インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    疲労困憊で眠りについて、目覚めれば夜明け前。早寝早起き。アルナーチャラ山を望む孔雀の広場で、日の出を見たくて起き上がる。夫とともに、8月31日の、やわらかな日昇を眺める。

    朝食後、夫はサットサンヘ出かけた。わたしは今日もまた、マッサージでも受けようと思うが、夕方までいっぱいだという。ホテル(ちょっとしたリゾート風)にて、今日はゆっくりくつろぎたいと思っていたが、あいにく、ここはあまり気持ちが落ち着かない。

    Sri Ramanasramamへ行こう、と閃く。ラマナ・マハルシ(バガヴァーン)のアシュラムだ。

    「真我の探求」を促した沈黙の聖者、ラマナ・マハルシは、16歳のときから他界するまで、生涯、このアルナーチャラ山の麓で過ごした。

    その彼の魂の余韻……のようなもの、と表現していいのだろうか。ともあれ、ラマナ・マハルシの教えを自らに受け入れ進む人々が、世界各地から、この地にやってくる。アシュラムに滞在し続けている日本人もいらっしゃる……ということを、昨日、たまたまカフェでお会いした日本人青年に聞いた。

    さて、またオートリクショーを飛ばして、アシュラムへ。……暑い。神聖な場には裸足で入らねばならず、ここもまた、建物を行き来するだけで、足の裏が焼けるようだ。

    ラマナ・マハルシが過ごしていたという瞑想の部屋。黒い御影石の床が冷たくて心地いい。彼の写真が掲げられた、彼のベッドの傍らに座り、しばし瞑想。

    自分の中から沸き起こった「微笑み」と「慈愛」を大切にしたい。

    ランチを取ろうと、Googleで飲食店を検索。選んだその店、通された席は、アルナーチャラ山を眺める心地よい場所。ここでしばらく過ごそう。ランチだが、卵が食べたくなってマッシュルームとほうれん草のオムレツを注文。おいしい。

    ようやく、本を開く気分になってきた。ここから、始める。

    コーヒーを飲みつつ、本を読んでいたら、サットサンを終えた夫から連絡。合流したいというので場所を知らせた。The Dreaming Tree.

    やってきた夫は、少し複雑な表情。実は、今日の夜、わたしの誕生日を祝うために、この店に予約を入れていたらしい。ケーキも頼んでいたらしい。

    夜、改めて来るのもなんだし、遅めのランチで、すでにお腹いっぱいで夕飯もそんなに食べられる気がしない。もう、今、祝おう、ということで、ケーキを頼んで、ハッピー・バースデイ!

    用意されていたチョコレートケーキは、とてもおいしかった。2人して、あっという間に食べた。

    やがて大雨が降り始めた。テラスに網戸が施されただけの店内に、雨が降り込んでくる。そのダイナミックな様子を、気分よく眺める。涼風が心地いい。

    雨が小降りになったころ、オートを呼んでホテルに戻った。ホテルの部屋は、精一杯の祝福で迎えてくれた。ケーキにはフルネーム。夫とわたし、一口ずついただいて、あとはスタッフのみなさんに託した。

    夫からのプレゼントは、本とノート。

    After the Rain。

    自分の心に尋ねることを、ひたすらに示唆し続けたラマナ・マハルシの、数少ない言葉がちりばめられている。

    After the Rain。それは、バンガロールの、空(空港)に近い、わたしが「終の住処」と決めた我々の新居の、コミュニティの名前でもあり。

    After the Rain。雨あがり。

    愛しき響き。心に虹。

    図らずも、すべては定められし道の上にて。

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    8月31日の朝だ。無事に、58歳の誕生日を迎えることができた。何の因果か、このようなインドの聖地で新たに歳を重ねることを、面白く思う。

    叡智の丘、とも呼ばれて来たアルナーチャラ。日本語では「霊山」と表現するのがふさわしいであろう、山の麓にて。わたしと夫が、こんな風に、わたしの誕生日を祝する日が来ることになろうとは、4、5年前には想像もしなかった。

    すでに記したが、今回、ここティルヴァナンマライでの5泊6日は「計画を立てず、心の赴くままに過ごす」と決めていた。だから、到着翌日に14㎞の巡礼「ギリ・プラダクシナ (Giri Pradakshina)」を行ったことも、翌日にArunachaleshwar寺院を訪れたことも、そして昨日、山の中を歩いたことも、すべては、本能(のようなもの)に導かれてのことだった。

    🌕ランチを終えてホテルに戻り、シャワーを浴びてベッドに横たわる。満月の今夜、無数の巡礼者が各地から訪れる……と思いを巡らすうちに、「もう一度、ギリ・プラダクシナをやろう」と閃いた。人混みの中を歩くなど、普段のわたしならば極力避けたい行いだが、「歩きたい」という気持ちが優った。

    身体は疲れているにも関わらず。

    わたしが歩くのなら、僕も歩く。と、夫。

    本来ならば月が昇る時刻に歩き始めるのがいいらしいが、人が多くなりすぎる前がいい。それに、雨が降り出す気がする。まだ日が高い5時過ぎに歩き始めた。

    前回はビルケンシュトックのサンダルで歩いたが、今回は寺院に立ち寄らないと決めていたので、アシックスのスニーカーで歩く。これがもう、ふわふわと歩きやすくて夢のよう。靴底大事、と、改めて思う。

    すでに一度歩いているから、道の状況はわかる。人が少ない最初は極力飛ばして歩くことにする。今日ばかりは夫もわたしの背後にしっかり付いてきてくれる。

    🌕喧騒。雑踏。Om Namah Shivaya という、シヴァ神を讃えるマントラが響き渡る中、ひたすらに歩く。沿道は縁日のような賑わいで、我々は曼荼羅の周囲を歩く人生ゲームの駒のごとく。やがて日が沈み、夜の帳(とばり)が下りる。

    黙々と、歩く。途中、1度目で気に入っていた静寂の寺院には、靴を脱いで立ち寄った。山は常に右手にあった。

    神に捧げる炎。煙にまみれる。牛に触る。無数のバイクがかすめ走る。途中のカフェで軽食を取った。外に出たら、満月が昇っていた。

    無料のビリヤニの人だかり。1つ買ったら2つ目は無料のアイスクリームの宣伝大音響。裸足で平気で歩く人々。

    ……喧騒の中の瞑想。

    🌕満月を眺めながら、2018年4月30日、仏陀聖誕祭の満月の夜を思い出していた。インドの中心ナーグプルにて。佐々井秀嶺上人に密着行動させていただいた1日だ。

    あの旅を決めたのも、「数字の符合」に引き寄せられたから。佐々井秀嶺上人の半生を描いた『破天』を読んでいる最中、いくつかの数字に惹きつけられた。佐々井上人が日本を離れたのが、わたしの生まれた年、1965年。彼の誕生日は、8月30日。わたしの誕生日の30年と1日前。88歳、おめでとうございます。

    そのほか、いくつかの符号に引き寄せられ、連絡先を確認し、ナーグプルを訪れることができたのは、奇しくも仏陀生誕祭の満月の日を挟んでいたのだった。

    あの日の満月と、この喧騒の満月が、シンクロナイズする。この国の極まれる混沌。理不尽、不条理の渦。そういう一切合切、清濁併せ吞むすさまじさを、教えられている。身を以て、体験させられている。

    そう。この国はすさまじい。

    わたしは、何をしているのか。これから先のわたしは、何をするのか。わたしの中に問い続ける。ここに導かれたもご縁。静かに、確かに、自分の経験を消化しながら、この先も歩め。

    🌕 数時間の行脚を終え、ホテルに到着。汗と埃にまみれた身体を、熱いシャワーで洗い流せる極楽。いい香りのシャンプーが楽園。天井で回るファンが涅槃。少し痛む膝に、「お疲れさま」と言いながら、お気に入りの効果絶大CBDオイルを刷り込む。

    そうしているうちにも、雷光、風が起こり、雨が降り出した。。なんというタイミングか。無論、雨の中を歩く無数の巡礼者たちへ、「ご安全に」と、思いを馳せつつ、たちまち眠りについたのだった。

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    以下、Sri Ramanasramamのサイト「アルナーチャラ」の項より一部抜粋

    「この丘を巡ることは良いことだ。「プラ・ダクシナ」という言葉には特別な意味がある。『プラ』はあらゆる罪を拭い去るという意味があり、『ダ』にはすべての望みをかなえるという意味がある。『クシ』とは再生からの解放を意味している。『ナ』とはジュニャーナによる解脱の保証を意味している。」

    🙏インド国憲法草案者アンベードカルとインド仏教。そして日本人僧侶、佐々井秀嶺上人を巡る記録(『深海ライブラリ』ブログ)
    https://museindia.typepad.jp/library/2021/12/unity.html

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    最初は、山の周囲を歩いた。

    次の日は、寺院に行った。

    そして今朝。アルナーチャラ山の背後から、朝日が登るころに、ホテルを出発。

    ラマナ・マハリシのアシュラムの裏から伸びる山道伝いに、アルナーチャラに登った。

    片道1.4㎞。石畳が敷かれているのを見て、ここならば、少なくとも往路は、素足で歩けると思った。サンダルを脱いで、ゆっくりと歩く。

    どの石を踏むか。一つ一つ、選びながら、歩く。

    幅1mほどの山道には、足裏に優しい石が敷き詰められている。

    しかし、自分が踏むのは、ごく限られた、一歩、一歩。

    足の裏に神経が集まる。

    Sole(足の裏)と、Soul(魂)が、融合しているかのような。

    小高い場所から、昨日訪れた寺院を見下ろす。彼方には雲海。絶景。

    復路はサンダルを履いて降りる。足の裏から伝わる幸福感。

    履物、偉大。

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    山を降りて、夫とともに、Ganga Maaのサットサンへ。

    主には沈思黙考の1時間ほど。

    『BE AS YOU ARE』著者のDavid Godman氏ともご挨拶。

    近くにあったカフェでランチをすませる。

    梯子伝いに屋上に登れば、アルナーチャラの絶景!

    さて、8月30日。今夜から明日にかけてはスーパームーンにつき。

    満月の夜の巡礼のために、大勢の人々が、この小さな町に押し寄せている。

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    寺院から戻り、軽くシャワーを浴びて、ホテルでランチをすませたら、睡魔が襲って来た。

    ベッドに横たわれば、たちまちに眠りの世界。目覚めてもなお、起き上がるのが億劫で、ただゴロゴロとベッドに横たわっていた。

    窓の向こうに、日の陰りを見て、起き上がる。外を歩きたい。

    リゾートの敷地内を一周したあと、裏口から外に出る。この通路は、14㎞歩いた朝に教わった。

    小道を抜けたら、アルナーチャラ山を見晴るかす広場に出た。小さな貯水池では、サドゥが身体を洗っている。その周囲を、何羽もの孔雀が行き交う。

    そこは、孔雀たちの広場だった。

    なんという、美しい場所だろう。

    今朝、アルナーチャラ山の背後から、昇る朝日を見た。

    そして今、アルナーチャラ山を背に、沈む夕日を見る。

    1日の始まりと終わりを、こうして丁寧に過ごせただけでも、心身が覚醒する。

    山に向かって手を合わせていたら、洗浄と、祈りをすませたサドゥが、微笑みながらこちらに赴く。

    そうして、わたしの傍を通り過ぎながら、孔雀の羽根をくれた。

    ありがとう。

    太陽が隠れたころ、孔雀も人も、いなくなった。

    いい一日だった。

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    今回の旅では、基本的に夫とは、別行動にしようと決めていた。そもそも、諸々の波長が異なる我々。娯楽性の高い旅ならまだしも、このような精神世界を彷徨うような旅においては、自分の波長を尊びたい。

    朝、目覚めて、衝動の赴くまま、宿の屋上に登り、朝日を拝み、1日を始める。

    夫は、ラマナ・マハルシに関わる人に会いに行く。先日、写真に載せた書籍『あるがままに (BE AS YOU ARE)』の著者であるDavid Godmanにも、彼はお会いしたようだ。

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    わたしはといえば、朝食をすませたあと、オートリキショーを飛ばして、シヴァ神と、その妻のパルヴァティを祀る寺院、Arunachaleshwar Templeへ。グラナイト(御影石)で造られた高さ40mほどもある東の門(gopuram)から入場する。

    インドにおいて巡礼とは、足裏の鍛錬でもある。境内には裸足で入らねばならず、従ってサンダルは、入り口に預ける。サンダルを脱ぐや否や、フライパンの上を歩いているかのような状態。太陽光を吸収した石畳の熱いこと熱いこと!

    飛び跳ねるように歩きながら、日陰へ一目散。しかし周囲を見回せば、そんな大げさな挙動の人物は見当たらず、みな悠然と歩いている。どれだけ足の裏が鍛えられているのかという話だ。

    ところで、世界的に(多分)よく知られている象の頭を持つガネーシャ神の両親は、このシヴァとパルヴァティだ。パルヴァティが入浴中、見張りをしていた息子のガネーシャ。そこへ帰宅した父シヴァは、それが息子だと気づかず、首を刎(は)ねた。

    「あなた、何やってんの! それ、わたしたちの息子!」

    と妻の叫びに驚き焦ったシヴァは、たまたま通りかかった象の首を刎ねて、息子の身体に挿げ替えた……。というのが、ガネーシャ誕生のエピソードだ。破茶滅茶なのだ。

    さて、他の参拝者の流れに従い、参拝をすませたあと、境内の一隅にあるPatala Linga Temple に引き寄せられた。するとそこには、ラマナ・マハリシの肖像がある。更には、彼の生涯を紹介するパネルが貼られているのだった。

    折しも、1896年8月29日、すなわち127年前の今日、16歳だったラマナ・マハリシは、このティルヴァンナーマライを目指して、マドゥライの家を出た。旅の途中の経由地で、気を失い、目を覚ましたのが翌朝の1896年8月31日。その年の8月31日はまた、クリシュナの誕生日、ゴークルアシュタミだったという。そして、9月1日の朝、彼はティルヴァンナーマライに向かう列車に乗り込んだ。まもなくして到着すると、列車を飛び降りて、ここアルナーチャレーシュワラ大寺院を訪れ、以来、ここから一度も離れることなく、この地を終の住処にしたという。

    彼のことについては、また改めて記すとしよう。

    わたしと夫がニューヨークで出会ったのは1996年。ちょうど100年後。そして彼が家出をした日が今日で、目を覚ました日がわたしの誕生日。気持ちいいほどの暦の符合だ。

    実は今回の旅。31日がスーパームーンで巡礼者が多く、ホテルの予約が取れなかったので、実は5日ほど前倒しで訪れる予定だった。ところが、あとになって、31日も1日も、予約が取れたことから、全体を後ろ倒しにしたのだった。

    歳を重ねるにつけ、このような「あたかも偶然のように思える必然」の一致は増える。その事実は、事態を「貴重なもの」として認識させ、経験を豊かに意義深いものにしてくれる。ありがたい。

    少しずつ、近づいている。

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    (続き)こんな風に、大きな円を歩くのは生まれて初めてのことだ。運動場とはスケールが違う。しかも、聖なる山を常に右に感じながらの。アルナーチャラ山を中心に、北を12時の方角とするならば、ホテルの場所は7時あたり。そこを出発する。7時から12時のあたりまでは、交通量は少なく、サドゥー(ヒンドゥー教の行者)、もしくはサドゥー的な人々が座りくつろぎ、のんびり牛が歩く情景が広がった。

    我々もまた、点在するヒンドゥー寺院や、シヴァ・リンガ(リンガム)に祈りを捧げるべく、サンダルを脱いで境内に入り、手を合わせる。

    シヴァ神とは、ヒンドゥー教において、ブラフマーとヴィシュヌに並び、最も強い影響力を持つ3柱の神の一つ。ちなみに日本の大黒天は、このシヴァと大国主が融合した神格だとされている。

    世界の破壊と維持、再生を司るとされているシヴァ神の、ここアルナーチャラ山は聖地なのだ。ゆえに、随所にてシヴァ・リンガが見られる。わたしが、インドに移住してまもないころ、このシヴァ・リンガという在り様を初めて知ったとき、とても驚いた。

    丸みを帯びた先端の、円柱型のシヴァ・リンガ。それは即ち、シヴァの男性器だ。そのリンガの台座となっている器のような形状の「ヨーニ」と呼ばれるそれは、女性器だ。リンガとヨーニが一体化して、祀られている。

    つまりこれは、男女の神が一体化している状況だ。リンガがこちら側に飛び出しているわけだから、シヴァ・リンガが据えられた寺院の内部は、即ち女性の胎内とみなされているという。

    もっといえば、地球が子宮であるとも解釈できる気がする。わたしは宗教の専門家ではないので、書いていることは頓珍漢かもしれぬ。しかし諸々が「ひっくり返った」気がして、驚嘆したのだった。

    更には、ヒンドゥー教の儀礼の際には、そのシヴァ・リンガの上に、ダヒ(ヨーグルト)やギー(精製バター)などをダラダラとかけるのである。もう、見るからに、なんともはや、である。

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    さて、ひたすらに歩く。12時から2時くらいの方角に至ると、だんだん交通量が増えて来て、巡礼地とは思えない日常の雑踏だ。わたしは昔から、歩くのが人よりもかなり速い。だから気づいて振り返れば、夫はいつも、遥か彼方。

    ゆっくり歩いて、と言われるが、わたしにとってゆっくり歩くのは、むしろ疲れる。特に、自分自身の考えごとをしているときには。人には、自分に合ったペースがある。快適なリズムで歩きたい。だから、歩いては待ち、歩いては待ち、を繰り返す。

    (※仕事のコーディネーションや、夫以外の他者と歩くときは、もちろん相手の速度に合わせるよう心がけております。夫……すまぬ)

    聖山を常に右手に感じながら、しかし、周囲の情景はどんどん変わる。後日、じっくり訪れようと思っている寺院も目前に現れる。そのときに閃いた。この巡礼路は、「まるで曼荼羅のようで、人生そのものだな」と。山あり谷あり、晴れの日もあれば雨の日もあり。

    わたしたちは、死ぬ瞬間まで、不確かな円環を、歩いている。

    この閃きをわたしは、自分の足で歩きながら、感じ取ることができた。本当によかった。自分の人生にとって、これもまた、大きな収穫のひとつだ。綴りたいことは尽きぬが、今はこの直感の享受をゆっくりと、咀嚼したい。

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    途中で寺院に立ち寄ったりしたこともあり、予想以上に時間がかかっている。お腹も空いて来た。7割ほど歩いたら、ランチにしようと自分の中で決めていた。と、ちょうど目の前に、それまでにはなかった「きれいな感じ」のカフェが現れた。ここで朝食にしようと決め、夫が来るのを待つ。

    「ここで朝ごはんにしよう」と夫に言うと、「あ、ここ前回、来たよ」と夫。夫は以前、彼のグルとサットサンの仲間とともに、このティルヴァナマライに来て、ラマナ・マハルシのアシュラム(修行施設)」を訪れていたのだ。

    店内に入れば、誰もお客はいない。わたしは、導かれるようにひとつのテーブルを選ぶ。と、見上げれば、夫の信奉するMoojiと、夫のグルの写真が掲げられている。「ようこそ」「よく来たね」と言われているようだ。

    大切なことは、予習しなくても、直感が教えてくれる……。ということを、改めて思う。なにしろ、1996年七夕の夜、ほぼ満席だったマンハッタンのスターバックスカフェで、夫の座る席の前に、唯一の椅子を見つけた日から、わたしの直感は、なかなかユニークに発揮されてきた。

    小さな直感の蓄積も生きる自信に繋がる。故に、研ぎ澄ませ!

    ちなみに朝食は、スイカジュースと、ここは南インドにも関わらず、なぜかこの界隈でよく見かける北インド料理のチャナバトラ。チャナ(ひよこ豆のカレー)とバトラ(揚げパン)だ。しかも巨大。やったらこってりした朝ごはんだ。

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    朝食の後、そこからほど近い場所にあるラマナ・マハルシのアシュラムに立ち寄った。その聖なる場所は、夫にとって、とても大切な場所。わたしはしかし、その時点で、感受することはできなかった。

    まだ、わたしは整っていない、と感じた。また後日、訪れよう。

    それからホテルに戻り、シャワーを浴びる。万歩計は24597歩を指している。約3日分の歩行を数時間ですませた計算になる。流石に疲れた。緑に囲まれた遊歩道などを歩くのであれば、まだ気分もいいだろうが、蒸し暑くも喧騒の曼荼羅世界である。疲れて然るべきだ。

    ビルケンシュトックのおかげで、なんとか無事、踏破できたが、膝と腰が少し痛い。ホテルのスパでマッサージをしてもらうことにした。

    その間、夫は再びラマナ・マハルシのアシュラムへ、瞑想をしに行った。それぞれが、それぞれのペースで、ここで過ごす。残る日々も、慈しみつつ過ごそう。

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    (続き)虫の知らせ。以心伝心。念ずれば通ず……。

    古来、人間は、もっと野性味を帯びていた。100年前、いや50年前でさえ、今よりもっと、直感に優れた動物的な生き物だったはずだ。

    人間が「裸一貫」でできることは、たくさんあった。しかしながら、利便性が高まるにつれて、進化のようにみえる「退化」が始まった。わたしたちは、「研ぎ澄まされていない」状態でいる時間が長くなった。

    わたしが若者向けセミナーで、常に「裸一貫の自分を思え」と、提言して来たのは、旅を重ね、歳月を重ね、それが人間として、とても大切だと思うからだ。モノに頼らず、どこまで自分が、自分で在れるか。

    わたしは、自分が体験したことを、自分が感じたことを、優先して、信用したいと思う。

    一昨日、バンガロールからここに向かう途中の車中にて、空を見ながら夢想していた。計画は立てまい。ただ、到着して、自分が欲するままに、極力、夫の意思に巻き込まれないよう、自分の直感を尊んで行動しようと決めた。

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    車窓から雲を眺めつつ、龍神について考えていた。龍とは、古来から、特に東洋において尊ばれて来た神でもあり、昨今のスピリチャルな世界においても、重要視されている存在である。

    わたしは、2018年、佐々井秀嶺上人を訪ねて「南天龍宮」とされるナーグプルヘ趣いた。マンセル遺跡に立ったときには、否応なく、龍樹(ナーガルジュナ)の力を強く感じた。

    雨は龍神による歓迎の証。アルナーチャラ山と龍神は関係ないかもしれないが、青空を眺めながら、「雨が降ってほしい」と願った。すると、果たして、わたしたちが到着するころ、雨が降り出した。

    この地でわたしがしたいことは、限られている。いくつかの寺院に立ち寄り、ラマナ・マハルシのアシュラムへ行き、アルナーチャラ山に登り、アルナーチャラ山の周囲14㎞を歩くこと。満月の夜には、地球上の津々浦々から巡礼者が集まり、山の周囲を歩くという。

    次の満月は8月31日。この日は、スーパームーンであり、わたしの誕生日でもある。相当の人出が予想されるので、まず、朝の涼しいうちに歩こうと決めた。

    明日がいい、と思った。

    8月31日に再び歩くかどうかは、そのあとに決めよう。

    到着した日の夜は、10時ごろに寝た。雨は夜通し、静かに降り続けた。朝5時ごろ目が覚めた。まだ降っている。今日は無理かなと思いつつ、もう一度寝た。

    6時に目が覚めた。雨はかなり小降りだ。やがて止むだろう。眠っている夫を起こして、身支度をして、出かけることにしたのだった。

    14㎞といえば、約25000歩といったところか。3日分ほどの歩行を数時間で一気に。疲れるには違いないが、平坦な道だから、さほどの負担はかからないだろう……昼間は気温が上がるから、早めに出発しようと歩き始めたのだった。(続く)

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    地球のうえには、無数の「力ある場所」がある。大地の力がみなぎり、人間にエネルギーを与えてくれる場所。欧米では磁力の強い場所をして「ヴォルテックス」と呼ぶこともある。昨今では、「パワースポット」という言葉が一般的だろう。
    そのような場所は古来から、「自然崇拝」や「信仰の地」とされてきた。日本にも富士山や伊勢神宮、熊野古道、出雲大社など数多くの力ある場所がある。

    気がつけば、これまでの人生、世界各地で、そのような地を訪れて来た。有無を言わさず引き寄せられる場所もあれば、「ん?」と思う場所もあった。一方で、世間には知られていない土地でも「ここは……!」と強いエネルギーを感じる場所もあった。

    パワースポットとはだから、遍く人々を平均的に引き寄せる場所ではないとも思う。あるところは修行をした修験者だけが感じ得るかもしれないし、あるところは、ある性質を持つ人だけが感じ得るかもしれない。あるいは個人的に思い入れのある土地など。アンテナの感度と相性の問題もあるだろう。

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    今回、旅先をここに選んだのは、夫の影響だった。わたしは幼少時から、人間の「スピリチャルな側面」を、見つめる機会が少なくない環境に育った。その、漠然とした精神世界の背景を検証したくなったのは、大学に入学してからのことだった。

    高校の国語教師を目指していたわたしは、文学部日本文学科を専攻していたが、心理学や哲学の授業も選んだ。そうして、浅薄ながらも学んだ。ユングの心理学、夢分析から転じての自己分析……。

    大学1、2年のころは、普通の日記と並行して夢日記も克明に記録。それらを自己分析して、自分自身の精神的な状況を憶測した。

    社会に出て、「日常」に没頭する日々は、かような精神世界の旅から途絶され、せいぜい映画を見たり読書をしたりの際に、想念を飛ばす程度であった。しかし、旅は違う。特に、長期の一人旅は、長い長い瞑想のようでもあったと、今は思う。だめだ、話が長くなる。

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    一方の夫は、そのような世界観に無縁の人だった。宗教も精神世界も、取り立てて尊ばず、「科学で証明できること」を優先して考えていた。この件については、こうして軽く一言では綴れぬ背景があるが、ともあれ。

    しかし2020年1月、義父ロメイシュ・パパが急逝したことで、彼の精神世界は大きな転換を遂げる。彼の親しい友人であるCharu Sinhaに、ジャマイカに生まれポルトガルに暮らす「Mooji」というスピリチャルリーダーを紹介されたのが契機だった。Charuは、インドで最も力ある女性ポリス・オフィサー。常にテロの脅威にさらされているジャンム・カシミール地方において、数万人の警官を指揮してきた。

    わたしも彼女と会ったことがあるが、そのミッションのタフさは壮絶だ。常に危機に立ち向かっている人たちの、精神の在り方についても彼女は慮っているのだということを知った。

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    Charuの誘いによって、インドに来ていたMoojiに会うべく、夫はリシケシに飛んだ。そこでの体験、学びは偉大なるものだったのだろう。以来、彼は、バンガロールに暮らすMoojiの教えを引き継いだグルの元へ、毎週、通い続けている。なお、そのような学びの場をして、「サットサンSatsang」と呼ばれる。サンスクリット語で「真実を探求する仲間」という意味があるようだ。

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    Moojiの教えを通して、アルヴィンドは江戸時代の日本の禅師である盤珪永琢(ばんけいようたく)を知り、南インドの聖人「ラマナ・マハルシ」を知った。ラマナ・マハルシが16歳のときに覚醒し、その後、彼がたどり着いて生涯、暮らし続けたのが、このアルナーチャラ山(丘)であった。ここはかつてから、ヒンドゥー教のシヴァ神が崇められている聖地でもあり、強い波動を持つ土地である。

    ここは、シヴァ神を信仰する人にとっても、ラマナ・マハルシを信奉する人にとっても、極めて重要な土地なのだ。

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    この3年間、夫は毎日、瞑想をし、自分なりの探求を続けている。わたしはといえば、夫とは異なる、わたしなりのやり方で、自分を見つめる生き方を心がけている。しかし、夫が見つめる世界をも知っておきたく、昨日、写真で紹介した書物を購入。目を通したがしかし、どうしても、自分の中に入ってこない。目が活字を追っていても、腑に落ちない。まずは感じてみようと、ここへ来ることにした。

    到着して翌日の今朝は、アルナーチャラの巡礼者が行う「山の周辺14km」を歩くことで、心身のウォームアップを図ることにした。敬虔な信者は裸足で歩くらしいが、さすがにそれは無理。小雨降る中、履き慣れたビルケンシュトックで出発だ。(続く)

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    進路はひたすらの南東。

    どんどん下がる標高。

    どんどん上がる気温。

    「情景コーデ」が冴えてる我。

    ギーたっぷりのクリスプなドサ。

    好物のワダはもちろん不可欠。

    砂糖は少しでサウスインディアンコーヒー。

    パーンでご機嫌。

    汁こぼして不機嫌。

    豊かな緑だ。

    寛大の雲だ。

    大地に張り付き右往左往の

    我もまた一塊の蟻。

    なんか知らんがラップ調。

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