インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    Yesterday, I wore a saree again to a party. I bought this saree at my favorite boutique Cinnamon, over 10 years ago. It is made of lustrous soft silk with chrysanthemum-like flowers on it. Light and comfortable, it’s one of my favorite.

    🇯🇵ホリデーシーズン真っ只中のバンガロール。このごろは、朝な夕なに、季節外れの雨が降り続いている。一呼吸おかなければ、今が何月なのか、わからなくなる節目なき歳月。

    大雨降りしきる中、昨夜もまた社交の夜。ホストは「マルワリ」と呼ばれるラジャスターン地方が出自のコミュニティの一族。彼らの文化やライフスタイル、食生活については、過去のブログにも記しているので、ぜひご覧いただければと思う。

    ◉インドの商業コミュニティ「マルワリ」の人々の食生活
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/eat/2018/03/marwari.html

    ◉ラジャスターン旅 05@ジョードプル/聳える城塞とジップライン。宮殿ホテルとマハラジャの歴史。
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/2017/2017/12/jodhpur.html

    昨夜もまた、マルワリのヴェジタリアン料理を堪能した。ギター弾き語りのミュージシャンによる「ほどよい音量」の音楽も心地よく、新しい出会いの多いひととき。

    ドレスコードは「インディアン」だったので、迷わずサリーを選んだ。しかし、きらびやかに着飾るゲストの女性たちの大半は、サリー以外のインド風ドレス。

    わたしは、今年8月に誕生日を迎えたとき、これからはサリーを頻繁に着るのだと決めた。

    過去10年あまり、サリーを着る機会が激減していた理由は、パーティなどに着て行っても、周りに着ている人がおらず、外国人のわたしが張り切ってサリーを着ていることに、居心地の悪さを感じたからだ。

    これまで、インドの友人知人らに「サリーを着るのが上手ね」と言われるたびに、「外国人にしては上手に着られている」と、褒めてくれているものだと思っていた。

    しかし最近、気がついた。我が周囲のインド人女性らには、「自分でサリーを着付けられない」人が多いことに。

    パーティや宗教儀礼のときに着用する際は、義母やメイドに着付けてもらうという話も聞いた。この数カ月の間に、「今度、サリーの着方を教えて!」と、一体何人のインド人女性に言われたことか。昨夜もそうだった。

    「わかった、今度、講習会をします。着やすい、かつ踊りやすいサリーの生地についても教えます」

    などと返答。なんだか、いちいち、面白い。かくいうわたしは、浴衣は着れるも、着物は自分で着たことがない。

    インドの友人たちからは、日本料理の作り方、特にヴェジタリアンの巻き寿司の作り方など、料理指導のリクエストも多い。日本茶のイヴェント企画と併せて、ヴェジタリアンな日本食を考案してみようとも思う。

    さて、昨夜着用したのは、10年以上前、CINNAMONというブティックで購入したシルクのサリー。これは伝統的な手工芸というよりは、モダンなプリントだと思われる。ピンクから紫にかけてのグラデーション、菊の花のようなデザインが、日本の浴衣のようでもある。

    軽くて薄くて、最も着やすい一枚だ。このブラウスもパツンパツンになっていたので、やむなくAmazon.inで、ボリウッドダンスのエクササイズ用に購入していたTシャツ風ブラウスを着用。

    周囲は「なんて着やすそうなブラウス!」「ちょっと触っていい?」と興味津々。「Amazonで数百ルピーで売ってまっせ」と教えたら、みな知らなかったと驚かれる。

    そう。こういう既製品のブラウスが選択肢も豊かに出回り始めてから、まだ10年にもならない。インドはファッションの志向もまた変化著しくて楽しい。

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    【はじめに】

    *今回、全5回に亘り、2021年9月24日から27日にかけての、カルナータカ州ハンピの旅をレポートしています。他の記録もぜひご覧ください。
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/2021/hampi-journey/

    *この[HAMPI 02] では、以下の項目から、④に関する記録を残しています。

    ①数十億年前/生まれたばかりの地球の姿が残る場所。地質学の視点

    ハンピ一帯の「岩盤」や「奇岩」は、地球上で最も古い露出面のひとつ。地球が誕生した時、とてつもなく巨大な花崗岩の山だった一帯が、数千万年(数十億年という説もある)に亘って、日射しや嵐、風、雨といった自然の力に浸食で、徐々に形を変えた。石が積み重なったのではなく、自然という「彫刻家」によって造形された奇岩なのだ。

    ②数千年前/神話の世界。インドの二大叙事詩の一つ『ラーマーヤナ』における主要ポイント

    『ラーマーヤナ』とは、古代インドの長編叙事詩で、インド人の多くが知っている重要な神話だ。ヒンドゥー教の聖典の一つであり、『マハーバーラタ』と並んで、インド二大叙事詩とされている。北インドのコーサラ国を去らねばならぬ運命に陥ったラーマ王子とシータ姫、ラーマの弟ラクシュマンを巡る物語。現在のスリランカである「ランカ島」に住む10の頭を持った悪魔ラーヴァナによって、シータ姫が誘拐される。姫を救うべくラーマとラクシュマンは鬼退治に行くのだが、途中、このハンピで絶大なる助っ人、猿の神様「ハニュマーン」と出会う。この『ラーマーヤナ』に因んだ場所がハンピには数多くあり、我々夫婦も稀有な経験をした。

    ③数百年前/世界規模で栄華を極めたヴィジャヤナガル王国の王都

    ハンピは、14世紀から16世紀中頃にかけて隆盛を極めたヴィジャヤナガル王国の王都だった。宝石やスパイス、布などさまざまな貴重品が交易されるバザールが存在。当時の都市遺跡は各所に散らばり残っているが、中心部の「一部」がユネスコ世界遺産に指定されている。

    ④現代/鉱山と鉄鋼業。オリンピック選手養成施設。自然保護区など

    ハンピ界隈の地中には、鉄鉱石が眠っており鉄鋼業が盛ん。日本との関わりも深い。今回、YPO主宰での旅だったこともあり、鉄鋼大手ジンダルの幹部であるメンバーの計らいにより、製鉄所や鉱山の見学をした。さらには、ジンダルによって設立されたオリンピック出場選手の養成施設も訪問。2020東京オリンピックに出場した選手にも会って話を聞けた。この他、今回は訪問しなかったが、ハンピには動物(熊)や植物の自然保護区もある。

    ⑤滞在したラグジュリアス・ホテルやYPO主催のパーティの記録など

    ハンピはすばらしい土地ながら、いかんせん、観光インフラが整っていない。ニューヨークタイムズの2019年版「訪れるべき旅先52選」で、ハンピは2位に選ばれた。これを機に、徐々に海外からの旅行者にも対応すべくインフラが向上すると思われたが、まだまだホテルや飲食店の選択肢が少ないのが現状。ヒッピー時代の名残が強い。しかし、我々が滞在したホテルも数年前に誕生するなど、徐々に環境が整い始めているようだ。

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    ◉バンガロールから北へ350kmのドライヴでハンピへ

    9月24日金曜日。早起きをして6時30分過ぎに家を出る。我が家のドライヴァーではなく、ハンピのホテルが手配してくれた旅行会社のタクシーを利用。パンデミックによりビジネスに大打撃を受けている旅行業界。タクシー会社にしても然り。大勢の運転手を解雇せざるを得ず、普段はマネージメントをしている60代の男性がステアリングを握る。運転はうまいが、土地勘がないらしく、Googleマップに頼り切っているところに一抹の不安を覚えつつも、出発。

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    ハンピへの道は、最近、高速道路が整備されていて非常に滑らか。途中からは、3年前とは異なる見晴らしのよい景観が広がる。随所に風力発電の風車が見られるなど、心地よいドライヴだ。しかしながら、ハイウェイが開通したばかりで、肝心の分岐点に適切な看板がないところもあり。Googleマップも情報が遅れており、結論からいえば、行きつ戻りつを何度か繰り返した。詳細を大幅に割愛するが、夫&ドライヴァー、地図を読めない二人に翻弄され、本来は4〜5時間で到着するところ、6時間以上かかって到着。マルハン家にありがちな事態につき。

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    既述の通り、今回の旅は、我々夫婦が属するグローバル組織YPOが主催するもの。メンバー夫婦や家族が同行のツアーである。「観光目的」というよりは、ビジネスや歴史を学び、メンバー同士の交流を深め、パンデミックで閉ざされがちな羽を思い切り伸ばす……といったところか。ツアーのプログラムは2泊3日で構成されているが、せっかく遠出するのだからと、わたしたちは1日延泊でホテルを予約した。

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    まずはハンピの観光ポイントからは少し離れた場所、ヴィジャヤナガールにある製鉄会社「JSWスチール社(通称ジンダル)」敷地内のホテルへ。ここでランチをとったあと、「社会科見学」をすることになっている。YPOのメンバーがJSWスチール社のエグゼクティヴであることから、この企画が実現した。

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    我が夫はインド人ながら、「辛いものが苦手」につき、外食の際にはインド料理を食べに行くことはほとんどない。「唐辛子は控えめに」「辛くない料理を」連発せねばならず。頼んだところで辛いものが出てくることもたびたびで、都度、辛味を緩和させるヨーグルトを大量消費することになるなど、何かと面倒臭い。まずはわたしが毒味ならぬ「辛味チェック」をしてから、辛くないものを勧めるというプロセスを踏む。

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    我がフォーラムの盟友ら7人のうち、わたしを含めて5人が参加。中でもチベット系インド人のデッキと夫のアミットは、今回この旅の企画担当者。実はこの時期、急に旅行者が増えたハンピ、大人数の貸し切りが可能だとわかったのが実施の2週間前。わずか10日ほどですべての手配をした彼らには、本当に頭が下がるばかりだ。

    ちなみにデッキはチベット高僧の子孫で、彼女の父君は、カルナータカ州バイラクッペにあるチベット人居住区の整備に尽力された偉人。その関係で、2019年のダラムサラ旅行の際、わたしたちはダライ・ラマ法王14世にお目にかかることができた。

    [DAY 05/ Dharamsala 04] 僥倖の朝。ダライ・ラマ法王14世とお目にかかる
    ➡︎https://museindia.typepad.jp/2019/2019/12/dharamsala04.html

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    ◉東京オリンピックでも活躍した選手を輩出。JSWスチール社が創設したアスリート養成施設 “Inspire Institute of Sport” (IIS)を見学

    ランチを終えた後、まずはJSWスチール社が創設したオリンピック選手を養成するスポーツ施設IISへ。インドはつい十数年前まで、スポーツといえばクリケットやホッケーがメイン。最近になって、バドミントンやテニス、サッカーなどの球技や陸上競技も注目されはじめたが、オリンピック選手らに対する待遇は、決していいものではなかった。

    そんなインドにあって、JSWによって創設されたプライヴェートのスポーツ施設、Inspire Institute of Sportが誕生したのは2017年。公式に稼働したのは2018年8月15日、インドの72回目の独立記念日のことだ。インド全国から選出された、各種スポーツのアスリートたちが、ここに暮らし、トレーニングを受けている。真新しい設備はいずれもグローバル・スタンダードにおける最先端だ。

    トレーニングはもちろん、選手たちの健康管理や負傷の際の治療など、適切なサポートが施される。選手たちの暮らしに際する一切の経費は、このファウンデーション及び外部からの寄付によって成り立っているという。

    ➡︎https://www.inspireinstituteofsport.com/

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    槍投げで金メダルを受賞したニーラジ・チョプラをはじめ、東京オリンピック2020において活躍した選手らを養成したこの施設。1035日21時間19分。次なるパリ・オリンピック2024へのカウントダウンが始まっている。

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    同施設を支援しているスポンサー企業。

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    右の男性は、IISのCEOであるRushdee Warley。南アフリカ出身の彼が、インドの選手たちを導く。

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    彼は東京オリンピックにも出場した走り幅跳びの選手 Sreeshankar Murali。メダルを獲得するには至らなかったが、健闘した彼の経験を語ってくれた。

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    一角にはオリンピックの資料館が作られ、過去のオリンピックで活躍したインド人選手たちが紹介されている。

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    大規模なジムに圧倒される。ここでレスリングやボクシングなどのトレーニングが行われる。先進諸国のスポーツ施設に引けを取らない環境だとRushdeeは語る。

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    女子ボクサーたち。彼女たちの中には、地方の貧しい村が出自の人もいる。幼少時にタフな経験をした人もいるようで、まさしく逆境や苦しみを力に変えて戦っている。いろいろと、考えさせられる。その話は、デッキの息子、今年16歳のカンザンが彼女たちから聞いたとのこと。経済的にも環境的にも恵まれた境遇の、知的な彼にとっても、きっと思うところが多いだろう。

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    夫に殴りかからんとす妻のうれしそうな様子。

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    広大なフィールドを見るや、血が騒いで走り出すアンティ。危ないよ。転ぶよ。逆走だよ。

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    ◉熱風迫る🔥 ダイナミックな製鉄所を見学

    次いで訪れたのは、JSWスチールの製鉄所。わたしは、子どものころから「社会科見学」が好きだったこともあり、無駄に血が騒ぐ。まずはミーティングルームで同社に関するプレゼンテーションを視聴。JSWスチールは、1994年に設立され、1999年に粗鋼生産開始した新しい製鉄会社。現在は日本を含む世界140カ国に輸出、わずか20年あまりでインド有数の鉄鋼メーカーへと発展している。

    ➡︎ https://www.jsw.in/

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    CSR活動も積極的に実施しているとのこと。ミューズ・クリエイションでも関わりのある、アクシャヤ・パトラ財団。世界最大の給食センターへの支援も実施しているとのこと。

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    これは日本へ輸出するための鉄板。大音響と熱風とで、迫力満点の情景だ。

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    ◉最終日には、鉱山も見学。ダイナミックな景観に目を見張る

    こちらの写真は、3日目、他のメンバーがバンガロールへ戻る前の、最後の催しとして訪れた鉱山だ。写真ではなかなか伝わらないが、非常にダイナミックな景観だった。

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    鉱山に関する話を聞き、記念に鉄鉱石をもらった。

    カルナータカ州の鉱山を巡っては、実はさまざまにネガティヴな事実もあった。そのうえで、同社がクリーンに操業し、オリンピック選手の養成施設運営をはじめ、積極的なCSR活動を実施している旨、多岐に亘って話を聞くことができたのは、個人的にも意義深い経験だった。

    鉱山を巡る汚職事件などの情報については、過去の記録に記している。

    以下、関連記事を転載しておく。

    ************************
    ●鉱山の、貧しき村をすり抜けて、寺院を目指す

    NGOの訪問を終えたあと、ホテルから十数キロ先にあるクマラスワミ寺院を目指す。ここはハンピよりも古く建立されたという。道中の光景がまた、これまで通って来たものとは異なり、赤さが増す。赤土の赤だ。

    この界隈にはかつて36もの鉄鉱の採掘場があった。2011年、当時のカルナタカ州知事による鉱山を巡る大汚職事件が取り沙汰され、州知事は辞任に追いやられた。州知事が、とある鉱山に違法に操業許可を与え、長年に亘り、違法に採掘させていた事実が明るみになったのだ。

    州知事の家族が所有する財団に、この鉄鉱会社が多額の金を融通していたことも発覚。これは、お金の問題にとどまらず、環境汚染、密輸、劣悪な就労問題など、さまざまな問題をはらんでいる。

    違法に操業する鉱山を取り調べるため18カ月もの間、全ての鉱山が操業停止を言い渡されたそうだ。結果、多くの鉱山が違法操業だったことが発覚し、残ったのは8つ。そのうちの一つが、インド鉄鋼大手のジンダル・スチール。ハンピを訪れる前、ジンダルの工場エリアを通過してきた。工場あり、発電所あり、住宅地あり、学校、ホテルあり……と、非常に整備された「ジンダル城下町」が道路沿いに広がっていた。

    マハラジャもまた、鉱山を持っているとのことで、ホテルの一隅には、その模型と鉄鉱石が展示されていた。
    ************************

    〜詳細は2018年の旅記録を参照のこと〜

    [Hampi 03] ガンディの理念が生きる、手工芸のNGOを訪問
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/2018/2018/03/hampi03.html

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    🍵このたびは、ソーシャル・メディアを通して、日本茶に関する情報を、たくさんいただくことができました。ありがとうございます! まずは3カ所のお茶屋さんから取り寄せて、味見をしようと考えています。インドまで無事届きますように……。

    🍵ちなみに来月予定のイヴェントは来年に延期されたので、時間に余裕ができました。今後は、ミューズ・クリエイションで、インドの人たちを対象に日本関係のイヴェントを行う際、日本茶のセミナーと試飲も実施しようと考えています。わたし自身も日本茶の造詣を深めるべく、まずは飲み比べて「味覚」から鍛えます。

    ☕️普段、わたしはコーヒー派ですが、日本茶も好きなので、飲む頻度を増やそうと思っています。写真の急須は、以前も何度か紹介した玉川堂 @gyokusendo 。麗しき職人技。本当に気に入っています。湯飲み&小皿はインドの @Goodearth 製。チョコレートはバンガロールの @smoor.in 。抹茶ロールケーキは「マルハン家の食卓」で人気の焼き菓子。本気抹茶をふんだんに使用した風味豊かなクリームと、しっとりスポンジのバランスが絶妙。急に食べたくなってきた。焼こうかな。

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    🍵日本茶の購入及び海外発送についてご質問/端緒となったメッセージ

    バンガロールで、インド人を対象に「日本茶」のセミナーとテイスティングの実施を依頼されました。開催は約1カ月後です。

    セミナーの資料はすでに作っていますが、テイスティングに際し、できれば「煎茶、玉露、ほうじ茶、玄米茶、抹茶の5種類」を日本で購入、インドへ取り寄せたいと思っています。しかし、パンデミックに入って以降、現在に至るまで、日本からのインドへの食品関係の発送事情が不透明です。

    なお、対象は50人程度なので、たいした量ではありません。

    どなたかお勧めの茶園(インド市場に関心のあるところは特に歓迎)があれば、教えていただけますか? 直接、何件かに問い合わせ、発送状況など確認したいと思っています。インドでも入手できないことはないのですが、できれば新鮮でおいしいお茶をテイスティングしてほしいと思っています。

    お心当たりのある方、坂田まで直接メッセージをいただければ幸いです。

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    今年は10月7日から始まった「ダセラ/ダシェラ」。インド二大叙事詩のひとつ『ラーマーヤナ』の主人公であるラーマ王子が、10の頭を持つ悪魔ラヴァナを退治したことを祝する祭りだ。

    ナヴラートリと呼ばれる女神を讃える「9日間に亘る祝祭」のあとの締めくくり、10日目にラーマ王子が鬼退治を成就するハイライトが「ダセラ/ダシェラ」である。

    サンスクリット語で「9つの夜」を意味するナヴラートリ。9日間に亘り、毎日異なる姿で現れる女神を祀る。それぞれの日に、異なる色が定められており、その色に因んだ衣類などを身につける女性たちもいる。

    ナヴラートリの祝い方は、インド各地で異なる。たとえば、東インドのベンガル地方では、ドゥルガー(複数の手を持つパワフルな戦闘の女神)をを讃える盛大なお祭りが展開される。

    一方のここ南インドでは、 ダセラの時期に合わせて、ゴル (Golu)と呼ばれる人形のお祭りが行われる。飾られる人形は、ヒンドゥー教の伝説に因んだものから、マイソールなど宮廷の生活、結婚式、市場の情景、おままごと風の台所用品など、ヴァラエティ豊か。

    見るからに、日本の桃の節句、雛祭りほとんど同じようなコンセプトだ。「奇数」の段が設置されるところも同じ。日本の雛祭りは、多分このインドの祭りの影響を受けているのではないかと察せられる。

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    昨日は、このNavratri Goluを祝うお祭りに招かれ、友人宅へ赴いた。玄関先で三姉妹が出迎えてくれる。ローズウォーターで清めてくれたあと、額に赤い粉のビンディーをつけ、ジャスミンの花をくれる。

    顔なじみの友人たちも参加していて、サリーを着ている人も少なくない。尤も、昨日の色「ブルー」の色を意識した服を着ていたのはわたしだけで、みな、さほど気にしてはいないようである。

    先日から何度か紹介している骨董品店 Vermilion Houseのオーナーであるウマは、偶然にも友人宅のお隣にお住まいだとのこと。カンタ刺繍のサリーがとてもお似合い。こんなエレガントで繊細なカンタ刺繍を見るのは初めてだ。

    友人らと言葉を交わし、軽食をいただき、姉妹たちに人形にまつわる物語の説明を受ける。先祖代々受け継がれた人形の中でも、彼女たちの曽祖母が縫ったサリーを着た人形が印象的だった。

    最近はインドでも、古くからの伝統を受け継ぐ家庭が減りつつある中、彼女たちのように文化を継承する子供たちの存在の大切さを思う。神々を讃え、日々の暮らしを慈しみ、豊穣に感謝する。ライフのさまざまが込められたお祭り。

    実はインド生活16年のうち、このNavratri Goluに招かれたのは、今回が2度目である。中央に座すガネーシャ神を取り巻く、インドの神々……。将来は我が家でもやってみたいとの思いがよぎった。

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    昨日のサリーは、東インドのバラナシ・シルク。10年ほど前に、デリーで開催されていた展示会で購入した。ゴールドとブルーの調和がとてもエレガントで気に入っている。しかし結構厚手なので、決して着やすいとは言い難い。踊るイヴェントには不向きだ。💃

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    🇯🇵COVID-19共生ライフは加速して、このごろはインド人だけでなく、日本人とのミーティングも増えてきた。この週末はオン/オフラインで計4件の打ち合わせ。うち3名は初対面。新しい形で、世の中が動き始めているのを感じる。

    海外生活25年。インド人に対しても、日本人に対しても、自分の知見をシェアしたり、共に活動するに際しての、公私の線引きが難しい我がライフ。利益が発生するビジネスとして、プライヴェートの楽しみとして、あるいは奉仕(ヴォランティア)として……。

    ミューズ・クリエイションというNGOを創設し、その主宰者という建前を作っておいたのは、いろんな意味でよかった。わたしの労力に対して、「寄付」という形で還元してもらえる受け皿としても、役に立つ。
    世の中はどんどん動く。

    情報の価値も、人々の期待値も、どんどん変わる。わたし自身の考え方も、そのときどきのステージで、変わってきた。

    今も、まだまだ変容の過程。歳を重ねてこのごろは、袖すり合うも他生の縁。近い考えを持つ人たちと、持ちつ持たれつ、協調して、よき環境を育みたい……というところか。

    昨日は、今年インディラナガールにオープンした、日本の富士フィルムによる健康診断センター「NURA(ニューラ)」へ。検診は数週間前に受けていたが、一部、昔から抱えている不具合の「再検査」の必要があったのだ。

    NURAの画期的なサーヴィスに関しては、記したいことが多々あるので、また後日。ちなみに先ほど再検査の結果が届いた。不具合は、今回も「様子見」ですみそうでよかった。

    ☕️検査のあとは、毎度おなじみARAKU COFFEEへ。初めてお会いする方とランチを楽しむ。

    新しい風が吹き始めていることを感じつつ。なにはともあれ健康第一。よく食べ、よく寝て、よく働き、よく遊ぶ。中でも「食と睡眠」が健やかな人生を育む重要な鍵だということを、改めて思う日々。

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    ⬆︎上の絵画は、先日、友人の画家ジャヤから購入した作品のひとつ。「ハンピのどこかで撮影した」と聞いていた。このような建築物は、ハンピにいくつもある。彼女が描いたのは異なる場所だとは思ったが、偶然にも自分が赤い服を着ていることに気づき、同じような状況で写真を撮りたいと思った。居合わせたフォトグラファーに絵の写真を見せたところ、彼は一瞥しただけで、この一枚を撮ってくれた。見比べたら、あまりに似通っていて驚く。早速ジャヤに写真を送ったら、わたしをモデルにしたこの絵を描きたいと申し出てくれたのだった。

    ◉バンガロールから北へ約350km。ユネスコ世界遺産もあるハンピへ

    2020年3月から一度も飛行機に乗らないまま、一年半の歳月が流れた。その間、長距離ドライヴ旅を2回。1度目は今年のデルタ株第2波直前の3月、ここカルナータカ州のジャングル、カビニへ。そして今回も、やはりカルナータカ州。バンガロールから北上すること約350kmのハンピを訪れた。

    どちらも、我々夫婦が所属するYPO (Young President Organisation/米国発グローバルに卓越したリーダーシップ・コミュニティ)のバンガロール支部が主催するメンバー向けツアーゆえ、個人手配の旅では訪れないような場所へ足を運ぶことができた。それに加えて、「自分の勘」で訪れた場所もすばらしすぎた。旅を終えても気持ちが落ち着かず、この記録の着手に10日もかかっている。

    時空を超える稀有な旅をシェアすべく、長い記録になると思うが、残そうと思う。

    🐅マイソール&カビニのジャングル旅
    ➡︎https://museindia.typepad.jp/2021/mysore-kabini-%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%AB%E6%97%85/

    ◉今回、3度目のハンピ。9年前とも、3年前とも異なる、新たな体験

    我々夫婦が初めてハンピを訪れたのは2012年。そのときは、ハンピに近いフブリという街で開催されたカンファレンスに参加するのが主目的で、ハンピは駆け足で観光するにとどまった。しかしそのときが最も「観光客らしい旅」をしたように思う。ガイドの案内で、ユネスコの世界遺産に指定されている中心部を重点的に巡った。

    2度目は2018年。夫が海外出張に出ることから、一人旅をする予定でいたが、ハンピ郊外にあるKRSMAという美味ワインのワイナリーを訪れたくなった。デリー在住の友人に声をかけたところ、彼女が旅の前半を同行することになった。その珍道中たるや、これまた稀有な経験であった。ドライヴの途中、彼女から教わった『破天』を読んで佐々井秀嶺上人のことを知ったことを思うと、非常に大切な旅でもあった。

    ハンピのことをよく知りたいと思われる方は、ぜひとも過去の記録をご覧いただきたい。

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    (↑2013年)

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    (↑2013年)

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    (↑2013年)

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    (↑2018年)

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    (↑2018年)

    【2012年1月/初めてのハンピ旅行】

    駆け抜けるようにハンピ。都市遺跡を巡る小旅行。

     

    【2018年3月/2度目のハンピ旅行】

    [Hampi 01] 世界遺産の都市遺跡ハンピへ4泊5日ドライヴ旅

    [Hampi 02] KRSMAのワイナリーへ。夕景はハヌマーンが生まれた丘から。

    [Hampi 03] ガンディの理念が生きる、手工芸のNGOを訪問

    [Hampi 04] 神話と現実が交錯しながら、今に連なるインド。

    [Hampi 05] 再び長距離ドライヴ。異なる光景で帰路も愉し。

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    ◉そして今回、2021年。地球創生から現代まで。大きく4つの次元を旅した3泊4日

    わたしは東京在住時の20代の駆け出し編集者のころから、数々の旅行ガイドブックや雑誌の編集に携わり、世界各地を旅してきた。心に深く刻まれている土地はたくさんある。しかし、このハンピほど、ダイナミックな時間旅行を体験できる場所は、世界広しと言えども、そうそうないと思われる。ハンピを旅する前に、あらかじめ大きく4つの時代区分を知っていると、情景を見る目が変わるかと思う。わたしは3度目にしてようやく、それぞれを認識できるようになった。その途端、叶うことならハンピに1カ月くらい滞在し、あちこちを探検したいと思えるほどになっている。

    我々の旅の経験に則って、今回は以下のテーマにわけて、記録を残そうと思う。

    ①数十億年前/生まれたばかりの地球の姿が残る場所。地質学の視点

    ハンピ一帯の「岩盤」や「奇岩」は、地球上で最も古い露出面のひとつ。地球が誕生した時、とてつもなく巨大な花崗岩の山だった一帯が、数千万年(数十億年という説もある)に亘って、日射しや嵐、風、雨といった自然の力に浸食で、徐々に形を変えた。石が積み重なったのではなく、自然という「彫刻家」によって造形された奇岩なのだ。

    ②数千年前/神話の世界。インドの二大叙事詩の一つ『ラーマーヤナ』における主要ポイント

    『ラーマーヤナ』とは、古代インドの長編叙事詩で、インド人の多くが知っている重要な神話だ。ヒンドゥー教の聖典の一つであり、『マハーバーラタ』と並んで、インド二大叙事詩とされている。北インドのコーサラ国を去らねばならぬ運命に陥ったラーマ王子とシータ姫、ラーマの弟ラクシュマンを巡る物語。現在のスリランカである「ランカ島」に住む10の頭を持った悪魔ラーヴァナによって、シータ姫が誘拐される。姫を救うべくラーマとラクシュマンは鬼退治に行くのだが、途中、このハンピで絶大なる助っ人、猿の神様「ハニュマーン」と出会う。この『ラーマーヤナ』に因んだ場所がハンピには数多くあり、我々夫婦も稀有な経験をした。

    ③数百年前/世界規模で栄華を極めたヴィジャヤナガル王国の王都

    ハンピは、14世紀から16世紀中頃にかけて隆盛を極めたヴィジャヤナガル王国の王都だった。宝石やスパイス、布などさまざまな貴重品が交易されるバザールが存在。当時の都市遺跡は各所に散らばり残っているが、中心部の「一部」がユネスコ世界遺産に指定されている。

    ④現代/鉱山と鉄鋼業。オリンピック選手養成施設。自然保護区など

    ハンピ界隈の地中には、鉄鉱石が眠っており鉄鋼業が盛ん。日本との関わりも深い。今回、YPO主宰での旅だったこともあり、鉄鋼大手ジンダルの幹部であるメンバーの計らいにより、製鉄所や鉱山の見学をした。さらには、ジンダルによって設立されたオリンピック出場選手の養成施設も訪問。2020東京オリンピックに出場した選手にも会って話を聞けた。この他、今回は訪問しなかったが、ハンピには動物(熊)や植物の自然保護区もある。

    ⑤滞在したラグジュリアス・ホテルやYPO主催のパーティの記録など

    ハンピはすばらしい土地ながら、いかんせん、観光インフラが整っていない。ニューヨークタイムズの2019年版「訪れるべき旅先52選」で、ハンピは2位に選ばれた。これを機に、徐々に海外からの旅行者にも対応すべくインフラが向上すると思われたが、まだまだホテルや飲食店の選択肢が少ないのが現状。ヒッピー時代の名残が強い。しかし、我々が滞在したホテルも数年前に誕生するなど、徐々に環境が整い始めているようだ。

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    ◉『ラーマーヤナ』を予習しておくと、旅の楽しさが格別なものになります!

    わたしが読んだのは、この「子ども向け」と思しき、わかりやすい『ラーマーヤナ』。ちょうど50年前に記された著者による前書きが、この物語の大切さを伝えているので、その部分だけ、写真にて転載する。

    ハンピ旅に関わらず、インドの、特にヒンドゥー教を巡る背景を知るのに際しては、とても大切な物語だ。日本の『桃太郎』のもとになっているに違いない、悪魔退治(鬼退治)のストーリーは、随所に親近感を与えられつつ、インドにおける精神世界のようなものへの理解が促進されるとも思う。ぜひ読まれることをお勧めする。

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    ◉1992年に製作された日印合作のアニメーション。この動画の存在を、つい先日知った。英語版しか見当たらないが、映像を眺めるだけでもイメージが掴めるかと思う。

    “Ramayana: The Legend of Prince Rama is a 1992 Indo-Japanese traditional animation feature film directed by and produced by Yugo Sako and based on the Indian epic the Ramayana. The original English version with Sanskrit songs was screened and released on home video under various names including Ramayana: The Legend of Prince Rama and Warrior Prince.

    This film was made as a part of the 40th anniversary of India-Japan diplomatic relations and was worked on by teams from both countries. It was released in the United States in a different, further localized English dub with narration by James Earl Jones, Prince Rama voiced by Bryan Cranston and additional music by Alan Howarth”

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    (日本語は下部にあります)

    I was planning to buy “furniture” for my new house, but these days, I am more interested in “furnishings and accessories”. I bought this plate along with the majolica tiles I mentioned the other day.

    When I first saw it in a photo, I thought it was made in China. However, upon closer inspection, it seems to be Satsuma-yaki from Japan. On the back of the plate, it says “恒暉窯 Kohki Kiln. It seems that it was made for export during the Meiji era.

    My hometown Fukuoka is located in Kyushu. The history of famous kilns in Kyushu is linked to the forced removal of Korean potters by Toyotomi Hideyoshi.

    The clay, in which a lot of history is kneaded, is fired, colored, sent to India, and after a hundred years or so, arrives at my house.

    Incidentally, this is a wall clock I found on Commercial Street in 2005. It was also made by SEIKO in the Meiji era (1868-1912). The Kamakura carved frame, named Himawari (Sunflower), is unique and beautiful.

    🇯🇵日本から来ました! 欧州発、日本経由インド。旅するマジョリカ・タイル。 Made in Japan. From Europe, India via Japan. Traveling majolica tiles.
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/2021/2021/09/tile.html

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    今朝は月に一度のFM熊本収録日につき早朝起床。本日の話題は、先日訪れたハンピの旅だ。記録を残したいと思いつつ、日々の用事で時が流れる。そんな中、またしても日本由来の骨董品に心を奪われる。

    先日「和製マジョリカタイル」について記した際に言及した骨董品店。彼から日々、What’sAppで流れてきた写真の一枚。彼は「明治時代の薩摩焼」と記していたが、わたしには、日本製には見えなかった。

    特に裏面の刻印「恒暉窯(こうきよう?)」の名前からして、中国っぽい。とはいえ、製造国や時代が不確かだとしても、なんとなく心を惹かれたので、購入したのだった。

    一昨日届いた実物を見て、写真よりも遥かに質感や風合いがよくて、とても気に入った。「恒暉窯」で調べると、ヤフオクのサイトがヒットし、類似の商品が出てくる。しかし、肝心の恒暉窯のものは、すでにオークション終了なのか、該当するものが見当たらない。

    「和製マジョリカタイル」同様、陶磁器もまた、明治時代に「海外輸出用」として作られたものが少なからずあるようで、「薩摩焼」「里帰り」で検索すると、似たようなものがいろいろ出てきた。

    薩摩焼、有田焼、唐津焼……。九州の名窯を語るときに切り離せないのは、豊臣秀吉が朝鮮半島出兵の際に強制連行してきた朝鮮の陶工たちの凄惨な物語。
    この話になると、我が愛すべきドレスデンにも心が飛んで、話が異様に長くなるので割愛する。ともあれ、さまざまな歴史が練り込まれた土と彩色によって誕生した皿がインドへ渡り、百年以上の歳月を経て、我が家に到着した、という物語が味わい深い。

    ちなみに我が家の掛け時計は、移住当初の2005年に近所の商店街にて購入した、精工舎 (SEIKO)製。修理に出したら動き出した。鎌倉彫の「ひまわり」と呼ばれるシリーズだ。

    2021年の年初、「不易流行」をライフのテーマに加えたが、こんなにも明らかに、自分の周囲が不易流行に包まれるとは思わなかった。日々是発見。

    🇯🇵日本から来ました! 欧州発、日本経由インド。旅するマジョリカ・タイル。 Made in Japan. From Europe, India via Japan. Traveling majolica tiles.
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/2021/2021/09/tile.html

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    🥂An afternoon celebrating a friend’s birthday. Happiness spent with friends in a beautiful garden full of greenery. Drink, talk, eat, and dance. A time to gather and laugh together. More lovely than ever.

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    今日は友人の還暦の誕生パーティ。緑豊かなタージ・ウエストエンドのブルー・バーにて。一年中、オープンエアが心地よい高原都市バンガロールの麗しさ。

    去年の今頃のインドは、COVID-19感染拡大の第一波と第二波の間。先行き不透明で、心晴れずパーティの人数も制限があり、10月から年末にかけてのお祭り&結婚シーズンは静かなものだった。

    現在のインドは、「第三波」を警戒しつつも、共生ライフへの移行がめざましい。またいつか、急に行動規制が入るとも限らぬが、この1年半で、適応能力がついたように映る。テロや戦争、無数の社会問題に揉まれてきたタフな人々。

    まだまだ自由に旅をするには遠い日々。

    しかしこのごろのわたしは、少し変わった。今までは、インドに立ちながらも、インドに背中を向けて、外の世界を眺めることが多かった。国際空港まで車で15分の場所に新居を選んだのは、いつでも海外に近い場所に住んでいたいという気持ちもあったから。

    ところがハンピから戻ったあと、庭を歩きながら夢想しているときに、ふと閃いたのだ。今、わたしは空港に背を向けて、インドを見つめていると。インド生活16周年を目前にして、あまりにも知らないことが多すぎるこの国のことを、もっと知りたいと強く思う。

    さて、一両日中にハンピ旅の記録をまとめ、次に進もう。

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    Today, for the first time in a year and a half, I visited the New Ark Mission, a charitable organization. The New Ark Mission was started in 1997 by Raja, an autorickshaw driver. He began by taking people who were dying on the streets into his home and caring for them.

    Currently, there are about 750 people living there, including children. Most of them have amnesia or mental illness. Every day, someone is picked up and every day, someone dies. It is a place where people live and die everyday. There is no government support, and everything is made up of individual and corporate support.

    It is one of the charities I have visited most often since my first visit 10 years ago. I keep a record of all my visits on my blog, so you can see the history.

    昨年のロックダウン直前の3月、寄付金を託しに一人で赴いたニューアーク・ミッション。マハトマ・ガンディの生誕日である今日は、近々バンガロールを離れるミューズ・クリエイションのメンバーと二人で、1年半ぶりに足を運んだ。

    ニューアーク・ミッションは、オートリクショーのドライヴァーだったラジャという男性が、路上で瀕死の状態の人々を自宅に引き取り、世話をしはじめたのがはじまり。1997年、マザーテレサが亡くなった年のことだ。

    彼自身、ストリートチルドレンの出自で、盗みなどをして生きていた時期があり、投獄されたこともあった。そんな彼が改心し、世の中で虐げられた人々を救済すべく自ら活動を始めた。以来、無数の命を引き受け、手当てし、最期の時を過ごす場を提供し続けている。

    現在、路上に打ち捨てられ、記憶を失った、半ば恍惚の人々が、子供達を含め750名ほど暮らしている。毎日、誰かが拾われてきて、毎日、誰かが死んでいる。人間の生き死にが日常の場所だ。毎日の食事の準備、入居者の入浴、掃除などだけでも、大変な労働力が要されるが、行政支援はなく、すべてが個人あるいは企業の支援から成り立っている。

    わたしがここを初めて訪れたのは、ミューズ・クリエイションを立ち上げる前年の2011年。ちょうど10年前だ。訪れるたびに収容施設が増え、当時の様子は見る影もない。ミューズ・クリエイションの訪問記録ブログを紐解けば、変遷が見て取れる。

    今回、日系企業のCSR活動のサポートとして、AMADA INDIAから再び、支援先とのコーディネーションの依頼をお受けした。CSR法などが微妙に変更されていることもあり、寄付金は直接、同社から慈善団体へ振り込まれる。

    2度目となる今年度は、NEW ARK MISSIONに50万ルピー、OBLFに50万ルピーが寄付された。オンラインでのやりとりで手続きは終了したが、任せていただいた以上は、自分の目で最新の状況を確認しておきたい。

    COVID-19の感染状況も落ち着いていることから、今日、訪れた次第だ。AMADA INDIAからの寄付金は、収容施設の屋根の建築に使われるとのことで、現在工事中の様子も見せてもらった。

    ラジャはかつて、「ここにいる人はみな、僕の家族だ。みんなに、清潔で心地よいベッドで寝てほしい」と口にしていた。現在、その願いが叶いつつある。

    一方、パンデミック下で、寄付金は劇的に減り、ゆえに常に寄付金が望まれている。なお、今年5、6月の第二波の際には約750人中、約250人が感染、男性棟を隔離施設にして、医療設備を整えたという。幸い、ほとんどの人が軽症ですんだとのこと。ワクチン接種も1回目はみな終了しているようだ。

    子どもたちにお菓子を渡し、しかしまだ一緒に遊ぶという状況ではなかったので、歌を歌うことにした。スピーカーとマイクを持参していたのだが、しばらく使わないうちに不調で途中で音が出なくなったので、マイクなしで「エーデルワイス」と「アヴェ ・マリア」を披露。子どもたちも、賛美歌を歌ってくれた。

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    これまではやんちゃだった子どもたちは、今日は参加者が少ないせいだろうか、とても静か。歌にも、真剣に聞き入ってくれて、ちょっと照れた。さすがに踊りはしなかったが、慈善団体訪問時には、歌ったり踊ったり、演奏したりできると、本当にいい。

    過去のメンバーはほとんどが帰任されたが、新たにバンガロールへいらした方々から、少しずつ、ミューズ・クリエイションの活動に参加したいとの連絡が入り始めている。個人的にも周囲がさまざまに動き出し、為すべきが増えつつあるが、近い将来、参加者を募って慈善団体訪問や、ライフスタイル・ツアーなどを実施しようと思っている。

    ◉ニューアーク・ミッションの概要と過去の訪問記録など
    ➡︎https://museindia.typepad.jp/mss/2021/10/newark.html

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    ミューズ・クリエイションが誕生したのは、2012年6月。以来、のべ228名の在留邦人メンバーと共に活動してきた。それ以前の5年余りは、坂田は個人で、チャリティ・セミナーやティーパーティなどを開催、参加者から寄付を募り、慈善団体などを訪問していた。

    昨年のロックダウン以降、集団での活動ができなくなった今、「初心に返って」一人でもできることを続けている。

    明日は1年半ぶりに、NEW ARK MISSIONという慈善団体を訪れる。2年前にもミューズ・クリエイションがご協力したAMADA INDIAのCSR活動。今年は2団体への寄付に際して、橋渡しを行っている。その一環としての訪問だ。

    なお、CSR活動のサポートは、ミューズ・クリエイションとしてはコミッションを一切受けず、寄付金は100%、慈善団体へ直接寄付される。

    先日、ミューズ・クリエイションの活動記録など、膨大な資料をまとめるべく、リンク集を設置した。ぜひご覧いただければ幸いだ。

    Muse Creation LOVE & HOPE, NO BORDERS. 国境を越えて、愛と希望。
    ➡︎https://lit.link/musecreationindia

    【2020年の主な活動】

    ①インド在住日本人に向けてCOVID-19関連情報の提供/Facebbookのグループページ活用
    ②ミューズ・クリエイション8周年記念動画作成
    ③『ミューズ・チャリティフェスタ2020』オンライン版/日印関係の多彩な動画作成
    ④『ミューズ・チャリティフェスタ2020』オフライン版@1Q1/小人数で「ほぼ無観客ライヴ」
    ⑤『STUDIO MUSE/ Youtube』常設/日印関係の多彩な動画を継続して作成・公開
    ⑥『小さなクリスマス・チャリティバザール』@CINNAMON/手工芸品を販売
    ⑦日系病院の医療従事者や慈善団体などへ、支援の品々を贈る

    【2021年の主な活動】

    ①『STUDIO MUSE/ Youtube』常設/2020年に引き続き日印関係の多彩な動画を作成・公開
    ②オンライン開催となった日印交流イヴェント『ジャパン・ハッバ』に参加
    ③COVID-19デルタ株の拡大感染に伴う医療やワクチン、生活情報など、リンク集から各種情報提供
    ④COVID-19デルタ株の対策活動をする慈善団体へ、寄付を促す案内及び活動成果の報告
    ⑤日系病院の医療従事者へ支援の品々を贈る
    ⑥在バンガロールの日系企業AMADA INDIAのCSR支援活動のお手伝い
    ⑦インドにゆかりのある日本の団体やグループのチャリティ活動のお手伝い

    🌺「希望の花」が、つながりました。

    昨年の「ミューズ・チャリティフェスタ2020」の際に募集し、みなさまから届けていただいたお花がつながりました。上の写真がそれです。アート・ディレクターのダヌコンダ真里さんが、日本へご帰国なさったことから、発表の時期が遅くなりました。ご協力くださったみなさま、ありがとうございます。

    ●未来への希望、インドと日本の絆、創造力への期待。「唐草(からくさ)」と「宝相華(ほうそうげ)」

    唐草文様は古代エジプトやメソポタミアに起源があるとされ、ギリシャ、インド、中国を経て日本にたどり着きました。つる草の生命力を描いた連続する文様は、繁栄や再生、発展を表すと言われます。日本へは、仏教とともに、インドから蓮華円唐草文様が伝わったことから、日本とインドを繋ぐ象徴的な紋様だともいえます。宝相華とは、空想上の「吉祥の花」で、古来、仏教の装飾に使われてきました。この二つのモチーフを、インドの伝統的なテキスタイルの手工芸である木版ハンドブロック・プリント風に仕上げました。未来への希望、インドと日本の絆、創造力への期待が込められています。国境、国籍、人種、世代、性別、職業……あらゆる障壁を乗り越えて、希望の花を咲かせましょう!