インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    日本滞在10日目の土曜日は、終日、実家の大掃除をしていた。インドでも、日本でも、こんなことばかりしている気がする。片付けるのが好きなわけではないのだが、散らかっているのが嫌い。片付けたあとの達成感と心の平穏が好き。というわけで、片付けることになる。

    先日も記した通り、週に一度はダスキンさんに来てもらっているし、ぱっと見はきれい。しかし数日、生活をすれば、ものの多さと、それに伴う危険性が次々に浮かび上がってくる。何かと「もの」が増えがちな日本の暮らし。溜め込まれているものを折に触れて捨てなければ、大切なものが埋没してしまう。

    多分、あまねく人々は、年齢を重ねるほどに、片付けが億劫になる。「不用品は家屋の皮下脂肪」だと思う。軽症のときに思い切って動くに越したことはない。自宅の片付けは先延ばしにしがちだが、一時帰国という限られた日数につき、前倒しで片付けたい。今回は、埋もれている陶磁器や古書などを発掘し、バンガロールの新居に船便で送ろうと思っている。ぼちぼちやろう。

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    さて、11日目の昨日。実は、旧友の美砂さんが暮らす西戸崎を訪れ、海を楽しむ予定でいた。博多湾に浮かぶ陸繋島「志賀島」と、本土を結ぶ間に位置する西戸崎。「近所で釣った魚を料理して食べる」こともできるほどに、海が身近な彼女のライフはまた、とても魅力的だ。しかしながら、昨日の朝は、雨。

    美砂さんから「九州国立博物館で北斎展やってます。あいにくの雨なので、太宰府天満宮の紫陽花をみて、展覧会に行くのもありかなと。」というメッセージが届いた。前日に、太宰府天満宮に行きたいと思っていた矢先のことに、雨さえうれしい。

    「おはよう! いいアイデア! 太宰府行きたいです。北斎も魅力的だけど、観世音寺に行きたいです。いいかしら。そして紫陽花もみたい。」と即答。この急な予定変更は、しかし思いがけないすばらしい時間を、わたしたちに与えてくれたのだった。

    美砂さんとわたしは、これまでの人生、数年に一度、会ってきた程度。日頃から連絡を取り合っているわけでもない。にも関わらず、彼女とのご縁は深い。そもそも、我が両親が出会う契機を作ったのが、美砂さんのお母様だから、我が出生時からのご縁でもあるのだ。

    お互いが20代だった東京で、彼女の住んでいたパリで、わたしが住んでいたニューヨークで、そしてバンガロールで……と、互いの「人生の節目」に会ってきた。会った回数は少ないのに、そのときどきのエピソードが強いので、毎度、復習するように、思い出話に花が咲く。今回も、彼女の車に乗り込んでまもなく、話の序章で太宰府に到着した感あり。

    わたしが再訪を希望した観世音寺は、太宰府天満宮の近くにある穴場ともいうべき名所。実は、わたしが初めてここを訪れたのは、14年前。我が夫アルヴィンドの案内によって……であった。このときのエピソードがだいぶ面白いので、下部に一部を抜粋しておく。

    折しも観世音寺に隣接する戒壇院では、6月初旬のこの時期にだけ咲くという中国伝来の「菩提樹」が花をつけていた。なんでも、鑑真和上が唐から仏舎利(お釈迦様の骨)と一緒に持ち帰ったとのことで、文化遺産となっている。

    そんな事情を知らず「いい匂い〜」と喜んでいたら、雨の中、この花を見に訪れる人の姿もみられて、ありがたみが増す。そして隣接する観世音寺。正確には、観世音寺の境内の近くに立つ寺院の文化財収蔵庫「宝蔵」へ。

    なんども太宰府を訪れている美砂さんも初めて訪れるというここ。階段を登って、高さ5メートルを超える彫像が数体、目に飛び込んでくるや、その圧倒的な存在感に驚愕して動揺している。まさか、こんなところに、こんなすばらしいものが……という衝撃は、わたしも14年前に経験したので、驚く気持ちはよくわかる。詳細は割愛するが、とにもかくにも、太宰府を訪れる機会がある方には、ぜひともこの観世音寺の宝蔵に立ち寄って欲しい。🙏

    内部の写真撮影ができないので、写真入りの資料を購入した。迫力はまったく伝わらないが、参考までに。

    🖋[Fukuoka] 夫の案内で太宰府観光。妹夫婦お勧め串カツ美味。(2008/11/23)

    ➡︎https://museindia.typepad.jp/2008/2008/11/post-2.html

    ガイドブックを熟読済みのアルヴィンドが、「ダザイフテンマングウの近くの、カンゼオンジとコウミョウゼンジに行きたい」という。観世音寺? 光明禅寺? どこそれ。わたしは、行ったことがない。

    観世音寺は太宰府天満宮のすぐ近くにあり、妹や両親はもうずいぶん昔に赴いたことがあったらしい。光明禅寺は太宰府天満宮の「ほぼ内部」にあるらしいが、誰も行ったことがない。「まあ、時間があれば行くことにして、とりあえず観世音寺は行ってみようか」とわたしが適当に言えば、「僕は光明禅寺も絶対、行きたいんだ。石の配された苔の庭があって、紅葉の時季が一番美しいんだよ」と、譲らない。

    わかった。行きましょう、行きましょう。(略)

    黄金色に染まった銀杏の木がまばゆく出迎えてくれた。まずは庭を散策。

    「ここには、有名なベルがあるから、それを見よう」

    とアルヴィンド。ベル。ベルとは言うまでもなく鐘のことである。

    「鐘は……、ここにはなかったと思うよ」

    と妹がそう言うが早いか、目前に鐘楼が現れた。あいにく鐘そのものは、外部機関へ展示するため貸し出しとなっていたが、そこには「国宝の梵鐘」があるのだった。京都妙心寺の鐘とともに、日本最古と言われる梵鐘らしい。おおぅ、と感嘆する日本人3名。言った通りでしょ、とばかりに得意げなインド人1名。

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    At shrines dedicated to Sugawara no Michizane, a great man in my hometown, there is always statues of cows. It is a testament to the influence of Shiva and Nandi.🇮🇳

    江戸時代、日本が鎖国をしていたころ。しかし、玄界灘を舞台にした密貿易は、密かに、確実に行われていた。密貿易によって栄えた豪商。彼らゆかりの屋敷や神社。そして、「左遷」された菅原道真公……。

    さまざまな史実が絡み合いながら、現在に連なる。

    この日、ランチの前後。たまたま目に止まった二つの「天満宮」の鳥居をくぐった。「天神様」とも呼ばれる「天満宮」とは、菅原道真を祭神とする神社のこと。

    以下、Wikipediaの情報を拝借して要約しておく。

    ・道真他界後、平安京で雷、大火、疫病などの天変地異が相次ぐ。
    ・道真左遷に関わったとされる者たちが相次いで死亡。道真の怨霊が理由とみなされる。
    ・ゆえに道真は大自在天や大威徳明王などと関連付けて考えられるようになる。
    ・道真が死後に送られた神号の「天満(そらみつ)大自在天神」が天満の由来。
    ・道真が優れた学者であったことをして、後世「学問の神様」ともされた。

    🐃ところで、天満宮の境内には必ず「牛」の像が鎮座している。子どものころは「牛がいるのは当たり前」の、なじみある情景だったが、インドで暮らすようになってから、牛は極めて身近な存在となり、気になって調べた。すると、興味深い史実を見つけた。

    日本最古の天満宮とされる、京都の「生身(いきみ)天満宮」のサイト。ここに菅原道真公と牛に関わる情報が記載されていたので、要約して転載する。

    ・菅原道真公の生年が承和12年(846年)6月25日で乙丑の年。
    ・薨去されたのも延喜3年(903年)2月25日の丑の日。
    ・道真公は日頃から牛を愛し、大宰府に下る際、牛に乗っていた。
    ・刺客から牛が菅原道真公を守ったことがあった。
    ・菅原道真公の遺骸を載せた車を引く牛が座り込んで動かなくなった場所が墓所と定められた。
    ・上記の説から「使いの牛」は、ほとんど臥牛と呼ばれる座った姿勢。
    ・農耕の神のご神徳から、その象徴である牛を崇める。
    ・死後の「天満大自在天神」という神号からきているという説。

    🐮ところで「大自在天」とは、バラモン教の大本尊シヴァ神の仏教における姿。大自在天は、八本の腕と三つの眼を持つ八臂(はっぴ)三眼で、白い牛に跨がるとされていることから、「天満大自在天神」のシンボルとしての牛ともされているようだ。

    ちなみに本家インドにて、シヴァの乗り物とされる乳白色の牡牛は「ナンディー」あるいは「ナンディン」と呼ばれる。

    最後の写真2枚は、昨年11月に訪れたカルナータカ州のハンピにて出合ったナンディー像と、新居のご近所さん。🐄

    書きたいことは尽きぬが、この辺にしておこう。

    故郷の歴史の面白さを、故郷を離れ、歳を重ねて実感する。……太宰府天満宮が呼んでいる。

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    2012年6月1日。ミューズ・クリエイションは活動を開始した。ちょうど10年前の今ごろのことだ。

    縁あってバンガロールに暮らしていた日本の人たち、のべ228名のメンバーと、数え切れないほどたくさんの、多様な活動を続けてきた。本来であれば、元メンバーの多い名古屋や東京で、大規模な10周年記念同窓会でも開きたいところだが、未だそういう状況ではない日本につき。

    今回、3週間の日本滞在のうち2週間は、母と過ごし、実家のメンテナンスなども含めて、様子を見ることが目的で帰国した。東京は、旅の終盤に5泊する予定だ。

    話は逸れるが、今回、福岡の「天気はいいが、空気は悪い」という現状に驚いている。実家は、週に一度はダスキンさんに来てもらっていることもあり、部屋は適度に片付いているものの、丘の上の角部屋ということもあり、風が吹き込むとすぐに埃がたまる。

    この時期の黄砂のことは知っていたが、それに加えてPM2.5が相当すさまじい。実は福岡に戻った直後から、目のかゆみや肌の不快感に見舞われている。新型コロナウイルスとは別の意味でマスクの着用が必要だと感じる。

    コンタクトレンズの汚れもひどいので、せめてサングラスで防御しているのだ、まったく追いつかない。バンガロールとて空気がいいとは言い難いが、少し郊外に出れば緑も豊かで、ここまでひどくはない。空気清浄機も買ったほうがいいだろう。

    🍾

    さて、昨日はミューズ・クリエイションの初代メンバーのHiromiさんが、福岡市に移られたというので、お会いした。最後に会ったのは5年前。ミューズ・クリエイション5周年記念同窓会を名古屋で実施した時のことだ。しかし会うなり、一気に記憶が10年前のバンガロールに飛び、話が弾んで尽きない。まだまだ話し足りない感じのまま、気づけばお店は貸切状態……。

    実は昨日ランチをとった中洲川端にあるこの「The Lively Kitchen」というお店がすばらしくて、大満足であった。福岡生活が新人のHiromiさんも、わたしも、当地のレストラン情報に疎い。ゆえに前夜、条件を3つほど入れてネットで検索したところ、最初に出てきたのがここだった。

    ざっと目を通すに非常によさそうだったので、速攻で予約を入れたところ、予想以上のすばらしさ。料理もプレゼンテーション、味わい共に非常によく、爽やか好青年ウエイターらによるサーヴィスも心地よい。さらには、コストパフォーマンスがとてもよいのに驚いた。やっぱ、博多はいいね〜。

    わたしたちは3種類あるランチコースのうちの「中くらい」を注文。これにパスタが付くコースもあるが、さすがに食べ過ぎなので、「中くらい」にしたが、これがまた、ほどよかった。

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    【おまけ/中洲川端〜天神の情景】

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    – The main restaurant of “Ichiran”, world famous for its tonkotsu (pork bone) ramen.

    – Cozy Indian restaurant “Suraj”. When I saw the stall, I couldn’t help but talk to the owner.

    – Bordeaux Wine Festival. Commemorating the 40th anniversary of the sister city relationship between Bordeaux and Fukuoka City.
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    終の住処を、海なきデカン高原に定めたのは何の因果か。こどものころから、海が好きなのに。

    福岡も、下関も、東京も、ニューヨークも、ワシントンD.C.も、ベイエリアも、ムンバイも、海が近かったのに。

    ゆえに、せめてもの思いで、バンガロールでは、空の港の近くに居を構えた。

    母と妹とで、かつては「福間」だった、現在の「福津」の海岸へ。雰囲気のよいカフェなども点在。

    天気もよく、海風も心地よく、最高の海岸日和。

    足の裏から伝わる砂の感触が、気持ちいい……!!

    ♪海は広いな 大きいな
月がのぼるし 日が沈む
    ♪海は大波 青い波
ゆれてどこまで続くやら
    ♪海にお舟を浮かばして
行ってみたいな よその国

    こどものころ、玄界灘の水平線を眺めながら、歌ったものだ。

    よその国、たくさん行ったぞ。

    さらには、住んでるぞ、インドに。

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    WhatsAppのヴィデオ通話で、インドの夫に電話をした。

    「ぼく、そこに行ったことない! そんな砂浜が福岡にあるなんて知らなかった! 泳ぎたい!」と興奮気味。

    海が好きな夫。インドに帰ったら、久しぶりに、ゴアにでもいきましょうか。

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    香椎潟、千早の里は、
    緑濃き森のやしろよ……
    (千早小学校の校歌)

    白雲うつる 香椎潟
    千古の波は 陽に映えて……
    (香椎高校の校歌)

    🌊

    昨日、「ガーデンズ千早」で高橋彦太郎氏と再会を約束して別れたあと、母校の千早小学校、そして1年の2学期まで通った香椎第一中学校を眺めつつ、香椎宮参道を歩く。

    わたしは、断片的ではあるものの、幼児期からの記憶が鮮明だ。かなり特殊な部類に入ると思う。1歳数カ月で生まれ故郷の熊本県荒尾市から、福岡市名島汐見町(現在の福岡市東区千早)に引っ越してきたときのこと、家の前の緩やかな坂をよちよち歩くのに難儀したことなどを覚えている。

    福岡市に移り住んだ1966年(昭和41年)当時の近所の情景や、その変遷もまた鮮明に覚えている。1960年代の終盤、近所の道という道が舗装され、「溝(どぶ)さらい」が不要になった。薪を焚いて沸かしていた風呂が、都市ガスに変わった時のことも覚えている。

    縁側に寝転んで、稜線を眺めるのが好きだった彼方の山。その山肌は切り開かれて三の丸団地が建てられた。

    浴衣姿で父と散歩をした海辺の記憶は鮮明だ。ちょうど、昨日の1975年の写真のあたりが、まだ波が打ち寄せる砂浜だった。そこを歩いている時に、下駄の鼻緒が切れてしまい、父がおんぶしてくれた。あのころが、父とわたしが、最も仲がよかったときだと思う。

    そんな愛しき海が埋め立てられて、次々に団地ができた。故に、幼い頃から「郷愁」に伴う「故郷喪失の念」が、鮮烈に身近な感覚だった。

    わたしが環境問題などに敏感だとするならば、損なわれた山の稜線や海岸線、砂浜への憧憬にも起因しているに違いない。

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    わたしは、香椎高校を卒業した後、下関の梅光女学院大学(現梅光学院大学)の文学部日本文学科に進んだ。大学1年の夏休み。自由課題の宿題が出たとき、そのテーマを「香椎、千早、名島地区の学校の校歌」にした。暑い中、点在する学校を訪ね歩き、校歌を写させてもらった。学校の場所、創設年、歌詞の内容を分析しつつ、そこから導かれる歴史や自然環境についてをまとめた。あいにく、その課題は手元に残っていない。今、ひどく読み返したい。

    朝鮮半島を望む玄界灘を眺めながら、遠い異国を夢想した子供のころ……と、当時の思いを綴れば尽きず。

    参道にある「Nanの木」というカフェに立ち寄った。少しお腹が空いていたので、バタートーストを注文した。素朴に、おいしい。

    コーヒーを飲みながら、しみじみと味わいつつ、自分が57年近くも生きてきてなお、昔日の感性が身近にあることが、奇妙にも思える。そんなとき、インドはとても遠い。インド? と思う。……人の記憶とは、なんなのだろう。

    母校の香椎高校は、香椎宮のすぐそばにある。この校歌は、作詞/火野葦平、作曲/古関裕而。古関裕而氏は、第二次世界大戦中、大本営陸軍報道部より報道班員に任命され、インパール作戦の取材を命ぜらたとのことで、火野葦平氏も同行したという。

    このことは、『インド独立の志士 朝子』の著者である笠井亮平氏のFacebookの投稿を通して、先日知ったばかり。敢えて知ろうとしているわけでもないのに、ご縁がバシバシ攻めてくる。

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    帰り道、線路脇の小高い場所にある「香椎潟 万葉歌碑」を見つけた。ここは、初めて訪れる場所だった。

    「昭和初期までは、この丘のふもとまで波が打寄せ、丘上からは、まだ潮干狩りのできる遠浅の磯浜を見渡すことができた」とある。

    無機質なビルディングが立ち並ぶ眼前の光景。目を閉じて、100年前を夢想する。

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    本日の派手なお召し物もまた、バンガロール空港で羽織っていた迷彩ジャケット同様、NICOBARのもの。だいぶ目立っていたようで、小学生男子らから声をかけられて話が弾んだり(どこ住んどうと? インドから来たと! え、インド知らんと? カレーの国よ、等々)、小さい子から指を指されて「きれいなお洋服」と言われたりして、なかなかに楽しかった。

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    I have strange connections to the history of my hometown and my childhood experiences that suggest I will eventually live in India. As I get older, more and more events confirm this. Therefore, my decision to move to India seem like “my decision,” but in fact, it seems to have been a preordained destiny.
    Of course, this included meeting Arvind for the first time by chance in New York. Therefore, I will stand between Japan and India and continue to do what I can, steadily.

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    昨日は、実家のある名島から歩いて15分ほどの場所にある「ガーデンズ千早」へ赴いた。かつて「スポーツガーデン香椎」があった場所で、わたしにとっても思い出深い場所。

    ビキニ姿のわたしが写っている古い写真は1967年。当時あった「リバープール」での一枚。もう一枚は、1975年、左端に見える菱形の看板には「プール」「ゴルフ」と記されている。

    わたしが通っていた千早小学校のすぐそばにあり、わたしは日々、スポーツガーデンの傍を歩いて通学していた。

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    今、この界隈はすっかり埋め立てられているが、わたしが幼児のころ、すぐ裏手は、砂浜が広がる海辺だった。もっといえば、昭和初期までは、この界隈の鹿児島本線より北は一帯が海であり、この「千早」という地は存在していなかった。

    最近、再誕したばかりの「ガーデンズ千早」、およびその前身である「スポーツガーデン香椎」を運営しているのは高橋グループ。その代表の高橋彦太郎氏とは、ご縁が重なり、2017年、バンガロールの拙宅で、初めてお会いした。同社は、福岡市スタートアップカフェにも関わられていて、パンデミック以前は、学生向けの海外インターンシップ・プログラムも実施されていた。

    2018年3月には、大学生たちがバンガロールを来訪、わたしも諸々のコーディネーションをお手伝いした経緯がある。

    その年の一時帰国時にも、関係者各位とお会いしていたが、今回も思うところあり、高橋氏とはぜひお目にかかりたいと思っていた。そんな矢先にご連絡をいただき、昨日「ガーデンズ千早」にて再会。施設内をご案内していただいたあと、オープンテラスのカフェでとても有意義なお話をすることができた。

    再開発が進み、過去の名残が消えるばかりの故郷において、しかし、この玄界灘を望む香椎潟の歴史の豊かさを思えば、後世に伝えるべきことがたくさんあると確信する。地元への愛着も増すであろうエピソードも多いこの地。

    そして、🇮🇳インドとの繋がりもまた、随所にあるのだ。このことを記し始めると尽きないので、後日まとめたい。

    高橋グループの企業理念だけでなく、高橋氏ご本人の関心やお考えにも共感を覚えることが多々ある。また、今年4月に発足されたばかりの協議会「ちはやをよくする会」も、地域社会の活性化を視野に入れた極めて興味深い取り組み。今後、わたしにできることがあれば、ぜひともご協力させていただきたいと思っている。

    「スポーツガーデン香椎」が開業した年は、わたしが生まれた年でもあり。これもまた、ご縁。生まれ変わった「ガーデンズ千早」のことを書きたかったのだが、長くなりそうなので、また別の機会に記したい。

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    (以下、高橋グループのホームページより転載)

    ●高橋グループと千早の歴史や未来など。様々な要素を織りなす「Woven tree」

    「スポーツガーデン香椎」は1965年の開業以来、総合レジャーランドとして地域の皆様に親しまれてきました。2021年春に生まれ変わった新施設は、千早の街を1つの街区=gardensとして捉え、これまでの55年間の人と街の記憶を受け継ぎながら、皆様の心と身体の健康や生きがいを育む新たな場を提供していきたいという想いを込めて「GARDENS CHIHAYA(ガーデンズ千早)」と名付けました。

    「GARDENS CHIHAYA(ガーデンズ千早)」のロゴは、ガーデンの象徴である木と高橋グループの原点である織物業を、「Woven tree(ウーブン ツリー)」として表現しました。葉の部分にあたるカラフルな色彩は多様性を意味しています。

    織物が縦と横の糸を織りなして1つの布を作っていくように、「GARDENS CHIHAYA(ガーデンズ千早)」も地域の皆様やパートナー様、千早の歴史や未来など様々な要素を織りなして、街と日々の暮らしを育んでいきます。

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    妹が運転する車で、母と3人、佐賀県鳥栖市の霊園へ。

    生前、父が、自分の父親(つまりわたしの祖父)のために建てた立派なお墓。しかし、諸事情があり、わたしは久しく訪れる機会がなかった。最後に訪れたのは、20年以上前のことだ。

    日本社会の少子化に伴って「墓じまい」の傾向が進んでいる昨今。紆余曲折を経て、守ることになった。

    久しぶりに訪れたこの墓地は、薫風も心地よく、なんとも言えぬ、よい「気」に包まれていた。

    奇しくも墓地の隣の丘の上には、弁財天を祀る祠が佇む。弁財天はインドの女神、サラスワティがその起源。わたし自身、日本でも、インドでも、ご縁のある神様につき、ありがたく思う。

    靴を脱ぎ、裸足になり、水をかけながら、墓石にうっすら広がる埃や苔を洗い流す。

    裸足の方が、心置きなく掃除ができるということもあるが、インドでは神様の宿る神聖な場所では必ず裸足になる。ゆえに、靴のまま、墓に上ることに、抵抗を覚えたのも事実だ。

    年を重ねてこのごろは「水仕事」の尊さを、いっそう肌身に感じる。

    ゆえに、インドの家は、メイドに家事の一部を任せてはいるが、炊事は敢えて自分でしてきた。

    木漏れ日のもと、森を抜けてきた風に吹かれつつ、過去の諸々を「水に流す」思いで水を流す。清めれば、たちまち輝きを取り戻す石。

    まさに、心も洗われる。

    掃除を終えて、道中の花屋で購入した芍薬や百合など、自分の好みの花を手向ける。

    なんという美しさ……!

    線香のやさしい香りに包まれながら、手を合わせる。父が他界した18年前、即ち2004年5月が間近に迫る。

    変幻自在な記憶の中で、時空は歪みながら、この瞬間に密着する。

    経験や記憶の「順番」の曖昧さ、を改めて思いつつ。

    帰路、妹の夫と合流して、4人で亡父も行きつけだった寿司屋へ。おいしい寿司や刺身を味わって、満たされるひととき。

    ひとつの節目を乗り越えて、引っかかっていた小さな棘も、洗い流された思いだ。

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    わたしは、折に触れて、インドのアーユルヴェーダの処方に基づいたものなど、各種自然派のコスメティクスを紹介してきた。ゆえに、「スキンケアも入念な美意識の高い女性✨」と思われそうだが、さにあらず。昔から、大雑把かつ、短時間。スキンケアもお風呂も、とっととすませる。

    洗顔も身体も、同じ石鹸を使用。洗顔後は化粧水(ローズウォーター)、もしくはセーラムなどを、ぺぺっと塗る。この頃は、乾燥するときにココナッツオイルを塗りたくる。ついでに頭皮や髪にも伸ばす。たまに思い立ったようにアイクリームなどを塗る。試供品などを活用する。

    もっと丁寧にやればいいのだろうが、今のところ、あまり情熱がわかない。

    ところでこれまで「顔の素地作り」は、日焼け止め入り保湿クリームを塗った後に、粉をパタパタするだけだった。

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    しかし! ここ数年、メイクアップコスメのラインナップが強化され始めているForest Essentialsのリキッドファウンデーションを使い始めてからは、これ1本。少量を手にとって肌に伸ばせば、滑らかにすっとなじみ、ともかく、つけ心地がいい。

    参考までに、天然素材も潤沢な成分表も写真で紹介しておく。

    現在3色しか販売されていないが、平均的な黄色人種的肌色ならば、一番自然に近いCHANDANがお勧め。今回、母にも買ってきたところ、とても気に入ったご様子。ちなみに我が母はわたしと違い、若い頃から美意識高い系なので、毎朝、丁寧にお化粧をなさっている。

    その他、わたしのお気に入りの石鹸や歯磨き粉、歯ブラシ、口紅ほか、シャンプーを買ったらおまけでもらったゴールドの光り物クリームなど、適当に写真を載せておく。インドのコスメティクスに関しては、坂田の『インドのファッション&ビューティ』ブログに力いっぱい紹介しているので、関心のある方は、参考にされたい。

    💄アーユルヴェーダの処方も生きた、インドの自然派コスメ情報まとめ/動画&ブログ
    ➡︎https://museindia.typepad.jp/fashion/2021/05/indiacosme.html

    【インドから持参した自然派コスメ類】

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    【おまけ】

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    The first photo. I am eating “Ujikintoki,” a uniquely Japanese sweet. Coincidentally, it is wonderfully color-coordinated with the blouse I bought in India.

    Ujikintoki is a Japanese shaved ice dessert, made with shaved ice on the bottom, drizzled with green tea (matcha) syrup, and topped with red bean paste (Azuki-an). I love the topping “shiratama dango (mochi)”.

    Dekyi Yangtso Chawla, you must try it in Japan!

    日本に到着して5日目にしてようやく、心置きなく自由に歩き回れる日が来た。久しぶりの天神(福岡市の繁華街)で髪を切り、岩田屋(福岡市随一の老舗デパート)で買い物など。

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    天神地下街を歩きながら思うのは、ここが創設当初の1976年から全く雰囲気を変えず、老朽化していないこと。唐草模様の鋳型の天井や石畳の通路は、19世紀欧州の劇場をイメージして作られたらしい。決して日本らしくはないのだが、独特の風情がいい。

    開業当初は「薄暗い」と批判されたという通路だが、わたしにとっては非常に心地よい。欧米もインドも、日本ほど照明がまばゆくない。優しい光に慣れた目には、日本の商業施設の照明が、ひどく眩しく感じるのだ。年を重ねて目が弱くなったせいもあるのだろうけれど。

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    そして夕刻、博多の老舗和菓子店「鈴懸(すずかけ)」本店で家族と合流。おはぎや大福、ぜんざいに抹茶……。あれこれ目移りしつつも選んだ「宇治金時」ならぬ「八女金時」。図らずも、本日のお召し物(インドで買ったブラウス)とナイスなコーデ。

    そのほか、おはぎや小さなどらやきなども別途購入。久しぶりに本気の和菓子を味わえて幸せ。

    インドに「手動かき氷つくり機」を買って帰ろうかしらんと、真剣に思う。🍧

    【おまけ/朝ごはんと昼ごはん】

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    ✈︎……And at long last, I am free to go out from tomorrow. I have also completed my application for a shortened quarantine period. I visited the clinic at the airport for an examination. It was a beautiful sunny day in Fukuoka today and the best condition to spend time at the airport.

    福岡県地方、本日快晴、夏日和。福岡空港にある専門機関でPCR検査を受け、陰性証明を取得。

    MY SOS アプリの「特別な状況の届出」欄から「待機解除のための陰性証明」を選び、検査結果の画像を送信してDone!

    検査を終えた後、あまりにもすばらしい空港日和につき、オープンエアのダイニングで過ごす。飛び立つ飛行機を眺めつつ、諸々の思いが去来して感無量。ああ、ほんとうに、空港はいいなあ……!

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