インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

4人、伏見稲荷大社の画像のようです

日本滞在も残すところ10日となった本日10月10日かつての体育の日。秋の服に袖を通すことなく、スーツケースに詰め込むことになりそうだ。

今日は2件の不動産会社と2度目のミーティング。それ以外は家に籠って片付けや、明日のバザールの準備をしようと思う。

⛩

昨日は少し早起きをして、母の新居へ赴く。抜け殻の実家には洗濯機がないので、衣類は手洗いしているが(幸い暑いのでよく乾く!)、ベッドリネンなどはさすがに浴槽で踏み洗い……も困難なので、新居の洗濯機で洗うのだ。

洗濯機を稼働させて直後、「あら、もう出かけるの?」という母に手を振り、香椎宮へ。

昨日10月9日、香椎宮で「10年に一度」の勅祭(ちょくさい)が行われたのだ。前回の一時帰国時に、香椎駅に貼られていた告知で初めて知った。今回の帰国と重なったこともあり、関心はあったものの、優先順位はさほど高くなかった。

記念碑、、「F」というテキストの画像のようです

しかし、前日に父が好きだったという呑山観音を訪れたこと、そして実家の片付けをしているときに、父が一時期、香椎宮の「氏子総代」をしていたことを知り、これもまた節目の為すべきことと思った次第。今回、片付けをしながら、わたしの知らない亡父の側面が、「紙の記録」を通して、ハラハラと落ちてくる。

今回、比較的ゆっくりと片付ける時間をとっていたことを、改めて幸いと思う。

さて、勅祭である。これは天皇の命によって行われる、皇室ゆかりの伝統的な行事だ。勅使(ちょくし)と呼ばれる天皇の使者が神社に遣わされ、天皇からの幣帛(へいはく/お供え物)を捧げ、祝詞を奏上する。 この勅祭が行われる特定の神社をして「勅祭社」と呼ばれるのだが、なんと全国に約8万あるとされる神社の中で、わずか16社(伊勢神宮除く)しかないのだ。

しかも九州は、この香椎宮と大分県の宇佐神宮だけだという。前回の一時帰国時にも桜を愛でに訪れて、諸々記したが、香椎宮、ご立派! なのである。詳細は、前回の記録をご一読いただきたい。ブログの引越しをして、本当によかった。まだ体裁は整っていないが、ひとまず読めるのでノープロブレム。

[Fukuoka 22] 桜を愛でつつ、香椎(かしい)の歴史の深さに心が震えた。椎の木を仰ぎ、不老水を飲む。https://museindia-mvosj.wordpress.com/2025/04/11/fk22/

1人、バンの画像のようです
テキストの画像のようです

香椎宮の参道を歩く。途中、香椎参道の香椎宮の前と、国道3号博多バイパスを結ぶ高架ができていた。つい先月、開通したらしい。その下を潜れば、頭上に「雲」とある。神棚の上の天井に「雲」と記すのと同様の意味だろう。「神様の上には天(雲)しかありません」という、神への敬意。

このようなはからいが、近代的な建築物にもきちんと施されているところに、日本の精神性とその美を感じる。

伏見稲荷大社の画像のようです
ウィンドチャイム、伏見稲荷大社の画像のようです
4人、寺院の画像のようです

9時半から開始とあったが、早めに到着したので、境内を散策する。この日は招待客以外の一般見学者は本殿に立ち入ることはできないため、来訪者は勅使をお出迎えし、本殿へ入られるお姿を見送ることになる。

どこで待機するのがいいだろうとウロウロした挙句に決めた場所がとてもよく、勅使が車から降り、幣帛を調え、本殿へ向かって進むご様子を間近で眺めることができた。

空は青く澄み渡り、涼風がすり抜け、雅やかな音があたりを満たす。目頭が熱くなる。

香椎宮の勅祭は、西暦737年ごろから不規則に始まり、1925年(大正14年)から10年周期に定められ、今回は110回目だったという。10年後の10月9日、わたしはどこにいるのだろう。ともあれ、生涯少なくとも一度、この場に身を置けたことに感謝する。

1人以上、テキストの画像のようです
2人、テキストの画像のようです
6人、伏見稲荷大社の画像のようです
テキストの画像のようです

帰路、参道にある「Nanの木」で遅めの朝食を。おいしいコーヒーとホットサンド。幸福な朝であった。

令和七年勅祭(臨時奉幣祭)/香椎宮公式チャンネル

伏見稲荷大社の画像のようです
寺院、木の画像のようです
雲、テキストの画像のようです
クラブサンドイッチ、バゲットの画像のようです
Posted in ,

コメントを残す