
10月9日木曜日の出来事を、記しておきたい。
既述の通り、先月末より、母は実家を離れ、香椎にあるサーヴィス付き高齢者向け住宅、略して「サ高住」に移転した。幸いにも空室となったばかりの環境のよい広い部屋に移ることができ、最初は戸惑いがあったものの、新しいライフに慣れつつある。
わたしもまた、帰国の当初は諸々が混沌とし、いや、いまでも実家の片付けは終わらず、実家売却の件もあり、すべてが「過程」ではあるのだが、方向性が見えつつある。残すところ1週間となった残りの日本滞在で、なんとか目処が立ちそうだ。

先月末、母の新居を初めて訪れた際、エレベータに貼られているポスターに目が止まった。10月9日の午後、所長自ら、挽きたてのコーヒー豆をドリップして提供する交流会が開催されるという。
所長はじめスタッフの方々にご挨拶をした際に、ミューズ・クリエイションのインドでの活動を簡単にご説明し「もしも差し支えなければ、エンタメ、やりますよ」とお伝えしたところ、二つ返事で快諾していただいた。
母も初めての環境下で不慣れな中、わたし自身、今後、母と共に過ごしていただくことになる人生の諸先輩方とご挨拶するいい機会でもある。
妹の協力を得て音源やスクリーンを設置する。高齢の方々に馴染みがあるであろう曲から、わたしが個人的に好きな歌を選び、Youtubeからカラオケの音源を探す。幸い、同様の使用を意図して作られた歌詞付きの動画も多々あり、ありがたい。
せっかくなので、京友禅サリーを着用し、派手に登場。するとみなさん興味津々。サリーの概要をご説明すると、女性の方々は、口々に「わたしも着てみたい!」とのことだったので、来年の春には、「サリーの着付け体験」をしましょう、ということになった。
館長が丁寧に淹れたおいしいコーヒーは大人気で、みなさんお菓子とともにおかわりも盛大に。
「みんな、夜、寝れんくなるっちゃないと〜?」な状態だ。
コーヒーが行き渡ったところで、まずは、わたしが謎に「Sound of Music」を歌う。最後だけ日本語で「ただひとり丘に登り、懐かしい愛の歌。口ずさむ心のうた、永遠(とわ)にまた……」で締めくくる。いい歌。
マイクなくても、ノープロブレム。我ながら、声が大きい。
そのあとは、以下の曲を、休憩を挟みつつ、みなさんで歌う。
●蘇州夜曲
●瀬戸の花嫁
●三百六十五歩のマーチ
●ヤシの実
●青い山脈
●朧月夜
●上を向いて歩こう
●みかんの花咲く丘
●浜辺の歌
想像していた通り、音楽が流れ出すと、みなさん、自然と歌い出す。一応、歌詞がモニターに映し出されるが、文字が見えてなくても、歌詞を覚えていらっしゃる。
音楽は、あらゆる垣根を超えて、本当にいいものだとつくづく、痛感する。
歌の合間にテーブルを回り、ご挨拶をする。男性の方から、「マイクはないとね?」「俺も歌いたい」と尋ねられる。あいにくマイクはないと伝えると、マイクなしでは歌いにくいとのことだった。
「来年の春は、用意しますね」というと「それまで生きとうかいな?」とおっしゃるので「生きとって〜!」とお願いする。
ひょっとしてお一人くらいは……との予想通り、現役時代に海外駐在員だった方からも声をかけられた。かつてニューヨークに3年駐在、その後ワシントンD.C.、そしてボンベイ(ムンバイ)にも出張で訪れたことがあるという元商社マン。
日本の高度経済成長期を築かれた大先輩。こういう方々の当時の話を、若い世代が聞く機会を設けるのも、有意義ではないかと思われる。
「慰問」という言葉を、わたしはあまり好きではない。「してあげている」という視点の色眼鏡をかけていると隠れてしまう事象が、そこにはたくさんあるからだ。
訪れることで、自分自身が気づくこと、救われること、学ばされること、慰められることの多さは尽きない。ミューズ・クリエイションで実施してきた数々の慈善団体訪問の経験が、それを教えてくれた。
お顔の写真を載せられないが、わたしと一緒に写っている写真の真ん中がカラオケ先輩、端が商社先輩だ。母と同世代の80代後半。お元気そうだ。このような場所で、母が余生を過ごせることになったことを、本当にありがたく思う。

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