インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    この時期になると、毎年毎年毎年、記している。今年も書く。インドはこれから、お祭り&ホリデーシーズンが本格化する。そしてこの勢いのまま、年末を迎える。2025年は目の前だ。

    わたしは常々、インドにおいては「週休3、4日制」とみなして、スケジュールを立て、予算を組むことを推奨している。詰め込んでは危険。ゆとりを持たせて、リスク低めに未来を見据えるのが肝。さらには、この先のホリデーシーズンに至っては、「週休4、5日制」とみなすのが賢明だ。

    仕事の間に休むのか、休みの間に働くのか、何が何だかよくわからないのがインドの日常。そうしてこの国は成り立っているのだから、異邦人の我々は、同国の在り方に合わせるのが筋だろう。

    そんな中、わたし自身は、やりたいことは先延ばしにせず、とっとと決めて実行するよう心がけている。というのも、先延ばしにしていたら、やりたいことが実現できないことを身を以って実感しているからだ。現在、ホリデーシーズンを控えて、軒並みイヴェント情報が届く。また、公私に亘って諸々の企画やイヴェント実施の依頼も舞い込んでくる。ありがたいことだ。

    しかし、全てを受けていては身が持たない。わたし自身、来月10月から11月にかけては、旅や日本への一時帰国が重なることから、じっくりと優先順位を見据えつつ、一つ一つを丁寧に実現できるよう、プランニングをしているところだ。

    このごろは、ファッションやテキスタイルの催しが軒並み続いている。昨日は、コンラッドホテルで開催されたファッション関連の一大展示会に足を運んだ。久しぶりに、華やか(派手)なファッションの渦に巻き込まれる。大勢の女性たちが集う熱気に溢れる会場。インド移住当初は、市場調査も兼ねて、このような展示会へしばしば訪れたものだ。

    昨日は、ハンドブロックの地味めおしゃれなブランドを見つけて、1着購入。何人かの友人たちに会い、立ち話を楽しみつつ、瞬く間に時が流れる。

    わたしがこのような場に初めて訪れたのはちょうど20年前。当時はまだ米国に住んでいて、旅行でムンバイに来た時のことだ。今、読み返すに、当時の様子が思い出されて懐かしい。

    「ハンドバッグからバサバサと札束を取り出し数える人々があちこちに。」

    そう。わたしが移住した当初、インドはまだ現金主義。札束をバサバサとバッグに詰め込んでお買い物……が一般的だった。やがてEコマースの黎明と普及と共に、クレジットカードが浸透、デビットカードが台頭し、高額紙幣の刷新やらなんやらがあり、さらにキャッシュレスが加速して、現在に至る。

    参考までに、以前作った動画をシェアする。すばらしい職人技が生きたファッションの片鱗を楽しめる。ぜひご覧いただければと思う。

    🇮🇳ムンバイ/ホテルのバンケットルームで開催されていたファッション・イヴェントに初めて訪れたときの記録 (2004年10月)

    〔ROYAL FABLES〕必見! 究極の職人技を映す布の海。インドのロイヤル・ファミリーが愛し、育んできた麗しき伝統手工芸。今に息づく芸術に触れ合う至福のひととき。

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    ◉Karayuki San: Hidden history of Japanese women enshrined in cemeteries across Asia (My talk starts around 5:30)
    https://www.youtube.com/live/ZG19ZK-c6tY

    インドの人たちに英語でプレゼンやトークを開始して、2年ほどになる。日本とインドの関係史を端緒に、茶道、テキスタイル、宗教やライフスタイル、日本の食生活、陶磁器の歴史、日本の伝統建築……とさまざまなテーマで語ってきた。

    都度、新しい資料を準備する。この編集作業は手間がかかる分、楽しい。ついつい膨大になるのを、増やしては削り、増やしては削りを繰り返す。

    わたしのプレゼンの資料は「写真が豊富な読み物」だ。「端的に、言葉少なくインパクトを!」というプレゼンテーションの王道からは逸脱した資料であることは重々承知。しかし、わたしが伝えようとしていることは、背景や具体的なエピソードなくしては、伝わらないものが大半だから、こうするよりほかにない。

    多くの人に関心を持ってもらえればうれしいが、しかし量より質。わたしの発信に関心を持ち、深く知りたいと思ってくれる人たちの好奇心を満たす内容にしたい。ゆえに、プレゼンのあとは、希望される方に資料(Keynote で作成したものをpdfに変換)をシェアしている。復習したいときに役立つ。

    さて、今回のテーマは「からゆきさん」。テーマが重いのに加え、今回はオンラインでのトークだ。録画されてYoutube上で公開されるため、そこそこプレッシャーも感じる。日本語では何度か実施してきたが、英語でのオンライン・プレゼンテーションは初めてのこと。それでなくても、英語力が怪しい身の上。聞き取りやすいよう、ゆっくり話そうと努めた。

    あとで見直すと、自分でも「何(なん)、言いようと〜?」と突っ込みたくなる箇所が散見され、いやになる。精進せねばな。がんばろう。

    あと、話している最中は、オーディエンス含め、自分自身の顔も見えない。しかし録画された動画には、右上に小さく自分の顔が現れている。しまった。自分の顔が公開されることを、すっかり忘れていた。昔から、話に力が入ると、鼻の穴が広がる自分。しばしば周囲の人たちに指摘されてきたものだ。相変わらずだ。
    今後は、見た目も気をつけたい。

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    からゆきさんの話は、ただ悲劇を取り上げただけではない。明治時代の背景。日本とインドの綿貿易。ジャムシェトジー・タタと渋沢栄一が結んだ「神戸=ボンベイ航路(日本郵船)」の話題。日蓮宗の藤井日達上人とマハトマ・ガンディー。ムンバイの日本山妙法寺と日本人墓地……と、多岐にわたって史実を語った。

    そして、元からゆきさんながらも、ボンベイでマッサージパーラーを起業し、ガンディやネルーを顧客に尽力した「島木ヨシ」さんの人生が、このトークのひとつの軸になっている。

    資料の一部をここにシェアしている。特に島木ヨシさんのことばは、ご一読していただきたい。

    パンデミック時代に『インド・ライフスタイルセミナー』で語ったのち、Youtuberの眞代さんとも「からゆきさん」のテーマだけを取り上げて、日本語で語っている。ぜひともご覧いただければと思う。参考までに、以下、資料の一部と関連動画をシェアしておく。

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    【からゆきさんにも言及しているインド・ライフスタイルセミナー】

    🇮🇳🇯🇵 パラレルワールドが共在するインドを紐解く③明治維新以降、日本とインドの近代交流史〈前編〉人物から辿る日印航路と綿貿易/からゆきさん/ムンバイ日本人墓地/日本山妙法寺

    【眞代さんとのコラボレーション/前編・後編の2本】

    🇮🇳🇯🇵「からゆきさん」を探る〈前編〉貧しい時代の日本。身を挺して海外で働いた女性たちの歴史を紐解く

    🇮🇳🇯🇵「からゆきさん」を探る〈後編〉「からゆきさん」を経てボンベイでマッサージ店を起業。タフな女性の生き様に見る民間外交。誇り高き信念。

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    ◉ HAPPY GANESH CHATURTHI!土曜日は、象の頭を持つ神様、ガネーシャの祝祭日。ガネーシャは、学問や商売を司る豊穣、知識の神様だ。甘いお菓子が大好きで、乗り物はネズミ。もろもろ摩訶不思議だが、彼が象の頭を持っている理由がその最たるもの。ガネーシャの父は、インドの最高神の一人、シヴァ神で、母はパールヴァティー妃だ。

    ある時、パールヴァティーは入浴する際、ガネーシャに見張りを頼んだ。ところが、帰宅した父親シヴァが「怪しい者がいる!」と息子の首を刎ねた。注意力なさすぎ。「それ、息子!」と叫ぶ妻に慌てたシヴァは、首を探すも見つからない。やむなく、最初に通りかかった生き物、「象」の首を刎ねて、それを息子の身体に載せた……というのが大雑把な経緯だ。

    土曜日は朝から、WhatsApp上を「HAPPY GANESH CHATURTHI!」のメッセージが飛び交う。そんな中、ハウスクリーニング・サーヴィスから届いたメッセージに目がとまった。

    「マハーバーラタを執筆中、ガネーシャ神のペンが折れた。躊躇することなく、彼は牙を折って書き続けた。これは、知識と義務に対する彼の揺るぎない献身を象徴している。」

    『マハーバーラタ』とは、『ラーマーヤナ』と並ぶインド二大神話のひとつ。著者とされるヴィヤーサは文字を書けなかったため、ブラフマー神がガネーシャをヴィヤーサのもとに遣わし、マハーバーラタを口述筆記させたという説があるという。わたしは、その背景を、このメッセージで初めて知った。

    知識と義務に対する彼の揺るぎない献身……。この言葉に、心を打たれた。

    その程度の差は著しいが、わたしもまた、書き続けている。もはや「ライター」という生業からは逸脱。情報溢れる昨今。誰に届いているのか。誰に読まれているのか。何のため? 誰のため? 自分のため……? 

    時代の流れと共に、言葉を巡る環境も変化する。途方に暮れることもある。ゆえに、ガネーシャの献身に敬意を覚えたのだと思う。

    我が家には、大小いくつものガネーシャ像がある。折れた牙を持っているものはないだろうか……。それぞれを点検してみる。お菓子や花、笛を持っているものはあるが、牙はないな……と諦めかけたところ。我が家の玄関に鎮座している、ニームの木で作られた一番大きなガネーシャ象を見落としていた。

    彼が右手に、折れた牙を持っているではないか! 小さくてわかりにくいが、確かに、牙を握っている。

    🖋ペンを離すまい。

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    ◉ガネーシャ祭の土曜日午後は、新居でSOCIAL MUSE。短期間ながらも、ミューズ・クリエイションの活動に、積極的に参加していたインターン大学生のお別れ会を兼ねての集い。午後3時からの開始だったので、おやつにと、お菓子を焼くことにした。パンデミック前は毎週のようにお菓子を作っていたが、このごろは頻度が激減しているので、コツを忘れかけている。

    特にショートブレッドを焼くのは久しぶりで、以前は覚えていた分量もすっかり忘れていた。材料は小麦粉と砂糖、バター、そして上に軽く散らす岩塩だけというシンプルさなのに、これが本当においしいのだ。焼いている間は、家中がいい香りに包まれる。

    バンガロールを去る学生が、わたしのスポンジケーキを気に入っていたので、抹茶クリーム&あずきのケーキを作ったのだが、これはたくさん卵を使っているのでヴェジタリアンのゲストは食べられない。ゆえに卵を使わないショートブレッドを焼いた次第。このごろは、市井でおいしいお菓子が入手できるようになったこともあり、菓子を作る熱意が失せていたが、もう少し頻度を上げよう。

    ◉いつものように、気がつけば日は暮れて、語ったり、ハウスツアーをしたり、月光ライブラリで過ごしたり、お酒を飲み始めたり、ピザのデリヴァリーを頼んだりして、夜は更けていく。

    人の話を聞きつつも、圧倒的にわたしが語っている気がするが、それでも、話を聞こうとしてくれる人たちとの時間を大切にしたい。

    これまで、無数の「縁」に恵まれて生きてきた。しかし、このごろは痛感するのだ。縁は、向こうから来るものではない。自分が育みたい、守りたいという縁は、能動的に、努力して、繋いでいくものだと。

    世界は、「またいつか」「次の機会に」で途絶する無数の「無縁」にあふれている。そんな中、自分はどんな縁を大切にして、未来に繋いでいきたいのか。わたし自身、未だ試行錯誤の旅の途中。ともあれわたしは、これから益々、アナログを説く。

    願わくば、平和で楽しい、有機的なつながりを、これからも。

    🐘HAPPY GANESH CHATURTHI (2019/09/02)

    🐘本日は、ヒンドゥー教。象の神様ガネーシャの祭り

    🐘派手派手ガネーシャ・マンダルを見に、街を巡る/ムンバイ在住時 (2009/08/26)

    ● 簡単! ショートブレッドの作り方/小麦粉、バター、砂糖、塩少々で、風味豊かにサクッとおいしい!(個人のYoutube チャンネルにアップロードしている初期の作品)

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    昨日は月に一度のミーティング。その前に、UBシティにあるToscanoでランチ。ここで食事をするのは、久しぶりだ。2008年に、このUBシティがオープンした時は、バンガロールに新しい中心地ができた気がして、うれしかったものだ。

    かつてLeela Palace Hotelで腕を振るっていたフランス人男性シェフのJean Michaelが独立して創業したToscano。瞬く間に、バンガロール各所のショッピングモールで店舗を展開、画期的な存在だった。

    クライアントをお連れしたり、ミーティングの合間のひとりランチを楽しんだり……。何度となく訪れてきたこの店。

    やがて、Jean Michaelの兄も「脱サラ」してパリからバンガロールへ。同じUBシティにCafe Noirをオープンした。Cafe Noirでは、当時はまだバンガロールでは手に入らなかった、焼きたてのバゲットやキッシュなどが売られていたので、時々、持ち帰ったりしたものだ。

    今となっては、数えきれないほどの飲食店が誕生しているバンガロール。選択肢は有り余るほどで、歳月の流れと街の変化に戸惑うばかり。

    ……何を見ても、何かを思い出し、何かを綴らずにはいられない。

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    ランチのあと、8月生まれの友人と共に、誕生日を祝ってもらう。彼女たちと迎える7回目の誕生日。
    「来年は、美穂の節目の誕生日を盛大に祝うからね」と友。

    来年はまた、インド生活20周年でもあり。節目が重なる。この国で、この町で、自分の歴史も重ねる。
    元気に生きよう。みんなありがとう。

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    火曜日の朝、バンガロールの日系企業や関係者を対象とした催しに参加した。カルナータカ州立の職業訓練校であるKGTTI の見学だ。KGTTI とは「Karnataka German Technical Training Institute」の略で、ドイツ国際サーヴィスの技術支援を受けていることからGermanの名も冠されている。

    KGTTI は、2011年に創設されたここバンガロールの訓練校をはじめ、マイソールやフブリなどに合計8校を持つ。カルナータカ州における産業のニーズに重点を置きつつも、若者らにグローバルな現場で活かせる技術を習得させるべく、専門技能訓練プログラムが構成されている。

    その内容は、IT、電気、溶接、製造技術、産業自動化、自動車技術などの分野に亘り、産業界の企業協賛も得ながら多彩な訓練コースが用意されているという。詳細は、当該サイトを参考に。
    https://www.kgtti.com/

    今回、KGTTI 初の日本の訓練協賛企業として、静岡を拠点とする「木村鋳造所」が参画。同社の技術指導のもと、国際協力機構(JICA)プロジェクトの一環として鋳造コースが新設され、来年開校することから、この訓練校見学が企画されたようだ。

    見学会の前に、木村鋳造(ちゅうぞう)所の予習をした。「鋳物(いもの)の革命児」とあるが、そもそも産業用の鋳物の詳細を、私は知らなかった。昨今では3Dプリンターが一般的になっているが、個人的には未だに「近未来的な感じ」がしていた。

    しかしながら、木村鋳造所のサイトを見て、そのわかりやすく具体的な写真と説明に、「ほほ〜ぅ」と感じ入る。理解が少し進んだ気がする。面白い。同社のKGTTIにおける取り組みについては、以下のサイトに詳細が記されている。

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    ◉JICA事業「鋳造コース設立支援」の設備導入完了式を開催

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    この日はプレゼンテーションのあと、訓練校を見学させていただいた。詳細に言及したいところだが、諸々立て込んでいるので、写真をシェアするにとどめる。いずれにしても、社会科見学というのは、学ぶところ多く、楽しい。

    今回、この見学会を企画してくださったKGTTI およびJICAのマーケティングを担われている澤村啓之氏に感謝申し上げたい。

    (*この記録は澤村氏の許可を得て公開しています)

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    わたしはこれまでも、バンガロールにおいて、訓練校や工場の見学をする機会があった。取材や視察旅行のほか、ミューズ・クリエイション企画でも実施している。

    ビジネスに関わる見学はコンフィデンシャルなので公開していないが、それ以外の見学レポートをいくつかシェアしたい。今、ざっと振り返ったが、いずれも非常に興味深い記録だ。

    特にトヨタ工業技術学校は、バンガロールの訓練校としては画期的なスタートだったと思う。この数年後も、仕事で同訓練校や工場の取材に立ち会ったが、その取り組みに感銘を受けたものだ。ぜひ以下の記録にも目を通していただければと思う。

    ◎楽しき社会科見学! 改めCSRサポートのため、日系企業AMADA INDIAへ (2019)

    ◎安川電機 YASKAWA INDIAのインバータ製造工場見学記 (2018)

    ◎トヨタ工業技術学校 (TTTI) 卒業式/日印の狭間で。 (2010)

    ◎インド最大のジュエリー会社TANISHQ工場見学(2015)
    *限定公開/名前:incredible パスワード:india

    ◎遍くこどもに給食を。食事が育むインドの未来。世界最大の給食センター見学 (2012)
    *重力方式/トヨタ式/KAIZEN/5Sのコンセプトを導入。

    ◎HIMALAYA HERBAL HEALTHCAREの工場見学 (2010)

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    今朝は月に一度のFM熊本の収録で早朝起床。初心に返って、ふだんの食生活について語る。2008年1月から語り続けて、今日で204回目。インドのことは、どんなテーマの何を話しても、「意外だ」と思われることも少なくなく、話題は尽きない。食生活の話にしても、15年前、10年前、5年前、そして現在とでは、状況が著しく変わる。尽きぬ。

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    さて、バースデーな週末の滞在先のことも、書き残しておく。オープンして1年余りのこのリゾート。旅行者はもちろんのこと、バンガロールに暮らす人が、「あまり遠出はしたくないけれど、日常生活から脱して気分転換をしたい」というときにも好適な場所だ。数泊のバンガロール滞在ならば、最後の1泊をここで過ごすのもいいかもしれない。

    今回は週末だったこともあり、子ども連れの家族も多く、ファミリー向けの印象を受けた。とはいえ、ヴィラやコテージは適度な空間を保ちつつ配されているので、全体に静かで落ち着いた印象だ。わたしの大好きな「トラベラーズ・パーム/旅人の木」が随所に配されているのが、個人的にとてもうれしい。

    23歳、駆け出しの編集者だったころ。取材先のシンガポールで初めて目にした旅人の木。今でもこの木を眺めると、あのころ抱いた果てしない旅情が蘇る。その名の由来は、葉の付け根の部分(葉柄)に雨水を溜めるため、旅人の喉を潤すからという説と、葉が東西方向へ扇状に広がるためコンパスの役割を果たすからという説がある。

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    さて、わたしは2日目の夕刻、スパでマッサージを受けた。快適で心地よいひとときだった。初日の夕食は既述の通り、車で最寄りのPrestige GolfshireにあるダイニングEASTで夕食をとった。2日目の夜は、偶然にもわたしの誕生日、つまり前日の8月31日にオープンしたばかりのオリエンタル料理店でチャイニーズを楽しんだ。朝食ほか、各国料理が楽しめるTerraに比べると、シンプルでこぢんまりとした店内ではあるが、落ち着いた雰囲気だ。

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    夫と二人で写っているのは、ダージリン出身のシェフ。カリブのホテルなどで経験を積んだ後、EASTを経て、この店に至ったという。好みの味付けを伝えたところ、素材の味わいや風味が生かされた、いい塩梅の料理が供されて大満足。二日連続でチャイニーズだったものの、異なる味覚を味わえた。写真を撮っていないが、1皿のポーションが少なめかつリーズナブルなので、2人でも複数の料理を楽しめたのがよい。

    北バンガロールはこれから益々、開発が進むだろうから、空港から更に北部の、このナンディ・ヒルズ界隈の様子も変化することだろう。

    我々の新居は、まだコミュニティが拡張中で周辺の工事が続いていることもあり、旧居との二拠点生活はこの先しばらく続くであろう。この都市の変貌を眺めつつ……。11年前に新居を購入すべく物件巡りをした際の記録を発掘。10年前の起工式の記録には、当時「荒野」だった周辺の写真を載せている。

    2001年の結婚式を端緒に、インド関連の記録を残し始めて23年。目まぐるしい変遷を遂げているこの国の歴史を紐解けば、現在、そして未来も見える。参考までに「深海ライブラリ」ブログにまとめた家情報をシェアする。

    🏡家探し/早送りで観る劇場。途轍もない速度で変貌する街。(2013/03/28)

    🏡起工式/新しく生まれる、もう一つの家のための儀式。(2014/06/26)

    🏡「深海ライブラリ」ブログ/カテゴリ【HOME】家を創る

    🌴Mulberry Shades Bengaluru Nandi Hills

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    天気予報では、月曜の朝も曇天だった。しかし、せっかくナンディ・ヒルズの麓にいるのだ。山頂からの日の出を見てみたい……というわけで、昨日の朝は5時15分に起床、5時30分にホテルを出て、6時8分の日の出を目指した。

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    下界は曇天。きっと山頂界隈は雲に覆われているだろう……との予想通り、山道は途中から黄泉の国への道のごとく。こんな状況で日の出を見に来る人はなかろうと思いきや! 
    月曜日にもかかわらず! 

    山頂の入場券売り場界隈は、たいへんな人出で驚く。

    サンライズ・スポットまでの遊歩道も人々が列をなしている。なんてこったい。賑わう山頂の雰囲気とは裏腹に、世界は靄(雲)に包まれている。下界の様子は、全く見えない……。残念だが、これは「また来なさい」ということであろう。

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    それにしても、靄の中でなお、写真撮影に余念がない若者ら。楽しそうである。彼らの目には、わたしには見えない何かが映っているに違いないと思わされるほどに、楽しそうだ。

    ところで写真にあるNandiniとは、カルナータカ州政府によって創設された乳製品の企業。インドの乳製品に関する物語もまた、宗教も関わって深く、『マルハン家の食卓』ブログに記しているので、ご興味のある方はご一読を。またしても、超長編で読み応えのある内容だ。尤も、すでに3年前と現在とでは状況が変化しており、商品については古い情報も散見される。

    ……かくなる次第で、山頂の寺院にてしばし過ごしたあと、ホテルへ戻ったのだった。ところで、この山頂には、寺院をはじめ、いくつかの見どころが点在している。休日はかなり人出が多いが、平日などは、そこそこのんびりと散策できるのではないかと思う。

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    実はわたしは、このナンディ・ヒルズに上るのは3度目だ。忘れもしない11年前。米国のスズキ・バイクがオンライン向けの動画を撮るというので、日本の広告会社から依頼を受けて、撮影することになったのだ。その無茶苦茶な……と言っても過言ではない段取りをコーディネートして、非常に爽やかな動画作りのサポートをした。今、見られないのが残念だ。

    しかし、当時の記録は、今、読み返しても、極めて面白い。取材の経緯を克明に残しているので、ぜひお読みいただければと思う。

    このとき初めて訪れたナンディ・ヒルズの景観がすばらしかったので、翌月、ミューズ・クリエイションのメンバーと共にピクニックを決行した。そのときの様子も残している。いろいろと、懐かしい……。そして、界隈の情景の変化に、歳月の流れを感じさせられる。

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    【ナンディ・ヒルズに関わる記録など】

    🇯🇵🇮🇳🇺🇸日米印スタッフ共作。バイクCMの撮影@ナンディ・ヒルズを巡って。(2013年3月)

    🌸ミューズ・クリエイション、ナンディ・ヒルへピクニック!(2013年3月)

    🙏仏教も関わる牛乳の歴史。インド乳製品を巡る食文化の断章

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    すでに日常生活に戻っている本日火曜日の朝。これから外出だが、ナンディ・ヒルズのことを書き残しておきたい。日曜日、Jayaの勧める寺院を訪れた後、ホテルのタクシードライヴァーの勧めで、もう一つ別の寺院へ赴いた。

    ドライヴァーの名はナンディーシュ。ナンディ・ヒルズのナンディに因んでいる。ちなみにナンディとは、ヒンドゥー教のシヴァ神の乗り物とされる牡牛のこと。ゆえに、シヴァ神の前では、ナンディが鎮座している姿を見かけることが多い。

    ナンディーシュは、このナンディ・ヒルズのそばで生まれた。1歳のとき、細菌性の熱病にかかり、高熱にうなされ、死線を彷徨い、医師からは見放された。両親は、藁をもすがる思いで、彼をナンディを祀る寺院へ連れて行ってくれたところ、回復した。それを機に、彼の名前は「ナンディーシュ」に改名された。

    彼曰く、そのナンディの石像は、誰かが作ったのではなく「自然に」生まれとされ、年々成長しているという。

    「ぼくが子どものころには、1メートルくらいの高さだったのに、今は倍くらいの高さです。20年間でずいぶん大きくなったんです!」

    いやいや、そんなことはないでしょうと、わたしが笑ったら、声を大にして「本当です!」「僕は、嘘をつきません!」と、少々をムキになっていう。

    気になって、連れて行ってもらうことにした。1枚目の写真がそれだ。

    彼曰く、このナンディは最初、前に鎮座する小さなナンディくらいだったのが、どんどん大きくなった。だから、この建物も天井が拡張されたのだ……とのこと。

    俄には信じ難い。正直なところ、今でも信じ難い。気になってネットで過去の写真を探すも見つからないし、もしそれが本当ならば、もっと世間の注目を集めてもいいとも思う。

    それでも、ナンディーシュは、このナンディのご利益を信じていて、大きくなっているという。傍に座る僧侶も、同じことをいう。

    ヴェーダ(インドの聖典)によると、今、この世界は「カリ・ユガ(闇の時代)」とされている。カリ・ユガは、人間の文明によって人々が神から遠ざけられ、霊的な堕落を引き起こすとされているという。ゆえに闇、暗黒時代なのだ。

    この時代、人々の心は荒廃し、貧困や憎悪、狂気、悪疫など、あらゆる害悪が蔓延するという。ちなみに、インド哲学によると、世界は4つのユガ(時代)が循環していて、カリ・ユガは最後の段階だという。

    他の3つはサティヤ・ユガ、トレーター・ユガ、そしてドヴァーパラ・ユガだとのこと。それぞれの時代が果てしなく長いので、もうわけがわからないのだが、ともあれ、そういう背景がある。ヴェーダを学ばなければわからない。勉強すべき課題が次々と。

    僧侶曰く、成長するナンディは、カリ・ユガを象徴しているのだという。そして、この暗黒の時代が終わったら、立ち上がって歩き始めるのだという。

    奇想天外だと一笑するも、ナンディーシュはじめ、この界隈に暮らす人たちに共感するも、自分次第。人間が作った「機械の中」に広がるネットの世界の情報を信じるのか。目の前にいる人物の言葉を信じるのか。
    根源を、考えさせられる。

    ともあれ、わたしが今回、久しぶりにこの地を訪れ、強いパワーを感じ、「ここもまた霊山だ……」と実感したことを裏付けるような事実が、このナンディ・ヒルズにはちりばめられている。

    この丘はまた、3つの川の源流でもあり。リゾートに戻る途中、山肌に流れ落ちる滝を見た。美しい。

    わずか2泊3日のご近所旅だったのに、書き残したいこと尽きず。パンデミック時代が明けてのち、ここカルナータカ州はじめ南インドの魅力に目覚めている。

    「南天竺(みなみてんじく)デカン高原」という表記に親しんできた自分が、この地に引き寄せられてきた理由を、今更ながら、ひとつひとつ紐解いているようだ。

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    ナンディ・ヒルズを間近に眺めるリゾートにて。わずか2泊3日の滞在につき、のんびり過ごす予定だったのだが、2日目は、画家の友人、Jayaに勧められた寺院へ赴くことにした。Jayaは自身の作品にて、この寺院をしばしばモチーフにしているのだという。

    9世紀から10世紀の間に建立されたシヴァ神を祀る寺院で、南北2つの寺院が同居している。

    北の寺院はカルナータカ州で最も古いドラヴィダ建築の寺院だとのこと。世界遺産であるハンピでおなじみ、ヴィジャヤナガル王国時代(14〜17世紀)に、修復や増築が行われたという。

    ハンピの寺院を彷彿とさせる支柱の連なる建造物や、シヴァ神の祝祭日に使われる山車やその車輪など、寺院の敷地内は興味深く、さらにはプジャー(儀礼)にも参加するなど、長居をしてしまう。行ってよかった。またゆっくりと訪れたいと思える寺院であった。

    こんな近所に、こんな寺院があったとは……。この地に19年も暮らしているのに、知らないことばかりだ。綴りたいこと尽きぬが、写真だけでも多めに残しておこう。

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    🛕Bhoganandeeshwara Swamy Temple

    🎨画家の友人、ジャヤとその夫を招き、穏やかな日曜の午後。

    🎨Artist/ JAYA JAVERI インドの自然や情景、歴史を刻む建築物……。やさしく慈しむように描く画家、ジャヤ・ジャヴェリの世界。

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    今年に入ってから、旅をする機会が増えている。誕生日の週末もどこかへ行こうかと夫から提案されたが、わたしは近場で気分転換ができれば十分だと思っていた。そもそも、平日はバンガロールの中心部にある旧居、休日は空港近くの新居を往来する日々。落ち着きがない。

    旧居から新居までは、道路交通事情にもよるが、車で北へ約40〜50分程度。このリゾートまでは更に北へ40分ほどの距離だ。

    かつては、閑散としていた北バンガロールは、過去10年でみるみるうちに変貌している。特にデヴェロッパー大手のPrestigeグループやEmbassyグループの手がける高級住宅地が次々に誕生し、空港周辺のトラフィックを加速してきた。今ではもう、さまざまな不動産会社が雨後の筍のごとく、開発を進めている。

    特にPrestigeグループが、2011年、このナンディ・ヒルズにPrestige Golfshireというゴルフコースと住宅地のコンプレックスを構築してからは、北部の開発が加速されたように思う。PrestigeグループとJWマリオットは提携していることから、ゴルフコース内にもスケールの大きいマリオットのホテルがある。

    わたしたちが今回滞在しているリゾートは、ゴルフコースから車で5分ほどの場所にある、やはりマリオットの経営するMulberry Shadesというホテルだ。こちらはこぢんまりと、アットホームな雰囲気が漂う、真新しいリゾートだ。以前から気になっていたので、ここで過ごそうと決めたのだった。

    ナンディ・ヒルズに近づくと、空気が変わる。

    以前は「いい感じ〜」くらいにしか思っていなかったのだが、今回は明らかに、異なる力を感じた。去年の誕生日はタミル・ナドゥ州にある霊山、アルナーチャラの麓で過ごし、山の周辺14kmを、都合2周もするなど、よくわからない衝動を起こしたものだ。あのときは、パワースポットのパワーを浴びすぎた気がする。

    その後も再訪し、またしても14km歩いた。自分でも、その衝動がよくわからない。

    そして昨日。山を仰ぎつつ、ここは「いい感じ〜」を超越する力を感じた。懐かしさも感じる。ナンディ・ヒルズ。かなりのパワースポットではあるまいか。実際、山の頂上や、周辺にも寺院は点在している。あいにくここ数日は曇天で、ピクニック日和とは言い難いが、2泊3日の滞在中、寺院に足を伸ばしてみようと思う。
    天気がよければ、日の出を見に行く……ということも考えていたが、明日の朝も曇天らしいので、それはまた別の機会に。

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    昨日の朝、夫が花を注文してくれていた。美しいアレンジメントを家に置き去りにするのは惜しく、ニューアーク・ミッションでいただいた花と一緒に、車に積み込んでホテルに持ってきた。それらを部屋に飾る。テーブルには、誕生日ケーキなども用意されている。

    わたしがここに滞在していることを知ったPrestigeグループの友人Anjumが、ワインやアペタイザーなども届けてくれる。本当にありがたく、うれしい。

    夕食は、ホテルがアレンジしてくれる車でPrestige Golfshireまで赴き、EASTというオリエンタルレストランで夕食をとった。やはり、Anjumが個室を準備してくれていて、スタッフが歓待してくれる。広すぎるほどの贅沢な空間。シェフに味付けの好みなども伝えて、ヘルシーに美味な点心や、魚料理などを楽しんだ。とてもおいしかった。

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    日本に生まれ育ち、米国を経て、インドに暮らすことになった自分の命運。せめて誕生日くらいは、その意味を、しっかりと考え、噛み締めよう。

    異邦人であるわたしを受け入れてくれるこの国と、我がライフを取り巻く人々に感謝しつつ、この先の一年もまた、大切に過ごす。

    みなさん、ありがとうございます。

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