インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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20年前の7月。わたしにとって、初めてのインドが、自分たちの結婚式だった。

わたしはニューヨークに、夫はワシントンD.C.に暮らしていた。

末期の小細胞肺癌を患い、しかし抗がん剤治療で一時的に回復していた父。

真夏のインド、わたしさえ未踏の地。日本の家族を招くつもりはなかった。秋にニューヨークで式をするから、そのときに来て、と伝えた。

しかし父は主張した。

「僕は、美穂の結婚式のためなら、インドでも、地の果てでも、どこへでも、這ってでも行くからね!」

いや、這ってこられても困る。

初めてのインドでは、自分の結婚式よりもむしろ、父をはじめ、日本の家族が無事に乗り切れるか、そのことで気持ちがいっぱいだった。

夫にも、義理の家族にも、無理をさせたくないと伝えていた。

しかし、血色よく体格のいい我が父は、病の片鱗を見せず。

本場のインド料理がおいしいと、前菜のタンドーリチキンから暴走し、

「ナンがうまい! 小麦が違う!」を連発し、旺盛な食欲を見せた。

そう、父はインド料理も大好きで、福岡の『ナーナック』にも行っていたらしい。

あのときの父の強行を、今では感謝している。

なにしろその2か月後、我々夫婦の暮らす二都市は、世界同時多発テロの標的となり。

10月に予定していた披露宴パーティや前後の旅の予定は、すべてキャンセルとなったのだ。

ほんとうに、いろんなことが、あったなあ……。

そして義父ロメイシュ・パパ。

正直なところ、実の父とよりも、過ごした時間が長く、思い出も多いのだ。

去年の1月に他界したパパのことを思い出すと、まだまだ新鮮に泣けてしまう。

このごろは、歳月の蓄積に思いが去来して、心の整理がつかない。

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💝インドで結婚式の記録/20年前のデリーの様子が見られる(2001年7月)
➡︎http://www.museny.com/mihosakata/album-india0.htm#intro

💝ROCKYメイシュ・パパの思い出動画

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