インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    昨今、国際女性デーとは、ジェンダー論や女性の社会における不平等など、不都合なことを取り沙汰されることが多い。昨年も記したが、個人的には、これまでの人生「男に生まれればよかった」とか「女だからうまくいかなかった」といった事態に直面したことはあまりない。

    「恵まれているからだ」と言われそうだが、まあ、そうかもしれない。ただ、物事の捉え方や視点の置き方など、「自分自身の心がけや努力」で好転させられることは少なくないとも思う。男も辛かろうと思う場面は多々ある。すなわち人間それぞれ、何かを抱えている。

    わたしは子どもの頃から「体格のいいお嬢さん」と言われ、体育会系で非モテ女子だった。加えて、「女性ならでは」の出産の経験もない。それでも、女に生まれた今世を、楽しませてもらっている。

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    今年も昨年に引き続き、YPOのイヴェントに参加。昨年は、市内のお洒落なビューティーサロンを貸し切ってのビューティートリートメント三昧だった。

    今年は、ボリウッドのセレブリティスタイリスト、アミ・パテル (Ami Patel)を招いてのトークとパーティが開催された。プリヤンカ・チョープラーやアーリヤー・バットなど、ボリウッドの名女優たちをスタイリングする彼女から、昨今のインド・ファッションのトレンドや提案などを聞く。

    会場は、市街西部のPhoenix Kessaku。まさに日本語の「傑作」から取られた名前だ。久しぶりに高層から、バンガロール市街を見下ろして心地がよい。一隅からは、世界最大の給食センター「アクシャヤ・パトラ」の母体でもある「ハレ・クリシュナ」のイスコン寺院も見下ろせる。

    なにかしら、シュルレアリスムな感覚にとらわれる。

    🌻

    誰もサリーを着てこないだろう……とは、思っていた。

    かつては、日本人のわたしが一人だけサリー姿というのが居心地悪く、着る機会が少なかった。しかし、昨年より積極的な着用を始めた。何かと目立つが、着たいものを、着たいときに着る。そう決めた。

    アミ・パテルのプレゼンの冒頭は、サリーがテーマだった。若い世代へ向けてのサリーの「新しい着方」の提案など。そのとき、彼女がわたしの方を見て名前を尋ね、着こなしを褒めてくれたのだった。

    「このサリーはひまわりの花がモチーフです。ひまわりは、ウクライナの国花なのです。」

    そう言うと、会場から「おお、なるほど〜」の声が上がった。

    実は昨日の朝、もう聞くまいと思いつつも、ラジオでニュースを聞いていた。大勢の、ウクライナの妊婦たちが、地下鉄や避難先での出産を余儀なくされているという。泣けてくる。しかし、毎度記すが、元気でいられる人たちは、元気でいなければならない。過度な感情移入は世界を闇に包むばかり。

    本当は水色のサリーを着ていく予定で準備していたのだが、ラジオを聞いた瞬間に、このひまわりのサリーを思い出した。今から14年前、コルカタへ出張に行った際に購入した。ハンドブロックが施された、綿と絹の混紡の、軽くてやさしいサリーだ。

    黄色いサリーと、青いバッグという、ウクライナ国旗🇺🇦の組み合わせで、出かけたのだった。

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    1970年公開の『ひまわり』。20代のころ、心を揺さぶられた映画のひとつだ。マルチェロ・マストロヤンニとソフィア・ローレンが主演、戦争によって切り裂かれた男女の悲劇を描いた名作だ。

    米ソ冷戦時代に、イタリア、フランス、ソ連、米国の合作により、ソ連でも撮影された「稀有な映画」である。週末ともなると、ひたすらに映画を見ていた東京時代。個人的な経験と重なって、悲恋物にはことのほか、感情移入をしがちだった。この映画の遣瀬なさといったら、ない。戦争によってずたずたにされる人々のライフ……。

    8月生まれのわたしは、自分のテーマとなる花はひまわりだと、子どものころから思い込んでいた。その実、百合のような清楚な花に憧れ、元気一杯の丸顔なひまわりを、あまり好きではなかった。しかし、この映画を見てから、ひまわりに対する印象が変わった。

    「見渡す限りのひまわり畑を見たい」と切望した。実は、この映画のひまわり畑は、「ソ連時代のウクライナのヘルソン州」だということを、つい先日、知った。

    知った上で、この映画を思い出すと、よりいっそう、今、彼の地で起こっている出来事の理不尽を思う。

    ……思いは尽きぬが、わたしは女性に生まれたことを大切に思いながら、これからも生きたい。

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    ◉STYLE BY AMI
    http://www.stylebyami.com/

    ◉語るブログ/音声付き 〜国際女性デーを愉しむ〜(2021年3月8日)
    https://museindia.typepad.jp/2021/2021/03/beauty.html

    ◉コルカタ出張最終日。この街らしさを、買いに行く。(2008年10月17日)
    https://museindia.typepad.jp/2008/2008/10/kolkata-e5b7.html

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    先週の土曜の夜。ムンバイ在住だった夫の元同僚が、バンガロールに移住したので、そのハウスウォーミング・パーティに招かれた。実際は彼の誕生日でもあり、家族や親戚、親しい友人たちが会しての宴だった。

    わたしは、直接の知り合いはいないだろうと訪れたのだが……。満面の笑顔で「MIHO!」と声をかけてくれる女性がいる。見覚えのある彼女……。昨年12月、友人に招かれて訪れた「スーフィー音楽の夜」でお会いしていたディープシカ(Deepshika)だ。夫の元同僚とは昔からの友人だという。

    あの夜、サリーを着て踊りまくっていたわたしが印象に残っていたとのことで、共通の友人を介してわたしのインスタグラムを知り、フォローしてくれているという。

    彼女のプロフィールを聞いて驚いた。20代のころ、7年間に亘り、インド陸軍に属していたという。入隊の経緯や軍での様子を聞けば、つい深入りしたくなる興味深さ。2020年にNETFLIXで公開された『グンジャン・サクセナ』というインド映画がある。インド空軍初の女性戦闘機パイロットが、入隊後、カルギル戦争で活躍するまでの物語を描いた実話だ。そのカルギルにも駐留していたことがあるとのこと。

    ところで、我が夫の親しい友達にチャル・シンハ(Charu Sinha)という女性がいる。彼女は、印パ紛争の最前線であるカシミールのスリナガルで、何万人もの部隊を率いるIPS (Indian Police Service) のオフィサーだ。わたしはお会いしたことはないのだが、いつかお目にかかりたいと思っている。……しかし、夫がチャルの話を始めるのを遮るように、わたしはもう、朝子さんの話をせずにはいられない。

    女性兵士だったディープシカは、当然ながら、日本軍の支援によって誕生したインド国民軍の婦人部隊(Rani of Jhansi Regiment)を知っている。もちろん、その指揮官だったラクシュミー・スワミナタンのことも。

    先日も記した通り、その日はデリーに住む伯父(夫の母の兄)の誕生日で、夫は祝福の電話をした。その電話で、夫の曽祖父が、ラホールで行われた「インド国民軍(INA)裁判」の重要な弁護士だったということを知ったばかりだ。

    インド国民軍の将校のひとりだったプレム・サーガル。曽祖父は、彼の弁護に尽力したとのことである。そのプレム・サガールの妻が、上述のラクシュミーなのだ。
    身近に日印の歴史が改めて迫ってくる奇縁を感じていた。

    しかしこのような話は、「わかる人にしかわからない」から、取り敢えずは活字に残しておこうと思っていた矢先のこと。彼女もまた、「このような話は、関心のない人には、まったく理解してもらえないけれど、わかる人には、鳥肌ものよね〜!」と口にして、共感するばかりだ。

    年齢を重ねるごとに、「運命の赤い糸」あるいは、「赤ほどまではないにせよ、しかし大切な糸」が増え、それらが複雑に絡み合い、脳裏で「色とりどり」が、混沌としている。赤い糸だけを、そっと引き抜くのが、難しいほどに。

    ほぼ初対面にも関わらず、会話はたいへん盛り上がる。さらには彼女が子供時代に、強い感銘を受けたドラマが「おしん」だという。そう。1983年から1984年にかけて放送されたNHK連続テレビ小説だ。

    当時わたしは高校3年。ゆっくり朝ドラを見られる状況ではなく、「寒くて辛いシーン」しか思い出せない。しかし、「おしん」が一斉を風靡したことや、その後、世界各国で配信されたことは知っていた。インドでは、国営放送Doordarshanで1992年に放映されていたとのことで、大人気だったらしい。しかし、途中で放映権が得られなかった云々で、最後まで放送されなかったとのこと。

    おしんの熱狂的なファンだったディープシカは、最初にEメールアドレスを取得したときには、名前に「おしん」を入れたらしい。ワイングラスを片手に、二人して「エビのような姿勢」なりながら、笑い転げる。🦐

    今の若いインド世代は、日本のアニメーションの影響を多大に受けていることは、これまでも幾度となく記して来た。実はこの日、日本が大好きな11歳の少年と、ずっと話をしていた。無口な様子だった少年が、わたしが日本人だというだけで、すっかり饒舌になり、延々と日本のことを語り始めるのだ。このエピソードがまた深く面白く、別途、記したい。

    それにしても、アニメ以前に「おしん」がインドにおいて熱狂的なファンを育んでいたとは知らなかった。

    日々、本当に、尽きない。

    朝子さんの動画も、そろそろ完成させなければ!

    (写真は、スーフィー・パーティのときに、偶然、一緒に写っていたもの)

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    そろそろ完成させねばと、昨日は「朝子さん」の動画作りをしていた。昨日はまた、夫の伯父(母の兄)の誕生日だったので、夫に電話をかけるよう促した。先日、朝子さんとお会いしたことを話したところ、伯父は、かつてラホール最高裁の弁護士だった夫の曽祖父の話をしはじめたという。

    曽祖父が、パキスタンの父ジンナーが弁護士だった時代に、ムスリムとスィク教徒の聖地紛争(Shaheed Ganj Mosque)で闘い、ジンナー側のムスリムに勝訴したことは知っていた。

    多くの偉業を成し遂げて来た人物とは聞いていたが、なんと、日本軍と深い関わりのあったINA(インド国民軍)の戦後対応に関わる「インド国民軍裁判」の法廷にも携わっていたとのこと。

    インド国民軍の将校のひとりだったプレム・サーガル。曽祖父は、彼の弁護に尽力したとのことである。プレム・サガールの妻は、朝子さんも所属していた「インド国民軍婦人部隊」の指揮官であるラクシュミー・スワミナタン。この間、朝子さんに「女神ラクシュミー」の和製マジョリカ・タイルをお送りしたのは、ほかでもない、このラクシュミーを意識してのことだった。

    ちなみに、指揮官ラクシュミーは、すでに夫がいたにもかかわらず、プレム・サーガルと恋に落ちて、離婚手続きが完了しないまま、再婚(重婚)したという、なかなかに香ばしい女性で、彼女への関心も一気に高まる。

    これはもう、今すぐにでもデリーへ飛んで、伯父に話を聞きたいところだ。

    この話がいかに「鳥肌が立つほど」のことなのかは、状況を知る人にしかわからないだろう。それでも敢えて記録を残しておく。この事実を知った直後、昨夜招かれた友人のパーティで、一度だけ会ったことのある知人と話をし、彼女がインド軍の元女性兵士だったことを知った。

    驚きつつも、彼女ならこの話に関心を持ってくれるに違いないと思い語り、二人で大盛り上がりをしたというおまけもついている。

    恐ろしいほどのご縁。

    「このような話は、関心のない人には、まったく理解してもらえないけれど、わかる人には、鳥肌ものよね〜!」と、彼女も同様のことを言っていた。深い共感。

    *****

    🗽1996年。ニューヨークへ赴いて2カ月後の七夕の夜。インド人の男性と出会い、付き合い始め、5年後に結婚した。特に関心があったわけでもないのに、自ら絶大なるエネルギーを投じて、嫌がる夫と説き伏せて、インド移住を実現した。

    幾度となく記してきたが、自分でも自分がよくわからないのだ。

    やがて50歳を過ぎたころから、「時空を越える奇縁の重なりの多さ」に驚くことが続いている。

    「インドに来るべくして来た」としか言いようがない。わたしはレールに乗っかっているだけ。

    個人レベルでの奇縁は数えきれず。佐々井秀嶺上人や日本山妙法寺など、仏教に関わるご縁。インド・パキスタン分離独立前後の、夫の祖先の物語。先日お会いした「インド独立の志士」朝子さんとの関わり……。

    確かにライターという職業柄、アンテナの感度は高めだ。しかし、四六時中稼働しているわけではなく、適度に緩く生きている。にもかかわらず、「この人に会いにいけ」「これを調べろ」との指令が、天から降りてくる。

    つい先日出版されたばかりの書籍『BOSE』。読破できる気は全くしないが、「事典」のように使えそうな一冊だ。それにしても、わたしの身に余りすぎる、これらの課題。かといって、気づかなかったふりはできない、調べずにはいられない史実の連なり。

    専門家でもないわたしが中途半端に発掘するには、あまりにも手に余る。このごろはもう、自分の数秘の運命数が33だからこうなのだと、甘んじて受け入れてみたりもしている。なんのこっちゃである。

    我が夫の母方祖父と、その父(曽祖父)については、過去ブログにも記した。以下、転載。

    【母方の曽祖父/Rai Bahadur Babri Das】

    ●Rai Bahadarとは、英国統治時代、帝国への奉仕や公共福祉に貢献した人物に与えられた名誉の称号
    ●ラホール(現パキスタン)出身
    ●ラホール最高裁の弁護士。パキスタンの父ジンナー(元はコングレスに所属)が弁護士だった時代、ムスリムとスィク教徒の聖地紛争で闘い、ジンナー側のムスリムに勝訴。→Shaheed Ganj Mosque
    ●パンジャブ・ナショナル銀行の創業メンバー
    ●1881年パンジャブ州ラホールで創刊された新聞「ザ・トリビューン紙」の創刊メンバー
    ●Doaba Collegeはじめ複数の大学や教育機関の創設メンバー
    ●印パ分離独立時の裏事情に精通していたが、家族には一言も漏らさず。ラホールでの裁判のミッションを終えて後、家族がすでに移住していたデリーに移る。

    【母方の祖父/Dev Datt Puri】

    ●ラホール出身、事業で財を築く
    ●フリーダムファイターを志すも、マハトマ・ガンディの影響を受け平和運動家に
    ●ヤムナナガール創業の、英国統治時代の製糖工場受け継ぎ経営(Saraswati Sugar Mills Ltd)。
    ●鉄鋼会社ISGEC創業(古くから日本企業との関係がある。現在、製糖工場と共に夫の従兄弟が経営。日立造船と合弁会社も設立している)
    ●インド製糖協会(ISMA)会長
    ●ILO (International Labour Organization)のインド代表。スイスへもよく訪れた。
    ●コングレス(インド国民党)政治家。ローク・サバー(連邦議会下院)、ラージヤ・サバー(連邦議会上院)双方の議員を経験
    ●印パ分離独立時の『007』並の国境越えエピソードなどは、ブログの記事にて軽く言及している。
    ●軍医だった義兄(姉婿)は、第二次世界大戦中、マレー半島のコタバルで日本軍の攻撃により戦死。
    ●晩年、ロンドン滞在中、心臓発作で客死。そのエピソードもまたドラマティック……

    このテーマに深入りされたい方は、ぜひこちらのブログをご覧ください😻

    🇮🇳🇯🇵8月15日。インドの独立記念日と日本の終戦記念日が同じ日なのは偶然ではない。印パ分離独立を巡る家族の物語など。
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/library/2021/08/815.html

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    1月、往ぬる。2月、逃げる。3月、去る。

    毎年記していることを、今年も痛感しつつ記す。

    特に今年は、オミクロン株の影響もあり、不動→動の推移が急で、このごろは所用が重なる。

    3月下旬にデリーへ赴く予定だが、バンガロールでも諸々あって、日程を決めかねている。

    しかし、久しく使っていないスーツケースを虫干ししようと外に出す。

    たちまち猫らが寄ってくる。陽光やさしきバンガロール。

    安穏と、緩やかな午後の心地よく。

    あんなに旅を切望していたのに、今は、飛行機に乗ることを躊躇する。

    猫らのせいも、あるかもしれない。

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    バンガロールでは毎年2月、「ジャパン・ハッバ」(日本祭り)が開催されてきた。HABBAとは、当地カンナダ語で「お祭り」を意味する。

    2005年に、バンガロールで日本語を学ぶ学生や教師らによって始められたこのお祭り。折しも、わたしがインドに移住した年のことである。年々、その規模は拡大、パンデミック直前の2020年には6000人を超える動員数だった模様。かつて個人的に助っ人を依頼されて2回、ステージ・プログラムの司会を務めた。

    ミューズ・クリエイション発足後の2013年以降は、毎年、メンバーたちと参加してきた。ミューズ・クリエイションのオリジナル手工芸品の販売、書道や折り紙のデモンストレーション、コーラスやダンスのステージ出演……。

    「ジャパン・ハッバ」は、「ミューズ・チャリティ・バザール&コンサート」や「クリスマスバザール」に並んで、ミューズ・クリエイションの毎年恒例三大イヴェントの一つでもあった。

    パンデミックの影響で、昨年に引き続き、今年もオンラインでのイヴェントが開催されるという。今年は日印国交樹立70周年&ミューズ・クリエイション10周年ということもあり、何らかの形で参加できればと思っていたところ、「バンガロールで暮らす日本人」を紹介するプログラムに参加してほしいとの依頼を受けた。

    1人わずか数分ほどのドキュメンタリーだが、取材に時間がかかることは理解している。企画と取材を担当しているのは、流暢な日本語を話すメガナ (Meghana)。彼女はバンガロール市内で日本語教師をしている。撮影担当は、彼女の学生時代からの友人だというスラージ (Suraj)とヤシャ(Yasha)。NETFLIXの撮影も手がけるというプロフェッショナルだ。

    現在の我が家は、新居(当面は別荘として利用)に運び込むための調度品などが秩序なく並んでいて、コーヒーテーブルの上にも、あれこれと書籍が放置されている。新居のライブラリーに並べるべく、近々箱詰めをするつもりの雑多の山を、メガナが見て、声を上げる。

    「フランク・ロイド・ライト!」「サルバドール・ダリ!」

    聞けば、メガナとスラージは同じ学校で建築を学んでいたとのことで、彼女はフランク・ロイド・ライトばかりか、ダリのことも大好きらしい。わたしの書棚を見回しながら、「宝箱のよう!」と目を輝かせる。

    庭にカメラをセットして、わたしの取材は1時間弱で終了したが、その後も、おやつを食べ(トムズ・ベーカリーのドーナッツ)、お茶を飲みつつ語り合う。20代半ばの彼ら。建築を学んだものの望む仕事が見つからず、別の道に進んでいる今。

    米国で生まれたあと、家族と共にバンガロールに戻ったというスラージは、取材中に話した我が20代の旅のエピソードやニューヨークでの起業の話に関心があるようで、いろいろと質問される。

    日本の若者向けに実施していたセミナーの内容は、インドの若者にも応用できると実感する。毎度、若者に投げかける質問。

    「スマートフォンはもちろん、インターネットも、携帯電話もないの。デジタルカメラも。小さなキャリーバッグにカメラとノートと最低限の衣類だけを詰め込んで、どうやって3カ月間の旅を実現したと思う?」と言いながら、旅のノートや地図、分厚い時刻表などを見せると、彼らは目を見張る。

    便利になるのはいいことだけれど、頼りすぎるのは危険。「裸一貫でも生き延びられる力と知恵を身につけなければ」と、毎度のごとく、熱苦しく語る。

    一方のヤシャは、父親が空軍に属しているとのことで、幼少時からインド各地を転々としてきた。最初の記憶はアンダマン・ニコバル諸島だというので、スバス・チャンドラ・ボースや日本軍の話に言及すると、3人とも驚いている。

    日本に関心があるのなら、先日の「インド独立の志士、朝子」さんや、ムンバイの日本人墓地、日本山妙法寺、ナーグプルの佐々井秀嶺を取材してはどうかと次々に話をもちかけ、話は日印の戦争の歴史にも及び、世界史の授業と化す。

    引き留めたわけではないのだが、都合3時間ほど語り合って終了。思えばこれまで、インドの若者らと日印の歴史などを話す機会はなかったのだが、彼らが前のめりで関心を示す様子に、話し甲斐を感じた。

    わたしの発信は概ね「特定ごく少数」にしか関心を持たれない。「暖簾に腕押し」だと自覚しつつ、それでも「自分が伝えたいことを発信すべし」と、自分に言い聞かせる日々。それがわたしの「個性」なのだから。

    ともあれ、昨日は久しぶりにリアルな手応えを感じて、うれしかった。

    彼らを見送りし後、家に戻れば、夕焼けが、美しかった。

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    インドの犬ってのは、どうしてこうも、敢えてリスクを取るかな。

    バンガロールに限らず、ムンバイでもデリーでも、類似の傾向を見た。多分インド亜大陸全般、こうじゃないだろうか。

    人間が騒がしい昼間はだらだらと過ごし、深夜になると爛々と目を輝かせて駆け回る。

    「いや、うちの界隈の野良犬は違います」という方がいらっしゃれば、教えてほしい。

    今日は久しぶりにヘアカット。このごろは人気すぎて予約が取れない、昔、行きつけだったヘアサロン。

    プリティーとダニエルの店だから、この店名。なかなか効いてる。

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    181回目の、FM熊本ラジオ収録のために、6時起床。

    空を仰げば、ふと地中海の空気を思い出す。

    海なきデカン高原で、遥かな海を思い出す。

    もう2年も飛行機に乗っていない。

    飛行機を思うとき、一抹の緊張がよぎる。

    やれやれ。なんということか。

    そろそろ旅をはじめるころ。

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    👇マーケットの様子を捉えた短い動画。どうぞご覧ください。

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    昨日、日曜日の午後。インディラナガールの「バンガロール・インターナショナルセンター」で開催されていたヴィーガン・マーケットへ赴いた。半年前の8月、市内のハットワークス・ブールバードで開催されたのと同様、友人のNamuが選んだローカルのブランドが一堂に会する。

    昨今ではオミクロン株の威力も弱まり、人々は日常の生活に戻りつつある。昨年5月のデルタ株第2波では、地獄を見たインドだが、今回は重篤化する人も少なく、入院患者もかなり少なかった模様。2年以上に亘るパンデミック。その終焉を切望する。

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    バンガロールの大学に留学している吉田青年(ミューズ・クリエイションのメンバー)声をかけて、案内しつつ、荷物を持ってもらうなど😁 一通り巡った後、毎度のARAKU COFFEEでコーヒー&スイーツブレイク。

    ミューズ・クリエイションが目指していることの一つ「バンガロールに育つ子どものこと」に関するアイデアなど、話し合う。この間、読んだ『JK、インドで常識ぶっ壊される』を強く勧めつつ。そう、あの本の感想も書きたいところ。しかし、実は諸々、芋づる式に広がって、わたしとしては、さらっと書けない大切なテーマなのだ。

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    そのあと、インドの多様性を「目で見る」ために、決して男子一人では訪れないであろう、サリー専門店のTANEIRAへ。手紡ぎ手織りのテキスタイルは、マハトマ・ガンディの独立運動と深い関わりがある。サリーショップを彩る各地の布地を通して、インドの一端を知ることもできるのだ。

    ……というわけで、有意義に楽しい日曜の午後だった。マーケットの様子は、短い動画にまとめた。バンガロールの「今の息吹」が感じられるはず。ぜひご覧ください。

    ◉店舗情報などは、こちら、半年前のブログに詳細を記録しているので参考に。

    🌱ヴィーガン食品のおいしさに開眼! 愉しきマーケット(2021年8月)
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/eat/2021/08/vegan.html

    ◉関連動画&ブログ(膨大な情報量。かなり参考になるはず)

    🌏土に触れて、宇宙を思う。食、健康、美容、エコ、ゴミ、有機、農業、衛星……。
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/library/2021/06/earth.html