インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    バンガロールはすでに、新たな日常が始まっている。昨年末。約30人程度とインドにしては極めて少人数で開催された友人宅でのクリスマスパーティに参加したころから、風向きの変化を実感した。

    今年に入ってからは、軒並みリアルなイヴェントが復活。マスク着用や体温チェック、手の除菌の3点セットがライフの一部になったことを除けば、ほぼ通常の皮膚感覚だ。

    幾度となく記してきたように、インドはそもそも、感染症パラダイス。マラリアやチクングニャ熱、デング熱、各種肝炎、狂犬病……と、なんだかんだの疾患が満ちている。他国とは条件が違う。ゆえに、全体的にみて、このCOVID-19がインドにおいてどれほどのものなのか、よくわからない。わからないが、市井の衛生面は格段に向上したので、外食などは以前よりもむしろ「安全安心」な気さえしている。

    さて、そんな中、先週の土曜日は、コンラッドホテルで開催されていたバザールへ足を運んだ。インドでは過去10年の間にも、自然派の「洗練されたコスメティクス」が急伸しており、Eコマースで無数のブランドが展開されている。その中でも、バンガロール拠点のお気に入りのブランドが2つ、出店していた。

    詳細を記したいところだが、今週末に、YPOで日本テーマのイヴェントが急遽開催されることになり、今週は、諸々の準備に追われている。インドの友人らの機動力と瞬発力に感心しつつも、完全に巻き込まれ、一人ミューズ・クリエイション状態を楽しんでいるここ数日。

    ところで、バザールの帰りにコンラッドの中にあるモンブランにふらりと入った。今年に入って「手書き回帰」、亡父から30年以上前に贈られたモンブランの万年筆を取り出した。使い心地はいいのだが、ペン先が太すぎるので、使用できるノートが限られる。ゆえにもう一本、水性ボールペンが欲しいと思っていた。

    目に飛び込んできたのが、リミテッド・エディションのペン。オレンジと黒の大理石に、蛇のモチーフが印象的な、相当に個性的なもの。試し書きをさせてもらったところ、これが見事に、書きやすい。わたしの右手にしっくりとなじむ。限定商品のため、バンガロールにはこの1本しかないという。

    蛇。我が干支に因んでいる。

    そればかりか、数日前には龍樹と蛇の話をしたばかり。わたしの好きなインドの神様サラスワティ。日本では弁財天となり、龍神信仰と融合している。

    わたしの両親が参っていた福岡市東区の名島神社も、そもそもは「名島弁財天社」であった。

    ちなみに実業家であり政治家でもあった夫の祖父はまた、「富よりも芸術」を尊ぶ人で、複数経営していた会社の一つが「サラスワティ」という名だった……とまあ、先日の仏教セミナーの延長で、またしてもご縁がつながる。

    とはいえ、次の打ち合わせまで時間もなく、バタバタと決めるものでもない。その場はひとまず、マネージャーの名刺をもらって撤収したのだが、帰宅しても気になる。わたしはあまり物欲が強い方ではないのだが、「長く使うもの」「頻繁に使うもの」は、いいものを使いたい。

    夫にも相談し、買うことにした。電話をしたら、届けてくれると言う。そして登場したのが、1枚目の写真のすてきなお兄さんだ。黒いスーツがお似合い。モンブランのネクタイにポケットチープ、ラペルピン、どれもさりげなく、モンブランを主張している。

    マスクを外してもらえばよかったと思いつつ……。

    ところで新たなツールとしてのClubhouse。昨日はモデレーターとして初参加させてもらったが、かなり興味深い。発信と受信を取捨選択しつつ、有効活用できればと思っている。

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    1986年。35年前、20歳の春休み。発作的に描いた2枚の曼陀羅。

    大学の寮から帰省し、実家で過ごしていたある日。実家に掛かっていた曼荼羅の絵を見て、自分も描いてみたくなった。部屋にあった、高校時代の絵具や筆、画用紙を使い、アルバイトの合間を縫って、わずか数日で2枚描いた。

    1枚目は、ほとんど模倣。ただ、自分の名前を「隠し絵」のようにして紛れ込ませた。先日の『アンベードカルとインド仏教、佐々井秀嶺上人』のセミナー動画で、その写真を紹介した(動画では19歳と言ったが調べたら20歳のときだった)。すると、ご覧になった方から、曼荼羅に感銘を受けたとのメッセージをいただいた。

    動画で紹介した1枚は、実家に飾られている。もう一枚は、手元にあるはずだ。今朝、クローゼットを開いて久しぶりに発掘、しみじみと眺めた。描いた当初は、暑苦しい画になってしまった気がして、あまり気に入ってはいなかった。しかし35年ぶりにじっくり眺めると、かなり感慨深い。

    当時のわたしは、その半年前に初めて海外旅行を体験、1カ月の米国滞在した直後で、感性が炸裂していた。それはこの年、大学祭実行委員長を引き受けて、準備、実施するまで続くのだが、まさに若い力が漲っていたころだ。

    インターネット台頭以前。絵の素材は印刷媒体を参考にした。

    子どものころから自然破壊や環境問題に敏感だったことは過去にも記したが、その思いは多分、常に根底にあったのだろう。

    この絵を描く数カ月前の1月28日。スペースシャトルのチャレンジャーが発射73秒後に爆発。飛行士7名が死亡した。その経緯をレポートする『ニューズ・ウィーク』誌の特集にあった写真を見て、スペースシャトルを描いたことは覚えている。

    月の満ち欠けは、歳月の流れを表している。その上には涅槃。

    しかし右上は、ゴミの山。埋立地に林立する団地に押し寄せる津波……。

    昭和40年代、わたしが育った福岡市東区名島、千早界隈。かつては海辺だった場所が埋め立てられ、「城浜団地」ができた。かつて山だった場所が造成されて「三の丸団地」ができた。
    その変遷を、この目で見てきた。高度経済成長に伴う環境の歪みを、本能的に感じ取っていた。思えばあれは、野生の勘のようなものだった。

    中学2年のころ。大反抗期で成績は急下降していながらも、作文の宿題はしっかりやり、それが福岡県知事賞を受賞、テレビに出演し、朗読した。その作文も、同様のテーマだ。

    試験管はそのまま、「試験管ベイビー」を意味している。1978年、英国で初めて「体外人工受精」により、子供が誕生した。今ではごく一般的な治療と生誕の形になっているが、当時は物議を醸した。

    ちなみにわたしは卒業論文で「安部公房」を取り上げたのだが、彼は1977年に発表された『密会』という作品の中で、すでに「試験管ベビー」という表現を使い、人工授精で生まれた女性を登場させている。

    そもそも理系である安部公房の先見の明や世界を見る目には驚嘆すべき点が多々あるのだが、この予見には、今改めて、鳥肌が立つ。

    ミツバチのモチーフは、多分、ミツバチがいなくなると、人間の存在が危うくなるという話をどこかで知り、使ったのだと思う。農薬などへの危機感も、わたしの中にあったのかもしれない。嫌な予感は当たり、今やミツバチは減少の一途を辿っている。

    そしてリンゴ。当時は、アダムとイヴの禁断のリンゴ=原罪を表すために描いた。しかし、今の世界を席巻しているAppleのiPhoneを予見していた……とは、こじつけだ。

    そして、ムンクの叫び。これは、絵の中の人物が叫んでいるのではない。

    彼は「耳を塞いでいる」。以下は、ムンク本人が、この絵に言及した一文だ。

    「私は2人の友人と歩道を歩いていた。太陽は沈みかけていた。突然、空が血の赤色に変わった。私は立ち止まり、酷い疲れを感じて柵に寄り掛かった。それは炎の舌と血とが青黒いフィヨルドと町並みに被さるようであった。友人は歩き続けたが、私はそこに立ち尽くしたまま不安に震え、戦っていた。そして私は、自然を貫く果てしない叫びを聴いた。」
    自然を貫く果てしない叫び。

    35年前には、耳を澄まさなければ聞こえなかった叫びは、今、地球全体に轟轟と響き渡っている。

    くどいようだが、先日も紹介したデイヴィッド・アッテンボローの『地球に暮らす生命 (NETFLIX)』。

    地球環境を改善するために我々人間ができることが、最後の最後で提案されている。

    一人でも多くの人に見て欲しいと思う。

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    Spring break in 1986. I returned home from the university dormitory. One day, when I saw a mandala painting hanging at my parents’ house, I wanted to draw it myself. I painted 2 pieces of them.

    The first piece was almost an imitation of the original painting. However, I drew my name as a “hidden picture”.

    Another one. I opened the closet this morning and searched. I took it out after a long time. At the time I drew it, I didn’t like it because it didn’t look sophisticated. However, when I see it for the first time in 35 years, I am quite moved.

    January 28, a few months before I drew this picture. The Space Shuttle Challenger explodes 73 seconds after launch. Seven aviators have died. I drew this picture after seeing a photo in a special feature of Newsweek magazine reporting the accident.

    The phases of the moon represent the passage of time. On top of that is Nirvana.

    However, the upper right is a pile of garbage. A tsunami rushing to a housing complex that stands in reclaimed land.

    Fukuoka city where I grew up in the 1960s. The former seaside area was reclaimed, the former mountain was shaved, and countless apartment buildings were built.

    I have seen the transition with my own eyes. I instinctively felt the distortion of the environment due to the high economic growth. It was like a wild intuition.

    The test tube as it is means “test tube baby”.

    In July 1978 Louise Brown was hailed as the world’s first “test-tube baby”, born through the fertility treatment IVF. It is now a very common form of treatment and birth, but at the time it was controversial.

    I think I used the honeybee motif because I learned somewhere that the existence of human beings would be jeopardized if the honeybees disappeared.

    Concerns and a sense of crisis about the use of pesticides may have been in me. My unpleasant premonition was right, and now the number of bees is steadily decreasing.

    And an apple. It was drawn to show the forbidden apple = original sin of Adam and Eve. However, I foresaw Apple’s iPhone, which is sweeping the world today … That should not be.

    The Scream.

    Created by Edvard Munch. He later described his inspiration for the image:

    I was walking along the road with two friends – the sun was setting – suddenly the sky turned blood red – I paused, feeling exhausted, and leaned on the fence – there was blood and tongues of fire above the blue-black fjord and the city – my friends walked on, and I stood there trembling with anxiety – and I sensed an infinite scream passing through nature.

    The person in the picture is not screaming. He is blocking his ears. The following is a sentence that Munch himself mentioned about this painting.

    An endless cry that penetrates nature.

    Thirty-five years ago, the screams were still quiet. But now, it’s roaring all over the globe.

    Please watch this movie. David Attenborough’s “A Life on Our Planet”. (NETFLIX)

    What we humans can do to improve the global environment is proposed at the very end. I want as many people as possible to watch this movie.

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    インドライフスタイル・セミナー〈必修編〉④。今回は、2000年の時空を超えて、語っています。

    この歳月の連なりと、佐々井秀嶺上人の数奇な命運を思えば、90分なんて一瞬です。

    インドに関わる方には、どうぞ「最後まで」ご覧いただければ幸いです。ご希望の方には使用した資料(pdf)をお送りしますので、坂田までメッセージをお送りください。muse.india@me.com

    また、関連情報は動画下部の概要欄に記していますので、こちらも併せてご覧ください。ラジオ感覚で音声だけでも、内容はつかめます。

    【CONTENTS】

    ●導入/ファシリテーター柴田氏もナーグプルを訪れていた
    ・本セミナーに連なる坂田の過去3回のセミナーの簡単な振り返り

    ●仏教の概要(アンベードカルと佐々井秀嶺上人を知るために必要な最低限の情報)
    ・仏教のはじまり(初期仏教)
    ・仏教の源泉と広がり(上座部仏教/大乗仏教)
    ・日本に伝来した仏教。その背景
    ・仏教の教え(苦の輪廻からの解脱)
    ・インドにおける仏教(誕生と繁栄、衰退、そして復興)

    ●アンベードカルについて
    ・アンベードカルの略歴、活動とその偉業の断片
    ・アンベードカルとガンディ。カースト制度をめぐる対立
    ・インド国憲法と、晩年の仏教改宗

    ●インドの中心点、ナーグプルの奇跡
    ・ナーグプル市は仏教徒が非常に多く、識字率が高い

    ●龍樹の啓示を受けてインドに半世紀余り。佐々井秀嶺
    ・佐々井秀嶺上人の略歴
    ・南天龍宮城へ行け。龍樹のお告げ
    ・坂田の祖母の話
    ・龍樹(ナーガルジュナ)とは?
    ・大日如来とは? 南天鉄塔とは?
    ・佐々井秀嶺上人の主な活動

    ●仏陀聖誕祭、佐々井秀嶺上人にご同行/坂田マルハン美穂、ナーグプル旅
    ・佐々井上人によって発掘された2000年以上前の仏教遺跡「マンセル遺跡」
    ・早朝から深夜まで。仏陀聖誕祭に因んでのイヴェントにご同行
    ・佐々井上人のことば

    ●佐々井秀嶺上人の現在/2020年に新型コロナウイルスに感染されるも、使命を遂行されている。ご縁を受けた者に、なにができるのか。

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    先進国/新興国/途上国/資本主義……諸々に違和感

    今朝は月に一度のFM熊本収録日につき、早朝起床。今回のテーマは、価値観の見直しが必要な時代の到来について。

    数分間で軽く語れるテーマではないことも、テーマとしては重めであることも承知のうえで、思うところを伝えたい。

    昨今のCOVID-19世界を眺め、軒並み「先進国」とされる世界が混沌としているのを見るにつけ、海外生活を始めた直後の25年前から、常々感じてきた世界の「優劣」の定義に、今、改めて、強い違和感を覚えている。

    たとえインドに暮らしている日本人でも、ここに住んでいる理由、あるいは、住んでいる土地、主たる情報源、また関わる人たちによって、物の見方や考え方、感受性は著しく異なる。ゆえに、日本に暮らす人は、インドに対して偏った情報しか得られないのはやむを得ないだろう。なお、わたし一個人の立場から、この状況を見るに、インドにおけるCOVID-19は、収束に向かいつつあると実感している。無論、他の社会問題は山積しているが。

    * * *

    今年に入って「知能指数より知恵指数」とか、「不易流行」とか、いろいろ書き続けているが、これからも、世間からの反応が薄いのを覚悟で、しつこく発信し続けていくつもりだ。

    今日、お勧めしたいのは、デイヴィッド・アッテンボローの映画『地球に暮らす生命』。NETFLIXで見られる。手書きノートにも軽く言及しているが、とにかくは「最後まで」見てほしい。地球に生きる人間として、この事実は知っておくべきだし、知った上で行動せねばならないと思う。この映画を見た後に、わたしは諸々が腑に落ちて、思うところを発信し続けようとの思いを強くした。

    わたしは子どものころから、地球環境の破壊や天災に対して敏感で、異様なほどの恐怖心を抱いていた。その傾向を強くさせた一つに映画『ノストラダムスの大予言』がある。1973年に公開されたその映画。他の映画を見るために訪れた映画館で、予告編を見ただけで恐怖の極みに陥り、何の映画を見に行ったのかは覚えていないにもかかわらず、その予告編だけが脳裏に刻まれた。

    以来、「わたしは33歳で死ぬのだ。夫と二人の子供もいっしょに……」などと、妄想していた。実際のところ、33歳のわたしはまだ独身で、55歳の今も元気で生きているのだが。

    アッテンボロー『地球に暮らす生命』を見た後、ふと『ノストラダムスの大予言』を思い出して検索した。ビンゴだった。この映画は、単に恐怖心を煽るパニック映画ではない、「環境問題への真剣な警告」が主旨の、未来予測の映画であった。なんとかして見てみたいものだ。

    以下、Wikipediaよりあらすじの一部を抜粋。

    「……良玄は、人類の行き過ぎた開発が人類を滅亡させるとして、必要以上の生産を止めるよう提言するが、人々の興味は生活の向上や生産の増加に向いており、逆に「ヒューマニズムの崩壊」と批判される始末。国際会議も、発展途上国の人口増加が環境破壊に拍車をかけていると主張する先進国と、先進国の資源浪費が環境破壊の原因だと反論する発展途上国が対立して紛糾する。そんな中、太平洋上の海面が凍りつき、エジプトで雪が降るなどの異常気象が発生。さらに、成層圏に滞留した放射能がニューギニアに降り注いだとの知らせが届き、国際合同調査隊が派遣されることになった……」

    ほんといい加減、方向転換しないと、人類。

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    資料を紐解くにつけ、目に見えぬ糸で操られ、南天竺に流れ着いた気さえする。

    インドで生まれた仏教の変遷。憲法の草案者アンベードカル。ダリット出自の彼が仏教に改宗した背景。

    その偉業を引き継ぐように、龍樹のお導きで、佐々井秀嶺上人がナーグプルにたどりついて半世紀余り。

    日蓮宗の藤井日達上人と近かった我が父方の祖母政子。ゆかりの資料や写真を見るにつけ、ご縁を感じてきたが、自分が年を重ねるにつれ、すべては定められた道の上を歩いてきたに過ぎないのかもしれないとの思いが強くなる。

    建設業者だった父の泰弘は、福岡県久山町の仏舎利塔建立に携わった。

    1988年に日蓮宗の平和行進(長崎ー広島)が行われた際には、道中の福岡にある坂田の実家に、多くの日印僧侶が1日滞在、母や伯母たちが、寝食のお手伝いをさせていただいた。

    1996年3月、わたしが表参道を猛スピードで歩いている時、すれ違いざま、占いをしているという男性に呼び止められ、「珍しい顔相をしている」「額から光が出ている」「今年は3回ある人生の転機のうちの一つ」「今年、強い縁がある」と告げられた。

    その4カ月後の七夕の夜、インド人男性のアルヴィンド(サンスクリット語で蓮の花の意味)とカフェで相席になった。

    そこからはもう、完全に、インドへと導かれていたと、今はそう思う。

    初めてアルヴィンドと一緒に食事をした後、帰り際に彼から勧められた本が、ヘルマン・ヘッセの『シッダールタ』だったことも。

    彼の姉の名前がスジャータだということも。

    結婚式を挙げるために訪れた2001年7月のデリーで、「こんな国、絶対に住めない」と思ったのに、3年後には住んでみたくなったことも。

    自分でも理解できない熱意と執着で、嫌がる夫を説き伏せ、紆余曲折を経て、2005年11月に、インド移住を実現したことも。

    2011年、ムンバイの日本山妙法寺で森田上人とお会いしたとき、上人は上記、平和行進を実現された人物だとわかったことも(その際、平和運動に熱心だった俳優スニール・ダット(サンジャイ・ダットの父)が同行されたとのこと)。

    そして、2018年4月、『破天』を読んで、発作的にナーグプルへ行かねばと思い、折しも仏陀聖誕祭の日に、佐々井秀嶺上人とお弟子の竜亀さんと、行動を共にさせていただいたことも。

    その年の一時帰国時、東京から福島の原発事故後の様子を見に行くつもりで唯一開けていた日。折しも佐々井秀嶺上人はブッダガヤ大菩提寺の返還運動のため日本にいらしていたことを知り、急遽、増上寺で再会させていただいたことも。

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    思い入れは尽きぬが、資料は客観的にわかりやすく整理している。語りたいことも尽きぬが、なんとか90分以内で、うまくまとめるつもりだ。

    明後日のセミナー。ご視聴いただければ幸いだ。

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    *セミナーのお申し込みはこちらから
    Shiva-Station LIVE #15

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    家にいるだけでも、日々書きたいことが募って取捨選択がたいへんなのに。昨日は午後の数時間、外出しただけで、書き留めたいことが次々と出てくる、話題に事欠かないインドライフ。

    バンガロール・インターナショナルセンターの新しいビルディングが完成したのは2019年。建築家の一人が知人ということもあり、噂には聞いていたが、訪れる機会ないままだった。ようやく昨日初めて、足を運んだ。

    類は友を呼ぶ。というが、友だけでなく、あらゆる事象、好きな世界観は、次々に繋がる。

    この広く多様性に富んだインド世界においても。いや、多様性に富んでいるからこそ、絞り込まれやすいともいえる。

    さらには、ソーシャル・メディアのアルゴリズムをうまく活用できれば、多分、より為になる情報を取捨選択できる。

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    レンガ、コンクリート、石、ガラス、木。

    高い天井、シンプルな内装。

    斜めに差し込む光。風が通り抜ける空間。窓越しに眺める緑……。

    その建築物は、今年半ばには完成するだろう我々夫婦の新居のコンセプトとほとんど同じ。即ち、わたしにとっては、ものすごく落ち着く空間だ。

    昨日は、館内の一室で、カーディ (KHADI)の衣類や布を販売する小さなバザールが開催されていた。カーディについては、昨日、マハトマ・ガンディ命日に言及した記事に、プレゼンテーションの資料を添付した。手紡ぎ手織りの布のことだ。

    オーガニックコットン、天然染料、ダッカ・モスリン……。目にしたそれぞれについて、書きたいことが募る。動画も撮影してきたのでそちらも編集したい。しかし、今は来週のセミナーの準備が優先事項につき軽めにすませねば。

    ……カンナダ語のその書籍の表紙に福岡正信氏の姿を認めて、声をかけた。青年が持っている本がそれだ。実はわたしは、福岡正信氏のことを、インド移住直後に赴いたオーガニックのバザールで初めて知ったのだった。

    インドの自然農法や環境問題活動家の間では、古くから知られている福岡正信氏。彼の理念を少しでも多くの人に広げるため、カンナダ語で伝える本を出版しているのだという。

    愛媛県伊予市には、福岡正信氏の子孫が、その理念を引き継いでいらっしゃる様子。訪れてみたいとの思いを新たにする。

    一通りを眺めた後、風の通るカフェでくつろぐひととき。木肌の手触りが心地よいテーブル。本当に心地よい。

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    ★バザールは本日まで開催されている。インディラナガールの西、先日紹介した製菓学校併設のカフェ、LAVONNEのすぐ近くだ。また、バンガロール・インターナショナルセンターではさまざまなイヴェントが、オンライン、オフライン双方、実施されている。ぜひサイトをご覧ください。

    ●BANGALORE INTERNATIONAL CENTER

    ●INDIA HANDMADE COLLECTIVE

    ●福岡正信自然農園

    ●BANGALORE INTERNATIONAL CENTER の建築

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    なんかもう、毎回毎回、歴史は知っといたほうがいいと自分でもうるさいと思うが、本当なんで、しつこく書く。

    学生のころは大して勉強しなかったが、社会人になって、世界各地を旅して、関わる国の歴史や文化、習慣を、最低限でも知っておくと、本当に、「視る目」が変わるし、自分のためにもなるということ学んだ。勉強にせよ、趣味にせよ、結婚にせよ……。ごく限られた自分の経験や、浅薄な知識で、事象を一刀両断することの危険性。

    わたしとて、あらゆることが「広く浅く」で、専門家の知識には遠く及ばぬ。それでも昨今は、インターネットで情報収集は難しくない。坂田のセミナー動画でも、あれこれ語っている。

    ガンディという偉人も、アンベードカルの立場から見るとまた、異なる人物像が浮かび上がる。史実は複数の視点から眺め、考察すべきとの思いを痛感する。

    来週のセミナーのための資料を作り直しながら、アンベードカルについても新たな史実が芋づる式に出てくる。その都度、人物像に彩りが添えられ、他者のあり様を白黒付け、評価することの恐ろしさも思う。

    同時に、調べることは本当に楽しい。この資料にあるチャップリンの『モダン・タイムス』などはその顕著な例。ガンディの資料を整理しながら、「ひょっとして、チャップリンはガンディの影響を受けているのでは……?」と閃き、調べたところ、ビンゴ! そういう勘が当たると、楽しさが増す。

    知らないことは、知らないとの自覚を肝に据え、他者の生き様に謙虚であれと、知れば知るほど、そう思う。

    *映画『Ghandi』は、印パ分離独立前後のインドを知る上でもお勧め。ちなみに複数あるので、ベン・キングズレーが主演の方を見ていただきたい。実は彼、先祖はインドのグジャラートからザンジバルに移住した香辛料の貿易商。本名は、クリシュナ・パンディット・バンジ(Krishna Pandit Bhanji)と、こてこてにスパイシーなお名前。

    クイーンのフレディ・マーキュリー同様、インド出自であることを隠していたが、この映画のヒットで、インド人であることがむしろ、大いにアピールされる結果となった。ちなみにパールシー(ゾロアスター教)出自のフレディ・マーキュリーの本名はファルーク・バルサラ。彼はザンジバル生まれ。

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    不易流行。古来から変わることのない、普遍の知恵や英知〈不易〉を取り戻し、現代の新たしき〈流行〉を取り入れる暮らしをすると決めて1カ月。

    ライフスタイルそのものは、インド移住以来、温故知新、不易流行を取り入れてきたが、こと表現方法に関しては完全に「新しさ」に移行していた。

    日記やジャーナルは手書きだったが、人との交流において、手書きは少なかった。しかし今年に入り、それを増やしたことで、「言葉を吟味する訓練」ができるようになった。

    福岡に暮らす母とは、毎朝メッセンジャーで挨拶を交わしてきたが、今年からは5年日記に毎朝数行書いて、写真に撮って送信し始めた。これが自分のためにも、非常にいい。

    わたしは日本で一般的に使われている「安否確認」という言葉の響きがあまり好きではない。しかし手書きだと、その「事務的な響き」が軽減される。行動に「心」が伴う気がする。つまり、自分のためにいい。

    今、来週のセミナーの資料を作っているのだが、大切な言葉などは、ところどころ手書きにして、それを画像として取り込んでいる。そうすると、無機質な資料に温もりが添えられる。

    資料を作るに際しては、しばしば引用文を転載することがあるのだが、たとえ時間がかかっても、手書きにしたほうが、自分の中にも遥かに深く、取り込まれ、刻まれる。

    前時代的というなかれ。若い世代には本当に、手書きの機会を増やして欲しいと、切に切に、思う。

    多分、多くのライターがそうしていると思うが、わたしは仕事の原稿の入稿は、たとえ夜仕上がっても、100%、翌朝まで寝かせる。自分も寝る。そして翌朝、読み返す。コラムなどの長すぎない原稿は「声に出して」読み直して、修正を加える。

    約2〜30年前までは、自分のことばが「活字になる」ことは、極めて稀なことであり、緊張を伴うものでもあった。「誤植(誤字、脱字など)」が発生する」可能性もあるから、編集者時代には、何度も何度も読み返して、作品を世に出すプロセスを経てきた。

    しかし、今や、自分の何気ない一言が、一瞬で活字になり、世界中を駆け巡る。そのプロセスに伴う精神構造の変化たるや……。なかった昔に戻ることはもはやできない。

    しかしその一方で、無理をしてでも引き返したほうがいいこともある。

    誹謗中傷……とまではいかなくても、シニカル、ジャッジメンタルな言葉に溢れ、ギスギスしがちなソーシャルメディアの世界。売り言葉に買い言葉。自分とて、その渦に飛び込み、巻き込まれたこともある。だから敢えて、軌道修正をせねばと思う。

    日記が面倒なら、「心の叫びノート」を一冊用意すればいい。毎日書く必要はない。何かを吐露せずにはいられない心境になったとき、誰かに言葉をぶつける前に、まずはそこに、言葉を書き殴ればいい。わたしの過去の日記には、「おお、荒れとるな」と思えるページが、たまに散見される。一旦、書くと、気持ちが落ち着く。眠れる。

    そうすれば、同じような不平不満や罵詈雑言をソーシャルメディアにぶつけて、誰かに不快な思いをさせることもない。それは他人を責めているようで、実は自分で自分を傷つけ、感性を麻痺させ、思いやりを踏み潰していることにもなる。

    本来、世間に晒す言葉とは、自分の言葉に本名とサインを添えて、全世界に発信できることだけを、世間に放出すべきなのだ、とさえ、このごろは思う。いや、わたしもたまに、酩酊状態で書くこともあるから、自分に対しても戒める意味で。🥂  

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    昨日、工芸品フェアへ赴いた帰路、2、3年ぶりにモスクロードにあるALBERT BAKERYに立ち寄った。創業1902年の老舗ベーカリー。パンだけでなく、サモサやフライドチキン、パフ類などのスナック、焼き菓子、ケーキ、インド菓子なども揃う店。

    以前はこの店やトムズベーカリー、あるいは自宅でパンが主流だった。最近では、小洒落たアルチザン・ブレッドが手に入るようになり、この店で買う機会は激減していた。

    午後3時から開店という変化球が個性的なこの店。久しぶりに、焼き立ての、おなじみBRUN BREAD、それからマトンパフ&チキンパフ、サモサを購入。どれも結構、おいしいのだ。食べ過ぎ注
    意だけれど。

    食べ過ぎといえば思い出す。あの濃厚な、油まみれのラマザンの夜……。

    ふと思い立って、このところすっかり更新が滞っている『マルハン家の食卓』ブログを開いたら、10年前に「ローカルフード探検隊」をやっていたときの写真が出てきた。ラマザンのムスリムフードを堪能すべく、油と煙にまみれながらのお買い物。いやはや、すごかった。

    野良牛に攻撃されて、買い物カゴを奪われそうになった。ムスリムが暮らすエリアの野良牛は、比較的、目つきが悪く、攻撃的なタイプが多いように見受けられる。諸々、待遇の違いがあるのだろう。

    懐かしいので、阿呆な写真も転載。当時、シャールク・カーンが役作りのために8パックを作り上げたことが話題になったこともあり、つい、やってしまった。

    新旧混沌の世界が共存し、瞬時に時間旅行が楽しめるのもまた、インド生活の面白さ。歳月の流れの感覚は、ますます伸びたり縮んだり。変幻自在に渦巻くインド。

    *当時の記録は『マルハン家の食卓』ブログに残している。食生活に役立つ情報、たっぷりです。すでに古いものも多いけれど。

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    【インド国憲法の草案者、アンベードカルとインド仏教、そして日本人僧侶、佐々井秀嶺上人】

    昨年、ZOOMの利用が急増する中、柴田氏より、『Shiva-Station LIVE「インド最前線」』にて、セミナー実施の機会をいただいた。当初の打ち合わせでは、インドの多様性の実態、政治や宗教、日印の歴史といった概要(必修編)は1回でまとめ、衣食住それぞれをテーマにしたライフスタイル&ビジネスの話を3回、という構成にする予定だった。

    しかし、「インドの概要」が終わらぬまま、気がつけば4回目。資料を再構成すべく諸々の事象を再検証するにつけ、次々に新たな事実が掘り起こされて、情報は益々増えていく。どうしたものかと悩みつつも、オンラインでのセミナーは、動画に残してじっくり見直してもらうこともできる。ゆえに、あまり端折ることなく、今回に至った。

    さて、4回目のテーマは、冒頭にある通り。ダリット(不可触民)出自でありながら、想像を絶する勤勉さと努力と精神力とで道を拓き、ネルー内閣の法務大臣に就任。インド国憲法の草案を作成した偉大なる人物、ビームラオ・アンベードカルをご紹介。

    彼が仏教改宗に至った背景を説明するとともに、それを現在も受け継ぎ、「インド人」となって半世紀もの間、身を賭して迷える人々を導き、救い続ける日本人僧侶、佐々井秀嶺上人について言及する。

    坂田は2018年4月下旬の仏陀生誕祭の折、数奇な経緯でナーグプルを訪れ、佐々井秀嶺上人と行動を共にさせていただく幸運を得た。また、同じ年の11月、年に一度の一時帰国の際、ブッダガヤの大菩薩寺をヒンドゥー教徒から仏教徒の手に取り戻すべく活動の一環として、やはり日本に一時帰国されていた佐々井秀嶺上人と、増上寺で再会の機会をいただいた。

    重なる偶然の導きを思いつつ、今回は特に、個人的な体験談も織り交ぜながら、お話をしたいと思う。

    ★セミナーのお申し込みは、こちらからどうぞ。

    なお、今回はじめて参加される方は、理解を深めるためにも、ぜひ①②③(前編&後編)、合計4本の動画をご覧ください。

    ●パラレルワールドが共在するインドを紐解く①
    多様性の坩堝インド/多宗教と複雑なコミュニティ/IT産業を中心とした経済成長の背景/現在に息づくガンディの理念

    ●パラレルワールドが共在するインドを紐解く②
    「広く浅く」インドの歴史(インド・パキスタン分離独立)/インドの二大政党と特筆すべき人物/テロが起こる理由とその背景

    ●パラレルワールドが共在するインドを紐解く③ 〜前編〜
    明治維新以降、日本とインドの近代交流史〈前編〉人物から辿る日印航路と綿貿易/からゆきさん/ムンバイ日本人墓地/日本山妙法寺

    ●パラレルワールドが共在するインドを紐解く③ 〜後編〜
    明治維新以降、日本とインドの近代交流史〈後編〉第二次世界大戦での日印協調/東京裁判とパール判事/インドから贈られた象/夏目漱石

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