インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    ピラミッドといえば、巨大な四角錐の建造物を思い浮かべる。中でもスフィンクスと調和するギザの三大ピラミッドが有名だ。しかしながらエジプトには、ナイル川に沿い1500km以上もの広範囲に亘り、形状が異なる大小のピラミッドが130以上も点在しているという。

    我々グループは、早朝、ナイル川の東岸に位置するカイロを出発し、橋を越えて西岸に位置するギザのピラミッドに程近い大エジプト博物館(GEM)を見学。その後、ギザのピラミッドへ立ち寄る前に、西岸を南下してサッカラ(Sakkara, Saqqara)を目指した。

    小高い丘の上に立つこの「ジェセルの階段ピラミッド」こそが、エジプト最古のピラミッドだという。今から4600年以上前のジェセル王(Djoser)時代に建造されたもので、「現存する世界最古の石造建築」でもあるそうだ。これ以前の王墓は、日干しレンガを主な材料としていたそうだが、ジェセルのピラミッドには、堅牢な石灰岩が用いられている。

    ピラミッドは周壁に囲まれ、中庭や礼拝堂などを備えた複合施設になっている。堅牢な門をくぐり、列柱室を通過してピラミッドの内部(地下)に入る。埋葬室や王の部屋、倉庫、後世の盗掘者が掘った通路が全長約5.7kmにわたって混在し、迷路のような塩梅だ。

    あれこれと、記録に留めておきたいレリーフなどもあり、写真をたくさん撮影した。編集者としては、ばっさり取捨選択して絞るべきところ、これは個人のソーシャル・メディアにつき、やや多めに2回に分けて写真を残しておく。

    なお、エジプト旅行前に日本から数冊の情報誌を取り寄せた。その一冊がエジプト考古学者の河江肖剰氏によるものだった。同氏のYoutubeチャンネルでピラミッドについて少しばかり予習をしていたこともあり、旅先ではイメージを掴みやすかった。

    尤も、旅行前と旅行中は時間的な余裕がなく、予習は最低限で、理解度が浅かった。しかし現地を訪れてピラミッドを目の当たりにした今、諸々の情報を理解、吸収しやすい。これからも勉強させてもらおうと思う。

    【参考資料】『古代エジプトの教科書』(河江肖剰監修/ナツメ社)

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    バンガロールに戻り、ネットで復習するにつけ、エジプト考古学博物館を貸し切りで見学させてもらえたことが、どれほどに有難いことかを改めて実感している。それに加えて翌朝もまた、極めて稀な幸運を享受できたのだった。

    今回、グループでの旅行は、アスワン発ルクソール着のクルーズ旅3日間とカイロ2日間、つまり実質5日間のツアーだったにも関わらず、途轍もない密度。元来、詰め込む旅は避けているが、今回ばかりは話が別だった。このツアーに参加しなければ、実現することはなかっただろうエジプト旅。ツアー前後に滞在を3日追加したことも正解だったと、旅を終えて改めて思う。

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    4月29日の夕刻、ナイル川河畔に立つホテルにチェックインしたわたしたちは、既述の通り、ホテルの前に位置するエジプト考古学博物館を訪れた。夕暮れの日差しが差し込む、静寂に包まれた博物館。数千年の時を超えて、ツタンカーメンの黄金のマスクを無数の所蔵物の息吹が伝わるようだった。

    この夜は、ホテルでひと段落した後、カイロ郊外にある眺めのいいレストランでパーティが開かれた。インドでのソーシャルそのままに、グラス片手にスナックを食べつつ、会話に興じる。そんな中、ダイニングの一隅で、エジプトのテキスタイルに関するプレゼンテーションが行われる。興味深いものの、わたしはといえば、連日の睡眠不足で半睡状態。

    11時を回ってまだ、ディナーが運ばれてこない。ヴァラエティ豊かな前菜ですでに満腹だったわたしは、どうしてもホテルに戻らねば明日に差し支えると判断し、主催者に相談してツアーバスの1台を回してもらうことにした。周囲に声をかけると、やはり疲労困憊なメンバーが20名ほどいたので、共にホテルへ。シャワーを浴びて、ベッドに倒れ込んだ。

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    4月30日、午前5時に起床。カイロ旅のハイライトであるギザのピラミッドやスフィンクスを訪れる予定のこの日。またしても特別な観光が用意されていた。

    ピラミッドを訪れる前に、開館時間前の「大エジプト博物館(GEM / The Grand Egyptian Museum)」を、早朝の1時間、見学させてもらえたのだ! 連日の過密スケジュールにつき、80数名中、参加者は半分にも満たなかったが、わたしにとっては恩恵を受けずにはいられなかった。

    そもそもは、大エジプト博物館の構想は2003年に発表され、2015年にオープン予定であったが、2024年5月の今なお、グランド・オープニングには至っていない。ここもバルセロナのサグラダ・ファミリア状態だ。インド世界ともたいへん共通していて、親近感を覚える。現在はまだソフト・オープニングとあって、一部の展示しか見ることはできないが、それでも、東京ドーム約10個分というダイナミックなスケールを体験したい。
    ホテルからバスで現地に向かう途中、ガイド氏が、今回の特別ツアーがいかに稀有なことかを力説すると共に、日本の協力あってのミュージアムだということを口にした。すると、参加メンバーが異口同音に「みほ! ありがとう!!🇯🇵」と盛大に感謝してくれる。

    総工費約630億円のうち日本が348億3,800万円を限度とする額の円借款を供与しているという。どういう背景があるのかは未確認だが、ともあれ、すさまじいスケールで日本が支援している。また、国際協力機構(JICA)が技術協力しており、重要遺物の保存修復、博物館の運営計画支援など、多岐にわたるプロジェクトで協力を行っているという。完成の暁には、エジプト考古学博物館の収蔵品のうち約10万点を引き継ぐようだ。

    ミュージアムの詳細に言及したいところだが……。とりあえず写真をアップロードするにとどめる。最後の2枚の写真。ピラミッドの周辺に関わった人々の名前が刻印されている。無数の日本人の名前が刻まれていた。ここが完成した時には、また訪れることになる気がしている。

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    Grand Egyptian Museum
    https://grandegyptianmuseum.org/

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    ナイル川の西は彼岸。ナイル川の東は此岸。

    黄泉の国。黄泉還り、蘇る。

    メメントモリ。死を意識する生。

    生きた証を誰がために残す。

    石に刻むライフの証。執拗なまでの。

    永遠ほどにも残るレリーフ、ヒエログリフ。

    永遠ほどにも残る金銀財宝。

    忘却。薄らぎゆく記憶は魂の死の過程か。ゆえに残すか。

    肉体は在れど、魂は死んだり、異次元にずれたりさえする。

    ピラミッドが造られた目的も、その方法も、未だに不確かで、

    わたしたちは、砂糖の山にたかる蟻のように、右往左往していた。

    壮大なる宇宙の一滴。

    🇪🇬

    実質9日間のエジプト旅を終えて、本日未明、南インドはバンガロールへ戻ってきた。

    百聞は一見にしかず、という言葉を、改めて噛み締めた旅だった。

    初めて知ること、再認識したこと、これから学びたいこと……あれこれが脳裏を渦巻いて、茫洋としてとりとめのない思いだ。

    年齢を重ねて今、エジプトを訪れるタイミングが到来したことも必然であった。

    残る旅の記録を綴りながら脳内を整理しつつ、インド日常に還ろう。

    🇮🇳

    濃い国と濃い国を往来して、わたしはどこへゆくのだろう。

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    現在、5月2日の午後。カイロ国際空港のラウンジでバンガロールへのフライトを待っているところだ。

    カイロでの3泊4日も怒涛のように濃密で、しかし一つのプログラムをスキップすることなく、体調を崩すこともなく、エジプトを出国できた。

    わたしの人生において、最も意義深い旅の一つとなったYPOバンガロール支部主催のエジプト旅行。今回ばかりは、日常に戻っても、旅の記録を残そうと思う。

    とりあえず、カイロの夜のパーティの写真を。何度となく記しているが、インド友らのタフさには、本当に圧倒される。ソーシャル、社交力の強さよ!

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    最後の2枚の写真。知らなければ見逃してしまうほどの小さな像。ギザの大ピラミッドを建造させた、クフ王の姿を確認することができる唯一の像だという。高さ約7.5cmの象牙製。1903年にアビュドスにある神殿遺跡から発見されたもの。

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    エジプト考古学博物館見学のハイライトはツタンカーメンにまつわる展示。黄金のマスクをはじめ、マトリョーシカのように多重構造の棺や玉座、宝飾品などの豪奢さに圧倒される。

    1922年、英国人のハワード・カーターによって発見されたこの王墓。世紀の大発見に至る物語も興味深く。

    ガイド氏の許可を得て黄金のマスクの写真撮影もさせてもらえたので、横顔や背後の様子も捉えた。

    3,000年以上もの歳月を経て、輝きは永遠の如く。

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    イスラム地区を散策後、ランチを終えた一行はナイル川河畔のホテルThe Nile Ritz Carltonにチェックイン。微妙にゆらゆらとしていたクルーズ船の部屋とは打って変わり、広々と安定感のある部屋にリラックス。バスタブに湯を張って身体を休めた後、睡魔が襲ってきたが、ダブルエスプレッソで目を覚ます。

    午後5時から6時半までの90分間、ホテルの目の前に位置するエジプト考古学博物館のプライヴェート・ツアーが催行されるのだ。寝ている場合ではない!

    今回の旅を企画してくれたYPO (Young Presidents’ Organization)バンガロール支部のチームが、1年近く前から交渉をして、貸切を実現してくれたのだ。[Egypt 17]の記録に残した王家の谷。ツタンカーメンの王墓はがらんどうで、ツタンカーメンのミイラがひっそりと眠るばかりだったが、ここは発見された当時、豪華な副葬品(家具調度品)や宝飾品など、山ほどの財宝が収められていたのだ。

    黄金のマスクをはじめとするそれらの財宝はじめ、無数の石像や棺、ミイラなどが展示されている。本当に贅沢にもありがたい90分。できることならあと数時間、じっくり眺めたかったが、それは贅沢な話。滅多にできる経験ではないので、写真も4回に分けてシェアしたい。

    3枚目の写真は、ロゼッタストーンの「コピー」を指差しているガイド氏。オリジナルは英国の大英博物館の玄関口に所蔵されている。2018年に大英博物館を訪れた時には、よくもまあこれだけのものを盗掘したものだと驚き、呆れたものだ。

    エジプト政府がロゼッタストーンの返還を求めたらしいが、「フランス経由で来ましたから云々」的な返答で、スルーされた模様。大英博物館には、無数のミイラが収められている。ミイラだけではない。オジマンディアス(OZYMANDIAS: 古代エジプトのファラオ・ラムセス大王の別名)の頭部石像や巨大なども印象的だった。

    そのときの様子の片鱗を、以下のブログに記録している。併せて眺めれば、欧州がエジプトやインドで行ってきたことの実態を目の当たりにできることだろう。

    [UK 02] 大英博物館へ赴き、町歩きを楽しむ(2018/06/08)
    https://museindia.typepad.jp/2018/2018/06/uk02.html

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