インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

  • 307309889_10225626261940512_6512067255884960930_n

    307309889_10225626261940512_6512067255884960930_n

    307309889_10225626261940512_6512067255884960930_n

    307309889_10225626261940512_6512067255884960930_n

    307309889_10225626261940512_6512067255884960930_n

    昨日は、月に一度のYPOフォーラム・ミーティング。わたしにとって8月は、悲喜交々、喜怒哀楽、いろいろな出来事が凝縮して発生した。故に、フォーラムで1カ月を分かち合うひとときは、殊更に大切なことに思える。

    ミーティングのあとは、友人Anjumの新居へ。Prestige Groupの物件全般の内装を手掛けるインテリア会社のCEOであり、デザイナーでもある彼女。彼女のセンスと情熱が反映された新居を見られることを、わたしはとても楽しみにしていた。

    巨大なカーネーションの花に出迎えられ、家族の肖像画が架けられたホールを抜けると、高い天井、ガラス張りの明るい空間が広がる。建築は、ムンバイや米国のボストンに拠点を置く著名な建築家、Rahul Mehrotraによるもの。

    「ガーデン・シティ」としてのバンガロールの魅力を映す庭の緑はまた、多様性に満ち溢れて生き生きと芽吹いている。

    夫妻それぞれの、祖先から受け継がれた伝統的な家具。その重厚な質感と、モダンなアートや家具がいい塩梅で調和し、居心地のよい空間を作り上げている。活けられた花々も美しく、まさにAnjumの言う通り、宮殿のような邸宅だ。

    家の随所を切り取りながら撮影するのも楽しい。猫もかわいい。アフタヌーン・ティーもおいしい。

    Instagramには1回の投稿につき10枚の写真しか載せられないので、一部を複数枚レイアウトして紹介している。我がソーシャルメディアに掲載することは、もちろんAnjumの了承を得ているので、念のため。

    306742481_10225626261740507_794432209903497451_n

    306742481_10225626261740507_794432209903497451_n

    306742481_10225626261740507_794432209903497451_n

    306742481_10225626261740507_794432209903497451_n

    306742481_10225626261740507_794432209903497451_n

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ

  • 306991529_10225622534087318_8816995802774570877_n

    306991529_10225622534087318_8816995802774570877_n

    306991529_10225622534087318_8816995802774570877_n

    306991529_10225622534087318_8816995802774570877_n
    Go Native。そしてRain Tree。わずか2カ所ながらも、インドの新旧、ライフスタイルやファッションをじっくりと、垣間見られる場所。

    折しもRain Treeでは、グジャラート州カッチ地方の手刺繍のブランド「Shrujan」の展示会が開かれていた。かつて、Shrujanの店舗がバンガロールにあった時代、クッションカヴァーや壁掛けなどを購入。今でも使っている。

    今回は「新作」だという精緻なサリーを見せてもらった。1枚を仕上げるのに2年ほどもかかる芸術品。インドのテキスタイル世界は、どんなに見慣れても、飽きることがない。

    307071393_10225622534007316_9024277427719214948_n

    307071393_10225622534007316_9024277427719214948_n

    307071393_10225622534007316_9024277427719214948_n

    306921560_10225622534327324_4306371817936223799_n

    306921560_10225622534327324_4306371817936223799_n

    306921560_10225622534327324_4306371817936223799_n

    306921560_10225622534327324_4306371817936223799_n

    🌱Go Native
    https://gonative.in/

    🌱Beruru
    https://beruru.com/

    🌱RainTree
    http://raintreebangalore.com/

    🌱Shrujan
    https://shrujan.org/

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ

  • 306924264_10225620815844363_8351857927034049467_n

    306924264_10225620815844363_8351857927034049467_n

    306924264_10225620815844363_8351857927034049467_n

    「将来は、故郷の福岡で、高校の国語教師になる」という目標を掲げて、教職課程のある大学に進学した。

    それまでの価値観や未来への展望が、180度、転換した出来事があった。1985年8月。初めての海外旅行で、ロサンゼルス郊外のご家庭に1カ月ホームステイをさせてもらった。プラザ合意の1カ月前。1ドルがまだ200円台後半だった時代、準備一つをとっても大変だったが、まさにプライスレスな経験だった。

    20歳の誕生日を目前に控えたあの夏を通して、わたしは「新たに生まれ変わった」のだった。

    卒業後は、故郷へ戻るのではなく、海外に出られる仕事に就きたいと切望し、今に至る。

    だから、いつか自分も、若い人たちを迎え入れ、未知なる経験をする機会を提供するという「正の連鎖」を紡ぎたいと思い続けている。

    無論、当時のホームステイ先は、日本の旅行代理店からの謝礼を受けるなど、収入源の一環として引き受けているケースもある。だとしても、極東の島国から来た、ろくに英語も話せず意思疎通の図れない人を、1カ月も滞在させてくれるというのは、ありがたいことであった。

    実は先週の土曜日から10日余り、日本人女性HANAさんが、バンガロールに滞在している。東マレーシアのボルネオ島にある大学で、社会科学(主に国際関係)を学んでいるという彼女。多様な民族や部族が共存しているマレーシアの背景にも強い関心があるという。卒業前旅行を兼ねて「多様性の国インド」を体験すべく、南インドへも来ることになった。

    週末、わたしが新居にいる間は、彼女にも滞在してもらい、平日は街中のホテルに滞在。しかし、状況が許す限り、わたしの外出などにも同行してもらっている。土曜日は到着早々、20数名のインド人ゲストを迎える手伝いをしてもらった。

    実業家であれ、起業家であれ、老若男女を問わず、社交性が高くフレンドリーな人が多いインド。たとえば、「我々夫婦のところに滞在している人」ということになると、我々夫婦に対する信頼が、彼女にまで、即、広がる。

    少なくとも、我々の周囲の大人は、若者に対し、尊大な態度をとる人はいない。「人格者」ほど、人に対して寛大でやさしい。今でこそ、そのような対応が「普通」と感じるが、しかしわたしも移住当初は、驚かされることが多かった。

    HANAさんに対しても、分け隔てなく朗らかに接してくれる。そんな様子を目の当たりにして改めて、懐が広いインドの、すばらしき一面を実感したのだった。

    日曜日は、のんびりと家で過ごした。夕方、夫とHANAさんが、コミュニティ内を散策していたところ、ご近所さんと立ち話になった模様。これはよくあるインドの情景。話が弾んで、ご近所さんが「うちに寄って行きませんか」と誘ってくれ、二人を家に招き入れたという。これもまあ、珍しくない話。しかしHANAさんにとっては、かなり驚きの展開だった模様だ。

    月曜日は、以前も何度か記した近所の一大スポーツセンターへ赴き、夫と3人、おいしい料理を出してくれるプールサイドのカフェレストランでランチ。屋外バスケットボールコートで「エアバスケ」🏀をやったり、ビーチバレーコートで「エアアタック?」をやったりと、楽しい。

    夕刻は、ご近所に住むYashoがご自身のサリーを見せてくれるというのでお伺いした。彼女は土曜日のパーティに来てくれていて、HANAさんに、遊びにいらっしゃいと声をかけてくれていたのだ。Yashoと彼女の母君に出迎えられる。若かりし頃は、インドの名ホテルのレストランでシェフを務めていた彼女。現在はサリーのブランドを立ち上げ、伝統的な職人技が生きた高品質なサリーを販売している。以前もブログに紹介した。

    彼女のインドでのキャリアの話、またケララ出身のハズバンドHariの、非常にスケールの大きい、いや大きすぎる「大家族」の話など、わたしにとっても、驚かされる話を次々に聞かされて、インド世界の豊かさに感嘆するばかり。

    ちなみに、HANAさんが立っている写真の右横にある植物の器。この銅製の巨大釜は、Hariの一族が数百名集まったときに、炊飯のために使われていた釜だという。昨今は使われず、黒ずんで放置されていたのを、Yashoが業者に磨いてもらって、輝きを取り戻したのだとか。

    このほかにも、数百年前に遡る先祖代々引き継がれた調度品や絵画などを見せていただき、その歴史の凝縮に圧倒される。まるでミュージアム巡りだ。

    書き残しておきたいことは尽きず。インドの日常は、本当に豊かだ。

    306831459_10225620816044368_6211908057307003841_n

    306831459_10225620816044368_6211908057307003841_n

    306782819_10225620816004367_5520596499029710105_n

    306782819_10225620816004367_5520596499029710105_n

    306743314_10225620815924365_6125298600695231147_n

    306743314_10225620815924365_6125298600695231147_n

    306743314_10225620815924365_6125298600695231147_n

    🥻MRINALINI
    https://www.mrinalini.co/

    🥻インドはお祭りシーズン序章。またしてもサリーの海へ。
    Mrinalini. A platform to help handloom weavers across the country.
    https://museindia.typepad.jp/fashion/2021/09/saree-1.html

  • Ypoj

    306744103_10225612661840518_3005914997774120475_n

    306744103_10225612661840518_3005914997774120475_n

    2001年の7月、結婚式を挙げるために、当時暮らしていたニューヨークから夫の故郷、ニューデリーを訪れた。初めてのインドで受けたカルチャーショックは多々あったが、最も強く感銘を受けたのは、インドの人々が、いかに「家族や親戚との交流」や「友人知人らとの社交」を大切にしているか、ということだ。

    宗教、階層、コミュニティ、地域、言語……と、多様性に溢れたインドだが、家族との絆の強さ、社交の重要性は、遍く共通していると思われる。

    日本に暮らしていたころは独立独行、友達も少なく、自分のキャリアの構築(&ときどき恋愛)が最優先事項だったわたしだが、ニューヨークに渡ってからは、かなり社交の機会が増えた。各種パーティに参加するのをはじめ、自分でも開催するなど、もてなされ、もてなすことにも慣れていった。

    しかし、インドに移ってからは、米国の比ではないほどの「集いの多さ」を実感した。最近でこそ、子供たちは子供たちで……という趨勢が強くなったが、一昔前までは、週末は家族や親戚が集まって食卓を囲む、あるいは友人たちを招いてパーティをする情景は一般的。子供が大人に対して臆することなく自分の意見を言い、討論することができる土壌は、このような社会的背景も影響している。

    さらには、各宗教の行事、冠婚葬祭が重要視されるインドでは、特に年の後半はホリデーシーズンに突入。通常でも週休3、4日感覚のインドが、週休5日制くらいになるから、スケジュール管理は至難の業になる。

    家族が病気になったら、会社を休んで、病院に連れて行く。病人が一人で病院に行くことの方が稀だから、インドの病院は待合室が込み合っているし、病室には付き添いの家族が泊まるためのベッドも用意されている。

    良くも悪くも、インド世界は人間同士の絆が強く、共に支え合いながら生きている。わたしたち夫婦は身内の数が少なく、故に冠婚葬祭の頻度も低いから問題ないが、これが大家族で親戚も多いとなると、しばしばあちこちに駆り出されて、忙殺されるという側面もあることは否めない。

    そんな社会的背景のインドに暮らしているがゆえ、わたしも郷に入り郷に従っているうちに、気づけば社交のスキルが上がっていた。ミューズ・クリエイションで8年もの間、毎週金曜日に自宅を開放して多くのメンバーを招き入れていたことも、全国的に「ご自宅の敷居が低い」インドだからできたことである。これが日本だったら、決して実現できなかった。

    🇯🇵さて。週末を新居で過ごすようになってから、人々を招く頻度が増えている。

    一昨日の土曜日は、YPOバンガロール支部の企画によるIntegration Dinnerのホストを務めた。新メンバーや、普段、交流の少ないメンバーを招き、互いを知り合うのが目的。わたしたちも以前、他のお宅に招かれ、楽しいひとときを過ごした経験がある。

    我が家がホストとなるからには、日本らしさをアピールしたい。毎度、自己流の日本料理風な料理でもてなし、昨年の「日本風味なヴァレンタインズ・ディナー」で使用した日本のお茶の歴史を巡るプレゼンテーションの準備をし、さらにはインドで日本酒や梅酒の販売を試みている友人から梅酒のサンプルをもらっていたのでそれをお出しするなど、随所に日本を漂わせた。

    わたしはインドに移住して、加工食品などを口にする機会が激減したこともあり、MSGなどの化学調味料や食品添加物をほとんど口にしなくなった。極力、新鮮な食材を用い、最低限の調味料で、しかしそこそこ、インドの人たちの口に合うメリハリのある味にするのは、簡単ではない。

    特にヴェジタリアン向けには、魚の出汁はとれないので、昆布と椎茸が決め手となる。ヴェジタリアンにも卵を食べる人、曜日によって肉も食べる人など、いろいろ条件があってややこしい。なにしろ多様性ゆえに、配慮も要される。

    ちなみにスイーツは抹茶クリームのスポンジケーキ。なかなかにファンシーな見栄えで、おいしく出来上がった。卵を使っているので、「卵は避けている」というヴェジタリアンの友人には別のスイーツも用意していたのだが、「お菓子の卵は大丈夫なの」という人もいて、コケそうになる。ほんとうに、何年住んでも面白いインド。

    料理の詳細を書きたいところだが、長くなるので割愛。

    ともあれ、土曜日は朝からキッチンに立ち、あれこれと料理の準備をし、ゲストを迎えたのだった。

    一人の欠席もなく、21名のゲストが来訪してくれ、語り合い、飲み、料理を楽しんでくれ、実に有意義かつ達成感の高い土曜日であった。特に、日本酒に詳しい友人や、日本料理が大好きすぎる友人らは、本当に喜んでくれた。今回は大人数だったこともあり、盛り付けなどは、細部にまで行き届かない点があった。

    次回は「Strictly Non Veg(厳格な肉食/非菜食)な友人を小人数招いて、心置きなく鰹だしやら卵などを用い、一人ずつ丁寧に盛り付けた、上品な日本料理作りにも挑戦してみたいと思う。

    306515311_10225612661640513_1779893053007001613_n

    306515311_10225612661640513_1779893053007001613_n

    306515311_10225612661640513_1779893053007001613_n

    306515311_10225612661640513_1779893053007001613_n

    306515311_10225612661640513_1779893053007001613_n

    306515311_10225612661640513_1779893053007001613_n

    306515311_10225612661640513_1779893053007001613_n

    【食材の調達先は以下の通り】

    ◉MAIN DISH/刺身やうなぎ(熊本産)など良質な日本の食材
    https://www.maindish.in/

    ◉WoollyFarms/オーガニックなどの新鮮な野菜
    https://woolly.io/

    ◉Living Food/Burrata チーズほか、高品質なインド産の食材
    https://livingfood.co/

    ◉Brown Koji Boy/手作りの味噌やたまり醤油
    https://brownkojiboy.com/

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ

  • 306151019_10225609047190154_845849356136554677_n

    306151019_10225609047190154_845849356136554677_n

    306151019_10225609047190154_845849356136554677_n

    306151019_10225609047190154_845849356136554677_n

    (去年の記録を再掲載) 21st anniversary of the terrorist attacks on the United States

    20代のころのわたしは、東京で、海外旅行誌の編集者兼ライターをやっていた。海外取材が多かったにも関わらず、英語はうまく話せなかった。30歳のとき、一念発起して、ニューヨークで1年間の語学留学を決めた。初めてマンハッタンに降り立ったとき、ストリートから湧き上がる目に見えない磁力に引き付けられるような気がした。目に見えぬエネルギーを与えられた。
    When I was in my twenties, I was working as an editor and writer for travel publications in Tokyo. Even though I traveled lots of countries, I could not speak English well. At the age of 30, I decided to go to New York to study English for a year. When I landed in Manhattan for the first time, I felt as if I were being drawn by an invisible magnetic force coming from the streets. I was given an invisible energy.

    数カ月も暮らすうちに、もう東京へは戻れないと思った。日系の出版社で、現地採用として働きながら、ニューヨークで独立するための準備をした。自分の会社、Muse Publishing, Inc.を起業し、その会社から就労ヴィザ (H1B)を発給、つまり自給自足した。そして1998年から、自営業者として働き始めた。独立の記念に、タイムズスクエアのお土産ショップで買った自由の女神。セントラルパークを見下ろし、摩天楼を見渡す窓際に、お守りのように、置いた。
    After living there for a few months, I knew I could never go back to Tokyo. While working as a local employee at a Japanese publishing company, I prepared myself to become independent in New York. I started my own company, Muse Publishing, Inc. and was issued a working visa (H1B) from that company. In 1998, I began working as a self-employed person. I bought the Statue of Liberty at a souvenir store in Times Square to commemorate my independence. I kept it by the window overlooking Central Park and the skyscrapers, as if it were a talisman.

    ひたすらに、何百枚も、営業用の会社案内をプリントし、製本し、1社でも、2社でもいい、仕事をくれるクライアントを探して、東奔西走した。やがて大きな仕事も入り、仕事は軌道に乗り始めた。社費出版の日本語フリーペーパー『muse new york』も創刊した。困難辛苦の日々ながらも、自分がマンハッタンで自立して生きていることが、うれしかった。誇らしくもあった。
    I printed and bound hundreds of company brochures for sales and marketing, and searched clients who would give me a job. Eventually, I got a big job and my business started to take off. I also launched Japanese language free paper, “muse new york”. Despite the difficulties and hardships of my life, I was happy to be living independently in Manhattan. I was also proud of myself.

    渡米した1996年の七夕に出会っていた我々夫婦は、2001年7月、ニューデリーで結婚。10月に、マンハッタンで披露宴パーティを開く予定だった。しかし、あの朝、夫が暮らしていた家の窓から、燃え盛る国防総省の炎を見、テレビの画面で、崩れ落ちるワールドトレードセンターを見た時から、世界は変わった。途轍もない衝撃と、底知れぬ不安。あらゆる予定が白紙になった。当時、ニューヨークとワシントンDC、遠距離結婚だった自分たちのライフスタイルを見直した。夫と一緒に暮らそうと決めた。今まで、自分のことを優先して来た人生から、二人で育む人生を選んだ。
    In July 2001, we got married in New Delhi and were planning to have a wedding party in Manhattan in October. But that morning, when I looked out the window of my husband’s house and saw the Pentagon ablaze and the World Trade Centre crumbling on the TV screen, the world completely changed. I was struck by a tremendous shock and an unfathomable anxiety. All my plans went out the window. At the time, I was living in New York and my husband was living in Washington DC. I decided to reevaluate our long-distance lifestyle and move in with my husband. I chose a life of nurturing together, instead of a life where I had always put my own needs first.

    ニューヨークを離れることは、言葉にし難い悲しみだった。あのときのわたしは、途轍もなく、弱気になっていた。ワールドトレードセンターの跡地から立ち上る煙は、風となってマンハッタンを包み、焦げ臭い匂いは、アッパーウエストサイドの我が家にまでも、届いた。それは、ワールドトレードセンターと、そこで絶命した多くの人たちが、燃える匂いだった。
    Leaving New York was a sadness that was hard to put into words. At the time, I was feeling incredibly vulnerable. The smoke rising from the site of the World Trade Center filled Manhattan with wind, and the smell of burning reached my home on the Upper West Side. It was the smell of the burning World Trade Center and the many people who were killed there.

    大小の、悲喜交々の、出来事の延長線上に、今、インドで暮らすことを選んだわたしたちがいる。21年前の今日の気持ちを、苦しみと共に、今でも鮮やかに思い出す。生きているからには、一生懸命、生きないと。米国同時多発テロ、そしてムンバイ同時多発テロを身近に経験した者としては、そのことを、よりいっそう、強く思う。私利私欲や、名声に囚われることの無意味。自分だけが得られる幸福など、この世に存在しない。
    I still vividly recall the feeling I had 21 years ago today, along with the pain. I am alive, and as long as I am alive, I must live well. As someone who experienced the terrorist attacks in the U.S. and in Mumbai, I feel this even more strongly. It’s pointless to get caught up in selfishness and fame. There is no happiness in this world that can only be found in oneself.

    マンハッタンは、わたしに、勇気と、巡り合わせと、希望を与えてくれた、かけがえのない街だ。悲惨な出来事が続く世界で、しっかりと、ぶれないように。生きているからには、一生懸命、生きる。
    Manhattan is an irreplaceable city that has given me courage, fortune, and hope. In a world where tragic events continue to unfold, I have to be firm and unshakable. Since I am alive, I will do my best to live.

    * * *

    昨年、『深海ライブラリ』ブログに、当時の長大な記録をまとめた。目を通していただければ幸いだ。

    ✈︎︎2001年9月11日午前11時からの記録。米国同時多発テロ20周年に際して。
    https://museindia.typepad.jp/library/2021/09/911.html

  • 306035320_10225594063935582_2908495484742592050_n

    306035320_10225594063935582_2908495484742592050_n

    306035320_10225594063935582_2908495484742592050_n

    306035320_10225594063935582_2908495484742592050_n

    306035320_10225594063935582_2908495484742592050_n

    火曜日の朝。オリッサ州のイカット(絣/かすり)の伝統を守り、新たな潮流を育むべく活動をしているデザイナー、Gunjanの講演へ。会場は、旧居近くのブティック兼ナーサリーのAmbaraだ。ここは、わたしがバンガロールに移住した当初から時折、足を運び、サリーなどを買い求めてきた場所。Ambaraではまた、パンデミック明けやらぬ昨年のクリスマスの際、ミューズ・クリエイションの手工芸品を販売するべく場所をお借りした。

    京都からのゲストを見送った後、本当は月曜の夜に街中の旧居へ戻る予定だったが、またしても大雨。バンガロール市街の随所が水没しているニュースも流れていたことから、その夜は大人しく新居で過ごし、火曜の早朝に旧居へ戻り、この催しに出席したのだった。

    そうまでしてまで訪れたかったのは、AmbaraのオーナーであるJaya(赤いサリーを着た女性)が「ミホは必ず関心を持つに違いないから」と強く誘ってくれたこともある。彼女の言う通り、絣が好きなわたしにとっては、知見を深める好機でもあり。オリッサの絣のサリーを着て行こうかとも思ったが、久留米絣のジャケットを羽織って出かけた。

    会場では、友人Devikaもキーパーソンとして参加していた。彼女は、わたしのインド手工芸品に対する関心を強めるのに、多大な影響を与えてくれた女性。10年前のカシミールの手工芸品を巡る旅を皮切りに、さまざまに関わってきた。

    🥻

    Gunjanの説明に伴って、次々に広げられる作品(商品)の数々。見れば目が喜び、触れれば手が喜ぶ。滑らかなシルクもあれば、軽やかに涼しげな麻もある。従来、イカットは綿か絹が用いられてきた。Gunjanは新たな試みとして、麻を染め上げる数々の実験を、職人たちとともに重ねてきたと言う。

    伝統的な魚のモチーフが施されたもの、草間彌生の作品に着想を得た水玉とバラが鮮やかなもの、麻のうえに優しげなピンクの水玉が広がる新たなもの……。一つ一つのサリーに物語がある。あれこれと欲しくなるが、昨年購入した未着用のサリーがまだ何枚かある。箪笥の肥やしにするのは心苦しく、ひとまずは手持ちのサリーをもっと着る機会を増やしたい。

    305657477_10225594063695576_4890618441908585667_n

    305657477_10225594063695576_4890618441908585667_n

    305657477_10225594063695576_4890618441908585667_n

    305657477_10225594063695576_4890618441908585667_n

    305657477_10225594063695576_4890618441908585667_n

    ⬇︎この動画の概要欄に、インドのテキスタイルや手工芸品に関する関連情報を記載しているので、関心のある方がぜひ、ご覧ください。

    🇮🇳🇯🇵数千年の歴史あるテキスタイルが新たな感性で蘇る。 若手が担うインドの伝統的な手工芸。絣(かすり)や絞り染めなど、日印に共通する技術も。

    Vriksh Designs
    https://vrikshdesigns.com/

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ

  • 305696405_10225586714791858_4541097431118545236_n

    305696405_10225586714791858_4541097431118545236_n

    季節外れの大雨で、市内の随所が水没、深刻な被害を受けている人々も少なくないバンガロール。そんな中、昨日は、日本人起業家ネットワークWAOJEのメンバー各位を迎えて、非常に有意義で楽しい1日を過ごした。

    今回、WAOJEバンガロール支部のメンバーが、京都支部のメンバー7名の視察旅行をコーディネーションされるに際し、その一環として、坂田が講演を依頼された。当初、他の方のプレゼンは、WeWorkを利用される予定だった。しかし、坂田マルハン家新居は、我々夫婦それぞれの書斎(オフィス)を設けているだけでなく、地下にはビジネスにも対応する「多目的すぎるホール」を整えたことから、今回、利用してもらうことにしたのだった。

    「多目的すぎるホール」は、そもそもオーディオルームとして設計された空間。その一面を鏡張りにし、ダンス・クラスなどにも使えるようにしている。今回はテーブルがまだ調達できていないものの、近々それらも配達される。そうすると、小規模なカンファレンスや、バザールなどの催しにも対応できる。カラオケルームにもクラブにもなる。名実ともにSOCIAL MUSEが実現するわけだ。

    なお今回は、ヴォランティアではなくわたし自身の仕事として受けていることであり、あくまでもビジネス。アットホームで快適な環境の中で、インド世界の一端を体験してもらう。

    京都は我が夫が大好きな地でもあり、これまで何度か、二人で旅したことがある。インドとも縁の深い京都の起業家、実業家の方々と、今回、知り合うことができたのは非常に光栄なことだ。皆さんそれぞれに業種は異なるものの、わたしにとってはいずれも興味深い分野であり、あらかじめ資料を拝見しつつ下調べをするのも楽しかった。

    外国人に対しても、非常に伝えやすい魅力的な「日本らしさ」が迸っている京都。今後、少しずつ、しかし確実に、我がインドのネットワークと京都との結びつきを繋げていければと思う。

    305208959_10225586714471850_6462157654303935476_n

    305208959_10225586714471850_6462157654303935476_n

    305208959_10225586714471850_6462157654303935476_n

    305208959_10225586714471850_6462157654303935476_n

    305208959_10225586714471850_6462157654303935476_n

    305208959_10225586714471850_6462157654303935476_n

    午前中はわたしの講演。今回は、あらかじめYoutubeに上げているセミナー動画を見ていただくようお願いしていたので、資料を使うことなく、質疑応答を中心に90分ほどお話しした。限られた時間のなか、今回はわたしからお伝えすることしかできなかったが、わたし自身、参加者各位の話を聞きたかった。次回の一時帰国時にはぜひとも京都に立ち寄ろうとの思いを強くした。

    軽めのランチを……と依頼されていたので、具沢山すぎるちらし寿司はじめ、サラダなど各種準備をしていたが、みなさん食欲旺盛で、あっという間に平らげられる。気持ちいいほどであった。午後はバンガロール支部のメンバー各位が、多目的すぎるホールでプレゼン。お茶休憩を挟みつつ、インド的なおやつもあれこれと、しっかりと味見していただいた。

    毎週金曜日に拙宅を開放してミューズ・クリエイションの活動をしていた時代には、毎週のようにお菓子を焼いていたが、パンデミック以降、お菓子作りの機会も激減。今回、新居のオーヴンで初めてロールケーキ作りに挑戦した。なにしろ今までは、温度設定も不確かなインド製のオーヴンで焼いていたので、イタリア製の温度調整も安定した立派なオーヴンで、いつも通りに焼けるかどうか心配だった。

    しかしながら、立派なオーヴンだけあり、いい感じで焼き上げてくれた。ちょっと巻き方のコツを忘れるなど、見た目はいまひとつだが、おいしくできたのでよしとする。そして毎度おなじみの、いちごの軽く煮込みソースなども作る。みなさん、喜んで食べてくれた。また、我がお気に入り、ムンバイのパールシー・デイリーのクルフィ(卵不使用、インドのミルキーなアイスクリーム)もお出しする。これがまたおいしいのだ。

    そんなこんなで、我がセミナーは食べ物が大切。ということを再認識しつつ、これからも、おいしい集いをあれこれと企画していければと思う。

    ベンガルール国際空港から南へ車で約15分。「多目的すぎるホール」や「バーベキューもできる広大な庭」などをご利用になりたい方は、お気軽にご相談ください。😸

    305566484_10225586714831859_4245498082398449273_n

    305566484_10225586714831859_4245498082398449273_n

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ

  • 301038228_10225560534217360_2236112915581237855_n

    301038228_10225560534217360_2236112915581237855_n

    301038228_10225560534217360_2236112915581237855_n

    象の頭を持つヒンドゥー教の神様「ガネーシャ」。新月から4日目に誕生したとされるガネーシャの生誕祭、「ガネーシャ・チャトゥルティ」が本日から始まり、10日間の亘って祝われる。インドのお祭りシーズンが、いよいよ本気を出してくる季節。ここから年末にかけては、概ね祭りの中で暮らすことになる。

    今日はまた、我が誕生日であった。

    わたしの人生の節目は、キリ良く10年ごとに到来していた。

    20歳の夏、初めて日本を離れ、ロサンゼルス郊外で1カ月ホームステイをしたことが、その後の人生を変えた。

    30歳の春、1年の語学留学の予定でニューヨークへ飛び、そのまま米国に住み着いた。

    40歳の秋、これからはインドの時代だと確信し、バンガロールへ移住した。


    50歳……のときには、たいした変化はなかったが、57歳となった今、大きな節目の到来を実感している。今は、還暦へ向けての助走のような、準備期間。これまで蓄積してきた経験や知見を活かした仕事が、将来、実践的に手がけられる気がしている。

    誕生日を迎えて、あれこれと書きたいことは募るのだが、今日はランチに訪れた店がとてもすてきだったので、レストランの紹介をしておきたい。

    302570315_10225561104311612_2353093443215405490_n

    新居と旧居の間の田園地帯にあるFarmlore。37エーカーの広大な土地の只中、マンゴーの木々や花々に囲まれた場所に、その店はあった。パンデミック下の2020年に開業したばかりだ。

    店は完全予約/前払い制で、テーブル数にも限りがある。グループは6人まで。子どもは12歳以上。料理は「シェフにお任せ」で、ランチは5コース、ディナーは10コース。何が供されるかわからないところが、なんとも言えず楽しみだ。

    バンガロール出身のオーナー、そしてチェンナイ出身の若き3人のシェフがキッチンを仕切る。コペンハーゲンの名店Nomaでインターンの経験があるヘッドシェフの女性。男性シェフらはそれぞれ、スウェーデンやマレーシアのレストランで働いた経験もあるという。

    自然農法に基づいた食材選びに始まり、環境に配慮したキッチンや店舗の構成。発電はソーラーパネルによって自給自足され、併設の水耕栽培ファームで育まれた新鮮な野菜が用いられる。

    本日、供されたコースメニューは、それぞれのプレートに「南インドならでは」が鏤(ちりば)められていて、非常に興味深かった。

    302172787_10225561104471616_6994869040801292437_n
    たとえば石の上に載った、あたかもトリュフ・チョコレートのような丸いアミューズは、スピルリナを練り込んだココバターの殻に、ココナツウォーターが入っている。ヘルシーで爽やかな味わいだ。手前の小さなタルトは、ローカルで収穫されたアヴォカドに、とうもろこしを載せたもの。

    302681275_10225561104391614_1886856154706253882_n

    柔らかくて風味豊かな鴨肉のスープは、ピリリと辛味がほどよく、インド料理的スパイス遣いが効いている。

    302905270_10225561104591619_1754704275795074778_n

    紅白のソースが施されたシーフード。オレンジのソースは、コンカン地方(南インド西海岸部)で収穫されるヘルシーな果実コカムが、白いソースはココナッツミルクが用いられている。

    白身魚は旨味が詰まっていて、小さいけれど食べ応えあり。葉野菜に包まれているのは、ジューシーな蟹肉(ブルークラブ)だ。ワシントンDC在住時代にしばしば食べていたクラブケーキを思い出す。久しぶりに近々作ってみよう。エビもまた、歯ごたえがよく甘味があっておいしい

    302735377_10225561104351613_2435875303276833439_n

    熱々の小さな鉄鍋にて供されたのは、ライスの上に、マイソール産の脂肪が多いラム肉が載ったもの。バナナの葉に包み、低温に設定された釜で16時間ほど加熱して作られたという。添えられたナスのカレーをかけて食べる。モリンガパウダーがまぶされたライス・スナックも、味覚にアクセントを添えてくれる。

    302923901_10225561104551618_8151149451159567326_n

    そして、とても感動したのがデザートだ。アイスクリームに添えられたキャラメルソース状のもの……。この主原料は「味噌」であった。彼女がここで味噌作りをしているらしい。その味噌のおいしさは特筆すべきで……と、書きたいことは尽きぬ。次回は平日の夜、もしくは週末のランチにも楽しめるという10コースメニューに挑戦してみたい。

    誕生日に際して、自分のライフに関することを書きたかったのだが、レストラン紹介に終始した。ごちそうさまでした。

    🍾アルコールは提供していないので、ゲストが持ち込み。
    ➡︎https://www.farmlore.in/

    302279447_10225561104431615_9046654871743710734_n

    302734245_10225561104231610_111708257850586752_n

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ

  • 302154001_10225556920927030_8289638818045173519_n

    302154001_10225556920927030_8289638818045173519_n

    302154001_10225556920927030_8289638818045173519_n

    302154001_10225556920927030_8289638818045173519_n

    302154001_10225556920927030_8289638818045173519_n

    節目の日の前日。

    敢えて寛ぐ夕暮れどき。

    移住当初、まだすてきなスパが少なかった時代。

    折に触れて訪れていたアンサナ・スパ。

    懐かしい。

    304064571_10225556920807027_3496831512314221954_n

    304064571_10225556920807027_3496831512314221954_n

    304064571_10225556920807027_3496831512314221954_n

    304064571_10225556920807027_3496831512314221954_n

    304064571_10225556920807027_3496831512314221954_n

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ