インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    金曜の日中は、終日、ミーティングで、少し疲れた。1カ月の不在を控えて、荷造りや雑事や仕事の残りを少しずつこなしているこのごろ。無理を避けるべく、夜の外出は控えていたが、このパーティは以前から参加を決めていたこともあり、夫と共に出かける。

    着物かサリーを着ていくつもりだったが、着替えるのが面倒だ。そこで閃き取り出すは、京友禅の大判ストール。黒地に牡丹の、ダイナミックな柄がとても気に入っている一枚だ。

    わたしは京友禅サリーのインドにおけるブランド・アンバサダーを依頼されていることから、実際に着用した感じを見てもらうためにサリーを着用しているが、あくまでも「お借りして」いる状態。取り扱いも丁寧に、汚さぬよう、気を遣っている。

    そんな中、今回、数枚販売されていた大判ストールの中に、わたしが気に入った牡丹のサリーと同じ柄のものがあった。これは実用的だと、先日、自分のために購入した。

    心置きなく着用できる。

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    一方のサリー。自分が気に入っていることから、展示会でもついつい目立つ展示してしまう。

    サリーには、黄金色の文字が描かれている。これがまた、魅力的。気になって調べたところ、サンスクリット語(梵語)の「アン」。辰巳(たつみ)年生まれの守護本尊である普賢菩薩が宿る文字だという。巳年のわたしと一致してうれしくなった。このサリーについては、また後日、記すことになる。

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    京友禅サリーには、丹後縮緬と呼ばれる正絹が用いられている。しっとりと滑らかで光沢があり、適度な重みが優麗なドレープを生む。

    一方、この大判ストールは、同じ丹後縮緬の正絹でも異なる質感。光沢はなくマットで、ふわふわと軽くて扱いやすい。

    今回は、シンプルなリネンのドレスと合わせたが、このストールが主役となり華やかな印象になった。黒や白のパンツやトップとも合わせられるから旅行にも好適だ。ベルトでウエストを締めるのもいいかもしれない。

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    実は、外出の数時間前まで、疲れ気味だったからキャンセルしようかと思っていた。しかし、白い牡丹を身に纏ったら、なんだか元気が出てきた。この夜は、Integration Dinner。人々と少し深めに交流するのが目的だった。

    開催場所が、わたしの好きなTaj West Endだったことも、気持ちを前向きにさせてくれた。インド移住前に初めて泊まった時には、ガーデンシティの象徴のような場所に感激したものだ。20年前の移住直後、住まいを見つけるまでの1カ月弱を、ここで暮らした。ゆえに、思い入れは深い。

    喧騒の外界からゲートに入った途端、異次元に紛れ込んだかのような気持ちにさせられる。夜の緑に出迎えられ、来てよかったと思う。オープンエアのヴェトナム料理店、Blue Gingerと、併設するBlue Barが会場。顔見知りの友人たちだけでなく、新しくて若い仲間らとも言葉を交わす。

    中でも、自ら石炭の会社を立ち上げたという青年の話が興味深く。親は製紙工場を経営しているが、敢えての石炭。その背景の物語を聞きながら、日本の炭鉱の歴史や原子力発電のことなどを語る。

    わたしの生まれ故郷は、熊本県荒尾市原万田。ユネスコ世界文化遺産登録されている「明治日本の産業革命遺産」を構成する一つである「三井三池炭鉱万田坑」がある土地だ。

    今回の一時帰国時、自分の原点を知るべく、そこを訪れることはすでに決めていた。ゆえに、「石炭」というワードにさえも、ご縁を感じる。

    ご縁は、広がりながら収束する。

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    バンガロールの人口は、わたしが移住した20年の間にも、2倍、3倍と増え続け、現在は東京都と変わらぬ1400万人ほどもの人々が暮らす。

    それだけ急速に人が増えれば、環境破壊は免れず。樹木は伐採され、住宅は立ち並び、かつては年中、肌寒かったというこの高原都市は、しばしば猛暑や水不足に晒されている。この地の盛夏は4月から5月にかけて。ゆえに今は初夏である。

    気候の起伏が浅い地ながらも、樹木の花々が季節の巡りを教えてくれる。車窓から目に飛び込んでくる鮮やかなピンクや黄色、儚げな紫の花々……。

    先日、友人宅を訪れた。彼女の部屋から見えるジャカランダが、本当に見事だった。ずっと窓際に座って眺めていたいと思わされる情景。

    その他、今週、外出時に目にした花々の写真を、載せておく。

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    昨年秋の一時帰国からバンガロールに戻って、まだ3カ月半ほどしか経っていないのだが、来週月曜日から約1カ月、再び日本だ。母が歳を重ねていることもあり、パンデミック明けからは一時帰国を年に2回に増やしていたが、今回、時期が早まったのは母の白内障の手術(両目)に伴ってのこと。

    母が歳を重ねると同時に、わたしも歳を重ねるわけで、自分の体調管理も大切。ゆえに今年に入ってからは旅をせず、仕事も極力絞り込み、アーユルヴェーダのトリートメントを受けにいったり、歯医者に通ったり、メンテナンスを重視している。にもかかわらず、腱鞘炎になったり、疲れやすかったり、些細なことで苛立ったり……。

    瞑想やエクササイズをして努力をしているつもりでも、なかなか心身の調和が取れにくい。

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    水曜日は、デリーから来訪中の友人の貴子さんが遊びに来てくれた。かつてデリーに駐在後、バンガロール赴任を経て、日本、ドバイ……そしてデリー駐在という巡るライフ。2011年に発足した「ローカルフード探検隊」(懐かしすぎ)のメンバーであり、ミューズ・クリエイションの初代メンバーであり、ヤクルト王子の妻でもある貴子さん。

    夫婦揃って懐かしい思い出が尽きない。何もかもが、ついこの間のことのようで、遠い。食専用ブログのカテゴリー「外食:ローカルフード探検」を見ていただくと、当時の記録が発掘できる。みんな元気だったなあ。

    🍴ANNAPURNA ~マルハン家の食卓~

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    バンガロールの樹の花については、毎年のように記している。3年前には動画も作った。以下、ナレーション原稿を転載。

    2022年。新しい年があけてまもなく、バンガロール(ベンガルール)市街中心部にあるカボン・パークを訪れた。広大な公園の周辺には、州庁舎のヴィーナ・サウダや高等裁判所、図書館などが点在する。

    デカン高原の南、標高約920mの高地に位置するカルナータカ州の州都、バンガロール。英国統治時代から「ガーデンシティ」「エアコンシティ」と呼ばれ、一年を通して過ごしやすい気候が特徴だ。季節の変化が緩やかなバンガロールで、歳月の巡りを教えてくれるのは、木々の花。

    悠然と舞うトンビになって、中空を旋回しながら、この街を見下ろしたい。

    1月の今は、濃いピンク色のピンク・トランペットが、街の随所で咲き誇る。確かによく見ると、トランペットのような形をしている。やがて、透き通るような薄紫色の木の花、「ジャカランダ」が芽吹き始める。これもまた、トランペットのような形だ。日本の桜と見まごうばかりの、薄桃色の花をつける木も随所で見られる。これもまた、「ピンク・トランペット」、あるいは「ピンク・テコマ」と呼ばれる。同じテコマでも、鮮やかな黄色い花をつけるそれは、デカン高原の青空に映えて、ひときわ色鮮やかだ。

    やがて、4月から5月の盛夏になると、真っ赤な「グルモハル」の花が咲き乱れる。まるで炎のように中空を染めることから、日本語では「火焔樹」と呼ばれる。

    バンガロールが、古くから緑に溢れた土地だったのか……といえば、実はそうではない。そもそもは、乾いた高原だったこの土地を、緑でいっぱいしてくれたのは、マイソール王国の藩主ティプー・スルタンだ。バンガロールにある樹木の多くは、彼が1700年代に海外から輸入した外来種である。

    市街南西部にあるラルバーグ植物園では、当時からの樹木を見ることができる。バンガロール滞在中には、足を運ばれることを、お薦めする。

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    🌸Garden City Bangalore/ 新年のバンガロールを彩る鮮やかなピンクの花。カボン・パークへお花見に。

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    20年前にバンガロールへ移住してからの数年間は、日本からのクライアントをお連れするお店の選択肢は、まだまだ少なかった。なにしろ短期間の視察旅行。それでなくても、世間では「インドに行ったらお腹を壊す」と言われがち。体調を崩されては困るから、高級ホテルのレストランを中心に、いくつかの名店を選んで巡回していた。

    ちなみにわたしは、これまでバンガロール、デリー、ムンバイ……と、数多くの日本人に同行してきたが、お腹を壊された方は一人もいない。そもそも「インドではお腹を壊す」と思い込んでくるから、壊すのである。
    うっかり生水や、衛生不確かな屋台飯や、空きっ腹にビールや、油脂がこってりバターチキンや、むやみに辛い料理などを避けていれば、壊さない。タイトすぎないスケジュールで、睡眠しっかり体調万全でインドに挑んでいただければノープロブレム。

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    話が逸れた。

    飲食業界の栄枯盛衰は著しく、この20年間の間にも、イタリアンを端緒にコンチネンタル、パン・エイジアン(日本料理含む)、ブリュワリーにカフェ、ベーカリーと、さまざまな店舗が誕生。日本からのゲストをお招きしたい店の選択肢は急増した。その著しい成長と反比例するように、我々は年齢を重ね、外食の頻度は減り、ゆえに「未知なる素敵な店」が数多ある。

    日曜日、親しい友人夫婦が主催するサンデーブランチに招かれた。会場は、バンガロール中心部にあるBastian Garden City。夫は来たことがあるというが、わたしは初めて訪れた。

    高い天井。オープンエアの開放的な空間。庭に出れば、柔らかに日差しを通すナチュラルなスクリーン。随所に配された豊かな花々。そして仰ぎ見るほどの木々……。英国統治時代に建てられた、かつてバンガロールの随所にあった「バンガロー(平屋一戸建ての邸宅)」の跡地に誕生したというこの店は、樹木を伐採することなく、そのままに残して設計されたのであろう。

    新しい店ながらも、傾き始める初夏(@バンガロール)日差しがノスタルジックに郷愁を誘い、なんとも居心地がいい。

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    この日もまた、親しい友人や、数年ぶりに再会する友人らと挨拶を交わす。女性のファッションもさることながら、男性たちのシャツの華やかさも目に楽しい。ちなみに我が夫が着ているのは、昨年インドネシアで購入したバティックのシャツ。毎度、わたしの好みである😉

    京友禅サリーのモデルになってくれた友人のTanyaは、この日も赤いトップが鮮やかで美しい。彼女の履いているすてきなパンツの柄に「日本」を感じたので尋ねたところ、日本旅で購入したのだとか。日本とインドのテキスタイルは、本当に、通い合う。

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    この日、ミューズ・クリエイションのバザールに出店してもらい、メンバーと共に工場訪問をした手漉き紙ブランド「Bluecat Paper」創業者のKavyaと久しぶりに会えたのはうれしかった。

    「紙と環境問題」に関しては、かつて彼女からたくさんのことを学んだ。「紙製品はプラスチックに等しく有害である」という事実を教わったときには、強い衝撃を受けた。現在、Bluecat Paperは、工場を拡大し、順調にエコロジカルな紙づくりを続けている様子。また訪問させていただきたいと思う。

    パンデミック時代には、ミューズ・クリエイションのチャンネルにて、動画を作成、アップロードしている。ぜひご覧ください。

    【地球環境を尊重するビジネス】100% Handmade Paper 木材パルプの紙製品はプラスチックと同じく有害。リサイクル&アップサイクルの紙工場

    😼「紙製品」はプラスチックに等しく有害! Bluecat Paper再訪(2019/09/29)

    😼プラスチックだけじゃない。「紙」も地球環境に甚大なる負担を与えているからこその(2019/07/24)

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    わたしたち、遠いところまで、一緒によく来たね……。と、話しかけながら飾り付けた今年。

    59年前に両親が買ってくれた雛人形。福岡、東京、ニューヨーク、ワシントンD.C.を経て、バンガロールにたどり着いた。歳月を刻んで、中には打撲や骨折、お肌の荒れが気になる人形もいるけれど、適宜、手当をしつつ、飾ってきた。

    一方の、七五三のときに巻いた帯は、未だ色鮮やかに真新しい。写真の中のわたしと妹は、異次元ほどにもはるか遠いのに。

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    展示しているのは、ほとんどが50年以上前の古い着物や帯ばかり。中には大正時代のものもある。たとえば、我がお気に入りの黄色い銘仙(絣)の羽織。アールデコやキュビズムなど、西洋芸術の影響を受けた斬新なデザインが魅力的すぎる。これはリユース着物店で見つけた。

    当時、銘仙は、カジュアルな着物だったようで、ウィキペディアによれば、「女学生や職業婦人などの外出着や生活着として、洋服に見劣りしない、洋風感覚を取り入れた着物である銘仙が広く受け入れられることとなった」とある。
    今の日本よりも遥かに、カラフルでヴィヴィッドな色彩感覚に溢れていたことだろう。

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    このほか、友人Yashoが日本で購入した超絶技法による「西陣織/螺鈿引き箔」の帯を借りて展示。

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    アジャンタ石窟遺跡の、少なくとも1400年以上前に描かれた女性(絞りのトップに絣のボトム)の写真と、母の絞りの着物を一緒に展示。

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    父方祖父母の写真、久留米絣の女学生や、インドとご縁のあった日蓮宗の藤井日達上人の写真など……。

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    インドの女神サラスワティが起源の弁財天。その博多人形。明治時代に日本の若者らによって作られたマジョリカ・タイルのサラスワティ。東南アジアや中国、インドに輸出された無数のカラフルなタイルに彩られた英国統治時代の家具……。

    歴史を綴れば尽きず、物語はあふれる。

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    最終日は、ゆっくりのペースでゲストをお迎えする。実は親しい友人のお母様がお亡くなりになったことから、この日の夕方はお別れの儀式に参加すべく、展示会は早めに切り上げることにしていたのだ。

    午前中はご近所の方が数名ご来訪、午後は、ミューズ・クリエイションの活動にも時折参加されている日本&インドのカップル、そして初日来訪して、再度、ゆっくり訪れたいという学生が、改めて別の友人を伴って訪れた。日本語を学ぶ彼女のおかげで、今回、多くの学生が来訪することになった。小さな出会いから広がるご縁……。

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    以前からこの展示会を楽しみにしていた友人が、急用で参加できなくなる。一方で、たまたま友人に誘われて、急遽、訪問を決める人がいる。すべては「ご縁」であると、このごろは切に思う。

    わたしは学生時代、大学祭実行委員長を務めたのを皮切りに、これまで、数えきれないほどのイヴェントに関わったり、主催したりしてきた。そして、多くの人たちに出会ってきた。その場限りの人たちもいれば、のちのちもご縁が続く人がいる。

    ともあれ、紆余曲折を経て、歳を重ねて、未来の限界が見えてくる今。人との出会いは数ではなく質。老若男女問わず、言葉を交わし、束の間、心を通わせ、前向きな気持ちになれる関係を築ける人たちと、出会い、刺激を与え合いたい。

    ゲストの顔ぶれも多彩な今回の展示会では、その思いを強くした。

    「縁」という言葉が持つ意味を、しみじみと考える。

    わたしたちは、浅い小川に立っている。前方から流れてくる未来は、たちまち後ろへと流れ去る。両手で掬い上げられるのは、ほんのわずか。それらを、大切に、慈しむ。

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    展示会を終えて夕刻、お別れの儀式に向かう。僧侶たちの読経に包まれた、チベット仏教のその儀式は、魂に染み入るものだった。チベット仏教における弔いの在り方を、少し、友人に聞いた。そのときに、本当に驚いたことがある。このことは、多くの日本の方々(特にオウム真理教にまつわる事件を知る世代の人々)にも伝えたく、別途きちんと記したい。

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    ⬇︎展示会の様子がリアルに伝わる動画を作りました。ご覧ください。

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    ニューヨーク在住時の2001年7月、わたしは初めてインドへ飛んだ。夫の故郷ニューデリーで自分たちの結婚式を挙げるためだ。サリーを着たのは、そのときが初めてだった。その2年後、ワシントンD.C.在住時にインドを旅した際、サリーの魅力に引き込まれ、何枚か購入。米国でのパーティでも着用した。

    2005年にインドに移住してからの数年間は、バンガロールだけでなく、出張先の都市や展示会などで多様なサリーを目にし、少しずつ買いためてきた。しかしながら、すでに当時から結婚式などを除いては、パーティでサリーを着るインド友らは少なかった。わたしもまた、ミューズ・クリエイションのメンバーと「サリーランチ」を開催するとき以外は滅多に着なくなった。

    パンデミック時代に、クローゼットの片付けをした。「箪笥の肥やし」になりつつあるサリーを見て「これからは積極的に着よう」と決めた。かつてミューズ・クリエイションのメンバーだったヴァイオリニストのEMIKOさんと「SAREES」というユニットを組み、サリーを着て撮影、Youtube動画を何本もあげるなど、引きこもりの暮らしの中、楽しみを作った。

    ロックダウンの合間に開催されたパーティやイヴェントに、幾度かサリーを着て出かけた。頻度は低いのだが、しかし気づけば「サリーをよく着る日本人女性」という印象を周囲に与えていた。

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    2022年冬、京友禅サリーのプロモーターを依頼され、バンガロールとデリーで2度、展示会を開催した。着物事情に疎かったわたしは「京友禅ってなに?」から始まった。仕事の依頼に伴い諸々を調べ、人に伝えるべく学びながら資料を作り、展示会を終えて、一旦のミッションは完了した。

    その翌年2023年の秋、我々夫婦が所属するグローバル組織YPOの催しで、「日本の食」を語るプレゼンテーションを依頼された。その際、約十年ぶりに浴衣を着た。手持ちはわずか2枚。一枚は高校時代(!)に買ったもの。もう一枚は、十数年前に福岡の中洲川端で買った既製品。久留米絣のシンプルな浴衣は、しかし友人らに好評だったことから、その直後の一時帰国時に浴衣を調達しようと決めた。

    しかし季節は秋。浴衣はない。たまたま立ち寄った新天町の中古着物店で、見事な職人技の着物や帯が二束三文で売られているのを見て驚嘆する。その日、数枚を購入し実家へ帰宅。その後、実家のクローゼットにて半世紀以上も眠っていた母の「ほぼ未着用」の着物や帯を発見! それらをすべてインドに送って、2023年師走、自宅で『着物とサリーの比較展示会』をしたのが端緒だった。

    絣に絞り、更紗……。インドのテキスタイルの影響を受けた日本の呉服。その歴史を紐解くことの面白さ! 以降、半年に一度の一時帰国(都合3回)のたび、展示即売会やリユース着物店へ足を運び、ヴィンテージ(中古)の着物や羽織を探し、少しずつ購入してきた。

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    昨年末、2年ぶりに京友禅サリーの仕事を依頼され、1月に展示会をした。ミッションはすでに終了しているが、現在、十数枚お預かりしている。それらは販売対象だが、着物同様、高価である。気安く購入を勧められるものでもない。まずは優美な丹後縮緬のたなびきや、光沢のある質感や、柔らかな手触りや、その上に広がる職人らの筆の運びの彩りを、直接、見て、触れてほしい。

    だから玄関では、使い捨てスリッパを用意して靴を脱いでもらい、ウェットティッシュで手を拭いてもらい、触って、体験してもらう。百聞は一見にしかず。百見は一触にしかず(坂田の造語😅)。どんなに写真や動画を見たところで、リアルは伝わらない。

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    今回の展示会は、親しい友人複数名が、着物やサリーを見たいというので、開催を決めた。ただ、1日だけだと都合が合わない人がいるため、3日間にした。

    今回はフォトグラファーを頼むつもりはなかったが、展示準備を終えたら「やっぱり記録しておきたい」との思いが湧き上がり、初日の朝、急遽連絡。さすがにその日は無理だったが、2日目には来てもらえた。後日、彼が撮影した動画をアップロードするが、今日のところはiPhoneの写真を。

    インド友らのほかに、かつてミューズ・クリエイションのインターンをしていた学生らやその友人も来訪、久しぶりの再会を楽しみつつの展示を見てもらった。

    この日、バンガロール在住の日本人女性の参加はお一人だけだったが、インド友人らに折り紙を指導してもらった。京友禅柄の、上質な和紙の折り紙は、ただ触れているだけでも、心が沸き立つ。みな、子供のように嬉々として柄を選び、丁寧に、美しく、折っている。とても喜ばれた。

    写真でお分かりいただける通り、絞りの羽織がとても人気だ。前回の展示会で購入し、今回2枚目を買いに来た友人もいた。(3日目の記録に続く……)

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    ⬇︎展示会の様子がリアルに伝わる動画を作りました。ご覧ください。

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    この2年間、京友禅サリーや着物の展示会を何度となく開催してきた。場所もコンセプトも、それぞれが、似て非なる。ブランド・アンバサダーとしてお手伝いをしている京友禅サリーにせよ、個人的に1年半前に目覚めた日本のヴィンテージ着物にせよ、1枚1枚に物語がある。

    そして、インドと深い結びつきを持つ。

    「テキスタイル(布/衣類)」を通して、インダス文明からシルクロード、交易、大航海時代、明治時代の日本とインド綿貿易、第二次世界大戦……と、さまざまな歴史を映す。

    我が家で展示会をするときには、さらに日本の伝統工芸品を展示し、その匠の技や美しさを披露する。すべてが、写真や映像では感じ得ない「肉眼で見つめ、手に触れてこそ」伝わる絶大なる魅力がある。だから、興味があるという友人らには、ぜひ見てほしいと思う。

    今回の展示会は、日本への一時帰国を10日後に控えていることもあり、実施するかどうか、少し迷った。しかし、他に急ぎの用事はないし、タイミングを逸すると次はどうなるかわからない。みな、それぞれに多忙な人たちゆえ、今回は3日間にわけて新居で開催することにしたのだった。

    初日の昨日は、オープン早々、ファッションデザインスクール(The Army institute of fashion and design)の学生ら40名が来訪した。先日MAP (Museum of Art & Photography)で開催されたテキスタイルのシンポジウムを訪れた際、同校の学生が参加していたのだが、そのなかの一人が日本語を学んでいるということで、浴衣姿のわたしに声をかけてくれた。

    わたしが展示会に誘ったところ、彼女は先生にその旨を伝え、先生から訪問を打診された次第。もちろん歓迎だ。結果、40名(20名ずつの入れ替わり2部制)プラス先生2名がスクールバスでやってきた。完全に生きた授業状態である。ミューズ・クリエイションのメンバーやその友人各位もご来訪だったので、交流を図りつつ、ひととき楽しんでもらう。

    途中からはテキスタイルを離れて、完全に若者向けセミナーモードに突入。月光ライブラリにて、手書きの旅ノートや絵葉書、地図の山を見せると、みな目を輝かせる。

    写真を撮る前に、まず自分の目で見ること。バシャバシャと撮るのではなく、本当にこれだと思うシーンに絞り込んで、丁寧に撮ること。クリエイティヴな仕事につきたいのならなおのこと、オリジナリティを育むためにも、手作り、手書きという個性を大切にした方がいい……といったことを具体例を示しながら伝える。

    わたしもまた、インド全国津々浦々からバンガロールに来ている彼女たちのバックグラウンドを聞き、インドの広さと多様性を改めて実感する。

    書きたいことは尽きぬ。

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    怒涛のような数時間を経て、午後からは友人たちがポツポツとご来訪。展示物の説明をしつつも、ゆっくり話ができてよかった。

    かつてのわたしの英語の先生Sibuと、その娘のSahnyaが来てくれたのは、特にうれしいことだった。実は彼女は、わたしが初めて、親身になって指導した「インターン生」なのだ。歴史や文学が好きな彼女は、当時からよく読書をしていた。企業でインターンをするのではなく、わたしのもとで勉強したいと言ってくれ、わたしの過去の旅の記録など、すべて日本語なのに、興味深く見てくれたものだ。

    そして2018年の一時期、共に行動した。慈善団体訪問、日本からの視察旅行の同行、市場調査、ジャパン・ハッバ……。彼女が書いたレポートは、今でもミューズ・クリエイションのブログに残されている。その後、彼女は英国の大学に進学し、今は一時期、バンガロールに戻ってきているのだった。すっかり大人になった彼女との久しぶりの再会が、本当にうれしかった。

    https://museindia.typepad.jp/mss/text-by-sahnya-mehra-2/

    今回の展示会では、友人YashoのサリーブランドMrinaliniの、高品質なサリーも展示販売している。夕方、Yashoのお母様と娘のMrinaliniも来訪。サリーや着物を眺めたあと、彼女もまた、ライブラリのテーブルに散らかったままの本や手書きのノートを見て、強い関心を示す。

    このごろはもう、国境を越えて、わたしはアナログ回帰の伝道者である。

    ランチの写真は、近所に住むYashoからの差し入れだ。もう、料理などしている暇がなかったので、とてもうれしかった。そしておいしかった。

    今日も今日とて、非常に楽しい1日だったが、明日もあるので、今日のところは、おやすみなさい。

    ⬇︎展示会の様子がリアルに伝わる動画を作りました。ご覧ください。

    🎵このバックグラウンドミュージックは、1983年に発売された山口美央子の『さても天晴、夢桜』。高校3年のとき、部屋でラジオを聴いていたときに流れてきたこの旋律と歌詞に、たちまち心を奪われた。『夕顔〜あはれ〜』もこのときに聞いた。

    DJが説明するミュージシャンの名前とアルバム(LPレコード)の名前『月姫』を急ぎメモし、翌日、下校時に、香椎のセピア通りにあった「ヨシダ楽器店」に立ち寄った。ミュージシャン名「ヤ行」に並ぶLPをパタパタとめくり、黄色い鮮やかなジャケットを見つけた。

    彼女がすでに出していた『夢飛行』と『NIRVANA』というアルバムも買った。

    もうずっと昔から、わたしはインドに来ることが定められていたのだと、しみじみ思う。

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    インドを代表する作曲家であり、環境保護活動家であり、国連親善大使でもあるRicky Kej。一昨日は、彼と彼の率いる魅力的なミュージシャンたちによるライヴを楽しんだ。

    Rickyは、ラジャスターン州のマルワリと呼ばれるコミュニティ出自の父と、パンジャーブ州出身の母の間に、米国ノースカロライナ州で生まれた。8歳のときにバンガロールに移り住み、当地の歯科大学で歯学を、さらには社会科学や文学の博士号を取得する傍ら、プログレッシブ・ロック・バンドに在籍して音楽の才能を磨いた……という非常に濃いバックグラウンドを持つ。

    やがて作曲家に転身、以来、数千にも及ぶ広告ジングルやカンナダ映画(ここカルナータカ州のローカル言語による映画)の音楽を手がけてきたという。彼の作品は、さまざまなジャンルが融合した多様性に富むものだが、基本はインド各地の伝統音楽が源流になっているようだ。

    この夜、Rickyのキーボード演奏に合わせて、麗しき歌声を放つ個性豊かなミュージシャンたちが、全身全霊で会場を音楽で浸してくれた。

    地球讃歌もあれば、ロックが効いた神の歌もある。パンジャーブの軽快なリズム、流浪の民を彷彿とさせるラジャスターンの哀愁を漂わせた躍動。スーフィーの巡る旋律。農作物を育む農民たちの大地を渡る歌声とのコラボレーション……。

    そして最後は、人類誕生以前、この地の主だった動物たちへの愛を込めた、インドの国歌「ジャナ・ガナ・マナ(インドの朝)」のインストロメンタル……。

    さまざまなジャンルの音楽を聴きながら、確信した。わたしはやっぱり、砂漠の、遊牧の、流浪の旋律、ラジャスターンの音楽が好きだということを。昔からの砂漠への憧憬は、変わらず今も心身に染み付いている。Dama Dam Mast Qalandarが流れるや否や、もう、踊らずにはいられない!

    毎年2月にラジャスターンのジョードプルで開催されている聖なる音楽祭「Sacred Spirit Festival」。2018年に訪れた。朝から晩まで音楽に浸った、魂を揺さぶられる4日間だった。また行きたくなった。今年はすでに終わっている。来年、8年ぶりに、行きたい。

    このときの記録を『深海ライブラリ』ブログにまとめて残しているので、関心のある方はぜひご一読を。

    🇮🇳ラジャスターン/ジョードプルの城塞で、聖なる音楽に溺れる。(2018年)

    🇮🇳Sacred Spirit Festival

    ……と、文字にしても、音楽はなにも伝わらない!

    ライヴの間、要所要所で撮影した動画をつなぎ合わせた。雰囲気だけでも伝えたく、次の投稿で動画をシェアする。ぜひともご覧いただければと思う。

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    毎月のように国内外を旅していた昨年から転じて、今年は敢えて旅を控え、バンガロール滞在の時間を増やしている。時間にゆとりがあるので、友人たちとの集いやお誘いにも、積極的に参加している。

    先日もまた、友人宅に招かれて華やかなランチ。既知の友、初めての友……。多様性の国インドでは、同じ地方の出自でも、宗教やコミュニティによってライフスタイルや食文化が異なる。テーブルに並ぶ料理も、似て非なる家庭の味。
    「平均値」を出せない。「平均的」が存在しない。それがインド。

    脳裏に地図を広げながら、想像力を駆使して語り合うもまた、心の旅。

    初対面だと思いつつ自己紹介をすれば、「以前、あなたがご自宅で開催していたバザールに伺いましたよ」という女性。

    そう。2012年にミューズ・クリエイションを創設した直後の数年間は、旧居を開放してヴェンダーを招き、毎年ミューズ・チャリティバザールを開催していたのだ。つい最近のことのように思えるが、あれから10年あまり。敷居低く、自宅に100人を超える人々を招き、賑やかな時間をメンバーらと共有した。

    今となっては、旧居は猫らとのんびり過ごす場となっているが、かつては千客万来。パンデミックまでの8年間、ミューズ・クリエイションの活動をすべく、毎週金曜日には自宅を開放してきた。セミナーやパーティも数えきれないほど、実施した。

    当然のように、わたしは自分のやりたいことをやってきたが、概ねそれを受け入れてくれた夫にも感謝せねばなと、今更ながら、思う。

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    時は流れ、人生のステージは転じ、転ずる。今の自分の立ち位置を大切に、今の自分が望み望まれる場所に立つ。
    20代のわたしは、旅が自分の人生であり、憧憬であり、目的だった。仕事以外の「一人旅」が、大いなる自己実現の時間でもあった。

    仕事での取材旅行に飽き足らず、休暇の際に、北京からウランバートルまで36時間かけて鉄道旅。フリーランスになってからは、年に「3カ月の休暇を取る」を実践すべく1年目は欧州を列車で放浪。2年目は3カ月間、英国で語学留学。挙句1年間を予定していたニューヨーク語学留学の延長線上に、今のわたしがいる。

    30代。ニューヨークで夫と出会ってからは、二人旅が中心となった。世界のあちこちを、列車で、車で、冒険するように、旅をした。

    40代。インドへ移住してからは、5月にニューヨーク、10月に日本へ一時帰国という二本立てを軸に、合間合間に旅するライフを約15年。米国からの帰路、欧州のどこかに立ち寄る旅。そしてインド国内旅。

    インド市場のリサーチや視察コーディネーションの仕事を積極的に引き受けていたその時代は、国内出張も多かった。出張で快適なホテルに滞在するときは、夫と一緒に旅する時には得られない、開放感と達成感を味わったものだ。

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    しかし、50代に入ったばかりのころ、旅への衝動が激減した。仕事とミューズ・クリエイションの二本立てで精一杯だったかもしれないし、心身が不協和音を発し始めたせいかもしれない。

    旅情が鎮まった自分に衝撃を受けた。これが歳を取るということなのか? 

    経済力や時間のゆとりに反比例して、かつての熱情や食欲や消化力が沈静した事実に、人生の皮肉を感じた。

    「澪標(みおつくし)」のごとく、ここを定点に人々を迎え見送り、このまま歳を重ねていくのか……?

    そんな矢先の2017年、ラジャスターン州を旅し、ジョードプルでジップラインをしたときに、何かが目覚めた。

    タール砂漠の入り口に位置する難攻不落のメヘラーンガル城砦。その一隅から出発し、川、岩山、緑、城塞……と、あらゆる角度からの景観を眺めつつ、複数のラインを滑り飛ぶエキサイティングなひととき!

    20代のころに経験したニュージーランドでのバンジージャンプや、スイスでのパラグライダー、マレーシアでのパラセイリングなど、三半規管が弱いのに、チャレンジャーだった過去の経験を思い出し、心が躍動した。

    しかしながら、旅情が再燃した矢先のCOVID-19パンデミック。旅どころか、近所さえも自由に出かけられない不自由を経験して、旅ができることのありがたみを噛み締めた。

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    ここまで読んだ若き人らがいるならば、伝えたい。

    「**を旅をしたい」とか「**を食べたい」という希望があるにもかかわらず、経済的に際どいから先延ばしにしているとしたならば。

    今、旅した方がいい。今、食べた方がいい。

    「具体的な目的」や「善き使途」を明確にして「努力」すれば、お金はきっと、巡りくる。

    人生の節目の年につき。このごろは、敢えて思いを綴りおく。

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    I will be holding a three-day exhibition of “Vintage Kimono & Kyoto Yuzen Sarees Exhibition” on February 27th, 28th and March 1st. DM me if you are interested.

    ◉ Dates / 27th (Thu), 28th (Fri) February and 1st (Sat) March 2025 [3 days]
    ◉ Time: 11AM ~ 5 PM
    ◉ Venue: After the Rain, Total Environment, Yelahanka
    ◉ RSVP / Miho +91 99458-45155 (WhatsApp)

    🇯🇵 わたしは日本を離れて29年、インドに暮らして20年になります。若いころは日本の着物に関心がないどころか、成人式にさえ振袖を着ず、インド以前の米国在住時もカジュアルな服装ばかりでした。しかし、インドでサリーの魅力に開眼し、職人の技に興味を持つようになりました。

    一方、祖国の民族衣装である着物には、依然、関心を持っていませんでした。ところが、一昨年の秋に日本へ一時帰国した際、たまたま故郷の福岡にある中古着物店に立ち寄って衝撃を受けました。職人技が生きた古い着物や帯が、二束三文で売られていること、そして古い着物の多くが処分されている現状を知り驚きました。

    浴衣しか自分で着られなかったにも関わらず、良質ながらも廉価な呉服を購入、加えて、実家に半世紀以上眠っていた、母の古い着物も発掘し、インドに持ち帰りました。そしてこの1年余り、何度か展示会をしました。

    今回はそれらの着物や帯に加えて、わたしがブランド・アンバサダーを務めている「京友禅サリー」も展示します。また、友人のサリーブランドMrinaliniの、高品質ながらも良心的な価格のサリーも販売する予定です。

    多くの方に日本とインドの伝統美を体験していただきたく、関心のある方はお気軽にご連絡ください。

    🌸Related Videos/関連動画

    *Kyoto Yuzen Sarees 京友禅サリー (2024)

    *Comparative Exhibition of Kimonos and Sarees  着物とサリーの比較展示会(2023)

    *Kyoto Yuzen Saree/ Background and Exhibition in Bangalore 京友禅サリー の背景とバンガロールでの展示会 (2022)

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    バンガロール中心部、UBシティのそばに数年前オープンしたミュージアムMAP (Museum of Art & Photography)。パンデミック時代の最中からオンラインでの催しが開始されていたが、開館後は常設、特設展示以外にも、さまざまなプログラムが企画されている。一昨日は、テキスタイルのシンポジウムが開催されるというので、予約し訪れた。

    ランチを挟んで、終日のプログラム。テキスタイルとはファッションに止まらぬ、人類の歴史や文化、各国の交易、思想、経済、産業を語る上で不可欠な存在だ。

    わたしがセミナーで毎回語っている明治維新以降の日本とインドに関わりにおいても、その交易史の肝となったのは綿貿易だ。1893年、タタ・グループ(綿貿易会社として創業)の創始者であるジャムシェトジー・タタが来日し、渋沢栄一と会合。その年に、日本とインドが綿花の直接取引をすべく、日本郵船を通して日印の定期航路を開設した。ここから近代における日印の交流が活発になる……。

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    この日はまず、カディ (Khadi)やカラムカリ(Kalamkari)と呼ばれる、インドで最も古いテキスタイル技術の背景について学んだ。カディとは手紡ぎ、手織りの布のこと。現在は一部「機械化」されているものもあるようだが、 ともあれ、英国統治時代、ガンディーがイギリスの機械織りの布に対抗し、カディを推奨したことでも知られる。このあたりの詳細は「インド・ライフスタイルセミナー」の動画でも詳しく説明しているので、関心のある方がご覧いただければと思う。

    カラムカリとは、ペルシャ語の「カラム」と、職人技(仕事)を意味する「カリ」に由来する言葉で、布地に手描きまたはブロックプリントを施したものを指す。「京友禅」と共通の世界だということもあり、興味深い。

    天然染料や綿、地理、農業、水……。布作りを巡るさまざまな事柄を学ぶ。途中、ミュージアム内に展示されているカラムカリを眺める。

    尽きぬ。

    茜(あかね)についての学びもあった。日本茜はアカネ科の蔓性多年草で、本州、四国、九州などの山野に自生するものらしいが、インドでは、Rubia cordifolia L.というインドアカネが赤を生み出す天然染料として知られている。このところ、「日本の赤」転じて「日本茜」について関心を抱いていたので、好奇心は益々刺激された。

    ……書きたいことは募るが、情報量が多く、専門性が高すぎるので、写真をシェアするにとどめたい。

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    この日は、有松絞りの浴衣を着て出かけた。いつものように、ほぼ100%「Bandhani(インド古来の絞り染め)で着物を作ったのね?」と言われる。この色合いが特に、Bandhaniテイストに似ていることもあり、日本においても伝統的な手法なのだと言っても、あまりにもインドの絞り染めと似ていることから、すぐに理解してもらえないのだ。

    テキスタイルやファッション、アートに関心がある人との繋がりの場においては、個性が際立つ服装で出かけた方が、出会いの機会も増える。この日も、何人もの人たちから声をかけられた。うち2人は日本在住経験があり、さらに別の2名は、日本語を話すことができるなど……。未来につながる出会いがあった。

    会場は、予想に反して、大半が若い学生らだった。ファッションスクールなどに在籍する学生が、授業の一環として訪れているという。ちなみにこの日のプログラムは、ランチやティーを含んで「無料で」参加できるものだった。バンク・オブ・アメリカと同ミュージアムの協調で実現しているフィランソロピー。インドの芸術や歴史を学ぶ場を若い世代へコンスタントに提供するミュージアムの有り様に、改めて感銘を受ける。
    思うところ多々あるが、今日のところはこの辺で。

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    ​◉インドで生まれ、日本で育ち、再びインドへ。歴史豊かな絞り染めの世界。Born in India, raised in Japan, and now back in India. The history-rich “Shibori”.
    https://museindia.typepad.jp/2021/2021/09/shibori.html

    【インド・ライフスタイルセミナー動画】

    ①多様性の坩堝インド/多宗教と複雑なコミュニティ/IT産業を中心とした経済成長の背景/現在に息づくガンディの理念

    ③明治維新以降、日本とインドの近代交流史〈前編〉人物から辿る日印航路と綿貿易/からゆきさん/ムンバイ日本人墓地/日本山妙法寺

    【MAP (Museum of Art & Photography)関連の記録】

    🥻創設者の誕生日パーティ@MAP (Museum of Art & Photography)

    🎨今度はACT MUZ企画でミュージアム見学。『ラーマーヤナ』を軸に学ぶ、時空を越えるインド世界の今昔

    🎨圧倒的な、細密画の緻密さ! 黄金の『ラーマーヤナ』。そしてまた、ハンピ旅情(2024/2)

    🎨出会いのころを思い出し、既知の人々と再会。McKinsey のアラムナイ@MAPミュージアム(2024)

    🎨MAP/ Museum of Art & Photography バンガロールに芸術の拠点が誕生。(2022)