インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

  • G9

    G9

    G2

    G2

    北インドの大地を潤すは、聖なるガンジス川。一方のカーヴェリー川は、南インドの尊き水源、聖なる川だ。ここカルナータカ州のコダクにあるTalakaveriを源泉とするこの川は、インドの南端を潤しながら、東のベンガル湾へと流れ出る。

    南インドに暮らす我々にとって、カーヴェリー川は命綱。この川が干上がれば、我々のライフはたちまち乾く。水不足が起こるたびに、カーヴェリー川の水位が取りざたされ、降雨を願う。

    さて、昨日の午後。3時間ほどのドライヴ旅を経てホテルにチェックインしたわたしたちは、ひと段落した後、そのカーヴェリー川のそばにある友人夫妻の別荘へと訪れた。妻のShruthiとわたしは、YPOのフォーラムメイト。6年前、この家が完成する前に、他の盟友たちとマイソール女史旅の際に、訪れたことがあった。

    居心地のいい邸宅が完成しているのはもちろんのこと、この6年間のうちにも、周辺の木々が豊かに成長している。果樹や花の樹が、川面から流れくる風に、さやさやとやさしく揺れる。なんという平穏!

    自然の中に身を置くのが大好きで、アウトドア派の友人夫妻。ここからカビニのジャングルまでは車で1時間あまりとあり、しばしば訪れては、動物たちと出会っているという。

    わたしは今まで、Shruthiの夫のPavanとは、何度も顔を合わせていたものの、じっくりと話す機会がなかった。しかし、昨夜は彼のビジネスの話が非常に面白く、前のめりでインタヴュー状態。祖父が始めたお香のビジネスにはじまり、航空宇宙、農業用水、電磁波医療、教育……と、テクノロジーとエンジニアリングを基軸に、幅広い業種にわたってのビジネスを立ち上げている彼。各分野が興味深くて学ぶこと多く、有意義な時間だった。

    友人のShruthiは、ヨガのインストラクターで、SAYOGAというブティックも経営している。SAYOGAのヨガマットはわたしもお気に入りだ。マイソールにお越しの際には、ぜひ立ち寄っていただければと思う。

    ほどよく冷えた白ワインに、ヘルシーな前菜や料理をいただきつつ、至福のひととき。大人数のパーティもいいけれど、こうしてゆっくりと語り合える場は、お互いを深く知り合えていいものだと、改めて思う。満ち足りた美しい夜をありがとう🙏

    G10

    G8

    G1

    G1

    G6

    G6

    🚃お隣の都市、マイソール まで、1泊2日の列車女子旅。(2018/10/09)
    https://museindia.typepad.jp/2018/2018/10/mysore.html

    🧘‍♀️SAYOGA
    https://www.instagram.com/sayoga.mysore/
    https://www.facebook.com/sayogamysore

  • 450052202_10229870787410996_7816708325853277667_n

    450054866_10229870789131039_1027564873361013033_n

    450054866_10229870789131039_1027564873361013033_n

    🇮🇳”The Alchemy of Crossing Over” ignites a fireside chat with extraordinary women. Join these phenomenal women who crossed over to discover themselves after breaking conventions, turning into a fitness legend, someone finding a purpose by turning author and chronicling epic senior journeys. A yoga practitioner and author with a new book unravelling the secrets of better sleep, a seasoned hypnotherapist sharing her journey, and a Japanese national taking to India with an amalgamation of cultures, thoughts and gestures. Together, they share their thoughts on crossing over and discovering the wellspring of joy that awaits on the other side.

    450126791_10229870788571025_298150418727149741_n

    450126791_10229870788571025_298150418727149741_n

  • P8

    P8

    P3

    P4

    明日より開催される文学祭に参加すべく、マイソールに来ている。バンガロールに次いで、カルナータカ州第2の都市。かつてここは、マイソール王国及びマイソール藩王国の首都であった。

    わたしが初めてマイソールを訪れたのは2003年。インド移住前、ワシントンD.C.に暮らしていときだ。夫の家族とともにバンガロールから車で旅した。そのときとは、道路交通事情が格段に違う。ゆえに、所要時間も大幅に短縮されている。今、当時の記録を見て、その差に改めて、感じ入る。

    インド移住後も、マイソールには何度か来た。主にはカビニと呼ばれるジャングルへ行く途中に。最後に訪れた2021年も、やはりカビニ旅の道中に、1泊したのだった。今回は、その時に滞在したホテルを再訪、3泊する。英国統治時代、マハラジャによって建てられた建築物。インド的な「侘び寂び」が漂う心地よい場所だ。

    前回は、パンデミック時代、多くの死者を出した第2波がインドを襲った直前の2021年3月に、ここへ来た。食後、庭を歩きながら、当時流行したClubhouseの旅の部屋に入って、マイソールのことを語ったことを思い出す。

    わずか数年の間にも、世界は揺らぎ騒ぎ、いろいろなことがあった。

    以下の記録に、マイソールやホテルの詳細を記している。ブログのサーヴァーの不具合で、あちこちの写真のリンクが崩れているが、クリックすれば見られる。参考までに。

    🚙15年ぶりのジャングル。マイソールを経てカビニまで、3泊4日旅の始まり(2021/03/19)
    https://museindia.typepad.jp/2021/2021/03/kabini01.html

    ●2003年のマイソール旅の記録
    http://www.museny.com/mihosakata/album-03india12.htm

    http://www.museny.com/mihosakata/album-03india13.htm

    http://www.museny.com/mihosakata/album-03india14.htm

    P9

    P9

    P7

    P7

    P1

    P1

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ

  • 449509880_18409066783074607_354566255892541852_n

    449509880_18409066783074607_354566255892541852_n

    449509880_18409066783074607_354566255892541852_n

    JACKが、庭のテーブルの下で、丸くなっている。

    日本から届く猛暑の知らせが遥か遠い。

    今日から3泊4日でマイソールへ。

    なかなか体調が「本調子」ではないお年ごろ。

    自分の具合を監視しながら、食べるものも選ばねば。

    身体を温め、滋養をつけるべく、今朝はご飯を炊き、味噌汁を作る。

    ドライヴの旅。いつもならば、道中でドサなどを食べるところだが、

    今日は残ったご飯でおにぎりを作る。

    味噌汁の残りは、保温ポットに入れていく。

    食後のコーヒーの代わりに、お抹茶を点てた。

    心地のよい一服。

    🍵

    昨日は、日本からの研修生と二人で、慈善団体、ニューアーク・ミッションを訪れた。何度訪れても、毎回、学ぶところ多い訪問。
    時間の合間を縫って、記録を残そうと思う。

  • J1

    J5

    J5

    J6

    宙ぶらりんの身の上にも慣れてきた昨今。ライフとは、そういうものなのだと、このごろは言い聞かせつつ。新居と旧居の二拠点ライフについて。

    新居が「ほぼ完成」して早くも2年が過ぎた。本当ならば、4猫らを連れて、新居に落ち着きたいところだが、コミュニティ全体の工事が遅れに遅れに遅れている。周辺のヴィラが工事中で、平日は騒音やら埃やらで落ち着かず。いまだに新居はウイークエンドハウス状態だ。

    2013年、起工前の「更地」だったこの物件を購入した。完成は2017年の予定だった気がする。遠い目。そもそも、遅れたうえにパンデミック時代に突入し、諸々混沌。「バンガロールのサグラダ・ファミリア」と冗談で言っていたが、本場バルセロナのサグラダ・ファミリアは、ガウディ没後100年にあたる2026年、つまり2年後に完成と言われている。負けるかもしれん。どんなに遅れても、還暦の誕生日には間に合うだろうと思っていたが、どう考えても間に合わない。もういい。

    台所用品や食料は、ほぼ双方にまんべんなく整えている。書斎も双方にあり、仕事などをする分には問題ない。しかし、書籍の8割は新居の月光ライブラリに置いている。洋服はほとんど旧居。着物やサリーはすべて新居……という状況につき、やはり面倒といえば面倒だ。しかし、どちらの家も気に入っていて、それは幸いである。

    新居への完全シフトが実現した暁には、地下の多目的すぎるホールに茶室を作ったり、外庭に日本庭園を作ったりと、「和のテイスト」を強化したい。我が日本志向は、ここ数年のできごとゆえ、遅れたとはいえ、このタイミングはよかったのかもしれないと思う。
    このごろは、日本をインドに伝える仕事が次々に入ってくる。レポート、セミナー、展示会……。無理のない程度に、しかし、わたしだからこそできることを、丁寧に実現していこうと思う。

    🍆先週末の食事の様子。インドではオクラが極めて一般的な野菜のひとつであり。夫がネバネバを嫌うので滅多に買わないが、健康にいいので、たまに買う。一袋が多いから、食べ尽くすのがたいへん。

    日曜日は、ナスやオクラ、サツマイモを全部、素揚げにして、煮浸しにした。こうすると、夫もオクラをそこそこ喜んで食べる。出汁につかった椎茸や昆布も食べる。全部、おいしい。新居の味噌が尽きていたことを忘れていて、味噌汁を作れなかった。こういうとき、困る。どちらにもしっかりストックをしておかねば。

    😼次男JACKは、わたしのことが好きなくせに、嫌いなふりをする。呼べば逃げる。しかしいちいち邪魔をする。わたしがジャーナル(yPad)を広げると、その上にぴったりと、載ってくる。布団じゃないのよ! 
    生首をやってるのはROCKY兄さん。きもかわいい。

    J8

    J8

    J4

    J4

    J3

    J3

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ

  • G5

    G5

    G8

    G8

    G1

    G2

    昨日金曜は朝より新居入り。片付けなどをして、午後、来訪者を迎える。大学3年生のチネケ千慶(ちせ)さん。昨年末より大学を休学し、お父様の母国であるナイジェリアにて3カ月ほどインターン生をしていたという。その後、数カ月前に1週間インドに滞在した際、この国にも関心を持ったという。

    日本への一時帰国から戻った直後の今月中旬、彼女からメッセージが届いた。ミューズ・クリエイションでインターンをさせてほしいという依頼だったので、いつもの如く、まずはオンラインでミーティング。彼女と話をしたうえで、3週間の短期間ながら、坂田のもとで研修&修行をしてもらうこととなった。昨日は初日のオリエンテーション。諸々語り合ううちにも、瞬く間に時間は流れる。

    最後は「月光ライブラリ」にて、わたしが手がけた雑誌やガイドブック、リサーチの資料、旅の記録など、さまざまな「紙」を見てもらう。ここに来る人の多くは、この空間を楽しんでいる。それぞれに、関心のある「紙」は異なれど、パソコンのモニターやスマートフォンの画面を触れるのでは決して得られない「時の経過の温もり」を、月光ライブラリでは楽しむことができる。

    チネケさんが読み入っていたのは、1985年、わたしが初めて渡米して1カ月間ホームステイした時のスケジュールノートや、大学時代に記していた夢日記、1986年に大学祭実行委員をつとめたときの、プロジェクトのファイルやカタログなど。そこに、ポエムな走り書きなども残されていて、昔だったら恥ずかしくて人に見せられたものではないのだが、今となってはもう、鮮やかながらも前世の記憶。

    チネケさんと同じ年ごろのわたしがそこにいて、言葉を紡いでいる。今のわたしの言葉よりも、共感する点もあるかもしれない。

    「このころからインドに興味があったんですか?」

    と、彼女が尋ねるので否定したが、大学祭のパンフレットの冒頭にあるわたしの言葉がインド的だという。

    「わたしたちは、プロセスに賭けています。そしてこれはあくまでも、ひとつの表現に過ぎません。わたしたちは広がり続けます。二つの瞳と、自分の中のコスモスと共に。」

    確かにな〜。思えばこのころは、わたしの中でスピリチャルが炸裂していた。エネルギーも炸裂していて、田舎の大学で、前例のない破天荒な大学祭を実現したのだった。どう破天荒だったかは、語ると長くなりすぎるので割愛。その後、母校にて講演をする機会などがあったときに、当時の大学祭の在り方が語り継がれ、継承されてきたときいた。

    心理学やら夢分析やら、なんやらかんやら、背伸びしてあれこれと関心を持ったものだ。究極、自分の中のコスモス(宇宙)を見つめていた。まさに真我。精神世界を彷徨ってもいた。

    それにしても、この写真はなんなのだ。敢えてのTシャツ&体操座りか。しかもタイトルが「あいさつ」。

    それはそうと、このパンフレットの手作り感が、いい味出してる。実行委員の一人だった友人の恭子が、まさに「切り貼り」して作ってくれたもの。バブル経済に突入していた当時は、アメリカン・ポップアートのリヴァイヴァルが流行っていて、村上龍だの鈴木英人だの……ああ、綴るに尽きぬ懐かしさ。『コインロッカー・ベイビーズ』に痺れたものだ。主人公らに自分たちの個性を重ねたりして語り合うなど。ああ、しかしストーリーを全然覚えてない!

    日本近代文学研究者で、特に夏目漱石研究の大家でいらした佐藤泰正学長のことば「大学祭によせて」もまた、なんとも含蓄があって胸に迫る。

    〈正しく強く生きるとは銀河系を自らの中にあると意識してこれに応じていくことである〉

    〈まずもろともにかがやく宇宙の微塵となりて無方の空に散らばろう〉

    宮沢賢治。たまらんな。

    ただ、わたしはこの大学祭のテーマを「COSMOS(宇宙)とのコミュニケーション」としたかったのだが、学長の指摘で「COSMOS(宇宙)へのコミュニケーション」となったのは、未だに納得できない。

    その意味を、今更、考えている。

    ことば。ことば。ことば。

    G9

    G9

    G3

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ

  • F2

    F2

    F9

    F9

    バンガロールは、モンスーンの時節。風が強く、朝晩は肌寒いほど。

    巡り巡ってこの季節も19回目。なんということだ。

    今日は午前と午後、2本のミーティング。どちらも、インドの人々に、日本を伝えることが主旨。

    少なくとも、今のわたしの周囲には、「インドのことを深く知りたい」という日本人よりも、「日本のことを深く知りたい」というインド人の方が、圧倒的に多い。

    パンデミック時代を境に、わたし自身の方向性もじわじわと軌道修正していて、プロジェクトのたびにリサーチし、資料を作り、「財産」は増えていく。それらを活用しながら、さらに学びを深めていく仕事は、たいへんながらも楽しい。

    ランチは久しぶりに、バンガロールで最も古いイタリアンSUNNY’Sへ。創業店から数回移転して、今はLavelle Roadの古い邸宅を改築した場所に。古い建築物の風情が好きで、以前はよく、ひとりランチに来ていたものだ。

    家では作ることのない、少々ジャンク味のあるフィッシュ&チップスを。揚げたてで、とてもおいしい。

    食後は、午後の打ち合わせがあるバンガロール・クラブまで、Lavelle Roadを南下しつつ、途中の店に立ち寄りつつ……。このあたりの、栄枯盛衰。過去20年の情景が、走馬灯のように脳裏を巡る。

    そして、1868年の創設以来、たぶんあまり変わらぬであろう風情のバンガロール・クラブに足を踏み入れて、人心地つく。新しい方と、新しいプロジェクトの話で、驚くほどに意気投合し、話が止まらない。

    学ぶこと多く、語り合うこと尽きず。これから益々、取捨選択を慎重に。欲張らずに、自分なりの有意義を模索しながら。ひとつひとつ丁寧に、形にしてゆこう。

    なにはともあれ、質。尊ぶべきは、質。

    わたしだからこそ、できることを、丁寧に掬い上げながら。

    誠実に、真摯に、質の高い仕事をするために。取捨選択を大切に。

    F3

    F10

    F10

    F5

    F1

    F1

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ

  • Lk2

    Lk2

    こどものころのわたしは、ノスタルジアに固執する性分だった。2、3歳のころから「郷愁」や「懐かしさ」に敏感だった。当時の記憶をかなり鮮明に思い出せるが故、そのときの心情も蘇る。それは多くの人が生まれ持っていたにも関わらず、年齢を重ねると共に忘れゆく「前世の記憶」に起因するものだったかもしれない。

    日本文学を専攻していたわたしは、大学時代の卒業論文に『安部公房』を選び、「故郷喪失」「砂漠」「変身譚」をテーマに研究した。それらはシュルレアリスムへの憧憬やゴビ砂漠の鉄道旅、果ては先日の、サハラ砂漠の東端で感じた旅情にも繋がる安部公房の代表作は映画化もされた『砂の女』であり、氏の砂に込められた情念は熱く厚い。

    高校時代、国語の教科書に掲載されていた安部公房の短編『赤い繭』を読んだときの衝撃。魂が震えるとは、まさにあのときのことを指す。あの物語は、時代を超えて普遍だ。

    大学を卒業後、上京して働き、海外の世界を見ることで、我が嗜好も志向も、静かに変容してきた。欧州の石造の街並みに漂う哀愁や、アジアの木造建築の朽ちた姿が放つ息吹に惹かれて放浪した挙句、その憂いから逃れるかの如く、マンハッタンのスカイスクレイパーに身を投じた。

    諸手を広げて異邦人を出迎えてくれる、しがらみ浅いモダニズムのエネルギーが、心地よかった。しかしその高揚の日々は、2001年9月11日の米国同時多発テロで、粉々に打ち砕かれる。

    Lk1

    Lk1

    Lk6

    Lk6

    パンデミック時代を契機に、わたしの中で「古き良き日本の美」を慈しむ思いが格別なものになった。1996年に日本を離れて以来、母国を客観視するに十分な「28年」という歳月が流れたこと。わたし自身が経験を重ねて審美眼が培われたこと。平凡な人間が理解し享受するに有り余る、過剰テクノロジーが世界を席巻していることへの不安……。

    さまざまな要因によって、わたしはプリミティヴな感性に引き摺り込まれる。

    🎨

    展示会の数日前、KYNKYNYから招待状が「郵送で」送られてきた。そこにあった文章を抜粋する。

    Avijit Dattaの絵画の核にあるのは、移り変わる砂の記憶である。それは心の奥底に隠された心象風景を掘り起こす。ジャンルを超え、時間を旅する作品は、予測不可能な心の旋律を追いながら、過去、現在、未来のもつれを、線なき円環で織りなす……。

    *主に水彩画やテンペラによって描かれるAvijitの作品は、彼の故郷であるコルカタ北部の独特の個性、ノスタルジーに強い影響を受けている。

    *過去を凍結した瞬間としてではなく、ダイナミックに形を変える物語として捉えている。

    *感情、隠喩、想像力のフィルターを通して、幻想的な心象風景へと変換させる。

    *詩の連節や音符の連なりのように、それぞれの作品は繋がり合う。

    *空想上の空間、消えゆく時代、建築物や生活様式、感情的な出会い、新旧の記憶などを包含している。

    *自然や動物、植物は、脇役ではなく、崩れかけた邸宅や威容を放つ旧世界の舞台の、主な住人でもある。

    *絵画に調和し相乗する、ヴィンテージなフレーミングも、Avijitの作品。

    *コルカタに暮らし自らを研磨してきた彼は、古典的なものや、時代を超越した魅力を持つものを愛する。それは執着とも呼べる。

    Lk7

    わたしが時間をかけて、彼の世界をこうして説明しているのは、強い共感を覚えるからだ。彼の世界を文字にすることで、自分の脳裏が整理される過程を、今、楽しんでいる。

    2008年に出張で訪れたきりのコルカタは、しかしわたしにとって心惹かれる土地であった。コルカタ、すなわちベンガル地方が生んだ芸術家、革命家、文学者、科学者……は、枚挙にいとまがない。

    古い写真を模写した作品。過去のリアルな一瞬が、キャンバスのうえで凍結している。彼がテンペラで描く背景には、数百年の時を超えても、色彩の鮮やかさが残り続けるという点にもあるのかもしれない。

    彼は自身の作品を通して、「パーソナル」な世界だと表現しているが、それは同時に普遍的だとも思う。今となっては、世界中の多くの都市部から、「郷愁を育む情景」が失われ、画一的なモダニズムに覆われている。生まれた場所や時代によって、ノスタルジアの在り方も変容していくだろう。

    朽ちてゆくものに見る郷愁。経年劣化のなかに潜む美。こうして書きながら、脳裏に童謡が流れてくる。

    「柱の傷はおととしの、五月五日の、背くらべ。ちまき食べ食べ兄さんが、計ってくれた背のたけ」

    柱に刻まれたノスタルジア。無傷や利便性を尊びがちな現代社会において、この感性はどう継承されていくのだろう。

    🎨

    展示会では「My city, my mother」という短編映画が上映された。これがまた、本当によかった。心に迫る。3人の男性(写真)による共同作品。手前から、Avijit、Vivek、そして映画監督のManush Johnの作品。以下のリンクから見られる。

    Lk7

    Lk3

    Lk3

    更に個人的な感傷を付け加えるならば、彼の作品のモチーフのひとつになっているシャンデリア。

    わたしはインド移住前に初めてゴアを旅した2003年、教会の天井に吊るされた、古びたシャンデリアに強く心を惹かれた。ゆえに旧居を購入した際、その高い天井には昔ながらのシャンデリアを施そうと決めていた。最後の写真がそれだ。このシャンデリアを取り付けるまでの物語もブログに残している。

    我が座右の銘である「不易流行」についても言及したかったが、もうInstagramの文字制限2000文字を遥かに超えてしまった。わたしが最も気に入った絵についても、書きたかったが長くなりすぎる。あとは自らの心に刻もう。

    ◎REFLECTIONS with Avijit Dutta, an art film by KYNKYNY

    🖋我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか Where Do We Come From? What Are We? Where Are We Going?(2022/09/19)
    https://museindia.typepad.jp/2022/2022/09/where.html

    🖋上海雑技団再び。ものすごいシャンデリア。(2007/04/06)
    https://museindia.typepad.jp/blog/2007/04/post_cd69.html
    https://museindia.typepad.jp/blog/2007/04/post_1.html

  • P8

    P6

    一昨日の夜、友人のNamuが、夫のVivekと共に経営するアートギャラリー「KYNKYNY」が主催するAvijit Duttaの個展のオープニング・パーティに訪れた。今やバンガロールの風物詩となっている「Vegan Market」の主催者でもあるNamuのことは、これまでも幾度か紹介してきた。とても印象深く心に刻まれた夜だったので、写真を多めに残したく、2回にわけて投稿する。

    🌳

    大地を潤した雨があがり、涼風が心地よい夕暮れどき。わたしたちは、渋滞と喧騒の市街を、普段より時間をかけて通過してのち、会場に到着した。樹木が枝を伸ばす鬱蒼の広い庭。その直中にぽつんと浮かび上がるバンガロー(bungalow)。まるで映画の中に紛れ込んだかのような別世界が待ち受けていた。

    車を降りた瞬間から、フィルムが回り始め、わたしもまたエキストラの一人として、映画を彩るひとつの要素になったかのような気分にさせられる。

    英国統治時代の面影を偲ばせる平屋一戸建ての建築物は、昔日のバンガロールの象徴的な家屋の様式で、町の随所に見られた。広大な敷地の中央に立つ白い建物を包み込むように、庭の樹木が生い茂る。数十年前までは、バンガロール市街は緑に覆われていた。ゆえに盛夏でも涼しく、「エアコンシティ」「ガーデンシティ」と呼ばれていたのだった。

    初めてバンガロールを訪れた20年前から、わたしは「バンガロー」の情景が好きだった。コロニアル様式の上品な風情。高い天井と太い梁、静かに艶やかな床のタイル、日差しがやさしく差し込む窓辺……。しかしながら、このような建築物は次々に姿を消し、それに代わって建蔽率の高い無機質なビルディングが街の随所を埋め尽くしてきた。

    わたしが、バンガロール市街にあるブティックのRaintreeやCinnamonが好きなのは、古いバンガローが改築され、店舗になっているのも理由のひとつだ。老朽化した建築物の改築や維持がたいへんなことは、CinnamonのオーナーであるRadhikaからも、具体的な話を聞いていており、理解している。そのうえでなお、もうこれ以上は取り壊さず、残されたバンガローを保存してほしいと切に願う。

    P2

    P5

    さて、個展の招待状を受け取ったとき、築100年を超えるバンガローが会場と知って、関心が更に高まった。ノーベル物理学賞を受賞したCV Ramanが約30年暮らした住居だという。Namuの夫であるVivekがCV Ramanの孫だという話は聞いていたが、この由緒ある邸宅の存在は知らなかった。

    1970年にCV Ramanが他界したあとも、ほとんど手をつけられぬままに半世紀以上、静かに守られてきたであろう邸宅。その時を遡る空間に、静かな呼吸を与えているのが、コルカタ出身の画家、Avijit Duttaの作品だ。彼はVivekに依頼され、昨年発売されたRaman研究所の75周年記念切手のデザインを手がけた。今回の展示会は、その延長線上にあるという。

    Ramanの足跡を辿り、彼の往年のライフを調査したうえでの、この場所での展示会。邸宅に入った瞬間に感じた「見事な調和美」は、Avijit自身が会場と絵画を演出しているからだろう。中央の広いホールでは、ゲストたちがワイングラスを片手に語り合う。左右には小さね部屋があり、そこにも作品が展示されている。

    右側の薄暗い部屋に足を踏み入れた瞬間、「これこそが、侘び寂びだ……!」と直感して心が震えた。

    ところどころ、塗料が剥げ落ちたくすんだ壁。輝きを失ってヒビの入った窓ガラス。色褪せた書籍。音を忘れた楽器……。
    壁を覆うどころか、むしろ、ぽつん、ぽつんと、空間の静寂をを引き立てるように配された絵画。その存在感と光の具合。音楽が好きだったというCV Ramanを偲ばせる、ピアノやシタール、そして机や書棚が、見事に調和している。

    侘び寂び。

    先日記した『Wabi – Sabi わびさびを読み解く』という本。読了後、自分の中でぼんやりと漂っていた懐古主義やノスタルジアが、くっきりと言語化された。読みつつ感じた「侘び寂びとは、むしろインドにさえある」という個人的な直感。時を置かずして、それを目撃できたことの幸運。

    P4

    P4

    会場には、我が友人らも訪れていて、会話が弾む。Namuのご両親にもお会いした。Namuのお母様であるMaliniは、いけばな小原流の師範でもある親日家で、日本文化への造詣も深い。先日、老舗ジュエリーショップのクリスタル・ミュージアムで実施された、わたしの日本文化に関するプレゼンテーションにも、Namuと共に出席、強い関心を示してくださった。

    さまざまなご縁が、静かに繋がってゆく心地よさ。(続く)

    P7

    P7

    P10

    P10

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ

  • Y4

    Y10

    Y10

    昨夜は、久しぶりにソーシャルな夜。YPO主催のイヴェントに出席した。会場は市街中心部の高層ビルディング最上階にあるレストラン&バーの「風KAZE」。これまで夜景しか見たことはなかったが、夕暮れの眺望はまた絶景だ。3月4月の盛夏は過ぎて、モンスーンシーズンに入ったバンガロール。まさに高原の涼しい「風」が心地よく、この街の住みやすさを思う。

    さて、スピーカーは、ジャンクフードなどパッケージフードの危険性を警鐘する”Food Pharmer”を自称する食のインフルエンサー、Revant Himatsingka氏。コルカタ出身で、米国のWharton MBA卒業後、McKinsey勤務を経て(どちらも我が夫と同じ)、昨年4月、インドに戻ったばかりだ。

    糖尿病や肥満が国民的疾患になって久しいインドにおいて、「加工食品の選び方」や「食の安全」についての啓蒙を目指す彼を一躍有名にしたのは、まさに帰国直後に投稿した1本の動画だった。

    インドでは、キャドバリー(Cadbury)という英国起源の食品会社が販売しているBournvitaという子供向けの「健康ドリンク」が人気だ。日本でいうところの、「強い子のミロ」的な存在。しかしながら、Bournvitaの原材料名や栄養成分表示を見れば、それが決して健康的でないことがわかるという。

    糖分過多などを含め、「健康ドリンクとは言い難い」側面を紹介した動画をソーシャル・メディアで公開したところ、数百万人から視聴され、つまりは「バズった」た。その直後、キャドバリーの親会社であるモンデリーズ(Mondelez International)から「根拠のない中傷」として、24時間以内の動画削除要請と訴訟への警告文が届いた。ご本人もご家族も、極めてストレスフルな窮地に立たされたという。

    そんな中、数名のドクターが連名で、Revantの動画には根拠がある、正当な内容だとする声明を発表。このことが追い風となり、逆に政府からCadburyに指導が入ったという。結果、Bournvitaのラベルから「健康飲料」の文字が消えたという。インドが英国から独立した翌年の1948年から発売されてきたこのドリンクが、彼の1本の動画によって定義変更に至った意味は非常に大きい。
    🥦「ジャンクフードよりも、ヘルシーなふりをしたジャンクフードの方が、タチが悪い」と彼はいう。
    たとえば、コーラは決して健康的ではないと、多くの人たちは知っている。だから、多くの人は毎日飲むことは避けている。しかし、子どもたちはBournvitaを毎日飲む。その糖分の蓄積たるや、週に1度のコーラのそれを遥かに上回る……というのが彼の論だ。同意。

    「賞味期限が長いものは、我々の人生の期限を短くする(発酵食品など古来からの食べ物を除く)」
    「加工食品を購入する際には、必ず裏面を読もう」
    「パッケージの目立つ文字は、真実ではないケースが多々ある」
    「マーケティングのトリッキーな策略に陥るな」
    「原材料名や栄養成分表示の見方を学び、賢い消費者になろう」
    「原材料が極力少ないものを選ぼう」

    彼の話すことの大半は、わたしがもう20年以上前から意識していることであり、インド移住後に始めた『食生活と健康管理』のセミナーでも、毎回、熱く語っていることである。

    Y2

    Y2

    Y1

    Y1

    🌽「インドの消費者は、先進国の消費者からもヒントを得て、注意深く行動しなければならない」と彼はいう。しかし、先進国とされる日本の実情を、彼はひょっとすると知らないかもしれない。

    日本の加工食品に使われている食品添加物の多さは、世界でも悪い意味でトップクラスだ。MSG(グルタミン酸ナトリウム/うまみ調味料)は天然素材からできている、ゆえに身体に悪くないと主張する人も多いが、わたしは舌がビリビリする、喉が渇く、量が多いと閃輝暗点の症状が出るなど、明らかにアレルギーを発症する。

    しかしながら、日本ではこのグルタミン酸ナトリウムが、食品添加物表示では「調味料(アミノ酸等)」と表記されている。
    アミノ酸など。むしろ身体によさそうな響き。昨今では、わたしが大好きな煎餅やおかき類にも、このアミノ酸がふりかけられているから、単に塩だけのものを見つけるのが至難の技だ。

    わたしが、もしも平均よりも元気であるとするならば、過去20年余り、極力、食品添加物を使っていない、シンプルな食べ物を口にしてきたからだと思う。

    2020年、ロックダウンを契機に動画を作り始めた当初、健康管理に関する動画を何本か作った。その中の1本をシェアする。動画の編集方法を会得しなかったため長めだが、大切なことを語っている。下部の概要欄に文字原稿を転載している。

    🥂

    高原の風に吹かれて、久しぶりにシャンパンを飲み、心地のいい夜。最後にヘルシー系のお土産をいただいて帰宅した。書きたいことは尽きぬが、この辺で。

    ★日本の伝統食を常備せよ!(2) 食品添加物を控え、一汁一菜を基本にした食生活を。

    🍅Revant Himatsingka
    https://www.instagram.com/foodpharmer/

    (さらに…)