インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    明日のゲストのために、久しぶりにカステラを焼いた。1年ぶりかもしれん。

    わたしがお菓子を作るとき、最低でも12人分レシピから。多すぎるが、型なども大きいものしかない。

    2012年にミューズ・クリエイションを立ち上げて以来、毎週金曜日のオープンハウスでは、毎週のように菓子を作っていた。多いときは40人近く集まる時期もあったが、せっせと楽しく焼いていた。

    たまにトムズ・ベーカリーのドーナッツや、K.C. DASのミシュティ・ドイ、ナチュラルズのアイスクリームなどを買うこともあった。それはそれで、おいしかった。

    渦中にいたころの自分には、自分でもよくわからなかった。わたしはどうして、こんなに熱心なのだ? こういうキャラだったか? 子どものころから独立独行、協調性がなく、グループ活動が苦手な人間じゃなかったか?

    それがどうして、米国時代には殆ど交流のなかった「駐在員夫人」たちと、こんなにも共に活動することになったのだ?

    背景には、色々な要因があったのだと、今振り返ってみて思う。損得勘定抜きで継続していた衝動。それもまた、定められたレールの上だったか。

    年に何回ものイヴェントやバザール、慈善団体訪問……。自分の中では「本業の傍らの慈善活動」と位置付けていたが、いやはや、どちらが本業だったかと、振り返れば、その経験の蓄積とかけがえのなさを思う。

    ☕️

    歌や、ダンスや、手工芸の合間の休憩時間。淹れたてのコーヒーや、お茶と共にお菓子を食べつつ語らうひとときもまた、大切で。

    8年間、ずっと順風満帆だったといえば嘘になる。けれど今となっては、のべ228名のメンバーたちの、笑顔と笑い声、賑やかで楽しい思い出ばかりが、蘇るのだ。

    敷居が低い(ない)我が家にて。伴侶の会社やステイタスに関係なく、みながなるたけ「素の自分」でいられる場所を提供したかった。一時帰国から、いろいろな思いを抱えて、メンバーがバンガロールに戻って来たときに、「おかえり」と言える場所。「ただいま」と言ってもらえる場所。

    人生は、持ちつ持たれつプライスレス。ひとりでここまで来たんじゃない。

    ミューズ・クリエイションは6月で10周年。今年こそは日本へ一時帰国し、どこかで同窓会をしたいものだ。願わくば……5月!

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    人間らも、猫らも、すっかり甘やかされている。

    バンガロールの贅沢な気候に。

    仏像のある写真。手前はパパイヤ。奥は多分、アヴォカド。

    適当に種を植えていたら、いつのまにか育っている。

    緑は育つ。植えれば育つ。

    この街の樹木。

    たくさん伐採されてきたけれど、また植えればいい。

    憂うなかれ。

    みんなすぐ、大きくなる。

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    『インド独立の志士「朝子」』(笠井亮平著/白水社)

    数カ月に一度、日本のアマゾンから取り寄せる日本の書籍。この本を選び、初めて読んだのは2017年のことだった。インド人の両親の元、日本で生まれ育った朝子さん(本名アシャ)の物語。彼女がデリーにて息子夫婦と暮らしていらっしゃる旨、エピローグで知ったとき、「お目にかかりたい……」と思った。

    その朝子さん、そして御子息のサンジェイさんに、昨日、ご縁があってZOOMを通してお会いすることができた。本当に光栄なことだった。

    朝子さんは、1928年(昭和3年)、ビハール出身の父サハーイ、ベンガル出身の母サティの間に神戸で誕生。インド名のアシャは「希望」という意味だという。サハーイは、インドの独立運動に身を投じ、日本を拠点に活動するインド人同志らと深い関わりを持っていた。

    大日本帝国軍と協調、インドの独立を戦いによって勝ち取ろうとしたインド国民軍を代表する革命家、スバス・チャンドラ・ボースと朝子さんのご一家は、懇意にされていた。

    ボースに強い影響を受けた朝子さんは、ボースの掛け声によりシンガポールで誕生した「インド国民軍婦人部隊」に志願。終戦間際の1945年5月に入隊した。

    その後、紆余曲折を経て、印パ分離独立前年の1946年8月、朝子さんは初めて母国インド(コルカタ)の地を踏んだ。彼女の波乱に満ちた人生をかいつまんで記すのは憚られる。ぜひ『インド独立の志士「朝子」』をお読みいただければと思う。

    彼女は今、バンガロールにお住まいのお孫さんのお宅で、御子息のサンジェイさんと共に過ごされている。月曜日の夕刻、わたしはお伺いする予定でいたのだが、当日になりお孫さんがオミクロンに感染されていたことがわかり、昨日の朝、ZOOMを通してお会いしたのだった。

    2月2日に94歳になられたばかりの朝子さん。お耳が遠くなられているので、オンラインでの会話は難しかったが、それでも20分ほど、楽しいひとときを過ごした。昨日の会話を、5分ほどの短い動画に編集してYoutubeにアップロードした。ご覧いただければ幸いだ。

    【出会いの背景】

    昨日のオンラインでの面会が実現したのは、2020年に実施した坂田の「インド・ライフスタイルセミナー」を聴講された元インド駐在員の丹治大佑氏が、先週土曜日にご連絡をくださったことが契機。昨年、Clubhouseが流行った時期、氏がオープンされていたインド関係の部屋に伺った際、同著の著者である笠井氏とも言葉を交わす機会があった。

    取材をされた笠井氏はもちろんのこと、丹治氏も朝子さんと交流されており、現在、バンガロールにいらっしゃる旨、サンジェイさんの連絡先と合わせて連絡してくださった。

    朝子さんとお会いするのに先駆けて、『インド独立の志士「朝子」』を再読、他の情報も得ようとネットで検索している時に、かつてゴアのビーチで偶然お会いし、その後、デリーでもランチをご一緒した日経新聞の岩城聡氏の記事に辿り着いた。笠井さん曰く、ご自身が朝子さんに関心を持つ契機を岩城氏に与えられたとのことで、ご縁の連なりを思う。

    ご縁といえば、2013年の天皇皇后両陛下のインドご訪問。我々夫婦はチェンナイのお茶会にお招きいただき、両陛下(現上皇ご夫妻)とお会いする僥倖を得た。我が夫に至っては、会場で唯一、美智子皇后より手を差し伸べられて握手をしていただいた。朝子さんもまた、デリーにて、皇后陛下と握手をされ感無量だったと同著に記されている。

    朝子さんと我が夫を並べて語るのは失礼なほど、握手の重みが違うことは重々承知の上で、しかし、ここにもご縁を感じる。わたしがこれまでの人生で一番緊張したのは、天皇皇后両陛下にお目にかかったあのときだった。あのときに、人生でどなたかにお会いする際の緊張をすべて使い果たしたと思っている。自分の中の「日本」に、自分でも本当に驚いた経験だった。

    大人になるまでを日本で過ごした朝子さん。二つの祖国を持つ彼女はまた、日印の歴史と友好を身を以って具現化されているように思う。勇敢な魂をお持ちの朝子さんが、この先もお元気でお過ごしになられることをお祈りする。

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    ◉インド独立の志士「朝子」/白水社
    ➡︎ https://www.hakusuisha.co.jp/book/b217566.html

    ◉笠井亮平『インド独立の志士「朝子」』書評/岩城聡(南アジア研究第28号)
    ➡︎ https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjasas/2016/28/2016_194/_pdf/-char/ja

    ◉日本育ちの少女だった私はボースに傾倒、出征した/バーラティ・アシャ・チョードリ(日本経済新聞)
    ➡︎ https://www.nikkei.com/article/DGKDZO62047040S3A101C1BC8000/

    ◉チェンナイにて。天皇皇后両陛下御拝謁のお茶会参席を巡る個人的な体験(2013年12月)
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/library/2013/12/japan.html

    ◉🇮🇳🇯🇵8月15日。インドの独立記念日と日本の終戦記念日が同じ日なのは偶然ではない。印パ分離独立を巡る我がインド家族の物語など。
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/library/2021/08/815.html

    🇮🇳”Asako,” India’s Freedom Patriot
    ➡︎ https://jwh.trannet.co.jp/works/view/9973

    🇮🇳Netaji’s Lieutenants – Rama Khandwala & Asha Sahai Narrate Their Fight For India’s Freedom
    ➡︎ https://www.republicworld.com/india-news/general-news/netajis-lieutenants-rama-khandwala-and-asha-sahai-recall-ina-days.html

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    🇯🇵友人知人、そしてミューズ・クリエイション元メンバー各位へお願い

    ミューズ・クリエイションは今年6月に10周年を迎えます。この2年間はパンデミックの影響で、かつてのような大人数での活動は実施していませんが、坂田個人あるいは、小人数での活動を続けています。

    2020年に実施したオンライン・チャリティフェストを機に設置したYoutubeのSTUDIO MUSEも、日印を結ぶさまざまな動画をアップロードしています。

    さて、先日から何度か告知してきましたが、2月19日(土)日本人女性によるボリウッドクラスのBOLLYQUEが行うオンライン・チャリティ・イヴェントに、ミューズ・クリエイションもご協力しています。

    イヴェントの参加費(経費除く)は、坂田がミューズ・クリエイション創設以前から関わっている世界最大の給食センター、アクシャヤ・パトラに寄付されます。

    坂田は「トークライヴ」を行いますが、他にも興味深いプログラムがたくさんです。当日、ご予定が合わない方も、後日「見逃し配信」を利用できます。ぜひ以下のサイトから詳細を確認のうえ、ご参加いただければ幸いです。

    【チャリティーイベント】目指せ、免疫力アップ!インドに学ぶ健康な身体作りを実践

    詳細/お申し込みはこちらから⬇︎
    https://camp-fire.jp/projects/490095/activities/350159

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    💝アクシャヤ・パトラ(AKSHAYA PATRA)とは

    バンガロールにあるイスコン寺院が母体の、世界最大の給食センター。「アクシャヤ・パトラ」とはインドの神話に出てくるモチーフで、サンスクリット語で「無尽蔵の器」を意味する。インドのと公立学校(Government School)は、州によっても事情は異なるが、設備や教育施設が整っていないところが多数ある。給食がないのは序の口。小さな校舎はあれど、トイレ(特に女子トイレ)がない、教師が来ない、来ても教育方法を会得していないといった、基礎的な部分が不全であるケースも多々ある。

    2010年4月より、ようやくRTE (The Right of Children to Free and Compulsory Education ACT)法、すなわち「無償義務教育法に関する子どもの権利法」が導入されて、徐々に教育の現場は改善されつつある。少しでも公立学校の環境を整えるべく、インド全国で無償の給食を提供し続けているのが、アクシャヤ・パトラ財団だ。なお、同団体は「第21回日経アジア賞」(2016年)を受賞したことで、日本人にも少なからず知られている。

    坂田が新聞記事(西日本新聞『激変するインド』)の執筆に向けて、慈善団体を訪問すべきか、また活動を真剣に始めるべきか、やや逡巡していた2007年のあるとき。移動の車中、前を走る青いボディのバスの後部に記された文字が、目に飛び込んで来た。

    “Feeding for a hungry child is not charity. It’s our social responsibility.”

    「お腹を空かした子供に食事を与えることは、チャリティ(慈善)ではありません。我々の社会的責任です」

    この言葉が、社会奉仕活動を始める契機のひとつとなった。のちに、アクシャヤ・パトラを訪問した際、このバスが同団体のものだったとわかり、感じ入ったのだった。

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    【アクシャヤ・パトラに関連する記録】

    遍くこどもに給食を。食事が育むインドの未来。(2012年9月)
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/2012/2012/09/nohunger.html

    飢えが理由で教育を受けられない子供を、この国からなくすために。(2018年4月)
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/mss/2018/04/akshaya.html

    「ハーレー・クリシュナ!」クリシュナ生誕祭の祝典へ(2018年9月)
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/2018/2018/09/krishna.html

    【今回のイヴェントに関連する動画】

    ◉ミューズ・クリエイション8周年記念アルバム ①創設背景②慈善団体訪問③イヴェント

    ◉アクシャヤ・パトラの紹介(日本語)

    ◉今回のチャリティ・イヴェントのご紹介

    ◉BOLLYQUE代表の千晴さんとYoutuberの眞代さんとのインスタライブ

    ◉おまけ/アクシャヤ・パトラの母体であるイスコン寺院で『千本桜』を踊る

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    🇮🇳インドのナイチンゲールと称されてきた伝説的な歌い手、ラタ・マンゲシュカルが今日、92歳で他界された。COVID-19に感染されたようだ。1972年以降、70年に亘り、プレイバックシンガーとしてインド音楽界に貢献、無数の映画音楽をも彩ってきた。

    インドのメディア、ソーシャルメディアは今、彼女を悼む記事や言葉の海だ。

    彼女の偉大さは、その艶やかで麗しい歌声だけでない。ヒンディー語やマラティー語を中心に、36を超えるインドの言語に加え、外国語の歌もレコーディングしてきたことにもある。ギネスブックの「Most Recording(最多録音歌手)」にも掲載されるほか、国内外でさまざまな賞を受賞されてきた。今ごろは天国を、その歌声で満たしていることだろう。

    大ヒットしたインド映画『LOVE IN TOKYO』(1966) の主題歌『SAYONARA SAYONARA』を歌ったのもラタ・マンゲシュカル。会うなり「サヨナラ」という年配インド人がいるのは、この歌の影響。この動画、フランク・ロイド・ライトの手なる旧帝国ホテルが映り込むなど興味深い。

    わたしが一番好きな、JANA GANA MANA(インドの国歌)は、A. R. ラフマーンの編曲によるもの。いくつかのヴァージョンがある。本当に、美しい。

    作詞作曲/ラビンドラナート・タゴール
    編曲/A. R. ラフマーン
    歌唱/ラタ・マンゲシュカル

    米国在住時、長距離ドライヴの車中では、よく歌った。夫は決まって「カビ〜カビ〜」に始まる曲を口ずさんだが、私は原曲を知らぬまま歳月は流れた。去年この曲だと知り、超絶音痴な夫が歌っていた曲とは別次元の旋律で驚愕した。これもまたラタ・マンゲシュカルの歌声。

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    インドの時事をいち早く反映するAMULの広告。かつては毎週水曜日に出されていた広告だが、このごろは頻繁に見かけるようになった。昨日も早速、訃報を届けていた。

    🙏合掌。

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    🇯🇵今日のランチは特製うな丼。熊本産福岡経由インドのうなぎ @maindish.inは、私と同じ経路にて。滋味ある日本米はアラハバード有機農業組合の合鴨農法あきたこまち。合鴨農法を伝授された古野隆雄氏の拠点を辿れば、母方故郷の嘉穂郡桂川町。インドにいながら、我が源泉が近い。

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    🌸春の到来を知らせるバサント・パンチャミ(Basant Panchmi)

    ハリヤナやビハール、西ベンガルなど、北インドの複数の州において、今日は「バサント・パンチャミ」と呼ばれる春の到来、そしてサラスヴァティー(サラスワティ)を祝するお祭りだ。年中、温暖な南インドの州では、あまり馴染みがないが、今年も朝から、WhatsAppを通して、友人から、 “Happy Basant Panchami!”のメッセージが届く。

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    個人的に、サラスヴァティーは好きな神様で、さまざまにご縁もあることから、家にはラジャ・ラヴィ・ヴァルマが描いた麗しい絵を飾っている。

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    サンダルウッドのサラスヴァティーは、わたしが移住した当初、著名な歴史学者であり、文化人類学者だった親戚のLotika Varadarajanが、偶然にも贈ってくれたものだ。

    Lotika Varadarajan
    ➡︎ https://thewire.in/society/lotika-varadarajan-obit

    サラスヴァティーは学問や芸術を司る、弁舌と知恵の女神で、4本の腕を持つ。1組の腕には数珠とヴェーダ(聖典)、もう1組の腕に弦楽器のヴィーナ(琵琶の起源)を持っている。MUSEとは、ギリシャ神話で9人の女神の総称だが、サラスヴァティーは一人でそれを引き受けている感じだ。

    サンスクリット語でサラスヴァティーとは「水(湖)を持つもの」の意。水と豊穣の女神でもあることから、川辺や湖畔にたたずむ姿が描かれる。白鳥あるいは孔雀が乗り物で、白い蓮華に腰掛けている姿は、いかにも優美で美しい。また、サラスヴァティーはゾロアスター教のアナーヒターと同起源でもあるそうだ。

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    🌸ラジャ・ラヴィ・ヴァルマ描くサラスヴァティーを、明治時代の日本で作られたタイルに見る

    インドを知る多くの人が、ラジャ・ラヴィ・ヴァルマの絵画を目にしたことがあるだろう。彼は、絵画を通して、神々の姿を具現化。貧富の差を超え、遍く人々に版画で芸術の世界を広めた伝説のインド画家だ。

    高貴な出自である彼は、英才教育を受け、想像力を育むに申し分のない環境のもとで育った。宮廷画家としてその名を馳せ、インド国内を放浪して多くの貴人を描いた。その一方、印象深いのは、自らの絵画を大量にリトグラフ(版画)印刷し、その絵を貧しい人たちにも普及させたこと。

    わたしの友人であるギタンジャリ(Gitanjali Maini)は、ラジャ・ラヴィ・ヴァルマの作品を保護し振興するNPO、The Raja Ravi Varma Heritage FoundationのCEOだ。故に、昨年、オンラインでのイヴェント「ミューズ・チャリティフェスト2020」を実施した際、数本の動画を提供してもらうことができた。その中の1本はラヴィ・ヴァルマ本人の生涯をたどる動画、もう1本はラヴィ・ヴァルマの末裔であるラクミニ・ヴァルマの動画だ。

    人々が信仰する神々を色鮮やかな色彩とともに具現化したラジャ・ラヴィ・ヴァルマ。当時の芸術界では間違いなく斬新な発想であり、周囲からの批判も多かったのではないかと、容易に想像がつく。この動画を見たことで、彼の生き様がより、魅力的に、興味深く思えてきた。

    さて、彼の描いた絵画をもとに、明治時代の日本で作られてた「タイル」が無数にある。新居の準備に際して購入した調度品にと、骨董品店を通してかなりのタイルを購入した。これはそのうちの一枚。ラジャ・ラヴィ・ヴァルマや和製マジョリカ・タイルについては、詳しく記しているので、関心のある方はぜひ下記をお読みいただければと思う。

    🇯🇵日本から来ました! 欧州発、日本経由インド。旅するマジョリカ・タイル。
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/2021/2021/09/tile.html

    🇮🇳インドの神々を描いた伝説の画家ラジャ・ラヴィ・ヴァルマ
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/library/2021/07/raja.html

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    🌸英国で印刷されたラジャ・ラヴィ・ヴァルマの絵画ポストカード

    これも先日、骨董品店で購入した古いポストカード。印刷の具合と紙質、保存状態のよさに感嘆して購入。こんなにもたくさんのカードをどうするんだという気がしないでもないが、ただ、眺めるだけで楽しいのだ。このカードについても、書きたいことがありすぎるのだが割愛。

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    🌸夫方の祖父とサラスヴァティー。彼はまた鉄鋼ビジネスで、わたしが生まれた1965年に、日本へも訪れていた

    インディラ・ガンディ元首相と写っているのは、夫の母方の祖父。実業家であり、政治家でもあった祖父は、鉄鋼会社、製糖会社など複数の会社を創設した。現在は、いずれも夫の従兄弟が継いでいるが、製糖会社の名前が「サラスヴァティー・シュガー・ミルズ/Saraswati Sugar Mills」というのだ。

    我が夫曰く、インドの実業家の多くは、富の女神ラクシュミを祀る人が多いが、祖父は金銭的利益もさることながら、「知恵や芸術」を重んじていたが故、サラスワティを冠していたという。

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    これは、祖父の書斎かけられていたというタゴールの石膏蔵。2020年、義父の他界時にデリーの家の片付けをした際、撮影した。

    印パ分離独立の直前にラホールからデリーに移った夫の祖父の人生は、あまりにも波乱とドラマに満ちており、十分、映画になるストーリーだ。祖父のことについても、いつかきちんと記録に残しておきたいと思う。

    もしも彼が日本を訪れていなかったら。そして以下のエピソードがなかったら、我が夫はわたしに「ひっかからなかった」かもしれない。

    🌸日本を訪れていた祖父。「名言」に影響を受けていた我が夫(2020年2月の記録より転載)

    「世界で最も幸せなことは、アメリカの家に住み、フランス料理を食べ、日本人の妻を持つこと」

    「世界で最も不幸なことは、日本の家に住み、アメリカ料理を食べ、フランス人の妻を持つこと」

    結婚前には一度も口にしたことがなかったこのフレーズを、結婚後、たびたび持ち出すようになった我が夫。子供のころから、母方の祖父に聞かされていたという。

    故に米国在住時、わたしとともにフランス料理を食べているときには、彼は世界で最も幸せ者だったというわけだ。

    ピストルを携え、大金入りの鞄を車に詰め込み、分離独立直後の印パ国境地帯を猛スピードで走り抜けた祖父。最早、我が脳内では『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』的な映像が展開されているその祖父が、かように軟派な発言をしていたことに違和感だ。

    しかし、先日、ランジート伯父にその件についても問うたところ、事実であった。

    「そうそう。親父はその話をよくしていたよ。KAWASAKIに行ったあとからだから、日本人から聞いたんだと思うよ」

    川崎!?  ゴッドファーザーな祖父もまた、日本に行ったことがあったとは。わたしばかりか、夫さえ知らなかった。現在はランジートの息子、即ちアルヴィンドの従兄弟が継いでいる、祖父創業のISGECという鉄鋼会社及び製糖会社は、今でこそ日立造船や住友金属などと仕事をしているが、祖父の代から日本と関わりがあったとは知らなかった。

    「親父と僕は、1965年ごろ、何度か川崎に行ったよ。当時はビジネスに発展しなかったけどね」

    わたしが生まれたころ、事業家であり政治家でもあった祖父は日本に足を運んでいたのだ。実は、マルハン実家には、母方祖父の思い出の品々も残っており、その中に日本的なものが散見され不思議に思っていたのだが、腑に落ちた。

    🇮🇳🇯🇵8月15日。インドの独立記念日と日本の終戦記念日が同じ日なのは偶然ではない。印パ分離独立を巡る我が家族の物語など。

    〜夫の母方祖父の話が、映画並みにドラマティック。インドに関心がある方はぜひご一読を〜
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/library/2021/08/815.html

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    🌸弁財天の起源としてのサラスヴァティー。我が故郷の名島神社(宗栄寺)の名島弁財天

    転じて、サラスヴァティーと、日本とのご縁。七福神の一人である「弁財天」は、サラスヴァティーが、その起源。大黒天、毘沙門天も、ヒンドゥー教の神様が起源である。

    以下の写真は、十数年前に一時帰国した際、実家の近くにある名島神社を訪れたときのもの。わたしが子どものころから、両親が毎月のように詣っていた場所だ。この名島神社に隣接する宗栄寺に、弁財天が祀られている。そもそもは、名島神社とともに祀られていたが、明治の神仏分離令(←この間の仏教セミナーで言及したばかり)により、「宗栄寺」に分けられたという。

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    🌸おん そらそばてい えいそわか oṃ sarasvatye svāhā

    弁財天の真言である「おん そらそばてい えいそわか oṃ sarasvatye svāhā」の「そらそばてい」とは、「サラスヴァティー」のことである。

    弁財天ではまた、蛇も祀られている。ゆえに巳年のわたしとしては、ここにもまた少なからず、ご縁がある。

    そして一隅にある宝篋印塔(ホウキョウイントウ)。これは、インド史上唯一、仏教を国教としていた時代の統治者、アショーカ王に縁がある。これもまたセミナーで触れたばかり。書きはじめると尽きないので割愛するが、ともあれ、歴史を遡れば、日印の繋がりの多さ、地球の丸さを思い知る。

    最後の写真は、名島の海。昭和6年(1931年)9月17日。今からちょうど90年前。リンドバーグ夫妻が世界各国親善訪問飛行の途中、かつてここにあった「名島水上飛行場」に飛来した。

    幼いころのわたしは、水平線を見るのが好きだった。太陽が照りつける水面に、トビウオが飛ぶさまを、眺めたころの懐かしき。

    うみは ひろいな 大きいな 月がのぼるし 日がしずむ
    うみはおおなみ、あおいなみ ゆれて どこまで つづくやら
    うみにおふねを うかばして いってみたいな よそのくに。

    海の向こうにある世界を想像すらできず、ただ水平線を眺めていたころ。子どものころの好奇心を満たしながら、今のわたしは異郷で生きている。しかし海を越える以前から、異郷の文化は、ひどく身近にあったのだ。

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    Twitterより転載

    ◉米国在住時に読んだジュンパ・ラヒリのInterpreter of Maladies/停電の夜に。ベンガル系インド人の両親のもと英国に生まれ、幼少時にボストンに移住した彼女の世界に引き込まれた。NRI(非インド在住インド人)のライフを通し眺めるインド。学生時代をボストンで送った夫の背景と重ねながら読んだ。

    スクリーンショット 2022-02-04 午前10.59.39

    ◉バンガロール移住直前のホームページの記録/このころはまだ、インドに対してある一定の情趣や幻想を抱いていた。でもってバンガロールを英語発音に近いバンガロアと呼んでいた。そして今となっては「神の恵みの家」の物語を思い出せない。記憶力。

    【インド彷徨】
    ➡︎http://www.museny.com/2005/india/28.htm

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    ◉そしてボンベイ

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  • MCFmovie109.001

    💃BOLLYQUEのチャリティ・イヴェント告知を兼ねた、代表の千晴さんとの「軽めのインスタライブ」をやるはずだったはずが、録画を見直したら、やたら濃かった。眞代さんも参加してくれて、さらに濃くなった。「語り合う」と書いているが、ほぼ全体的に、坂田が暴走している。せっかくなので編集してYoutubeにアップロードした。お楽しみください。

    [CONTENTS]

    ・Bollyque代表の千晴さん登場
    ・なぜパワフルに踊れるのか
    ・Bollyqueとの出合いと変化
    ・インドで参った事件(質問回答)
    ・インドの服は何着持っているか(質問回答)
    ・昨今のインドのファッション
    ・バンガロールに、おいで!
    ・眞代さんも登場
    ・サリー警察になりたい
    ・慈善団体訪問もしよう
    ・福岡*バンガロール計画
    ・眞代さんと坂田の故郷はかなり近い
    ・福岡(九州)とバンガロール(インド)交流
    ・インド人にとっての日本料理。それは昭和の日本人にとってのアルデンテ
    ・教えて! みほ先輩! 背景
    ・動画作るの、ほんと大変!
    ・次回は「からゆきさん」の話題
    ・最後にごあいさつ
    ・BOLLYQUE FESTAの告知/必見!

    💝ぜひイヴェントにご参加を!  詳細&お申し込みはこちらから
    目指せ、免疫力アップ!インドに学ぶ健康な身体作りを実践
    ➡︎ https://camp-fire.jp/projects/view/490095#

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