インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    好天に恵まれた昨日。先月、バンガロールに遊びにきた眞代さんと、ボリウッドダンス・クラスのBOLLYQUEを主宰する千晴さんと、朝10時半にホテル集合。

    わたしが1年前のロックダウン時、エクササイズを目的にボリウッドダンスを開始した契機は、オンラインでの千晴さんとの出会いだった。以来、レッスンだけでなく、インドの慈善団体への寄付などに関わるプロジェクトでご相談を受けるなど、交流が続いていた。

    眞代さんと千晴さんは、ともにバレエダンサーであり、ボリウッドほかインドのダンスなどをコラボで動画撮影している。二人ともエナジェティックですてきなダンスを披露されているのだが……!
    常々「サリーの着付けを直したい!」と、画面に手を伸ばしたい衝動に駆られてきた。

    先月のバンガロールでは、眞代さんに着付けをご指導。以来、とてもいい感じに着こなしていらっしゃる。今回は、千晴さんにも伝授する好機……ということで、まずはホテルに集合して挨拶もそこそこに、サリー着付け教室実施。諸々、ツッコミどころ満載のプロセスを経て、いい感じに整った我々。千晴さんが予約してくれていた、とてもヘルシーなレストランへと赴く。ここの料理もまたおいしく……と詳細を綴りたいところだが割愛。

    ランチを終えた後、「ちょっと踊ろうか」ということになった眞代さんと千晴さん。わたしも一瞬、飛び入りするなど、非常に楽しいひとときだ。千晴さんが仕事に戻ったあとは、眞代さんと二人で東京駅や皇居のあたりまでも歩いて、あっちこっちで撮影。なにやってんだか。

    そんな次第で、インスタグラムのリールに短い動画をアップロードした。バンガロールに戻ったら、旅の思い出動画を作ってYoutubeにアップロードしようと思う。

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    ⬇︎日本旅3週間を詰め込んだ動画。どうぞお楽しみください💝

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    今回の日本旅。福岡では実家で過ごすことを目的にしていたけれど、東京では、なるたけ友人たちと会うことに決めてよかったと、今日はしみじみ思った。喉元過ぎれば暑さ忘れる……ではないけれど、2年半ぶりの祖国。2年ぶりの飛行機。何もかもが、久しぶりだったのだ。

    毎年、この時期訪れていたニューヨークにも、もう3年も飛んでいない。そんな中、ホテルに戻るたびに、マンハッタンにいるような気分にさせられる場所を選んだのも、ご縁だなと思う。若い頃は「ホテルは寝るだけだから」と大して重視しなかったが、今は「寝るだけだからこそ」、快適なベッドやバスルームなどの環境が大切だと痛感する。

    睡眠7~8時間を確保しつつ、お酒は控えめ、腹九分(腹八分は難しい)で抑えていれば、疲労は溜まらない。朝晩、ゆっくりと湯船に浸かれてリフレッシュできる。本当に、このホテルはいい。

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    🐼さて、数日前には、雨が降りそうだとの天気予報だった今日。しかし、雨は束の間、概ね晴れ。恵まれた天候だった。まず、上野へ赴いた。日曜日の上野界隈は、家族づれで賑わい、とても活気に満ちている。わたしがこの界隈を訪れるのは、多分、20年以上ぶり。昔よりもずっといい雰囲気に生まれ変わっている上野公園界隈を歩き、待ち合わせの場所へ。

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    👋まずは昨年、ロックダウンの時期にしばらく利用していた「Clubhouse」のインド関係のルームで出会った方々とのご対面。ソーシャルメディア上では、言葉のやりとりを幾度となく交わしてきたが、お会いするのは初めてのこと。幹事を引き受けてくれた方が、すてきなロケーションのレストランを選んでくださった。初めてお会いするとはいえ、すでに「気心が知れている」不思議な感じで、会話も弾むひととき。みなさんそれぞれに、インドのことにお詳しく、専門的な知識をお持ちの方もいらっしゃる。お話を通して、インドの面白さを改めて思う。

    🌸その後、ミューズ・クリエイションのメンバー家族2組もまた、同じお店にて、時間差で再会! バンガロールで初めて会った時には、どちらも新婚さんだったのが、今や双方、2人のお嬢さんが誕生。幹事の方が個室を予約してくれていたお陰で、心置きなく賑やかに過ごせたのは本当によかった……。今、思い返すに、子どもたちは黙々と静かにごはんを食べていて、わたしが最も、騒がしかったのではないか。

    昨日の若女子との会でも話題になったが、昨今の日本では、「グランピング」が流行っているとのこと。我が新居は、庭で遊ぶため用に、すでにテントなどを買っているのだが、いっそモンゴルのゲルみたいなものも設置したいと思っていた矢先のタイムリーな話題。みんなには、バンガロールを第二、第三の故郷として、遊びに来て欲しいと改めて思う。

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    🗽そして夕刻。ニューヨークに移住した当初に出会った、かれこれ四半世紀の友、メイクアップアーティストのみちるっち(しまのみちるさん)と渋谷のヒカリエにて食事。ここに来るのも初めてのこと。昔との変貌ぶりに感嘆しつつ、すっかりお上りさんの気分で待ち合わせの8階へ。

    みちるっちとは、2020年のロックダウンの時に、インスタライブでインドのコスメのことなどを語り合ったりもしたが、実際に会うのは3年半ぶり。「ヘルシーな食事を」という、わたしの毎度おなじみなリクエストにぴったりのお店を選んでくれた。

    ちなみに昨今は、日曜日だということで営業していないお店が多いらしい。このお店も、7時でラストオーダーという驚きの早さだったので、6時半ごろに集合。インドでは考えられない早い時間に夕食をすませ、閉店とともにバンガロールでの再会を約束して解散。身体には非常によい。ゆえに少し早めに銀座へ戻り、こうして記録を残すこともできている。

    繰り返しになるが、パンデミックを経て、旅ができなかったからこそ、人と自由に会えなかったからこそ、人とリアルに会う時間の大切さを実感する。離れたところからも、都合をつけて、わざわざ会いに来てくれた友人知人に感謝しつつ、こういうご縁を大切にしたい。

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    🌱ホテルに戻る前に、日比谷シャンテのあたりを少し散歩した。旅行ガイドブックの編集プロダクションに勤務していたころ。24歳から25歳にかけての数カ月、わたしは転職をする予定でいた。しかしお給料が安すぎて貯金がなく、転職のタイミングをはかるのが難しかった。少しでも蓄えを増やしておこうと、仕事が終わった後の午後8時過ぎから数時間、ウエイトレスのアルバイトをしていた。終電で千葉県柏市の家まで帰宅し、翌朝、また神楽坂の編集プロダクションに出勤……。今思えば信じがたいほど、よく働いていた。

    そのアルバイト先が、日比谷シャンテに隣接する「日比谷シャンテ・シネ」という映画館1階の「ガルボ」というカフェ・レストランだった。今は、TOHOシネマズシャンテになっていて、カフェは中国料理店になっており、当時の面影はない。しかしながら、当時の自分の気持ちが、鮮やかに蘇った。

    「日比谷シャンテ・シネ」では、世界各国の、非常に情趣豊かで物語性の高い映画が上映されていて、一人でしばしば、見に来ていた。なかでも1991年に公開された、張芸謀(チャン・イーモウ)監督、鞏俐(コン・リー)主演の『紅夢』を見た夜のことは、今でも忘れられない。

    あの映画の、なんとも衝撃だったこと……! 映画館を出てからも涙が止まらず、ほぼ号泣状態で、夜風を受けながらほとぼりを冷まして、地下鉄に乗った。悲恋続き自分は、もう結婚はできないだろうな……とも思っていた。それがニューヨークで出会ったインド人と結婚してインドに住むことになろうとは、人生とはわからんもんだ。

    そんな30年以上も前の記憶をたどりながら、目頭が熱くなる。わたしの拠点は遠くになったけれど、魂は時代も距離も超越して、自由だ。

    いつもに増して、思うところ多い今回の日本旅。中途半端な記録ばかりだが、備忘録として、残す。

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    予定を詰め込みすぎないように……と思っていたが、今回ばかりは無理だった。無事に日本に戻り、自由に動けるようになってから、東京での滞在日数なども決めたのだが、あれこれと思案した挙句、「ご縁あってご連絡をくださった方々とお会いするための東京」と決めた。

    できることなら、パーティ会場などを借りて、ミューズ・クリエイションの10周年同窓会や、インド関係者との集いなどを開きたいとの思いもあった。わたしは一度に多くの方々に会えるし、参加者同士も交流が図れる。しかし、まだまだマスク着用率100%の日本では無理。都合が合う方々とだけ、無理のない程度にお会いすることに決めたのだった。

    東京到着直後の夕べから、すでに楽しすぎた。今から10年以上前、バンガロールに赴任していた藤田家。マルハン家とは、当時から親しく、その後も交流が続いてきた。小学生のころから顔見知りの藤田家の長女、杜さん。わたしにとっては「姪」くらいに身近な存在だ。バンガロールを離れてからも、母、夕子さんと共に何度か遊びに来たし、一人で遊びに来たこともあった。会うたびに大人っぽくきれいになっていて、びっくりする。

    そして、やはり十数年前に、ご家族でバンガロールに赴任されていた思香さん。初めて出会ったとき、彼女は中学生だった。2020年にMuse Creationのオンライン・イヴェントを実施した時、杜さんと一緒に座談会に参加してくれた。あの動画のシリーズは本当に意義深く見応えがあるので、ぜひ見て欲しい。

    🇮🇳子どものころ、インドに暮らした若者たち①

    そして、満智さん。彼女は大学生のころ、一時期、インターン生としてバンガロールに滞在していた。わずか8カ月程度だったとのことだが、一年以上いたのではないかと思うくらい、ミューズ・クリエイションの活動にも関わってくれ、その後も交流が続いている。

    以前、福岡で若者向けセミナーをやったときには、福岡まで駆けつけてくれたし、その後、東京で会ったこともある。杜さんと思香さんは、もちろんお互いに面識があったが、満智さんが合流するのは初めてのこと。しかし、みな「バンガロール」「帰国子女」という共通するキーワードがあることもあり、あっという間に打ち解けた。

    満智さんが送ってくれた店選びの候補に、日本で最初に誕生したロシア料理店「ロゴスキー」が入っていた。無論、ソビエト連邦時代に誕生しただけあり、ウクライナやジョージア、ウズベキスタンなどの料理も供される。それを知るや、ほぼ、この店にしたいと即決。

    ジョージアのワインで乾杯し、数々の美味しい料理に感嘆しながら、ひたすら語り合うひととき。料理のこともあれこれ記したいところだが長くなるので割愛。

    遅れて参加の思香さんが合流してからは、またしても満智さんの冴えたリサーチにより、「ルパン」というバーへ。里見弴や泉鏡花、菊池寛らの支援によって1928年に創業。川端康成や林芙美子、岡本太郎、藤田嗣治といった、文壇や画壇の人々が通っていたという。

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    細い路地に入り、細い階段を降りながら、たちまち昭和へ時間旅行。風情ある文壇バーの一隅に席を取りつつ、作家ポーズなど取りながら記念撮影。

    昨夜は、普段は知ることのない日本の様子や、彼女たちの仕事などについてを尋ねる。超理系な杜さんと、文系だと言いつつ理系脳に優れてもいる風な満智さんや思香さんから、「素材」やらテクノロジーやら、新しい系の話をたくさん聞いた。

    杜さんの専門的な話も、難しいながら教えてもらって、彼女がなにを研究しているのかの「雰囲気」だけはつかめた。気がする。雰囲気だけね。

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    彼女たちはきっとまた必ず、バンガロールへ戻ってくるだろう。「待ってるよ!」と言いながら、未来への可能性を強く感じる夜だった。お店の方と、言葉を交わした時に、わたしたちがインドで出会ったことなどを話したら、「ナマステ・ファミリーですね!」とひとこと。言い得て妙。

    思えば今回の東京は、ほぼインドに関わる人たちとの出会いでいっぱいで、全体的にナマステ・ファミリーだ。

    飲み過ぎ食べ過ぎに注意して、東京滞在を楽しもう。

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    小雨降る福岡を離れ、次なる目的地、東京へ。パンデミック以前の何年かは、新幹線を選んで途中下車の旅をしつつ、東京へ赴くことが増えていた。今回は福岡と東京だけと決めていたので、飛行機にしようかとも思ったが、荷物の多さや空港までの行き来を考えると、新幹線の方がよいと結論。

    日本を離れて以来、長距離の鉄道移動には、外国人や海外永住の日本人に向けて販売されている「ジャパン・レイルパス」を利用していたため、今回はその対象外だった「のぞみ」に乗ることにした。しかも、初体験の「グリーン車」である。

    一般の車両は、横一列5席あるところ、グリーン車は4席ということで、スペースにゆとりがある。飛行機よりもはるかに快適! 荷物が多い人は、端っこの席を予約しておくと、ご覧の通りスーツケースなどを安心して積みこめる。

    駅弁が楽しみだったものの、「化学調味料だらけ」のものが多いと懸念していた。昔はそうだったからだ。しかし、早めに駅に行って、食品店街をうろうろしたところ、マクロビオティックのヘルシー&かわいいお弁当を発見! もう、これで安心だ。

    グリーン車は人も少なく、のびのびし放題。おいしいお弁当を食べたり、動画を作ったり、寝たりしているうちに、到着。実に快適な旅だった。

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    東京駅に到着後、銀座のホテルまではタクシーで。歩ける距離ではあるが、荷物が多いので流石に無理。今回予約したのは、2018年12月にオープンしていた新しいホテル、THE GATE HOTEL 東京 by HULICだ。これまでは、銀座の三井ガーデンホテルズ系列やKARAKUSAを利用してきたが、今回、あれこれと調べていて目に止まった。

    申し分のないロケーション。さらには、部屋が広めの上に、自然エネルギーを活用した建築の様式やコンセプトが興味深い。しかも、5泊の連泊だと、かなりリーズナブルになるという特典も発見。1泊した現在、「最高!」の気分だ。

    洗面台は二つあり、トイレと浴室は別々。浴室には湯船と体を洗う場所がある日本的な構造で、これがまた、日本の生活文化を反映していてよい。しかしながら、全体に、国籍問わず多くの人に使いやすいであろうシンプルで機能的なレイアウトになっている。

    天井の高いロビーフロアも開放的ですてきだし、ラウンジやダイニング、バー、眺めのよいバルコニーなどは、マンハッタンを思い出して懐かしくなる。毎年「里帰り」していたにも関わらず、もう3年も赴いていないニューヨークの雰囲気も楽しめて、個人的にはとてもうれしい。

    ……と、ホテルのことを長々説明している場合でもない。が、非常に気になる。このホテルを手がけている不動産デベロッパー、「ヒューリック株式会社」についても関心を抱いた。ちょっと調べてみようと思う。

    図らずも、東京では濃い5泊を過ごすことになった。体調に気をつけて、過ごしたい。

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    本日は、日本滞在17日目、土曜の朝だ。あと2時間後には博多駅に赴き、新幹線で東京に向かう。飛行機で……と思ったが、ゆっくり地上を滑りながら旅する方を選んだ。無論、今回は初の「のぞみ」、しかもグリーン車に乗ってみることにした。ゆっくりと言いながらも5時間で到着する。のんびり昼寝でもしながら、列車の旅を楽しもう。

    さて、2週間余りの福岡滞在。長いと思っていたのに、あっという間だった。一昨日の木曜日は、母と二人で中洲川端へ。またしても、眺めのよいレストランをリサーチし、美味なるランチを味わう。その後、界隈を散策。

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    途中、博多人形の老舗に立ち寄ったところ……麗しき弁財天に遭遇。これもまた思し召し。インドへ連れて行くことにした。博多川沿い、昔ながらの商店街である川端通りに面し、福岡アジア美術館やホテル・オークラに隣接する博多リバレインで買い物。おしゃれなブティックやカフェなどがあれこれとあり、楽しめる場所だ。この2年間、外出を控えていた母も、久しぶりの繁華街にて、いい気分転換になったようだ。

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    世界全体がそうだったとはいえ、一人暮らしのうえに、引きこもってばかりいては、心身の健康に差し支える。人々はまだ100%といっても過言ではないほどに、マスクをしているものの、街は活気を取り戻し始めている。飲食店は人々で賑わい、パンデミック以前の街の様子とは、さほど変わらぬ印象を受ける。徐々に自由に動ける世界が戻ってくることを願う。

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    帰り際、またしても「鈴懸」に立ち寄り、母は「八女金時」を、わたしは和風なパフェを注文。がっつりと日本の甘味も楽しんだ。

    自宅に戻り、一時帰国の時には寝室にしている亡父の書斎の片付けをしていたら、ふと部屋の隅の壁の絵に呼ばれた。ん?……と思って見つめたところ、名島神社の弁財天! 今まで注意を払っていなかった自分に驚く。これまた「わたしをインドへ連れて行って」と言われている気がして、持ち帰ることにした。

    さて、そろそろ朝食を食べ、出立だ。2週間。長いようで短かった。しかし、これくらいがちょうどいい。今朝こそ雨模様だが、天候には概ね恵まれた2週間だった。ありがたい。それでは、5泊6日の東京旅に出発だ! 行ってきます🚄

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    2年前、Youtubeチャンネルを開設した時に作ったGmailのアカウント。普段ほとんど使わないため、メールのチェックを久しく怠っていた。たまたま火曜の夜、開いたところ、『ユーチューブ、佐々井秀嶺さんのテーマを拝見して』というタイトルのメールが目に飛び込んできた。差出人は、ナマステ福岡実行委員会の是永氏。送信されたのは3月下旬だ。

    わたしと眞代さんとのコラボ動画をご覧になったのを契機に、わたしが作ったアンベードカルやインド仏教、佐々井秀嶺上人に関する動画をご覧になり、感想のメールをくださっていたのだった。日印交流イヴェントに関わる是永氏はまた、熊本や日本山妙法寺、インドにも深いご縁があるご様子。

    早速、遅ればせながらのお詫びとともに返信した。実は「ナマステ福岡」については、今回の一時帰国直前に、その存在を知った。本来であれば、福岡とインドに関するさまざまな方々にもお会いしたい気持ちはあったが、今回は2年半ぶりの2週間の滞在。既述の通り、母の様子を見つつ、ゆっくり過ごすことを目的としていたので、仕事関係の予定は入れていなかった。

    一方で、このタイミングで開いたメールに強いご縁を感じたことから、残る数日のうちにお目にかかれないかと打診していたところ、翌日水曜日の朝、早速、是永氏から返信が届いた。この日の夜、仕事を終えて、お住まいの「うきは(浮羽)市」から我が実家のある名島まで、わざわざ駆けつけてくださるという。

    待ち合わせに指定してくださったのは、実家の道路を挟んで真ん前のレストラン、フォルクス。我が家から見下ろせる近い場所だ。そのピンポイントぶりには、驚きを超えて笑えるほどだ。

    ところで水曜の夕方は、福岡タワー界隈の探訪を楽しんだ後、我が原風景の一つである名島神社に詣る予定でいたことから、タイミングもいい。夜7時ごろにフォルクスで待ち合わせた。

    ……と、是永氏とメールをやり取りする中、わたしが昨年よりブログなどで記していたところの「インドのグリーンファーザー」と呼ばれる「杉山龍丸氏」のご子息、杉山満丸氏と懇意にされているとの旨、知ることとなる。

    玄洋社で活動されていた杉山茂丸氏、その息子の夢野久作(本名/杉山直樹)、さらにその息子の杉山龍丸氏に関しては、個人的にも関心を持ち、少なからず資料を拝見していた。そのことをお伝えしたところ、是永氏が早速、満丸氏に連絡を取ってくださった。わたしが福岡タワーで遅いランチを取っている時に、満丸氏が名島神社にきてくださるとの連絡があり、わたしも急ぎ帰宅、名島神社へと急いだのだった。

    わたしが育った「名島汐見町(現在の千早)」から歩いて10分ほどの場所にある名島城および名島神社界隈。我が幼少期、まだ海に囲まれていたそこは、わたしにとって思い入れの深い場所である。父が存命だったころは、毎週のように母と参っていた。

    名島神社は、かつて「名島弁財天社」と称され、足利尊氏や豊臣秀吉などの時の権力者の参詣も受けて来たという。幾度となく記しているが、弁財天はインドのサラスワティという音楽や芸術、学問などを司る女神が起源だ。また、蛇は弁財天の使いとされていることから、巳年のわたしにとっては、幼少時からご縁を感じる神様でもあった。

    明治時代の「神仏分離」を経て、現在、弁財天は「宗栄寺」に移されているものの、名島神社に隣接しており、地理的には一体化している。

    実業家であり政治家であり、若き頃はインド独立運動家でもあった夫アルヴィンドの祖父。彼が経営していた会社の一つが「サラスワティ・シンジケート」という社名だった。一般にビジネスマンは、商売の神様「ラクシュミ」を信奉するが、祖父は、サラスワティを崇め、ラビンドラナード・タゴールを愛読する人物だった。そんなところにも、親近感が強まる理由があった。

    ……と書き始めればきりがない、ご縁。

    名島神社のそばにあった名島城。福岡城に引き継がれた際、石垣などが福岡城に資材として運ばれた……といった経緯などを、今回の一時帰国に際して情報を収集する中、初めて知った。ここにはまた、「名島水上飛行場」があった場所。我が実家からも見下ろせる多々良川の河口だ。1931年に、世界一周中だったリンドバーグ夫妻を乗せたシリウス号が来訪したことでも知られる。

    杉山満丸氏とは、わたしがブログに記事を書いたことで、Facebookを通して知り合うことになり、その後、Clubhouseで少しお話をしたことはあったが、この日が初対面だった。海辺の道の電柱に貼られた、夢野久作の子供時代のスケッチ画などをご案内していただきながら、お話を伺う。

    このあたりの電柱には、名島にまつわる歴史や歴史的人物についてのエピソードが記されていて、非常に興味深い。中でも、「孫文と頭山満、名島で、度重なる密会……?」とか「蒋介石、危機一髪! 航空機爆破テロ事件」など、驚きの史実を知ることができた。

    ちなみにこの日、母は知らないだろうと思いつつも、玄洋社や頭山満の名前を出したら「あら、昔の家の掛け軸、確か頭山満が書いたものよ」と言われて驚いた。我が実家もいろいろなドラマがあった。今は当時の家はなく、掛け軸も手元に残っていないが、昔、座敷の床の間に「人生……なんちゃらかんちゃら」と書いてあったシンプルながらも力のあった書を思い出す。

    あまりにも思うところ多い名島神社界隈。満丸さんのお話をお聞きしながら巡り、フォルクスで是永氏と合流し、夕食を取りながらインドの話などをし、実に濃い時間を過ごしたのだった。

    インドを介していただくご縁。急遽、名島まで赴いてくださったお二人に感謝だ。「わたしだからこそ、できること」を探し出し、向き合い、ひとつひとつ丁寧に行っていこうと心する。

    なお、杉山龍丸氏のインドにおける偉業については、『深海ライブラリ』ブログにまとめている。ぜひご一読を。

    🇮🇳杉山龍丸。広く知られるべきインド緑化の父の偉業/彼と我々夫婦との「土地」の縁🌾
    ➡︎https://museindia.typepad.jp/library/2021/07/green.html

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    50歳を過ぎた頃から、まさに「図らずも」のご縁が次々に萌芽する。このごろは、その頻度が高まっていて、諸々を消化できないほどだ。せめてもの思いで、備忘録として、こうして記録を残している。

    名島神社の写真も、物語が多過ぎて、キャプションをつければ尽きず。

    子どもの頃から目にしてきた馴染みの帆柱石。海岸に横たわるのを久しぶりに眺めつつ、案内を見れば、なんと今から3500万年前の樹木の化石だという。かつては海の中に立っていた鳥居を偲び、狛犬ならぬ狛魚を眺める。豊川稲荷神社の赤い鳥居に引き込まれ、狐に挨拶をし、麗しき宝篋印塔に見入る。インドのアショカ王に因むこの供養塔には、梵字(サンスクリットの文字)が記されている……。

    そして両親が手を合わせていた仏像に手を合わせ、麗しき弁財天にご挨拶。詳細を綴れば尽きぬ、この名島神社周辺だけでも、物語が詰まっている。次回の一時帰国時には、もう少し下調べをして再訪したいと思う。香椎宮や宗像大社あたりにも興味が沸く。玄界灘は、深いなあ……。

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    福岡タワーのすぐそばに、静かに鎮座するインドの神々。彼らの存在を知ったのは、2008年。福岡タワーに隣接するRKB放送を訪れたときのことだ。当時、折に触れて『中西一清のスタミナラジオ』にラジオ出演をし、インドをレポートしていた。このときは、中西さんはじめ、お世話になっている関係者各位にお会いすべく、一時帰国時に訪問したのだった。

    あれから14年。中西さんは2018年に71歳で他界された。歳月の流れを思う。

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    このヒンドゥー教の神々はまた、1989年に開催された「アジア太平洋博覧会(よかトピア)」の名残らしい。インド館に展示されていた像が撤収されぬまま、残されたとの「不確かな情報」しか、見当たらない。

    強い海風に、吹き飛ばされそうにはならないまでも、髪の毛を逆立てながら、海辺へ向かう。なんとも、いい眺めだ。お腹が空いていたので、海辺のカフェでランチをと思うのだが、3時近かったせいか、料理を出す店がない。

    福岡タワーの展望台にレストランがあるだろうと、上ってみることにした。ここもまた、わたしにとって、初めて来る場所だ。

    てっぺんまで含めての全長は234メートル、海浜タワーとしては日本一高い電波塔で、やはり1989年に建てられた。高さ123メートルの場所にある展望所までは、エレベーターであっという間に到着。ガラス窓越しに広がる福岡の情景がみるみるうちに遠のいて、足がすくむような思いだ。

    展望所の1階下にあるカフェでランチ。あいにく、カレーライスとスパゲティ、それぞれ数種類という選択肢しかなかったものの、スパークリングワインを注文して、絶景を楽しみつつのひととき。

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    夫にヴィデオ・コールをしたところ、ぱっと見、ハワイ的な情景に、またしても非常にうらやましがられる。思い返せば8年前。夫と「九州一周旅行」を楽しんだ。いや、楽しむというよりは、わたしはツアーコーディネーター業でたいへんだったが、ともかく、夫は非常に喜んだ。

    あのときに、東京や京都にはない、九州は外国人にも喜ばれる魅力が詰まっていると実感したものだ。外国人や海外永住日本人を対象としたジャパン・レイルパスを使えば、九州新幹線(のぞみ/グリーン車を除く)も乗り放題。あのときには、「熊本が九州旅行のハブにふさわしい」と強く感じ、月に一度のFM熊本でも力説したものだ。

    その2年後の2016年、熊本は大きな地震に襲われ、熊本城を含む多くの建造物が被害を受けた。復興が進んでいるであろう現在、外国人に向けたツーリズムにも力を入れてほしいと、個人的に切望する。

    我が親しいインド友らは一様に、日本に関心がある。すでに日本を旅したことがある人も多い。そんな友人らを連れて、近い将来、九州旅を実現したいと思っている。東京や京都は外国人が旅する素地が整っているし、わたしが案内することもない。

    しかし九州は、自分の故郷ということもあり、愛着を持って案内できる。風光明媚な場所は多く、古来の伝統文化や日本らしい情景に満ち溢れている。山あり、海あり。料理、酒、温泉……と、魅力は尽きない。

    そもそもは、旅行ガイドブックの編集者&ライターであり、視察コーディネータでもある自分のキャリアを活かしつつ、日本とインドの間で自分ができることはたくさんあるなと改めて思う今回の一時帰国だ。

    ●2014年、夫と九州旅をしたときの記録

    ✈︎https://museindia.typepad.jp/miphoneindia/japan-2014-kyushu-with-arvind/

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    一昨日、火曜日は、またしても終日、家の片付けなど。あっという間に、1日が終わる。

    好天だった昨日は、これ幸いと、百道(ももち)浜界隈へ。目的地は「福岡市博物館」。バブル経済時代の1989年、福岡市の市政100周年に開催された「アジア太平洋博覧会(よかトピア)」に合わせ、会場内のテーマ館として建てられたあと、1990年に福岡市博物館として再誕したとのこと。

    つまり30年以上前からあるのだが、わたしは今回、初めて訪れた。今後、インドと福岡、九州に関わる仕事をするに際して、福岡の歴史的背景をできるだけ知っておきたいと思った。加えて、「玄洋社」の資料があると知って、関心を強くした。

    バスを降り、海の匂いがする風に吹かれながら、博物館を目指す。ダイナミックな建築物と4体のブロンズ像、庭園に広がる池のスケールに目を見張る。

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    ブロンズ像は、フランス近代彫刻の巨匠、エミール・アントワーヌ・ブールデルによるもの。向かって左に「雄弁」「力」と名付けられた男性像、右側に「勝利」「自由」と名付けられた女性像が立つ。これもまた、市制100年を記念して、パリのブールデル美術館から購入したものだとのこと。勢いのあった時代を感じさせる。

    頭山満と玄洋社、そしてインドの独立に関わる人たちとの関係は深く、そのあたりの資料があれば見たいとの思いがあったのだが、あいにく、一般には公開されていなかった。しかしながら、問い合わせに応じてくださった学芸員の方が、造詣深く、おすすめの情報源などを丁寧に教えてくださり、とても参考になった。

    金印、遺跡、黒田節、豪商、戦時下、伝統行事や祝祭……。さまざまな切り口で、福岡の郷土史を体験できる展示物があり、とても楽しく勉強できる。折しも開催されていたエジプト展に訪れる脳内許容量がなかったので、2時間程度で博物館をあとにした。お昼時でお腹が空いていたこともあり……。(つづく)

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    昨日は博多駅界隈へ赴いた。昔は、買い物といえば「天神」で、博多駅に行くことはほとんどなかった。しかし、2011年に九州新幹線が開業したのに伴い、JR博多シティや博多阪急が誕生してからは、一時帰国のたびに立ち寄るようになった。なかなかに買い物をしやすい空間が広がっているのだ。

    さらには現在、『博多コネクティッド』という大規模なプロジェクトも始動している模様。駅周辺の利便性が高まるようで、将来の帰省が楽しみだ。

    思えば博多駅に、毎日のように通った時期があった。大学1年の夏休み、新幹線乗り場内にあった「日本食堂」のレストンランでアルバイトをしていたのだ。1984年、日本のバブル経済萌芽期。「単身赴任」という言葉が使われ始めたその時代、福岡への赴任者も増え、彼らは「博チョン族」と呼ばれた。

    博とは、博多のこと。「チョン」とは、「ちょんと一人」とか、「韓国語で独身語を意味するチョンガー」から来ているなどの説があったが、詳しくはわからない。ちなみに札幌への単身赴任者は「札チョン族」と呼ばれていた。

    当時の単身赴任者の悲哀をダイナミックに歌った名曲、ユニコーン(奥田民生)の『大迷惑』は最高なので、ぜひ聴いて欲しい! インドに嫌々ながら単身赴任している人にも捧げたい曲だ。

    新幹線ホーム構内の日本食堂には、その「博チョン族」が多く訪れていた。また、週末やお盆などの混み合う時期には、新幹線のホームに屋台を出して、サンドイッチやアイスコーヒーなどを販売していたものだ。

    新幹線の熱気に包まれて、500円玉とサンドイッチをやりとりしていた熱い暑い夏を思い出す。18歳。まだ見ぬ未来しかなかったな……。

    🍻

    前置きが長くなったが、昨日のランチは、インド友の柴田氏と。彼と初めて出会ったのは、わたしがミューズ・クリエイションを立ち上げたばかりの2012年。折しも彼は、その年バンガロールに移り、当時発行されはじめていたばかりの『シバンス』というフリーペーパーを、創始者から受け継いで、独自に展開を始めようとしているところだった。つまり、彼は今年でインド生活10周年なのだ。

    「柴田」という自分の名前からとって『シバンス』と思われているみたいだが、偶々そういう経緯だった模様。彼がそのフリーペーパーの出版に関わり始めたのは30代前半。わたしもまた、ニューヨークで出版社を立ち上げ、フリーペーパー『muse new york』を創刊したのも30代前半だったということもあり、なにかしらの共通項があった。

    無論、わたしは編集や執筆、取材など紙面のクオリティ重視。一方、彼は「広告営業」に力を入れるなど、方向性は異なっていた。しかし、「営業=人に会いまくる」仕事だからこそ、「業種の垣根を越えた意義深い開拓」が実現できたのではないかと思う。

    バンガロールからチェンナイ、デリー、ムンバイ……と、インド都市部を次々に攻める実行力には感嘆させられたものだ。

    以来この10年というもの、折に触れては、我が家へ「打ち合わせ」と称した「世間話&お茶飲み」に来ていた。ムンバイや東京などで顔を合わせることもあった。現在、彼は、インドと日本関係の仕事のために、日本各地を転々としているということで、今回福岡の仕事のタイミングを合わせてくれ、会うことになった次第。

    どうにも、「世間話」ばかりしている印象が強いのだが(無論、この世間話は、お互いの情報交換に有意義でもある)、そこそこ一緒に仕事もしていた。かつては『シバンス』にわたしが寄稿していたこともあったし、バンガロールに来た学生インターン向けに何度かセミナーを依頼された時期もあった。

    新しいところでは、2020年、パンデミック世界に突入した直後、Zoomでの『インド・ライフスタイルセミナー』もさせてもらった。それまでは、セミナーを動画化することに抵抗があったのだが、あの経験を契機に、これはありだな、と実感できた。

    今回、わたしがそろそろリタイアを考えているのではないか、という謎の懸念があった模様。確かに新居でのんびりしたり、自分の旅行を再開したいとは思っているが、リタイアとは逆で、「そろそろ本気出さな」と思っているところである。

    これまでの我が人生、試行錯誤が多すぎた。還暦以降の飛翔を具体化すべく、あと3年は構想&助走の時期と考えている。日本とインドに関わる「坂田マルハン美穂ならではの仕事」を、今後、見極めていく所存だ。というわけで、各方面、よろしくお願いします。🇮🇳🇯🇵

    🥂

    昨日のランチは、博多駅筑紫口から徒歩約7分の場所にある『WITH THE STYLE』というすてきなホテルにあるダイニング。この店を教えてくれたのは、2007年にFM熊本でレポートを開始した当初のDJだった相越久枝さん。共に食事を楽しんでから13年も経っている。なんという歳月の流れ……。

    月曜ながらも店内は込み合い、活気にあふれている。まだまだ日本はマスクを着用率99%という印象だが、このままCOVID-19が収束してくれることを祈るばかりだ。

    ランチを終え、博多駅で買い物をする前に、JR博多シティの屋上へ。ここからは、福岡市が360度、展望できるのだ。登った直後は曇天だったが、写真を撮っているうちにも青空が見え始めて、味わい深い雲の広がり。いい季節に帰ってきたと、改めて思う。

    帰路、阪急のデパ地下で、寿司や刺身を買って帰る。福岡は、デパ地下の生鮮食料もまた充実していてすばらしい。実家マンションからの夕景もまたすばらしい。

    2009/05/26[Fukuoka] 講演会その後/DJ相越久枝さんと「超」楽しい夜!
    ➡︎https://museindia.typepad.jp/2009/2009/05/post-7.html

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    「心字池にかかる 三つの赤い橋は、一つ目が過去で 二つ目が、今。 三つ目の橋で君が転びそうになった時、初めて君の手に触れた 僕の指」(『飛梅』by さだまさし)

    傘を片手に、過去を振り返らず、現在を踏みしめ、未来をゆっくり越える。

    その先に、菖蒲池があった。あじさいだけでなく、菩提樹の花も、菖蒲の花も、思いがけず見られたことの幸運。

    梅雨の日本の花々をしみじみと眺めるのは、1996年に日本を離れて以来のこと。

    子どもの頃は、祖父母や両親と、折に触れて訪れた太宰府天満宮。やがて大人になってからも、何度か訪れた。

    「カップルで太鼓橋を渡ったら別れることになる」というジンクス通りになった、今は遠い彼の人の記憶も蘇る。

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    雨にも負けず、境内を歩き、参拝し、参道で梅ヶ枝餅を買う。

    「若いころは、3つ4つ、ペロリと食べてたけど、さすがに今はね……」

    などと言いながら、お土産にと多めに買った梅ヶ枝餅。5時をすぎて茶処はことごとく閉店していたので、隈研吾氏による斬新な建築のスターバックスに立ち寄る。

    コーヒーを飲みつつ、語り合いつつ、梅ヶ枝餅を食べ始めればおいしくて、うっかり2個、食べてしまう。

    人生の節目を共有してきたご縁を確認するように、美砂さんとの話は尽きず。

    わずか数時間ながら、今回もまた、忘れ得ぬひとときを共有できてよかった。次回はバンガロールで会いましょう!

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