インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    💝アラクの谷で育まれた最高品質のコーヒー。その背景には23年に亘っての偉大なる支援の歳月がある

    ARAKU COFFEEのオーナーであり、その母体となる慈善団体、ナーンディ・ファウンデーションの創始者でもある友人のマノージからのコーヒー・テイスティング&ディナーの招待を受け、先週の金曜夜、インディラナガールのARAKU COFFEEへ足を運んだ。

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    折しも、金曜の午後、ここカルナータカ州の言語「カンナダ語」によるカンナダ映画の俳優が急逝。暴動を懸念する当局から、即、金曜から週末にかけて、夜間のアルコール販売禁止や集団での行動に規制が入った。

    人気俳優の他界がなぜ暴動につながるのか、ピンとこない人が多数だろうが、かつても大俳優が亡くなり、悲しみのあまりに荒れ狂った庶民が、店のショーウインドーを叩き割るなどの暴挙に出たケースがあるなど、インドはなにかと計り知れないので、注意しておくにこしたことはない。

    季節外れの大雨の中、正面玄関が閉ざされたARAKU COFFEEの、裏口から回って店内、2階へと案内される。

    プレ・オープニングで会って以来のマノージはじめ、関係者に出迎えられ、さっそく、特筆すべき「限定500パック販売」の高品質なマイクロロット「LOT 58」を味わう。深いアロマ、ほんのりフルーティ、しかし酸味がほどよく、とてもおいしい。

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    この写真は、パーティの当日に自宅へ届けられた「LOT 58」。こればかりは丁寧に挽いて、ゆっくり丁寧に煎れ、しみじみと飲む予定。

    さて、わたしはしばしば、ARAKU COFFEEを訪れ、ソーシャル・メディアを通して料理やコーヒーを紹介しているが、それは「飲食店として関心があるから」だけではない。ARAKU COFFEEの母体であるナーンディ・ファウンデーション、ひいてはマノージの生き様、彼の行う「貧困に苦しむ人たちの救済方法とその尽力」に、強い感銘を受けているからだ。

    今日はそのあたりの背景についても、長くなるが書き残しておこうと思う。

    💝インドが一つの国で在り続ける「奇跡」の背景には、このような無数の助け合いがある

    1947年のインド・パキスタン分離独立以来、この巨大国家インドが一つの国として存在し続けていることは奇跡である……ということは、これまでも幾度となく記してきた。インドで生まれ育ったインド人ですら、インドの全容を見晴るかすことができる人は稀有であろう。

    複雑で多様性に富んだ国インド。この国が、さまざまにネガティヴな側面を抱えながらも、「民主主義国家」としての体裁を維持し、存続できている大きな理由のひとつに、「人々の助け合う力」が挙げられるだろう。宗教団体、コミュニティ、自治体、企業、個人……。

    わたしは、インド移住から一年余りたった2007年に、個人的に慈善活動を始めた。東京時代、ニューヨーク時代は、自分の仕事で精一杯、社会への貢献を考える余地がなかったわたしが、思うところあり、活動を始めた。以来、この国で学んだことの多さは、挙げればきりがない。

    ⬇︎ミューズ・クリエイション8周年記念動画 ①創設背景 ②慈善団体訪問 ③イヴェント

     

    2012年にミューズ・クリエイションを創設した後も、社会貢献に身を投じている多くの人々を目の当たりにしてきた。わたしが訪問し、記録に残してきた人々は、その氷山の一角にすぎない。パンデミックの第二波をインドで経験した人ならば、インドの人々の助け合う力の強さに、感銘を受けた人も少なくないだろう。

    山積する社会問題に対して、看過するだけでなく、自ら動いて状況を変えようとする人が身近に多いことは、わたしにとっては大きな心の支えであり、希望でもある。

    💝「世界、人助けランキング」で、日本は最下位の114位だという現状

    「人助け」に対する考え方は、国や周辺環境、個人によって異なるだろう。ところで先日、目にしたこの「世界人助けランキング」の統計を見て、諸々、納得することがあった。

    統計の取り方に問題がある。調査対象に偏りがある。異論も多々あるだろう。しかし過去25年。一時帰国のたびに深まる違和感が、数字に現れているようで納得する。ミューズ・クリエイションをはじめ、わたしの行動をして、日本人から、「お節介」と言われたり。あるいは慈善活動をする人に対して「偽善」という言葉を投げつける人をしても。

    それに加えて、他者が施す大金に対して「〇〇円をポンと寄付」という書き方をするメディア。ポンと。って、なんですか? それを寄付するに際して、その人の背景にある何かを知っていたら、「ポンと」などという表現はできないはずだ。寄付をしている人に対して、ひどく失礼な表現だと思う。

    不快に思い、「人は損得感情だけでは生きていけぬものぞ!」と叫びたくなることもしばしばだ。しかし、日本の趨勢がこうであれば、言われても仕方がないのだな……という気さえする。

    114カ国中114位。この圧倒的な、日本の低さ……。ちなみにインドは14位だ。

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    *人助けランキング、日本は大差で世界最下位 アメリカは首位陥落、中国は順位上昇 トップは?
    ➡︎https://news.yahoo.co.jp/byline/iizukamakiko/20211022-00264181?fbclid=IwAR0um1hpYOPtPjd4z6fVilEnHmXLjFqx2nV0e9TI_iF_maap3dpnI5hYcwM

    *World Giving Index 2021/ A Grobal Pandemic Special Report
    ➡︎https://www.cafonline.org/docs/default-source/about-us-research/cafworldgivingindex2021_report_web2_100621.pdf

    💝「奇跡」といっても過言ではない。インドが一つの国家として存続し続けている現実

    人口13億人。数々の宗教、複数の言語、異なる気候、文化、習慣、食生活……。インドの多様性は、他のどの国にも該当しない、桁外れの存在で、一つの国として在り続けていることは奇跡のようだと、この国に暮らし初めてまもないころから、感じ始めてきた。

    それは、単にわたしの「皮膚感覚」による印象ではない。この国が1947年にインド・パキスタンと分離独立して以来、いや独立する以前から、識者たちは「インドが一つに国であり続けることの、ありえなさ」について、語り、綴ってきた。

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    わたしがセミナーの際にもしばしば引用しているラーマチャンドラ・グハの著書『インド現代史』の引用が、わかりやすいかと思う。インドに関わる方には、ぜひ目を通して欲しい。以下、プロローグのわずかな文章を目にするだけで、インドという国の存在が奇跡的かが、おわかりいただけるだろう。

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    ◉インドのさまざまな「国々(カントリーズ)」の差異に比べれば、ヨーロッパ諸国間の差異などはるかに小さなものであり、「ベンガルとパンジャーブの違いに比べれば、スコットランドとスペインははるかに似通っている。」インドでは人種、言語、宗教の際ははるかに大きい。……「一つのインドというものは、いまもかつても存在しない。(1888年/インドの英国統治整備に関わった人物、サー・ジョン・ストレイチーの言葉)

    ◉(印パが分離独立した1947年以降)注目すべきなのは、インドという存在が、その場限りの観察者や通り一遍のジャーナリストにとって謎だっただけでなく、アカデミックな政治学者にとっても例外的存在であったことである。なぜなら、かれらの定理によれば、文化的な異質性と貧困は、国民を、ましてや民主主義を育成しないからであった。インドが「民主主義制度を維持できるという可能性は、外見上きわめて低いようにおもわれる」と政治学者ロバート・ダールは言い、「そのための有利な条件にすべて欠けている」とも言う。

    ◉(すでにインドが20年以上統一を維持していた1969年、英国人ジャーナリスト、ドン・テイラー曰く)核心にある問題は同じだ。インドは一体として存在し続けるのか、分裂するかだ。この広大な国、五億二四〇〇万人の人口、一五の主要な言語、相対立する宗教、多数の人種、これらを見るだけでも、一つの国民が生まれるとは信じがたい。この国は、心のなかに収めきることすら難しいのだ。威容を誇るヒマラヤ、太陽にやきごがされ、強烈なモンスーンに叩かれた広大なインダス・ガンジス平原、東部デルタの緑の洪水、カルカッタ、ボンベイ、マドラースの大都会、とても、ひとつの国とは思えない。にもかかわらずインドには、その存続を保証するかに見える強靭さがある。インドの精神としか予備用のない何ものかがある。アジアの運命はその存続にかかっているといっても過言ではない。私はそう信じている。

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    💝【参考資料】 インドにおけるフィランソロピー(社会貢献型ビジネスなど)の一端を知る

    カルナータカ州フブリを拠点とするデッシュパンデ・ファウンデーション。創業者はインド系米国人のヴェンチャー・キャピタリスト、Gururaj Deshpande。彼とは9年前にフブリでお会いしたが、先日もオンラインのイヴェントでお話を聞く機会があった。その件は別の機会に改めて記すつもりだが、ともあれ、インドにおけるソーシャル・アントレプレナーシップなどに関心のある方は、ぜひ以下のリンク先に目を通されることを勧める。

    🌿Deshpande Foundation/ INNOVATION FOR SCALABLE IMPACT
    The Deshpande Foundation, founded by Jaishree and Gururaj ‘Desh’ Deshpande, has supported sustainable, scalable social and economic impact through innovation and entrepreneurship in the United States, Canada, and India.
    ➡︎ https://www.deshpandefoundation.org/

    🌿社会のために、英知を。労力を。フブリのカンファレンスを訪れた際の記録 (2012/1)
    [Hubli] Ecosystem/ Social Entrepreneurship/ NGO/ BOP/ Development….
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/2012/2012/01/deshpande.html

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    💝ARAKU COFFEEの母体、ナーンディ・ファウンデーションとは

    折しも今日、11月2日、創設23周年を迎えたナーンディ・ファウンデーション。「フィランソロピー」とか「ソーシャル・アントレプレナー」と記しても、その言葉から内容がピンとくる人は少ないだろう。彼らの指針に目を通すだけでも、彼らの活動の主旨がわかるかと思う。

    ARAKU COFFEEの創業者、マノージが、ナーンディ・ファウンデーション (Naandi Foundation/ サンスクリット語で「はじまり」を意味する)を創設したのは1998年のこと。彼らの指針をホームページから抜粋する。

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    ◎ナーンディは、インフォシスの創業メンバーの一人であるクリス・ゴパラクリシュナンや、マヒンドラ&マヒンドラのCEOであるアナンド・マヒンドラをはじめ、著名なビジネスリーダーたちと協調。専門的に運営される非営利団体をとして誕生した。州政府や企業、国際的な開発組織と提携し、貧困村への生活インフラの公共サーヴィスの供給に成功。

    ◎ナーンディはこれまで以下17州において、700万人以上の恵まれない人々の生活に貢献してきた(テランガナ、アンドラ・プラデシュ、グジャラート、マディヤ・プラデシュ、ビハール、デリー、タミル・ナドゥ、ジャンムー・カシミール、カルナータカ、西ベンガル、オディシャ、ケララ、パンジャブ、ハリヤナ、マハラシュトラ、ジャールカンド、ウッタル・プラデシュ)。

    ◎ナーンディは、350人以上のフルタイムの専門家チームと、6000人以上の第一線の開発作業員を擁する。大半がコミュニティ内で採用、訓練されている。

    ◎女子を優先させた初等教育安全な飲料水と衛生設備、乾燥地での大規模な協同灌漑農業、部族地域での持続可能な農業、若者のスキルアップと雇用、安全な母子家庭と幼児教育(子供の栄養失調への取り組みを含む)、その他効率的な解決策を求めている社会経済的な問題など。

    ◎現在、ナーンディは、従来の助成金による活動よりもさらに効率的でコミュニティのニーズに対応した、「ソーシャル・ビジネス」の創設に着眼。新たな社会起業家を生み出す試みを続け、実績をあげている。

    ◉ビジョン
    貧困の根絶

    ◉使命
    ・あらゆる活動において、説明責任と透明性の価値を守る、信頼できる組織の構築。
    ・州政府、企業、市民社会の協調、官民パートナーシップを促進すること。
    ・インド国内の貧困撲滅に貢献する、再現/持続可能な成果重視の革新的技術を創造。
    ・インフラ不全、教育不全などにより社会的に疎外された人々の生活の質を高める。

    ◉価値観
    ・ナーンディと共に、ナーンディのために働くことを喜びにしたいというチームの意図から発展。
    ・誠実さを重視。資金の活用、情報の共有、仕事の提供など、すべての透明性、説明責任を果たす。

    ◉チームワークとプロフェッショナリズム
    国内の2億5600万人の恵まれない人々が貧困から脱するため、チームワークが不可欠と考える。既成概念に囚われぬ自由な発想を得るべく、プログラムの設計や実施について、幹部や部門を超えたフィードバックとコンセンサスを奨励。また、各分野においては、プロフェッショナルな人材を起用、活動に際して、客観性とプロフェッショナリズムは重要。

    ◉情熱
    分かち合いと思いやりの精神、人間の尊厳を尊重する価値観、知識を共有する必要性を認識。多くの人を巻き込みながら、平等な世界の実現を目指したいと考える。

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    この日、ディナーの前に、ARAKU COFFEEの足跡に関するプレゼンテーションが行われた。マノージをはじめ、関わる人々のレポートはどれも極めて興味深い。メモしたことをすべて記載したいくらいだが、膨大な量になるので要点だけでも記しておこう。

    アラク・ヴァレーはカルナータカ州のお隣、アンドラ・プラデーシュ州のヴィシャカパトナムから西へ110キロほどの山間にある避暑地。風光明媚なその山間の村では、10を超える先住民族の村人たちが、コーヒーやスパイスを育て、細々と暮らしていた。学校はなく、生活インフラも整っておらず、農民たちの暮らしは困窮していた。

    アラクの村に住む先住民たちの暮らしを向上させるため、23年前、マノージは立ち上がった。当時、学校がなかったその土地で、彼は自ら、木の下で教鞭を取り始めるところから始めた。今では、1万を超えるコーヒー農家、2万を超える他の農作物を育む農家を支え、学校、特に女子の教育に力を入れた支援を行っている。

    ワールドクラスの高品質な農作物を作り上げ、同時に、全ての農民に利益が行き渡るよう、さまざまな試みがなされている。このあたりは、ARAKU COFFEEのホームページに詳細が記されているので、関心のある方はぜひご覧いただきたい。

    【必見動画/TED INDIA】
    シャールク・カーンがホストのTED INDIA。マノージによるプレゼンテーション。彼の活動内容を理解するのに好適な動画。
    ➡︎ https://www.ted.com/talks/manoj_kumar_how_coffee_enriches_india_s_indigenous_peoples

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    以前は、人前でスポーツをすることも恥じらっていた女子たちが、今ではスポーツウエアに身を包んで、バレーボールの試合に出るまでになった。農民たちのライフを、トータルに前向きに、改善している。

    同時に、コーヒー農園の向上、特に「土壌の育成」に際しては、驚くほどの専門的な技術の投入と、試行錯誤が行われており、これに関わる専門家スタッフの話にも感銘を受けるばかり。一人一人を紹介したいところだが、今日のところは割愛。

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    青いシャツを着ているのがマノージ。

    赤いシャツを着ている男性は、1971年に渡印したニュージーランド人のデイヴィッド。ポンディシェリのシュリー・オーロビンドにて、シュタイナー教育やアグリカルチャーの専門家として活動していた彼は、2004年、マノージに誘われてARAKUの活動に参加、以来、アラク・ヴァレーで農民たちとのコーヒー作りをしながら生活している。

    わたしの隣に立っているのは、ムンバイの名レストランMasqueのオーナーであるアディティ。彼女のことは、過去の記録を以下に転載している。彼女もまたマノージに(ほぼ強引に)誘われ、当時MasqueのシェフだったグレイのTシャツ姿のシェフ、ラーフルと共に、アラク・ヴァレーを訪れた。

    最初は、「アラク・ヴァレー?」「コーヒー?」……と、さほど関心がなかったが、そこを訪れて思いが一変したという。結果、バンガロールのARAKU COFFEEのメニュー構築に全面的に貢献、ラーフルはムンバイからバンガロールへと拠点を移して、シェフとなった。

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    この夜の、独創性に富んだ料理の数々! 特にスモークド・チキンの味わいが格別だった。

    ☕️Araku coffee’s make in India push | Co-Founder Manoj Kumar EXCLUSIVE | India Revival Mission

     

    💝これまで坂田のブログに記載した、ARAKU COFFEEに関する記録

    ☕️久々に、夫と出かける土曜日🌿家具店巡りや美味ランチなど (2021/8/2)
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/eat/2021/08/araku.html

    ☕️お好み焼きではありません。ARAKU COFFEEで、日本男児2名とランチ(2021/4/19)
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/eat/2021/04/araku-1.html

    ☕️ I had lovely lunch at ARAKU COFFEE again. (2021/4/3)
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/2021/2021/04/araku.html

    ☕️ARAKU COFFEEのすてきなカフェレストラン、遂にオープン (2021/3/26) 
    この日の記録は、店のコンセプトほか、店内の様子など写真でも紹介しているので、以下、丸ごと転載している。
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/2021/2021/03/araku.html

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    【ARAKU COFFEEのすてきなカフェレストラン、遂にオープン/2021年3月26日の記録を転載】

    わたしにとって、バンガロールで最もお気に入りの場所が、またひとつ増えた。ここは間違いなく、これからもしばしば、訪れることになるだろう。

    貧困層支援の慈善団体創設者であり、実業家であり、ソーシャル・アントレプレナーでもある友人マノージ。彼が20年以上に亘って構築しているソーシャル・エンタープライズのARAKU COFFEEが、パリのマレ地区に次いで、インド1号店を、バンガロールのインディラナガールにオープンした。

    先月、身近な関係者だけが招待されてのソフト・オープニングのパーティに足を運んだことはすでに記したが、昨日、オープン後、初めて訪れた。

    マノージが手掛けるビジネスのひとつ、ARAKU COFFEEについては、昨年から何度か紹介してきた。『ミューズ・チャリティフェスト2020』のために、マノージが撮り下ろしてくれた動画をご覧になった方もいるだろう。

    南インドのアンドラ・プラデーシュ州、ヴィシャカパトナムにほど近い「アラク・ヴァレー」という風光明媚な場所にて、コーヒー農家を支援しつつ、極めて良質なコーヒーを生産するARAKU COFFEE。

    良質のコーヒーの生産、農家支援、職業訓練、雇用機会の提供、環境保護、オーガニックの食材、国産品によるインテリア、グローバル・スタンダードの品質管理、トップクラスのマネジメント……。

    一方で、日本を含むコーヒー器具類をも販売するなど、そのディスプレイも上品かつ心地よい。一隅にはライブラリーもあるなど、たいへんな読書家でもあるマノージのセンスが随所に鏤(ちりば)められている。

    夫とマノージとは、グローバル組織であるアスペン・インスティテュートを通して出会った。マノージは、夫が属していたグループのモデレーターだったこともあり、夫は彼の人柄や生き様はもちろん、バイタリティ溢れる行動力に、強い敬意を抱いている。

    🌱The Aspen Institute
    https://www.aspeninstitute.org/

    ARAKUは、そのビジネスモデルそのものが特筆すべきで、Social Enterprise(社会問題解決を目的として収益事業に取り組む事業体)としても知られており、インドのメディアでもしばしば取り上げられている。

    なお、ボードメンバーには、バンガロール拠点IT大手インフォシスの創業メンバーの一人だったセナパティ・ゴパラクリシュナン(通称クリス・ゴパラクリシュナン)や、マヒンドラ・グループ(財閥)会長のアナンド・マヒンドラらも名を連ねる。

    ビジネスモデルに関心のある方には、ぜひARAKU COFFEEサイトのEXPLOREの項目を見てほしい。また、複数メディアに紹介されているので、以下、リンクをはっておく。もちろん、コーヒーの味も試してほしい。個人的にはMICRO CLIMATEが好きだが、いろいろ試されることをお勧めする。

    ❤️Naandi Foundation
    https://www.naandi.org/

    ❤️ARAKU COFFEE
    https://www.arakucoffee.in/

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    📚First look: All you need to know about Araku’s first café in India
    お店の紹介は、このVOGUE INDIA にて、とてもすてきに紹介されている。ビジネスモデル含め、関心のある方は、ぜひご覧ください。
    https://www.vogue.in/culture-and-living/content/araku-coffee-first-cafe-in-india-bengaluru

    📚New in Bengaluru: ARAKU Café raises the bar for coffee shops in the country
    https://www.cntraveller.in/story/new-in-bengaluru-indiranagar-araku-cafe-raises-the-bar-for-coffee-shops-in-the-country/#s-cust0

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    ⬆︎DARK & STORMY/ コールドブリュー・コーヒーに、ほのかなスパイスとシトラスを加え、炭酸水で割ったコールドドリンク。さっぱりと、しかしコーヒーの香りがほどよく、食事にも合う。

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    ⬆︎開店から1週間足らず。すでに若い世代を中心としたゲストで賑わっていた。

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    ⬆︎上階は、コーヒーのテイスティングが楽しめるコーナーがあり、ミーティングルームなど、パーティなど貸切にも対応できるスペースも備えている。

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    ⬆︎つい長居をしてしまいたくなるライブラリーのコーナー。ひとりで外食をすることが多いわたしにとって、このような空間は、本当に幸せ。

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    ⬆︎食事もさることながら、コーヒー専門店につき、コーヒー関連のメニューが非常に充実している。全種類を試してみたくなる。

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    ⬆︎これは1カ月前のソフトオープニングのときの写真。右下の女性は、コーヒーのクオリティの鍵を握っている米国人のコーヒースペシャリスト、マリア。

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    ⬆︎こちらも1カ月前の写真。料理やスイーツは、ムンバイで、今、最も人気のあるレストランMASQUEを経営する女性起業家、アディティの監修によるもの。ヴォーグのサイトに写っている右端の女性だ。シェフはかつてMASQUEで働いていたラーフル。コーヒー風味のソフトクリームは甘すぎず、ほどよいミルクのコクとコーヒーの香りがいい塩梅。普段はブラックで飲むのだが、甘みとベリーの風味が個性的なBLACK FORESTも、とてもおいしかった。

    🍽Masque Restaurant
    https://www.masquerestaurant.com/

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    ⬆︎こちらは昨夜の写真。一人で訪れたから、あまり食べられないと伝えるのだが、シェフのラーフルが前菜からデザートまで、勧めてくれる。ビーツのサラダとマスカルポーネのムース風。まるでおやつのようでもあり。新鮮なアレギュラ・サラダは独自の近郊農家で栽培しているとのこと。敢えてエビの頭をつけているというグリルも、わたし好みの味。なにより印象的だったのは、この中東のデザート。ぜひ試してみて欲しい。

    【ARAKU COFFEEのプレ・オープニングに招待されたときの記録/2021年2月24日の記録を転載】

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    スタッフの女性に誘われ、店舗奥の、ライブラリーにて。タイプライターを前に、一人の男性が座っている。なんというのだろう、彼のような人を。

    人の言葉から、詩を紡ぐ人。

    「あなたの人生で大切なことと、そのエピソードを話してください」と尋ねられたので、コーヒーのソフトクリームを試食しながら、

    「旅」

    と答えた。

    20歳のときに初めてロサンゼルス空港に降り立った時に人生が変わったこと、その後ニューヨークに渡って夫と出会ったこと。これまで無数の土地を旅してきたけれど、インドにたどりついたこと。そして今もまだ、毎日が旅の途中なのだということを、話した。

    そうしたら、彼は丁寧に、ポストカードをタイプライターに挟み込んで、パチパチと一文字ずつを、打ち始めた。

    そして、この詩をくれたのだった。

    ソフトクリームを食べながら、思わず泣きそうになった。なんだかもう、いろいろなことが、ツボすぎる。

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    そして毎度おなじみ漢字短冊とミューズ・クリエイションのオリジナルTシャツをお土産に渡したら、ことのほか喜ばれた。なんでもマノージのお嬢さんが、今、日本語を勉強中だとのこと。ARAKUコーヒー自体が日本と深い関わりを持っていることもあり、ご縁は繋がる。

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    ⬆︎我が家のCANDYも、告知に貢献😸

    ☕️ARAKU COFFEE/ 高品質オーガニックコーヒーを生産するソーシャルアントレプレナー。アラク・コーヒー創業者マノージが語る日本との関わり/撮り下ろし

     

    ☕️南インドのコーヒー文化/伝統的なサウスインディアン・コーヒーとその楽しみ方/良質なコーヒーの新潮流/インドで購入できるコーヒー豆や、おすすめのカフェなど

     

    ☕️通販を賑わせるおしゃれな手工芸&天然素材のマスク/農家支援のワールドクラス高品質コーヒー ARAKU COFFEE

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    Yesterday, I went to JP Nagar. Coincidentally, Puneeth Rajkumar had passed away around the time I took the photo of Dr. Rajkumar. RIP.🙏

    昨日、家具工房の帰り道。JPナガール界隈は、昔ながらの南インド軽食店が多いこともあり、本来は朝食のドーサなどをランチで出している店を探して、食べて帰ることにした。

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    Google Mapのおかげで、界隈の「高評価」の店をすぐに探し出せる。大通りを外れ、昔ながらのコテコテな映画館の横を通り過ぎ、込み入った街路を通過して、たどりついたその店。おすすめのバター・マサラ・ドーサにはじまり、ワダを2種類、そしてサウスインディアン・コーヒーを注文(←食べ過ぎ)。

    これだけ頼んで、100ルピーもしない。街中の小洒落た店での食事とは桁が違う。同じバンガロールにいてなお、別の国を旅しているような錯覚に陥る。

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    もっちりどっしりのドーサがおいしく、もりもり立ち食いしていると、急に大雨が降り始めた。直後、夫から電話。ここカルナータカ州のカンナダ(カンナダ語)映画の名俳優Puneeth Rajkumarが急逝したから、帰路、気をつけるようにと。

    WhatsAppを開けば、友人らから関連情報がシェアされている。彼が入院していたカニンガムロード近くのヴィクラム・ホスピタル界隈が、大勢の人々で埋め尽くされている映像など。

    かつてもバンガロールは、大スターの死に伴って、悲しみが高じて暴動に走る意味不明の輩が発生したケースもあり。今日は、市街中心部のKanteerava Stadiumにて葬送の儀式が執り行われたようで、交通規制や酒類の販売禁止などの措置が取られた。本日土曜の夜に参加予定だったホテルでの大規模なディワリ・パーティも延期となった。

    さて46歳の若さで急逝したPuneeth Rajkumarのことを、わたしはよく知らなかった。彼の死に伴い、明るみになる偉業。関連記事に目を通しながら、心を打たれる。26の孤児院、45の学校、16の老人ホーム、1800人の子供の養育など枚挙に暇なく。彼の両眼は寄付された。

    彼の妻と同じ血族である我が友人も、彼の死に強い衝撃を受けている。彼ら夫妻の人柄を称えるメッセージをシェアしてくれた。

    わたしは2005年11月にインドへ移住し、その1年あまりたったあとから、慈善団体を訪れるようになった。この15年間に、いったいどれほどの篤志家の献身を目の当たりにしてきただろう。宗教関係者、実業家、教育関係者、一個人……。バックグラウンドを問わず、多くの人たちが、「人知れず」社会貢献をしている。

    この「一つの国として存在していること自体が奇跡」と思えるインドが、インドたり得ているのは、国や政治に頼るのではない、自分たちの助け合いがあるからなのだということを、パンデミックを経ても、しみじみ、つくづく、心の底から実感する。

    🙏1枚目の写真。左上&中央花輪の男性は、他界したPuneeth Rajkumarの父で、息子を凌いでの大人気俳優だったDr. Rajkumar。彼の息子が息を引き取った、まさにそのころ、たまたま、わたしはこの写真を撮影していた。

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    3カ月前、ネットで検索していて見つけた天然木家具のカーペーンターのアニールが経営するPermanent Objects。インスタグラムでのやりとりで、翌日には工房を訪問し、テーブルに机、合計5つを発注した。

    その後、パーツ選びなどはZOOMのミーティングで詰めて行き、今日は最終確認のため、再度、工房を訪れた。同じバンガロール市内でも、我が家は北東、工房は南西。距離的には20数キロ程度なのだが、途中、混雑するエリアを通過することもあり、1時間以上かけての訪問だ。

    細長く、少し背の高いテーブルは、リヴィングルームに面したメザニンフロアに設けるライブラリー用。本を広げたり、お茶を飲んだり……と、楽しめるように。

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    双子のコーヒーテーブルはリヴングルーム用。脚の部分は、ジョージ・ナカシマ(George Nakashima)という、建築家であり家具職人だった日系米国人の作品に着想を得た。ZOOMミーティングをしているとき、アニールが「脚の部分はジョージ・ナカシマの作品のようにしませんか」と持ちかけてくれて初めて、彼の存在を知った。

    これまで幾度となく記してきたが、新居はフランク・ロイド・ライトの意匠を意識している。調べたところ、フランク・ロイド・ライトが帝国ホテルを建設する際に同行していた弟子のアントニン・レーモンドは、そのまま日本にとどまり活動していたらしい。そのレーモンドの事務所で、ジョージ・ナカシマは建築の仕事を学んだのだという。

    香川県の高松市には、「ジョージ・ナカシマ記念館&桜製作所」があるらしい。極めて興味深い。
    ➡︎ https://www.onestory-media.jp/post/?id=3490

    彼の手掛けた内装や家具の写真を見ていると、フランク・ロイド・ライトの写真集を眺めているときと同じように、引き込まれる。

    ソファーに腰かけて、テーブルを使うつもりだったが、これは床に座ってテーブルに触れ合うのが気持ちいい。パンデミックが落ち着いて、輸送が通常に戻ったら日本から畳ほか、調度品なども取り寄せるつもりでいる。このテーブルの下には、厚手のカーペットを敷くつもりだったが、畳にも似合いそうな風合いだ。

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    そしてわたしと夫の机。最初、大きい方のデスクを自分用に決めていたのだが、やや小さめの夫のデスクの方が、今になっては魅力的。年輪の柄もダイナミックですてきなのだ。穴の部分はコード用として敢えて開けたままにしてもらっている。

    磨き、ニスなどを塗り、艶を出して……仕上がりを見るのが、とても楽しみだ。

    木目の風合いを捉えた動画、撮りました。IMG_2641 2をダウンロード

    先ほど、自宅に戻って夫に写真を見せた。覚えていなかったら、自分の机にしようかとも思ったが(こんなやつ)、夫は珍しく記憶しており「この穴があるほうの机、かっこいい。僕のだからね」と牽制された。ちっ。

    来月に入ったら、新居へ少しずつ、家具を運び入れる。年内には完成しそうだが、しばらくは「別荘」扱いで行き来しつつ、家を育てていこうと思っている。

    さっき、前回訪問した7月24日の記録を見て目を見張る。今日の自分と同じ服。同じ寿司柄マスク&鼈甲風マスクチェーン。意図せずして、わたしにとってこれが、家具工房へ向かう時のファッションだったか。てか、なぜ寿司マスク🍣
    ➡︎ https://www.instagram.com/p/CRszY8atmbU/

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    🌳PERMANENT OBJECTS
    ➡︎ https://permanentobjects.com/

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    上記の記事をFacebookに投稿していたら、友人のデヴィカがコメントを寄せてくれた。インドにも、ジョージ・ナカシマとゆかりがあったのだ。

    Nakashima was instrumental in designing a lot of the furniture for the design school I studied in NID*. All of us who studied there have had the good fortune to sit on his chairs while working or watching films in the auditorium. I love his simplicity in design. But the most emotive and effective experience of Nakashima’s style can be had at the ashram in Pondicherry. It’s got very strict rules though so you need to be thoroughly prepared to take up a short residence there. It’s meditative.

    *NID/ National Institute of Design
    ➡︎ https://www.nid.edu/home

    ➡︎ https://www.architecturaldigest.in/story/a-look-at-indias-first-modernist-building-golconde-in-pondicherry/

    One of my favourite teachers from NID passed away last morning. He was instrumental in bringing Design to India and every qualified furniture designer in the country today has studied under him. In fact, till the 90s every industrial design (product, furniture, ceramics) student has had him as their guide and faculty at some point or the other. The most generous, humble and loving teacher on campus. A true father figure to so many of us there. I thought since you like architecture and furniture, I’d share this student’s tribute to him. He worked with George Nakashima.

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    インドがロックダウンに入り、引きこもりの日々が続いていた昨年4月。Youtubeからの情報発信を始めた。なにがなんだかよくわからない中、編集方法などを学んだ。

    毎年開催していた「ミューズ・チャリティバザール&コンサート」を、オンラインイヴェントとして開催すべく、8月にはミューズ・クリエイションを発信源とする、「スタジオ・ミューズ」を開設。周囲の協力を得ながら、ヴァラエティ豊かに、多くの動画をアップロードした。

    今年に入ってからは、若干モチヴェーションが落ちて、投稿回数は減ったが、それでも動画で発信することの意義深さは実感している。

    ただ、「チャンネル登録者数を増やす」とか、「話題性を狙う」といった、一般的なYoutuber的スタンスからの発信は、わたしには向かない。利益のためではなく、自分自身の思う「有意義」を最優先にしている。

    中でも、セミナー動画やインドの現状を伝える動画は、仕事関係者からの問い合わせが来た際にも、参考資料として見てもらえるので、非常に役立っている。予備知識を備えてもらっていると、限られた打ち合わせの時間、踏み込んだ話ができ、互いにとって無駄がない。

    ゆえに、セミナー関係の動画をもっと拡充したいとも思っているのだが、COVID-19共生世界が進み、仕事や外出が増えるに伴い、動画作成の優先順位が低くなっていた。

    そんな中、かつてデリーの大学でヒンディー語を学ばれ、Youtubeにヒンディー語の人気チャンネルを持っている眞代さんの、日本人向けチャンネルで、インドの今を語る「新企画」に取り組むこととなった。

    早速、1本目が「ナマステMayoTV」にアップロードされている。また、折しもちょうど100本目となる「スタジオ・ミューズ」の動画で、コラボレーション実現の経緯や今後の展望などについても言及している。ぜひ、ご覧いただければと思う。

    * * * * *

    【インド発、世界】 🇮🇳🇯🇵スタジオ・ミューズ動画100本目記念🌸ごあいさつ&新企画「教えて! みほ先輩!」@ナマステMayoTVのご紹介

    【新企画】教えてみほ先輩!みほ先輩の自己紹介&激カワ❤️インドのマスクグッズを紹介!

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    【はじめに】

    *今回、全5回に亘り、2021年9月24日から27日にかけての、カルナータカ州ハンピの旅をレポートしています。他の記録もぜひご覧ください。
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/2021/hampi-journey/

    *この[HAMPI 04] では、以下の項目から、③に関する記録を残しています。

    ①数十億年前/生まれたばかりの地球の姿が残る場所。地質学の視点 

    ハンピ一帯の「岩盤」や「奇岩」は、地球上で最も古い露出面のひとつ。地球が誕生した時、とてつもなく巨大な花崗岩の山だった一帯が、数千万年(数十億年という説もある)に亘って、日射しや嵐、風、雨といった自然の力に浸食で、徐々に形を変えた。石が積み重なったのではなく、自然という「彫刻家」によって造形された奇岩なのだ。

    ②数千年前/神話の世界。インドの二大叙事詩の一つ『ラーマーヤナ』における主要ポイント 

    『ラーマーヤナ』とは、古代インドの長編叙事詩で、インド人の多くが知っている重要な神話だ。ヒンドゥー教の聖典の一つであり、『マハーバーラタ』と並んで、インド二大叙事詩とされている。北インドのコーサラ国を去らねばならぬ運命に陥ったラーマ王子とシータ姫、ラーマの弟ラクシュマンを巡る物語。現在のスリランカである「ランカ島」に住む10の頭を持った悪魔ラーヴァナによって、シータ姫が誘拐される。姫を救うべくラーマとラクシュマンは鬼退治に行くのだが、途中、このハンピで絶大なる助っ人、猿の神様「ハニュマーン」と出会う。この『ラーマーヤナ』に因んだ場所がハンピには数多くあり、我々夫婦も稀有な経験をした。

    ③数百年前/世界規模で栄華を極めたヴィジャヤナガル王国の王都 

    ハンピは、14世紀から16世紀中頃にかけて隆盛を極めたヴィジャヤナガル王国の王都だった。宝石やスパイス、布などさまざまな貴重品が交易されるバザールが存在。当時の都市遺跡は各所に散らばり残っているが、中心部の「一部」がユネスコ世界遺産に指定されている。

    ④現代/鉱山と鉄鋼業。オリンピック選手養成施設。自然保護区など 

    ハンピ界隈の地中には、鉄鉱石が眠っており鉄鋼業が盛ん。日本との関わりも深い。今回、YPO主宰での旅だったこともあり、鉄鋼大手ジンダルの幹部であるメンバーの計らいにより、製鉄所や鉱山の見学をした。さらには、ジンダルによって設立されたオリンピック出場選手の養成施設も訪問。2020東京オリンピックに出場した選手にも会って話を聞けた。この他、今回は訪問しなかったが、ハンピには動物(熊)や植物の自然保護区もある。

    ⑤滞在したラグジュリアス・ホテルやYPO主催のパーティの記録など 

    ハンピはすばらしい土地ながら、いかんせん、観光インフラが整っていない。ニューヨークタイムズの2019年版「訪れるべき旅先52選」で、ハンピは2位に選ばれた。これを機に、徐々に海外からの旅行者にも対応すべくインフラが向上すると思われたが、まだまだホテルや飲食店の選択肢が少ないのが現状。ヒッピー時代の名残が強い。しかし、我々が滞在したホテルも数年前に誕生するなど、徐々に環境が整い始めているようだ。

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    ◉兵どもが夢のあと。栄華を極めた王国の名残、ユネスコ世界遺産 

    ハンピは、14世紀に、ヒンドゥー教のヴィジャヤナガル王国の王都に定められ、隆盛を極めた。宮殿や寺院など、さまざまな建築物が建立され、宝石やスパイス、布などが交易されるバザールで賑わった。しかし16世紀半ば、イスラム勢力に攻略され、廃墟と化す。当時の都市遺跡は各所に散らばり残っているが、中心部の宮殿や寺院、浴場跡などはユネスコ世界遺産に指定されている。

    今回の旅で訪れた世界遺産は、YPOのプログラムに組み込まれていた「ヴィッタラ寺院」と、夫と二人で訪れた「ヴィルパークシャ寺院」の2カ所のみ。他の中心部の見どころは、2012年に観光し、記録を残しているので、興味のある方は以下のブログをご覧いただければと思う。

    [HAMPI] 駆け抜けるようにハンピ。都市遺跡を巡る小旅行。(01/18/2012)
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/2012/2012/01/hampi.html

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    遺跡を巡る前に、伝統的な演劇を見学。演目は『ラーマーヤナ』。猿の神様ハニュマーンに追随する子どもの猿たちのかわいいこと!

    ◉ヴィジャヤナガル建築様式の最高峰、16世紀建立のヴィッタラ寺院 

    ガイドの案内で一行が導かれたのは、ハンピの都市遺跡群の中でも、ヴィジャヤナガル様式の最高傑作とされているヴィッタラ寺院 (Vittala Temple complex)。16世紀、クリシュナ・デーヴァ・ラーヤ王がオリッサに勝利した記念に建立したという。

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    この山車のような建造物は、ガルーダの神殿。ガルーダとは、神話上の生き物で、ヴィシュヌ神の乗り物だと考えられている。南インドに見られるドラヴィダ様式の一種で、「ラタ」とも呼ばれる。2012年に訪れたときには、車輪などに触れたが、今回は簡易な柵が設置され、保護されていた。

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    参考までに、上の2枚は9年前の写真。ちょっと若い。

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    YPOのメンバーとその家族たち。

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    寺院の支柱などに施された彫刻。この小さな支柱がまた、「ミニチュアの寺院」でもあるとのこと。かわいい。

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    猿の神様、ハニュマーンの生まれ故郷だけあり、彼の姿があちこちに。

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    建立された当初は、天井や壁面が彩色されていたという。鮮やかに彩られた建築物、艶やかに着飾った人々……。当時の様子を夢想してみるが、うまくイメージできない。ただただ、石の凄みが迫るだけ。

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    参考までに。上の写真は2018年の訪問時に撮影したバザールの跡地。下の写真は、スパイスや宝石を求めて、世界各地から商人たちが集っていたバザールの様子を描いた絵。当時のハンピの栄華が偲ばれる一枚だ。

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    ◉絵画の中に……紛れ込む。 

    上の写真は、先日、友人の画家ジャヤ宅で撮影した一枚。新居に飾るために購入した作品のひとつだ。

    「ハンピのどこかで撮影した」と聞いていた。石柱が連なるこのような建築物は、ハンピにいくつもある。彼女が描いたのは異なる場所だとは思ったが、偶然にも自分が赤い服を着ていることに気づき、同じような状況で写真を撮りたいと思った。居合わせたYPO専属のフォトグラファーに絵の写真を見せたところ、彼は一瞥しただけで、この一枚を撮ってくれた。

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    見比べたら、あまりに似通っていて驚く。ジャヤが表現したいテーマのひとつ、「遠近感」がまた見事に捉えられている。あまりにも酷似した世界がキャプチャできたので、早速ジャヤに写真を送ったところ、この写真をもとに、描きたいと申し出てくれたのだった。ジャヤの絵画については、こちらに紹介している。STUDIO MUSE製作の動画もあるので、ぜひご覧いただければと思う。

    インドの自然や情景、歴史を刻む建築物……。慈しみ描く画家、ジャヤ・ジャヴェリの世界
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/2021/2021/07/jaya.html

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    ゴータマ・シッダールタが、この木の下で悟りを開いたことから、インドでは聖木とされている印度菩提樹(ピーパル・ツリー)。

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    遊牧の途中に生まれた赤ちゃん山羊を携える青年。

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    このような光景は、バンガロール含め、インドの随所で見られるが、ハンピで眺めると、時間旅行の感が一際、増す。

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    ◉ハンピで最も際立つ存在感。高い塔を備えたヴィルパクシャ寺院へ 

    夕暮れ時。夫と二人でヴィルパクシャ寺院(Virupaksha Temple)へ。シヴァ神の化身であるヴィルパクシャ神を祀る寺院で、最も古い建造物は7世紀に建立されたとのこと。ゴプラムと呼ばれる、高さ約49メートルのこの塔は、1442年に建設された。

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    途中で大雨が降り出して、ゆっくり巡る状況ではなくなったが、象さんにご挨拶。

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    2012年の象さん。9年ぶりの再会だ。

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    こちらも2012年の写真。

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    2012年。ヘマクタ丘陵からの眺め。ハンピの中でも、最も訪れやすいサンセット・ポイント。ここからの夕陽もすばらしかった。

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    大雨に見舞われたが、情趣あふれる光景に出合えた。

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    ヴィジャヤナガル王朝の旗などに描かれたシンボルは、月、太陽、猪、刀……。その背景の物語を探りたいところだが、深みにはまりそうなので、とりあえず保留。

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    土曜日。久しぶりに夫と二人で買い物に行く。

    またしても、ARAKU COFFEE でランチ。

    目的は、ビルケンシュトックでサンダル購入。インディラナガールに店舗ができていたとは知らず。

    海外旅行の際、いつも買いそびれてきた。ようやく初めて購入した。夫も買った。

    家の中でもサンダルで歩き回る我。今日1日、履いてみて、その心地よさに感動している。

    庭の土が乾くことなく、雨の多い日々は続いており。

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    眩い陽光に、猫も人間も幸せな日曜日。

    メイドがやめて1カ月余り。家事がよいエクササイズに思える昨今。

    家が、自分の思い通りに磨かれて、心地よい。

    いろいろ、学ばされる日々。

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    午後3時をすぎて、日曜だしね。スパークリングワインを久しぶりにあける。

    このごろは、ノンアルコールなKOMBU-CHAやトニックウォーターを愛飲しており。

    グラス1杯でも、たちまち酔う。こうして書きながら、眠たい。

    バンガロール産のイタリアンなアルチザン・チーズ。友人のシュルティが経営する@begumvictoriacheese。

    先日のバザールで購入したBRIEは、瞬く間に食べ尽くし、これはGruyere。

    牛乳の風味が新鮮で、適度なコクと旨味。本当においしい。数年前に開業したときよりも、味が格段に向上している。うれしい。

    バンガロール在住の方、お勧めですよ。

    🧀 https://begumvictoria.online-order.link/

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    昨年のオンライン・イヴェント『ミューズ・チャリティフェスト2020』を機に、ミューズ・クリエイションのメンバーだったヴァイオリニストの恵美子さんと結成したサリーズ。

    11曲目の今回は、W恵美子に加えてW美穂が登場。更には二人とも「究極の絣(かすり)」として知られるダブル・イカット(経緯絣/たてよこがすり)のパトラ織サリーを着用で、何かと厚みある作品になった。

    自分でハモっているだけあり、さすがに呼吸もぴったり。でもって、恵美子さんちのチャーリーも友情出演。編集作業が楽しかった。

    『サウンド・オブ・ミュージック』。偉大なる音楽の力に思いを馳せる。

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    【はじめに】

    *今回、全5回に亘り、2021年9月24日から27日にかけての、カルナータカ州ハンピの旅をレポートしています。他の記録もぜひご覧ください。
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/2021/hampi-journey/

    *この[HAMPI 03] では、以下の項目から、⑤に関する記録を残しています。

    ①数十億年前/生まれたばかりの地球の姿が残る場所。地質学の視点 

    ハンピ一帯の「岩盤」や「奇岩」は、地球上で最も古い露出面のひとつ。地球が誕生した時、とてつもなく巨大な花崗岩の山だった一帯が、数千万年(数十億年という説もある)に亘って、日射しや嵐、風、雨といった自然の力に浸食で、徐々に形を変えた。石が積み重なったのではなく、自然という「彫刻家」によって造形された奇岩なのだ。

    ②数千年前/神話の世界。インドの二大叙事詩の一つ『ラーマーヤナ』における主要ポイント 

    『ラーマーヤナ』とは、古代インドの長編叙事詩で、インド人の多くが知っている重要な神話だ。ヒンドゥー教の聖典の一つであり、『マハーバーラタ』と並んで、インド二大叙事詩とされている。北インドのコーサラ国を去らねばならぬ運命に陥ったラーマ王子とシータ姫、ラーマの弟ラクシュマンを巡る物語。現在のスリランカである「ランカ島」に住む10の頭を持った悪魔ラーヴァナによって、シータ姫が誘拐される。姫を救うべくラーマとラクシュマンは鬼退治に行くのだが、途中、このハンピで絶大なる助っ人、猿の神様「ハニュマーン」と出会う。この『ラーマーヤナ』に因んだ場所がハンピには数多くあり、我々夫婦も稀有な経験をした。

    ③数百年前/世界規模で栄華を極めたヴィジャヤナガル王国の王都 

    ハンピは、14世紀から16世紀中頃にかけて隆盛を極めたヴィジャヤナガル王国の王都だった。宝石やスパイス、布などさまざまな貴重品が交易されるバザールが存在。当時の都市遺跡は各所に散らばり残っているが、中心部の「一部」がユネスコ世界遺産に指定されている。

    ④現代/鉱山と鉄鋼業。オリンピック選手養成施設。自然保護区など 

    ハンピ界隈の地中には、鉄鉱石が眠っており鉄鋼業が盛ん。日本との関わりも深い。今回、YPO主宰での旅だったこともあり、鉄鋼大手ジンダルの幹部であるメンバーの計らいにより、製鉄所や鉱山の見学をした。さらには、ジンダルによって設立されたオリンピック出場選手の養成施設も訪問。2020東京オリンピックに出場した選手にも会って話を聞けた。この他、今回は訪問しなかったが、ハンピには動物(熊)や植物の自然保護区もある。

    ⑤滞在したラグジュリアス・ホテルやYPO主催のパーティの記録など 

    ハンピはすばらしい土地ながら、いかんせん、観光インフラが整っていない。ニューヨークタイムズの2019年版「訪れるべき旅先52選」で、ハンピは2位に選ばれた。これを機に、徐々に海外からの旅行者にも対応すべくインフラが向上すると思われたが、まだまだホテルや飲食店の選択肢が少ないのが現状。ヒッピー時代の名残が強い。しかし、我々が滞在したホテルも数年前に誕生するなど、徐々に環境が整い始めているようだ。

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    今回、ハンピ旅での滞在先は、インドのラグジュリアスなリゾートホテルグループであるEVOLVE BACK。今年3月に訪れた、ここカルナータカ州のジャングル、カビニで滞在したのも、この系列のホテルで、かつては「オレンジ・カウンティ」と呼ばれていた。

    このハンピのホテル、実は2018年に訪れた際、ランチを取るために一人で立ち寄った。そのとき食べた定食「ターリー」がとてもおいしくて感激したものだ。おいしいターリーは今回、味わうチャンスはなかったが、2018年の記録に残しているので、ぜひご覧いただきたい。インドで食べたターリーの中では、個人的に一番おいしかった。

    ◉神話と現実が交錯しながら、今に連なるインド。(2018年の記録@EVOLVE BACK)
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/2018/2018/03/hampi04.html

    ◉EVOLVE BACK/ HAMPI
    ➡︎ https://www.evolveback.com/hampi/

    上の写真は、夜のパーティに参加する前に撮影したもの。ドレスコードがホワイトにつき、ザリ(金糸)が施されたバナラシ・シルクのサリーを着用。ブラウスは、とあるバザールで、コルカタの職人から購入した。ブラウス用に刺繍された布を、自分のサイズに合わせて裁断して縫製してもらう。せっかくなんで、下のSAREESの動画もぜひ見ていって欲しい。1:58あたりで、ブラウスの後ろ姿を見せている。広い背中……😅

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    部屋からの眺め。独立したヴィラもある。

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    プールサイドからダイニングルームの眺め。

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    ロビーフロア

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    パブリックスペース

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    広くすっきりとしたゲストルーム。裸足で歩くと気持ちいい石のフロア。天然木の家具もやさしい風合いで落ち着く。

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    ジャクージーもあるが、わたしは使わず。バスタブで十分。

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    書籍類はYPOからのギフト。ハンピはワイルドライフも豊かな土地なのだ。「ご自由にお召し上がりください」なホテルのスナックは、概ねジャンク😅

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    ウェルカム・フルーツの他に、インド伝統菓子のウェルカム・スイーツも。ミルキーな甘さが、サウス・インディアンコーヒーとよく合って、つい食べてしまう。

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    窓からの朝日で目が覚める。鳥のさえずりも心地よく、部屋のバルコニーからの眺め。

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    ハンピの名産といえば、KRSMAのワイン。前回の旅で、ワイナリーを訪問した。

    [Hampi 02] KRSMAのワイナリーへ。夕景はハヌマーンが生まれた丘から。
    ➡︎https://museindia.typepad.jp/2018/2018/03/hampi02.html

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    「コーヒーベルト」(赤道付近。北回帰線と南回帰線の間)に位置する南インドは、コーヒー豆の産地。カルナータカ州のクールグなど、コーヒーの産地をはじめとする南インドのリゾートホテルでは、朝食ブッフェにアイスコーヒーが出すところが多い。

    濃厚な牛乳、香り豊かなコーヒー、そして甘味……。上質の「コーヒー牛乳」という感じで、とてもおいしいのだ。普段はノーシュガー&ブラックコーヒーを愛飲しているが、このコーヒー牛乳は異なるおいしさ。

    2020年4月。パンデミックを機にはじめたYoutube投稿。これは「初心者」時代に作った南インドのコーヒーに関する動画。なかなかに有意義な情報が盛り込まれている。

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    南インドの典型的な朝食のひとつ、揚げドーナツ風の「ワダ」。揚げたてが格別だ。ココナッツのチャトゥネをたっぷりつけて食べる。白い蒸しパン風もまた、南インドの典型的な朝食、イディリに具が入ったもの。どちらも米の粉を発酵させた生地を使っているのが特徴。

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    小さな器(カトリ)に入っているのは、南インドにおける味噌汁的な存在、サンバル。朝から食べ過ぎだ……と思いつつも、周囲の人々が食べているのを見て我慢できず、プーリー(揚げパン)も注文。これがまたおいしいのだ。

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    YPOのプログラムは2泊3日。夜のパーティは貴重な社交の場だ。しかし、ハンピのホテルは、パーティ用の設備が整っていない。故に、テーブルやテント、ステージからフラワーデコレーションに至るまで、バンガロールから移送。そればかりか、シェフはじめ、料理に関する一切合切もバンガロールからのアレンジメント。

    「無駄だ」などと、野暮なことをいうなかれ。インド富裕層のダイナミックな活動や消費が、経済活性化や雇用機会の創出に貢献しているケースもあるのだ。

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    ラジャスターン州から招かれたスーフィーのミュージシャン。この音楽がたまらない! 毎年2月に開催されているジョードプルの音楽祭に出演している楽団で、我々夫婦は彼らの演奏をジョードプルでも聞いていた。遺伝子に刻印されている「遊牧の音」がかき立てられて、旅情がこみ上げる。

    “World Sacred Spirit Festival Jodhpur 2018”
    ジョードプル。聖なる音楽の旅/夜明け前から深夜まで。ひたすらの、音楽。

    https://museindia.typepad.jp/2018/%E6%97%85%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%97%E3%83%AB/

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    二日目の夜は、ロシア人ミュージシャンを招いてのライヴとオープンエアのディナー。

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    ディナーのあとは、特設ダンスフロアへ。ラウンジではフッカー(水タバコ)&ドリンクを楽しみ、隙あらば、踊る。インドの人々、本当によく踊る。ちなみにわたしは若いころは喫煙していたが、最近はほぼ、何も吸わない。

    ちなみにこのフロア。通常はビジネスセンターとして使われている部屋をクラブに改装。これら音響もまた、すべてバンガロールから移送された。インド人の集いにおいて、歌って踊っては不可欠ゆえ、ハンピにもそこそこの設備はあるはずだが、ニーズに対応し切れていなかった模様。

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    YPOのプログラム最終日。鉱山見学を終えたあと、川沿いに特設スペースを作ってのランチタイム。友人らとはここでお別れ。わたしたち夫婦は、もう1泊、延泊につき、このあとは眺めのいい場所へとドライヴ。

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    1947年のインド・パキスタン分離独立以来、社会主義的政策をとってきたインドが経済の自由化を図り、市場を開放したのは1991年。そこからじわじわと「英国統治時代から継承された文化とは別ルートでの」欧米文化やライフスタイルが流入。

    2000年代に入ってからは、ITやBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)をキーワードにインド市場が世界に注目され始め、わたしがインドに移住した2005年あたりから、インド経済は急成長をはじめた。

    わたしはインド移住当初から、異なるクライアントの、さまざまな分野においての市場調査に関わってきた。その中で学んだことは、ただただ、インドの多様性と広さと深さ。知れば知るほど、知らないことが多すぎて、ため息をついたり、途方に暮れたりすることの繰り返し。

    ここ数年、調査の仕事は激減したが、それでもトレンドを見る目は以前と同様、開いているつもりだ。

    この国を「遊ぶ」のであれば、自由に気ままでノープロブレムだが、誰かに何かを発信する、あるいはビジネスをするとなると、話は別。「今、自分が見えている現象」だけで、物事の優劣あるいは必要性を判断することができない。数千年の大いなる歴史を抱えながら、日本や他の先進国とは異なる形で、独自の変遷、変貌を遂げている側面が多々あるからだ。

    必ずしも利便性を尊ばない。人員削減は歓迎されないなど、例を挙げれば枚挙にいとまがない。ゆえに、せめて自分が攻めたい分野に関しての歴史や文化的背景、そして現在にいたる「変遷」を知っておくに越したことはない。

    自分としては、結構、高感度なアンテナを張って、この16年間をインドで生きてきたと思う。しかし、どんなに久しくこの国に住んでなお、この国を語るときには、注意深く、謙虚であらねばと心している。「インドは**だ」と語ることは、「欧州は**だ」と語るよりも何倍も、異質の要素をひとまとめにしているということを、肝に命じつつ。

    特に昨今の、若者たちのパワーはすさまじく、離れて傍観せねば目が回りそうなときもある。今のインドとは、そういう状況なのだということだけでも、折に触れて、発信しておきたく。

    ネット上の情報、ましてや日本語で読めるものだけでインド情報を収集しても、むしろ誤解や齟齬が生まれるということも、注意すべき点だろう。

    前置きが長くなったが、たとえばファッションなどのライフスタイルひとつをとっても同じこと。言葉では伝えられないので、今日はわたしが定期購読している雑誌から”VOGUE INDIA”を紹介する。インドの女性誌の代名詞といえば、1959年創刊の”FEMINA”だった。

    そんなインドにあって、2006年に創刊した”MARIE CLARE INDIA”や、翌2007年に創刊の”VOGUE INDIA”は、ファッション業界においても大きなターニングポイントだった。インドのCONDE NASTが発行する雑誌(女性誌/男性誌/旅行誌/建築&インテリア誌)を定期購読してパラパラ眺めるだけでも、たいへんな刺激になるし、情報収集の端緒となる。

    1ページ1ページが、実に密で、面白い。

    今時、印刷媒体は前時代的だと思われるかもしれないが、ともあれ。あくまでもわたしの情報収集先の一つを、シェアする次第だ。ここで紹介している写真。ファッションに関心のある人ならば、食い入って眺めてくれることだろう。

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    The saree is the most well known traditional fashion for Indian women, but there are many other beautiful garments as well.

    このところ、サリーの写真ばかりを載せてきたが、着付けに手間取るサリー以外にも、着用しやすいインド服はあれこれある。

    1枚目の写真は昨夜、友人宅で開かれたパーティに着て行ったガウン。”Anarkali dress” とも呼ばれているようだが、普通はガウン、もしくはロングドレスと呼ぶ。2018年にバンガロールのインディラナガールにあるブティックで購入したもの。

    インドはテイラー文化が定着しているので、「サイズのお直し」は今でも一般的。自分にちょうどいいサイズがなくても、広げたり縮めたりしてもらえるのがいい。このドレスもわたしの縦横に合わせて調整してもらったので、ぴったりと着心地がいい。

    グレイから黒に至るグラデーションが上品なシルク素材に、金色の染料で蓮の花のハンドブロック・プリントが施されている。軽くて着心地がいい。踊りやすい。

    ちなみにこのドレス。身頃がフックで閉じられるのはウエストまで。その下はコートのように開いているので、薄手の黒いパジャマ(パンツ)が付いている。裾を翻して大股歩きをしようものなら、The Matrixのキアヌ・リーヴス状態だ。
    なお、ベルトはつい最近、オンラインで購入した。別の服に合わせるブラウンのベルトが欲しくて、あれこれ検索していたら、@ScarletSageですてきなベルトを発見。あいにくブラウンが売り切れていたので、黒と赤を購入した。

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    しっかりとした革製。長さもぎりぎり、わたしの厚みある胴に対応。ちなみにサリーにせよ、ロングドレスにせよ、「痩せ見え効果」が高いのがうれしいところ。もちろん、写真に映る時には「斜め30度」程度に立つことを意識している(←大事)。

    サリーのほかに、パーティや結婚式でよく着用されるのが “Lehenga/ Lehenga Choli” (レンガ/レヘンガ チョリ)と呼ばれるもの。ブラウス、ロングドレス、デュパタ(大判ストール)の3点セットで、きらびやか、かつ豪奢なものが多い。

    従来は、腹部を見せるデザインが主流だったが、最近はブラウス丈が長いものも増えている。サリーのブラウスも同様に、かつてはお腹を見せるのが当たり前だったが、このごろは長袖やお腹を覆うタイプの着方も増えていて、これは歓迎すべきトレンドだ。

    ブラウスの選択肢が増え、必ずしも色柄をサリーと一致させることなく、好みのデザインのブラウスを着るトレンドが浸透してきた。このことにより、従来に比べ、若い世代にとってもサリー着用のハードルが低くなったように思う。

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