インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    ⬆︎Sujata and the Buddha. Sujata offers Milk Rice, Kelaniya Raja Maha Vihara (Photo by Anandajoti Bhikkhu)/スリランカにあるKELANIYA RAJA MAHA VIHARAYAの壁画。スジャータが釈迦にミルク粥を差し出している様子が描かれている。ちなみに我が夫アルヴィンドの姉の名はスジャータ。アルヴィンドはサンスクリット語で「蓮の花」を意味する。https://kelaniyatemple.lk/

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    🥛2021年9月8日、Clubhouseにてインドの乳製品事情を語ることになった。特段、乳製品に詳しいわけではないが、インド生活において乳製品は切り離せない存在につき、話題は尽きない。

    なお、冒頭いきなりマサラチャイの話に触れているのは、先日、上記のClubhouseルームでみなさんがインドのチャイのおいしさは牛乳にある……という話をされていたことから。チャイにせよ、サウスインディアンコーヒーにせよ、ミルクを入れた以上は砂糖をたっぷり濃厚甘めに、まるで「おやつ」のように飲むのが至福だ。

    さて、話をするに際しての資料をここにまとめた。あくまでもごく一部の情報だが、それでもかなりの量となった。参考にしていただければと思う。

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    【マルハン家の日常における牛乳ほか乳製品】

    マサラチャイをおいしく仕上げるコツは、スパイスのバランスもさることながら、「牛乳のクオリティ」による。以前は近所の商店で購入していたが、昨年からは、オンライン・スーパーマーケットのBigBasket.comが、毎朝、決まった商品を宅配してくれるBBDailyというアプリによるサーヴィスを利用している。

    【インドの牛乳がおいしくて濃厚な理由】

    インドの牛乳がおいしい背景を一言で語るのは難しい。尤も、日本人駐在員のご家族など、インドの牛乳が苦手という人も多かった。しかしわたしをはじめインドの牛乳が好きだという人も多い。

    インドの牛乳は、沸騰させてレモンを加え分離させればパニール(カッテージチーズ)が作れるし、煮沸後の上に浮かんだクリームは「生クリーム」としても使える。生クリームを攪拌し続けるとバターにもなる。

    それは乳脂肪分がたっぷり、しかも「乳脂肪分が分離する」牛乳だからこそだ。

    今回わたしも初めて知ったのだが、日本の牛乳が分離せず均一なのは、「ホモジナイズ」homogenize されているからだという。乳中の脂肪球に圧力をかけて砕き小さく均質化されていることから、分離することがない。「ホモジナイズ」された牛乳が、即ち「ホモ牛乳」と呼ばれるもの。

    一方、インドで普及している牛乳はこの処理がされていないため、分離する反面、クリームの層ができる。日本でも「ノンホモ牛乳」と記されているものは、ホモジナイズされていない牛乳だとのこと。

    インドの牛乳は一般に煮沸して使う。なおToned Milkは、乳脂肪分が少ないもの。Double Toned Milkは煮沸せずに使えるともきくが、確証はない。わたしはフルクリームの濃厚な牛乳を煮沸して使用。濃い味が好きだ。

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    ⬆︎BBDailyアプリの最初の画面。前日の夜10時までに予約すれば、翌朝届けられる。ここからまず、Milkを選ぶ。バンガロールの場合、ビニル袋入りが主流。

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    ⬆︎取り扱う牛乳の種類も豊富で、オーガニック、A2タイプ(お腹がゴロゴロしない)、スキムミルク、バターミルクなどさまざま。最近でこそ、ボトル入りで殺菌済みの牛乳も普及しはじめているが、インドの牛乳の主流は「ビニル袋入り」で、自宅で煮沸が必要。煮沸するのは面倒だが、個人的には、こちらの方が断然おいしいと思う。チャイやミルクコーヒーはもちろん、プリンやムースを作ったり、シチューを作るにも、濃厚な牛乳はいい味を出してくれる。

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    ⬆︎ヨーグルトは、パンや卵、デイリーの項目から選ぶ。こちらも種類豊富。

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    ⬆︎写真の鍋は、ミルク煮沸用。二層式になっていて、注ぎ口から水を入れ、本体に牛乳を注ぐ。外側の水が沸騰すると、その際にホイッスルが鳴るので、吹きこぼれを防ぐことができるという優れものだ。詳しい使用法は、下部の動画(インドでの健康管理/免疫力を高めよう)で説明している。

    防腐剤が使われていない牛乳なので、購入したらすぐ煮沸し、一両日中に消費するのが理想的。最初はほの甘くておいしい牛乳が、日を重ねるにつれ、風味が落ち、やがて苦味が出て、腐敗……というプロセスをたどる。

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    ⬆︎なお、暑い季節は腐敗が早く、加熱したときに、ヨーグルトのように分離する場合がある。それは明らかに腐敗している証拠なので、処分されたし。なおBBDailyは、カスタマーセンターにメッセージを送ると、即返事がきて払い戻ししてくれる。仕事が異様に早い。

    かつてBigBasketの創業者夫妻とパーティで話をしたが、彼らがカスタマーセンターに重きをおいていることなど聞いていたこともあり、納得のサーヴィスだ。BBDailyは、野菜や果物、パン、スナック菓子のほか、インドらしくプージャ(儀礼)の際に使う線香や花なども販売している。

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    ⬆︎ヨーグルト(CURD)もビニル袋に入っているものがあるので、牛乳と間違えないよう要注意。写真の赤いパックは、素焼きポット入りともどもヨーグルト。

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    『マルハン家の食卓』 乳製品を含むマルハン家の食事情が満載のブログ
    ➡︎https://museindia.typepad.jp/eat/

    以下の写真はブログから、乳製品を使ったお菓子などのごく一部を転載。

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    ⬆︎ロールケーキに不可欠な生クリームは、バンガロールではおなじみの乳製品会社Nirgilisのビニル袋入り、もしくはMilkyMist。新鮮すぎるとサラサラ、しかし賞味期限は4、5日。輸送中に固まる、最初から酸味が強いなど、諸々安定しないコンディションながらも、新鮮でおいしいことが多い。たまに外す。購入するタイミングなどの見極めが肝要。

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    ⬆︎新鮮生クリームが入手できない場合は、Amulのホイップクリームを代用。悪くない。むしろ酸味が苦手な人には、これが安定したまろやかさに感じるかもしれない。

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    ⬆︎バンガロール市街北部のイタリア系キリスト教会に併設されているチーズ工房。ここで新鮮な水牛乳を使ったフレッシュチーズが作られている。以前見学にも訪れた。詳細はブログにて。

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    ⬆︎高級ホテルの朝食ブッフェの一例。前日に仕込まれた素焼き入りのヨーグルト。表面がクリーム状になっているのがいい。

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    ⬆︎最近、リヴァイヴァルなコンセプトで誕生したクルフィ(インドの伝統的なアイスクリーム)のブランド。フレイヴァー付きではなく、わたしは原材料が牛乳と砂糖だけの円盤型クルフィが好み。

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    ⬆︎ムンバイ在住時の2008年からお気に入りのNaturalsの鮮度勝負なアイスクリーム。マライ(牛乳)のさっぱりながらも濃厚な味わいが美味。

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    ⬆︎友人がバンガロールで立ち上げた本気なイタリアンのチーズブランド。たいへん美味。

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    ⬆︎自家製パニールでのインド料理作り。Nilgiri’sのFull Cream Milkを沸騰させ、レモン汁を加えて牛乳を凝固させてパニール(チーズ)を作る。牛乳を分離させて濾したあとの乳清は、チャパティを作るとき、ATTA(無精製の全粒小麦粉)に加える。すると生地がもっちり柔らかくなる。

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    ⬆︎かつて、ミューズ・クリエイションの週に一度の集いでは、十数名から多い時では30名以上が集まって活動していた。毎週のように、お菓子などを準備していたあの情熱はなんだったか。これはカスタードクリームと生クリームが決めてなフルーツタルト。

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    ⬆︎ロールケーキと同じ材料で、平たいまま重ねたショートケーキ。これが本当においしいのだ。

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    ⬆︎2001年、我が結婚披露宴@デリーでの一コマ。上がクルフィ、下がクルフィーに添える素麺風。結婚に関する記録はブログに残している。この日の記録は下のリンク。

    【DAY 06】結婚のイヴェントその④ホテルのバンケットルームで披露宴(レセプション)
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/library/2001/07/day06.html

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    ⬆︎10年以上前の写真。ムンバイにあるPARSI DAIRYの円盤型クルフィー(インドのアイスクリーム )。ミルキーで濃厚で、ひたすらおいしい。

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    ⬆︎インドにおけるミルキーなスイーツの本場といえば、コルカタ。中でもわたしが好きなのはミシュティ・ドイ。焼きヨーグルトだ。ベンガル語では、ダヒをドイと呼ぶ。バンガロールではKC DASが有名。甘くてクリーミーでおいしい。甘すぎ上等。ちなみにKC DASはチャーチストリートの西端、ハードロック・カフェの向かいにある。バンガロールで最もおいしいミシュティが揃っている店。おすすめ。

    【インドにおける乳製品の歴史】

    ◎紀元前3000年ごろ/「ヴェーダの賛歌」の中にチーズをすすめる一節
    ◎紀元前2000年ごろ/経典にバターらしきものが作られたという記録
    ◎紀元前500年ごろ/釈迦が絶食の厳しい修行の後、衰弱していた際、スジャータという村娘がミルク粥を供する。これにより命を救われた釈迦はその直後に悟りを開いた。
    ※この経緯からか、仏典・涅槃業には「牛より乳を出し、乳より酪(=ヨーグルト)を出し、酪より生酥(せいそ)を出し、生酥より熟酥(じゅくそ)を出し、熟酥より醍醐(=チーズかバターオイルのようなもの)を出すが如し、醍醐最上なり」という記述があるという。

    【日本における乳製品の歴史/天皇家が端緒】

    ◎645年/大化の改新の頃、呉国(現中国)の照淵の子孫で百済からきた帰化人が「牛乳」と「酪」や「酥」を孝徳天皇に献上
    ◎701年/この年制定された大宝律令の中で、官制の「乳戸(にゅうこ)」という一定数の酪農家が都周辺に集められ、皇族用の搾乳場が設置。
    ◎927年/醍醐天皇は、法典『延喜式』の中で、諸国に命じて「酥」を製造して天皇に貢進させる「貢酥の儀」の順番や献上する容器などを制定。乳に関する「醍醐」を冠したほど、醍醐天皇は酪農に力を注いだ。
    ◎927年/日本最古の医術書『医心方』に「乳は全身の衰弱を補い、通じをよくし、皮膚をなめらかに美しくする」と古代乳製品の効用と解説が記されている。

    《五味》
    ◆仏教では、酸味、苦味、甘味、辛味、鹹味 (塩味) の5つの味を意味する。
    ◆『涅槃経』では乳味、酪味、生酥味、熟酥味、醍醐味の五味が説かれる。牛乳の精製過程で生じるこれらの味のうち、最後の「醍醐味」を涅槃(究極の理想)とした。

    ◎1727年/江戸時代、徳川吉宗が、白牛3頭を輸入し、安房の郷(現在の千葉県)嶺岡の牧場で飼育を始めた。ここで搾った「白牛酪」という牛乳に砂糖を加えて煮詰め、乾燥させたものを作り、薬や栄養食品として珍重した。

    ◎明治時代初頭/福澤諭吉は熱病で昏睡状態)に陥ったが、牛乳を飲んだら重病が治り体も回復したとの記録あり。

    ◎1900年代初頭/日清、日露戦争にて、軍隊で傷病兵の栄養剤として牛乳を飲むようになり普及が加速した。

    ◎20世紀初頭/ロシア学者のメチニコフは、長寿で有名だったブルガリア人がヨーグルトを常食していることから「ヨーグルト不老長寿説」を唱えた。その頃からヨーグルトはヨーロッパを中心に世界中に広まっていった。

    ◎1914年/京都の医師・正垣角太郎は、メチニコフの研究に感銘を受け、自らの胃腸病克服のため日本で初めてヨーグルト「エリー」を製造。自らも飲用しやがて病を克服する。

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    ➡︎https://www.alic.go.jp/content/000143284.pdf

    ◉インドの畜産業は農林水産業の4分の1。販売額の合計である生産額を見ると、酪農は畜産業の3分の2を占める。

    ◉牛1億9090万頭、水牛1億1087万頭飼養。羊6507万頭、山羊1億3517万頭飼養されているが、これらの乳はほとんどが自家消費。

    ◉1947年の独立以来、国の指針を示す5カ年計画を策定。最新の第12次5カ年計画では、酪農業に関して、品種改良や飼料供給・家畜衛生サービスの改善、在来遺伝資源の保全などが掲げられている。酪農政策は主に開発委員会によって作られており、農業農家福祉省は予算獲得や他分野との連携の役割を果たす。開発委員会は酪農協を通じて零細農家の所得拡大を目指す。

    ◉インドは乳製品の純輸出国だが、輸出額は1.3億ドル(144億円/2016年)と、生乳生産額844億ドル(9兆3714億円/2014年)の0.2%と極めて少ない。酪農は北部と西部で盛んで、上位10州は生乳生産の8割を占めるとともに、水牛乳の割合が高い。

    ◉上位10州では酪農が重要な産業であるため、高価格で売れる水牛の乳の生産を意欲的に増やしたと推察される。

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    【乳製品大手Amulアムールと白い革命】

    インドの乳業を語る時に欠かせないのは、乳製品大手Amulの存在。Amulの会長Dr.Krienは、1950年から会社を率い「白い革命」とも呼ばれるインドの乳製品流通改革を成し遂げた人物。

    Amulは、印パ分離独立の前年1946年に、グジャラート州アナンドにて創業された。アナンドは、英国統治時代のムンバイに生乳を供給する一大酪農地だったが、当時の植民地政府は、私的独占企業に集乳権を許可していたことから、酪農家たちは不当に搾取されていた。諸々の経緯を経て、当時、グジャラート州の地方政治家だったT. パテールの尽力などもあり、アナンドの酪農家たちによる酪農協同組合が組織された。

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    【Amulの参考資料】
    AMUL BUTTER GIRL/ 1967年夏。ムンバイで、アムール・ガールがはじめて広告になった日。
    ➡︎ http://www.amul.com/m/amul-topical-story

    酪農業協同組合AMULのマーケティング・チャンネルとサプライチェーン
    ➡︎ https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsds/2018/43/2018_45/_pdf

    わたしは、インド移住当初から、Amulガールが主役のアムールの広告が好きだった。特にムンバイに住んでいたころは、週に一度、水曜日に刷新されるアムールのビルボード(看板広告)を見るのが楽しみであった。

    インドだけでなく、世界の時事、トレンドを素早すぎるほど素早くキャッチして、広告にするのである。ダジャレ風コピーもウィットに富んでいて、面白い。尤も、ヒンディー語がわからないわたしには、解説をしてもらう必要がある広告も多々あるのだが、それでもなお、楽しめる。

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    ⬆︎この本は、2012年に販売されたもの。アムールの50年に亘る広告史のダイジェスト版である。この本をめくれば、インドのトレンドや時事問題が垣間みられて非常に面白い。仕事でも大いに活用させてもらってきた。現在では、インスタグラムやFacebookなどソーシャルメディアで、アムール・ガールに出会うことができる。

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    ⬆︎ボリウッド俳優やクリケット選手の登場は定番。世界情勢にも敏感だ。

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    ⬆︎町中に米国発ファストフードがあふれる現在では信じられないかもしれないが、KFCが初めてインドに進出した1995年。さまざまな問題が発生し、閉店に追い込まれている。その現状を伝える広告だ。

    閉店に至った理由は、店頭での反対運動や破壊活動のようである。鶏肉が化学物質漬けであるとか、インドの食の伝統を侵害するとか、MSG(化学調味料)を含有しているとか、さまざまな要因があったようだ。ちなみに1号店は、ここバンガロールだった。

    それから10年を経て、2005年。KFCは再度インドに進出。以来着実に店舗数を増やしてきた。ところでKFCの広告の上は、スズキのZENが発売開始されたときもの。インドは未だに日本を”JAP”と表現する人が多くて、困る。メディアでも、平気でやっているところが困る。悪意はないとわかっているのだが、微妙。

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    ⬆︎テクノロジー関連の話題にも敏感。アップル社のロゴに合わせて、自社のロゴもアップル風の書体にするあたり、フレキシブルすぎて驚く。右下の広告は、スティーヴ・ジョブスを追悼するもの。リンゴを蠟燭に、リンゴの葉を灯火に見立てているようだ。自社のロゴは、左下に小さくある。最早、アムールの広告だとはわからない暴走ぶりだ。

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    ⬆︎インドの教育熱をシニカルに反映する広告。ミッション・インポッシブル(任務不可能)にかけて、アドミッション・インポッシブル(入学不可能)。合格発表の様子が描かれており、落ちた子が泣いている。当事者にとっては、まったくもって笑えない広告だ。

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    ⬆︎ダークさではIncredible India!も秀逸だ。Incredible India!とは、インドの観光促進キャンペーンのキャッチコピーである。それを、Incurable India!(救い難いインド)としたのが、この広告。

    背景は、数年前のデリー。コモンウェルスゲーム開催を控えて、交通インフラなどが突貫工事で行われていた際、さまざまな事故が発生した。広告では、工事中の高架が倒壊した様子を描いている。

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    2012年に出版されたこの本。来年は60周年を記念して出版してほしいと切に願う!

    ちなみに最新の広告は以下の通り。これを見ていれば、新聞を読まずともトレンドがわかるほどである。

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    なお、ありがたいことに過去の広告はホームページから見ることもできる。関心のある方はぜひ。

    Amul Hits
    ➡︎http://www.amul.com/m/amul-hits

    【インドの宗教儀礼における乳製品】

    ◉本日は、ヒンドゥー教。象の神様ガネーシャの祭り(2011/09/01)
    ➡︎https://museindia.typepad.jp/2011/2011/09/ganesh.html

    【インドの乳製品に関連するSTUDIO MUSEの動画】

    インドでの健康管理/免疫力を高めよう (2) ターメリック・ミルク/牝牛の五宝ほか

    MILK MANTRA/ インド初、酪農家を支援し、乳製品の品質向上を目指すスタートアップ、ミルク・マントラ。ソーシャル・アントレプレナーシップのその背景

    南インドのコーヒー文化/伝統的なサウスインディアン・コーヒーとその楽しみ方/良質なコーヒーの新潮流/インドで購入できるコーヒー豆や、おすすめのカフェなど

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    最後に来たのはいつだっただろう。多分2年以上ぶりに、バンガロール市街東部のLeela Palace Hotelへ。

    オープンエアのエントランス。クッションを見るなり、笑いが込み上げる。今日の我が服装と、コーディネートされすぎている。

    さて、今日は月に一度のYPOのフォーラム・ミーティングだった。わたしを含めて8人のメンバー。彼女たちと出会ってちょうど4年。国内外を旅し、さまざまなイヴェントで時間を共有してきた。

    パンデミック世界に入り、オンラインでしか会えない月日が続いたからこそ、こうしてリアルに会えることをうれしく思う。

    今日は「8月のお誕生日友」と二人揃って、誕生日を祝してもらった。こうして毎年、二人でケーキを切り分ける様子もまた、未来の記憶への大切な一コマ。

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    打ち合わせの途中。

    ふと、窓の外を見やると、虹!🌈

    美しく弧を描き、輝いている。みな、一斉に立ち上がり、バルコニーへ。

    ほんの数分の麗しき劇場。虹に向かって羽ばたくは、緑色のオウム。🦜

    彼女たちと出会い、YPOの実践的なメソッドに従ってのミーティングを重ねてきた歳月は、わたしの人生にかけがえのない示唆を与え続ける。

    歳を重ねるほどに、学ぶべきことの多さを知る。若いころの傲慢を省みつつ、謙虚に澄んだ目で、物事を見つめられるよう努力したい。

    こんな時代だからこそ、我が座右の銘「囚われちゃ駄目だ」の言葉が改めてしみるのだ『三四郎』by 夏目漱石。

    自分のこれまでの感性に沿いながら、しかし変化を好機と捉えて、波に乗る。🏄‍♀️

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    曇天、遣瀬なき月曜の朝。

    だれかの呟きに、講談社の古い書籍。

    見覚えがある。ここにある。

    両親が新婚時代に買い集めた。

    日本現代文學全集。

    半世紀以上前の「現代」。

    宮沢賢治を手に取る。

    目を閉じて、本の小口に指を滑らせ、ハッと開く。

    目を開き、飛び込んでくる文字に、ハッとする。

    *******

    (コロナは八十三萬二百……)

    あの四月の實習の始めの日

    液肥をはこぶいちにちいっぱい

    光炎菩薩太陽マヂックの歌が鳴った

    (コロナは八十三萬二百……)

    ああ陽光のマヂックよ

    ひとつのせきをこえるとき

    ひとりがかつぎ棒をわたせば

    それは太陽マヂックにより

    磁石のようにもひとりの手に吸ひついた

    (コロナは七十七萬五千……)

    どのこどもかが笛を吹いてゐる

    それはわたくしにきこえない

    *******

    心の奥底で、泣けてくる。

    「コロナ」ということばから転じて。

    清らかなことば。まばゆい日本語。

    慈愛が迸ることばの連なり。

    こんなにも、美しい詩らが、深海の底。

    水面に揺蕩う毒の応酬に邪魔されて見えない。

    すくいあげねば。

    つとめて、すくいあげねば。

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    初めてサリーを着たのは20年前。ニューデリーで結婚式を挙げたときだった。

    その後、2003年にインドを再訪した際、サリーの魅力に引きつけられた。以来、各都市で、数え切れないほどのサリー店を訪れ、無数のサリーを目にしてきた。

    わたしにとっての「第一次サリーブーム」はその後、2005年にインドへ移住してから何年か続いた。2008年からの2年間、ムンバイとバンガロールの二都市生活をしていたころがピークだったか。

    ムンバイでは、今でも愛着ある何枚ものサリーを購入した。昨日着た、この絞り染めのサリーもそうだ。しかし、サリーを着用する機会は年々減り始め、伴って購入も控えてきた。

    我がインド友らは、祝祭や結婚式など「ハレの日」以外にサリーを着る人は少ない。日本人であるわたしが、しばしばサリーを着ることに、違和感を覚えていた。

    ゆえに、『インドのテキスタイルとサリー講座』を実施し、折に触れてミューズ・クリエイションのメンバーとサリーを着てランチ会をするときなど、限られたときだけの衣類となっていた。

    昨年、ヴァイオリニストのEMIKOさんとユニットSAREESを結成し、サリーを着るようになって改めて「タンスの肥やし」にすることの惜しさを感じた。

    もうすでに何年か前からは、サリーのリヴァイヴァルなトレンドが見られはじめている。サリーを超えて、インドのテキスタイルの歴史を知るのもまた面白い。「布を巡る日印の交流史」の深さもまた尽きず。

    眠ったまま放置していた「極上の書籍」2冊もまた紐解きつつ、これから少しずつ、布の情報を整理しようと思う。

    日々の記録を記した『インド百景』以外にも、過去の記録を発掘してまとめた『深海ライブラリ』や『マルハン家の食卓』など、複数のブログを書いているが、猫ブログほか、更新が滞って放置しているブログも少なくない。

    中でもインドのファッション事情を整理していたブログは、2015年で更新が止まっている。手始めに、ここに関連情報を転載しつつ、これから少しずつ、まずは自分が着ているサリーの情報から整理していこうと思う。

    ちなみに昨日着ているこのサリーは、ムンバイで2008年に購入したもの。「絞り染め」である。英語では、Tie and Dye、インドでは、バンダーニ (Bandhani)と呼ばれる。主に北部インドのグジャラート州やラジャスターン州、パンジャーブ州で作られている。

    どの伝統的な手法をとっても「紀元前数千年前」的な記述が出てくるからもう、本当に、「遥かな気持ち」にさせられるばかり。

    このサリーを購入した時の記録(2008年8月13日)もまた、ブログに記している。関心のある方はぜひ、ご覧ください。

    🥻インドの衣文化 〜布、サリー、ファッション〜
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/fashion/

    🥻絞り染めの海に、ひととき耽溺す/昨日着用サリーを購入したときの記録(2008年)
    ➡︎ https://museindia.typepad.jp/fashion/2008/08/shibori.html

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    昨夜は久しぶりにYPOのリアルなイヴェントに参加した。今日のティーチャーズ・デーに先駆け、著名な教育関係者によるパネルディスカッションに参加するためだ。

    昨年3月のロックダウンに入ってからというもの、この国の柔軟性と迅速な対応、瞬く間の変革には感嘆させられ続けてきた。若い力とそれを取り込む環境、試行錯誤 (Trial and error)が随所で発生した。

    それは教育の現場にしても然り。

    そもそも1947年の印パ分離独立以降、インドという国は、多くの人口を抱え、貧富の差も著しく、教育という側面においては「失敗続き」の点も多々ある。

    国だけではない。民間でも教育現場を向上させるべく、無数の人々が尽力している。それでも追いつかない。

    そんななか、一貫して語られたのは進化し続けるテクノロジーを速やかに「受け入れなければならない」ということ。

    このパンデミックによる環境の変化は、教育関係者にとっては極めてエキサイティングですばらしい時機でもあるのだ、という前提で話が進んだことに感銘を受けた。

    インドでは瞬く間に教育のオンライン化が進んでいる。もちろん、それに伴う「負の部分」も取り沙汰されている。

    「オンライン」「オフライン」という2つの括りで表現するならば。「オフ」で得られるべき精神的な糧、人との交流など。

    そのような負を補って余りある、しかし「現在の世界」においては、「プラス」になることが圧倒的に多いことに改めて気づかされる。

    世界のどこにいても、学びたいことはいくらでも学べる。

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    この国は、住んでいてなお、なるたけ偏見や思い込みのフィルターを外して、起こっていることを眺める必要がある。自分が「信じたい」「見たい」情報だけを追っていると、偏った現実だけが目に映る。

    無論それは、インドに限ったことではないが、しかし人口13億人を超える多様性の巨大国家を語るときには、尚更にである。

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    インドの変貌ぶり。たとえば「購買手段」ひとつをとっても。わたしが移住した当初のわずか15年前、人々は「札束」を携えて買い物をしていた。クレジットカードの普及率は低かった。

    ところが10年ほど前にEコマースが黎明期を迎えた。最初は「C.O.D.現金着払い」が主流だった。オンラインで服や靴を買うなんて……とためらう消費者が大多数だった。ところがその趨勢はわずか1、2年で変化した。

    2016年の唐突な高額紙幣刷新により、しかしデジタル決済が急速に浸透した。この延長線上にパンデミックがあり、変革を生み出す潜在力が次々に表層から湧き出ている。

    次の10年、20年を見据えて、今を構築する。2、3年おきに新たなトレンドを学ばなければならない。テクノロジーを取り込む力が大切だということも、うなずける。

    個人的にはテクノロジーが「加速」「加熱」しすぎて、人々の理解が及ばない事態への懸念を覚えるが、若者が主導権を握る趨勢が顕著な昨今のインドでは、問題ないようにも思える。あくまでも人間が「活用する側」に立ち、道徳心や倫理を慮りながら「取捨選択する能力」を保てていれば、未来は明るい。希望が持てる。

    インドにいると、地球を俯瞰できる視点でいられるのが、本当に心地よい。インド移住を決めた理由のひとつも、そこにある。

    地理的には日本よりも、ニューヨークやベイエリアの方が遠いのに、精神的にはひどく近い。この国を牽引する人々は、地球を軽やかに飛び回る。NRI (Non Resident Indian)すなわち、海外在住のインドの人々はじめ、世界各国を行き来する人たちの中にいるからこそ、柔軟性の大切さを実感できるし、学ぶことの多さを思い知らされもする。

    昨夜もまた、この国の人々が助け合う力の強さを再確認し、わたしも自分ができることを模索し、社会に貢献したいとの思いが強まった。

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    教育に関しては、思うところが多すぎて散漫な記録となったが、ともあれ、久しぶりにリアルな交流を図りつつ、勉強ができてよかった。

    関心のある方は、以下、登壇者のプロフィールをぜひご覧いただきたい。豊かな経験ある人たちの言葉は、力があり信憑性がある。

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    Pramath Raj Sinha
    ➡︎https://en.wikipedia.org/wiki/Pramath_Raj_Sinha

    Dr. Bindu Hari
    ➡︎https://www.npshsr.com/dr_bindu_tedX_talk.html

    Vamsi Krishna
    ➡︎https://www.linkedin.com/in/profilevamsikrishna/?originalSubdomain=in

    Kashyap Dalal
    ➡︎https://www.youtube.com/watch?v=RNMj_lTx6Bo

    【インド発、世界】 🇮🇳🇯🇵人生を創るNOTE/「手書き」を語り合う/ミューズ座談会シリーズ ⑤/Clubhouseの「インド縁」で出会った方々と、初の対面@ZOOM

    ✍️取材に超便利なコクヨの「測量野帳」を入手するに至った経緯については、この「手書きのススメ」動画をぜひご覧ください。このノート、本当に便利!

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    先日、友人のデヴィカに誘われ、VAYATI WEAVESの展示会を訪れた。

    若き職人起業家たちが、伝統的な手工芸を瑞々しい感性で継承。あるいは、蘇らせている。

    わずか13分の動画を通し、数千年の古からからの時間旅行が楽しめる。

    VAYATI WEAVESに携わる青年、アディティヤが口にした「Hiraeth/ヒラエス」という言葉。

    すでに存在しないものへの憧憬。帰れない場所への哀切や郷愁。

    彼はインドの豊かな布の中に、ノスタルジアを見出し、今を生きる原動力に変えている。

    日本とインドを繋いできた、一つの世界でもある「布」そして「衣類」。

    インダス文明の時代から受け継がれてきたテキスタイル 。

    宇宙を表す紋様。

    ダッカ・モスリンを巡る悲劇……。

    我が故郷福岡の、久留米絣のジャケットを通してのエピソードも盛り込んでいる。

    そして我が祖母の、若かりし頃の写真なども。

    時空も、国境も越えて、人の心を繋ぐものを、大切にしたい。

    展示会では、「30歳以下の若き10人の職人起業家」によるテキスタイルが販売されていた。

    デヴィカは陶芸が専門の芸術家。かつて日本の窯元で修行をしたこともある。ケララ州出身の彼女はバンガロールを拠点に、インド各地の職人を支援してきた。伝統工芸の継承に尽力すると同時に、貧困層女性の職業支援も行う。

    わたしが彼女と初めて出会ったのは2012年。スラムにある職業支援所を訪れた。彼女は、リサイクル・バッグの制作指導を通して、女性たちの自立を促していた。彼女はまた、1981年に創設された、インドの伝統工芸を支援、継承するデリー拠点の非営利団体、DASTKARにも深く関わってきた。

    わたしも大好きなバザールで、バンガロールで開催される展示会には必ず訪れている。その後、わたしは、彼女にさそわれて、人生で最も忘れ得ぬ旅の一つ『カシミールへの手工芸を巡る旅』にも出かけた。

    遠く離れた北インドのカシミールを活動拠点のひとつにし、頻繁に訪れてきた彼女。カシミールにおける、多種多様の伝統工芸の職人に関わる。山間の土地 PAHAALGAMでは、シェパード(遊牧)の女性たちに技術を伝える。共に現場を訪れて、彼女の活動の偉大さを実感した。

    わたしが2012年にミューズ・クリエイションを創設してからは、毎年、彼女が関わる手工芸品を販売してもらうべく、バザールに出店してもらった。すべての記録は、ブログに残している。概要欄に記載しているので、ぜひ読んで欲しい。

    さて、このVAYATI WEAVESの母体である、VAYATI FOUNDATIONも、デヴィカが関わる団体のひとつ。職人たちを支援するための実践的な仕組みが構築されている。職人たちの生業を支援するために、多くの人々が関わっている。

    VAYATI WEAVESは、若きアントレプレナーのシシーラが、2019年に立ち上げた。デヴィカは、彼らのサポートにも尽力している。インド各地の伝統的なテキスタイル技術を継承する若者き職人。不易流行。基礎や伝統を守りながら、流行を取り入れた魅力的な布の数々。

    わたしはこの展示会に2度訪問。1回目には、天然染料によるオーガニックコットンのサリーを購入。それは、奇しくもシシーラ自らデザインしたものだった。

    天然染料は元来、大量の水を要することから、決して環境にいいとはいえなかった。しかし若きエンジニアたちが、少量の水で染められる技術を開発したという。ゆえに、全体に色が淡いが、それが布の柔らかさと調和して味わい深い。

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    VAYATI WERVESでは、30歳以下の若き職人起業家たちと協調。通常は熟練された技術を持つ職人たちが業界の核となってきたが、未来を担う若い世代と共にプロジェクトを進める。インド各地の、それぞれに異なる技法と彩りのテキスタイルが集められている。

    アディティヤがテキスタイルの業界に入った理由を尋ねた。

    極めて個人的なことなのですが……僕は過ぎし日々を慈しむ暮らしが好きで、ノスタルジアは美しい感情だと思っています。昔、母が着ていた、美しいサリーを思い出します。懐かしくも美しいものを探し求める感情。Hiraethという言葉があるのだけれど。すでに存在しないものへの憧憬。帰れない場所への哀切や郷愁。それは幸せな気持ちにさせてくれるのです。

    彼らとインド各地の若き職人らを結び付けているのはデヴィカ。複数のプロジェクトに携わる彼女が支援している。カシミールだけでも、何人もの職人と関わっている。

    アジュラークAJRAKHと呼ばれる伝統的なブロックプリントの技法。このモチーフは、宇宙から着想を得ている。インディゴなど天然染料が用いられている。数千年の古い歴史を持つもので、古来、遊牧民の男性が着用していた。伝統的な文様や、イスラム教の神聖なジオメトリー(幾何学模様)などが用いられている。

    インド亜大陸は、ムガール帝国の時代、イスラム教文化が繁栄。多くの神々の偶像を崇拝するヒンドゥー教。一方のイスラム教は偶像崇拝を禁じる一神教。幾何学的なアラベスク模様での装飾が一般的だ。

    一枚のサリー(約5メートル)に4種類の柄が施されている。この日、わたしが購入したサリー2枚のうちの1枚。パルー(肩から垂らす部分)の大きな丸が気に入った。

    この幾何学模様は現代的なデザイン。一瞬、「魚?」と思ったが「花」だった。

    わたしはマハラシュトラ州アウランガバードのパイタニと呼ばれる。2000年以上の歴史を持つサリーが、現存する最も古い技法だと思っていた。今から4000年以上前の、インダス文明の時代のテキスタイルが遥かに古いのだ。先ほどアジュラークは、そのひとつ。

    この展示会の目的は「テキスタイル 」の技法をアピールするもの。金糸で彩られた絹のパイタニ・サリーは高価で一般の人は買えなかった。たとえば、このタングリアと呼ばれる技法の布。この綿には、薬品や農薬だけでなく、水も使われていない。

    これらもすべて、オーガニック・コットン。農薬や防虫剤を使わず、水も少量ですむように開発された。すべてが植物由来の染料で色付けされている。DASTKARの拠点でもあるラジャスターン州ランタンボールのブロックプリント。

    コルカタのブロックプリント。ランタンボールのブロックプリントとは意匠が全く異なる。若者らによる斬新なデザインだ。

    これは、ベンガル地方の伝統工芸モスリン。現バングラデッシュのダッカが発祥の地。英国統治時代、モスリン、つまり綿織物の、卓越した技術を持つダッカの職人たちに脅威を感じた英国人は、高度な技術を持つ職人たちの指先を、切り落とした。多くの職人が殺害されたとの記録も残されている。

    このダッカ・ムスリンの技術が生かされた、藍染、木綿のサリー。伝統的な技法の中に、モダンな花模様があしらわれていて愛らしい。1回目に訪れた時、アディティヤが日本のテキスタイルへの関心を語っていた。日本の絣(かすり)と藍染に関心があると話していた。彼に見せようと、久留米絣のジャケットを持参した。かつて西日本新聞に連載をしていたとき、取材に訪れた。

    アディティヤは大喜び。彼のドーティ(腰巻き)もまた絣なのだ。ちなみに椿柄がすてきなこの絣は、「丸亀絣織物」のもの。2017年に一時帰国した際、福岡市天神の大丸で購入した。

    実家で「発掘」していた父方祖母の写真も何枚か持参した。古代インドで発祥したとされるイカット(絣)を、祖母が身につけていた写真。ダブルイカット(経緯絣/たてよこかすり)の高度な技術が継承されているのは、インド、バリ島、日本など限られた土地だけだという。

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    ◆VAYATI FOUNDATION
    ➡︎https://www.vayatifoundation.org/

    ◆VAYATI WEAVES
    ➡︎https://www.vayatiweaves.com/

    【VAYATI WEAVESの展示会について記したブログ】

    ◉若き起業家たちが受け継ぐインドの伝統手工芸の新しい境地 (2021/08/26)
    ➡︎https://museindia.typepad.jp/2021/202…

    ◉日印の「縁」が強すぎる。サリーとテキスタイルの世界ひとつをとっても。(2021/08/27)
    ➡︎https://museindia.typepad.jp/2021/202…

    【同動画に関連するブログ】

    ◉リサイクル製品作りでスラムの女性の自立を支援 (2012/03/27)
    ➡︎https://museindia.typepad.jp/2012/2012/03/devika.html

    ◉2012年。カシミール地方の手工芸を巡る稀有な旅
    ➡︎https://museindia.typepad.jp/library/2021/06/kashmir.html

    ◉一時帰国中、福岡で久留米絣のジャケットを購入した時の記録 (2017/11/02)
    ➡︎https://museindia.typepad.jp/2017/2017/11/japan2017.html

    【同動画に関連する動画】

    ◎インド各地から108のヴェンダーが集結。手工芸品バザールDASTKAR

    ◎インド各地の洗練された手工芸品が一堂に。COVID-19禍の職人たちを支援して実現したバザール

    [シャシ・タルール博士]イギリスはインドに植民地支配の賠償をすべきか?
    ➡︎https://shanti-phula.net/ja/social/blog/?p=95795

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    It was an impressive birthday. A staycation just 5 km from home.

    自宅から、わずか5キロ先のホテルでの2泊3日。レインツリーに抱かれて、すばらしい気分転換になった。スパでのトリートメントも最高だった。

    タージ・グループのホテルと並んで、オベロイのホテルはインド各地にいくつもある。

    いずれのホテルもサーヴィスがすばらしく、気分よく滞在できるのだが、今回は特にそのことを実感した。ダイニングにせよ、スパにせよ、「若い世代」の人々が、生き生きと働いているのもまた、印象的だった。

    朝食を食べ始めていたら、昨夜の「WABISABI」のハンサムなシェフが席に来てくれて、特別に日本料理を提供してくれるという。パンケーキなどを頼んだにもかかわらず、お願いしたところ、なんとも立派な弁当ボックスが!

    実によく飲み、よく食べた2泊3日であった。

    この不安定な時代の只中で迎える誕生日はまた、自分の中の転機と重なり。実は夫もまた、昨日を最後に、今日から新しい一歩を踏み出している。
    淀みを清浄し、闇に光を灯し、苦悩を燃やし……。

    自らを取り巻く世界をできるだけ浄化しながら生きていけるよう、努めようと思う。

    枝葉を広げながら、見えない地中にもしっかりと根を張る、レインツリーの大樹のように。

    夫をはじめ、祝福してくださったみなさまに、改めて、ありがとうございます。😻

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    The surprise gift from my husband… was my friends! 😻

    The hotel decorated our room for my birthday. I changed into my favourite saree to take photos. I bought it in 2008 at when we were living in Mumbai.

    ホテルが、わたしたちの部屋に、誕生日のデコレーションをしてくれた。記念撮影をするために、着用頻度が極めて高い、お気に入りのサリーに着替えた。これは2008年、ムンバイに住んでいた時に買ったものだ。

    Aside from that, my husband was acting suspiciously. I wondered what was wrong with him. Not long after ……, our friends came to congratulate me! It was really unexpected, so I was extraordinarily happy. Thank you!

    それはさておき、夫がなにかしら、挙動不審。どうしたんだろうと思ったら。……ほどなくして、友人たちが祝福に来てくれた! 本当に予期していなかったから、格別にうれしかった。ありがとう!

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    夜は日本料理店の「侘寂/ わびさび」で夕食。わたしが日本人と知るや、若きシェフ、あるいは若きウエイターが、日本料理への情熱を熱く語る。
    「味付けはいかがでしたか?」「なにかリクエストはありませんか?」とシェフに尋ねられたので、味について個人的なコメントを告げると、真摯に聞いてくれる。

    ウエイターは子供のころに見た日本のアニメーションの影響で日本が好きになり、日本語や日本文化を学んでいるとのこと。日本のアニメはインドで20年近く前から放映されており、そこから日本に関心を持つインドの若者らは少なくない。

    「僕はいつか日本に行って、真の日本文化を学びたいんです」と目を輝かせる青年。

    「このお皿は、『金継ぎ』をイメージしているんです」

    「KINTSUGI」などという高度な日本語を知っていることにも驚く。

    生きる上での「在り方」や「価値観」が揺らぎながら変化している節目の時代。こんなときだからこそ、視界良好に、遠くを見据えて、自分が次世代のためにできることを考えたいと、改めて思う。

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    Today, August 31, is my birthday. Embraced by the great 125-year-old rain tree, I have grown another year older. In this unstable world, I would like to continue to put my health first and live each day with compassion. Thank you, everyone! Thank you, Arvind!
    鳥のさえずりで目を覚ます。ドアをあければ、レインツリーの大樹が、包み込むように枝を広げている。

    このオベロイ・ホテルが誕生したのは、今から25年前。ちょうどわたしが、日本を離れたころだ。当時、樹齢100年だったというレインツリーを取り囲むよう、「C型」に建築されたこのホテル。市街の只中、MGロードに面した場所にある、夢のようなオアシスだ。

    これまで、数え切れぬほど訪れてきたが、泊まるのは初めてのこと。滞在して初めて、このホテルの偉大なる魅力に気づいた。大地には、レインツリーの根がしっかりと張っていて、そこからもまた、力が与えられているような気さえする。

    今年もまた、無事に歳を重ねることができた。樹齢125年が、そんなに長いものとは思えなるほどに、自分も年輪を増やしている。遥かな未来を見届けるためにも。よく食べ、よく寝て、よく働き、よく遊び、元気に生きよう。

    インドでは、誕生日の本人が、周囲の人々に感謝を伝える日でもある。ゆえに自分でケーキを用意し、切り分け、振る舞うこともある。

    すでに朝食のテーブルで、シェフがケーキを提供してくれた。それでなくても、ホテルの朝食はおいしい料理が目白押しで、どれを食べようか頭を悩ませるところ。すでにお腹いっぱいながらも、美味サウスインディアンコーヒーとともにいただいた。

    みなさんにも、ケーキを一口ずつ振る舞いたいところだが……。

    後ほどダンス動画で感謝をお伝えします(←いらんて?😹)

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    Embraced by the great Raintree. 偉大なるレインツリーに、抱かれる。

    グラスに入っているのはKOMBU-CHA。最近マイブームのヘルシーなドリンク。

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