インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    先週金曜日のACT MUZは、バンガロールで最も古い老舗ジュエリー店、C. Krishniah Chettyを訪問した。過去にも何度か紹介したこの店。我々夫婦は、5代目オーナーのVinodとその妻Triveniとは知り合いだということもあり、昨年オープンしたショップ併設の「クリスタル・ミュージアム」に関する催しやパーティに幾度か参加した。日本人コミュニティでの来訪も歓迎してくれていたので、いつかは……と思っていた。
     
    さて、昨年9月にWhatsAppのコミュニティ機能を利用して再始動したミューズ・クリエイション。このごろは、インターン生はじめ、主に若者(Z世代)にイニシアティヴをとってもらおうと、暫定的に金曜日をACT MUZの活動日にしている。無論、学生の滞在期間は短く、先日は2人を見送ったばかり。今回また、1人が去ることから、最後に訪れたい場所を彼女に尋ね、C. Krishniah Chettyに決めた次第。
     
    他のミューズ・クリエイションのWhatsAppグループで声をかけ、希望者十数名で訪問した。同店の背景は、過去に詳細を記録している。今日は、学生メンバー2名の感想を記載する。
     
    通常、参加者からの感想は、明らかな誤字脱字、事実誤認の校正を除き、そのまま転載している。しかし今回、インターンの入江さんの感想に関しては、彼女の文章力を指導する目的もあり、加筆修正、校正を加えている。長文ゆえ、読みやすさを優先した。

    ★ところで、 インドでは占星術が広く日常生活に浸透していて、宝石と密接に関わっている。自分の生年月日と生まれた時刻、生まれた場所(緯度と経度)から導き出される「守護石」を身につけるのも一般的だ。わたしはかつてムンバイの占星術師に自分の守護石を教えてもらった。最後の写真は、C. Krishniah Chetty専属の占星術師。Vinod曰く、とても信頼のおける優れた占星術師であり、「忌憚のない診断」をしてくれるとのこと。「忌憚なく」というのは少々身構えるが、今度、診ていただこうと思う。

    ★「クリスタル・ミュージアム」は写真撮影禁止につき、ここでは店舗の写真を掲載している。重厚感あるジュエリーの写真ばかり撮影しているが、小振りで上品なデザインの商品も取り扱っている。

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    【感想①近々日本へ帰国する学生】
     
    南インドのジュエリーの歴史なども含めて学べるということで、たのしみにしていました。一階のショップエリアでは、煌びやかなデザインのジュエリーたちを見ながらアートを見ているようなワクワク感が止まりませんでした。前回結婚式に呼ばれた際に気になっていた、結婚式用のネックレスなども至近距離で見させてもらえてよかったです。
     
    2階の博物館のエリアでは、どのようにジュエリー会社として成功してきたかなどを知れました。ダイアモンドがはじめに発見されたのがインドだったり、約90%がインドで研磨されていたりと知らないことばかりでした。
     
    何度もみほさんがおっしゃった通り、たくさんの貴重なジュエリーが英国統治時代に国外へ持ち出されていたと言うことを実感すると同時に、インドは改めて資源に富んだ国なんだなと思いました。最初、博物館の中になぜ円形テーブルと椅子があるのだろうと不思議に思いました。見学後、軽食や飲み物を出していただき、オーナーの方がプレゼンテーションをしてくださって、こういうホスピタリティなのだとわかり、感動しました。貴重な機会をいただきありがとうございました!
     

    【感想②インターンシップ留学生/入江真樺】
     
    率直な感想は、すごい、美しすぎる、まさに新世界。私は初めて、何百、いや何千かもしれないジュエリーを目にし、触れ、その背景を知った。これまでジュエリーを買おうと思ったことも、いただく機会もなかったため、予備知識が乏しく、全てが新世界だった。
     
     
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    《ジュエリーショップについて》
     
    ●心躍る金のネックレス試着体験
     
    美しい金(ゴールド)のネックレスとピアスを試着させてもらった。それはわたしにとって、とても心躍る体験で、1日たった今も強く印象に残っている。インドの結婚式では、新郎新婦が豪華な装飾品を身に着けることは知っていた。『マダム・イン・ニューヨーク』というボリウッド映画を見て以来、いつかインドのネックレスを着けてみたいと思っていた願いが叶った瞬間だった。想像していたよりも重く、これが「金」なんだと思った。インドのネックレスは、22金で作られたものが主流で、それに、プレシャスストーンが施される。日本語で「貴石」と呼ばれるもので、エメラルド、ルビー、ダイヤモンド、サファイヤの4種類だとのこと。

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    ●人工(合成)ダイヤモンド! ラボで作られるダイヤモンド
     
    ショップ内に、最近オープンしたばかりだというcrash.clubというコーナーがあった。そこに展示されているダイヤモンドは、人工的にラボ(研究所)で作られた、Lab-Grown Diamondsだという。人工ダイヤモンドは、ダイヤモンドと同じ炭素を原料としているだけでなく、その結晶構造や硬度も天然ダイヤモンドと同じだそうだ。
     
    わたしは、とても驚いたと同時に、疑問も浮かんだ。ラボで生産できるのであれば、ダイヤモンドの希少性は低くなるのではないか。しかし、人工ダイヤモンドには利点が多いことを学んだ。天然ダイヤモンドより廉価であるのはもちろんのこと、大きさや色を自由自在に調整できる。また、天然ダイヤモンドの採掘は危険が伴い、環境に悪影響を与える側面がある。高値で取引されるため、ダイヤモンド採掘地では紛争が起こることも珍しくない。しかし人工ダイヤモンドの場合は、そのような心配がない。
     

    ●石からパワーを受け取る
     
    店内に、巨大なガネーシャ像が置かれていた。象の頭を持つヒンドゥー教の神様だ。一塊の鉱石を掘って作られた、重さ約500kgの巨大な置物。濃緑のその石に触れてみると、ひんやりと冷たく、心を落ち着かせてくれるようだった。地球上には、こんな大きな石が存在し、それを削り磨くと、こんなに美しくなるんだな……と、自然界の神秘を思った。
     
     
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    《クリスタル・ミュージアムについて》
     
    ●C. Krishniah Chetty Groupの歴史
     
    C. Krishniah Chetty Groupは、英国統治時代の1869年に創業した老舗宝飾品店。現在は5代目のVinodさんと妻のTriveniさんらが経営している。お二人は美穂さんのご友人であることから、今回の見学が実現した。ご夫妻は宝石学を学び、宝石鑑定資格を所有、Triveniさんは、宝石デザインも手がけるプロだ。
     
    店名にもなっている創業者のCotha Krishniah Chetty氏は、当時バンガロールで、自転車に乗りビーズ売りの行商をしていた。さまざまな天然石を糸で繋いだものを販売する仕事で、現在もインドの街角で見られる。彼はやがて、宝石のビジネスに可能性を感じ、バンガロールのカントンメント(英国人の駐屯地)にて宝飾店を開業した。彼の先見の明は確かで、英国の宝飾店と競合するまでになった。
     
    店が2代目に継承されると、ビジネスの範囲は更に拡大。ハイデラバード王国のニザム(藩王)やマイソール王国のマハラジャをはじめ、主に南インドの多くの藩王国が、同店を御用達にしていたという。ジュエリーだけではなく、銀製の置物や食器など、大小様々な贈答品なども作られた。ミュージアムでは、その中の一部やレプリカなどが展示されており、ジュエリーの歴史を通して、当時の社会の様子を学ぶことができた。
     
     
    ●創業150周年を記念して生み出された150ファセットの輝くダイヤモンド
     
    ミュージアムの一隅にあるダイヤモンドのコーナーでは、同店ならではの商品が展示されていた。中でも創業150周年を記念して作られた「150ファセット」のダイヤモンドが興味深かった。ファセットとは、宝石の表面に角度の違う多数の切子面を持たせることで、光を屈折させ、輝きを放つように見せるカット方法のこと。通常のダイヤモンドは57または58ファセットが一般的だというが、同店では熟練の職人によって150ファセットを実現したという。
     
    ルーペを使って58ファセットと150ファセット、2つのダイヤモンドの表面を見比べると一目瞭然。150ファセットのダイヤモンドは、全方向から光を放って、潤んだような煌めきだ。一方、ダイヤモンドの原石を見せてもらったが、透明感はあるものの、光を放っていない。一人前になる前の人のことを「ダイヤモンドの原石だね」と表現する意味がわかった気がした。わたしも、自分を鉱石とみなし、経験と学習で磨きをかけ削っていき輝かせたい。
     
     
    ●宝石の世界を次代へ継承
     
    クリスタル・ミュージアムの案内をしてくれた従業員のTandraniさんは、展示物のひとつひとつについて、丁寧に説明してくれ、わたしたちの質問にもわかりやすく答えてくれた。彼女が、「C. Krishniah Chetty Groupは、宝石についての知識を深めたいと望む従業員に対し、学びの環境を提供してくれるから、仕事をがんばろうという気持ちにさせられます」とおっしゃっていたのが、印象的だった。
     
    わたしたちは、予定の時間を大幅に上回り、4時間近くも同店で過ごした。その間、オーナー夫妻も、わたしたちに会いに来てくださった。Vinodさんは、かつてインドで採掘されていたゴルコンダ・ダイヤモンドに関する歴史や、世界で有名なダイヤモンドの背景、鑑定の仕方など、専門的なことをわかりやすく説明してくださった。
     
    中でも印象に残っているのは、南インドのハイデラバードにあるゴルコンダの鉱山が、世界で初めてダイヤモンドが採れた場所だということ。通常、ダイヤモンドは鉱山で採掘されるが、ゴルコンダのダイヤモンドは、かつて噴火があったせいなのか、「川に流されてきた」という。現在のインドでは、ダイヤモンドは採掘されていないが、今でもゴルコンダのダイヤモンドといえば、最高品質の代名詞なのだという。
     
    わたしたちが見学する間、ワインやジュースなどのドリンクでもてなしてくださり、見学後には、軽食も提供してくださった。オーナー夫妻はじめ、従業員の方々のおもてなしに心が温まった。この貴重な経験を、記憶にしっかり残しておきたい。

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    【C. KRISHNIAH CHETTYに関する記録】
     
    🌸バンガロールの老舗ジュエリー店で、宝石の歴史を遡る
    https://museindia.typepad.jp/fashion/2022/10/crystal.html
     
    🌸老舗貴金属店「クリスタル・ミュージアム」開館セレモニーへ
    https://museindia.typepad.jp/2023/2023/07/crystal.html

    【ジュエリーに関する記録の一部】

    💍インド最大のジュエリー会社TANISHQ工場見学(2015)
    https://museindia.typepad.jp/onlymuse/
    *限定公開/名前:incredible パスワード:india

    💍婚約指輪。2001年春。ダイヤモンドを巡る旅@ニューヨーク
    https://museindia.typepad.jp/library/2001/06/diamond.html

    🖋不易流行 〜インドのファッション&ビューティ〜
    https://museindia.typepad.jp/fashion/%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%83%BC/

    [Hyderabad] 天空の鏡。ファラクヌマ・パレスで過ごす週末(2012)
    https://museindia.typepad.jp/library/2012/09/hyderabad1.html

    📕一冊の本を慈しむ森岡書店で20年ぶりの再会! 婚約指輪とエメラルドと天然真珠のご縁。
    https://museindia.typepad.jp/2023/2023/04/jpn19-2.html

    🇩🇪【欧州旅 Day 14 ドレスデン】訪れたい場所、見たいものの多さに圧倒される1日(2018/10/02)
    グリーンダイヤモンド41カラット。レジデンツ宮殿内にある超絶財宝のギャラリー
    https://museindia.typepad.jp/2018/2018/10/14.html

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    土曜の夜。久しぶりにホワイトフィールドへ。バンガロール東部郊外の新興エリア。しばらく見ないうちにも、この界隈は開発著しく、初めて訪れた19年前の面影は皆無だ。

    ニューヨークでの経験上(火災&911)、高層ビルディングは個人的に苦手なのだが、久しぶりに高い場所へ至ると、その眺めの良さに見入る。デカン高原の涼風が心地よい。

    夫の友人夫妻のホームパーティ。彼らとは十数年前から、夫の母校であるMIT(マサチューセッツ工科大学)の同窓会で何度か顔を合わせてきたが、ゆっくりと話す機会はこれまでなかった。

    ゲストの大半が海外在住経験のあるNRI (Non Resident Indian) 。妻がフランス人、米国人、そして日本人(わたし)……と、国際結婚のカップルも見られる。わたしたちも移住当初は、このようなバックグラウンドの友人たちが多かったが、最近はすっかり、インドのコミュニティに染まっていた。

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    久しぶりに、ニューヨークやワシントンD.C.、ボストン、そしてカリフォルニアのベイエリアの話に花が咲く。ベイエリア(シリコンヴァレー)は、前世紀終盤からインド人居住者が多く、米国のIT産業を支えてきた。インド移住直前の数カ月間、わたしたちが住んでいたサニーヴェールに住んでいた人もいて、懐かしい情景が蘇る。

    ワシントンD.C.から西海岸まで約4,000マイル(約6,500km)ドライヴで移動した時の話、深夜のルート66沿いのモーテルに泊まり、夕飯が「バーガーキング」か「お客のいない裏寂れたチャイニーズブッフェ」という究極の選択肢だったときの話、モニュメントヴァレーの迫力……。記憶が芋づる式に蘇る。

    南仏アビニョン出身の女性とは、プロヴァンス地方の魅力を語り合い、地中海沿岸のドライヴや鉄道旅の記憶が溢れ出る。夫がわたしのモンゴル旅の話をはじめ、その無謀な冒険を面白おかしく話し出す。1992年。北京からウランバートルまで36時間の列車旅。宿の予約もせず、行き当たりばったりの無謀旅。よく無事だったな、自分……と、思い出すたびにしみじみと。

    20代、30代の頃の、数えきれないほどの旅の思い出が、わたしの心身&魂に蓄積されていて、今の坂田マルハン美穂を醸成していることを改めて思う。

    昨今のわたしは、時間の概念は「発生したことの順序」で刻まれる規則正しいものではないことを身を以って実感している。記憶は、経験の印象の強さ、鮮烈度に従い突出する。特筆すべきではない芒洋とした日常は記憶の底に沈み込み、浮上することはない。鮮烈な経験が多いほど、それらが競い合うように浮上して、結果、思い出が「芋づる式に蘇る」ことになる。そこに、時間の経過は関わらない。

    どんなに時が流れても、有意義な経験、善くも悪くも強い衝撃を受ける経験は、常に身近だ。ゆえに、これからも、善き経験を重ねていきたいと、改めて思う。

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    昨日は、久しぶりにRitz Carltonへ。昨年オープンした高級日本料理店IZUにて、先日拙宅でお茶会を催したRisaさんが、2日間に亘ってお点前を披露されるということで赴いた次第。こぢんまりとした店内は、しかしコージーな雰囲気で落ち着く。この2日間は、茶道の催しに合わせての特別コース料理が準備されていた。出される料理は、プレゼンテーションも濃(こま)やかに美しく、味付けも工夫されている。

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    テーブルでサーモンを炙ってくれるのだが、「火炎放射器か!」と突っ込みたくなる豪快な火力。炙っているというよりは、燃やしている。なかなかにスリリングである。ともあれ、デザートまでしっかりと堪能した。その後、Risaさんによる優雅で凛としたお点前を拝見。ゲストも自分でお薄を点てていただいた。香り豊かに、爽やかに、おいしい。

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    食後、シェフのNoelと少し話をした。4人の写真の右端、黒いユニフォームを着た男性だ。フィリピン出身だというNoelは、シェフ歴20余年。UAE(アラブ首長国連邦)で久しく日本料理のシェフをつとめていたという。ここで出される料理は、日本料理と日系ペルー料理のフュージョンを意識したもの。2018年ごろから、インドのオリエンタル料理店でも見られはじめたNIKKEI(日系)ペルー料理。その言葉通り、ペルーの日系移民が生み出した料理が源泉だ。そういえば、COVID-19前には、ハワイのポキ丼 (POKE) などを出す店もあった。

    インドには、もちろん「日本的な日本料理店」もあるが、欧米はじめ世界各地でアレンジが加えられた「グローバル・ジャパニーズフード」(今、適当に命名した)を出す店の方が多い。それらは、オリエンタル料理店の1カテゴリーとして包摂され、中国料理や韓国料理など、他のアジア諸国の料理と共に楽しまれる。

    また、高級ホテルの日本料理店も、欧米の日本料理店のトレンドを取り入れるケースが多い。ターゲットは「グローバル・ジャパニーズフード」に親しんだインド人はじめ、海外からの旅行者だ。

    その潮流の端緒は、今からちょうど20年前、ムンバイのタージマハル・パレス・ホテルにオープンしたWASABIだろう。わたしたちは、インド移住の直前、2005年8月にムンバイを訪れたのだが、そのときにこのホテルに滞在し、わたしの誕生日ディナーをWASABIで楽しんだ。この店は、当時、米国で人気のあった「料理の鉄人」の森本正治シェフがプロデュースしていたこともあり、インド富裕層やビジネス層、海外からの宿泊客からの関心を集めていた。

    我々夫婦は、フィラデルフィアにある森本氏の店と、このWASABIとで、2度、森本シェフご自身にお会いした。たまたまWASABIのオープンがわたしの誕生日と重なっていたこともあり、森本氏が渡印されていたのだ。

    ちなみに米国における「創作和食」の先駆者といえば、1993年創業のNOBUを経営する松久信幸シェフ。松久氏がロバート・デ・ニーロらと共同経営で始めたこの店は一斉を風靡し、わたしが1996年にニューヨークへ移住したときには、すでに大人気。予約をとるのもたいへんだった。森本氏はそのNOBUでの活躍が注目されて、「料理の鉄人」の「和の鉄人」に抜擢されている。夫もお気に入りの番組で、よく見ていたものだ。

    デリーにあるMEGUも、ニューヨーク起源の高級店。NOBUと同様、独創的にアレンジされた日本料理が楽しい。日本人の知らない日本料理が世界各地に存在し、それらを好む人たちが世界各地にいる。海外の日本料理店で定番化されている半世紀以上前に誕生したカリフォルニアロールなどは古典中の古典。海苔になじみのない米国人が食べやすいよう、海苔を内側巻いたのが、この寿司ロール誕生の背景だ。うなぎを巻いたドラゴンロールやアヴォカド・サーモンロールなども、そこから派生したもの。

    昨日も出された「銀鱈の西京焼き」などは、その典型だろう。米国在住時は、夫と日本料理店へ行くたびに、必ず注文していた。だめだ、書き始めるとまた止まらない。思えば2002年に出版した我がエッセイ集『街の灯(まちのひ)』(ポプラ社刊)にも、「寿司とニューヨーカー」というエッセイを記している。あれから22年。歳月は流れるなあ……。

    以下、19年前にムンバイのWASABIを訪れた時の記録など、残しておく。

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    🍣インド彷徨 MUMBAI /日本料理店WASABI@The Taj Mahal Palace Hotel (2005/08/31)
    http://www.museny.com/2005/india/04.htm

    🍣[MUMBAI] WASABIで過ごす誕生日の夜。鉄人森本氏にも再会。(2008/08/31)
    https://museindia.typepad.jp/2008/2008/08/mumbai-wasabi-5.html

    🇮🇳🇯🇵弥生3月。盛夏の南天竺(みなみてんじく)で、日本の春を祝う。インド人の友らを招き、茶懐石、茶道の経験を分かち合うひととき。

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    一月往ぬる。二月逃げる。三月去る。毎年恒例の、この時節の感傷。しかし今年は、例年になく、満たされている。半年ほど前から、「心の在り方」を努めて見つめ直したり、聖地を歩いたり、短時間でも瞑想を心がけたりしているせいかもしれない。

    去りゆく情景を留め置く。

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    わたしの初節句に両親が買ってくれた雛人形。英国統治時代、100年ほど前に作られた家具がよく似合う。生まれ故郷の熊本→福岡→下関→東京→ニューヨーク→ワシントンD.C.を経て、バンガロールに辿り着いた。先日、若者らが集ったときのこと。彼らがこの雛人形や、わたしの古いアルバムやノートを目にするたびに、「よく持ってきましたね!」と感嘆する様子を見て、改めて実感する。自分にとっては「ついこの間のこと」のような出来事が、はるか彼方。じわじわと色褪せ、朽ちてゆく。

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    藤井風の新曲『満ちていく』が衝撃的。『帰ろう』に並ぶインパクト。わたしが今、この年齢になって実感することや、ラマナ・マハリシをはじめとする宗教を超えた聖者のことばが、短い歌詞に託されているかの如く。さらにはOfficial Videoのマンハッタン! なじみの光景が映像から溢れ出て胸に迫る。インドに移住しても毎年、訪れていたニューヨーク。しかしCOVID-19パンデミックで途絶。2019年以来、5年も帰っていない。苦労して手に入れた永住権(グリーンカード)の更新も諦めた。これもまた、人生の節目。

    「変わりゆくものは仕方がないねと、手を放す、軽くなる、満ちていく」

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    友人の誕生日に招かれた午後。ムスリムの彼女は今、ラマダン(断食)につき、太陽が大地を照らす間は、飲食物を口にしない。しかしゲストには、多くの美味なる軽食でもてなしてくれた。暑い時期の、インドの飲み物のひとつ、シャルバット(Sharbat)。アラビア語。シャーベットの語源だという。これはミルクにサフランやバジルシードが入ったもの。おいしい。バジルシードには食物繊維のグルコマンナンが含まれているという。ヘルシー。

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    その翌日訪れたVEGAN MARKETにて。赤いボトルは天然のバラの花びらで作られた定番のシャルバット濃縮液。オレンジのボトルは、サフランとカルダモン入り。どちらも風味よく自然の味わい。購入した。

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    タンダイ (Thandai) もまた、ホーリーに欠かせない夏の飲み物。ミルクの中に、アーモンドやフェンネル、カルダモン、サフランなどのスパイスがブレンドされている。昨今のインドでは、昔ながらの飲み物を現代風にアレンジして飲むのが定番化している。新聞記事にもアレンジが紹介されるなど。新居完成以来2年間、やめていた新聞を、再び定期購読し始めた。やはり紙がいい。

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    異業種交流会……的な集いに招かれ、若き優秀なアントレプレナーたちと語り合い、刺激を受けた夜。昨今のバンガロールは、信じられないほど多くのおしゃれなレストランがオープンしていて、知らない店がたくさんだ。そして才媛らが異口同音に、韓国ドラマのよさを熱弁。「NETFLIXでたくさん公開されてるものね」と言えば、「Rakuten Vikiが最高よ!」とのこと。な、なんですか? この夜、初めて知りました😅 「BTSのロンドン公演に行った」とか「普段は韓国コスメを愛用している」とか「韓国でゆかりの地を巡った……」とか。ビジネスの話よりも熱がこもる。『冬のソナタ』ブームを思い出す。ここ数年の韓国ドラマブームと、それに伴う消費傾向。綴りたいこと尽きず。

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    ミューズ・クリエイションの学生メンバーにいただいた日本土産。子供のころから好物のおかき系。わたしがブログか動画で言及していたことから、敢えて選んでくれたとのこと。うれしい。おいしい。とまらない。あぶない。半年前の名古屋、NORITAKEで購入したマグカップ。お気に入り。

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    2021年8月、COVID-19パンデミックの最中に開かれて以来、年に数回、バンガロール各地で開催されている「NAMU RECOMMENDS VEGAN MARKET」。主催者はNAMUとは、彼女がインディラナガールにHappyHealthyMeというオーガニックショップをオープンしたころに出会った。同店をしばしば利用していたが、パンデミックの直前に閉店、オンラインストアにシフトしていた。

    NAMUはまた、彼女の夫と二人でアート・ギャラリーKYNKYNYも運営している。なにかと多才でエナジェティックな女性だ。このマーケットのおかげで、我が家の食卓はより豊かになってきた。夫もこのマーケットが好きで、二人で訪れるのは3度目だ。今回も、若きスタートアップ、あるいはファミリービジネスなど、新たなヴェンダーが出店していて興味深い。商品の背景を知るには、店の人たちから話を聞くことが大切。商品の向こうにある物語を知ることで、その印象や価値が高まることもしばしばあるからだ。

    出店者は100を超え、全部を見て回るだけでもかなり時間がかかる。じっくりと記す時間的な余裕がないので、以下、過去訪問時の記録をシェアする。NAMUからのメッセージもある以下の動画を見ていただければ、マーケットの息吹が伝わるかと思う。

    🍄1枚目の写真、右端はNamu、中央は、我が家が重宝しているマッシュルームのエキスパート”Green Apron”の創業者であるNamrataだ。彼女とのエピソードは、以下の記録にも残している。彼女が作る干し椎茸は味噌汁の出汁に好適で、Umamiというパウダーもまた、各種マッシュルームのブレンドで天然の旨味が生きている。4P’Sでも、彼女のマッシュルームを利用しているはずだ。お試しあれ!

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    🥥2枚目の写真は、我が家御用達のココナッツオイルのブランドTENGIN。企業勤務を辞めて実家のココナッツ農家を再建したMadhuとも、すっかり顔馴染みとなった。彼の事業はつい先日、ここカルナータカ州が支援するスタートアップのプログラム(Elevate 2023 Startup Karnataka)に選ばれ、ココナッツ廃棄物の再利用プロジェクトに25Lakh(250万ルピー/約450万円)の支援を受けられるようになったとのこと。すばらしい。3枚目の写真は、新製品のココナッツ・ジャガリ。天然の砂糖の旨味がたまらない。このまま食べても風味のよいお菓子。即購入。

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    🧘‍♀️4枚目の写真は、マイソール在住の友人、Shruthi。彼女が経営するヨガ関連商品のブランドSAYOGAについては、これまでも何度か紹介してきた。このグレイのヨガマットは、本当におすすめ。わたしは新居用、旧居用、夫用と3枚購入し、愛用している。天然素材で肌に優しく、滑り止めの塩梅もよい。

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    🎨5枚目の写真は、キッズエリアにスペースを開いていた知人のNatasha。彼女は主に子供のためのパーティやイヴェント、パフォーマンスのサーヴィスを提供している。子供たちの誕生日会はじめ、パーティが多いソーシャルなインドでは、このようなサーヴィスも非常に人気なのだ。

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    ☕️6枚目の写真は、2018年創業のMAVERICK & FARMER COFFEEのAshish。彼は、バンガロールにおけるアルチザンコーヒーの黎明期だった2013年に、The Flying Squirrel coffeeを創業した人物。そもそも南インドはコーヒーの産地で、紅茶よりも伝統的なサウスインディアンコーヒーが愛飲されてきた。そこに、アルチザンコーヒー(コーヒー業界の第三波であるサードウェーヴ)がブームとなり、ここ10年で、グローバルに通用する洗練されたコーヒーが楽しめる店が急増している。Ulsoor Laker近くにカフェがあるのは知っていたが、訪れたことはない。今度立ち寄ってみようと思う。

    ……だめだ、いちいち、書いておきたいことが多すぎる。これから外出せねばならないので、この辺にしておこう。

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    【過去の関連ブログ】

    http://youtube=https://www.youtube.com/watch?v=8hHuJrXU66s&w=356&h=200

    🌱ヴィーガン食品のおいしさに開眼! 愉しきマーケット(2021年8月)

    🌱ヴィーガンでなくても十分に楽しめる「Namu Recommends Vegan Market」(2022年12月)

    🌱I went to the NAMU RECOMMENDS VEGAN MARKET today.(2023年8月)

    🎨[KYNKYNY] 我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか(2022年9月)

    🎨[The Revisiting(再訪)①] 歳月の重なりが滲む場所にて。失われしものへの追憶に浸る。これもまた、侘び寂び。

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    COVID-19ロックダウンを機に、劇的に急成長したインドにおける食関連のデリヴァリー事情。自宅にいながらにして、多様な食材が注文した同日に入手できる。フード・デリヴァリーサーヴィスのSWIGGYやZOMATOを利用すれば、市街の飲食店の料理はもちろん、ペイストリーや菓子類、各種嗜好品も、1時間以内で手元に届く。便利になった。

    日本料理に使用する食材にしても然り。数年前から、Maindish.inで刺身なども販売されているし、インド産のおいしい日本米も入手できる。インドの若者らが味噌や醤油を作るブランドを起業したり、日本食に役立つ椎茸や出汁のパウダーを販売したりもしている。しかも、オーガニック素材の良質なものなど。この地で入手できる食材を工夫して使えば、そこそこ滋養ある美味な料理が作れる。ゆえに外食で日本料理店を利用する機会が減っていた。

    そんな中、先日、Shangri La Hotelにてレストランのジェネラル・マネージャーから招待を受けていたので、夫と二人で上階の日本料理店、Yataiiへ赴いた。パンデミック以前は、よく訪れていた。ここに来るたびに、まずはホテルのロビーの花の前で写真を撮影していたものだ。今回も久々に、やってみる。

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    さて、2015年のホテル開業と共にオープンしたYataii。高い天井、シンプルに和を漂わせた開放的な空間、眺望のよさが魅力だ。今回、半年前から新たな日本人シェフがキッチンに立たれているということで、サンデーブランチ(ブッフェ)のお誘いを受けた次第。今、食のブログを振り返ったところ、最後に訪れたのは5年前だった。すべての記録を残しているわけではないが、ここに記しているだけでも、新年や、夫の誕生日など、結構よく利用していたと改めて思う。ちなみに最後の写真は、初めて訪れた2016年1月の記録。

    久しぶりながらも、店内の雰囲気は変わらず、迷わずいつもの、窓際のテーブルを選ぶ。ここからの景色を眺めると、インドへ来たばかりのことを思い出す。というのも、移住直後の2005年11月から2007年4月までの約1年半、この近くに暮らしていたからだ。上空写真の中央部分、緑に囲まれたブルーグレイの屋根のアパートメント・コンプレックスに住んでいた。懐かしいなあ……。

    この19年間、新旧混沌の世界のなかで、元気に暮らし続けていることに感謝する。ときにはこうして夫と二人、敢えて外食に出かけ、自宅とは異なる環境の中で食事をし、会話をすることも大切だと改めて思う。

    🍶ANNAPURNA ~マルハン家の食卓~ (食情報の専用ブログ/アジア料理店情報)
    https://museindia.typepad.jp/eat/%E5%A4%96%E9%A3%9F%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%AB%E6%96%99%E7%90%86/

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    このところ、ランダムながらも金曜日、若者ら主導で活動しているミューズ・クリエイションのACT MUZ。昨日はヤラハンカ宅にてミーティングしつつ、あれこれと語り合う。毎度、竜宮城(我が家)では瞬く間に時が流れ、定番の「夕飯、食べて帰る?」「じゃ、デリヴァリー頼むよ」「サラダと野菜は、なんか用意する……」の流れ。

    新居に来訪する人の多くは、「月光ライブラリ」に関心を示してくれる。わたしが料理をする間、1人は地下の多目的すぎるホールでキーボードを弾き、アルヴィンドも楽しんでいる。1人はわたしが1992年に自費出版した『モンゴル旅日記』を読み、1人は、わたしが1994年に欧州を鉄道で3カ月間、放浪旅したときの手書きノートを読んでいる。

    並んでいる書籍ではなく、わたしの旅記録に関心を持ってくれたのは意外ながらも、うれしい。

    ここ数年、「手書きの記録の重要性」を、ことのほか強調し続けているわたしだが、この半年間に出会った若者らの反応をしても、それが間違いではないということを確信する。紙の地図を広げる。指先で道を辿る。ペンを握って文字を綴る。

    紙を切ってノートに貼る。その土地その土地で絵葉書を買い、家族に送る……。かつては当たり前だったそんな事柄。

    しかし、それらを目の当たりにして若者らは、もれなく、感嘆の声を上げる。

    不易流行。

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    夜が更けて、彼らを見送りしのち、シャワーを浴びてひと段落。早く寝ようと思った矢先、気がついた。3月15日! 

    NETFLIXで『不適切にもほどがある!』が公開される日!!  宮藤官九郎脚本、阿部サダヲ主演のこのドラマ。もんのすごく気になっていたのだ。なにしろコンセプトが興味深い。1986年と2024年とのタイムスリップを軸に繰り広げられる物語で、昭和がリアルに描写されているのだ。

    1986年といえば、わたしは21歳。バブル経済のピークに向かっていたこの時代を経験した者としては、どっちの状況もリアルすぎて、なんともいえない面白さ。まだ2話までしか見ていないが、わたしにとっては、現代の実情の方が、コメディのようだと思える。

    ちなみにセーラー服や学ラン、ヘアスタイルの雰囲気としては、わたしが高校時代の1984年くらいと合致する気がする(細かい😁)

    ところで、わたしが日本を離れてニューヨークへ渡ったのは1996年。この28年間、一時帰国を除けば、離れた場所からネットを通して母国事情を入手してきた。今、わたしが向き合っている学生たちは、わたしが日本を離れたあとに生まれた世代。

    ひょっとして、わたしの言動は、阿部サダヲ感覚に近いのか。

    毎度、熱く諭したり語ったり発破をかけたりしているが、これはひょっとして昭和なのか。

    我が身を振り返る意味でも、このドラマは極めて興味深い。残るエピソードを見るのが楽しみだ。

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    🌸In anticipation of the arrival of spring in Japan, my friend Risa and I hosted a tea party yesterday to celebrate “Sakura” and “Hinamatsuri (Girl’s festival)” . I invited friends interested in Japanese culture.

    In keeping with the traditions of the tea ceremony, we began by serving “Cha-Kaiseki,” a light meal served before tea. Risa’s dishes are beautiful to look at, elegant and delicately seasoned. Everyone enjoyed them while chatting with each other.

    After the meal, Japanese sweets were served. I talked about the history and culture of tea in Japan. Risa performed a tea ceremony, involving the guests in making tea.

    It was a beautiful and fulfilling time.

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    🇯🇵日本の春の到来に先駆けて、昨日、「桜」と「ひなまつり」を祝うお茶会を開いた。ゲストは日本の伝統文化や食事に関心を持つ友人たち。伝統的なお茶会のスタイルに則って、まずは「茶懐石(お茶の前の軽食)」を提供。Risaさんが作る料理は、見た目も美しく、上品で繊細な味付け。みなで語り合いながらゆっくりと味わう料理は、ひときわ満足度が高い。

    食事のあとは、和菓子を提供。その間に、わたしは日本のお茶の歴史や文化の話をする。その後、Risaさんによるお点前の披露のあと、参加者にも体験してもらった。

    美しく、満たされた時間だった。

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    かつてバンガロールに駐在、現在ドバイに駐在している藤田夫妻。金曜の夕刻、わたしが寺院巡りを終えてホテルへ戻っている道中、妻の夕子さんからWhatsAppでメッセージが流れて来た。

    急にインドに来ることになり、バンガロールに立ち寄るという。明日の朝か、明後日の夜、お時間ございますか……?と、控えめながらも、いつもに増しての超直前。明後日の夜ならばバンガロールに戻っていることを伝えたところ、乗り継ぎのフライトまでの数時間、街中の旧居に会いに来てくれるという。

    わたしにとっては「姪」くらいに大切で身近な存在である娘の杜さん。春休みでドバイに滞在中の彼女も一緒にやってきた。夜の9時半過ぎ。インド弾丸旅の具体的な背景についてはここでは触れぬが、ともあれ、杜さんの就職が決まったということで、わたしには、その報告に来てくれたのだった。

    わたしが初めて杜さんに出会ったのは、彼女が中学生のころ。日本人補習校にて助っ人で国語の先生をやったとき、わずか2回ではあったが、国語(作文)の指導などをしたこともある。日本に帰国してからも、わたしが一時帰国をしている東京で、あるいは彼女がバンガロールに来た時に、幾度となく、会って来た。中学生だった彼女は、高校、大学(留学)、大学院と進み、このたび晴れて、社会人だ。

    理系の彼女の専攻や研究内容は、「概要」を把握することさえ一苦労。間違ったことを迂闊に書くのは憚られるので触れぬが、キーワードは「錯体化学」「ルテニウム」「レアアース(レアメタル)」といったところか😅 今後、彼女が仕事を始めたら、いつかインタヴューさせてもらい、しっかり理解しようと思う。

    それにしても、「突然の来訪っぷり」も「到着早々の大騒ぎっぷり」も、昔から変わらなさすぎて、違和感がない。玄関先でハグする我が夫の様子が、過去の記憶を呼び起こす。最後の写真がそれ。2013年、アルヴィンドの誕生日にサプライズで登場したときのものだ。

    JACKもまた、妙に懐いている。彼が子どものころ、二人は遊びに来たこともあって、久しぶりの再会だ。そしてJACKは相変わらず、若い女子に擦り寄りがち😼

    空港から直行して来た二人。夕飯はまだだというので、多めに炊いていたご飯と味噌汁を出しつつ、わたしたちもお菓子など食べつつ、訳のわからない状況。そして、話があちこちに飛びながらの近況報告。

    杜さんの成長は、わたしにとっても本当にうれしく、幸せな気持ちで満たされた。藤田家との思い出を綴った記録も、あれこれとある。昨年、藤田夫妻が新居へ泊まりに来た時にも発掘して懐かしんだが、今回は杜さんとの思い出を発掘。

    特に最後の動画は、我がテーマのひとつである「異国で子どもを育てるということ」に則った座談会動画で、必見!だ。このシリーズ、他の動画もぜひ見ていただきたい。

    今日のところは、うれしさだけを留めおく。

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    🎂8月9日。夫の誕生日。サプライズ・ゲストに沸く夜。(2013)
    http://www.museindia.info/museindia/Blog/entori/2013/8/10_yuerifuno_dan_sheng_ri.sapuraizugesutoni_feiku_ye.html

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    🇮🇳必見! 同時期、バンガロールに暮らした3人が、当時の経験や帰国後の生活について忌憚なく語る。楽しい会話の中にも、帰国子女が抱える課題が浮かび上がる有意義な座談会。

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    10日前の旅の記録を、ようやく完了。日々、記しておきたい出来事があふれるインドの日常。溢れかえってオーヴァーフロー。1日2000文字程度で収まるわけもなく、毎日綴っても断片だ。このごろのわたしは、古代遺跡や寺院などへの関心が強まっている。ゆえに、間が空いてしまったが、この記録は残しておきたい。

    2泊3日のリゾート滞在を終え、わたしたちは2台の車に分かれてバンガロールへ戻ることにした。急いで戻る必要があるメンバーは他の1台に、わたしは別の寺院へ立ち寄るというArchanaの車に乗せてもらった。

    目的地は、リゾートのあるSakleshpurからさらに南西へ車で2時間ほどの場所にある。西ガーツ山脈の懐にあるクッケ・スブラマーニャ寺院 (Kukke Shree Subrahmanya Templ)だ。バンガロールとは反対方向だが、せっかくの機会。腰痛があるので、長距離ドライヴは控えるべきかとの思いも脳裏を過ぎったが、①Archanaの車はファーストクラスの如き快適さ ②ドライヴァーの運転が上手 ③昨今のインドの道路事情はかなり向上している……という3点において問題ないと考え、同行させてもらったのだった。

    結果、これもまた稀有な経験だった。ちなみに、この旅のあと、腰痛はかなり軽減している。4つもの寺院を巡ったご利益か、素足で温まった石を歩きパワーを享受したおかげか、とにかくここ数カ月の間で最も調子がよい。ありがたい。

    地図を見れば、海に面した街、マンガロールがすぐそばだ。デカン高原の西側、海岸線に沿うように、南北およそ1,600kmに渡って伸びるこの西ガーツ山脈も、2012年にユネスコ世界遺産に指定されている。標高約1,000〜2,690mの山々が連なるこの周辺は、地球上で8つの「生物多様性ホットスポット」の1つだとのこと。絶滅危惧種の動植物がが少なくとも325種生息しているらしい。あまりにもダイナミックすぎてよくわからない。

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    そんな広大な西ガーツ山脈の一隅に横たわる山道を通過して、クッケ・スブラマーニャ寺院へ。Archanaの家族、そして夫の家族にとっても、ここは先祖代々祀っている菩提寺のような存在で、Archanaは子供のころから毎年訪れているという。多くの巡礼者がひしめき合って参拝する中、彼女をよく知る僧侶の案内で、安全にご本尊の近くまで導いていただく。薄暗い祠の中に浮かび上がる黄金色の御神体。灯火の光を受けて、夢のように幻想的だ。

    人々の喧騒も、マントラの唱和も、鐘の音も、すべてが夢心地に渦巻く。

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    スクリーンショット 2024-03-19 午後2.49.41

    IMG_5998<br /聞けばここは、ヴァースキ(Vasuki/八大龍王の一神「和修吉」)と呼ばれる蛇の神様を祀っているという。蛇……! わたしとArchanaは、同じ年齢で、同じ巳年(へび年)。これもまた、ご縁だと感じ入る。ちなみに彼女は、元ミス・インディアであり、かつては 弁護士でもあった才媛だ。インドの伝統文化などを伝えるSTUDIO MUSEの動画を作っていた時、彼女がモデル時代に撮影した写真をシェアしてくれた。それを動画にしている。彼女の内なる美しさが滲み出た、やさしい写真ばかりだ。

    今回の旅。Archanaのおかげで、短時間ながらも3つの寺院を堪能することができた。本当にありがとう。

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    🇮🇳インドの多様性を映す、各地の伝統衣装に身を包んだ母と子の姿