インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    オールド・カタラクトホテルに別れを告げ、目指すはクルーズ船の桟橋。ここで総勢80名を超えるバンガロールの友人知人らと合流、YPOメンバーのリトリートが始まった。

    初日は出港せずアスワンに停泊。船内でランチを終えたあと、ヨットに乗ったり島の寺院を訪れる予定だったが……。この地には、年に1、2回しか発生しないというサンドストーム(砂嵐)に見舞われた。青空広がる窓の外の光景が、みるみるうちにグレイから黄土色、そして橙色に染まっていく。

    これはこれで、稀有な経験。1日ずれていたら、フライトの欠航で大半のメンバーがアスワン入りできなかったはずだから、不幸中の幸いだなどと話しつつ、船内でのパーティを楽しむ。どこにいてもパワフルなインドの人々。長旅の疲れも感じさせず、飲んで食べて踊る。

    もっとも、小型のプライヴェートジェットで来た友人らによると、バンガロールからアスワンまで7時間で到着したとのこと。我々、乗り継ぎ2回で丸1日かけて来たというのに! 地球は広くもあり狭くもあり。

    船の料理はエジプトの味覚が取り入れられていて、とてもおいしい。わずか数日間の経験ながら、この国がいかに多くの小麦粉を消費しているかがよくわかる。ホテルでも、ここでも、出されるパン類の量がダイナミック。加えて驚いたのが、日本的な短粒米の存在。うっすら塩味をつけて炊かれている米が、日本の米とよく似た粘り気があり、とてもおいしいのだ! ホテルでもパンよりご飯を食べ過ぎていた。

    ムスリムは豚肉を食さないが、牛肉をよく食べる。ホテル朝食のソーセージやベーコンもビーフだった。もっともクルーズ船は我々インド人グループの貸切につきビーフではなくマトンやチキン、シーフードが供されているが。各種野菜に乳製品、この界隈で収穫されるというマンゴー(独特の切り方!)も美味。食べ過ぎないように気をつけねば!

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    🌾コメのことが気になって調べたところ、在エジプト日本大使館のサイトで以下のような記事を見つけたので転載させていただく。びっくり! 非常に興味深い内容なので、ご一読を!

    【エジプトのお米は日本米!? 】在エジプト日本国大使館

    国民食と言われるコシャリをはじめとして,エジプトでは古くから 一般的にお米が食されています。そして、そのお米のほとんどが日本由来の短粒種ヤバニ米(ジャポニカ米)を元に品種改良が行われ、エジプトに根付いたものです。今から約100年前の1917年、エジプト政府は国内の人口増大を見越して、米を生産奨励品目に指定し、生産拡大に向けて品種改良に着手しました。その際、スペイン、イタリア、アメリカ、中国、インド等世界各国から約250種の米を集め、比較検討した結果、最もエジプトの気候に適し、生産性が高いとして選ばれたのが日本由来のヤバニ米です。その後も品種改良が重ねられ、さらに1980年代から1990年代にかけて行われたJICAによる稲作の機械化や精米処理に対する支援等もあり、エジプトの米生産は大きく増大し、今では日本由来のお米がエジプト人の間で広く親しまれています。

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    2泊3日の短い滞在ながらも、忘れ得ぬ思い出を紡いでくれたホテル。

    ホテルツアーに参加したり、友人夫妻がステイする旧館の部屋で杯を傾けたり、朝のプールで泳いだり……。

    昨日よりバンガロールの友人知人らが次々にチェックイン。途端に賑やかなブレックファストとなりて。

    第二章に入る前に、こぼれ落ちた写真を拾い集める。

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    エジプト滞在は実質2日目にも関わらず、すでに9回目の投稿。毎度、書き残すことの多いこと。旅とは発見の連続で、それも初めての地となれば尚更で。旅が終わるとたちまちインド日常に没入し、旅情は霧散してしまう。故に毎回、旅の途中に記すようにしているのだが、すでに追いつかない。

    明日からのグループツアーを前に、今日はオールド・カタラクトホテルにて、ゆっくりと一日を過ごした。朝食は、このホテルの顔ともいうべく高級フレンチレストラン「1902」にて。ディナータイムはドレスコードのあるフォーマルなレストランだが、宿泊者は朝食ブッフェをここでカジュアルに楽しめるのだ。

    わたしたちは、フレンチよりもローカルの料理を楽しみたい。現在、このホテルは、フランス資本のソフィテルグループが経営しているがゆえ……というわけではなく、従来から「1902」はフレンチだったようだが、ホテルの華ともいえる場所こそ、エジプト料理店にすればいいのにと思う。

    旅行の前は、「1902」のダイニングの雰囲気を楽しめないのは残念に思っていたのだが、チェックインの際、「宿泊客は朝食で利用できる」と知り、俄然、うれしくなった。

    コロニアル建築の情趣に満ちた旧館の回廊を歩いた先に、「1902」はあった。ホテルのロビーを凌駕する、ダイナミックな空間! 圧倒的な存在感だ。

    我々同様、一足先にアスワン入りしていた友人夫妻も合流しての、楽しい朝のひととき。二人は、ミューズ・クリエイション企画で先日訪問した「クリスタル・ミュージアム」を擁するジュエリーショップのオーナー夫妻。実は来月、わたしはクリスタル・ミュージアムにて、日本文化の紹介する催しをすることになっている……という話はさておき。

    料理は正直なところ、可もなく不可もなくといったところか。一昔前のインドの高級ホテルを彷彿とさせる雰囲気だ。なにもレストランに限ったことではない、エジプトの社会的背景は、資本主義の競争社会とは異なる。サーヴィス業の概念もまた、この国特有の事情があるだろう。

    エジプトは、久しい強権的な政治体制や経済不安なども手伝って、決して安定した社会環境とは言い難い。昨今では、隣国イスラエルとパレスチナの問題もあり、何かと課題は尽きない環境だ。

    1991年の市場開放以前のインドと似て、ソビエト連邦的な社会主義の影響を受けてきたところにも、両国の共通項が滲む。インドとエジプトの古代からの共通点について、今回の旅で感じていることを、どこかで書き残したい。

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    さて、夫がプールで泳いでいる間、わたしはこうして記録を残したり、ガイドブックをめくったり、きままに過ごす。空港で購入した白ワインを冷蔵庫から取り出し、ルームサーヴィスで頼んだ軽食とともにランチをとりつつ、映画鑑賞。テレビにインストールされている唯一の映画『ナイル殺人事件』を見る。

    アガサ・クリスティ著『ナイルに死す』は、1978年と2022年の2回、映画化されているが、この1978年版では、このホテルも舞台のひとつとなっている。さらには、アブ・シンベル大神殿の「引越し前」の姿が見られたのが、感慨深かった。現在は、移築の際にブロック状に切断したときの「継ぎ目」が見えるが、映画のものは、もちろん、継ぎ目ない一枚の岩山からなる遺跡だ。

    ちなみに、現在、小説を読んでいる最中につき、映画はじっくりと見ず、「走り見」程度にとどめておいた。

    ところで主演のひとりがミア・ファローと知って驚いた。実は今回、自分の知る「エジプト」の要素に思い巡らせていたとき、1985年公開のウディ・アレン監督映画『カイロの紫のバラ』を思い出していたのだ。主演はミア・ファロー。映画世界と現実とが交錯する非常にユニークな映画だ。東京時代の30年以上に見たきりなので、また見たいと思っていたのだ。

    1974年『華麗なるギャツビー』もまた、彼女は重要な役を担っていた。レオナルド・ディカプリオではなく、ロバート・レッドフォード主演の古いほうだ。

    ……と映画の話になるとまた長くなる。Instagramの文字制限が2000字でよかった。さて、現在は26日の朝。これからプールでひと泳ぎして朝食、パッキングをしてチェックアウトだ。旅の第二章が始まる。

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    アブ・シンベル大神殿へのドライヴを終えて夕暮れどき。灼熱の太陽が傾き始めたころ、オールド・カタラクトホテルにチェックインした。アガサ・クリスティが『ナイルに死す』を執筆した場所でもあり、古くから多くの著名人をゲストに迎えてきた。

    1899年、英国の旅行会社が避寒地として建てられたリゾートがオールド・カタラクトホテル。その後、1961年に新館が増設された。2010年に、仏アコーグループの「ソフィテル・レジェンド」として改築され、現在の「ソフィテル・レジェンド・オールド・カタラクト・アスワン」となった。

    今回のエジプト旅を決めるまでは、いや、旅に出るまでは、わたしは、エジプトに関する造詣がほぼ皆無だった。夫にしても然り。なぜ、特に関心を抱いていなかったエジプト旅を決めたかといえば、わたしたちが属しているグローバル組織であるYPOバンガロール支部がツアーを企画してくれたからだ。

    他のメンバーらと合流する3日前にアスワン入り決めた理由は、カイロに住む夫の友人に、このホテル滞在を勧められたからに他ならない。建築家の彼とは以前、アスペン・インスティテュートの会合でバルセロナで会ったことがあり、建築に関する好みが共通していたことから、彼の勧める場所ならば……と、滞在を決めたのだった。

    その後、アスワンの見どころを調べ、アブ・シンベル大神殿へのドライヴも決めたのだった。つまり最初に「オールド・カタラクトホテルありき」だった次第。彼のお陰ですばらしい経験ができ、感謝だ。

    由緒あるホテルを初めて訪れるときの、そのエントランスをくぐる瞬間の、得も言われぬ心の躍動。期待を上まわったときの、いい意味で想像を超えたときの感動は、本当にいいものだ。

    夕暮れの日差しが差し込むロビー。テラスからはナイル川、その向こうに古代遺跡が佇むエレファンティネ島が見える。なんという絶景!!

    チェックインの際に出されたハイビスカス・ティの甘く芳しい味わいが、砂漠ドライヴで乾いた全身に染み渡る。なんという至福。

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    このホテルはまた、ムンバイの我が愛すべきホテル、タージ・マハル・パレスホテルと似た雰囲気を持つ。タージ・マハル・パレスホテルも、英国統治時代の同時期に建築された高級ホテル。もっとも、このホテルとは異なり、インド一大財閥タタ・グループの創始者によって建立された「インド人のプライド」にかけたホテルなのだが、ともあれ。この話になるとまた長くなるので割愛。

    タージ・マハル・パレスホテルもまた、旧館と新館があり、わたしは圧倒的に旧館が好きなのだが、このオールド・カタラクトホテルに関しては、どちらに滞在すべきか、かなり迷った。というのも、部屋自体の風情は旧館が魅力的なのだが、新館の方が圧倒的にすばらしい眺望なのだ。

    2泊するので、1泊ずつ泊まろうか……などという案も出たが、結局は新館を選んだ。それはわたしたちにとって正解だったと、チェックインしたあとに確信した。これまでの人生、数え切れないほどのホテルに泊まってきたが、多分わたしの経験の中でも5本の指に入る「眺めのいい部屋」だ。

    このホテルでわたしの心を引き付ける魅力のひとつが、「ムーア風」の内装だ。ムーア人とは、中世のマグレブ(チュニジア、アルジェリア、モロッコ)や、イベリア半島(スペイン&ポルトガル)、シチリア、マルタに住んでいたイスラム教徒のこと。

    実はわたしにとって初めての欧州は、1990年のスペイン取材。その際、マドリード、アンダルシア地方、バルセロナを訪れたのだが、どの地も独特の魅力に満ちていて、それはそれは強烈な印象を受けた。中でもアンダルシア地方のコルドバは、イスラムとカソリックとのせめぎあい(レコンキスタ/国土回復運動)が見て取れる建築物が随所に見られた。

    写真にあるストライプのアーチが、その「アルカサル」の内観を思わせるムーア風の内装で、独特のエキゾチシズムを漂わせている。夕食は、エジプト料理が楽しめるダイニングにて。思えばわたしは、生まれて初めて、エジプト料理を食べたのだった。

    パセリの風味が鮮やかなファームサラダ。辛味のない、スパイシーな魚の煮込み、そしてエジプト風パスタ……。どれもユニークで、おいしい。

    料理も音楽も、インドと陸続きで影響し合っていることを感じさせられたエジプト初日。未知の世界が身近に感じられた、豊かな1日だった。

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    途方もなく長い歳月、砂に埋もれ眠っていたアブ・シンベル大神殿の一部を見つけ、発掘の契機を作ったのはスイス人の東洋学者ヨハン・ルートヴィヒ・ブルクハルト。1813年のことだという。エジプトの大地は、インドの大地と同様、欧州列強の人々により、好き勝手に「発掘され(荒らされ)」、大小様々な大いなる遺産を「持ち去られ(盗難され)」た歴史がある。

    大英博物館で見たエジプトのロゼッタストーンや無数のミイラ、あるいはロンドン塔に展示されているインドの宝飾品、さらにはドレスデンの宝物館を訪れた時には、複雑な思いにとらわれた。……と、今、ドレスデンの宝物館について検索したら、なんと2019年に盗難に入られ、総額1億1400万ユーロの宝物が消えたという。

    この宝物館で最も価値が高いとされるグリーン・ダイヤモンドは、ニューヨークのメトロポリタンミュージアムに貸し出されて無事だったとのこと。ちなみに、この宝物館で最も価値が高いグリーン・ダイヤモンドも、インドから「持ち去られた」ものだ。参考までに、ドレスデンの旅記録を添えておく。41カラットのグリーン・ダイヤモンドの写真も載せている。

    【欧州旅 Day 14 ドレスデン】訪れたい場所、見たいものの多さに圧倒される1日
    https://museindia.typepad.jp/2018/2018/10/14.html

    さて、アブ・シンベル大神殿は、ラメセス2世の自我が顕在化したような場所だと思う。入り口の4体(1体は自然崩壊)は全員、ラメセス2世。石窟に入ってすぐの、左右に並ぶ8体の立像も、オリシス神の姿を借りたラメセス2世。

    左右の壁画レリーフの主人公もまた、戦闘地で奮闘するラメセス2世の勇姿だ。正面奥、我が夫が立っている至聖所の3人の神々とラメセス王が並んで座っている。ここは2月と10月の年に2回だけ朝日が差し込み、左端の冥界神を除く3体に光が当たるようになっているという。

    この石窟神殿の北側に、もう一つ小さめの石窟神殿がある。これは、ハトホル女神と、ラメセス2世の妻であるネフェルトイリ王妃に捧げられたものだという。後半の写真がそれだ。

    1時間余り、じっくりと神殿を眺めてのち、カフェでガイド氏としばらく語り合う。

    我々は、古いものを「原始的だ」という言葉で「下に見る」傾向があるが、昔の人間の方が、人間自体のポテンシャルが高い側面も多々あったいうことに話題が及ぶ。意気投合する。

    一部の人間が構築したテクノロジーに頼りきった大多数の人間は、不器用に退化し続けているように思う。かつて人間は、測量機や定規が普及してなくても、そこそこ均等に作ることができたのではなかろうか。重量にしても然り。

    比較対象が卑近だが、わたし自身もそうだ。手書きしか手段がなかった20代のころは、罫線のない白いノートに、等間隔でまっすぐに文章を書くことができた。1ミリも違わずに何十行も、だ! かつて、しばしば大量の菓子作りをしていたころ、1つのタルト型に使う生地24グラムを、ほぼ近似値で取り分けることができた。

    古来の技術者とは、みながそのような力を備えていたはずで、人間力がすさまじかったのではないかと夢想させられる。

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    乾いた大地を4時間ほど走り抜けた果てに、アブ・シンベルに到着した。ここには小さな空港もあるため、多くの人は空路を選ぶが、わたしたちは敢えてドライヴを選んだ。砂漠を突っ切ってたどり着きたいと思ったからだ。わたしは1992年にモンゴルを一人旅したが、その理由の一つは「広大無辺の砂漠(荒野)に身を置きたかったから」だった。

    世界地図を広げ、サハラ砂漠を眺めたが、どうにも広く、そして遠い。予算的にも時間的にも当時のわたしには無理な目的地だったことから、身近なゴビ砂漠を選び、北京からウランバートルまで国際列車で36時間の鉄道旅を決行したのだった。インターネットのない時代。ブリタニカの世界地図で見つけた1本の鉄道だけが頼りの、今思うに、全然、身近ではない無謀旅だったが。

    さて、アブ・シンベル大神殿の背景は特殊だ。そもそもは、今から約3000年以上前の紀元前1260年ごろ、エジプト新王国第19王朝のファラオだったラメセス(ラムセス)2世により建造された。

    エジプトの南部アスワンからスーダン国境に至るこのエリアは、古代ギリシャ人からヌビアと呼ばれていた。現在もそうだが、古来からこのあたりは金が採掘されるなど重要な地でもあった。ゆえに建築王でもあった「ラメセス2世」は、王宮から離れたヌビアの人々にも、自身の権力を示すために、この壮大なる神殿を建立したとされる。

    砂岩でできた巨大な岩山を掘って造られた岩窟神殿。インドのマハラーシュトラ州にあるエローラ石窟群と似たコンセプトだと思われる。エローラ石窟群もまた、巨大な岩山を掘って彫って造られたヒンドゥー教、ジャイナ教、仏教寺院が3つ並んだ、すさまじくインパクトのある世界遺産だ。

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    さて、時は流れて1960年代。ナイル川流域にアスワン・ハイ・ダム建設計画が持ち上がった。ナイル川流域は肥沃な大地だったがゆえ、古代エジプト人が一大文明を築くに至ったが、一方で頻繁に氾濫していた。近代は度重なる洪水で人々の暮らしが脅かされ続けていたため、水量をコントロールするべくダム建設が不可避だった。

    しかし、ダム建設によって、その地理的状況からアブ・シンベル大神殿やヌビアの遺跡群が水没は免れないという現実に直面した。そこで立ち上がったのが、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)だった。ユネスコが、ヌビア遺跡救済事業として、世界各国に協力を呼びかけ資金を調達、アブ・シンベル大神殿の「引っ越し」が実現したのだ。

    1964年から1968年の間に、アブ・シンベル大神殿は、「正確に分割」されて、ナイル川から210m離れた丘の上、約60m上方に移築された。コンクリート製のドームが基盤となっており、現代の技術と古代文明が融合したダイナミックな遺跡なのだ。
    写真にある深く青いナセル湖。かつてはここに立っていた。

    この大規模な移築事業の成功が契機となり、歴史的価値のある遺産を全世界共通の遺産として保護・保全しようという試みが具現化し、1972年にユネスコ総会にて「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」が締結されたという。

    かくなる歴史的背景を持つアブ・シンベル大神殿。1回の投稿では書ききれないので、2回にわける。

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    エジブトで迎える初めての朝。昨夜はフライトの遅れもあり、ホテルにチェックインしたあとは、シャワーを浴びて、すぐに寝た。ナイル川に浮かぶ島に立つホテルMovenpickには10時間足らずの滞在。7時にチェックアウトして、ガイド氏とともに車に乗り込む。

    目的地は、エジプト最南端、スーダンとの国境にほど近いヌビア地方のアブ・シンベル神殿だ。オフシーズンの真夏にさしかかっている今の時期、暑さから逃れるために午前中に到着したく、早めの出発を決めていたのだった。

    サハラ砂漠の只中を突っ切る1本の道。ガイド氏から、エジプトの歴史、宗教、社会、産業、ライフスタイルなどを聞きながらのドライヴ。博識なクリスチャンの彼の話は非常に興味深く、学ぶことばかり。

    インドとエジプトの共通項の多さもまた面白く。

    綴りたいこと多々あれど、今日も今日とて濃厚な1日だったこともあり、睡魔に襲われている。今日からの2泊3日は、歴史豊かなオールド・カタラクトホテルに滞在で、明日はホテルでゆっくりと過ごす予定。時間を見つけて、記録を残そう。

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    長旅を経て、ようやく辿り着いたアスワン。

    ナイル川に浮かぶホテルにチェックイン。

    笑っているけど疲労困憊。

    明日は早起きでドライヴにつき、おやすみなさい。

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    バーレーンから更に西へ約3時間のフライト。

    機内で出されるアラビックコーヒー。カルダモンの香りが独特に爽やかで。

    前菜(mezze)のフムス。これが本場の味なのか、と、機内食で感嘆している。

    ビーフステーキも、付け合わせの野菜のグリルも、滋味に富んで、おいしい。

    着陸前。窓の向こうに広がる情景に引き込まれる。

    ギザ以外にも、大小幾つもあるというピラミッドの一つが、目に飛び込んで来た! 

    さて、予約していた最終目的地へのフライトがキャンセルとなり、空港で5時間待ち。

    今日中に飛べるだけラッキー。さて、読書でもして過ごすとしよう。

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    約5時間のフライトを経て、最初の経由地に着陸。

    フライトで出されたパンやお菓子のパッケージの文字に、異国情緒が漂う。

    中東の小さな国、バーレーン。アイヴォリー色の乾いた大地に並ぶ無機質な建物の中に、きっと色鮮やかなライフ。

    白い空港のラウンジで熱いシャワーを浴びて生き返る。

    さて、更に西を目指して次のフライトへ。

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