インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    💃子どものころ、繰り返し見ていた夢。いくつもの支柱。広い窓から夕陽が差し込む回廊。あたりがピンク色に染まるその空間で、きらびやかなドレスを着た女性が、長いスカートの裾を翻し、クルクルと回りながら踊っている……。

    当時のわたしは、その夢の中で舞い踊る女性は自分で、シンデレラのような、西欧の「お姫様」の類だろうと解釈していた。

    小学生になったころにはもう、見なくなっていた夢なのだが、数年に一度、ふとした拍子に、その情景を思い出してきた。今でも朧げに思い出せる。

    2004年、初めてラジャスターン州のジャイプールを訪れたとき、この夢を思い出した。ひょっとして「夢」の舞台はここじゃないだろかと思った。鳥肌が立つ思いがした。

    どういう妄想?! と、笑われるのを覚悟で記しておく。

    その前世のわたしは「お姫様」だったのではなく、ひょっとして「踊り子」だったのだろうかと思い至ったのは、2018年、ジョードプルで毎年2月に開催される「World Sacred Spirit Festival」に赴いたときだ。

    わたしの意思や願望が及ばぬ遠い場所からの強い指令によって、故郷の福岡から東京、ニューヨーク、ワシントンD.C.を経てインドへ移住することになった。その経緯には、わたしの「前世」さえも影響していると思わずにはいられない。

    そんな次第で、今世においては、半世紀を生きてようやく、「踊りたい」衝動が湧き上がって止められず、三半規管が弱くて回れないのに、膝が痛いので無理はできないのに、ついつい踊ってしまうのだ。

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    昨日、友人からの招待で、スーフィーの音楽を奏で歌うミュージシャンのライヴに招かれた。

    初期イスラム教の神秘主義思想家たちによる教団としてのスーフィー。彼らにとって、音楽は神との合一を果たすための、修行のひとつだという。旋律に合わせてグルグルと旋回する「セマー」と呼ばれる舞踏もまた、修行だとのこと。

    宗教と音、音楽は、密接に関わり合う。彼らの声を、楽器の音を聴いていると、無意識のうちに魂が歓喜する。

    カクテルで友人たちと会話を楽しんだ後、ラジャスターンから訪れた楽団の演奏を聞く。最初は座って聴いていた観衆だが、中盤からは踊り始める。男性は、用意されていた白いスカートとシャツを着て、くるくると回りながら踊り出す。

    普段のパーティのボリウッドダンスとは異なる類の、しかし結局は皆、嬉々として屈託なく踊る。

    北インドの料理もおいしく、毎度、飲んで食べて語って「聴いて」踊っての、濃密に楽しい夜。この年末、旅行の予定はないがゆえ、バンガロールにいながらにして、旅情に浸れることの幸せ。

    ところで、昨日着用のサリーは、先日、VAYATI WEAVESの展示会で購入したベンガル地方の伝統工芸モスリン(綿織物)。若き職人起業家による手織りものだ。今回初めて着用したが、軽く柔らかく、本当に着心地がいい。

    詳細は以下のブログに記している。ぜひご覧いただければと思う。

    なお、ブラウスは、先日サリー専門店のTANEIRA(TATAグループ)で購入した既製品。幸いにも、お直し不要でピッタリサイズのブラウスが、デザインもおしゃれだったことから購入した。他のサリーにも合わせやすいデニム素材でとても気に入っている。

    昨今、若い世代におけるサリーの復興を後押ししている現象の一つに「ブラウスの自由」と「着付けの自由」が挙げられる。その点についても、後日記しておきたいものだ。

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    【関連情報を記したブログ】

    ◉聖なる音楽に浸り続けた。ラジャスターン州ジョードプル紀行
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/library/2021/12/sufi.html

    ◉数千年前に遡る。若き職人起業家たちによる伝統的な手工芸の復興
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/fashion/2021/09/hiraeth.html

    ◉SAREE RUN! タタ・グループ傘下のサリー専門店TANEIRA
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/fashion/2019/03/saree.html

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    3回目の『教えて! みほ先輩!』は、インドのいい香りな石鹸の話題など……と思っていたが、流れで「インドの言語」についてを話すことになった。なにしろ、眞代さんはヒンディー語の先生であり、公開されるチャンネルは、『ナマステMayoTV/ヒンディー語レッスン&インド情報』がテーマである。インドの言語、特にわたしにとってのヒンディー語のことなどにも早い時期に言及しておいた方がいいだろうとの思いで、今回のテーマとなった。

    思い返せば2003年9月初旬のワシントンD.C.。米国生活が長くても、英語力が覚束なかったころ。夫と大喧嘩をしているときに、「ミホは、そのままの英語力でこの先すませるつもり?! 夫の名前すら、まともに発音できないくせに!」と痛いところを突かれた。実はそのころ、ジョージタウン大学の英語コースを受けるか否か迷っていたが、フルタイム3カ月が厳しく思えて諦めていた。

    しかし、夫の言葉が契機となり、「くそぅ! フルタイムで英語の勉強やり直す!」と決め、その年の終盤は、英語学習に明け暮れたのだった。その際の研究論文に『インドの新経済/頭脳流出から頭脳循環、頭脳回帰』を選び、インドの状況を調べているうちに、「これからはインドの時代だ!」と確信した。

    2001年、結婚式を挙げるためにデリーを訪れた際「こんな国、住めない」と思ったにもかかわらず、俄然、インドに住みたくなり、結果、嫌がる夫を説き伏せてインドに移住したのだから、人生とはわからないものである。

    このとき、インドに移住するからには、ヒンディー語を学ばねばと、クラスに数回通った。しかし、今となってはもう……。ということは、動画で語っている。唯一、英語が話せなかったダディマ(祖母)も2007年に他界。誰もわたしにヒンディー語を話せと言ってくる人もおらず、今日に至っている。

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    ⬆︎これらのスクリーンショットは、みほ先輩がワシントンD.C.に住んでいた時の記録。ブログ黎明期につき、まだ使用しておらず。ホームページにブログやインスタグラム的な感じで記録を残していた、まさにソーシャル・メディアの先駆けである。

    【ナマステMayoTV/動画はこちらです】

    🇮🇳『教えて! みほ先輩! 03』 インド、驚きの言語事情(2021年12月11日)

    【関連情報/ブログやサイトなど】

    ◉ヒンディー語と、今は亡きダディマ(祖母)とわたしの交流/書き取り練習(2004年11月)
    ➡︎ http://www.museny.com/2004/india1004-32.htm

    天に召された二人との写真(2004年)……😢 ダディマ、超小さいのに、存在感は超大きかった😂

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    ◉読めない。迫力満点インドマダム@エキシビション(2008年7月)
    ムンバイ在住時の電気代の請求書のエピソードなど
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/2008/2008/07/mumbai-10ca.html

    ◉トヨタ工業技術学校卒業式/日印の狭間で。(2010年7月)
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/2010/2010/07/toyota.html

    ◉ミューズ主催「第1回ビジネス勉強会」横河インディア社長の村田努氏(2017年3月)
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/mss/2017/03/yokogawa.html

    ◉安川電機 YASKAWA INDIAのインバータ製造工場見学記(2018年8月)
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/mss/2018/08/yaskawa.html

    ◉ベンガルール総領事館主催🇯🇵日本語のブランチにて(2018年8月)
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/2018/2018/08/japan.html

    ◉カルナータカ州知事公邸RAJ BHAVANでの催しに参加。ハイティーなど。(2021年12月)
    バンガロールではヒンディー語を使う機会が少ないと言った矢先の、ヒンディー語まみれ。
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/2021/2021/12/raj.html

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    🇯🇵バンガロールで毎年2月に開催されてきた日本祭り JAPAN HABBAの記録
    そもそも、日本語を学ぶインド人の学生たちによって立ち上げられた日本祭り。パンデミック以前は、年々規模を拡大し、数千名の来訪者を数えた。メディアにも紹介されるなど、日本に関心のあるバンガローリアンの間ではよく知られる恒例行事だった。ミューズ・クリエイションが2013年から8回に亘って参加した様子を、ブログに整理している。
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/mss/japan-habba-%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%A5%AD%E3%82%8A/

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    ◉みほ先輩、本日着用のインド・ファッション/OCTOBER JAIPUR
    ➡︎ https://www.octoberjaipur.in/

    同じの、2枚買いがち……な、みほ先輩。実はこのトップは、3枚だった。非常に着心地がいいのだ。

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    🖼おまけ。世界遺産のハンピを旅行中。この服で、絵画の中に……紛れ込む。 

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    この絵画は、先日、友人の画家ジャヤ宅で撮影した一枚。新居に飾るために購入した作品のひとつだ。「ハンピのどこかで撮影した」と聞いていた。石柱が連なるこのような建築物は、ハンピにいくつもある。彼女が描いたのは異なる場所だとは思ったが、偶然にも自分が赤い服を着ていることに気づき、同じような状況で写真を撮りたいと思った。居合わせたYPO専属のフォトグラファーに絵の写真を見せたところ、彼は一瞥しただけで、この一枚を撮ってくれた。

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    🌏ラーマーヤナの神話世界に溶け込む🐒時空を超えたハンピ紀行
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/2021/hampi-journey/

    【関連情報/STUDIO MUSE 動画】

    ◉インドの宴は音楽とダンスが不可欠! 友人宅でのパーティで踊りまくる夜

    ◉パラレルワールドが共在するインドを紐解く① 多様性の坩堝インド/多宗教と複雑なコミュニティ/IT産業を中心とした経済成長の背景/現在に息づくガンディの理念

    ◉パラレルワールドが共在するインドを紐解く③明治維新以降、日本とインドの近代交流史〈前編〉人物から辿る日印航路と綿貿易(タゴールの情報あり)/からゆきさん/ムンバイ日本人墓地/日本山妙法寺

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    【BACK ISSUES/過去の『教えて! みほ先輩!】

    🇮🇳『教えて! みほ先輩! 02』 ヒンドゥー教の正月「ディワリ」(2021年11月8日)
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/library/2021/11/diwali.html

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    🇮🇳『教えて! みほ先輩! 01』 インドの可愛いマスク&グッズ(2021年10月27日)
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/library/2021/10/100.html

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    🇮🇳昨日は、夫婦揃ってカルナータカ州の州知事公邸、RAJ BHAVANへと赴いた。

    1947年に、インドがパキスタンと分離独立し、今年で75周年になる。それを記念しての、YPO主催による会合に参加したのだ。

    ドレスコードは、白い伝統衣装。わたしは白いサリーを持ってはいるのだが、どれも10年以上前に購入したもので、ブラウスが軒並み窮屈。

    このごろは、伸縮性のある既成のブラウスなどと合わせて着ていたが、どうやら白で統一した方がよさそうなので、前夜、オリジナルのブラウスのマチをほどいて広げ、アイロンをかけるという作業をする。

    インドのサリーブラウス。昔ながらのローカルのテイラーでは、後に太った際を想定して、大きめにマチを取り、約5ミリおきに縫い目を入れてくれている。窮屈になったら、糸を解いてアイロンをかければOKというわけだ。

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    この写真がそれだ。わたしは太ることを避けたかったがゆえ、その後のサリーのブラウスは、仕事が丁寧なテイラーに頼み、更にはマチに予備の縫い目を入れてくれるなと頼んでいた。
    失敗した。

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    ちなみにこの白いサリーは、2006年に母がバンガロールに来た際、マイソールを旅したときに購入したマイソール・シルク。装飾が少なめの、しかし金糸が美しい。ラジャ・ラヴィ・ヴァルマが描くところの、サラスワティ(弁財天のオリジン)が着用しているサリーに似ている。

    さて、公邸内を見学した後、バンガロールの経済を牽引する実業家メンバーの中から、数名がMy dream for Indiaというテーマでスピーチ。その後、州知事によるスピーチが行われた。
    実は近々公開の『教えて! みほ先輩!』の動画で、「バンガロールでは、ヒンディー語が必要な場面は極めて少ない」と言った矢先なのだが……州知事はヒンディー語でスピーチを始めた。しかも延々と30分以上!

    なぜヒンディー語? 無論、わたし以外のメンバーの大半は、ごく一部の海外育ちのインド人を除き、ヒンディー語を理解する。ゆえにヒンディー語でも全く問題ないのだが、しかしここはカルナータカ州。

    こういう場では、たいてい英語が話されるはずなのに……と思っていたら、州知事の出身は北インド出身で、カンナダ語は話せないらしい。

    途中で幾度となく睡魔に襲われるが、中盤、何度もJAPANとおっしゃる。話の内容が興味深すぎるが、まったく、何一つ、わからない。

    その後、緑麗しい広大な庭園で、ハイティーを楽しんだのだが、そのときに、友人たちがわたしの近くに来ては、異口同音に「州知事はたいへんな日本贔屓だ」との詳細を語ってくれる。

    ちょうど日本のバブル経済がピークの時期、州知事は日本企業と仕事をしていたらしく、日本が終戦以降、目を見張る経済成長で先進国の仲間入りをした、しかも英語ではなく「日本語」を武器にして……的な話をもされていたらしい。

    若いころに、日本と関わりのあったインド人の多くは、親日感情が強い人が多い。現在の日本が抱える社会問題や、過去30年の停滞などについてを知る人は少なく、日本は今でも優れた先進国だとの敬意を表してくれる。好意的に思われるのはうれしい反面、複雑な気持ちになる。

    ハイティーを終え、国旗が降ろされるのを眺めたあと、州知事に「わたしは日本人です」と英語で挨拶をしに行った。

    ちなみにRAJ BHAVANを訪れるのは、実は三度目だ。インド移住まもない2007年、日本人コミュニティのイヴェントやジャパン・ハッバが開催されたのだ。スマートフォンの携行さえ許されない厳重なセキュリティの現在は考えられない、出入り自由な場所だった。

    インドのホテルやモール、さまざまな場所におけるセキュリティが厳しくなった契機は、2008年11月26日のムンバイ同時多発テロ以降のことだ。

    諸々、歴史を振り返りつつ、昨日もまた、有意義な日であった。

    【過去の記録から】

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    ◉マイソール週末旅行(4) そしてパレス見学。(2006年3月)
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/blog/2006/03/4_6d16.html

    ◉盛大に日印祭り。母、インドTVデビューならず。(2007年8月)
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/blog/2007/08/tv_21cf.html

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    空が広くなった。庭が明るくなった。

    隣の土地のアパートメント・ビルディングの工事が、いよいよ終盤らしく、数年に亘って立ちはだかっていたパーティションが撤去されたのだ。

    晴れた日が続くと、あんなにも季節外れの雨が降り続けていた日々のことを忘れてしまい、眩い陽光が当たり前のことのように思えてしまう。

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    昨日の朝は、うれしい再会があった。久しぶりに日本から戻ってきた人へ、「おかえり」を言ったのだ。

    きちんとお別れできないまま、ミューズ・クリエイションの多くメンバーが、バンガロールを去った2020年。一時帰国のつもりが、本帰国になった人も少なくない。

    先日、チーム・ハンディクラフトの材料を収納しているクローゼットを片付けながら、2012年からの歳月を回想していた。これから、これらを、どうしよう……と思いつつ。

    今後の日本にとって、インドを知り、インドと関わることは、非常に大切だと強く直感する。

    世界各地でイデオロギーの揺らぎが発生している昨今。日印の文化的友好もビジネス協調も、新たなフェーズを開拓する好機だと思う。

    バンガロールに進出する企業が増え、駐在員やその家族が増えた近い将来にはまた、わたし個人の知見に加え、ミューズ・クリエイションの経験を生かす場が出てくるだろう。
    それまでは、活動のためのさまざまを、この現居に保管しておこうとも思う。
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    羽田からデリーを経由して、昨日の朝のフライトでバンガロールに到着したメンバーの吉田青年。日本土産を携えて、我が家に立ち寄ってくれた。

    初めて会った時は、高校を卒業したての18歳だった彼が、22歳になって戻ってきた。

    当初は英語の語学学校に通いつつ、ミューズ・クリエイションのセミナーや慈善団体訪問などのイヴェント、我が家でのパーティにも積極的に参加していた。

    その後、当地の大学に進学したものの、パンデミックに伴い日本へ帰国。正直なところ、もう戻ってこられないのでは……と思っていた。しかしながら、学生生活残り半年を過ごすために、再びバンガロールへ帰ってきた。

    50代にとっての3、4年は、もはや誤差みたいなものだが、20歳前後の3、4年の変化や成長は偉大だ。有意義な半年を送ってほしいと思う。

    ミューズ・クリエイションの活動にも、再び関わりたいとのことなので、先延ばしにしてきた「バンガロール/ライフスタイル・ツアー」もそろそろ実施しようと思う。まずは「インディラナガール」エリアのスーパーマーケットやショップなどを巡りつつ、視察旅行的に暮らしに踏み込むツアーにするつもりだ。

    NEW ERA。

    新たな時代の幕開けが、近づいている。

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    先日、ITCガーデニア・ホテルでのミーティングの帰りに、併設のチョコレートブティック、FABELLEをのぞいた。ITCオリジナルの高級手作りチョコレートが販売されており、カフェも併設している。

    バンガロールの老舗ホテルITCウィンザーに1号店がオープンしたのは、5、6年前だったか。当時は画期的な存在に思えたが、今やすっかり日常的な光景となっている。

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    甘いカカオの香りがする店内にて、魅惑的な粒チョコレートやガナッシュ(生チョコレート)を眺めていると、今まで目にしたことのない板チョコレートが目に飛び込んできた。

    「魅惑的なパッケージだが、中身は期待はずれ」というケースはありがちだが、FABELLEのチョコレートは、どれも概ねおいしいので、外れることはないだろうと3種類を購入。

    パッケージを開いてみた結果、ご覧の通り、見た目も美しい! そして非常においしい!

    特にアーモンドの香ばしさが格別。子供のころから「グリコ・アーモンドチョコレート」が好きだったわたしにとっては、非常に好みの味わいで、リピート確定である。

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    バンガロールには、SMOOR (Bliss Chocolates)という高級チョコレートのパイオニアブランドがあり、そこのチョコレートもお勧めなのだが、FABELLEはSMOORよりも、やや高級。確か昨年は、金箔入りの超高級チョコレートを販売してもいた。

    また2年前には、一時期、世界的に話題となったピンク色のルビーチョコレートをいち早く販売。SOOMORも直後に追随し、現在も販売されている。甘さが控えめ、フルーティな香りのおいしいチョコレート。わたしも何度か購入した。

    かつて、インドは贈答品がないと言われていたが、昨今では本当に「人にプレゼントしたい」食品や日用品が急増している。

    なお、FABELLEのチョコレートは、ホテル併設のブティックほか、オンラインでの購入も可能。詳しくは、下部に添付のサイトを参考に。

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    ところでITCは、西ベンガル州コルカタが本拠地のコングロマリット。社名のITCは、英国統治時代、1910年創業時の社名Imperial Tobacco Companyの略であった。そう。元々は国営のタバコ製造会社だったのだ。その後、1970年にIndia Tobacco Companyとなり、1974年に民営化されて以降は、正式名称もITCである。

    ITCは現在、ホテル事業や食品、FMCG(日用消費財)、IT、パッケージや製紙、アグリビジネスなど多角的に事業を展開している。実は我が家(現居)の隣の敷地は、ITCテックパーク。数年前に大きなビジネスコンプレックスが完成したが、従来ここにはタバコ工場があった。

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    我が家に隣接する、古いアパートメントに住んでいるご近所さんは「昔はこの界隈は、常にタバコの匂いがしていたよ」とのことである。絶大なる間接喫煙状態だった模様。

    話は逸れるが、ITCのアグリビジネスの一環で代表的なものに、2000年に開始されたBOP* ビジネス「e-Choupal(チョーパル)」がある。

    e-Choupalは、仲介業者の関与など、インドの農民が抱える課題に取り組むべく、ITの力を活用して、農民を支援。農作物を自社で購入して、商品化するなどの試みを20年以上も続けている。下部に同プロジェクトの20周年記念動画を添付しておくので、ぜひご覧ください。

    *Base (or Bottom) Of the (economic) Pyramid

    ◉FABBELE オンラインショッピングサイト
    ➡︎ https://itcstore.in/pages/fabelle-luxury-chocolates

    ◉20 years of ITC e-Choupal
    ➡︎ https://www.youtube.com/watch?v=bC26MSKjA1s

    ◉ルビーカカオ豆から作られたルビーチョコレート★2019年5月/『マルハン家の食卓』ブログ
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/eat/2019/05/ruby.html

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    わたしは、去年のロックダウンを機にYoutubeでの配信を開始し、インドライフに関する情報を発信してきた。チャンネル登録者数も視聴者数も極めて少ないが、数少ないコア&すばらしい方々に向けて😄、自分の思うところを発信し続けている。しかし、今年に入ってからは、制作の本数がぐっと落ちていた。

    自分でインドのあれこれを紹介する「インドはステキなものであふれている」略して「インステ」関係の動画も何本か作ったが、素材は山ほどあるのに、なかなか完成に至らない。世の中が動き出し、外出が増えると、動画作りの優先順位が落ちてしまうのが現状だ。

    各種セミナーやバンガロールの街角取材なども、アイデアは脳裏を巡り、ノートにメモは溢れるものの、大半がお蔵入り。

    そんな中、眞代さんとのコラボを始めたことで、「誰かと会話をしながらの撮影」は、モチベーションがあがるのはもちろんのこと、諸々、刺激を得られるし、新たな視界が開けることを実感している。

    『教えて! みほ先輩!』は、眞代さんのチャンネルで公開されているが、わたしも自分のチャンネル向けに、「今のインド」を語り合う企画を始めようかしらん……と、立て込む師走に現実逃避が思い浮かぶ。 

    一体全体、2020年と2021年はどこへ消えたのだ?! 

    というくらい、脳内で歳月がモヤモヤしている。これほど「モヤモヤ」😶‍🌫️という言葉がしっくりくる状況が、かつてあっただろうか、いやない。というくらいに。

    新居の準備に加え、「現居の片付け」という逃げ出したいテーマがど〜んとあるのだが、手付かずのまま今年を終えようとしている。まずい。まずいのだ。今の家も維持するとはいえ、一旦は大掃除をし、多くを新居に送らねばならない。

    そういう一切合切、我が家は妻のミッションにつき……と言いながら、昨日も現実逃避で朗らかに外出。

    さて、これらの写真は次回の『教えて! みほ先輩!』のための参考写真である。何のテーマの話をするか、おわかりいただけるだろうか。

    ふふふ。お楽しみに!

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    WORLD SOIL DAY/ Dig, Delve & Discover. A fistful of soil. @ARAKU COFFEE

    昨日は国連が制定、2015年より開始された「世界土壌デー」、すなわち「土の日」だった。その日に因んで、現在、ARAKU COFFEE で開催されている「コーヒーと綿」のコラボレーション企画に「土」をテーマに加えての勉強会とランチが催されたのだった。

    アラク・コーヒーの創始者であるマノージの社会貢献型ビジネスや、インドのフィランソロピーの趨勢については、先日も記した。また、土や農業に関しても、『深海ライブラリ』のブログにあれこれ記事を掲載している。下部に関連情報のリンクをはっておくので、目を通していただければと思う。

    さて、今回の「土や堆肥を巡る物語」はまた、極めて印象深い内容で、とても勉強になった。仔細にわたってレポートを記したいところだが、諸々立て込んでいるので、写真のキャプションだけでも残しておきたい。

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    ①「手紡ぎ/手織り」によるコットン製品ブランドとのコラボレーションに因んで、先日、アンバラで購入したアッサム地方の伝統的な「手織り/手刺繍」のファッションで出かけた。左上は、お土産にもらった「堆肥」。コーヒーと間違えないようにしないと😅

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    ②テーブルの上。土や野菜のプレゼンテーションが瑞々しくも美しい。🍅

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    ③④「ラーガ(RAAGA)」と称された展示会。バンガロール拠点のYALIというコットン製品ブランドとARAKU COFFEEのコラボレーションによる企画だ。ちなみに「ラーガ」とは、インドのヒンドゥー教由来の伝統音楽における「旋律を構築するための規則」を意味する言葉で、サンスクリット語の「色」「情熱」に由来しているという。

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    ⑤食べられる素材で作られたコーヒーと綿の旅を表すプレゼンテーション。右上は、コーヒーと綿の種子。中央右は綿の種にはじまり、開花し、綿花をつけるまでの変遷。左はコーヒー豆の変遷……という具合に。赤く色づいた果実の中に、コーヒー豆が入っている様子など。

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    ⑥ランチの前に、土に関する勉強。アラク・ヴァレーでは、コーヒーだけでなく、環境によいプロセスを経ての堆肥造りも行っている。良質の大量の堆肥を、農家へ無償で提供し、栄養に富んだ豊かな土から、コーヒーを育む。マノージはオーガニック野菜のブランドも経営しており、ARAKU COFFEEで出される農作物はそこで作られたものを使っている。滋味あふれる元気な野菜だ。

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    ⑦⑧大地の力がぎゅっと詰め込まれたようなランチメニュー。野菜はもちろんのこと、鶏肉やエビも、非常においしかった。自分では作れないような、独創的かつ健康的な、おいしい料理が楽しめるからこそ、ついついこの店の利用頻度が増えてしまう。

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    ⑨色合いも、肌触りも優しい、纏いたくなるサリーや布……。買いたくなるが、いやいや、ここ数カ月、サリーを購入しすぎたので、今回は我慢。

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    ⑩サリーがとても似合う来訪者の一人、我が夫の親しい友人、ラヴァニャ。インドのサリーブランド大手「Nalli Silk」創業一族で副社長でもある彼女。昨今のインドにおけるサリーのトレンドについて、言葉を交わす。彼女のことは、夫からよく話を聞いていたが、わたしは今回初めてお会いした。サリー&テキスタイルのビジネスについて、近い将来、取材させてほしいと思う。

    🌏「貧困の根絶」を使命に社会貢献型ビジネスを具現化。ARAKU COFFEEの足跡と背景
    『深海ライブラリ』ブログ
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/library/2021/11/ac.html

    🌏土に触れて、宇宙を思う。食、健康、美容、エコ、ゴミ、有機、農業、衛星……。
    『深海ライブラリ』ブログ
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/library/2021/06/earth.html

    🇺🇳「世界土壌デー(12月5日)」および「国際土壌年」開始に寄せる 事務総長メッセージ
    ➡︎ https://www.unic.or.jp/news_press/messages_speeches/sg/11105/

    🌱YALI
    ➡︎ https://yali.store/

    🌱ARAKU COFFEE
    ➡︎ https://www.arakucoffee.in/

    🥻NALLI
    ➡︎ https://www.nalli.com/

    📰A sensory experience of coffee and cotton
    ➡︎ https://lifestyle.livemint.com/how-to-lounge/art-culture/a-sensory-experience-of-coffee-and-cotton-111638684854504.html

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    師走初日。今朝は、今年最後のFM熊本収録。14年目を締めくくる話題は、インドの話題を超えて「歴史を学ぼう」。かくいうわたしは、学生時代、特段の思い入れがなかった歴史や地理の勉強。学ぶことの必要性、重要性を感じたのは、社会人になってからだ。

    海外に暮らしていれば、その国の歴史はもちろんのこと、母国である日本の歴史や文化の背景を知っておくに越したことはない。日本に住んでいるとき以上に、海外では「日本人であるわたし」を認識する場面が多いからだ。

    海外に出る機会が少ない人でも、今や異国との交渉なくして生きてはいけない。日本国内にいても、異文化交流は少なからずあるだろう。たまに海外旅行に出かける人ならば、旅行前に背景を下調べしておくと、旅の醍醐味は格段に増す。

    わたしが大学卒業後に上京し、旅行ガイドブックを編集するプロダクションに就職したのは昭和時代の終焉、1988年だった。新米編集者として、その年、初めて経験した海外取材先は台湾。38年に及ぶ戒厳令が解かれた翌年であり、蒋経国総統が逝去、李登輝首相が就任した年でもあった。

    台湾で、日本語を話せる年配の人と出会い、日本統治時代が半世紀も続いていたことを知る。教科書では数行でしか言及されていないその事実の「重み」を肌身で感じながら、衝撃を受け続ける取材旅行でもあった。歴史を知らなければ、編集できないと実感した。

    その翌年1989年、シンガポールやマレーシアの取材した際には、「英国統治」「コロニアル文化」「大東亜共栄圏」「昭南島」「昭南旅館(ラッフルズホテル)」といった言葉の背景を知る必要があった。

    昭和天皇が崩御、平成時代が始まった1989年はまた、日本のバブル経済がピークに達したと同時に、米ソ冷戦時代が終結、ベルリンの壁が崩壊し東西ドイツ国境が解放された激動の年だった。

    イデオロギーが大転換した重要な年でもある。

    1990年、ゴルバチョフ書記長はノーベル平和賞を受賞。そんな最中、わたしは小さな広告代理店に転職した。海外ドライヴ取材を特集記事とする昭和シェル石油の情報誌の編集をすることになったわたしは、当時、隔月で2カ国をドライヴ取材していた。今では考えられないほど、馬車馬のように働いていた。

    1991年1月、湾岸戦争の開始に伴い、海外渡航の自粛が相次ぐ中、しかし旧西ドイツのフランクフルトから旧東ドイツのベルリンまで、ドライヴ取材を敢行。その後、南フランスのピレネー山脈からアンドラ公国、スペイン国境を経てプロヴァンスを取材、稀有な経験をした。今であれば間違いなく、中止になっていただろう。

    いずれの海外取材も、当該国の歴史的背景や文化を学ぶ必要があった。無論、当時は目先の仕事で手一杯、十分な予習もできず、今思えば無知の極みで無謀でもあった。今のように情報がすぐ入手できるわけではない。何かを知ろうと思うと、図書館へ行ったり、書籍を購入したりする必要があった。

    ともあれ、社会人になった直後に、濃密な海外取材と編集作業を経験したわたしは、世界史、日本史、地理を学び、異文化に対して敬意を持って接することの重要性を身を以て体験し続けてきた。その延長線上に、ニューヨークがあり、米国があり、インドがある。

    学べば、地球を俯瞰してみやすい。偏見を持つことや隣人(隣国)との諍いの哀しさがわかる。謙虚になる。無知にも関わらず、わかったふりをして、異国や異文化や他者をジャッジすることの恥ずかしさもわかる。

    若者向けセミナーで語っているメッセージにも、歴史を学ぶことの大切さを常に掲げている……と綴るに尽きない。ともあれ、自由に飛べない今だからこそ、歴史や地理を知ろう、学ぼう。話はそこからだ。

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    年に数回、日本のアマゾンで書籍を購入している。毎回テイストが異なる。今回は、オーディオブックで聞いた『最速で身につく世界史』(角田陽一郎著)が、極めてわかりやすく印象的だったので書籍も購入した。世界史を学ぶ導入として、本当におすすめ。坂田にとっての「1989年の重要性」も理解していただけるだろう。

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    以前購入した歴史関係の書籍。パラパラとめくるだけでも楽しい。

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    今年より「手書き」を意識的に増やした。明治以降の歴史と自分史を重ね合わせて年表を作ってみた。諸々俯瞰できるのがいい。

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    我が高校時代、約40年前の教科書。世界史の教科書の序章は、一読に値する。また大航海時代の地図の、まさに極東な日本(ジパング)の位置についても、思いを馳せたい。

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    毎度、坂田の若者向けセミナーで、まとめに話しているページ。

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    このところ、『ANNAPURNA マルハン家の食卓』ブログを放置したままだったので、撮り溜めていた料理のなかからピックアップ。

    ①Honoreのサワードウブレッドに、自家製ペスト(バジルやチーズ、松の実、オリーヴオイル、岩塩、胡椒を一気にブレンダーで粉砕)を塗ってのランチ。自家製ペストは本当に便利。

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    ②きしめん? に見えるがパスタ。食材があまりなかった日、ガーリックと玉ねぎを炒め、ナスを皮の面から焼いてしっとりさせたものにパスタと上記ペストを加える。緑がない時にも野菜っぽい色が出る。器の緑も視覚効果に貢献。

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    ③この日はMaindish.inで注文した熊本産の鰻で贅沢な夕食。Gourmetgarden.inの青梗菜とマッシュルームのソテー。背後にアヴォカドもみえる。

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    ④これは何だっただろう。なにしろ毎度独創料理につき、同じものを作れる気がしない。これは豚の角煮風だが、トマトやニンニクが入っている。多分味付けは、バルサミコ酢と醤油だろう。多分おいしかった。緑欲しさに庭のセロリの葉を摘んではみたが、いまいち、合わなかった気がする。

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    ⑤このパスタも豚の塊肉を小さく切って入れている模様。トマトとズッキーニ、庭で収穫した粒胡椒など。

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    ⑥これは旅行のあとの夕食だった記憶。外食続きのあとは、さっぱり一汁一菜的な和食がいい。アラハバードの乾燥牛蒡を戻したものと、ナスが入った味噌汁。卵が入ればおいしさ格別。副菜は何かの胡麻和えに見える。なんだ? キャベツかな。

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    ⑦この間、動画で「ナスを揚げずにしっとりさせる」的なテクニックが紹介されていた。以来ハマっている。油をたっぷりめに入れた鍋に、「皮の面」を下にして蒸し焼く。我が家はル・クルーゼのタジン鍋が大活躍。弱火で加熱していると、途中でバチバチ水分が飛び散る音がするが、やがて静かになり、こんなにもしっとりと。アラハバードの甜麺醤を塗る。非常においしい味噌田楽のできあがり。

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    ⑧この贅沢な刺身食卓にも、ナス田楽が輝く。きんぴらを構成しているのはニンジンとゴボウ……ではなく、バナナの茎。健康によいバナナの茎。小脇はほうれん草のお浸し。

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    ⑨インドで日本風の細いキュウリが欲しい際には、English Cucumber, European Cucumberで探すと出てくる。蛇腹切りしたきゅうりに、胡麻油と岩塩、醤油をマリネするだけで美味! 生野菜の上に載せれば、ドレッシング的になり、野菜が進む。ちなみに、バンガロール在住の方は、韓国料理店アリランの1階にある食料品店の「自家製ごま油」をお試しあれ。自家製だけあって容器が水のペットボトルだったりするのだが、これが風味もよく非常においしいのだ。

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    ⑩これもタジン鍋が役立つ一例。我が家で丸鶏のグリルといえば、玉ねぎ、じゃがいも、にんじん、ニンニクが定番なのだが、この日はそれらがなかった模様。グリーンピーとマッシュルーム、マウンテンガーリック(GourmetGarden.in) が投入されている。味付けは塩胡椒に、たっぷりのオリーヴオイル。ズッキーニはオーヴントースタで焼いた。とうもろこしは蒸した。見た目、雑だがおいしかった。

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    ☕️Reunited with a friend after almost two years. Under this pandemic, she gave birth to a baby in Bangalore. He was four months old, and he kept smiling and looking at me. Very cute!

    👶毎度おなじみすぎるARAKU COFFEE。今日はバンガロール在住で、ミューズ・クリエイションの活動に関わってもいた友人&ベイビーとランチ。パンデミックを境に、当地を去った日本人が多い中、彼女は数少ない日本人友のひとり。

    最後に会ってから約2年ぶり。医療関係の仕事に携わる彼女にとっては殊更に、この歳月、タフだったことだろう。

    4カ月前、インドで生まれたベイビーは、わたしとペアルック状態。ずっとニコニコしていて、わたしを見つめてくれる😁 かわいすぎる。

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    ☕️ところでARAKU COFFEE。明日からオーガニック・コットンのブランドとのコラボレーションで、イヴェントが開催されるらしい。特別メニューが用意されるとのことで、この店のフードメニューを取り仕切るアディティもムンバイから訪れていた。彼女が経営するムンバイの名店@masquerestaurant にも、行ってみたい。やれやれ最後にムンバイに行ったのはいつだったか。

    🙏ああ、そういえば、今日はムンバイ同時多発テロから13周年だ。当時、我々夫婦はムンバイとバンガロールの二都市生活を送っていた。2008年11月26日のことも『深海ライブラリ』ブログに、改めて書き留めておきたい。

    ついこの間だと思っていた出来事が、どんどん歴史になっていく。

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