インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    2泊3日の超小旅行へ向かう道すがら、New Ark Missionへ立ち寄る。

    ミューズ・クリエイションからの寄付金を託すために。

    インドでは、誕生日の本人が、周囲にケーキを振る舞ったり、パーティを催してごちそうしたりする。

    慈善団体へ寄付をする人もいる。

    無事に誕生日を迎えられたことを感謝して、その幸福を分かち合う行いなのだと思う。

    わたしもそのインドの習慣に倣って、50代最後の誕生日を、感謝の表現に変えた。

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    体調不良だったRajaは回復していて、いつもの笑顔を見せてくれた。

    そしてスタッフのみなさんと、我が誕生日を祝福してくれた。花束がうれしい。

    逆境に直面している今でさえ、

    「一つの扉が閉ざされたら、神様は、別の扉を用意してくれる」と、彼は言う。

    ここで詳細は綴れぬが、ただただ理不尽な事態。それでも、信念を貫き、前へ向かう彼の在り様には敬服するばかりだ。

    💝
    週末を過ごすべく、ナンディ・ヒルズのリゾートへ向かう前に、New Ark Missionの近くにできたカフェレストランで軽いランチ。

    ここへは、先日も訪れた。この店のストーリーもまた興味深く、改めて記したい。

    OPEN DOOR。

    奇しくもRajaの言葉と重なる。

    扉を看過するも自分。開くも自分。

    新しい扉を開く力を、持ち続けよう。

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    わたしは2005年11月、米国からバンガロールに移住しました。そして2007年に社会貢献活動を開始し、2012年にはミューズ・クリエイションを立ち上げました。それから今日に至るまで、多岐に亘る活動を行ってきました。日本人有志と共に、バンガロールの慈善団体を訪問するのもその一例です。

    わたしはこれまで、約20の慈善団体を、のべ70回以上、訪問してきました。中でも、ニューアーク・ミッションは、最も頻度高く訪れています。それは、どの団体よりも、生死がせめぎあっていて、最低限の衣食住、そして医療の支援が必要な場所だからです。ゆえに、寄付だけでなく、日系企業のCSR支援のサポートや、インド人のコミュニティやグループ、団体への紹介なども実施してきました。

    ニューアーク・ミッションは、オートリクショーのドライヴァーだったRajaによって1997年、創設されました。彼が、路上で瀕死の状態の人々を自宅に引き取り、寝食を提供を提供し始めたのが端緒です。彼自身、ストリートチルドレンの出自で、投獄されたこともありました。そんな彼が改心し、世の中で虐げられた人々を救済すべく活動を開始。以来、無数の命を引き受け、手当てし、最期の時を過ごす場を提供し続けています。

    ニューアーク・ミッションには、路上に打ち捨てられ、記憶を失った人々や、逆境のもとに生まれた子どもたちが、常時700〜800名ほど暮らしています。毎日、誰かが拾われてきて、毎日、誰かが死んでいく……。ここでは、人間の生き死にが日常です。毎日の食事の準備、入居者の入浴、掃除などだけでも、大変な労働力が要されますが、行政からの支援はありません。すべてが個人あるいは企業、団体の寄付から成り立ってきました。

    2011年に初めてNew Ark Missionを訪れて以来、わたしは13年間に亘って、Rajaの尽力を目にしてきました。彼に私欲がないことは、彼の活動を見ればすぐにわかります。

    ミューズ・クリエイション創設後の2013年、メンバーと共に訪問し、子どもたちと一緒に遊んだときには、「子どもたちが、こんなふうに遊んでもらうのは初めてのことです。ありがとうございます」と、彼は涙を流して喜んでくれました。

    しかしながら、そんな彼も世間からの中傷を受けるなど、沈み込んでいた時期がありました。それでも、次の訪問時には、笑顔を見せてくれたものです。

    「一食たりとも欠かすことなく、家族(救済した人々)に食事を提供し続けることができている。これは神のご加護だ」

    Rajaがいつも口にしていた感謝の言葉です。

    しかしながら、数日前(8月28日)、ニューアーク・ミッションを訪問した際、かつてない危機的な状況に陥っていることがわかりました。これまで定期的に得られてきた支援が、不可抗力により、今年に入って以降、滞っているのです。その結果、800名の人々に食事を提供することがままならなくなっています。すでに、土地を切り売りしながら、経費を捻出し始めているとのことです。

    わたしは、たとえ微力でも、力になりたいと思い、こうして資料を準備しました。少額の支援でも、それは誰かのお腹を満たす食事になります。同団体の訪問をご希望の方は、いつでもお知らせください。ご同行します。あなたの慈愛と継続的なご支援を願います。

    8月31日。我が誕生日に感謝の思いを込めて。

    ミューズ・クリエイション代表/坂田マルハン美穂

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    これまで最も頻度高く訪れてきた慈善団体、New Ark Mission ~Home of Hope~。一昨日、ミューズ・クリエイションのメンバーと共に訪れた。

    オートリクショーのドライヴァーだったRajaという男性が、路上で瀕死の状態の人々を自宅に引き取り、世話をしはじめたのがはじまり。1997年、マザーテレサが亡くなった年のことだ。彼自身、ストリートチルドレンの出自で、盗みをして生きていた時期があり、投獄されたこともあった。そんな彼が改心し、世の中で虐げられた人々を救済すべく自ら活動を始めた。以来、無数の命を引き受け、手当てし、最期の時を過ごす場を提供し続けている。

    路上に打ち捨てられ、記憶を失った恍惚の人々。あるいはそんな母親から生まれた子どもら。また、不具ゆえに捨てられた子どもらを含め、常時700〜800名ほど暮らしている。毎日、誰かが拾われてきて、毎日、誰かが死んでいる。人間の生き死にが日常だ。毎日の食事の準備、入居者の入浴、掃除などだけでも、大変な労働力が要されるが、行政からの支援はない。すべてが個人あるいは企業、団体の寄付から成り立ってきた。

    わたしが訪れた限りにおいて、どの団体よりも、生死がせめぎあっていて、最低限の衣食住、そして医療の支援が必要な場所。ゆえに、これまでも、自分なりにできることを試みてきた。ミューズ・クリエイションからの寄付はもちろんのこと、日系企業のCSR支援の仲介、インドのコミュニティやグループ、団体への紹介など……。

    2011年に初めてNew Ark Missionを訪れて以来、わたしは13年間に亘って、Rajaの尽力を目にしてきた。彼に私欲がないことなど、彼の活動を見ればすぐにわかる。しかしながら、そんな彼も世間からの中傷を受けるなど、沈み込んでいた時期があった。それでも、次に訪問時には笑顔を見せてくれた。

    「一食たりとも、欠かすことなく、家族(収容している人々)に食事を提供し続けることができている。これは神のご加護だ」

    Rajaがいつも口にしていた、感謝の言葉だ。

    しかし、先月の訪問時、彼は急に高熱を出したとのことで会うことができなかった。そして一昨日もまた、体調不良で病院へ検査を受けに行っているという。

    彼も50代後半。無理がたたったのだろうか……と心配しつつ、Rajaの秘書的な存在であるDivyaに問うたところ、健康面もさることながら、現在、同団体はかつてない財政難に直面しているという。今年に入ってから、諸事情あり、本来必要な資金(月に150万ルピー)の3割程度しか得られていないという。

    Rajaは精神的な強いストレスにより、身体の免疫力が落ちているのだろう、不調が続いているとのこと。

    昨日は、財政難の理由と実態を明確に知りたく、同団体の会計士に電話で話を聞いた。想像以上に、深刻な状況だった。居ても立っても居られない気持ちになるが、わたしが過度に心配したところで何ら変化はない。現状を整理して文字にし、近々、寄付を募るべく告知をすることにした。

    困窮する人々を前に、自分には何ができるだろう。無力感に苛まれるは日常。

    自分が少し動いたところで、何が変わるだろうか……と諦観した先に、しかし、明るい未来はない。たとえささやかな寄付だとしても、それが積み重なれば大きいのだ……と、参加メンバーに伝えながら、自分自身にも言い聞かせる。

    「千里の道も一歩から」「大河も最初の一滴から」「ハチドリのひとしずく……」

    ありふれた言葉だろう。しかし、そのことばをしっかりと意識して胸に刻み、一歩一歩、前へ進むのは、決して簡単なことではない。ゼロから1へ踏み出す一歩は、尊いのだ。わずかな1が、絶大だということを、わたしは数多、目撃してきた。だから、思わずため息をつく自らを鼓舞し、火の粉のように降りかかる雑念邪念を振り払いながら、希望に向かって、歩く。

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    今回も、訪問のあと、反省会ランチを開催。食後、思いをシェアしあう大切な時間だ。参加者の言葉を聞きながら、わたしは初心に帰る。同時にわたしは、尋ねられたことに対して、経験と思いを語る。

    今回もまた、みなさんからの感想を読み、わたしの思いをまっすぐに理解してくださっていることを、本当にうれしく思う。こうした言葉を受け取ることで、継続の熱情を保つことができる。伝え合うことの大切さ。

    終日、自宅で過ごした昨日は、ふとした拍子に思いが巡って、何度となく、泣けてきた。しかし、理不尽な世界(同団体の財政難の政治的な原因)に憤り、嘆いても、何も変わらない。誰かを責めたり、不平を言ったところで、今日のご飯は沸き出てこない。

    動かねば。

    参加者各位の感想を、コメント欄に掲載しています。ぜひ、目を通してください🙏

    💝New Ark Mission関連の記録
    https://museindia.typepad.jp/mss/new-ark-mission-home-of-hope/

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    【感想01】バンガロール在住/二児の母

    バンガロールに来て11ヶ月。はじめて慈善施設に訪問しました。今回、こちらに参加するかずっと迷っていました。現実を受け止められるか不安だったからです。昨夜も、今日のことを考えあまり眠れませんでした。

    緊張しながら施設に着き、中を覗いたら、想像していたより解放的できれいな場所でホッとしました。風通しが良く、施設の皆さんが私たちを歓迎している穏やかな空気を感じました。ビデオを見せてもらっていなかったら、どんなに大変な状況にあるか分からなかったくらいです。

    ビデオでは、痛ましい人々に対するラジャさんの愛があふれる行動に涙が出ました。「皆を物乞いにしたくない。私が代表する。」という気持ちにも胸が打たれました。

    「施設はラジャさんの愛でできている。」「私たちにできることは、考えているだけの0ではなく、少しでも行動する1であって欲しい。」と美穂さんの言葉が心に残っています。本当にその通りだと思いました。

    今回不安に思い、訪問せずにいたら、このように人間の持つの愛情と力を感じることはできなかったはずです。私にもできることがあれば、小さな一歩を踏み出してみようと思います。

    バンガロールに来て、孤独を感じることもありますが、日々インド人の心の温かさに助けてもらっています。そして、惜しみなくインドの情報を教えて下さる美穂さんのお陰で、楽しく安心してこちらに住むことができています。いつもありがとうございます。

    【感想02】インターンシップ留学生/大森太郎

    美穂さん、本日はNEW ARK MISSIONを案内していただきありがとうございました。最後のカフェでの反省会で美穂さんが仰られた、”一歩違えば私たちもそうなったかもしれない”という言葉にとても、共感というか納得をしました。

    自分もそうだってかもしれない。私の周りでも、とても優秀だったり真面目だった人が、病気や事故、鬱で大きくありようが変わっていく様を見ました。実際に、NEW ARK MISSIONでも何らかしらの原因で気が狂い、パスポートも失っている外国人が滞在していたと聞き、自分自身の旅のスタイルを鑑みても、とても他人事ではないなと感じさせられました。

    また有体にいうと、インドであっても(多分に偏見を含んでいるかもしれませんが)そういった外国人も受け入れられる場所があることに驚きと無責任な安心感をおぼえました。それはひとえに卓出したRajaの精神に依るものなのかもしれませんが、すぐに偏狭な考えをしてしまう私には想像もつきません。

    今回の訪問によって、彼らの取り組みが自分にとっても重要なものだと感じられることができました。また、彼らの窮状を知り、日本に帰国しても自分の周りでも彼らのような取り組みに目を向けて、関心を持つ必要があるように思えました。訪問し、体感して感情が動くからこそ、自分ごととして想像することができました。改めて貴重な機会をさせていただきありがとうございました!

    【感想03】バンガロール在住1年/ユック

    インドの方たちが慈善活動を始めるきっかけが、神様からの啓示というのが日本には無い理由だなぁと思います。今回訪れた施設は路上で瀕死の人を連れて来てお世話をして。そして収容されてる人の8割は精神疾患で働けない状態という…かなりヘビーでした。また寄付の送金がストップしてて、ただでさえ少ない資金もないという。

    美穂さんから、自分が関わった団体や施設から始めたらいいと言われて、何かしら動き出すことを決めました。私の少額な寄付やひとりの活動なんて何の役にも立たないんじゃないかと思っていました。

    TVやネットで貧困や人の死などの情報は見られますが、生で見てそこの空気、臭いを感じるとよりリアルです。まずは知ることが大事だと思いますので、ほかの日本人の皆さん、自分の子どもたちにも見て知って欲しいと思います。

    【感想04】バンガロール在住1年/内海

    バンガロールに住んで1年半弱、小さなマイナートラブルはあるものの、「何と便利で気候も素晴らしいんだろう」と常々思っていました。しかし過酷な環境に身を置かれている方には何もアクションしてこなかった私。今日貴重な機会を頂いて参加できた施設訪問を経て、「自分にできる範囲のことをやる」ことを始めようと思いました。

    教育やマナーの問題も去ることながら、1人の人間としての尊厳を保つことは現代の日本人には当たり前の環境かもしれないけど、国が違えばそうではないと再認識することができました。敬意を示す、ビスケットを用意する*、毎日でなくともできるときに寄付する、まずは小さなことからやってみたいと思います。

    (*坂田注/市街を車で移動中、停車した際に物乞いに窓を叩かれることがある。そのときに渡せるよう、車中にはたくさんのビスケットを積んでおくといいということを説明しました)

    【感想05】バンガロール在住1年/三児の母

    今回、訪問させていただいた場所は前回のJagruthi施設と大きく違った。前回は学校だったこともあり、子供達は大変な生活を送りながらも子供らしい笑顔があったり、きちんと教室に座っていたりと、いろんなことが整っていた。

    でも、こちらでは、人があちらこちらに散らばっていて、何をするでもなくただそこでぼーっとしている。しかも、目はぼんやりしている。死に目を見て、ここに連れてきてもらった人たちが集うこの場所は、明らかに今まで訪れたことのない雰囲気の場所だった。

    その雰囲気やにおいなどにも少しずつ慣れてくると、病室に横になっている方々以外の、体が健康そうに見える方たちは毎日何をしているのだろうかと思いをめぐらせる。この人たちが、ここから出て社会復帰をするための教育は施されていないのだろうかと疑問がよぎる。人を救うというのはそういうものだと勝手に思っていた。*

    担当の方に、毎日何をしてるのかと尋ねると、朝ご飯を食べて、お茶を飲んで、昼ごはんを食べて、夜ご飯を食べて寝ると答えが返ってくる。それなのだと思った。

    人間として、ごはんを食べて、安心したところで眠る。それらの最低限のことが整っていない、そして精神的・肉体的に耐えうることができない痛みや苦しみを味わったひとたち。精神的に正常でいられるのはとてもとても難しい。そんな方達を救える道は、教育ではなく、ごはんと寝床。

    慈善団体ごとに、目的があり、それぞれが違う状況の方々が過ごしているのだ。インドに住まわせてもらっている私は何ができるか。訪問させて頂くごとに考えも深くなり、今回もとても良い機会をいただき心から感謝している。

    (*坂田注/New Ark Missionは”Home of Hope”と名付けられているが、本当にぎりぎりの希望を与えられた人たちが集まる、いや集められた場所。子供たちには未来はあるが、大人たちは……。人間としての尊厳をぎりぎりの線で保ちつつ、辛うじて生き、死に場所を与えられただけよかったのだろうという環境。8割以上が精神疾患者ゆえ、社会復帰は困難。それを支援するだけの資金も環境もない。「普通に動ける」2割の人たちが、ホームの運営のために働いて環境維持をしているという状況だ)

    【感想06】バンガロール在住2年/二児の母M.T

    インドに来る前から、兼ねてよりスラムや施設へ一度は訪れたいと思っていました。この国で起きている事を身をもってちゃんと向き合いたい気持ちがあり、ですが個人では行動に移す事がとてもハードルが高く実現しないままでした。今回参加させていただき貴重な経験が出来ましたこと感謝いたします。

    過去の訪問レポートの詳細のおかげで、どのような場所という事は事前に知る事が出来たため、それをもとに心構えと訪問の目的のようなものえを考えてから臨みました。

    何を必要とされているか? 
    何があればそこに居る人達にとって少しでも助けになるのか?

    考えながら寄付品を用意する事を通して、今まで気付きもしない事を考えたり、慈悲心を持った友人から刺激をもらったり、それだけでもすでに貴重な経験。

    目の前に当たり前のようにあるインドの貧困の差、そんなインドにちっぽけな私が何を出来るのか、今まで私になんて出来ることはないとどこかで傍観していました。

    実際訪れてみると、そこで過ごされる方々の穏やかな静かな時間を肌で感じました。それが慈善によって守られている空間だからこそ、そこにどんなかたちでもいいから力になりたいと感じざるを得ませんでした。

    大きなお鍋では100キロのお米が炊かれていました。私達が持ってきたお米も一食分でしかなく、無力感も感じましたが、友人が隣で、野菜もいっぱい持ってこれば良かった、これからの季節毛布ももっと必要だよね、としきりにそこに居る人に出来ることを探していたことがとても印象的でした。

    その後の皆さんのフィードバックからも学びが多かったです。他人事ではなくかたち違えど自分や大事な人が困っている時、ほんの少しでもいいから自分にできることをできるだけ、まずは行動にする事が大切だと教わりました。

    自分の子供達に伝えていきたいこともクリアになりました。難しく考えなくていい、目の前の出来ることをすればいいとお言葉にハッとしました。また、継続する事の大事さも。今度入り口まででもいいので、子供達と一緒にまたお米を届けようと思います。

    色々な感情がまだ上手く整理出来ず拙い感想ですみません。貴重な経験させていただきありがとうございました。ご一緒させていただいた皆さまにも感謝です。

    【感想07】バンガロール在住11カ月/大学生 入江真樺

    「New ark mission 2回目の訪問を経験して」

    1回目の訪問と、2回目の訪問で大きく違った私自身のこと。それは感情的に感傷的にならず、一事象としてその目の前の状況を受け入れられた事です。

    New ark mission施設内の変化には少し驚きました。大きく気づいた違いは2点あります。1点目は、食糧庫の中に野菜が一切入っていなかったことです。前回の訪問では、溢れるほど野菜が入っており、野菜を切っている女性がたくさんいたのが印象的でした。一時的な支援ではなく、恒常的支援が必要だということを感じました。

    2点目は、施設内の病院の場所が3階に移転していた事です。0階から3階に施設移転し、一人一人のベッドの間隔、そして収容できる人数が増えていました。その点はすごく良い事だと思いました。一方、元々病院であった0階の部屋は現在改修中と伺いましたが、覗いてみると手がつけられていない状態で混沌とした部屋になっていたのが少し気になりました。

    病室内では、8ヶ月前、手を握ると私の目の前で涙を流し笑顔になってくれたお婆さんが今日もいました。私にもお婆さんにも、同じ時間は流れているけれど、お婆さんの8ヶ月はずっとベッドの上だったのかな? と少しそんな考えがよぎりました。お婆さんが、今日も笑顔を向けてくれたこと、それが嬉しかったです。

    美穂さんが、おっしゃっていたよう施設内にいる人たちと私たちも紙一重だと思います。日々心身の健康を保つため、改めて、食事・睡眠・運動・交流・余暇・学習・仕事・1つ1つ大切にしたいと思いました。

    8ヶ月前、New ark missionを訪れてから、自身の毎月の収入の2%を寄付に回すと決め、行動に移すことができています。今の私にできる事は、まだ少ないけれど微力だけど無力じゃないとの思いを今日改めて持つことができました。そして、改めて日々現場で慈善活動を行っている方々へ敬意の念を抱きました。

    日本へ帰国しても、私がこの1年で学んだ色々な社会を忘れず心に留めながら、目の前のことを一生懸命にできることを1つ1つ増やしていきたいと思います。貴重な機会をありがとうございました。

    【感想08】インド在住歴2年1カ月/網城瑞花

    私はバンガロールに来て約4カ月となる2024年8月28日に、貴重なご縁をいただき、当該施設を初訪問いたしました。施設に到着すると、当方のドライバーが、「何年か前に父が他界した際、食べ物を寄付しにここに来たことがある」というので、ドライバーの志に感銘を受ける一方で、「マダム、これを持っていきなさい」と、おもむろにマスクを渡されたことで、施設内の環境に少し不安を抱きました。

    坂田さんのご先導で、他の参加者の方々とともにいざ施設の中へ。門番の方、行きかう方の表情は比較的明るく、着衣も整い、いわゆるchallenged pesonではない子供たちは学校へも行っている、とのことで、第一印象としては想像していたより穏やかな雰囲気でした。

    ところが、まず同団体の活動を伝えるビデオを視聴し、人々がこのホームに担ぎ込まれる時の心身の状態を目の当たりにしてショックを受け、またそれを、医療のプロではない、同団体設立者のラジャさんが、大胆かつ愛情をもって”治療”するシーンには言葉を失いました。私だったら体が固まってしまい、そのような人々に触れることはおろか、ビデオで
    さえ直視をはばかられるような状態の映像もありました。そしてラジャさんによって助けられた人たちの体の傷跡が治り(おそらく心の傷も少しずつ癒され)、目に力が宿り、ホーム内で貢献される姿を見るにあたっては、もう奇跡の一言でした。

    その後、ホーム内の調理場や、病床のお部屋を見学。坂田さんや以前にも訪問された参加者の方より、前回はもっと調理場に野菜があったと聞くも、この日の調理場には食材のストックはほぼ皆無に見え、それだけでも現在、この団体が直面している問題に喫緊の対応が必要なことが伝わってきました。

    また、海外からの寄付金・支援を正当に受けられる手続きを経ている団体にも関わらず、現在、寄付が滞っており、従来より財政的に非常に厳しい状況 ー 永きにわたり団体を見つめ支援されてきた坂田さんが「今まで最も厳しい」と仰る状況 ー にあるとの話を聞き、やるせない気持ちになりました。

    坂田さんが、点(今)ではなく線(歴史)をたどることが大切、歴史をたどって今を知ることの大切さを説かれおり、私は同団体の歴史を文章では読みましたが、私が実際に同団体現物の現状を現地で見るという点では、私はまだ出発地点の小さな1つの点を付けたばかり。これを起点に、別のコミュニティの友だちや知り合いにまずは同団体のことを知ってもらうべく情報を発信すること、寄付の一歩を踏み出してみること。

    今回貴重な機会をいただいた身として、このようなことからはじめて行きたいと思いました。ありがたい経験をさせていただきましたこと感謝申し上げます。

    【感想09】バンガロール在住1年/一児の母

    まずはじめに,今回このような経験、たくさんの参加者に声をかけていただいた事、ありがとうございました。

    色々昨日のことを考えました。施設に行くまでの自分の気持ちや施設の様子、施設の人たちについてを書いていましたが、こちらへの提出には削除いたしました。

    ボランティア活動、寄付金の考え方を自分なりに持っていましたが、私の考えの浅はかさと命の尊さを感じる時間でした。考えれば考えるほど迷いが出てきました。答えは出ません。私は平凡な人間なので、自分に都合の良い答えを出そうとしてします。

    創業者の方が本当のところどのような理由があったかはわかりませんでした。この施設を始めたこと路上にいる方を施設に連れてきて家族として接するということ。どんな言葉も私からいうことができない。うまく言えません。それは素晴らしいとかすごいという軽い言葉では表せない彼の時間と愛の積み重ねからできた何かで心に何か感じました。

    美穂さん、感謝します。ありがとうございました。

    【感想10】バンガロール駐在歴1年4ヶ月/女性

    施設訪問、参加者の皆さんとの意見交換で、多くの学びがありました。

    Rajaの映像では、目を覆いたくなるような壊死した体の一部を、医師ではない彼が当たり前のように処置する姿が衝撃的でした。ただそこにいる人間を助け、人としての尊厳を守ること。それを使命として自身の全てと愛情を長年注ぎ続けてきたRajaの人間性に、深く感服します。

    施設の住人は、心身の問題を抱えながらもHomeで衣食住を得、子供達は学校に通えています。これは寄付があってこそ。支援が滞っている今、キッチンの食材が少ないことに心が痛みました。800人を養うのは容易でない現実を痛感しました。

    施設で育つ子供達も、大学に通えるのは一握りとのこと。Sustainableな施設運営のためにも、住人が自立して働ける環境を作る支援が必要であると思います。

    これまで私は、路上の貧しい人々に、「別世界のこと」と距離を置いていたように思います。自分だけでは何も変えられない現実ですが、美穂さんからの言葉で「ゼロよりイチにすること」が心に刺さりました。少しずつでも、一歩を踏み出し、その姿を家族にも見せていきたいと思います。

    貴重な機会をいただき、ありがとうございました。

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    一昨日は、バンガロールの老舗ジュエリーショップC Krishniah Chetty & Sonsが主催のパーティに参加すべく、ITC Gardenia Hotelへ赴いた。古代エジプトの宝飾品の意匠を反映したジュエリーのお披露目会だ。

    わたしは、そこはかとなくエジプト風味も漂うお気に入りのバナラシ・シルクのサリーを着用。友人Yashoのサリーブランド、MRINALINIで購入したお気に入りの一枚だ。

    インドとエジプトのテイストには共通項が多く、ジュエリーもファッションも違和感なく同化する。ホールにて、グラス片手にしばしソーシャルタイムを楽しんだあと、バンケットルームへ。

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    まずは著名なエジプトロジスト(古代エジプト学/考古学の専門家)であるDr. Arto Belekdanianによるプレゼンテーションが行われる。数カ月前に旅したエジプトでの経験が、色鮮やかに蘇る。なんと稀有な旅だったことだろう。今年のわたしは旅が多く、エジプトでの記憶も彼方になりかけていた。それがぐっとエジプトに引き寄せられて、個人的にも貴重な時間だった。

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    プレゼンテーションのあとは、古代エジプトの衣類に身を包んだモデルたちによるファッションショー。注目すべきはジュエリーだが、さすがに遠目には見えにくい。しかしながら、その豪奢でダイナミックな存在感は伝わってくる。催しのあとのディナーもおいしく、満ち足りた夜であった。

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    ちなみに、C Krishniah Chetty & Sonsのクリスタルミュージアムでは、今年5月、わたし自身が日本に関するトークや着物の展示を行った。また、かつてミューズ・クリエイションのメンバーと共に見学に訪れた。

    🇯🇵日本。そして日本とインドの関わりを語る。伝えるために歴史を紐解き、新たな視座を得る。

    🇮🇳創業155年のジュエリー店にて学ぶこと尽きず。インドの歴史、伝統、文化、宗教、占星術、家族の絆……そして地球の力! 

    🇪🇬アスワン発ナイル川クルーズの旅。ルクソール経由でカイロまで(2024年4月〜5月)

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    祇園精舎の鐘の声は、

    諸行無常を響かせて、

    娑羅双樹の花の色は、

    盛者必衰の理をあらはすなど。

    どんな因果で、今インド。

    ただ春の夜の夢のごとし。

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    金曜の夜、日本の伝統的なライフや建築についてを語った。

    東洋のあらゆる要素が相互に影響をしあって、毎度、資料は膨れ上がる。

    熱量を控えめに……と心がけてはいるが、もう、自分が楽しむことが最優先。

    やりたいように、やってみる。

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    世界各地の旅を通して、無数の建造物を目にしてきた。

    芸術品を眺め、工芸品に触れ合ってきた。

    それらの経験によって、自分の嗜好が育まれてきた。

    若いころは、西洋への憧憬が強かった。しかし今は、東洋回帰だ。

    🌕

    「月光ライブラリ」に並ぶ書籍。人に伝えるために、紐解く。

    建築に関わる本をパラパラとめくるだけで、魂が旅をする。

    読書の時間が激減している昨今。しかしやはり、本はいい。

    背表紙を眺めるだけでも、心が満たされる。

    日本の職人の技が具現化された品々も、飾る。

    見て、触れて、体験することが大切。

    関連する本なども、重いけれど、詰め込んで、展示。

    一人でも多くの人の琴線に、触れてほしいと願う。

    未来、誰かに引き継ぐであろう「月光ライブラリ」。

    これからも、少しずつ、育てていく。

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    🇯🇵「語り部」の機会を得るたびに、過去の記録を紐解き、写真を掘り起こし、書籍や情報を集め、プレゼンテーションの資料を作る。わたし自身の足跡、経験を投影しながらの、しかし極力、確かな情報をリサーチし、取捨選択して顕す。

    唯一無二の作品を育む「編集のプロセス」は、たいへん……だからこそ、楽しくもあり、達成感も得られる。
    日本を離れて28年。祖国の魅力を発掘することは、自分にとっても尊い作業。切磋琢磨しつつ、続けたいライフワークのひとつ。

    昨日は新居へ赴いて、またしても「引っ越し」よろしく、日本の伝統的な漆器や茶器、それに建築関連の写真集などを箱詰めにし、車に積み込んだ。これらも今夜、会場に運んで展示する。

    日本の職人技の結晶を、実際に見て、触れてもらうことで、体験はより深く、心身に刻まれることだろう。どういう反応を得られるか、楽しみだ。

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    一昨日は、ヤラハンカの新居にて、ミーティングを予定していた。横浜を拠点とする一般社団法人日印女子フォーラム代表の大場多美子氏からのご依頼で、バンガロールに関する情報をご提供すべく、数時間、ご対応するつもりであった。今回、芸術関連のプロジェクトでのご来訪につき、「月光ライブラリ」に所蔵している資料などをご覧いただきこうと思っていた。

    ところが前日になり、新居のコミュニティで電気系統の工事が行われることから、停電と断水になることがわかった。なかなかに、タイミングが悪い。しかし、インドでは、このような不測の事態は日常茶飯事。不可抗力の予定変更やトラブルを「怪我の功名」にしてこその、有意義なライフ&ビジネスだ。「さあらば」とフレキシブルに次の案へ移行した結果、「災い転じて福となす」ことが少なくない。

    とはいえ、「なんで、よりによって明日?」と、少々、悪態をつきつつ、速やかに予定を変更。

    待ち合わせの場所を、英国統治時代に創設された由緒ある社交クラブ「バンガロール・クラブ」のロビーに変更。ここは、バンガロールの歴史をお伝えするのには好適な場所。会員と、そのゲストしか利用できないので、「特別な場所」という雰囲気を楽しんでもらえるのもよい。

    大場氏とご同行されていたのは、画家の西森禎子氏と、アナウンサー/舞台俳優の木内琴子氏。わたしがバンガロールを語るよりも、わたしが御三方のお話を伺いたいところだったが、時間にも限りがある。瞬く間に時間が流れ、本来はここで解散……のつもりであったが、わたしも夕方の予定まで時間があったことから、最寄りのミュージアムにご案内することにした。

    ここでも幾度となく記してきたMAP (Museum of Art & Photography)。つい10日前、創業者のAbhishekの誕生パーティの様子をアップロードしたばかりだ。運よく火曜日は全館、無料で開放されている。これはなかなかにいいタイミングだ。

    小降りだった雨が止み、高原の風が涼しく、陰りあるモンスーンの空が美しい。バンガロールは渋滞が多い……のは事実だが、車窓からの光景を眺めつつ、諸々ご説明するのには好適な時間である。バンガロール都市形成の概要や昨今の様子などをお伝えしつつの移動時間だ。

    ミュージアムは1時間程度を過ごすのに適度な広さ。インドの芸術品がヴァラエティ豊かに所蔵されているので、短時間に時空を超えた展示を体験できる。特別展の見学、常設展では「手で触れられる作品」なども楽しまれた。

    時間があれば、見晴らしのよい最上階のカフェでお茶や軽食を楽しむのもよい。グランドフロアのミュージアムショップでは、「バンガロールならでは」のギフトも購入できるのでお勧めだ。

    折しも、わたしの夕方からの予定が、CINNAMONに近いことから、そちらもお連れし、そこで解散することにした。結果、お買い物なども楽しまれ、充実した時間を過ごしていただけたようだ。大場氏は2度目、西森氏と木内氏は初めてのバンガロール。よい第一印象を受けてもらえたならば幸いだ。

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    通常、視察旅行のコーディネーションの様子をソーシャル・メディアでシェアすることはない。今回は、御三方の了承を得て掲載している。百聞は一見にしかず。クライアントの目的に沿いつつも、ほとんどの日本人が知る機会のないインドやバンガロールの側面を伝えつつの視察旅行は「プライスレス」だと、手前味噌ながら、改めて思う。

    OKaeri Venturesの視察コーディネーションも、本腰を入れたいと思いつつ、Muse Creationの日印交流プロジェクトも力をいれたく、自分が足りない。バンガロールに長期的に暮らす予定の日本の若者を対象に、次世代育成にも力を入れたいところだが……みんな、去って行くからな。未来の在り方、要検討だ。

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    🎨MAP/ Museum of Art & Photography バンガロールに芸術の拠点が誕生。(2022/12/10)

    🎨ACT MUZ企画でミュージアム見学。『ラーマーヤナ』を軸に学ぶ、時空を越えるインド世界の今昔

    🌳バンガロール探訪 Explore Bangalore 001
    道中の光景ほか、英国統治時代の面影を残すBangalore Club, Taj West End, Cinnamon

    🛍Memories of Muse Charity Tiny Bazaar 2020/ 小さなチャリティバザールの、小さな思い出@シナモン

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    一昨日の夜、友人Radhaの邸宅で開かれたパーティに出席した。まるでアートギャラリーのごとく、絵画や調度品が配された、美しいインテリア。Radhaの家づくりに対する情熱が伝わってくる。日本を旅したときに購入したという薩摩焼のお皿も飾られている。日本文化への関心も強い彼女は、わたしが開催した「着物とサリーの比較展示会」にも参加してくれた。

    ブータンで購入したという曼荼羅がとても気に入ったので、写真を撮らせてもらった。曼荼羅にもお国柄があるのだということを、当たり前のことながら、しみじみと思う。

    ちなみに、この日のわたしは「日本風味」を漂わせるべく、前日に引き続き、またしても浴衣で参上。わたしは浴衣を3枚しか持っていないので、着回し状態。これは、高校時代、体育祭で「盆踊り」に参加するために仕立てもらったもの。香椎の商店街にあった呉服店で、浴衣の反物を選んだ。わたしは子どものころから「椿」が好きだったので、これもまた椿柄である。以前は「古い浴衣」として、クローゼットの奥深くに眠らせていたが、最近では「ヴィンテージ浴衣」として、脚光を浴びさせている。

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    ワインをいただきつつ、旧知の友、初めて会う方々……と言葉を交わす。中でも、バンガロールの動物保護団体CUPAを創業メンバーであるDr. Shielaとお会いできたのはうれしかった。

    バンガロール市内に数カ所の拠点を持つCUPAへは、ミューズ・クリエイション創設以前から、過去3回ほど、訪問している。それ以外にも、CUPAには、野良犬の保護や野良猫の避妊手術の際にお世話になってきた。彼女のハズバンドは、バンガロールで昔から人気のあるアイスクリームショップ、Corner Houseの創業者と知り、これまた感銘を受ける。

    わたしが初めてバンガロールを訪れた20年前、今は亡き義父のロメイシュ・パパが「ここのアイスクリームがおいしいんだ!」と、教えてくれた。義父はバンガロールへ来るたびに、Corner Houseを訪れていたことを思い出す。今はどうなのかわからないは、当時はイチゴの季節、期間限定で販売されていたストロベリー・アイスクリームが、ことのほか、お気に入りだった。今ではアイスクリーム店の選択肢も増え、Corner Houseはその中に溶け込んでいるように見えるが、当時は唯一無二だったのだ。

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    多くのインド人男性は、甘いものが大好き。甘いものが苦手……という人に出会ったことはほとんどない。お酒を飲もうが、食事をたっぷり味わおうが、食後のスイーツは欠かさない。この日も、バーカウンターに集っていた初老の紳士らと混じって話をしたのだが、みな、食後にたっぷりのアイスクリームやケーキをおいしそうに召し上がっている。

    「この結果が、このお腹だよ!」と割腹のいいお腹を揺らして笑いながら、しっかり平らげる彼ら。またしても、ロメイシュ・パパのことが思い出される。

    「わたしの義父も甘いものが大好きでしたよ。デリーに住んでいたので、冬、訪れると必ずガジャル・ハルワ(冬の北インドで収穫される赤いにんじんを使ったお菓子)が出されるんです。義父は”これは健康にいい”と言って、積極的に食べてましたよ!」

    と、話すと、皆、大笑い。

    「ガジャル・ハルワに入れる砂糖の量はすさまじいよね。牛乳にバターもたっぷり。ニンジンの栄養価なんて、たかが知れてる。でもおいしいんだよな〜!」

    男性一同、深く頷く。屈託がない。

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    ところで、この夜は、Radhaのハズバンドの出身地であるマンガロールの家庭料理が供された。多様性に富むインド各地の料理。それらの魅力を一番、楽しめるのは「ご家庭の味」だ。外食では口にすることができない、各地、各家庭の味覚がある。

    わたしがマンガロールの家庭料理をいただくのは、これが2回目。前回の家庭料理とはまた異なる、しかしこちらも、美味なる料理がたくさん、テーブルに並んだ。

    一般のドサは米や豆の粉を発酵させた生地を「香ばしく焼いたもの」だが、マンガロールでは、生地をしっとり柔らかく仕上げた「ニールドサ(Neer Dosa)」が主食のひとつ。Neerは「水」を意味するので、直訳すると水ドサとなる。スパイシーなグレイビー(カレー類)ともよく合う。ちなみに写真の黄土色のトッピングは「ジンジャー入りのチャトゥネ」だとのこと。

    ノンヴェジタリアン、ヴェジタリアン、すべてをもれなく味わった。小ぶりのマンゴーを甘く煮込んだ料理は初めての味覚。デザートのごとく甘いのだが、辛い料理とマッチしておいしく、ごはんが進む。なかなかに危険な料理である。

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    ところで、ここカルナータカ州は広い。南インドでは最大の面積を持つ。州都であるバンガロールは、海のない高原都市だが、西側はアラビア海に面している。バンガロールから水平に西に位置する場所に海辺の都市マンガロールがある。参考までに地図を添付する。マンガロール料理は、山海の幸が豊富で、個性的な料理が少なくない。

    以前は、近所にあるMangalore Pearlというレストランをよく利用していたものだ。

    話も飛び飛びに、書いておきたいことが尽きぬが、参考までに以下、過去の記録をシェアしておく。

    🐕動物保護施設CUPAの訪問記録(2009年/2014年)

    🐟友人宅で、マンガロールの家庭料理をごちそうになる。チェティナードに思いを馳せる。

    🐟マンガロール料理店、Mangalore Pearlへ(2015/08/12)

    🐟第1回🇮🇳ローカルフード探検@MANGALORE PEARL (2011/08/04)

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    昨日のサンデーブランチ。久々に、シャングリ・ラ・ホテルにある日本料理店Yataiiへと赴いた。日本人シェフが異動されるということで、急遽、茶道の催しが開催される旨、前日にMuse CreationのWhatsApp グループで情報がシェアされのだ。

    今年の3月、拙宅にて茶事を共催したRisaさんからのご案内。ブランチに先駆けて、ロビーでは友人夫妻の子供たちによるピアノ演奏も披露されるという。

    通常、週末は空港近くの新居で過ごしているが、先週末は、幸い街中の旧居にいた。日曜日は、半年ほど前から中途半端のままで終わっている書斎の大掃除をするつもりでいたのだが、大掃除は更に先延ばしにして、出かけることにしたのだった。

    着物や浴衣での参加も歓迎されていたので、早速、一張羅の絞りの浴衣を取り出す。今年6月の東京で購入したもので、とても気に入っている……が、既製品だったので、身幅が狭いのが玉に瑕。さらにはついつい、スタスタと歩いてしまうので、裾がはだけて見苦しくなる。和装選びについても、立ち居振る舞いや所作についても、これから身につけねば。まずは頻度高く着ることから始めよう。

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    シャングリ・ラ・ホテルのロビーフロアは、明るく広々と、開放感があってよい。その一隅にあるラウンジのピアノを、巧みに奏でる少女たち。急に出演が決まったとは思えない堂々たる演奏だ。

    中でも、わたしの大好きな曲『朧月夜』の連弾が、心に沁みた。旋律も歌詞も、本当に美しい。一緒に熱唱したくなる衝動に駆られた。我慢したけど。

    こんなにも短い言葉の中に、日本の春の夕暮れの美しさが、凝縮されている。

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    菜の花畠に、入日薄れ、見わたす山の端、霞ふかし。
    
春風そよふく、空を見れば、夕月かかりて、にほひ淡し。
    里わの火影も、森の色も、田中の小路をたどる人も、
    
蛙のなくねも、かねの音も、さながら霞める 朧月夜。
    (作詞/高野辰之、作曲/岡野貞一)

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    ランチの席では、日ごろはあまりお会いする機会のないミューズ・クリエイションのWhatsAppグループのメンバーやそのご家族、そして当方の発信をご覧になっている初対面の方々にも声をかけていただいて、とても楽しいひとときだった。

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    ところでシャングリ・ラ・ホテルに来るたびに、ロビーのフラワーアレンジメントの前で写真撮影をするのが恒例なのだが、今回は、笑えるほどダイナミックだった。多分、独立記念日に因んでの国鳥クジャクの登場なのかもしれない。もはや、アミューズメントパーク状態だ。

    そして毎度、情景とのコーディネーションが冴えている我。

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    🇯🇵弥生3月。盛夏の南天竺で、日本の春を祝う。インド人の友らを招き、茶懐石、茶道の経験を分かち合うひととき。