インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    バンガロールを拠点に、インド各地の職人たちによる多彩な手工芸品を販売するバザール、A HUNDRED HANDS。年に2、3回、催されるこのバザールには、これまで都合がつく限り訪れてきた。また、ミューズ・クリエイションで書道や折り紙のデモンストレーションをさせてもらったり、着物の展示をしたりと、関わってきた。

    一昨日は、買い物に集中すべく、訪問したのだった。

    パンデミックが明けて以来、それまで年に1度だった一時帰国を2度に増やし、福岡に滞在する日数も増えている。前回は10月に帰国したばかりだが、次回は来月。母が白内障の手術をするタイミングに合わせて、約1カ月の滞在だ。
    もっとも、ずっと福岡にいるわけではなく、今年は生まれ故郷の熊本など、近場を一人旅しようと思っている。前回訪れて心を奪われた壱岐へは、母を連れていきたいところだが、それは目の具合次第だ。

    インドへ帰る直前の4月初旬、折しも、「ナマステ福岡」というインド関係のイヴェントが開催されることがわかった。帰国直前に立て込むのはいかがなものかと思ったが、せっかくの機会。2日間に亘ってブースを借り出店することにした。

    前回、福岡市美術館で「旅する朝活セミナー/インドと日本を結ぶ布」を一緒に企画・実施したMISAさんにも声をかけたところ、彼女も大いに乗り気で、今回も一緒にやることにしたのだった。

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    A HUNDRED HANDSの創始者であるMalaのアドヴァイスを仰ぎつつ、日本の人たちの嗜好も意識しつつ、しかし自分が気に入っているものやおすすめしたい「良質で軽くてすてきなもの」を中心に選ぶ。

    ひとつひとつの工芸品や職人、アーティストのことについても言及したいところだが……今日はこれからお出かけだ。

    詳細は後日、告知したい。

    [👋A Hundred Hands 01] 手工芸品のバザールにて着物を展示。大好評!

    [👋A Hundred Hands 02 ] 遂にはファッションモデル・デビュー?!😂

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    先日、在ベンガルール日本国総領事館主催の天皇誕生日祝賀式典に招かれた。自分で撮影した写真はすでにシェアしたが、フォトグラファー&ヴィデオ・クリエイターのNikhilに依頼していた写真と動画が届いたので、ひとまず動画を最終編集し、Youtubeにアップロードした。

    Nikhilに、初めて仕事を依頼したのは、2年前の京友禅サリー展示会のときだった。インドでは、大規模なパーティやイヴェントの際、フォトグラファーを招いて撮影をする。メディアのフォトグラファーが入ることもある。

    あるとき、かつてなく、人の雰囲気をいい感じで捉えている写真を見つけ、主催者にフォトグラファーは誰かと尋ねたら、Nikhilだった。当時は学生の傍ら、写真を撮影していたが、現在は独立して、広告写真の撮影なども手がけている。

    わたしが、大学を卒業して、旅行ガイドブックの編集者となり、初めてフォトグラファーと仕事をしてから、数十年の歳月が流れた。この間にカメラも、表現媒体も、人々の嗜好も、著しく変化し続けている。

    不易流行。培われた基礎や基盤を大切にしながらも、新しい風情を取り入れる。

    2年前の京友禅サリーを皮切りに、これまで着物とサリーの比較展示会や、春祭り、ジャパン・ハッバなどの撮影をお願いしてきた。会場で、わたしの意図を簡単に伝えるだけで、かなりイメージに近い写真を撮影してくれる。また、動画に関しては、縦向き、横向き、臨機応変に用意してくれるのも助かる。

    横向きは保存版としてYoutubeチャンネルにアップロードするので、こちらの方に、力を入れてもらう。あらかじめ、使用したい音楽をわたしが選び、それに合わせて彼が編集。仕上がりを見て、修正したい箇所、加えたい追加のイメージなどは、わたしが写真を追加編集して体裁を整える。こういう作業は、とても楽しい。

    たまに、動画が仕上がったあとに音楽が合わないと感じて、差し替えることもある。これがしっくり来たときの達成感もまた、たまらない。

    今回は、わたしが大学時代に流行した、一世風靡セピアの『前略、道の上より』を選んだ。しかし、iTune Storeで音源を探すも、オリジナルの歌や演奏が、記憶の中にあるそれよりも、弱い。カヴァーを聴き比べたところ、このPureBoysというバンドの演奏がとてもよかったので購入した。

    本来の目的は、京友禅サリーのプロモーション動画の制作だが、いくら京友禅サリーが美しいからといって、それだけだと、退屈な映像になってしまう。祝賀式典では、和太鼓や茶道、武道など、日本を伝える催しが展開されていたので、それらも「異邦人視点」で捉えてもらった。

    想像以上に、迫力ある仕上がりになった。やはり、映像は強いなあ。当然ながら言葉では伝わらない臨場感にあふれる。もっと動画を活用すべきかと、改めて思う。

    このたびお世話になった、在ベンガルール日本国総領事館の関係者各位に、感謝を申し上げたい。ありがとうございます。

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    昨日は、年末のパーティで出会った韓国人女性Eunyoungのご自宅に招かれて、女性たちのランチ会。彼女はかつて、ソウルでシェフとしてケータリングのビジネスをされていた。フランスの外交官であるハズバンドがソウルに駐在されているとき、彼女が大使館でのパーティ料理を準備したことで出会ったというエピソードを聞き、話が弾んだ。

    別の場でお会いしていたという友人のYashoも出席、他の方々はほぼ初対面だったが、共通の友人たちも多く、話が弾む。バンガロールで生まれ育ったという方々の話は、いつも興味深い。冷房どころか天井のファンすらも不要で、一年のうち、約10カ月は肌寒くて、上着を羽織っていなければならなかった……とか、インディラナガールの100フィート沿いには、住居もまばら、車も走らず、だから近所の子供たちとローラースケートで爆走していたとか……。

    この街の変貌の歴史が、脳裏で渦巻く。

    Eunyoungの真心がこもったタイ料理はどれもおいしく、料理を巡る会話も尽きない。昼間からアルコールもいただいて、すっかりリラックスした楽しいひとときだった。

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    みなさん、日本への旅や料理、着物など、日本文化への関心が高い。それを見込んで、昨日は着物で参上した。一昨年の秋、わたしは着物に目覚め、以降の一時帰国時には、中古の着物や羽織、帯を購入しては持ち帰っている。しかしながら、着付けはまだまだ初心者未満。

    今回は、11月の一時帰国時の福岡で購入した紬の着物(単衣)や半幅帯を着用した。今となっては比較的暑い時期が長いバンガロール。浴衣感覚で着られる単衣と半幅帯の組み合わせが実用的だと思ったのだ。

    薄手の絹ながら、しっかりとコシのある布で、着心地も悪くない。誂えた女性は長身だがスリムだったと思われ、身幅が狭く袖も短いが、ぎりぎり許される範囲ではなかろうか。絣の半幅帯も、かんざし柄が愛らしい。

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    この着物、中古とはいえ、袖が通されていない「新品」である。着物の端に正札がついていた。福岡市のデパートの代名詞ともいうべく「岩田屋」のロゴだ。しかし、これは古い商標だ。調べてみたところ、現在のロゴに変わったのは昭和10年(1935年)で、これはそれ以前に使われていたものらしい。

    ということは、少なくとも今から90年以上前ということだ。……なんという歳月の流れ!

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    Eunyoungのご自宅は、韓国の伝統的な壺や絵画と共に、日本の着物の帯が配されていた。我が家と同様、テーブルのセンターランナーに使われている。

    ご夫婦が日本を訪れた際、大阪の着物中古店を訪れて、職人たちの技を映したすばらしい織物や染物が、二束三文で売られているのを見て心が痛んだという。そしてスーツケースいっぱいに、買い込んできたのだとのこと。わたしもYashoも、似た感性なので、深く共感する。

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    袋帯はもちろん、名古屋帯すら、まだ扱いが難しく、うまく結べない。とはいえ、着物も回数を着なければ、慣れない。ゆえに、半幅帯で練習しつつ、これからも単衣を着る機会を増やそうと思う。

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    竹久夢二の絵みたいに、猫と一緒に映りたかったが、我が家の猫ズは抱っこされるのが嫌いなので大暴れ。ちょっとぐらい、いいや〜ん! となだめつつ撮影。ごめんよJACK。

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  • 記録するテーマを絞り込もうと思いつつ、やっぱりインドの日々は、伝えたいこと尽きず。過去、何度となく記してきたとはいえ、目にしていない人が大半であろうから、改めて説明したい思いに駆られる。

    週に一度の女性の勉強会。昨日はトークではなく「懇親会」で、ドレスコードが「ピンク」だった。最初は手軽にピンクのドレス(ワンピース)にしようかと思ったが、久しぶりに絞り染めのサリーを着ることにした。

    2008年、ムンバイと二都市生活をしていたころに、ムンバイで購入したサリー。子供のころに着た浴衣の兵児帯(へこおび)を思わせる懐かしさが漂う。柔らかな絹の一面に施された絞りは、布に伸縮性を与え、心地よく身体にフィットして着崩れしにくいのが特徴だ。

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    日本では「絞り」「絞り染め」、英語ではTie&Dye、インドではバンダーニ(Bandhani)と呼ばれる布作りの技法。歴史は遥か5000年前のインダス文明に遡る。インドで生まれた染色技術が、シルクロードを経て日本に渡来しのたは7世紀ごろ。奈良時代には日本独自の多様な技法が次々と誕生した。中でも江戸時代に隆盛を極めた京都の「鹿の子絞り」は、広く知られるところだ。

    日本で育まれた「絞り」の技術は、ラビンドラナート・タゴールによってインドにもたらされた。インド国歌を作詞作曲、ノーベル文学賞を受賞した偉大なる詩人、思想家であるタゴール。彼は岡倉天心との親交も深く、何度も来日している。伝統芸術の復興や手工芸の存続にも尽力していた彼の情熱は、継承されてきた。1997年には、北インドのアーメダバードで、第2回国際絞りシンポジウムが開催されるに至っている。

    日本の絞り染めは、インドのバンダーニよりも手法が豊かで、愛好するインド人女性たちも少なくない。それらは「SHIBORI」という名前で呼ばれ、バザールなどでもしばしば目にする。

    過去の記録に詳細を残しているので、リンクを貼っておく。今日はこれから、着物(単衣&半幅帯)を着てお出かけだ。うまく着付けられるかな……。がんばろう。

    🇮🇳🇯🇵インドで生まれ、日本で育ち、再びインドへ。歴史豊かな絞り染めの世界。(2021/09/15)
    Born in India, raised in Japan, and now back in India. The history-rich “Shibori”.
    https://museindia.typepad.jp/fashion/2021/09/shibori.html

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    紀元前660年、神武天皇(初代天皇)が即位した日は、すなわち日本建国の日。今年で日本は2685歳。
    写真は「日本国民の総氏神」とされる伊勢神宮(皇大神宮)。2018年11月に訪れたときのもの。天照大御神のお神札(神宮大麻)はその時に、購入した。

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    旅を重ねた昨年。翻って今年は意識的に、バンガロールで過ごす日常をも、大切にしようと心がけている。年を重ねるにつけ、一年がどんどん短くなっていく気がしてならない。5年前も、10年前も、30年前も、ついこの間のことのように。

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    日曜日は、昨年末、デリーで開催されたIndia Japan Forumでお会いした日本人の方がご来訪。現在、開催されているAERO INDIA 2025を観覧すべく、デリーから出張でバンガロール入りされている。カンファレンスや会合で多くの方々と出会い、言葉を交わす。ご縁がある方とは、通じ合うものがあり、その後もお会いする機会に恵まれる。

    もちろん、夫とも面識があったので、三人でしばし語り合う。興味関心の対象に類似点が多々あり、話は尽きない。わたしがランチの準備をする間、二人は夫の書斎で「瞑想」をする。

    2020年に義父が他界したことが契機となり、それまで全く関心を持っていなかった「精神世界」への探究を始めた夫。彼もまた、普段からヨガや瞑想をされているとのことで、夫と学びを共有し合うなど、静かに穏やかに、過ごされる。

    かつては何でも食べるノンヴェジタリアンだった夫が、ここ数年、精神世界の修練に伴って、ヴェジタリアン味を増している。魚介類は食べるが、牛肉、豚肉、鶏肉などの肉類を食べなくなったがゆえ、わたしの得意だったパーティ料理である「丸鶏のグリル」や「豚塊肉のグリル」などの出番は激減。一方で、この頃は「野菜の揚げ浸し」が、マイブーム。ご飯が進むのだ。

    一時帰国時に、福岡の岩田屋で購入した柴田慶信商店(秋田県)の曲げわっぱの飯切。大中サイズを揃えているのだが、これがもう本当に、すばらしい。当初はちらし寿司などを作り、盛り付けていたが、このごろは、白米だけでお出しすることが多い。天然杉の香りが本当にやさしくて、ごはんが冷めても、むしろおいしく感じられる。

    大人数ならば肉料理も作るところだが、3人なので、エビ・フライとサーモン&アヴォカドのマリネなど、魚介類でまとめる。エビは、「開き」にして揚げる。我流のつもりだったが、ネットを開けば、同じようなことをされている人もいて、そこそこ普通なのだろうか。この方が火の通りが早いし、サクッとするから好きなのだ。

    食事のあとも、話は尽きず、『月光ライブラリ』に入ればもう、浦島太郎状態。気づけば日が傾き始めている。旅の話は尽きず、静かで豊かな時間を過ごす。

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    そして昨日、月曜日。AERO INDIA 2025の開幕に伴い、会場となるヤラハンカ空軍基地にほど近い新居をオープンハウスにした。数名の友人と、子どもたちがご来訪。360度の視界が広がる屋根に登って航空ショーを楽しんだ。昨日、動画をアップロードしたが、轟音に包まれてリアルの迫力たるや!

    航空ショーの合間、またも『月光ライブラリ』で子どもたちにも語るひととき。過去の本や記録を一瞬で手に取ることができるこの場所は、時間旅行の空間でもあり。ここに身を置くと、記憶回路が速やかに流れて、脳内が活性化されて饒舌が加速する。背表紙があって、手にとって、ページをめくることができる「紙の本」は、まさに「神の本」のごとく、ありがたみが染みるのだ。

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    英国統治時代から、空軍の拠点であり、航空宇宙産業の拠点でもあるバンガロール。ヤラハンカ(Yelahanka)の空軍基地では、2年に一度、航空ショー「Aero India」が開催される。

    国際的な航空防衛見本市で、世界の航空宇宙産業が出展する大規模なイヴェントだ。2年前には70万人もの来場者があったという。

    今年は本日月曜から金曜までの開催。ゆえに先週から国際空港の飛行時間制限が設けられ、世界各国の軍用機が飛来していた。

    実は我々の新居は、国際空港と空軍基地との間に位置していて、航空ショーを眺めるのに絶好のロケーション。

    轟音と共に空を突っ切る戦闘機……。戦争はいやだけど、戦闘機はかっこいい! トップガン風味満点だ。

    Instagramに動画を投稿している。こちら、ご覧ください。

    https://www.instagram.com/p/DF5Z4Nqy6fc/?hl=ja

    https://www.instagram.com/p/DGGFpc_Sjiw/?hl=ja

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    2月23日の天皇誕生日に先駆けて、昨夜は在ベンガルール日本国総領事館主催のレセプションが開催された。わたしは来賓として招待されたのだが、それとは別に、京友禅サリーも展示させていただいた。
    京友禅サリーについては、いつもわたしが主催する催しで写真&動画撮影を依頼している写真家Nikhilの仕上がりが届いたあと、改めて投稿するときに記そうと思う。

    この日、多くの方々に声をかけていただいた。京友禅サリーについて、だけではなく、わたし個人に対しても。初めての方。久しぶりの方。みんな笑顔。

    ホームページを開設したのが2000年。インドに移住を機にブログを始めたのが2005年。そのころはまだ、発信者の数が少なかったので、インド情報を求めてわたしのサイトに辿り着く方が少なくなかった。

    しかし、ソーシャルメディアが一般化し、誰もが気軽に発信できるようになってからは、わたしの情報は深海に沈んで沈んで、沈みがち。量より質。数より深さ。届く人に届いていればそれでいいのだと思いつつも、いったい誰が読んでいるのだろうという思いは、常に脳裏の片隅にある。

    そんなこんなで、今年からは、投稿頻度を落とし、文章量も減らしてきた(これでもね😁)。

    しかし、昨日、声をかけてくださった方、数名は、しっかりお読みだという。本職ライターの文章だということを理解して読んでくださっていると知り、うれしかった。パンデミックが明けて以降、ミューズ・クリエイションの毎週金曜日のオープンハウスもやめたことから、普段、日本の方々とお会いする機会はとても少ない。ゆえに、このような場でレスポンスをいただけるのは光栄だった。

    なかでも、わたしがニューヨーク在住時に起業したMuse Publishing, Inc.が発行していた季刊フリーペーパー、『muse new york』を読んだことがあるという方がいらしたのは、本当にうれしかった。1999年の夏に創刊、米国同時多発テロが起こった2001年の秋号を最後に、わずか9号で終わったが、薄い冊子にたっぷりと良質の情報が詰め込まれた、手前味噌だが、いい雑誌だった。

    その後、ワシントンD.C.に移住後は、『muse Washington, DC』を5号分発行した。

    ……手で触れられる印刷媒体が、愛おしく思い返される。

    今日のところは、iPhoneで撮影した写真を掲載。

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    ほぼ毎週火曜日に開催されている女性たちによる勉強会。メンバーになって2年半、さまざまな学びを得てきた。

    昨日のスピーカーは友人のJulie。北東インドはアッサム州の出身の彼女。伝統的なテキスタイルに精通、自らアーティスティックな織物を生むアーティストであり、ファッションデザイナーでもある。また、北東インドの言語や習慣、ライフスタイル、自然環境の魅力を多くの人に伝えるべく、旅行の企画会社も運営している。

    インド移住当初から、強い関心を抱きつつも、わたしはまだ一度も訪れたことがない北東インド。特にインパール作戦の舞台となった界隈にはどうしても行きたく、2020年3月に旅する予定で航空券やホテルも予約していた。しかしながら、COVID-19の影響で頓挫。以降は、5月から10月まで雨季で旅に適しないという気象条件も、タイミングを逸する理由になっていた。

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    インド北東部、アルナーチャル・プラデーシュ州、アッサム州、メーガーラヤ州、マニプル州、ミゾラム州、ナガランド州、トリプラ州の7州をして、通称「セブン・シスターズ/7姉妹州」と呼ばれている。1947年、英国から独立した当初は3州だったが、徐々に増え、1972年にトリプラ州のジャーナリストが「7姉妹」と呼んで以降、こう呼ばれるようになったという。さらには1975年にインドに併合されたシッキム州、「ワン・ブラザー/1弟」を加えて合計8州だ。

    チベット、中国、ミャンマー、モンゴル……と、周辺国の影響を受けつつ、複数の「独特のライフスタイル」が育まれているこの地。日本とは、人々の顔つきが似ているだけでなく、食文化にも共通項がある。多様性の国インドの、さらに8州の中にもくっきりと浮かび上がる個性。豊かな自然の魅力、エコロジカルが当たり前の、自然讃歌の農村地帯……。

    書き始めると尽きない。行ったこともないのに。

    来月からは約1カ月、日本へ一時帰国につき、雨季を避けるとなれば、今年前半の旅は難しい。行くのであれば、少なくとも1週間以上、ゆっくりと時間をかけて巡りたい。今年終盤から来年にかけては、予定を調整して必ず訪れるぞと、敢えて決意表明。

    インドは広い。海外にも行きたいところは多々あり。だからといって、ドタバタと予定を詰め込むライフは控えたい……。取捨選択は、簡単ではない。「ご縁」を作って訪れたい。

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    写真の前半は、昨日、彼女が持参していた北東インドのテキスタイルの数々。1枚目の写真は、彼女から購入したというサリーを着たメンバー。わたしも、彼女の服を着ていけばよかった……! うっかりしていたので、4年前の写真を掲載。

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    さらには、わたしが一昨年、開催した「着物とサリーの比較展示会」に、Julieがお母様と一緒に来てくれたときの写真も載せておく。羽織や道行(道中着)が、サリーにもよく似合うことを、彼女が示してくれている。

    Curtain Call Adventures (Curated Northeast India tours and packages)

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    大人数で浅めに話すのではなく、小人数でじっくりと語り合う……にシフトしている今年。昨日の午後は、バンガロールで働く女性2人(日本人&インド人)をお招きして、コーヒーやお菓子を楽しみながら語り合う。

    ご縁がある方とは本当に、ご縁があるものなのだ……ということを、昨日もまた実感。日本人の友人は、今年の4月から5月にかけて、エジプトを旅するという。奇しくも、去年わたしたちがエジプトを旅した時期とほぼ同じころ。しかも彼女は、旅に際して入念に下調べをしていて、ヒエログリフにも関心大!

    月光ライブラリには、去年わたしがエジプトで買い込んできたエジプト関連の書物が何冊もある。その中には「ヒエログリフの書き方」2冊、コプト地区のガイドブックも含まれていて、かなりマニアック……なのだが、彼女もまた、ヒエログリフで自分の名前をすでに書けるらしく、二人して盛り上がる。

    バンガロール広しと言えど、ヒエログリフの書き方の本を持っている人は、わずか一握りに違いない。時間は瞬く間に過ぎる。

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    彼女たちを見送った後は、夜からのゲストのために、急ぎ夕食の準備。あらかじめ下ごしらえをしていたものの、細々とした仕上げをすませる。

    気づけば十年来の友である豊田氏が、シンガポール在住の仲間と共にご来訪。もう、「ご縁」云々の次元を超えた会話の面白さに、シナプスが発火しまくった。インドの話にとどまらぬ、脳内で地球儀をぐるぐる回しながら、歴史を辿りながら、楽しい。

    無数のキーワードの中でも、昨日のわたしに引っかかったのは16世紀末から17世紀初めにかけて、豊臣秀吉&徳川家康が行った「朱印船貿易(海外貿易)」。「日本の御朱印船は台湾、フィリピン、ベトナム、カンボジア、タイなどとの交易を行っていた。東南アジア各地に渡航した日本人は、タイのアユタヤやマニラなどに日本町を作り、拠点とした……」といったくだりも、世界史の勉強として読めば、さらっとスルーするところだが、今でも各地に日本町の名残があると知ると、行ってみたくなる。

    尽きない。

    我が家にご縁のある方々は、「月光ライブラリ」を気に入って、「しばらくここで過ごしたい」と言う。ここにいるだけで、時空を超えた旅ができるからだ。バンガロール滞在の日程に余裕をもって、どうぞゆっくりとお過ごしください。

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