インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    インドのCOVID-19感染拡大が深刻だ。しかしWhatsApp(LINEみたいなもの)で行き交う、インドの家族親戚友人知人、そしてコミュニティの情報交換は、去年の今頃よりもはるかに、具体的で有意義で、助け合いの精神に満ちている。

    病床、酸素、血小板、入手困難な薬……。求める声が、方々から届く。瞬く間に情報は古くなるが、次から次に追いかける人がいる。手伝ってくれる人がいる。

    FacebookのCOVID-19関連グループページでも、「父の酸素が足りない。誰かデリー西部で酸素供給を」→「***にある」→「すでに足りない」→「@@@に確認を」→「今、届いた。父はなんとか呼吸できている」といった緊迫した状況が連なる。

    海外メディアではセンセーショナルな情報ばかりが流布されるが、公私を問わず、慈善団体含め、罹患者の収容施設を作ったり、無償の料理を提供したり、多方面での協調が各方面で見られる。

    昨日のClubhouseでは、そのようなことを含め語った。いたずらに恐怖心に駆られるよりも、感染防止対策を。曖昧にネガティヴな情報に振り回されるのではなく、自分が元気でいられるための何かを。わたしたちの身近にも、重篤な状況の人たちがいる。回復を祈ることしかできない。

    我々夫婦といえば、急遽、夫と二人、2度目のワクチン (Covishield) を接種することになり、今朝、病院を訪れた。普段とは様子の異なる緊迫した病院の様子。そこで延々と、日々働き続ける人々のことを思うと、心が痛い。

    今、接種から4時間以上経つが、幸いにも前回よりは身体のだるさも感じられず(少し眠たい程度)、今のところは問題ない。1本目の接種の際は、普段から健康的なライフを送っていれば打たなくても大丈夫だろうと思っていた。しかし、この変異株が猛威を振るう中、打っておいてよかったと思う。

    今朝も接種の前に、ワクチン研究の大家であるIISc(インド理科大学院)教授の義兄ラグヴァンに電話をして指示を仰いだのだが、改めてその思いを強くした。世の中の状況はどんどん変わる。素人には判断できないことが多すぎる。それを踏まえた上で、自分がこちらだ、と決めた方向で、最善の状態を導きたい。

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    👋そんな最中ではあるが! 今夜インド時間5時30分、日本時間午後9時より、アンジャリ(美樹)さんと対談をすることになった。どうしたんすか、このタイトル! と思われるのを承知で、あらかじめ「すまぬ」とだけ、書いておく。ダブルBeautyとは、美樹と美穂の「美」だということなはず😅 お楽しみに!

    姿もお声もチャーミングな美樹さんと、今夜はいつもとは違う路線で、いや、結局はいつも通りになりそうだが、インドに至った経緯などを語り合おうと思っている。ご都合の合う方、どうぞお立ち寄りください。

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    日本食料品含む食料調達先、公的機関の発信源、ワクチン情報……さまざまな情報源を一堂に集めたリンク集を作った。実は数日前に、このlit.link(リットリンク)のサーヴィスを知り、これはホームページを作るよりも圧倒的に簡単で、しかもスマートフォンから見やすいということを知り、自分用を作ってみた。なかなかに便利だ。

    そんな矢先、カルナータカ州のロックダウンのニュース。諸々シェアしたい情報がとっ散らかっているのを整理するのに好適だと思い、「COVID-19共生ポータル」も作った次第。デザインなど、改善の余地があるが、取り敢えず公開して、体裁を整える予定だ。

    🌸COVID-19共生ポータル/インド生活に便利な情報源リンク集
    ➡︎https://lit.link/musecreation

    😸坂田マルハン美穂が発信する各種情報源へのリンク集
    ➡︎https://lit.link/museindia

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    🐈やることが多くて、脳が稼働しすぎた1日の終わり。

    明日の夕方から、ロックダウンなのだ。ペースを落とせ。ペースを落とせ。と、自分に言い聞かせつつも。

    そういうときには、呼吸法も、瞑想も、むしろやる気にはならず、庭をうろうろと散歩する。せめてもの救いは、猫ら。昼寝する猫らのお腹に顔を埋めて、もふもふとなるだけで、張り詰めていた糸が緩むよう。ありがとう、猫ら。

    ところで我が家には、通称「マキシマム男」という「自らの存在感を最大限にアピールする男」が住んでいる。暮らしの片鱗を、家の随所に残す男。つまり散らかしまくる男。彼と暮らす限りにおいては、メイドの存在が重要だ。

    明日からのロックダウン、メイドに休んでもらうかどうか、まだ決めかねている。

    平日の掃除洗濯はメイド任せだが、料理は自分の仕事。去年のロックダウン以降、夫はずっと自宅で仕事。ゆえに毎日、朝昼晩、食事の準備をしている。食は命につき。

    などと言ってはみるものの、たまに超絶面倒になる。今日は夕飯を作る気にならず。しかし出前の気分でもなく。そんな次第で、パスタ1品勝負。

    たっぷりのオリーヴオイルにたっぷりのニンニク。がんばって玉ねぎ千切り。自家製の塩漬け粒胡椒。庭で摘んだパセリのみじん切り。

    バリラのスパゲッティをアルデンテに茹でて、和える。

    ……と思っていたが、今日はすばらしい隠し味が! 日本に一時帰国していた友人が買ってきてくれた「茅乃舎の野菜だし」をちりばめる。

    それだけでもう、抜群の旨味に!

    付け合わせもなにもない、こんな投げやりな一品を、「おいしい」「おいしい」と喜んで食べる夫。ありがたいといえばありがたい。

    見栄えは悪いが、確かにおいしかった。ペペロンチーノ然り、こういう具の少ないパスタは、パスタそのものの風味が楽しめて、これはこれでおいしいのだ。

    デザートにアルフォンソ・マンゴーを食べて満足。さてさて。少しCalm downして、今夜はゆっくり休むとしよう。

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    ①わたしの一番好きな、マンゴーの食べ方。ランチのあと、皮をむいて、庭を歩きながら食べる。包丁で丁寧に切るよりも、ガブッと食べる方がおいしい。庭ならば、果汁が零れても大丈夫。

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    ②わたしが何かを食べていると、必ずやってくる猫ら。マンゴーは食べなくても、一応は確認しにくる。鋭い目つきのJACK青年。

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    ③友人からたくさんいただいたアルフォンソ・マンゴー。風味がよくて、とてもおいしい。

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    ④今朝の庭。ヤシの木は、こうしてダイナミックに脱皮しながら成長してきた。ド〜ンと音を立てて落下する。周辺の植物が折れたりもする。

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    ⑤枯れたヤシの葉は、しばらくのあいだ、猫らのおもちゃとなる。庭師が来て、小さく切って、外に運び出す。

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    ⑥2007年に、この住まいを購入したときの写真。最初から植えられていたこれらのヤシの木は、わたしの背丈ほどしかなく、わたしの太腿くらいの「細さ」だった。それがもう、ぐんぐんぐんぐんと。

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    ⑦最近、ヤシの木の上部に箒のような花が出てきた。これで成長はストップか。それにしても、よく育ったものだ。

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    ⑧数年前、おいしいマンゴーを食べた後、種を植えたら成長してきた。いつになったら実をつけるのだろう。

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    ⑨ROCKY兄さんの右側にあるのは、数年前、多分植えた気がする多分アボカド。気がつけば、ずいぶん大きい。来年あたりは収穫できそうだ。

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    ⑩瞬く間……と思っているのは自分で、もうこの家に引越して14年。生きとし生けるもの、成長するに十分の歳月が流れた。木々は育つ。森は作れる。

    今年完成予定の新居。隣の敷地も併せて購入することになった。果樹を植え、ハーブ園を作り、野菜を植え、鶏を飼い、猫ガーデンを作り……と大雑把に計画中。
    終の住処となる場所は、自給自足を楽しめる家にしようと思っている。

    工期は大幅に遅れたけれど、COVID-19世界の影響で、「こうしたい」を「こうする」という決意が明らかになった。小さな森を創る。人々が集い、芸術、音楽、食、学び、語らい……を楽しめる場を創る。伝統工芸や絵画が似合う、自然にあふれる住まい。丁寧に、一つずつ、調えていこう。

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    久しぶりに、ショートブレッドを焼こうとしたら、キッチンスケールが壊れていた。

    ミューズ・クリエイションを設立した2012年に購入して以来。

    毎週のように、無数のお菓子を焼いてきた。もう十分、働いてくれたものだと思う。

    適当に「勘」で作った。形も適当。それでも、淹れたてのコーヒーと共においしい。

    このモザイクのトレイは、ムンバイ在住時、慈善団体のバザールで買ったもの。

    身体に障害を持つ人たちの作品だ。とても丈夫で、気に入っている。きっと「一生もの」だろう。

    ☕️

    今日からまたしばらくは、引きこもるばかりの日々が続く。

    長い人類の歴史を思えば、この数年の不都合は一瞬だろう。

    「世界史に影響を与えた感染症」の項目の最下段に、

    「COVID-19/新型コロナウイルス」の一行が加わるだけだろう。

    武器のない、敵が見えない、戦争。あたかも、「第三次世界大戦」のように。

    しかし、渦中にいる人々にとっては、永遠とも思える24/7。解放されない苦難の連続。

    日々、医療現場という名の「戦地」にて、心身を削りながら働く人がいる。

    昨日まで笑っていたのに、突然、死を目前にする人がいる。

    自分の暮らしすら覚束ないなか、困窮する人々に衣食を届ける人がいる。

    財宝の、名誉の、なんたるか。ましてや虚栄心など。

    ☕️

    だからもうせめて、今の自分ができることを考えよう。行動しよう。

    暴力的な雑音に、心をかき乱されるくらいなら、目を閉じよう。音楽を聴こう。猫らと遊ぼう。

    毒を吐くまい。天に唾すれば我が身に返る。

    人に何かを望む前に。どんなに小さなことでもいいから。自分にできることを探したい。

    🐎

    「永遠なるものとはなにか、それは人間の記憶である」

    「財宝がなんであろう。金銭がなんであるか。この世にあるものはすべて過ぎ行く。この世はすべて空(くう)だ」

    By オゴタイ・ハーン(チンギス・ハーンの息子)

    ◉モンゴル旅日記(1992年9月)
    ➡︎museny.com/tabimuse/mongol/mongol.htm

    1992年9月、当時東京で働いていたわたしは、10日間の休暇を取り、モンゴルを目指した。その時の出会いや経験は非常に濃密で忘れがたいものばかりだった。旅の途中につけていた日記をもとに、その年の冬のボーナスで自費出版したのが「モンゴル旅日記」だ。刷った500部は、友人、知人に配った。手元に残った本を頼りに、20年前、ホームページに転載した。未熟な表現が散見されるが、ほぼ、そのままの形で残している。

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    ……という表現が正しいかどうかわかりませんが、諸々外出規制。飲食店含む各種店舗も当面クローズ、夜遊び禁止で週末は引きこもり。全世界の状況を眺めれば、不満など口にできない。

    🙏医療関係の方々を中心とする、この状況下で延々と重責を担われている友人知人各位、心より感謝します。どうぞご自愛ください。

    ↓ ↓ ↓

    以下、在ベンガルルール日本国総領事館からのメールを転載。

    ●カルナータカ州政府は、州内における新型コロナウイルス感染症の急激な感染拡大を受けて、本日4月21日午後9時から5月4日午前6時までの間、外出規制等を強化するとの決定をいたしました。

    ●これに伴い、平日午後9時から翌朝午前6時まで、金曜午後9時から月曜午前6時までは外出禁止となります。

    ●なお、外出禁止時間中も、医療及び緊急のサービス、患者及びその付き添い者による緊急治療のための病院来院等は認められています。

    ●また、航空機に乗るための空港への移動については、パスポート及び航空券(Eチケット)の提示により許可されます。

    ●インドに渡航を予定されている方及び滞在されている方は、引き続き最新情報の収集に努めるとともに、不要・不急の外出を控え、手洗い・うがいの励行、咳エチケットの遵守、外出時のフィジカル・ディスタンスの確保等、新型コロナウイルス感染の予防のために最大限の措置を講じてください。

    1 カルナータカ州政府は、州内における新型コロナウイルス感染症の急激な感染拡大を受けて、4月21日午後9時から5月4日午前6時までの間、以下の規制を行うと決定しました。主な点は以下のとおりです。

    (1) 夜間外出禁止(午後9時から午前6時)
    (2) 週末外出禁止(金曜午後9時から月曜午前6時)
    (3) ショッピングモール、ジム、映画館等娯楽施設の閉鎖
    (4) レストラン等における店内飲食(持ち帰り、宅配は可)

    2 なお上記外出禁止時間におきましても、以下の活動は認められています。
    (1)医療及び緊急のサービス
    (2)患者及びその付き添い者による緊急治療のための病院来院
    (3)生活に不可欠なサービス及び生活に必要な物資の輸送(空の車両、宅配、電子商取引を含む)
    (4)バス、電車、航空機による長距離の移動(バス停、鉄道駅、空港への移動については、渡航文書(パスポート)及びチケットの提示により認められる

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    『バンガロール・ガイドブック』は、バンガロールに暮らす人々のため、ミューズ・クリエイションによって2019年4月に創刊されたオンライン・ガイドブックだ。

    そもそもは、わたしがニューヨーク在住時から、自分のライフにおいて考察したいと考えてきたテーマの一つ「異国で子どもを育てるということ」を、メンバー有志と話し合うことを目的として「Edu Muse」というチームを立ち上げた。ところが、最初のミーティングで、はじめに向き合うべきテーマがあることに気づく。

    数カ月の間、打ち合わせを重ねて案を出し合い、情報を集めて提供しあい、このオンライン情報誌を立ち上げた。なにしろ旧式のホームページソフトを使っていることから、内容はしっかりしているものの、体裁が地味だ。別のフォーマットに移行させるべきかと思いつつも歳月は流れ、COVID-19世界に突入してからは更新も滞り、この1年余り、眠ったままだ。

    さて、わたしは今年2月から始めたClubhouseを通し、「子どもの教育」に関するルームを訪れては、世界各地で暮らす日本人の声を聞いている。そんな中、先日、なんとなく立ち寄ったルームの主催者が、偶然にもニューヨーク在住時代の知人だったことがわかって驚いた。

    20年ぶりに言葉を交わしつつ、しかし彼も、わたしも当時と変わらず、思うところを発信し続けているということがわかり、うれしく思った。当時、彼は日系の新聞社に勤務する傍ら、個人的にミニコミ誌を発行していた。一方のわたしは、日系出版社の広告営業を経て、自分で出版社を立ち上げ、『muse new york』というフリーペーパーを出版していた。

    ちなみに昨日立ち寄った「日本文化を海外へ広める」というコンセプトの部屋でも、ニューヨーク在住の方と言葉を交わし、『muse new york』をご記憶だということがわかってうれしかった。過去と現在の往来が、このごろは頻繁だ。

    さて、この『バンガロール・ガイドブック』は、「バンガロール生活マップ」や、「バンガロール生活Q&A」など、ミューズ・クリエイションのメンバーから寄せられた、実体験に基づく情報をもとに編集されている。

    しかしながら、バンガロールに限らぬ、インド各地、あるいはインドを超えて異郷の地に生活する上で役立つ情報も掲載されている。眠らせておくにはもったいない情報も多々あるので、ぜひご覧いただきたく、下に冒頭の挨拶文を転載するとともに、『muse new york』の最終号「異国で子どもを育てるということ」という特集も転載する。ぜび、目を通していただければと思う。

    *バンガロール・ガイドブック* オンライン情報誌(2019年4月創刊) 
    インド生活に役立つコンテンツが満載です。ぜひブックマークを🔖
    ➡︎http://www.museindia.info/museindia/bangalore.html

    *内容の例/CONTENTS
    〈暮らしのための、実践的な情報〉

    ●超便利! バンガロール生活に役立つ生活マップ
    ●バンガロールでの住まい選びと、暮らしの注意点
    ●バンガロール生活〈Q&A〉食生活
    ●バンガロール生活〈Q&A〉ショッピング
    ●バンガロール生活〈Q&A〉暮らしのあれこれ
    ●バンガロール生活〈Q&A〉医療、妊娠、出産
    ●便利! オンラインショッピングを使いこなそう
    ●バンガロールでの食生活と健康管理
    ●インド生活に役立つ日本語サイトのリンク集
    ●バンガロールの各種コミュニティ、イヴェントサイト

    〈子どもの学校や教育について〉
    ●バンガロール生活〈Q&A〉育児、教育、学校
    ●バンガロール生活〈Q&A〉帰国後の教育・進路
    ●バンガロールの教育機関、学校情報
    ●異国で子どもを育てるということ

    〈バンガロールを知る。インドを学ぶ〉
    
●知れば楽しい。バンガロールは、こんな都市
    ●混在する新旧の価値観。究極の多様性国家を見つめる
    ●バンガロール歳時記:祝祭日や風物詩
    ●インドのエンターテインメントに触れ合う
    ●インド・パキスタン分離独立の背景と二大政党を知る
    ●日本とインドとの深い関わり
    ●インドの中心〈ナーグプル〉で仏教を叫ぶ

    〈インドで働くあなたへ〉
    ●日系企業のCEOによるビジネス勉強会や日系企業の工場見学などの記録
    ●インド・ビジネスに役立つ日本語サイトのリンク集

    〈バンガロールの社会問題に目を向ける〉
    ●在バンガロール日系企業によるCSR活動の実践例
    ●ミューズ・クリエイションが支援する慈善団体一覧
    
●バンガロールのゴミ問題と向き合う
    
●インフラ事情を知り、無駄のない暮らしを心がける


    〈心の健康も、たいせつに〉

    ●ストレスを抱え込まないために。メンタルヘルスケア

    ●うさぎのアリスの猫レポート(やや強引にアニマルセラピー)

    〈バンガロールを遊ぶ。インドを楽しむ。〉
    
●在住者が勧めるバンガロールのお気に入りスポット
    ●インド国内旅行、インド発海外旅行情報(リンク集)

    〈インドでは働きたくても働けないあなたへ〉
    ●退職 or 休職し、家族帯同ヴィザで赴任した妻の課題
    ●異国に暮らし働くことについて。個人的な体験と所感

    ☟以下、『バンガロール・ガイドブック』の冒頭あいさつ文を転載している。

    ◉インドに暮らす方々へ/はじめに

    インド赴任が決まった日。「やった~!」と喜び勇んで帰宅し、家族に報告。家族みんなで手を取り合い、祝杯をあげる……という人は、多分、稀だと思います。妻からは「なんでインドなわけ?」と悪態をつかれ、子供からは「毎日カレーなの?」と困惑の表情で尋ねられ、赴任前から不安を抱えている人が多いことでしょう。

    もっとも最近では、自らの意思でインドを選び、語学留学をする学生や、新規ビジネスの設立に携わる人、あるいはインド駐在を志願する人など、インドの未来に可能性を託して、この国に暮らしている人も少なくありません。

    しかしながら、住み始めれば、何かにつけて手強いインド。日本の約9倍の国土に、約10倍の人々が住む多様性の国インドでは、 宗教、地方、階級、コミュニティなどにより、ライフスタイルは千差万別です。わたしたちが日常生活を通して知り得るインドは、広大無辺の国の、氷山の一角に過ぎません。

    無数の価値観が渾然一体となって漂っている国を前にして、「一般的な日本人」は、たいてい怯み、動揺します。憤慨することもあれば、途方に暮れることもあるでしょう。インド人同士ですら、異文化を受け入れ合って共存しているこの国において、「母国、日本の常識」は、とてもはかないものです。

    それでも、縁あって暮らすことになったインド。公私を問わず、有意義な歳月を送りたいものです。この国の背景、文化や習慣などを知っているのと知らないのとでは、日常生活のあり方や、心持ちが大きく変わります。

    『バンガロール・ガイドブック』は、インド、特にバンガロールに暮らす日本人のために創刊された、オンライン上の情報誌です。日常生活に役立つ実践的な情報から、インドへの精神的理解を深め、知的好奇心を高めるべく情報に至るまで、これから少しずつ、掲載していきます。どうぞ、ご活用ください。

    ここからは、『バンガロール・ガイドブック』の編集者である坂田マルハン美穂の私事を交えつつ、創刊の背景について言及したいと思います。

    ◉インド以前。はじまりは、ニューヨーク 

    わたしは、高度経済成長期の日本に生まれ育ち、バブル経済の最中に成人しました。大学卒業後、上京。20代は海外旅行誌の編集や執筆、広告関係の仕事に携わっていましたが、英語力をつけるため30歳のとき、語学留学目的でニューヨークに渡りました。

    1年間の滞在予定だったはずが、ニューヨークを殊の外、気に入ってしまい、やがて出版社を起業、就労ヴィザを自給自足して約5年間、マンハッタンで働きました。そこで出会ったインド人男性(夫)が、わたしをインドへ導く契機となりました。尤も2001年、結婚式を挙げるため、初めて彼の故郷であるデリーに降り立ったときには「こんな国、住めない」と、思いました。

    結婚の2カ月後、米国を襲った同時多発テロを機に、わたしはニューヨークを離れ、夫が暮らすワシントンD.C.に移転。その数年後、わたしは、インドに住んでみたくなりました(詳細は割愛)。「これからは、インドが面白い」と直感したわたしは、インド移住に消極的な夫を説き伏せること1年。事前のインド旅行で「バンガロールが一番住みやすい」と思っていたところ、夫が、バンガロールで米国企業のオフィス創設に関わることが決まりました。数カ月に亘る米国ベイエリアでの準備期間を経て、 2005年11月、我々夫婦は、バンガロールへ移住しました。

    ◉1991年の市場開放を端緒に、インド社会は変化 

    1947年、久しい英国統治時代を経て、印パ(インド・パキスタン)分離独立を果たしたインドは、社会主義的政策を推し進めていました。夫の子ども時代は、電話回線を引くにも数年待ち、自家用車を購入するにも数カ月待ち、テレビをつければドゥールダルジャン(国営放送)がメインで、番組も「収穫を祈る農民の踊り」みたいなものしかなかったと言います。多少、話が盛られているかもしれませんが、夫にとって「インドは遅れた国」との印象しかありませんでした。

    1991年、 ソビエト連邦のゴルバチョフ書記長が推し進めた社会主義体制の改革、即ちペレストロイカ(再構築)の影響で経済危機に陥ったインドは、経済の自由化を図るべく市場を開放しました。その前年の1990年、米国の大学に進学し、その後、ニューヨークの企業に勤務していた夫にとって、インドは「第三世界」でしかありませんでした。「今でもそうじゃないか」という声も聞こえてきますが、だいぶ違います。

    「半年はお試し期間だからね。嫌になったらアメリカに帰るから!」

    と言いながら、かれこれ14年。 夫は、今でも母国に対し、愛憎の念が入り混じっている模様ですが、ここを離れるには至っていません。米国生活とは異なる魅力や利点も多々あるインド。わたしにとっては、米国と並んで、第二、第三の祖国です。夫の意向はさておき、わたしは今のところ、この国を拠点に、生涯を過ごすつもりでいます。

    ◉2006年からインドで仕事を開始。多彩な情報を日本へ 

    インド移住以来、わたしはインドと日本を結ぶさまざまな仕事に携わってきました。 情報誌への寄稿、 新聞への連載、ラジオを通してのレポートのほか、市場調査や日本からの視察旅行のコーディネーションなど、多岐に亘ります。

    なかでも、個人的に極めて意義深かった仕事は、日本の大手広告代理店の研究開発局に所属する女性との、10年に亘るビジネスでした。彼女からの依頼を通して、インド各地のライフスタイル、ビジネスに関わる多彩な市場調査を行い、レポートを作成し、ときには日本の本社でセミナーを行うなど、山ほどの貴重なプロジェクトに関わる機会を得ました。

    2006年から、彼女が退職した2017年にかけての、変貌著しい時期のインドを、自分の興味や関心、また単発的に依頼される仕事では決して得られない視点から眺め、調査することができたのは、わたしの人生にとって大いなる収穫でした。

    ◉情報が溢れる時世にあって、欲しい情報を得にくい実情 

    ビジネス、文化、ライフスタイルとあらゆる面において、刻一刻と変化し、栄枯盛衰が激しい昨今のインド。日本の約9倍の国土に、約10倍の人々が住む、この多様性の国ではまた、宗教、地方、階級、コミュニティなどにより、ライフスタイルは千差万別で、無数の価値観と、時代の新旧が、渾然一体と存在しています。一つの国でありながら、その濃度は欧州連合 (EU) に勝るとも劣りません。

    ゆえに、ピンポイントでの情報を、的確に得にくいのが実情です。

    インターネットの普及により、遍く情報が流通している現在でもなお、インド、特にバンガロールに関して、日本人が知り得る情報源は極めて少ないとの印象を受けます。多くの日本人がインドに対して抱くイメージは、十数年前にわたしが移住したころから、さほど変わっていないとも感じます。

    ◉駐在員夫人との会話を通して、問題点が明るみに 

    わたしは、2012年に日本人有志からなるNGO「ミューズ・クリエイション」を創設し、以来、多くの日本人(特に駐在員夫人)と関わってきました。メンバーは常時約40名が在籍し、のべ200名を超えています。

    彼女たちから異口同音に聞くのは、「インド赴任前の、情報収集の困難さ」です。バンガロールへの赴任が決まっても、まとまった情報を入手できる情報源がなく、当地での暮らしをイメージしにくいとのこと。夫の帯同で赴任したものの、知り合いもおらず、外出するのも不安で、何カ月も自宅に引きこもっていたというメンバーもいました。

    また、バンガロール赴任に際しては、特に子どもを連れて行くことに不安を覚え、悩んだ末に、単身赴任を選ぶケースが多いこということも、数多、耳にしてきました。

    一方、家族そろってバンガロールに赴任したものの、入学を予定していたインターナショナルスクールの試験に通らず、数カ月間、語学学校に通う子どもがいるという話を、数年前に聞いたときには、衝撃を受けました。

    義務教育下の子どもが、たとえ数カ月でも、海外赴任によって正規の学校に通えない状況に置かれるというのは、由々しき事態です。その状況は改善される様子もなく、未だに情報不足で、速やかに転校できない子どもがいるとのことを、昨年もまた、メンバーから聞きました。

    学生時代「国語の高校教師」を目指していた時期もあったわたしは、子どもの教育に関して、少なからず関心があります。海外に暮らし始めてからは、『異国での子どもの教育』に対する思いが、萌芽しました(詳細は割愛)。

    ◉異国に育つ子どもの未来を考える。EduMuse始動 

    わたしは、これからの日本が、真にグローバルな社会を築き上げていくに際し、海外で暮らした経験のある「帰国子女」たちが、大きな役割を果たすと確信しています。ゆえに、ミューズ・クリエイションのメンバーに声をかけて有志を募り、昨年の師走、新たなチーム、EduMuse(異国に育つ子どもの未来を考える)を始動しました。

    EduMuseのメンバーとのミーティングを通し、この『バンガロール・ガイドブック』は誕生しました。 当初は子どもの教育情報に特化する予定でしたが、「基本的な生活情報が知りたい」「住まいを決めるにも、家や学校、会社の位置関係がわからなかった」といった声があがったことから、Googleマップのオリジナル地図作成機能を利用しての『バンガロール生活マップ』を作ることにしました。また、現地での体験談が貴重だとの意見が出たことから、ミューズ・クリエイションのメンバーによる生きた情報が募られた『バンガロール生活Q&A』を作るに至りました。

    ミューズ・クリエイションのメンバーから集められる情報の編集にとどまらず、さらには、坂田が個人的に書き溜めてきた記事を整理し、有効な情報をピックアップして加筆修正をし、この『バンガロール・ガイドブック』に集約するべく、掲載することにしました。

    ◉「情報は、無料ではない」と、思い続ける一方で 

    インターネットが普及し、過去20年余りにおける情報の伝達形態は劇的に変化しました。誰もが瞬時に「活字」を世界中に発信できる世の中にあり、誰もがライターに、あるいは出版者になれる時代です。

    原稿用紙に文字を記し、それを写植(写真植字)会社、あるいは印刷所に持ち込み、紙に印刷してようやく、出版物が誕生するというワープロ以前のアナログな出版業界で仕事をした経験のあるわたしにとって、「情報は無償で誰もが得られるべきもの」だとの趨勢に、違和感がないといえば嘘になります。

    わたしはプロのライター、編集者、リサーチャーとして、過去30年以上、仕事をしてきました。時間をかけての取材や調査、あるいは経験に基づいてまとめた情報を、本業の傍らとはいえ無償で提供し続けたのでは、プロとしての矜持を保つことも困難です。

    ただ、その一方で、自分が抱え持つ知見を、セミナーなどを通して限られた人たちだけに伝えることに、限界を覚えているのも事実です。バンガロールには住んでいない、しかし赴任を目前にして、バンガロールのことを知りたいと切望している人に、リアルな情報を届けることができないからです。

    時代を経て生き続ける情報がある一方で、時の流れとともに価値がなくなる情報があります。

    わたしが10年ほど前に執筆したバンガロールのライフスタイルに関する記事を、今なお、赴任前の家族に配布している日本企業があるとの話も聞きます。10年前と今とでは、バンガロールの暮らしは劇的に変化しており、その資料の記述が現実に即しておらず、むしろ混乱を招く原因になりかねません。数年前に知人を介して、その資料の配布をやめてもらうよう頼みましたが、未だに配られているようです。バンガロールの現実的で実践的な情報が届いていないことへの懸念もまた、ひとつの契機となりました。

    個人的には、それなりに逡巡しつつ、着手を決めた『バンガロール・ガイドブック』。創刊した以上は、これからも少しずつ、改訂を重ねながら、バンガロールに暮らす日本人のために、実践的な情報をシェアしていきます。

    バンガロール在住、あるいは在住経験のある方からは、今後、情報提供などのご協力を仰ぎたいとも思っています。

    ◉最後に。読者のみなさまへの、お願い 

    もしも、この『バンガロール・ガイドブック』に記載されている情報が、みなさまの暮らしに少しでも役立つ部分があったならば、公私を問わず、金額の大小を問わず、どうぞ、ミューズ・クリエイションへ寄付をお願いします。

    ミューズ・クリエイションは2015年にCharitable Trust (NGO) の登録をしており、2017年9月には、課税控除のための資格(直接税法第80G条に基づく第12A条の証明書発行)申請を経て、「12A」及び「80G」フォームを取得しています。

    即ち、寄付金をいただいた際には、領収書及び「12A」の写しをお渡しするので、課税控除となります。寄付金は、ミューズ・クリエイションが責任をもって、ローカルの慈善団体へ寄付します。あるいは直接、各慈善団体へ寄付していただいても構いません。寄付先のご相談や、CSRに関するご相談などは、当方が無償で承ります。どうぞご連絡ください。(muse.india@me.com)

    バンガロールに暮らす日本人の生活が、少しでも快適なものとなり、日印友好、さらには日印ビジネスの活性化に微力ながらも貢献できたとすれば、幸いです。(2019年4月1日 坂田マルハン美穂)

    ☀️以下は、昨年開設したミューズ・クリエイションのYOUTUBEチャンネルにアップロードしている動画です。かつてバンガロールに暮らしていた帰国子女たちと、2度に亘って対談しています。必見です!

    🇮🇳同時期、バンガロールに暮らした3人が、当時の経験や帰国後の生活について忌憚なく語る。楽しい会話の中にも、帰国子女が抱える課題が浮かび上がる。
    *座談会開催日/2020年9月8日
    *参加者/藤田杜、清原思香、村田倫規
    *モデレーター/坂田マルハン美穂

    🇮🇳子ども時代をバンガロールで過ごした3人。今はフランス、日本で学生生活を送る彼女たちの、インド生活の体験談や帰国子女の先輩としてのメッセージなど
    *座談会開催日/2020年9月15日
    *参加者/村田桐子、佐橋愛那、太田瑚己奈
    *モデレーター/坂田マルハン美穂

    😸おまけ/子どもだった彼女たちと、大人になって歌い踊る(笑)

    【異国で子どもを育てるということ】 
    『muse new york』 最終号 2001年 秋号

    わたし(坂田)は、1999年から2年に亘り、ニューヨークでフリーペーパーを出版していました。ビジネスの傍ら、それは自己実現のような媒体でした。即ち予算がないことから、自分で取材、編集、デザイン、執筆、印刷手配など一人で行っていました。たいへんな作業でしたが、同時に有意義でした。

    2001年、インド人男性とニューデリーで結婚。ワシントンDCで働く夫との住まいと「二都市生活」を継続するなか、趣味の領域で発行を続けるには負担が大きくなったことから、ウェブマガジンに以降すべく廃刊を決めました。

    紙媒体としての最終号のテーマは「異国で子どもを育てるということ」。ニューヨーク在住時、わたしは日本人駐在員社会とはほとんど交流がありませんでした。しかし、帰国子女問題については、当時から強い関心を持っていました。同号の取材を行っていた時期の9月11日。世界同時多発テロが、わたしの住んでいるニューヨーク、そして夫が暮らすワシントンDCを襲いました。それは筆舌に尽くしがたい、衝撃的な出来事でした。

    自分の中の優先順位がバラバラと崩れ落ち、結果、わたしはニューヨークを離れ、夫と一緒に暮らすことを決意しました。その延長線上に、インドに暮らす現在のわたしがいます。

    この号を開くと、当時のニューヨークの、締め付けられるような重い空気と切迫感、焦燥感が蘇ります。それと同時に、生きているものは、未来に向けて、まっすぐに生きねばならない、次代を担う子どもに対し、大人は道標を示す手助けをせねばならないとの思いもまた、蘇ります。

    歳月は流れ、暮らす場所は変われども、異国に暮らす子どもたち、親たちが抱える課題は、当時も今も、あまり変わらないように思います。この号を編集するに際し、取材をさせていただいた方々の言葉は、今でも、誰かの心に、何らかの示唆を与えてくれるものと確信します。ここに、紙面の一部をシェアします。目を通していただければ幸いです。

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    【その他の記録】

    *東大バンガロール事務所開設と、2003年のメールマガジンで書いたこと。
    ➡︎https://museindia.typepad.jp/2012/2012/02/edu.html

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    一昨日の日曜夜。Clubhouseにて2時間余り、一人語りをした。出会った当初のエピソードは、これまでも断片的に各方面で話してきたが、じっくり語ろうと思うと、芋づる式にエピソードが出てくる出てくる。

    90分ほどに縮めようと編集をしつつ、自分の話を客観的に聴きながら、諸々、呆れる。まず話っぷりの雑さに呆れる。セミナーなどではギリギリ「きちんと」感を出しているが、あれだな。Clubhouseは、友人らを目の前にして打ち解けて話す状態そのまま。今後は、もっとエレガントに話そうと反省させられた。

    まあ、そんなことはさておき。話の内容がこれっぽっちもエレガントじゃないから、仕方ないかな、とも思う。

    よくもまあ、わたしたち、お互いに「勘違い?」みたいな出会い方で、5年も付き合い続けて、よくも結婚して、しかも未だにライフをシェアできているものよ。

    自分でも、自分の意思決定の理屈がわからなすぎて、首を傾げる我が人生。プライヴェートなエピソードの中にも、国際結婚にありがちな思い込みや先入観、インドに対する予備知識(のなさ)など、相当に奇抜な話がちりばめられている。かなり楽しめる内容となっている。

    お時間のあるときにでも、どうぞ。

    [CONTENTS]

    ・それはニューヨークから始まった。30歳のわたしは、なぜ米国へ?
    ・1年前の29歳の時、3カ月間、英国語学留学している際のひらめき
    ・1996年2月、運命を予測するような出来事
    ・「自分は大丈夫だ」と暗示をかけるように渡米の準備をしていたころ

    ・晴れてニューヨークへ。語学留学の経緯と日本男子とのルームシェア
    ・日本にいたころの、痛い&不毛な恋愛経験。1990年代のジェンダー事情
    ・初めてマンハッタンに到着した時の感激。東京での辛さとの対比
    ・アルヴィンドと出会ったときのこと
    ・出会った場所(書店バーンズ&ノーブルにあるスターバックスカフェ)の詳細
    ・映画『ユー・ガッタ・メール』のトム・ハンクス&メグ・ライアンと重なる
    ・パソコンやスマホが普及する前の、穏やかな書店の光景
    ・ドラマ『ロング・バケーション』の木村拓哉と山口智子と重なる二人の年齢

    ・自分とはあまりにも掛け離れて、むしろ面白いほどの、夫のエリートっぷり
    ・ろくに英語が話せないわたしと「天然?」な夫との、いい加減なやりとり
    ・夫の中にあった日本人女性に対する「刷り込み」は偉大なる彼の祖父の言葉
    ・夫が子ども時代に祖父(訪日経験あり)と暮らさなければならなかった背景
    ・祖父は政治家であり実業家(製鉄会社ISGECと製糖会社を設立)
    ・製鉄会社は伯父→従兄弟に継がれ、2012年は日立造船と合弁会社設立

    ・初めてのデートでいきなり15分ほど遅刻。しかも悪びれない様子
    ・わたしと出会った当初、彼は精神的に極めて落ち込んでいる状況だった
    ・2度目に会うつもりはなかったのに。すさまじい日本映画を鑑賞する羽目に
    ・当時のニューヨークにおけるエンターテインメント情報事情

    ・それは1976年公開の『愛のコリーダ』。超問題作の「完全ノーカット版」
    ・藤竜也の男根が幾度となく! シヴァ神のリンガ(男根像)信仰の伏線か
    ・社会的影響力の大きい夫のインド人家族親戚らが、我がインドとの出会い

    ・夫に惚れた瞬間とは……?
    ・同棲生活の準備で知る、夫の実態。DIY経験ゼロ……など
    ・学生時代のパートタイムジョブ。妻はウエイトレス。夫はジュネーブのスイス銀行
    ・英語力の上達とともに、妻の本性があらわに

    ・時は流れて2001年新年。業を煮やして、ついに結婚を詰め寄る我
    ・双方の家族の方が結婚を待つ姿勢。最後まで決心できなかったのは夫
    ・同棲時代にインド家族が来た時のエピソード。最初の晩餐はステーキハウス
    ・ABBAのCDを聴きまくり、CHICAGOを4回も見に行った義父ロメイシュ・パパ
    ・国際結婚である上に年上の妻という、インドではレアなケース

    ・夫はフィラデルフィアのMBA卒業後、ワシントンD.C.で就職
    ・2001年7月インドで挙式。10月にニューヨークで披露宴の予定だった
    ・7月盛夏のニューデリーで結婚式を決める。わたしにとって初のインド上陸
    ・末期の肺がんから一時的に回復していた父親が、「地の果てでも行く」と宣言
    ・喜劇でしかない、知らぬが仏。初インド&結婚式@ニューデリーの一部始終
    ・911。我々の住むニューヨークとワシントンD.C.がテロのターゲットに……

    ◉2001年7月、インドで結婚式を挙げたときの記録。懐かしい感じのホームページhttp://www.museny.com/mihosakata/album-india0.htm

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    ☟以下は、この話にまつわる先日のブログを転載。

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    本日、日本時間午後8時、インド時間午後4時30分。米国での出会いと結婚、インド移住。何かにつけて濃いエピソード満載を語ります@Clubhouse。

    今、「周年」と入力したら、なぜか「執念」と出てきた。出会い25周年、結婚20周年。我々夫婦にとって、今年は節目の年。出会いの経緯などは、拙著『街の灯』やブログにて断片を綴ったり、あるいはYouTubeの動画でも少し語ってきた。今夜は、自分自身がこの奇妙かつ波乱に満ちた国際結婚を振り返るべく、ひたすら語ってみようと思う。

    そもそもニューヨークで1年間、語学留学をするつもりだったのに、なぜか直後にインド人と出会い、米国に長居。しかも結婚式のときには「こんな国、絶対住めない」と思ったのに、3年後には自分から住みに行くべく画策し、嫌がる夫を説得する作戦……。自分でも自分がわからない。

    添付Clubhouseの告知に記している通り、前回「ジェンダーのこと」を話し合ったことで、自分たちのことを振り返ろうと思った。みなさんの話を聞いているうちに、自分の話もしたいと思ったが、絶対に長くなるとわかっていたので、別途、時間をとることにした。「ジェンダー」と「結婚」は、切り離せない話題。

    当人たちだけでは成り立たない、家族や親戚、社会との関わりのなかで成り立つ結婚生活。米国、日本、インドでの経験に加え、第三者の経験から学んだことも織り交ぜながら、この25年間を振り返ってみようと思う。2時間程度じゃ絶対無理だと思うが、一応、収めたい。途中、質問などもお受けします。

    ……と、告知してみたが、どう考えても、25年を語れるわけがないと、今悟った。詰め込むこともなかろう。

    とりあえず、今日のところはインド移住前までの「夫と出会って10年」を語ろうと思う。

    ☟日印国際結婚の話題に留まれない。記憶が一気に蘇る。今日は、出会ってから結婚、インド移住を決めるまでの9年間の話で終わりそうだ。仕事より「恋話」にフォーカスするつもりだったが、すべて混沌と入り組んでいる。これは25年前、米国行き数カ月前の日記。30歳のわたしが、不安を蹴散らしながら、「大丈夫」を繰り返して、自らを鼓舞していたころ。最初のページはなぜか人類史。次のページは啓示のような出来事が記されている。自分で選択してきたようで、自分は定められたルートを歩んできたのか。

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    ☟以下は、坂田の半生を語る動画でも使用している資料。参考までに米国編を添付。

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    🇮🇳🇯🇵世界を旅し、海外に暮らし働く① 
    福岡&下関での子ども〜学生時代/20歳で初めての海外。ドメスティックな環境から海外へ飛び出した経緯など

    🇮🇳🇯🇵世界を旅し、海外に暮らし働く② 
    東京での旅行誌編集者&ライター時代/バブル期の極貧生活、旅の日々、歴史を学ぶ重要性、フリーランス独立の経緯など

    🇮🇳🇯🇵世界を旅し、海外に暮らし働く③ 
    ニューヨークで現地採用から出版社起業/インド人男性との出会い/就労ヴィザの自給自足/日本語フリーペーパー発行

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    インド都市部は、各地でCOVID-19感染者が激増中。世界各地の混沌、母国の混沌、インドの混沌。バンガロールは現在、夜間外出禁止令(午後10時〜午前5時)が出ている。州知事は2度目の新型コロナ感染中。

    「問題」だらけの、この世界。憂いてもしかし、自分ができることは限られている。

    先日の「驚異の尿検査」。我々夫婦は脳味噌の稼働しすぎが指摘された。無論、今の世の中、みな似たり寄ったりだろう。考えればいいというものではない。なんにつけてもいい塩梅。リラックスが必要だ。我が家にとっては、毎度、猫らの存在感が偉大。😸

    さて先週の土曜日の午後。久しぶりに再会する日本男児2名と、毎度おなじみARAKU COFFEEでランチ。アルコールがなくとも、すてきなコーヒードリンクや、目にも珍しい料理で十分に満足できる。

    話に夢中で、肝心の主菜(エビ料理&小ぶり丸鶏グリル)の写真を撮り忘れた。

    自宅でも丸鶏グリルはしょっちゅう作るので、わたしはさほど期待していなかったのだが(←偉そう)、思いの外、肉に味が染み込んでいておいしかった! シェフにテクニックを尋ねようと思いつつ、忘れてしまった。

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    以前も記したが、この店の料理をプロデュースしているのは、ムンバイで今、最も人気のあるレストランのひとつ「MASQUE」のオーナーであるアディティ。起業家精神あふれる現在の若きインド女性を象徴するような、軽やかにチャレンジングな彼女とは、オープニング前のパーティで会った際に話をした。

    ARAKU COFFEEのシェフであるラーフルは、その「MASQUE」で働いていたこともあり、料理はいずれも個性があり、洗練されている。全メニューを制覇すると決めたので、新しいものを注文したいが、「以前食べておいしかったもの」も外し難い。

    MASQUE
    https://www.masquerestaurant.com/

    動画はすでに3度目となった中東のお菓子、クナーファ(Kunafa)。シズル感あふれるプレゼンテーション。「お好み焼きみたい」という男子の声を聞いて以来、もう、お好み焼きにしか見えない。