶりの香りが、懐かしい。

    伯母宅の庭にぐんぐんと育つミモザの見事な生命力よ!

    🌸

    人生1周目が完了する直前に、こうして故郷を振り返る機会を得たこともまた、カルマ。定められていたのだなと、強く思う。

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    1カ月の福岡滞在期間中、生まれ故郷の熊本や、壱岐島や、あるいは一気に台湾まで、数泊でも旅ができればと思っていた。しかし、それは困難だと悟った。

    眼科によっても異なるだろうが、白内障の手術前後の目薬の経緯を簡単に説明すると、手術前の4日間、目の周囲を洗浄綿で拭いた後、1日5回。手術後は、3種類の目薬を5分以上間隔で1日3回2週間。その後、1種類を1日3回約3カ月間……。手術後1週間は目に水を入れられないので保護レンズ着用。普通に入浴できるのは1週間後から……という感じ。

    手術自体は簡単でも、この前後の目薬や防水の徹底は、認知症傾向のある人がこなすのは不可能。というわけで、今回は長めに帰国しておいてよかった。なにしろややこしい3種類の投与が、わたしがインドに帰る日の前日(4月7日)に終了するという、驚くほどのタイミングのよさ。

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    数日前は、母の髪を切りに近所のマキエ・サロンへ。待つ間、千早界隈を散歩。美容師のマキエさんは、わたしたちが子供のころに暮らしていた名島汐見町にあった丸善美容院に勤めていた。わたしたちの髪も切ってくれていた。よくよく考えたらマキエさんも80代半ば! 現役とはすばらしい。

    当面、母は髪を洗えないので、短めに切ってもらってすっきりだ。先日、アクロス福岡で買ったやさしいコットンのセーターや、インドのパールシー手刺繍のストールがお似合い。

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    インドにいても、日本にいても、旅先でも、近所でも、どこにいても、日々は尊い。自然も人も街も変化して、そのささやかな差異にさえも、物語に満ちている。

    母が髪を切ってもらっている間、千早界隈を歩いてみる。昔は鉄道の操作場だった場所が面影なく再開発されている。パンデミック時代以前は毎年訪れていたニューヨーク。もう、6年も訪れておらず、恋しくも遠い。歩きながら、ふと、

    「ここ、なんか六番街っぽい」

    「なみきスクエアってリンカーンセンターに似てない?」

    「ってことは、ちはや公園は、セントラルパークのパームメドウ?」

    などと思ってしまう。だいぶ無理がある😸

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    最後、5枚の写真はパンデミック時代前に訪れた際に訪れた、我がかつてのご近所、リンカーンセンターやセントラルパークの写真なのだが……千早界隈に、似てない?😅

    最後の一枚は、わたしが暮らしていたコロンバスサークル付近の高層アパートメントビルディング。懐かしい……。

    🗽

    なみきスクエア自体がまた、よい。ライブラリーあり、勉強コーナーあり、カフェなども併設されている。

    また、大中小とある会議室(ホール)は市民が借りられるシステム。次回は、ここでインド関連のセミナーを実施したいと思う。

    なみきスクエア前の広場の開放感もまた、リンカーンセンターでしかなく(しつこい)、非常に心地よい。ここから北へ歩き、国道3号線を越えれば、おなじみ「ガーデンズ千早」だ。

    この日は土曜日だったこともあり、建物の前に広がる「ちはや公園」は、家族づれで賑わっていた。とてもよい雰囲気だ。

    故郷はその姿を変え、再発見は続く。これまでは、変化を寂しく思いがちだったが、わたしは間違っとった。我が座右の銘「不易流行」を思い出せ自分! 変化に順応しつつ、未来を共に紡ぐことがたいせつ。そのことに気づかされた今回の帰国も有意義につき。

    🌸

    諸々書きたいことは募るが、取り急ぎ、要点を。

    わたしが生きている間に、願わくば10年以内に実現してほしいことを書いておく。

    💙福岡市とバンガロール(ベンガルール)の姉妹都市化
    💙福岡=バンガロール(ベンガルール)の直行便就航✈︎
    この実現のために、わたしにできることがあれば、尽力する。

    祈願! 

    以上!

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    ◎「人生はロールケーキ」の1周目を終えつつある昨今。かつてなく長い期間、故郷で過ごすことで、精神もまた、日々振り出しに戻りつつある。先日、図解した「人生はロールケーキ」だが、書き込んでいるうちに、思い至った肝心なポイント(記憶の歪み)を書き忘れていた。大切なことなので、後日、記したい。

    ◎今日、母の白内障手術第2弾(右目)が無事終了した。右目はそもそも、ほとんど見えていなかったらしく、白内障に加えて別の手術も同時に行われたことから、時間もかかり、母もかなり疲労していた。しかし夕食はしっかりすませ、今は眠りについている。これからまだ眼科通いや目薬投与は続くが、ひと段落だ。

    ◎今日は、母の介護保険サーヴィスのサポートをしてくださっているケアマネージャーの方(通称ケアマネさん)が来訪されての打ち合わせ。明日は介護保険認定の方が来訪され、現状を調査される。現在は要介護1だが、2年目がどうなるかの審査だ。このことについても綴りたいこと多々あるが、ともあれ、国のシステムに感謝である。

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    ◎昨日は、生まれる前からのご縁が深すぎる旧友の美砂さんが住む西戸崎へ赴いた。彼女が経営する「旅のかけらを集めたギャラリー&ブティック/アレナプルクラ」で、バッグ作りのワークショップが開催されるということで参加させてもらうことにしたのだ。ちょうど母の手術の前日、自由に動ける日だったのもよかった。

    ◎西鉄電車で名島から和白へ。そこからJR香椎線に乗り換えて西戸崎へ。子供のころ、遠足などで訪れていた。この先の志賀島もまた。懐かしい。

    ◎わたしは昔から、電車の先頭に乗り、眼前の光景を眺めるのが好きだったが、この日は久しぶりにそれを経験できて心が弾んだ。

    ◎香椎高校に通っていたころ、高校から雁ノ巣のレクリエーションセンターまで徒歩で往復する「春の鍛錬遠足」が恒例だった。普段、そんな長距離を歩くことはなかったので、みな疲労困憊になりながらも、おしゃべりしつつ、歩いたものだ。

    ◎第二次世界大戦前、ここには「福岡第一飛行場(雁ノ巣飛行場)」があった。朝鮮、台湾、中華民国、満洲国、東南アジアへの路線が運航されるなど、戦前における国内最大規模の民間飛行場だったという。太平洋戦争中は海軍航空隊が置かれ、特攻隊が飛び立った。

    ◎第二次世界大戦後は米軍に接収され「ブレディ飛行場」に。その後も朝鮮戦争の際に重要な拠点であり、1970年代に米軍から返還されるまでは、戦争の匂いがする場所だった。名島の水上飛行場といい、雁ノ巣の飛行場といい、わたしの子供時代には飛行機や船が身近にあって、わたしの「空港好き」や空への憧れは、幼児体験も影響しているのだと思う。

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    この日、東京から来訪されていた先生方のご指導で、PP(ポリプロピレン)バンドを用いてのバスケット作りを楽しんだ。腱鞘炎はまだ治っていないのに。ちなみに腱鞘炎を治癒すべく、帰国以来、数日おきに整体にも通っている。眼科も整体も香椎なので、とても便利だ。

    アレナプルクラは、海辺にほど近い「うみなかテラス」という商業施設の一室にあった。すてきなパン屋さんやお弁当屋さんが入っていて、チャーミングな空間だ。ワークショップの前に、手作りのミニお弁当を購入してテラスで食べる。おいしくて幸せ。

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    バッグ作りは想像していた以上に楽しかった。難しすぎず、簡単すぎず、ちょうどいい塩梅。集中しつつ、おしゃべりしつつ、形にできる。軽くて丈夫、実用的で、見た目もかわいらしいのがすばらしい。異なる色やデザインで作りたくなった。ミューズ・クリエイションの活動でも、こういうハンディクラフト作りをまた再開したいと思いつつ……尽きぬ。

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    完成後、ティータイムや写真撮影、おしゃべりを楽しんで、解散。本当は海辺に出て夕日を眺めたかったが、母のややこしい目薬投与や夕飯もあるので、また次回。久しぶりに潮の香りを吸い込めただけでも、爽快だった。帰路は、美砂さんの幼馴染であるみゆきさんに車で送ってもらう。かつての海が、陸になっている。

    時空が歪む。

    いい、いちにちだった。

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    1年半前の一時帰国時に着物に目覚めて以来、帰国のたびにリセール(中古)の着物を発掘すべく、福岡で、東京で、店舗や展示会を巡ってきた。

    そして今回もまた、リサーチしていたところ、天神の「アクロス福岡」にある「銀座いち利」にて、リユースのバーゲンが開催されているのを見つけた。これは行かねばと、母の眼科&歯科通院の谷間だった木曜日、天神へ赴いた。

    折しも、店内では西陣織の老舗「西陣まいづる」の展示会が開催されている。店内に入るや、伊藤若冲の青い鶏冠の鶏らが、目に飛び込んできた。リユース着物を見るよりも、見事な職人技の帯に俄然、興味が湧き、間近で拝見させていただく。

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    絹糸のしなやかさと輝き、精緻な織り具合が格別で、ほぇ〜……と感嘆の声が漏れるばかり。聞けばこの絹は、三眠蚕(さんみんさん)で織られているという。三眠蚕とは、孵化後に3回の脱皮を経て繭を作る蚕のこと。
    一般的な4回脱皮する「四眠蚕」が作った繭に比べると、繭玉が小さく、糸が細くしなやかなのが特徴だという。触れてみれば違いは顕著。その細い糸で織られているからこその、この精緻な仕上がりなのだ。

    また、内閣総理大臣賞を受賞したという「ゴブラン紹巴(しょうば)」という帯がエキゾチックで魅力的。昨年、エジプトを訪れて以来、すっかり引き込まれなじみとなったヒエログリフや様々なモチーフが、びっしりと織り込まれている。

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    ちなみに紹巴織(しょうはおり)とは、西陣織の代表的な織物で、中国由来の絹織物。一方、ゴブラン織とはフランス起源のタペストリーだ。この帯には、五色の経糸が用いられ、ゴブラン織と紹巴織の技術が融合して織りなされていることから、「ゴブラン紹巴(しょうば)」と名付けられているようだ。

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    さらに目を引いたのは、友人のYashoが東京旅で入手したことで初めて知った「螺鈿引き箔」と呼ばれる技法で織られた帯だ。引き箔とは、西陣織の技術のひとつで、和紙の表面に金や銀の「箔(ハク)」を貼り、それらをごく細く糸のように裁断したもので織る、織物のこと。螺鈿引き箔とは、貝殻の内側の輝く部分を丁寧に剥離し、柔軟になめして和紙に貼り、糸状に裁断して帯に織り込んだもの……。という、超絶技巧が反映された織物なのだ。

    Yashoの帯もすばらしいので、以下の記録をご覧いただければと思う。

    🇮🇳🇯🇵布が織りなす日印の絆:サリーと着物に触れ合う展示会(2024/09/20)

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    ところで、若いころのわたしはゴブラン織りが好きだった。欧米のミュージアムなどで、豪奢でダイナミックなゴブラン織りを目にするたび、見入ったものだ。個人的には、ベルギーを旅した際(東京時代とニューヨーク時代、ドライヴで一周した)のゲント(ヘント)にて出合ったゴブラン織りは本当に好みだった。中世の面影が色濃く残るゲント。久しく旅していない欧州への旅情も高まる。

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    幸い、他のお客さんが少ない時間帯だったこともあり、じっくりと拝見し、京都からいらした「西陣まいづる」の方のご説明を聞くことができた。いち利のスタッフからも、この作品を目にする機会は滅多にないことであり、お話をお聞きできるのは幸運なことだと言われた。

    リユース着物のバーゲンが目的で訪れた着物初心者が、ぐいぐいと関心を示すのは、日本では失礼なことなのかしらとの思いも過ぎったが、せっかくの機会。学ばせていただけてよかった。なお、こうしてソーシャルメディアに記すことはお伝えし、許可を得ている。

    それにしても、若冲の帯は、今、写真で見返しても、麗しくて見入る。帯の見える部分だけでなく「見えない部分」にさえも、味わい深い水辺の様子が描き織り込まれている極まりよ。

    この店でリユースの帯と着物を少し買い求めたあとランチをとり、さらにはわたしが着物に目覚める契機となった新天町の店に赴いた。毎回ここでは、なにかしらの魅力的な着物や帯に出合える。今回もまた、超廉価ですばらしい着物を見つけてしまった。バンガロールに帰ったら、袖を通そうと思う。他の写真も残したいが、膨大になるので、今日のところは西陣織メインで。

    帰宅すれば、多々良川の彼方、玄界灘に沈む夕日を眺める。毎日のように、似て非なる日没を眺められることのありがたさ。名島神社の方角を見遣り、その深き緑の森に向かって合掌をする。

    ミレーの『晩鐘』を思う。

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    福岡に戻って10日余り。ようやく風が春めいてきた。来週あたり、桜が開花し始めるようだ。4月の初旬には満開になるだろう。母の白内障手術第2弾は明後日の月曜日。桜が咲くころには、両目がだいぶ、くっきりと見えるようになっているに違いない。いいタイミングだった。

    🌸

    思えば、こんなにも長く、福岡だけに滞在するのは父が他界した2004年以来、21年ぶりのこと。

    朝から晩まで、同じ会話や質問が延々と繰り返され、四六時中、何かを探さざるを得ない(大切なものが紛失しがち)環境の中で過ごすのは、なかなかに(相当に)タフではある。しかし、これは多くの人々が経験をしていることで、特別なことではないのだ。

    ただ、自分にとって、初めての経験であるということだ。頭ではわかっていても、感情的になる自分にもうんざりしつつも、このひとときを有意義に。毎朝の10分間の瞑想が命綱。

    🌸

    自分の書き物や仕事にはなかなか集中できないので、隙あらば、片付け。父の死後、一時帰国のたびに片付けてきたけれど、戻ってくるたびに、混沌となる。昔はそれでもよかったが、もう今となっては、大切な書類や郵便物、その他を判別できなくなっているので、不要なものは処分するに限る。

    人間は、片付ける習慣をつけておいた方がいいと、つくづく思う。空間の散らかりは、脳内の散らかりに比例する気がする。若いうちにはそれでよくても、認知症を患い始めたらアウト。片付けていたら、いろいろなものが発掘される。さっきは、「持っていない」と言っていた「交通用福祉ICカード「はやかけん」by 福岡市」が2枚も出てきた。

    子供のころの写真や、手紙や、さまざまな思い出が、家のいたるところから湧き出てきて、過去が近い。

    🌸

    人生はロールケーキ。を言葉にすると長くなるので絵にしてみたら、楽しくなって、いろいろ書き込んだり、シールを貼ったりしているうちに、賑やかなページになった。ロールケーキというよりは、アンモナイト。

    20代、30代は、豊かに成長し、世界に視野も心も広がり飛んでいた。40代、50代は成長の速度は落ちて、しかし応用力は高まった。歳月の流れがどんどん短く感じはじめ……。やがて大きな節目、第二の人生の入り口。暦(こよみ)が巡り還る「還暦」を間近にし、ぐるりと一周戻って来て、幼少時が近い。ここからぐっと、人生の深奥に向かうのか。

    新鮮な生クリームたっぷり、旨味の詰まったロールケーキの中心部に向かって。この先の人生をいかに紡いでいこう。

    この人生はロールケーキ絵図は、自分の人生を振り返るうえで、なかなかに楽しい試みだと思った。フォーマットを構築してワークショップでも開こうかしらん。自分の足跡、即ちライフを慈しむことにもなる気がする。

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    すべては、神の思し召し。人生はなるべくしてなるから、抗うなかれ……。

    と、自分に言い聞かせつつも、心中で交錯する喜怒哀楽の、「怒哀」を手なずけることの難しさ。人生の修行は死ぬまで続くと再認識する毎日だ。

    誰もが生まれて死んでいき、生きる限りは、年老いていく。母を見ながら自分の未来を重ねる。

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    母の眼科に付き添ったり、自分の整体に通ったり、家の片付けなどしているうちにも、1週間余りが過ぎた。先週、久留米まで小旅行を楽しんだのは、本当によかった。遍くライフ、気分転換や楽しみは必要だ。

    今はバンガロールの陽光や高原の心地よい風や、4猫らのことを思い出すだけでも胸が締め付けられる。わたしの帰る場所は、そこにあるだろうか。帰国以来、毎日寒すぎる福岡の冷風にやられて、何もかもが益々遠く、心許ない。

    今でこそ、テクノロジーの進化のおかげで、遠く離れていても、通話し、顔を見ることができる。だから、繋ぎさえすれば、そこにわたしの居場所を即座に確認できる。夫のデスクに横たわる、NORA姉さんの無愛想な表情も眺められる。

    しかし、30年前、40年前は、そうではなかったのだよな〜。

    国際電話はおろか、福岡から東京だって、電話代は高かった。学生時代、遠距離恋愛😅をしていたころは、バイト代の大半が、電話代で消えたものだ。家の電話を使うと、ついつい長く話し込んでしまい、電話代が月に数万円になってしまうから、あえて公衆電話にて、コインを握りしめ電話したものよ。

    それを思うと、一瞬一瞬の重みさえも、過去と今とでは異なるな……と実感する。ひとつひとつの行いが、物語的だった。

    ともあれ、テクノロジーの進化に感謝だ。

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    「胡蝶の夢」という言葉を知ったのは、高校時代だったか。中国の戦国時代、宋に生まれた思想家である荘子のことばだ。わたしは、「胡蝶の夢」を、精神世界を象徴するものとして、折に触れて、身近に感じてきた。解釈はいくつかあるが、ともあれ、いずれも、心にしみる。

    二つのライフと、夢のまにまに、抗わず、力を抜いて、たゆたおう。

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    1枚目の写真は、香椎のパワーストーンのお店。母の眼科から徒歩1分もかからないほどの距離にあるので、手術中に妹と訪れた。以前の帰国時に購入していたテラヘルツのブレスレットを気に入って、毎日つけていたら紐が切れたので、それを付け替えてもらうために。テラヘルツ。その後、通販でもうひとつ購入したけれど、それはピンとこなかった。やっぱり、自分が手にとって気に入ったものを買うべし。

    この日、どうしても北投石のブレスレットとネックレスが気に入り、欲しくなって購入。インドに暮らしていると、「石」は非常に身近な存在。パワーストーンについても然り。これらの石や鉱石についても、効能云々はさておき、いろいろ書きたい個人的なストーリーがあるのだが、今日はこれから今回初の天神へお出かけなので、このへんにしておく。

    そうそう、このコート。母のクローゼットから発掘した25年くらいまえのもの。内側が毛皮になっていて、リバーシブル。バブル風味が強い。そちらを表にして着用したら、動物愛護団体にペンキをかけられそうな出で立ちとなる。まさかこんなものを発掘して着ることになろうとは。一昨日はこの帽子を被って防寒して街を歩いた。なにしろ体感温度がマイナス1度、とかだったのよ。風が強かったから。極寒。

    ところでタイトルの「人生はロールケーキの如く」。これはわたしが痛感していることを、言葉にしたもの。後日、改めて記したい。人生は、ロールケーキでしかない。と、このごろは強く思う。

    なんのこっちゃ。

    🌸

    今日はいい天気!

    午後あたりから、ようやく気温も上がり始める模様。

    寒さにきゅっとなっていたであろう桜のつぼみも、そろそろ出番かな……と気づいてくれていることだろう。

    お出かけ、行ってきます。

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    福岡は超絶寒い。3月中旬だというのに、なんでこんなに寒いと?! 

    さて本日、無事に母の白内障手術第一弾(左目)終了。第二弾(右目)は1週間後。まだまだ続く小さくて大切な不可欠ケア。ともあれ今日のところは昨日のことを記す。

    一時帰国後の行動範囲は、連日ご近所周辺で地味。眼科やら整骨院の通院メインでは気が滅入ってしまう。週明けからの眼科詣でに突入する前に、楽しい予定を織り交ぜるべく、昨日は久留米まで足を伸ばした。「地場産くるめ(久留米地域地場産業振興センター)」で開催されている久留米絣の一大展示会を訪れるためだ。

    わたしが絣の魅力に開眼したのは2011年。バンガロールで開催されたDASTKAR(手工芸品展示会)で、オリッサ州の絣のサリーを購入したのが契機だ。その直後の一時帰国時に、久留米絣の里として知られる広川町を訪れ工房を取材。当時、5年に亘り連載していた西日本新聞の『激変するインド』に記事を書いた。

    その数年後、たまたま見かけた福岡大丸の特設展示会で、久留米絣の「椿柄」のジャケットに一目惚れして購入したが、それ以外に日本で絣の衣類を買うことはなかった。ところが前回の一時帰国時、やはり大丸の特設展示会で絣ブランドが集っているのを目にし、母と自分のために思い切って何枚か購入したのだった。

    それらをインドに持ち帰り着用すること数カ月。想像通りに着心地がよく、丈夫で、肌にやさしい。特に緩めのモンペ的パンツは日々の部屋着に好適だ。長持ちすることを考えれば、少々お値段が高くても価値がある。すっかり「久留米絣愛好家」となってしまった。

    今回も近場で購入の機会がないだろうかとソーシャルメディアをチェックしていたところ、大丸での恒例の展示会は4月8日からとある。わたしがちょうど、インドに帰る日だ。タイミング悪すぎ……と思っていたら、別の投稿で3月15日16日に、久留米で一大展示会が開催されることを知ったのだった。

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    JR千早駅から久留米までは、鹿児島本線で1時間あまり。車窓からの光景を眺めつつ、思えば久留米駅で降りるのは初めてだと気づく。閑散としているが、九州新幹線も停車する。会場までの送迎バスを待つ間、駅でランチ。案内所でお勧めを尋ねるが、いまひとつの反応だ。「フミヤくんの好きな焼きそば屋がありますよ」ということで、そこへ行った。

    チェッカーズの藤井フミヤや松田聖子はじめ、複数の芸能人の出身地でもある久留米。実はとんこつラーメンの発祥地でもあるらしい。

    さて、会場には久留米絣の作業工程を伝える展示やファッションショーの舞台が設置されている。また久留米絣の歴史や特徴をつぶさに眺められる反物や着物の展示もある。

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    一方、実際に絣の衣類や小物を購入できる20を超える工房のブースが立ち並んでいて壮観だ。ゆるゆると歩けば、魅力的な色柄が次々に目に飛び込んできて、目移りする。とはいえ、気に入った柄とデザインが一致するものを見つけるのは簡単ではなく、そこもまた、吟味しがいがある。

    柄、デザイン、そしてサイズが自分の希望と一致してはじめて、「欲しい」となる。欲しいものが多すぎても悩ましいし、見つからないと残念。そういう意味で昨日は、非常にいい塩梅でいくつかの「欲しい」を見つけられた。

    大丸に出店されていた丸亀絣織物(わたしが着ているグレイのトップを購入)、野村織物、池田絣工房、坂田織物も勢揃いされており、ご挨拶&お買い物。このほか、今回は、藍華田中絣工房、野村雅範絣工場で、「手織り」のすてきな衣類を購入した。

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    さらには! 14年前に取材させていただいた山村健さんと奥さまの羊候(ようこう)さんと再会できたのがうれしかった。お元気そうでなによりだ。2011年のブログの写真も転載しておく。

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    帰り際には館内の「久留米絣資料館」に立ち寄り、その歴史を垣間見た。久留米絣の祖とされる井上伝(1789-1869) の物語も興味深い。インドでは少なくとも1400年以上前から存在したイカット(絣)と、どのような接点があったのか(あるいはなかったのか)、諸々、気になる。

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    この写真は、毎度、我が記録ではおなじみの、アジャンタの仏教石窟壁画に描かれた女性。アジャンタ&エローラ遺跡を訪れたのち、この本を購入し、じっくりと壁画を眺めるなか、この女性の衣服を見たときには衝撃を受けた。トップは絞り染め、ボトムは絣。これが描かれたのは少なくとも1400年以上前……なのだ。

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    ちなみにモノクロの写真は父方祖母の子供時代。100年以上前のもの。上段は左端が祖母だ。女学生らが身にまとう久留米絣の美しいことよ!

    ……またしても、話が長くなる。

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    昨日は、母の白内障手術に先駆けて、香椎駅前の中村眼科へ。朝一番から多くの患者さんが待合室を満たしている。何人もの看護師さんがカルテを片手に院内を歩き、患者さんを導いている。たいへんな忙しさだ。
    壁に貼られていたドクター中村の略歴を読む。1992年九州大学医学部卒業。その後、複数の病院に勤務されたあと、「2000年ハーバード大学医学部留学」とある。

    2000年といえば、わたしが夫の母校(MIT/マサチューセッツ工科大学)の同窓会に同行して、初めてボストンを訪れた年だ。米国の大学では、5年、もしくは10年に一度、盛大な同窓会を催すところが多い。MITは5年に一度ということで、1995年卒業の夫は、2000年の同窓会に参加した次第。

    数日間に亘るプログラムが組まれており、パートナーや家族も同行できる。義亡父ロメイシュや義姉夫妻とも合流し、ボストンで数日を過ごした記憶が蘇る。

    🇺🇸

    やがて母の番が来て、看護師さんにより、眼の検査はじめ、手術までの準備や注意事項を説明される。かなり、ややこしい。1日5回の点眼に始まり、手術後の眼帯装着や入浴の禁止など。母の場合、1週間おきに左右を手術することから、益々ややこしい。

    認知症初期の母には、到底ひとりでは無理だ。まず点眼前の「眼の周囲を洗浄綿で拭く」という工程でつまづく。洗浄綿のパッケージそのものが、まず理解できない。「これ、何だっけ?」となる。今日で2日目、9回の点眼を終えたが、毎回、ほぼ初めてのような状況。1日に何回点眼したかも、きちんと記録できない。

    その一方で、部屋の片付けや食器洗いなどはきちんとできる。会話のつじつまの合わなさは、COVID-19の引きこもりのあと、急激に悪化した。それでも、身体は健康で薬を飲んでおらず、食欲もある。その点においては、幸いなことだ。

    しかしながら……考えさせられることの多いこと!

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    看護師さんより一通りの説明を受けた後、最後にドクター中村による検査を受ける。状況を伺い、あいさつをすませたあと、「先生は、ボストンにいらしたんですね。わたしの夫もボストンの大学だったんです」と声をかけた。すると傍にいらした看護師さんが「そうなんです!」とおっしゃる。なんと、奥様でいらっしゃった。お二人の目が、たちまち輝く。

    なんでもご家族で、ボストン留学に帯同されていたとのこと。

    わたしの身の上を簡単に話し、2000年から数回、ボストンを訪れた話をしたところ、「どこかですれ違ってたかもしれませんね」「あのころは、楽しい思い出がたくさんです」「ニューヨークやワシントンD.C.にも行きました!」と、ほんの束の間、病室の一隅にチャールズ川の風が吹く。

    なにしろ込み合う病院内。長話をしている場合ではないが、ドクターが「いやあ、もう少し、お話ししたいなあ」と気さくにおっしゃってくれ、気持ちが和んだ。いいドクターに巡り合えてよかった。

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    病院を出たあと、ゆるゆると歩き、香椎参道へ。まずは香椎の老舗ブティック「Chibi Kan」に立ち寄る。良質な素材のオリジナルブランドの衣類を扱う店で、母も昔からときどき利用していた。このごろは一人で買い物に行けないので、良さげな服を選んで購入する。

    その後、向かいにある母が行きつけだったカフェ「Nanの木」でランチ。母はよく食べる。やはり幸いと思う。帰り道、やはり参道で、かわいらしいお菓子屋さん「ジョワイユ ノエル」を発見。昨年オープンしたばかりというその店。店舗で焼いているというカヌレやフィナンシェなど、焼き菓子をいくつか購入。なかでも購入時にクリームを詰めてくれるコロネがおいしかった!

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    そして今日は、わたしの腱鞘炎の治療のために、2度目の整体へ。今後、数回通う予定。まだ痛みはあるが、身体全体を統合的に見ていただいているので、焦らず向き合おうと思う。

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    整体のあとは、ガーデンズ千早へ。ガーデンズ千早の母体である高橋グループ代表の高橋彦太郎氏とお会いする。前回の一時帰国時、福岡市美術館でテキスタイルのセミナーを実施した際、高橋さんは来てくださった。前回はしかし、予定が合わず、それ以外にお会いすることができなかったのだが、今回は、わたしがガーデンズ千早に立ち寄った日に偶然にもご連絡をいただき、今日、早速お会いしたのだった。

    高橋さんとは、今後、何らかの形でプロジェクトをご一緒させていただくことになる。そのときにまた、諸々の思いを記したい。

    最初と最後の2枚の写真は、ガーデンズ千早以前、「スポーツガーデン香椎」。埋め立て直後の土地の向こうに広がるスポーツガーデン香椎を背にした7歳のわたしと、リバープールで泳ぐ2歳のわたし初ビキニ。ここは1965年創業。親近感しかない。

    ◎幼少時の思い出多き「千早」にて。インドとのご縁を育むために@ガーデンズ千早(2022/06/01)

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  • N 1

    日本武尊(やまとたけるのみこと)の息子であり、第14代天皇である仲哀天皇は、香椎で他界した。

    仲哀天皇と、その妻である神功皇后ゆかりの地である福岡市東区香椎、千早、名島……。我が故郷の歴史の面白さ、興味深さは、自分が歳を重ねて帰郷するにつけ、増してきた。そして昨年、壱岐島を訪れ、いよいよ、関心が高まった。

    神功皇后が妊娠中にも関わらず三韓征伐に出かけ、その後、出産した応神天皇を壱岐島にある温泉にて産湯に浸からせた……などなど。

    実家界隈では、ご近所散策ですら「歴史散歩」を楽しめるということを知って久しく、今回は時間の合間を縫って、歩こうと思っている。

    帰国の翌々日、13日の朝、急に髪を切りたくなった。遠出をする気分ではなく、願わくば徒歩圏内。Googleマップでヘアサロンを検索、最寄りの「Rビーフラッグ」を予約。昨今の香椎千早界隈は、シンプル洗練おしゃれサロンがあちこちに誕生しているが、そのトレンドとは逆行するかのような、賑やかにアットホームな空間。キッズルームも用意されている。

    スタイリストの Sayakaさんは、とても明るく感じがよく、会話を楽しみつつのひととき。このサロンのオーナーは東区出身で「東区愛」が強いらしく、1988年以来、この区内に6店舗展開されているとのこと。地域密着型の、個性が楽しいサロンだった。Sayakaさんは福岡県直方市のご出身で、ご両親も理髪店を経営されているという。

    わたしが昨今、関心を高めている地元の歴史や壱岐島との関わりを話すと、興味深そうに前のめりで聞いてくれる。超ローカルの話題ゆえに、ローカル民にとっては、目からウロコの話題も少なくないのだろう。わたしとて、ここに住んでいる時には関心を持っていなかったが、故郷を遠く離れ、世界各地を旅した果てに、俯瞰して故郷を眺めて初めて気づいた魅力。

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    ヘアカットを終えて、そのまま自宅へ引き返すのも惜しい気がして、歩くことにした。まずは「ガーデンズ千早」に立ち寄る。以前よりも店舗が増え、内容が充実している。ここの話題も尽きぬが、今日のところは割愛。入るなり、「ちはやライブラリー」を見つけて、うれしくなる。こういう空間が拡充されればいいなと思う。

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    「ガーデンズ千早」から、1967年ごろまでは砂浜があったあたりを歩く。今では城浜と呼ばれる。そして、わたしが1歳から13歳まで暮らしていた名島汐見町(現千早)の周辺を歩く。かつて銭湯や八百屋や貸本屋や酒店があって賑わっていたあたりは、無音。どうしてこんなに無機質になったのだろう。

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    しかし、我が家族が暮らした家はまだあって、しかも当時より美しくなっている。今お住いの方が、入念に改築されたことが見て取れて、ありがたい気持ちだ。

    そして、やはり1960年代は小さな山だった「三の丸団地」を通過する。ここは名島神社の「三之丸」の跡地である。ここを通り抜けると、わたしが通った幼稚園がある。現在は「名島りすの森こども園」となっているが、かつては「福岡名島幼稚園」といい、門にキリンの像が立っていた。

    九州電力の土地が多いこの界隈。父親の仕事に関連する思い出も尽きぬが、終わらないのでこの辺で。
    後日、名島神社へも足を伸ばそう。

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    昨年秋の一時帰国を終えてから、まだ4カ月も経っていないのだが、再びの福岡。パンデミック明けからは、年に1回だった一時帰国を2回に増やしていたが、今回、半年を待たずに長期滞在するのは、母(86歳)の白内障の手術(両眼)に伴ってのこと。

    今や白内障の手術といえば、あっというまに終わる簡単なもの……らしいが、数日とはいえ老人が片目だけで一人で暮らすのは、危険が伴う。身の回りの雑事やその後の通院などに付き添うべく、故に、今回は前倒しで帰国した次第。

    普段は、車で十数分の距離に暮らす妹や、週に2回来訪されるヘルパーさん(介護サーヴィス)が母をサポートしてくれているので、とても助かっているが、簡単な手術とはいえ、通常とは異なるルーティンが発生するため、人手は多い方がよい。

    見た目は元気そうでも、母も娘も加齢は加速する。もう、5年前、10年前とは、全く異なる身体の衰え(自分比)。

    今回、1カ月と長めの滞在を決めたのには、自分がゆっくりする時間を確保したいというのもある。昨年の秋は、途中でインド友らと韓国旅をしたり、旅の後半に夫がやってきて壱岐旅をしたりと、今振り返れば、濃かった。もちろん楽しかったが、結構な体力を要する旅であった。今回は、状況に応じて、国内を1〜2泊ずつ、どこか旅できればいいと思っている。(するのか!)

    福岡到着翌日の昨日は、近所の整骨院に行き、右手首の腱鞘炎の様子を見てもらった。一気に注射や薬で治すのではなく、ぼちぼちとアーユルヴェーダのトリートメントで……と思っていたが、かれこれ1カ月も治らぬまま。親指界隈に力を入れると痛むので、福岡にいるうちに、治したいと思っている。

    右手が使いづらくなって初めて、いかに右手の負担が大きいかを認識する。そら、左手も左手なりにがんばってはいるが、右手の労力の比ではない。長い間、無理をさせたねと右手をかばいつつのライフは、自ずと活動全体の速度を落とすことにつながる。これはひとえに「神様の思し召し」だと心得る。

    着物とサリーの展示会の準備も、普段より時間をかけざるを得なかったが、その分、身体の疲れは浅かった。旅に際しても、普段はグイグイとひっぱり歩く20キロ超えのスーツケースも、じわじわと運び、ゆっくりと動作することで、足腰への負担も軽減される。

    「身体を大切な楽器だと思って扱いなさい」

    という、アーユルヴェーダのドクターの言葉を肝に銘じて過ごそう。

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    リアルな緑あふれる、すてきなケンペゴウダ国際空港に別れを告げて、空を飛ぶ。バンガロール=成田直行便が就航して5年。東京に滞在するには便利だが、福岡のみの滞在には、成田で乗り継ぎ(荷物の受け取り)があるため正直なところ不便。しかし、香港経由もシンガポール経由も、乗り継ぎのタイミングが悪く、今回も日本航空直行便だ。

    九州上空、五島列島やら筑後川を見下ろしながら「ここで降ろして〜」と思う。

    わたしが生きているうちに、バンガロール=福岡直行便が就航することは……ないだろうなあ。

    1枚目の写真は、実家からの夕景。多々良川の向こう、玄界灘に沈む夕日の麗しさ。鳳凰の如き雲に抱かれる小さな航空機の愛らしさ。

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