インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    ここ数カ月の日常が、濃い。詰め込まないよう心がけているはずのスケジュール帳。開けば確かに余白はある。しかし、短い旅やイヴェントなど、一つ一つの経験が、濃くも有意義。特に去年の10月、日本へ一時帰国して以降の数カ月間。千客万来の家は、益々多くの人々を迎え入れ、「気」は渦巻いて、活性化する。

    ミューズ・クリエイション「フェーズ3」を始動し、OKaeri Venturesのビジネスを本格的に始動したこともその要因のひとつ。いずれも未だ模索中だが、歩きながら軌道修正の日々。

    この半年は、インターン生や留学生など、若い世代との関わりも増えた。伝えるだけでなく、新たに知ることも増える日々。人の入れ替わりも多いから、記録は益々貴重に思える。

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    かつて、わたしの発信源はホームページ、やがてブログが中心だった。しかし、FacebookやInstagram、Twitter (X)などのソーシャルメディアが人々の目に触れやすくなって以来、ここ数年は「まず、ソーシャルメディアに発信」したあと、ブログには月に1度の頻度で、まとめて転載するような習慣になっている。ブログはアーカイブのような状態となってしまった。

    これまでは、空き時間にさっとまとめてアップロード……ができていたはずなのに、この数カ月の記録は重すぎて、作業に手間取る。「空き時間」では終わらずに、まだ現在に辿り着かない。デリー旅もジャイプル旅も、ナグプール旅も濃厚で。さらには展示会のイヴェントやセミナー、慈善団体訪問……と、特筆すべき出来事も多く。転載しながら、とはいえ豊かな日常だとありがたく思う。

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    土曜日の夕方は、金沢大学から半年間の留学でバンガロールに滞在していた留学生2名の送別会をした。12月初旬の若者向け研修会に参加されて以降、慈善団体訪問やACT MUZ企画のツアー、ソーシャル・ミューズなど、積極的に参加していた彼ら。いつもは大人数ゆえ、ゆっくりと話す機会はなかったが、この日は、2人のこれまで、そしてこれからのことを、あれこれと聞くことができた。

    わずか半年間とはいえ、積極的に動いてきた彼ら。バンガロールでプライスレスな経験を重ねたであろうことは、察せられる。

    袖振り合うも、多生の縁。いつかまた、会いましょう。Good luck!!

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    金曜日。またしてもMAP/ Museum of Art & Photographyへ。特別展示会「The Kanchana Chitra Ramayana of Banaras」。黄金の『ラーマーヤナ』展が3月10日で終了することから、ミューズ・クリエイションのアクティヴティ企画でツアーを実施したのだった。ミュージアムでは、1日に一度、キュレーターによるガイドも催行されているが、時間的にタイミングが悪いこと、また絵画を取り巻くインド世界については、日本語で説明しながら巡った方が理解が深まるだろうと思われ、わたしがガイドとなった。

    開催の前日、購入していた画集をざっとめくりながら予習をする。オリジナルの絵画は、あまりに精緻すぎて、非常に見づらいのだが、画集は拡大写真も載っているので非常に便利。重厚なこの本を持参して、館内を巡りつつ、説明する。

    まずは、他の常設展や特別展をざっと巡った後、特別展示会へ。わたしは3度目であるが、予習したあとだと、見るべきポイントが浮かび上がってきて面白い。とはいえ、細密にもほどがあるほど細密かつ、1枚の絵画に描かれている情報量が途轍もなく多いので、本気でじっくり眺めていくと、あっという間に時間が流れる。バンガロール在住の方は、10日までに足を運ばれることをお勧めする。
    それはそうと、訪問後の昨日、非常に便利なアプリケーションのことを教わった。最後の写真がそれだ。

    Bloomberg Connects
    https://www.bloombergconnects.org/

    この無料アプリケーションをダウンロードすると、米国、英国を中心とした350を超える美術館、ギャラリー、庭園、文化スペースのコンテンツにアクセスできる。インドでは今のところ唯一、このMAP/ Museum of Art & Photographyが登録されている。ミュージアムの概要だけでなく、展示物の詳細が一作品ずつ、検索できるのだ。しかも日本語でも読むことができる。尤も、自動翻訳装置を使っての日本語なので、不自然な点は多々あるが、要点をつかむのには非常に便利。特別展示が終わったら、アプリから情報は削除されると思われるので、関心のある方は今のうちにアクセスを。

    それにしても。

    世界は便利になったなあと、しみじみ思う。知ろうと思えば、無尽蔵の情報へアクセスできる世界。ありがたく思うと同時に、恐ろしくもある。自分の興味関心を広げすぎてはいけない。集中力に欠いてしまう。揺るぎない確かな軸。ぶれない焦点。取捨選択する確かな審美眼……。どうでもいいような情報さえも、ついつい目で追ってしまう日々。スマートフォンとの関わり方を、改めて見直さねばと思う日々。

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    ミュージアムを巡ったあとは、屋上でランチ。バンガロール出自のチョコレートブランド、SMOOR (Bliss Chocolate)のカフェレストランだ。バンガロールの中心に広がるカボン・パークやUBシティを望む眺めのいい場所。一人でゆっくりミュージアムを見学し、カフェでくつろぐというのも、とてもいい。今後はもっと利用しようと思った。

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    この日は敢えてのサリー。このミュージアムには、テキスタイルの歴史を伝える展示も少なからずあることから、自分自身も展示物に溶け込んでみた次第。これは、インド西部グジャラート州やラジャスタン州が代表的な産地の「Ajrak アジュラック」と呼ばれる技法。数千年前、インダス文明のころに生まれたインドで最も古いテキスタイル、ハンドブロック・プリントの「更紗」だ。このサリーは10年以上前に、A HUNDRED HANDSのバザールで購入したもの。絹の生糸を原料とした「Raw Silk」であることから、表面が少しゴツゴツして見えるが、軽くて肌触りもやさしく、とても着心地がいい。

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    🎨圧倒的な、細密画の緻密さ! 黄金の『ラーマーヤナ』。そしてまた、ハンピ旅情(2024/2)
    https://museindia.typepad.jp/2023/2024/02/map.html

    🎨出会いのころを思い出し、既知の人々と再会。McKinsey のアラムナイ@MAPミュージアム(2024)
    https://museindia.typepad.jp/2023/2024/01/map.html

    🎨MAP/ Museum of Art & Photography バンガロールに芸術の拠点が誕生。(2022)
    https://museindia.typepad.jp/2022/2022/12/map.html

    🛕アヨーディヤーのヒンドゥー教寺院「ラーマ寺院」再建オープンを巡って(2024)
    https://museindia.typepad.jp/2023/2024/01/hindu.html

    🐒ハンピ/地球創生から現代まで。複数の次元を時間旅行(旅する前に読んでほしい!)
    https://museindia.typepad.jp/2021/hampi-journey/

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    昨日、インド財務相のニルマラ・シタラマン氏の話を間近に聞く機会を得られた。半年前、デリーで開催された日本とインドの外交フォーラムに出席した際にも(後半の写真)、短時間ながらも彼女の話を聞き、その怜悧で鋭い言葉に引き込まれた。再び、彼女の話を聞ける好機が到来。イヴェントの案内が届いて直後、申し込んだのだった。

    1959年、タミル・ナドゥ州に生まれたシタラマン氏。同州で経済学の学士を取得後、1984年にデリーのジャワハルラール・ネルー大学へ進学、経済学修士号などを取得した。その後、インド・欧州貿易に焦点を当てた経済学の博士課程に入学するも、夫の英国赴任が決まったことから中退。ロンドンへ移住する。

    シタラマン氏がBJP(インド人民党/現在の与党)に入党したのは2008年。以降、2014年までは党の全国報道官を務め、同年ナレンドラ・モディ内閣が発足した際に、次官として入閣した。その後、国防大臣(2017〜2019)に。2019年2月インド空軍はカシミール地方、パキスタン北東部のバラコットにあるテロ組織の拠点を空爆したが、その指揮をとったのは当時、国防相だった彼女だ。

    2019年5月、モディ首相が、次期財務相にニルマラ・シタラマン氏を指名した際、予想外との声もあがった。当時、他の有力候補者がいたことも背景の一つ。果たしてモディ内閣で最も高位の女性閣僚となったシタラマン氏。経済学の造詣も深い彼女は、年々、その存在感を強め、女性たちのロールモデルとしても関心を集める存在だ。

    なお、政治家以前の彼女のキャリアも興味深い。ロンドン在住時には、英国で有名なインテリアショップ、Habitatの販売員をしたり、PWCのシニア・マネージャーや、短期間ながらBBCワールドサーヴィスにも勤務経験があるという。

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    YPOバンガロール支部の主催による今回の催し。モデレーターの質問に答える形で、約1時間ほど、彼女の話を聞くことができた。その後30分ほどは、参加者からの質問に回答。実質90分ほどながら、淀みなく的確な言葉が次々に発せられることから、非常に学びの多いひとときだった。

    個人的なライフや暮らしの話。日常生活において指針としていること。今日にいたるキャリア構築に至るエピソード。国防大臣と財務大臣と仕事に取り組む際の相違点。自分自身のロールモデル。仕事をする上で心がけていること……など、個人的な話が端緒。フレンドリーで気さくな人柄を窺わせる話しぶりだ。

    自分の人生をして「みなさんが期待するようなドラマティックな物語はない」と前置きしつつ、「好き嫌いはさておいて、与えられた仕事を一生懸命やる。根気よく続けていれば、それはやがて自分の習慣になり、自分の能力が向上する」という。その言葉に共感する。

    また、彼女が普段から例えとして使っているというティーバッグの話も印象に残った。熱い湯(苦境)に浸してこそ、味わいや香りが滲み出る。ライフとは、ティーバッグのようなものでもある……と。家族の支え、読書の習慣、料理、信仰、そして何より音楽は、彼女をときに奮い立たせ、ときに魂をリラックスさせる。ジャンルを問わず、音楽はよく聞くのだという。

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    国家予算に関しては、話題は多岐に亘る。モディ政権の積極的な外交政策や斬新な試み(ここではその善し悪しを問わない。世界は白黒つけられないことのほうが多いのだ)。個人的には、COVID-19のパンデミック以降、モディ首相のリーダーシップはよりアグレッシヴに発揮されていると感じる。特に地球規模でのテクノロジーの劇的進化、それに伴うデジタルのアップデート。

    かつてなく価値観の転倒が起こり、頻繁な仕組みの見直しが望まれる世界にあって、全方向にアンテナを張り、情報収集をし、吟味し判断することが、どれだけたいへんか、わずか90分、話を聞いているだけでも、気が遠くなるような思いだ。ざっと書き出してみるに……

    ・政府によるスタートアップ支援
    ・世界のAIハブを実現するべく財政支援
    ・AI(コンピュータ)と人間の棲み分けと共生
    ・インド独自開発による5Gの普及
    ・農業とロジスティクスの課題
    ・ヘルスケア、医療とメディカルツーリズム
    ・宗教やカースト、女性の地位や貧困、農民の暮らし
    ・食の安全と農薬の管理
    ・農村部におけるエコシステム確立と都市部との比較
    ・太陽光発電や自家発電の普及
    ・マテリアルサイエンス(材料工学)の未来
    ・航空宇宙産業と各種産業との連携
    ・サステナビリティの具現化
    ・子供の将来を見据えた新教育制度
    ・2017年7月より導入された新税制GST (Goods and Services Tax)の成功事例
    ・地方からの出稼ぎ人の困窮問題
    ・道路交通、ゴミ処理、公害などのインフラ不全に伴う社会問題等々……

    投げられるあらゆる質問に、即返答。参加者は比較的「節度のある質問」をしており、それに対して、「財務相として」「個人として」の立場を分けつつ、時にユーモアを交えつつの直球の返答には感嘆した。

    わたしたち夫婦は2005年、米国からバンガロールに移住した。わたしは2003年終盤から、「インド移住を見越して(望んで)」この国の趨勢を見つめてきた。過去20年のインドの変貌を、リサーチなどの各種ビジネスを通して、あるいは日常生活を通してつぶさに経験してきた。それらを脳裏で回想しつつ、納得することも多々あり。非常にいい勉強になった。

    1947年のインド・パキスタン分離独立から100年後の2047年に、先進国となるべくあらゆる分野での試みが起こっているインド。82歳まで生きて、この日のことを思い出したい。そのときにまた、ニルマラ・シタラマン氏にお会いしたいな……😸

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    🌳わたしと一緒に写っている男性は、我がお気に入りのショップ The Purple Turtle(インテリア)とBeruru(ガーデン用品)を経営するRadeesh。イヴェントの後のティータイムで初めてお会いしたのだが、Instagramを拝見したところ、アーティストとしての活動も活発にされており、新空港の内装にも関わられるなど、非常に興味深いプロジェクトを手掛けられている。近々、お話を伺う予定。

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    🇮🇳🇯🇵THE INDIA JAPAN FORUM 日本とインドの外交フォーラムに出席①

    【先週、デリーでお会いした松川るい氏について】🇮🇳🇯🇵THE INDIA JAPAN FORUM 日本とインドの外交フォーラムに出席③

    🇮🇳🇯🇵THE INDIA JAPAN FORUM 日本とインドの外交フォーラムに出席②夫も登壇。12年前の「日印グローバル・パートナーシップ・サミット」を回想。

    🇮🇳🇯🇵THE INDIA JAPAN FORUM 2024 日本とインドの外交フォーラム①友好の証ともいうべく京友禅サリーを着用

    [Delhi 02] THE INDIA JAPAN FORUM 日本とインドの外交フォーラムに出席。インドと日本の更なる協調を願う

     

     

    🇮🇳UNION BUDGET(インド政府の予算案ポータルサイト)
    https://www.indiabudget.gov.in

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    季節の変化に浅い高原都市バンガロールでの歳月は、意識して記しておかねば、メリハリなく、忘れてしまう。衣替え不要。ほぼ年中、同じ服を着ているから、「ついこの間、買ったばかり」と思っていた服が、実は5、6年前のものだったりということもよくある。

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    ◉「50代になったら渋めのサリーを着こなしたい」と、気づけば10年以上前に買ったこのサリー。昨日の宴に着て行った。今回で2度目。サリーの着こなしのトレンドが変わりし昨今。派手な柄のブラウスなどと合わせて着るのも楽しそうだ。インド人の友から「サリーの着付けを教えて」とまたしても頼まれる。本気で企画しよう。😅

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    ◉新居が完成したのは2022年5月。周囲のヴィラはしかし工事の遅延により、平日は騒音で落ち着かず、今なお街中の旧居と往来する日々。ゆえに新居にはメイドを雇っておらず、普段は自分で家事をしているのだが(インドの友人らには驚き呆れられる)、数カ月に一度は業者によるディープ・クリーニングを依頼。10人ほどの男子らが、丸一日かけて掃除するが、現場監督でエネルギーを消耗。何につけても一筋縄ではいかぬインド。

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    ◉週末の夕暮れ散歩はたのしいひととき。まだ工事中のヴィラにこっそりと入って(足元注意)進捗を点検するのも楽し。我が亡父が建設業を営んでいたこともあり、子どものころから「土木工事現場」を眺めるのが好きだった。大工さんの仕事なども、いつまでも見ていられた。

    ◉コミュニティのクラブハウスができれば、プールやジムが使えるようになり、だいぶ環境も向上するに違いないが、あと一年はかかるだろう。

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    ◉土曜日の来客。花を買い忘れていたので、BigBasket.com(スーパーマーケット)で食材を注文する際に、プージャー(宗教儀礼)のための花を買う。インドの街角では、日常的に、神に捧げる花が売られている。オンラインでも。それらを、ガラスの器に「盛り付ける」とかわいい。

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    ◉旧居の緑も豊かだ。ゲートから一番奥の角に位置する我が家までは、この道を歩く。かつてのミューズ・クリエイションのメンバーたちにとっても、懐かしいであろうこの道。セミナーや宴の折には、夜更けまで長居するゲストを見送りつつ、ここを歩いた。
    いままで何往復してきただろう。これから何往復するだろう。

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    インドに暮らし、多くの人々に会うにつけて、この国は損得勘定を超越した「心ある人々」によって構築されている社会が存在するということを実感する。わたしはしばしば、「フィランソロピー」や「ソーシャル・アントレプレナー」といった概念の、この国における「存在のかけがえのない重さ」について記しているが、その思いは日々、更新される。

    宗教的な、あるいは精神的な、スピリチュアルな側面において、自らが与えられた「使命」に率直に向き合い、遂行する。そんな人たちを、これまで何人も見てきた。Jagruthiを創業したRenuもその一人だ。すでに参加者の感想文を通して、今回、彼女からの話がどれほど印象的だったかは、お察しいただけるかと思う。

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    💝創業者Renuについて

    彼女はケララ州との州境、コーヒーの産地として知られるカルナータカ州のクールグで生まれ育った。父親が若くして他界したため、母親や弟たちの面倒を見るなど、責任感の強い女性だった。起業家精神に富んでいた彼女は、ガラスや鏡の製造販売のビジネスを手がけ、パートナーと組んで規模も大きく事業をしていた。同時に、「虐げられた境遇の人々の存在」が念頭にあり、慈善活動も行っていた。

    1995年、コルカタへの出張が、彼女の人生を大きく変える。仕事の合間、有名なヒンドゥー教寺院である「カーリー寺院」へ赴いたが、その日、寺院は閉まっていた。どこか他にいくべきところはないかとドライヴァーに尋ねたところ、彼は彼女を、マザー・テレサの「死を待つ人の家」へ連れて行った。中へ入ろうとすると、見学時間外だったのか、スタッフの女性から引き止められた。

    しかし、どうしても気になり、入れて欲しいと交渉していたところ、奥の方に別の女性から「あとから来なさい」と言われた。しかし出張中につき、あとからは来られない。その女性の言葉にケララ州のマラヤラム語訛りを聞き取ったレヌーは、彼女が同郷人だと伝えて親しげに話しかけた。その結果、館内を案内してもらえた。そこは消毒液のにおいに満ちていた。身体が蛆虫で覆われている人、食事を犬と奪い合っている人……。筆舌に尽くしがたい、むごい姿で最期のときを迎える人たちの姿……。玄関先では、日々、赤ん坊が捨てられるという現実。

    強い衝撃を受けたRenuは、どうしてもマザー・テレサに会いたくなった。と、案内してくれた女性が、マザー・テレサがいる場所へと連れて行ってくれた。中庭では、大勢の人たちが、マザー・テレサを一目見ようと待機している。やがてマザー・テレサが外に出てきた。彼女は、大勢の人々の中にいたRenuへ向かって、なぜか、まっすぐに歩み寄ってきた。

    そして彼女の手を握り話しはじめ、最終的に「あなたは、ここで奉仕活動をしなさい」と告げた。Renuは、かつて味わったことのない強い衝撃が全身を巡るのを感じるが、自分にはビジネスがある。ここで慈善活動に人生を賭すと即答できはしない。するとマザー・テレサは涙を流しながら言った。

    「貧しい人 (Poor)、困窮している人 (Needy)、そして子どもたち (Children)を救済しなさい」

    その日を境に、レヌーの人生は一変した。バンガロールへ戻り、とある教会の手伝いをしようと訪れた。ファッショナブルな服装、ヒールのある靴を履いた彼女に向かって、牧師は言った。「まず、トイレの掃除をしなさい」と。かつて経験したことのない状況に、一瞬、怯んだ彼女。しかし、彼女は自分は試されているのだと理解した。

    彼女はそれから、貧しい女性たちの話を聞き、貧困層の人々の声を聞いた。中でも風俗産業に従事する女性や、男女を問わぬ子どもたち。売られた、あるいは誘拐された子どもたちが強制的に売春をさせられる。深く心身を病んだ子どもたち。ボロボロになって早逝する子どもたち……。酷く凄惨な実態を、彼女はつぶさに経験してきた。

    彼女は「救済のための教育」を始めた。HIVや性病に関する啓蒙。コンドームの使用の推奨……。バンガロールは、人口の約3割がスラム居住者。ムンバイやコルカタなどのように特定の「赤線」、すなわち風俗街というのは、この街にないが、風俗営業を行う裏社会の個人や組織は存在する。彼女は、女性たちに指導していた時期もあったが、女性は不満にまみれて埒があかないと悟り、男性を教育することを決意、バンガロールの刑務所に収容されている2000人余りの囚人たちを教育指導していた時期もあるという。

    一方、彼女はビジネスの権利全てをパートナーに託し、自らのライフスタイルを180度転換したのだった。コルカタでの、マザー・テレサとの出会いが、彼女の人生を変えた。そして、以降の彼女の尽力によって、数え切れないほど多くの人々が、救済され続けている。その、慈愛の連鎖のすさまじさ!

    今回、Music Circusからのご依頼で訪問を決め、ミューズ・クリエイションから参加者を募って、約4年ぶりに訪問が実現した。言葉を超えたダンスや歌が、少し緊張した面持ちだった子どもたちを、たちまち笑顔に変えた。気構えていたメンバーたちも、心身を動かしてリラックスできた。音楽の力は偉大だと、再確認した。また、感想を読みながら、初めて訪問する人たちへの簡単なオリエンテーションの必要性も実感した。

    かつてのミューズ・クリエイションは、毎週金曜日にメンバーが集い、お茶の時間などに状況説明などをリアルにしてきたが、現在はWhatsAppの文字情報が主たる媒介。訪問前の心構えなどを伝えるべく、オンラインミーティングをして質疑応答の時間を設けた方がいいかもしれない。

    今回の訪問後、彼女とメッセージのやりとりをした。とてもありがたく、そして深く心を動かされた言葉なので、彼女の許可を得て、以下転載する。

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    Lovely meeting you and the music team. Our school children and teachers have enjoyed it thoroughly. Thank you as always being there for us. I am deeply grateful to you.

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    Thank you for all your support over years Miho. “What ever I did, I did the best for others, What ever I can, I will still do for ever. I believe- This is my Dharma. This is my Karma” – Renu Appachu 🙏
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    ダルマ(Dharma)と、カルマ(Karma)の意味については、ぜひ調べていただきたい。いや、いつか改めて、わたしなりの解釈で記したい。

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    💝JAGRUTHIの活動

    1995年、レヌーによってその母体が立ち上げられたJAGRUTHIの活動は「重く」、そして幅広い。軸となるのは風俗産業に従事する母親、即ち娼婦(売春婦)の元に生まれ、虐げられた環境に置かれているスラム居住の子どもたちの救済だ。主な活動内容は以下の通り。

    ●HIVなど性病に感染した子どもたちの救済、医療措置
    ●スラムにある無償の学校(MEG School)の運営
    ●HIVや性病に関する啓蒙活動/CSR支援
    ●貧困層の女性たちへの職業訓練など

    💝JAGRUTHI関連情報

    *過去のJAGRUTHI訪問の記録やYoutube動画
    https://museindia.typepad.jp/mss/jagruthi/

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    💝Music Circus(以下、辻本恵理香さんより提供)

    音楽で笑顔の輪(Circle)を広げたいという同じ想いを持った創立メンバー5人により2013年に活動を開始し、ステージでは「地球は一つの大きなCircle」というコンセプトを掲げている。2017年より世界の民族楽器を奏でる仲間を新たに探し始め、2020年には全7回のworld seriesを開催し総勢約30名のかけがえのないメンバーと出逢う。2021年10月にはその集大成となる「Music Circus FES」、2022年12月に「Music Circus FES vol.2」を成功させる。2023年MBSのお天気コーナー夏のテーマソングに抜擢される。今後インドや日本の子供たちの為の活動にも夢を広げている。

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    金曜日、慈善団体Jagruthiへ赴いた。ミューズ・クリエイションとしては3度目、個人的には5度目の訪問となる。今回、ここを訪れたのは、Music Circusという日本のミュージシャン・グループからの依頼を受けたのが契機だ。

    COVID-19パンデミックの最中だった2021年2月、Music Circusの発起人のひとりである辻本恵理香さんから「チャリティ・コンサートの収益をバンガロールの慈善団体に寄付したい」とのご相談を受けた。その際、支援先の候補などをシェアし、メンバー各位とZOOMでミーティングを実施するなど、情報提供をすると同時に、団体と繋ぐお手伝いをした。

    今回、寄付先の団体を訪問されたいとのことで、まずはJagruthiを訪れることになった次第。毎回、訪問の記録は、まずわたしが諸々の情報を記してのち、参加者の感想を転載しているが、今回はまず、参加者12名の感想からシェアさせていただく。

    団体の詳細などは、過去のブログに記しているが、次の投稿に整理して再掲載する。

    *Jagruthi訪問の記録ブログ&動画
    https://museindia.typepad.jp/mss/jagruthi/

    【感想 (1) 辻本恵理香/Music Circus】

    これまでにインドをはじめ、アフリカ、フィリピンにボランティア演奏として訪れた時いつも心に残って消えないものがあります。それは「キラッキラの子供達の目と笑顔」。いつも子供達のために何かしたい!!という気持ちで伺いますが、結局大切なものを頂いているのは私の方なのです。

    ジャグルティのお話をレヌさんに伺った後、授業の様子を見させて頂いた時、一人の女の子に「勉強は好き?」と聞きました。そうしたらやはりキラキラした目と少しはにかんだ笑顔で「大好き」と答えてくれたのがとても印象的でした。

    アフリカやフィリピンでも共通して感じたことですが、「貧しい」とされる子どもたちの心は本当に「豊か」。きっと本当の幸せが何なのかが分かっているかのように。

    もちろん苦しい状況の子供達はまだまだたくさんいると思いますし、私に出来ることはこれからもさせて頂けたらと思っています。

    今回、寄付をさせて頂いたミュージシャンのグループ「Music Circus」のコンセプトは、“Music makes people round the world smile.” そして、“Music has no border.”です。

    今回ジャグルティの子供達と音楽で一つの同じ空間を過ごせた事、みんなのキラキラの笑顔を見られたことは私たちにとってとても幸せなひと時でした。Music Circusを通して寄付して下さった日本の方々の祈りが、インドの人々、子供達の笑顔に繋がりますように。

    最後に、寄付先のご紹介とアレンジをして下さった美穂さんに心から感謝です。ありがとうございました。

    【感想(2) 小杉益人/Music Circus】

    施設訪問をしたのは人生で初めてで、正直なところ不安があった。「こういった子供たちが生活している」と話を聞いていたが、今までの自分の人生の中では巡り合うことはなかったであろう子供達の状況を聞き、どうしたら接したら良いかわからないまま施設に向かった。みんなどんな生活をしているのか、どのように接したら良いのか、普通にしていたら良いのか。

    施設に着き、レヌさんから話を聞かせていだたいた。やはり、ここにいる子供達は過酷な状況下に生まれ、苦労している。話を聞かせてもらっている中、時々窓の外から覗いてくる子供たちがいた。その顔は想像していたものと違い、キラキラした笑顔でこちらを覗いていた。正直、意外だった。もっと暗い顔で辛そうな顔をしているのではないかと思っていた。

    そしてレヌさんのお話が終わり施設見学に行かせていただいた。どの教室の子供も最高の笑顔で元気よく、時々恥ずかしそうに質問に答えてくれた。想像していた事と違い、安心したのもあるが笑顔で接してくれたことが何より嬉しく、可愛かった。演奏時もとびきりの笑顔で手拍子や歓声をくれた。ダンスを見せてくれた時もとても楽しそうに見せてくれた。

    歩く時も行儀良くかっこよく、綺麗に歩いている。受け答えも照れながらでもしっかりしてくれた。全てにおいてレヌさんをはじめ、施設の皆さんの教育の賜物なんだろう。どんな生活環境に生まれても、生きていく中で出会った人により人生は変わるんだと強く感じた。微力ながらも私たちのしたことが子供達の未来につながれば良いなと思った。��学ばせていただいたことが沢山あった。ありがとうございました。

    【感想(3) バンガロール駐在歴10カ月/女性】

    駐在員家族として暮らす生活範囲では見ることができない世界。美穂さんのブログを拝見しながら、頭では理解していたつもりだったが、実際に訪問して話を伺うことで、レヌや先生方がいかに使命感を持ってこの事業を続けているかを肌で感じることができた。

    学校は清潔に保たれ、子供達も規律正しく躾けられている様子が分かった。皆学ぶことを心から楽しんでいる様子で、純粋で自然な笑顔が印象的だった。

    子供達の生活、食事、医療、教育。それらが全て政府からの支援ではなく、寄付金で賄われていることにも衝撃を受けた。富裕層が寄付をすることでバランスが保たれている社会。日本では考えられない文化だ。

    私自身は、今回の訪問で何かの役に立ちたくて、何かを与えないといけないと過剰に考えていたのかもしれない。辛い環境から脱してきた子供達はもっと心が閉じているのではという先入観もあった。

    ところが違った。舞台に上がってきて一緒に初めてのダンスを踊ったり、逆に自分たちの踊りに私達を誘ってくれたり、皆明るい。肩の力が抜けた。彼らとのコミュニケーションを純粋に楽しむことが出来た。

    子供達が安心して生活できる環境と、子供達の能力を伸ばしていく学校教育が維持されるよう見守っていきたい。様々な経験を通じて学び、立派に成長することを願う。

    【感想(4)吉濵健一郎/大学院生】

    今回初めてMUSE CREATIONの活動に参加させてもらい、初めてこちらのJagruthiを訪問させてもらいました。創始者のRenuさんのお話を伺ったこと、各教室で生徒たちが勉強する様子を見させてもらったこと、13-15歳の生徒たちと歌やダンスを交えて交流したことをつうじて、多くの気づきや発見がありました。

    とくに、Renuさんがご自身の経験について語ってくださったことを聞いて、やはり実際に現地を訪れてお会いしてお話を伺うことが大切あると改めて実感しました。Jagruthiの活動について、たんに「第三セクター」や「市民社会」のような大きな言葉では全く語れない、個人の神秘的な経験や、運や縁としか思えない出会いがあることを知り、とても感慨深かったです。また訪問し、一つ一つの出会いを大切に、みなさんのお話を伺いたいと思いました。

    この度は参加させていただき、ありがとうございました。

    【感想(5)インターンシップ留学生/入江真樺】

    創始者レヌーさんからのお話を聞き、衝撃的だったことがある。それは、性的虐待を受けていた子どもの中には、寝る前に性交渉をしないと安心して寝られない子どもがいるということだ。なんだか悲しかった。習慣化してしまうと良くも悪くも、日々の行動に作用するのだと強く感じた。

    次に各クラスを見学させてもらった。「GOOD MORNING, MADAM」その大きくて明るい声にとても癒された、可愛かった。小学1年生が英語の複数形を勉強していたのにはすごいなと驚いた。8歳時のクラスへ行った際、制服を着ていない&皆が持っている学習ノートを持っておらず、代わりにボタンを押すと消える電子メモを持っている生徒が1人いた。彼女に話しかけると英語が通じない。ジェスチャーで何か書いてといったそぶりを見せてきた。お花やドラえもん、鉛筆を描き、これは何でしょうとクイズを出した。近くにいた生徒と共にクイズに答えてくれた。すごく笑ってくれた。短時間だったけれどとっても楽しい時間となった。

    その次に講堂に移動し、Muse Creationメンバーが歌やバイオリンを披露した。私の心にもスッと入ってきてとても感動した。JAGRUTHIを訪問する前、私は少し緊張していた。スラム街の中にある学校へ行くのに緊張していた訳ではない。Muse Creationのメンバー皆で披露することになっていたJai Ho!ダンスを連日練習していたもののきちんと踊れるかどうか不安だったのだ。そんな不安・緊張は無用だった。高校生達もダンスに参加してくれ、共にダンスを踊った。向き合い、お互い体をゆらした。コミュニケーションを彼女達と身体でとっているような感覚に陥った。この時間もとても楽しい時間となった。と同時に音楽やダンスの凄さ・必要性を実感する時間ともなった。また、数年前のMuse Creationの訪問を覚えている生徒がいたことも印象に残っている。私もまた訪れたい。

    講堂での交流が終わった際、ちょうど生徒達の給食の時間になった。手を後ろにお皿を持ち、行儀正しく並んで給食を取りに行っている姿が目に映った。今でもとても印象に残っている。MEG schoolの先生方が私たちの軽食(バナナ、クッキー、パウンドケーキ、コーラ)を用意してくれいただいた。それも素朴でとても美味しかった。とても学び深く印象的でそして楽しいそんな訪問となった。

    【感想(6)交換留学生/若原彩香】

    スラムを案内していただいて入ったことはありましたが、そこにある学校に入るのは初めてで貴重な体験でした。政府が行っている学校の扱いではなく、私立学校扱いなのに非常に驚きました。今まで公立の学校は所得層の低い家庭のこどもたちが通うイメージが強かったので変化が大きかったです。

    また教育にも力を入れていることを感じて、作法や礼儀まで学ぶことができる場所は少ないと思うので珍しく感じました。少し窮屈そうな感じもしましたが、学校で行うことがないと就職後に苦労してしまうのでこどもたちの未来のことを考えた行動なのだと感じました。以前スラムに行ったときに、NGOの方から親の意識の差によって教育を受けることができるかが決まるということを聞いて、お金だけの問題ではないことを感じていました。親がこどものためにしてあげる行為もその行動に理由をもって行うことで、誤った認識によって子どもの不利益を得ないようになると良いと感じました。親を説得することも難しいのだと感じました。

    このような学校が増えていくことによって、学校に行く意味についての認識を正しくしていくことができると良いと思いました。

    【感想(7)バンガロールで交換留学中/花田怜大】

    「海外に行くなら一芸を持っていきなさい。」と至る所で聞いてきましたが、今回の訪問でその重要性に心の底から気がつかされました。ダンスで一緒に踊って楽しむこと。歌やヴァイオリンを通してその場にいる人々をリラックスさせ、楽しませること。それら1つ1つの、「より良い時間を共に過ごす」ためにする行動が非常に尊いものである。と感じなら過ごす良い時間でした。

    この前の慈善団体の訪問でも感じたことですが、これだけ大規模な施設(今回は200人くらいの子どもたちがいました。)が使命感を持った人々によって至る所で運営され、政府や仕組みだけではカバーしきれない所を支え合っているという事実に驚かされるばかりでした。私はもう少しでバンガロールを離れてしまいますが、また戻ってきてインドへの学びを深めていきたいと感じています。

    【感想(8)バンガロール在住女性】

    私は見学の数日前からどんな顔をして行ったらいいのか考えていました。そこにいる子どもたちはかわいそうなのか? かわいそうと思っていいのか? 私たちが何をしてくれるのか見透かされてるんじゃないか? 私は何をしたらいいのか…

    見学に行ったら、子どもたちに悲壮感はなく校舎も清潔に保たれていて意外でした。英語や数学を普通に勉強していて、ごく普通の子どもたちでした。ほとんどの子たちが日本を知らなくてちょっとショックでした。それだけ日本の存在感がないんでしょう…子どもたちがあの学校を卒業したあと、高校や大学進学、またはスポーツや芸術面などなどに夢を持てたら〜と願うばかりです。

    【感想(9)バンガロール駐在歴半年/女性】

    昨日はありがとうございました。ご多忙の中、学校をご紹介いただき、初めてのことを知り、大変勉強になりました。創始者のレヌーさんの人生を変えたお話もとても心に残っています。子どもたちは大きくなったら、生まれて初めての経験をしたら、どんな気持ちになるんだろう…坂田さんの生まれて初めて の歌を聞きながら、涙が出そうになりました。

    勉強中の子どもたちは、挨拶ができて素直、みんなダンスや歌が好きで、とても可愛かったです。とても愛しい存在だなと思いました。今回はじめて、インドダンスと歌を経験し、みんなでできたことが嬉しかったです。坂田さんがインドにいたらいつでもダンスできるように!言葉は通じなくても通じ合える!とおっしゃっていたので、少しできるよう練習していきたいです。

    坂田さんから寄付のお話を聞き、思い返せば、インドの方はみんな思いやり行動が早いように思います。私の子どもが転んだときも、誰かが事故にあったときもすぐに誰かが助けてくれました。

    日本では災害のときに助け合えるけど、日常生活ではもう見られないかもしれません。誰かのために自分ができることをできるようにしていきたいです。勇気も覚悟も足りないけれど今できることをしていけたらと思います。これからまた、お時間合いましたらぜひ参加させて頂きたいです。よろしくお願い申し上げます。この度はありがとうございました。

    【感想(10)バンガロール在住女性】

    創設者レヌーさんの話を直接伺うことができ、深く感銘を受ける。私にとって歴史上の人物として位置付けてしまっていたマザーテレサ。伝記で読む以上に影響力のある人だったのだと知り、それを実行しているレヌーさんは私にとってマザーテレサそのもの。

    ご自身の成功していた事業をパートナーに譲り、全身全霊でこの訪れた施設を作り上げて、困っている子供達を助け続けているレヌーさん。すごい。表現力が乏しいが、本当にすごい。学校で子供達は勉強に励み、友達と遊び、そして笑顔を見せてくれる。だが、家に帰ると厳しい家庭環境が待っているかと思うと、苦しい気持ちになる。そんな子供達と触れ合い、自分たちに何ができるか考えたい。

    今回は(と言っても今回が初めて)、学校を欠席し、娘たちも参加させてもらった。学校で学ぶこと以上に貴重な体験となったことは言うまでもなく。ご縁あってバンガロールで育つ子供達に、インドの根深い社会問題を直視するほどの理解力はないにしても、肌で感じる機会をいただき、今後の価値観の形成に少なからず影響を与えてくれることを期待したい。貴重な機会を、本当にありがとうございました。

    【感想(11)バンガロール在住女児】

    今日は、貧しい子供たちの学校に行った。思っていた以上に人が多かった。みんな英語がしゃべれないのかな?と思ったけど、みんな喋れてそれに4つの言葉(英語、ヒンディー語、カンナダ語、タミル語)を喋れると聞き、すごいなと感じた。私もこれからはいろんな人と会話できるように、たくさんの言葉を学びたい。

    私の行っている学校と違うとこがたくさんあって驚いた。制服や髪型、昼ごはんの食べ方、使っている文房具、黒板、使っている机やいす。みんなでAuditoriumに行くと、生徒たちが待っていてくれた。演奏を始めると、知らない曲なのに、みんながリズムにのって手をたたいてくれて優しいなと思った。私もいろんな人の話や音楽、ダンスをちゃんと見たり聞いたりできるようになりたい。

    デスパシートをひいてステージからおりたときに、自分がただ歩いてるだけだったから、もっと人の近くに行ってもっとみんなに楽しんでもらえるように頑張りたい。

    【感想(12)バンガロール在住2児の母】

    今回、ミューズクリエーションの慈善団体訪問に初参加させて頂きました。創始者のRenuさんから詳しくお話を聞かせて頂き、インドで貧困や病気で苦しむ人々の現状を垣間見る事ができました。子供達の学ぶ教室に足を踏み入れてみると、その過酷な環境からは想像できないような眩しい笑顔がありました。そして、寄付から成り立っている施設だからといって妥協しないレベルの高い教育や清潔な環境、栄養が考えられた食事が維持されている事にも驚かされました。

    学校見学の最後には、楽器での演奏、歌唱、ダンスなどを披露し子供達とふれあう事ができとても楽しかったです。初めてバイオリンの音色を聴く子供の表情、一緒にダンスを踊っている時の弾ける笑顔、とても印象的でした。

    もちろんよい一面だけでなく、学校の外での過酷な環境など知っておかなくてはいけない現実をもっと勉強しなくてはならないと気付かされる訪問でもありました。貴重な体験の機会を与えて頂きありがとうございました。

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    ほぼ毎週火曜日の午前中に開催されている女性の勉強会。今週は、バンガロールに昨年誕生したミュージアム「MAP/ Museum of Art & Photography」にて開催された。勉強会のメンバーのひとりが、このミュージアムのディレクターだということもあり、彼女直々に、現在開催されている特別展示会を案内してくれたのだ。

    実はわたしは、すでに先日、この展示会に訪れており、重厚な写真集も購入していた。しかしながら、前回はゆっくりと眺める時間がなかったこともあり、改めて参加した次第。3月まで開催されている特別展示会「The Kanchana Chitra Ramayana of Banaras」。インド二大叙事詩の一つである『ラーマーヤナ』。その物語と情景を描いた黄金の細密画とがセットになった豪華な書籍のオリジナルの一部が、ここで公開されているのだ。

    インド二大叙事詩の一つである『ラーマーヤナ』。『マハーバーラタ』に並び、インド人の多くが知る壮大な物語である。先日、アヨーディヤーのヒンドゥー教寺院である「ラーマ寺院」の建立が話題になったが、ラーマーヤナの主人公であるラーマ王子の故郷が、そのアヨーディヤーである。王国を追放されたラーマ王子と弟のラクシュマン、妻のシータ姫が旅をする中、シータ姫がさらわれ、途中、ハンピで出会った猿の軍団(代表はハニュマーン)と共に、ランカ島(現在のスリランカ)へ悪魔(鬼)退治へ行くという物語。

    日本の「桃太郎」の原型であるに違いないこの『ラーマーヤナ』は、古代インドの詩聖とされるヴァールミーキ(紀元前500〜100年ごろ)によって編纂され、長短さまざまなヴァージョンによるストーリーが書き残されている。わたしは、日本語に訳された簡略版を読んだ限りであるが、これを読むと、インドの精神世界やヒンドゥー教世界の片鱗が、少し腑に落ちる。

    多くのインド人のDNAに染み込んでいるであろうこの壮大な物語は、今なお、口承、書籍、絵本、アニメーションなど、さまざまな媒体によって語り継がれ、現在に至る。この黄金の本は、そんな中でも最も高品質な媒体といえるであろう。バナーラス(ヴァーラーナシー)の王宮に納めるべく製作されたというこの本。

    この黄金の細密画が施された「カンチャナ・チトラ・ラーマーヤナ」について、関心のある方は下部のリンクにアクセスされたし。1796年から1814年までの18年間、さまざまな流派の画家たちによって手掛けられたこの本。見開きの左側のページが文字、右側のページが絵画で構成されており、絵画数は548点にものぼるという。

    そのうちの約80ページが一堂に会するこの展示会。とにもかくにも、一つ一つの絵画の「緻密さ」に圧倒される。と言うか、見えない😅 遠近両用のコンタクトレンズで出かけたのだが、細部を見ることができず。ゆえに、絵画集を購入し、拡大された絵柄をしみじみと眺めたのだった。それらを眺めてより一層、その緻密さに驚かされる。

    実は来週、ミューズ・クリエイションの活動のひとつであるACT MUZのインターン生が、MAPを訪れたいというので、メンバーに声をかけ、再訪することとなった。次回は裸眼&老眼鏡、あるいは虫眼鏡を持参して、じっくりと眺めたいものである。

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    これはまた、ヒンドゥー教世界における圧倒的な芸術につき。

    そもそもは、仏教遺跡があったとされるアヨーディヤー。そこがのちにヒンドゥーの聖地となり、イスラム教の聖地となり……数百年に亘り、数々の諍いがあった。人々の血が流れた。今、ようやく、争いに終止符が打たれようとしているのだ。ということを、とりあえず、伝わる人に、伝えておきたい。

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    🎨出会いのころを思い出し、既知の人々と再会。McKinsey のアラムナイ@MAPミュージアム(2024)
    https://museindia.typepad.jp/2023/2024/01/map.html

    🎨MAP/ Museum of Art & Photography バンガロールに芸術の拠点が誕生。(2022)
    https://museindia.typepad.jp/2022/2022/12/map.html

    🛕アヨーディヤーのヒンドゥー教寺院「ラーマ寺院」再建オープンを巡って(2024)
    https://museindia.typepad.jp/2023/2024/01/hindu.html

    🐒ハンピ/地球創生から現代まで。複数の次元を時間旅行(旅する前に読んでほしい!)
    https://museindia.typepad.jp/2021/hampi-journey/

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    ✈︎昨夜の便で、マハラシュトラ州ナーグプルから、カルナータカ州バンガロールに帰ってきた。

    お隣の州だというのに……。デリー、ジャイプルに引き続き、遠い異郷を旅しているような心持ちだった。

    ナーグプルのアンベードカル国際空港(Dr Babasaheb Ambedkar International Airport)から、バンガロールのケンペゴウダ国際空港(Kempegowda International Airport)までは、約1時間半の短いフライト。しかしながら、物理的な距離を凌駕する、ひとことでは説明し難い遠さ。

    空港の名前からして、背景を知らなければ疑問符が浮かぶインド各地の空港。

    デリーはインディラ・ガンディー国際空港だし、ムンバイはチャトラパティ・シヴァージー国際空港だし、コルカタはネータージー・スバース・チャンドラ・ボース国際空港だ。空港の名称を説明するだけで、インドの歴史が垣間見られる。

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    街中で、当たり前のように「ジャイ・ビーム! (Jai Bhim!)」と挨拶を交わすナーグプル。他のインド世界に住む人の、いったい何%が、この挨拶の意味を知るだろう。試しに空港からの帰路、我が家のドライヴァー、アンソニー(クリスチャン)に尋ねてみた……。と、知らないという。

    歴史的背景を説明した。すると、「思い出しました、マダム!」という。

    先日、アヨーディヤーにて、積年の宗教紛争の末、ヒンドゥー教のラーマ寺院が建立されたことは記した(下記ブログ参照)。それに関連するニュースが報道されている時、とある少年が、なぜ、国は寺院づくりに莫大なエネルギーを投入するのか。貧しい人々に救済してほしい! といった旨のシュプレヒコールを叫んでいたという。そして最後に「ジャイ・ビーム!」と叫んでいたと。

    ああ本当に、インド世界は広い。

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    ナーグプルは、20年前のバンガロール……といった風情だった。今回の旅の出来事は、旅の記録そのものを書き上げるのはもちろんのこと、その後の課題も与えられた。ライター、編集者、リサーチャー、語り部(新たな表現😁)……と、「調べ伝える」ことをライフワークにしているものとしては、課題を使命にと遂行すべし。

    ともあれ、腹が減っては戦さはできぬ。

    なぜか塩分強めの食事を口にする機会が多かったナーグプル滞在。体調を切り替えるべく、我がソウルフードを食せねば。

    今朝は目覚めてすぐにご飯を仕込み、味噌汁の出汁をとり、佐々井秀嶺上人にお持ちするために作っていた白菜漬けと昆布の佃煮の残りを取り出す。

    味噌汁が、五臓六腑に染み渡る。

    白米が、やさしく心に染みてくる。

    おいしい。幸せだ。

    さて、気分一新。がんばるぞ!

    🛕アヨーディヤーのヒンドゥー教寺院「ラーマ寺院」再建オープンを巡って
    https://museindia.typepad.jp/2023/2024/01/hindu.html

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    人生2度目のナーグプル。同じ3泊4日でも、前回に比べると穏やかな心持ちで、しかし新たな課題を抱えて、帰路に着いた。

    今回の滞在中、それぞれ短い時間ながらも、3度、佐々井上人にお会いし、お話しすることができた。そもそもから、日々お勤めをされている御身に加え、昨年、日本のTV番組『世界ふしぎ発見!』にて取材・放送されたこともあり、日本からの来訪者もあとを立たないご様子。お疲れであろうとお察しするが、COVID-19ロックダウンの最中にお電話でお話ししたときに比べると、声にハリがあり、お元気そうだった。

    無数の方々にお会いされているにも関わらず、ご記憶は鮮明で、わたしと夫のニューヨークでの出会いのことなども覚えていらっしゃる。佐々井上人のもとを訪れる日本人の方々の中には、少なからずわたしのブログや動画をご覧になった方がいらっしゃるようで、話題に出ることもあるようだ。

    わたしの記録について、人から聞きはすれど、ご自身がわたしのブログや動画をご覧になったことはない。ゆえに「何が書いてあるか、読みたいんだ!」「印刷して送ってくれ」「まとめて本にしてくれ」とのリクエストを受ける。今なお日々精力的に読書をされている佐々井上人。視力の低下が著しいようで「目が見えるうちに、読んでおきたいんだ!」と、テーブルの上には数冊の本が重ねられている。「このごろは老眼で読書しにくいのよね……」などと言い訳めいたことを考えてしまう自分を恥じる。

    ひとまずは、これまでの記録を整理して印刷し、ファイルに綴じてお送りしようと思う。

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    今回の滞在では、お弟子の竜亀さんや、岡山県の曹源寺にて十年以上修行をされていたインド人僧侶、また佐々井上人の生活拠点であるインドラ寺 (Indora Buddha Vihar) を管理されている方など、関係者各位とお話しできたことも有意義な経験であった。

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    先日、ナーグプルの様子をして「20年ほど前のバンガロールのようだ」と表現したが、カジュアルにインド料理以外の軽食を楽しめる店が少ない。そんななか、滞在先したホテルから徒歩圏内にモール(といっても8割方、終わっている😅)のは幸いだった。普段は入らないマクドナルドに入り、極力シンプルなフライドポテトとコーン、そしてフライドチキンを注文。ポテトとコーンはマサラなしを確保できたが、チキンはスパイスでマリネされており、諸々、辛い。

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    そんな中、オアシスだったのは、ムンバイはコラバ発のお気に入りのベーカリー、Theobromaの存在。ナーグプルはムンバイと同じマハラシュトラ州ということもあり、通りの雰囲気などがムンバイと似通っているところもあり、「同じ州だな」というよりは「同じ国だな」との印象を受ける。

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    それから今回は、インドラ寺まで2kmほどの近距離に立つホテルを選んだ。前回は空港近くのホテルにある大型ホテルに滞在したが、インドラ寺まで遠かったことから、今回は最寄りのエリアで探したのだった。街中にリーズナブルなホテルはたくさんあるが、清潔で安全な場所というと選択肢は減る。あれこれと検索した結果見つけたこのホテルは、周辺の宿に比べると割高だが、4つ星ホテル程度の設備が整っており、なかなかに快適だった。日本からの旅行者にもお勧めできる。

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    ところで、この写真は我が夫。わたしが旅に出るのに合わせて、自分はヒンドゥー教はシヴァ神の霊山、アルナーチャラへと向かった。わたしが竜樹連峰に登り仏教遺跡を見下ろしているころ、彼はアルナーチャラに上り、シヴァ寺院を見下ろしていた。
    なかなかに、いい味出してる夫婦である。

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    わたしは、ヒンドゥー教が主たる宗教であるインドという国に、異邦人の立場で住まわせてもらっている。しかも終の住処として。わたしは「東西南北の人」として、好奇心の赴くに任せ、いろいろな場所へ足を運び、経験をする。しかし、宗教やイデオロギーの差異を取り沙汰し、軋轢に加担するつもりはない。白黒をつけられない、左右をつけられない、つける必要がない事象が、世界には溢れている。

    わたしは、自分が置かれた「身の程をわきまえた」うえで、この国のイデオロギー、政治や宗教について、なるたけ偏見なく、平和的な視点から見つめ経験し、これからもそのときどきに自分が思うところを、真摯に綴り続けようと思う。

    ⛰霊山アルナーチャラを訪ねて。聖地旅の記録(2023)
    https://museindia.typepad.jp/2023/arunachala-聖地旅/

    🏨M2 SQUARE BY MONDAY PREMIUM
    https://www.mondayhotels.com/m2-square-by-monday-premium/

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    昼間、竜樹連峰を登ったこともあり、かなり疲れてはいたけれど、次、またいつ来られるかわからない。マンセル遺跡もまた、しっかり眺めておきたく、南天鉄塔のあたりを探索後、仏教僧院へ足を伸ばして、その跡地をゆっくりと巡る。ナーランダの仏教遺跡とよく似た姿をしたこの僧院。1,500年以上前に建造されたというここも、積み重ねられたレンガが基礎だ。

    当時のレンガ建築にはコンクリートの繋ぎがないため、びっしりと強固に積み重ねられている。上部の「つなぎ」がある部分は、おそらく発掘後に修復された箇所であろう。昨今は観光客が立ち入り、自由に登れることもあり、老朽化が加速しているように見受けられる。歪み、崩れ落ちるレンガもまた、ありのままとして手を加えないのが、むしろ自然なのかもしれない……とも思う。危険ではあるけれど。あるいは今後、修復が施されるのだろうか。

    今回、インド観光局 (Incredible India)のサイトにも、ナーグプルの見どころのひとつとして、このマンセル遺跡が紹介されていたことから、この先も観光客は少なからず増えることであろう。ちなみに、南天鉄塔があったとされる場所をして、以下のように描写されている。

    As you explore further, you will reach another majestic structure that served as the residence of the Vakataka king, Pravarasena II (400-415 CE), and is known as Pravarpura.

    ここは、ヴァカタカ王朝のプラヴァナセナ2世(西暦400-415)の居城だった……との記述がある。調べてみるに、なじみのある方々のお顔が出てきた。プラヴァナセナ1世は、アジャンタ石窟寺院群の壁画に描かれていた人物のひとりだ。ヒンドゥー教の歴史と仏教の歴史とが混沌と入り混じり、なにがなんだか。専門家ではないわたしが言及するのは憚られるので、この辺にしておく。マンセル遺跡や佐々井上人に関する書籍の多くを、すでに購入しているが、読み切れていない。読破すれば理解も深まるのだろうが、脳みそが追いつかない。

    ともあれ、地中に埋もれたまま悠久の歳月を重ねたこれらマンセル遺跡が、一人の日本人僧侶の熱情と使命感によって発掘されたというのは、揺るぎなくも偉大なる事実である。今回の旅もまた、未消化のまま、この遺跡からの芒洋たる情景を、茫然と眺めるばかりだ。

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