インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    今でこそ、ファストファッションの流入や欧米ブランドの進出により、化繊の衣類も普及しているインドだが、わたしが2005年に移住した当初は、綿や絹、麻、竹などの天然素材を用いた衣類が主流だった。

    この20年の間にも、インドのファッション・シーンは変容し続けている。詳細は割愛するが、ともあれ伝統的なテキスタイルや手工芸品を尊重しようという趨勢は保たれていると感じる。

    わたしはインドに暮らしはじめて以来、食品だけでなく衣類もまた、自然志向に移行した。化繊の衣類を着ると、皮膚の呼吸が苦しくなる気さえする。特に夏場は木綿に限る。バンガロールの夏は短く、年間を通して過ごしやすいが、2008年から2年間、ムンバイと二都市生活をしていたころは、ムンバイ宅で木綿の服以外を着ることはほぼなかった。

    木綿服を好んで着るようになったのは、わたしだけではない。我が母も同様だ。かつて母は、しばしばインドを訪れ、3カ月ほど滞在することも何度かあった。そのたびに、インドの廉価で着心地のよい木綿服を購入し、日本の夏の蒸し暑さを凌いでいた。2014年を最後に過去10年は、母はインドを訪れていないものの、わたしは一時帰国のたびに、涼しげな服を選んで持ち帰っている。

    昨今では、インドも物価が上がり、対して日本の円安の傾向もあって、決してインド服が割安だとは言い難い。それでも日本に比べれば、木綿の服を、種類も豊富に廉価で入手できる。

    過去10年あまり、夏の暑さが加速しているとの印象を受ける日本。母とは数日に一度、ヴィデオ電話でやりとりをするが、家に冷房が入っていてなお、暑さが伝わる。ちなみに夏の間は、母は概ね、インドの木綿服を着ている。前回の一時帰国時には、あまり服を買って帰らなかったので、久しぶりに郵便で送ろうと、先日、買い物に出かけた。

    バンガロールにも、ハンドブロック・プリント製品、木綿、絹などの衣類を扱う昔ながらのブランドの店舗がいくつかある。その多くが、北インドのジャイプールを拠点としており、カラフルで魅力的なデザインが多い。

    まずはAnokhiで買い物をするつもりで出かけたが、Leela Palace Hotelに併設するショッピングアーケードが大改装中で、Anokhiが移転していた。他店舗に訪れるには距離がありすぎるので、やむなくインディラナガールのFabindiaとThe Shopの2店舗に立ち寄り、着心地よく涼しげな服を選んだ。本当ならば、実際に試着してもらうのが一番だが、そうはいかない。わたしが試着して、着心地を確認した上で購入する。

    いずれも、昨今のデザイナーズブランドに比べれば、極めて手ごろな値段だ。各ブランドの歴史的背景など、その特徴までも記したいところだが、長くなりすぎるので控える。昨今のインド。魅力的なファッションブランドは無数にあるが、バンガロールに店舗を持つ店の中からいくつかを、以下、参考までに紹介しておく。

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    【ブランド店】

    🍃Anokhi

    🍃Fabindia

    🍃The Shop

    🍃Cottons

    🍃Ratan Jaipur

    🍃Jaypore

    🌻Good Earth

    🌻Nicobar

    【ブティック/複数の高品質なブランドを販売】

    🏡Cinnamon

    🏡ffolio

    🏡Raintree

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    ①「世界はあなたを待っている!」というケンペゴウダ国際空港(ベンガルール/バンガロール国際空港)の歌(!)が完成したとの知らせを受けたのでシェアします。なかなかに、味わい深いです。

    ✈︎BLR Airport Anthem – The World Is Waiting For You!

    ②こちら、同空港のCEO、Hariのコメントの動画。
    ✈︎Hari Marar, MD & CEO, BIAL speaks about the purpose of the BLR Airport Anthem

    ③ベンガルール国際空港のT2の開港に際して、いくつかレポートを残している。空港の背景にある物語を記しているので、バンガロール関係者各位には、ぜひご覧いただければと思う。

    ✈︎ケンペゴウダ国際空港の新しい「ターミナル2」に関する坂田の記録
    https://museindia.typepad.jp/library/terminal_2/

    ④20年前に初めて降り立ったボロボロの旧空港。2008年の新空港オープン、そして今回のターミナル2と、その変遷を知るだけに、感慨深い。こちらは、2008年に新空港がオープンした時のレポート。

    ✈︎ベンガルール(バンガロール)国際空港見学レポート(2008/05/25)
    https://museindia.typepad.jp/2008/2008/05/post-9c88.html

    ⑤2007年から5年間にわたり、西日本新聞に毎月「激変するインド」というタイトルの連載を寄稿していた。この写真、解像度低いが、近々すべての記事をアップロードしようと思う。

    ⑥最後に。20年前後前のブログから、当時のバンガロール空港の写真をピックアップ。建物も、車も、荷物も、人々の服装や雰囲気も、歴史を感じさせる。デジタルの写真は色褪せず、カメラを向けたことが、ついこの間のことのように思い返される。

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    「映えない」話題につき、公言を控えようかと思ったが、どうしても吐露したく、Facebookでのみ、記録を残しておく。InstagramとかXに書いたら、たちまち攻撃を食らいそうなので。

    先日、一時帰国をした際、立ち寄ったとある場所で、「おいしいお茶がありますから」とひとパックの玉露をいただいた。日本茶は大好きなのでうれしい。「熱湯玉露」とある。通常、玉露は少し冷ましたお湯で煎れるが、これは熱湯で入れるらしい。

    今から30年前、京都を取材した際、とある茶舗を訪れた。そのときにも、「熱湯で煎れる玉露は、味覚のシンフォニー」的なことを言われた気がする。そのときのことを思い出し、そういう玉露もあるのだなと、思った。

    先日、それを飲んでみた。

    風味、味わいは、まあ、ふつう。ほんのりとした玉露的甘みもある。しかし……なにか違和感。徐々に違和感が増す。どこの玉露なんだろうとパッケージをひっくり返し、原材料名を見て目が点になった。

    「茶(国産)、固形茶(食品アミノ酸)、炭酸水素アンモニウム」とある。

    ちょっと待て。お茶って、原材料は茶葉だけじゃないの? 食品アミノ酸とは、「調味料(アミノ酸等)」という表記で正体を隠され気味なMSG(うま味調味料/味の素)のこと?

    まさかお茶に旨味を加えるために、味の素を入れているということ? 驚きすぎて、茶をしばいている場合ではない。

    早速ネットでチェック。なんと。玉露に味の素を入れるとおいしくなるという説が散見されるではないか。

    てか、炭酸水素アンモニウムて何? え? 発色をよくする……?

    あまりややこしいことを言いたくないが、わたしは過去十年以上、インドにいる際には、ほとんど食品添加物を取らない生活をしている。十数年前にはMSGアレルギーが本格化したことから、極力、避けている。日本での一時帰国時「調味料(アミノ酸等)」を完全に避けることは不可能だが、それでも、極力、避けている。

    喉の渇き、目の渇き、疲労感、頭のほてり、倦怠感、睡魔に襲われる……と、昔は「酔っ払ったとき」に似た症状だったので、まあ、なんとか誤魔化していた。しかし十年ほど前に、大好きなとんこつラーメンや、ちゃんぽんのスープで酷い目にあった。閃輝暗点や嘔吐を発症してからは、取り過ぎに気をつけている。

    我々夫婦は、普段からなるたけ「天然自然」に近い素朴なものを食べているからこそ、そこそこの健康が保たれていると思っている。そして舌もそこそこ敏感だ。添加物の入った菓子などをおいしいとは感じない。おはぎとか饅頭とか新鮮なケーキなど「本日中にお召し上がりください」的な生菓子は好きだが、日持ちのよすぎる菓子など、口にした途端、ケミカル風味がする。

    それをして、「ケミケミする」という造語を作ったのはわたしだ。知る人は10人くらいしかいないと思うが。

    味の素は身体に悪くない、サトウキビが原材料だから云々説もたくさん出回っているから、ややこしいことは言いたくないが、少なくともわたしは、敢えて取りたくないのだ。

    そもそも、安い茶葉をおいしくするために味の素ひとふりされたものを飲むくらいなら、白湯を飲む方が百倍いい。

    ちなみにこのお茶も京都産だった。ということは、わたしが30年前に取材した店も、調味料入りだったのか? 味の素が溶けやすくなるように熱湯だったのか? ああ、もう本当にびっくりだ。

    基本的に、「パッケージの裏を見る」習慣がついていたわたしだが、つくづく、今後は100%例外なく! を遂行しようと思った。

    はっきり書いておこう。こういう「高品質を装った紛(まが)い物」が廉価で普及するから、心身によい良質の、本来の高品質が、駆逐されてしまうのだ。あらゆる世界において。

    もう、世界はこういうことがデフォルトなんだろうけれど。なんだか、非常に、やりきれない。

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    インドネシアから戻って以来、日々、雨が降ったり、強風が吹きつけたりと、不安定なバンガロールのモンスーン気候。翻って、毎朝、母から届くメッセージには「今日も暑い」「とても暑い」「連日暑い」「えーっというほど暑い」という言葉が続く。

    わたしは1996年に日本を離れて以来、7月と8月の日本に帰ったことがない。いつだったか9月に一時帰国したときに「日本の夏って、こんなに暑かったっけ?」と驚いた記憶がある。だからもう、今はもう、昔よりも遥かに、暑くなっているのだろう。

    翻ってバンガロール。日本が猛暑になるたび「インドはもっと暑いですよね」と、百万回くらい言われ続けている。その都度、「バンガロールは南インドとはいえ、デカン高原の標高900mをこえる場所にあるから涼しいんですよ」的なことを百万回くらい言い続けている。

    従来、バンガロールは「ガーデンシティ」「エアコンシティ」と呼ばれてきた。インドで最も過ごしやすい都市だということもあり、英国統治時代にはカントンメント(駐屯地)が構築された。かつては高層ビルディングもなく、街が緑に覆われていたから、木陰は涼しく、冷房も必要なかった。

    もっとも、街中の我が家(旧居)には、2007年の購入時から冷房がない。一時期、極めて暑い夏には取り付けようかとも思ったが、4月5月の夏は瞬く間に過ぎていく。天井の扇風機だけで十分なのだ。

    郊外の新居には、冷房を設置しているが、これも大勢が集まるパーティのときなど以外は、ほとんど使わない。

    ちなみに、冷房不要はあくまでも条件付き。この土地の気候に即した建築物の、低層階だからこその涼しさでもあり。風が通らず、日射を受ける場所にある高層ビルディングの部屋は、盛夏、冷房が必要だ。

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    先ほどは、ダイニングエリアのロフト(アルプスの少女ハイジの屋根裏部屋をイメージして構築)の小さなマットレスで、猫らと昼寝をした。いや昼寝というよりは、朝の二度寝か。

    猫らも寒いとみえて、わたしにぴったりと寄り添って丸くなって寝る。かわいすぎる。もう、何もいらない。究極の至福。と思えるくらいに幸せなひととき。動きたくなかったが、お腹が空いてきたので、ランチを取るべくやむなく起き上がった。彼らはまだ寝ている。

    さて、引き続きバリ島の海辺で友人らと過ごしていた夫が、あと1時間ほどで帰ってくる。束の間の静寂が破られるのも時間の問題だ。マキシマムに存在感をアピールする男、略してマキシマム男。空間に歪みを与えられ、マルハン家の日常が帰ってくる(詳細割愛)。

    さてと。今夜は、温かい味噌仕立ての鍋でも作ろうかな。

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    昨日の朝、バリのデンパサール空港を立ち、6時間余りのフライトののち、午後、バンガロールに到着した。モンスーン・シーズン真っ只中のバンガロールは曇天で、吹く風は涼しく心地よく。

    猫らの待つ旧居に一刻も早く帰りたかったが、まずは空港近くの新居に立ち寄る。新居にはメイドがおらず、不在中はドライヴァーが様子を見にくる以外、基本的には放置状態。インドにおいて、長期間、家を空けるのは、水漏れだの停電だのと、諸々リスクがあるがゆえ、立ち寄る。

    軽く掃除をすませたあと、旧居に戻り、毎度、歓迎してくれない猫らを追いかけてハグをして、帰宅を喜ぶ。

    🐈

    バリの最終日。寺院を訪れた後、ウブドの街中へ。伝統工芸品の店などに立ち寄りたかったが時間切れだったのと、あまりの喧騒で街巡りの気力がなかったこともあり、藍染のテキスタイル店のみ訪れた。インドネシアはバティック(ろうけつ染め)で有名だが、実はイカット(絣/かすり)も古くから織られているのだ。

    特にバリ島のトゥガナン村では、インドや日本と同様、ダブルイカット(グリンシンと呼ばれる経緯絣/たてよこがすり)が織られているということで、時間に余裕があれば訪れたいところだった。

    また、「アタ」と呼ばれる細かい網目と飴色の艶が美しいかご製品も、あれこれと欲しかった。

    ……今、調べたところ、このアタもトゥガナン村で作られているというではないか! しまった……。あと2泊くらい延泊して、トゥガナン村まで行けばよかった!

    というのも、今回の旅。実は夫が友人たちとのバリ旅行があることから、わたしとの旅を前倒しでくっつけた次第。すなわち昨日は、わたしだけ帰国し、夫は友人らと合流すべく、海辺のリゾートへ移動したのだ。

    🐈

    32年ぶりのウブド中心街は、歳月の流れを否応なく感じさせられた。善し悪しを言っているのではない。あくまでも、その変貌に圧倒されたのだ。

    まだまだ観光客の姿もまばら、のどかな村の風情が漂う中心部の小さなリゾートに泊まったが、今ではもう、なくなっていた。通りを間断なく埋め尽くすブティックや飲食店……。

    宿で自転車を借り、ライステラスを眺めながらサイクリングをしたり、路傍の食堂でサテーを食べたりしたことが、まるで異世界のように。

    最後の夕食は、街中で食べるつもりだった。しかし聖水で浄化された心身に、途中、コーヒーを飲むために立ち寄ったカフェの喧騒さえ重く感じられ、結局は町外れの村にあるリゾートに帰った。最後は、バリ名物の豚肉料理を食べたかったのだが、もう、ヴィーガンでいいや、という気分であった。十分においしかった。

    🐈

    高校時代の国語の教科書。夏目漱石の『夢十夜』の「第一夜」。

    「百年待っていて下さい」と思い切った声で云った。「百年、私の墓の傍に坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」

    高校時代に読んだ時には、彼女の言う百年が、果てしなく長い歳月に思えた。だから最後の一文、

    「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。

    ……の締めくくりが、衝撃的だった。

    翻って、このところ再びマイブームとなっている米津玄師。7曲ほどの好きな曲を集めて繰り返し聞いている。その中の1曲。『さよーならまたいつか!』に、「♪100年先も憶えてるかな 知らねえけれど さよーならまたいつか!」という歌詞がある。それを聞くたび、100年なんて、短いよ、と思う。憶えてる憶えてる。

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    何が言いたいかといえば。もう半世紀以上を生きてきて、32年前のことでさえも、つい最近のことのように蘇るのに、しかし実際には当時の情景は跡形もなく。なにもバリに限ったことではない。世界中の至るところで情景は変化する。
    しかしなぜか今回の、このウブドの変容は、個人的に、心に染みた。

    長いこと、生きてきたな……との思い。そしてまだまだ、この先も、生き生きと生きたいとの思い。

    🐈

    大切な持ち物の紛失を極力防ぐため、AirTagを使っている。スーツケースや、自宅の鍵、財布などにつけている。個々のAirTagに名前をつける必要があるのだが、夫の鍵の名は、シンプルに「ARVIND」としている。

    最後の写真。夫より一足先にチェックアウトをしてリゾートを離れた直後、iPhone の画面に出てきたお知らせ。なにかしら、味わい深い。

    引き続き、よい旅を。

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    ティルタ・ウンプル寺院(Pura Tirtha Empul) にて、全身全霊を清められたあと、さらに車で森の奥へと進む。先日、微(ほのか)さんに勧められていたグヌン・カウィ (Gunung kawi)石窟遺跡が、ティルタ・ウンプル寺院にほど近い場所にあるとわかり、訪れることにしたのだった。

    迂闊にも、膝下が見える服を着ていたので、またしてもサルーン(サロン)を借りることになる。バリの寺院を訪れる際には、長いスカートやズボンを着用していくことをお勧めする。

    一段一段の高さがある石の階段を、ひたすら下って渓谷を目指す。聞けば300段を超えるとか。足腰の弱い人には心構えが必要な、なかなかの運動量だ。

    黙々と降りた果てに視界が開け、橋が目に飛び込んできた。左右に横たわる川の向こうに、苔むした岩場と遺跡が並ぶ姿が見える。「先祖を祀る祠」と名付けられた古代の王の祠で、11世紀ごろに一枚岩を彫り抜いて造られたという。

    小さな滝の流れ落ちる場所へ行き、水飛沫を受ける。更に更に、清められる。

    願わくば、この日の清浄が、久しく保たれんことを!

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    インドネシア旅を終えて、今からバンガロールへ帰る。空港でフライトを待ちながら、コーヒーを飲みつつ、色濃い7泊8日を反芻する。

    昨日は、リゾートを離れてウブドを観光することにしていた。行きたい場所はいくつかあった。たとえばウブド中心部にあるサラスワティ寺院やテキスタイルショップなど。しかし、そこに32年前の面影はなく。人々で溢れかえる賑やかな繁華街が延々と続く。あまりの人混みに言葉を失う。想像以上の、街の変貌ぶりに圧倒される。

    敬虔な空気に浸るには困難な街中を避けて、ウブド北部の山あいにある寺院を目指す。急勾配の山道も、夫が手配してくれていた女性ドライヴァーの穏やかな運転で、安心できた。

    やがて市街から30分ほどの場所にあるパワースポット、ティルタ・ウンプルに到着。

    かつてインドラ神がこの泉を湧き出させ、他の神々を生き返らせたという伝承が残る場所。

    山から湧き出てくる水を眺め、そのあと、沐浴用の布、サルーン(サロン)を借りて身にまとい、水に入る。いくつもの「蛇口」が並ぶ中、神様用のものもあるため、人間用の11カ所で水を受ける。作法を教わり、顔や頭を清める。

    バリは今、一年で最も涼しい時期で、水は冷たい。その冷たさが、心地よい。

    このような場所で清めていただけるご縁があろうとは。有り難さに感謝しながら、心身の諸々をざぶざぶと洗い流す。

    ドライヴァーが撮影してくれた写真。聖水に洗い流されすぎて、麻呂状態。普段なら決して人目に晒せない、見苦しい姿だが、なぜかこの状況は、許される気がする。

    バリ島の清らかな自然の力が、そこにも届きますように。

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    昨日は1日、リゾートにて、穏やかに過ごした。

    ヨガや瞑想、ウォーキングにアート、クッキングなど、ここでは、さまざまなウェルネスのプログラムが用意されている。わたしはマッサージを受けた以外は、特に何をすることもなく。

    庭を歩いたり、部屋のプールサイドで流れる雲を眺めたりしているうちにも、時は流れる。

    部屋のインテリアが、我々の新居のデヴェロッパー、Total Environmentのコンセプトととよく似ており、非常にリラックスできる。我が家はわたしの好みの家具でまとめているが、Total Environmentのショールームに配されている家具は、ここにあるものと酷似しているのだ。

    昨日の朝食は、アユン川を見下ろすテーブルに席を取った。せせらぎの音を聴きながら、なんという心地よさか。ふと、インド移住直前の2005年、ワシントンD.C.からカリフォルニアまでアメリカ大陸横断ドライヴをしたときのことを思い出す。

    移住前の数カ月間、ベイエリアで暮らすことに決まったため、引っ越しのための移動だった。わたしは米国を離れる前に、「点ではなく線」の旅がしたかった。わずか1本の道であれ、走れば何かが見えるはず。約4,500キロの旅の途中で立ち寄ったセドナ。ヴォルテックスと呼ばれるパワースポットがある聖地だ。

    そこで滞在したホテルが、やはり川ぞいにあり、そこで朝食をとった。その清澄な空気の様子が、このリゾートと合致して、記憶の底から浮かび上がる。五感に染み入る心地よさが、とてもよく似ている。

    自然の中に神々の存在をみとめ、自分の置かれた環境を敬い慈しみ、謙虚に暮らすことの豊かさよ。

    ちなみにヴィーガン料理は見目麗しくヘルシーだが、毎食は厳しい。わたしの身体には、あまり合うとは感じない。せめて卵を! せめてヨーグルトを! と、動物性を望んでしまう。今日は最後の1日。ウブドの街へ出かけるので、外で食事をするとしよう。

    🇺🇸アメリカ大陸横断ドライヴ紀行
    http://www.museny.com/2005/gowest00.htm

    🇺🇸木漏れ日が降り注ぐ水辺のテーブルで、幸せなブレックファストSEDONA (ARIZONA) JUNE 23, 2005
    http://www.museny.com/2005/gowest33.htm

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    イスラム教徒が8割を占めるインドネシアにあって、バリ島だけは独特の宗教世界。かつてイスラム勢力に追われたヒンドゥー教徒たちが、この島に逃れてきた。ゆえに、バリ島はヒンドゥー教徒が9割を占めるという。

    バリ島の村々には、少なくとも必ず3つの寺院があり、三神一体(トリムールティ)の神々が祀られているという。宇宙の創造と維持、破壊を司るブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァ。そして、ガネーシャやサラスワティなど、他のヒンドゥーの神々も。
    ジャワ島を経由して、バリにインドのヒンドゥー教がもたらされたのは4~5世紀ごろ。バリ独特の様式にて信仰は継承され、ゆえに「バリ・ヒンドゥー」と呼ばれる。

    朝、リゾートを出て近所の村を散策する。寺院に立ち寄り、神々を眺む。手を合わせる。心が澄む。

    バリでは、どの家にも必ずお寺(祈りの場所/家寺)があるのだと、昨日、微(ほのか)さんに教わった。日本でいうところの仏壇、インドでいうところのプジャールーム、だろう。道を歩けば、各家々の庭にある大小の家寺が目に飛び込んでくる。

    女性たちが、朝な夕なに、花やお香を供えている。その姿が、なんともいえず、美しい。

    32年前、ウブドを訪れたとき、当時はまだ海辺のリゾートがあまり開発されていなかった。それはバリの文化が海ではなく山に向かっているからだ……という話を聞いて、なるほどと思ったことを思い出す。

    バリ島北東部に位置する活火山「アグン山」は、火の神が住む場所として古くから信仰の対象とされてきた。アグン山の麓には、バリ・ヒンドゥーの総本山であるブサキ寺院がある。バリ・ヒンドゥーの人びとは、山側を聖なる方位とみなし、ゆえに家寺はアグン山の方角に建てられるのだという。

    日常に祈りと感謝が満ちているウブドの情景に心を打たれたわたしたち。新居の庭の一隅に、小さな祈りの場を作ろうということになった。

    当初はイングリッシュガーデン風にしてハーブなどを育てようと思っていたのが、いや禅寺風の日本庭園にしようと転じ、今度はバリの家寺案……。ふらつきっぱなしのコンセプトが、いったいどう着地することやら。

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