インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    一昨年、木材パルプの紙製品はプラスチックと同じく有害だということを知った。強い衝撃を受けた。以来、紙を買う時にも、そして使う時にも、少し考えるようになった。パイナップル柄の大きいノートは、この「人生を創るNOTE」用。小さい方は、お手紙用。お手紙を書いて、写真を撮って、送っている。

    *手漉き紙の工房、ブルーキャット・ペーパーの動画、ぜひご覧ください。

    The notebooks which I use are Bluecat paper’s* product. The surface is rough and it’s a little difficult to write, but I feel attached to it.

    Today, I used a black fountain pen for the first time in more than 30 years. It was the gift from my father when I graduated from the university. Unfortunately, the pen tip was too thick, and it was not practical for me to use it for decades. However, it seems to go well with this notebook.

    *Bluecat Paper produces 100% TREE-FREE PAPER & sustainable handmade paper and products. The paper produced is upcycled and recycled without cutting down trees. Please watch the movie.

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    🙏Today is the first year anniversary of my father in low.

    今日は、ロメイシュ・パパの一周忌だ。79歳で、この世を去った。

    夫婦揃って、今でも一年前の混沌を、まだ消化しきれていない。消化しきれぬまま、パンデミック世界に移行し、ずっと狐につままれたような気分のまま、一年が過ぎた。

    あれから幾度となく思い返した。あのときデリーへ飛び、きちんと火葬に立ち会え、葬儀をすませ、遺灰をヤムナ川に還すべく、長距離ドライヴでヤムナナガールまで赴き、夫の両親ゆかりの地へ赴けて、本当によかったと。

    葬儀などの合間を縫って、古い写真をかき集め、パワーポイントでアルバムを作り、Youtubeにアップロードしていた。葬送の記録も、ブログに残している。睡眠不足も甚だしく、あのとっ散らかった精神状態の中で、よくも作れたものだ。むしろ何かを作ることによって、わたしは心の平静を保っていたようにも思う。

    ●ロメイシュ・マルハンのアルバム Memories of Romesh Malhan (9th March 1940 – 13th January 2020)

    ●ロメイシュ・パパの死にまつわる記録
    危篤の知らせ。デリーでの火葬。葬儀のセレモニー、そして、遺灰を還すべくヤムナナガールへの旅。

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    The Jomon pottery is a type of ancient earthenware pottery which was made during the Jōmon period(14,000–300 BC) in Japan. The artistry of Jomon pottery was discovered in the 1950s by Taro Okamoto, a Japanese avant-garde artist.

    昨日、友人とメッセージのやり取りをしているとき、「縄文人」という言葉が出た。その直前、書棚を整理しているとき、今年はこれを紐解こうと取り出したのが、「クロニック世界前史」だった。

    そして今日、月に一度のYPOフォーラム・ミーティングで、友人らと今年の抱負を話しているとき、「不易流行」を説明した。

    打ち合わせを終えて、縄文時代が気になり、岡本太郎の本を引っ張り出した。今日、我々が知る、ぐねぐねとした縄文土器は、そもそも「工芸品」とみなされ、美術史どころか、教科書にさえ取り上げられていなかった。

    縄文の美を再発見し、日本美術史を書き換えたのは岡本太郎だ。

    岡本太郎と縄文の出会いは、東京国立博物館の一室。考古学の遺物として陳列されていた異様な形の縄文土器に偶然出くわして、彼は叫んだという。

    「なんだこれは!」

    その後、岡本太郎は、1952年に美術雑誌の『みずゑ』誌上で「四次元との対話―縄文土器論」を発表。以後、縄文土器は「原始美術」として美術書を飾るようになり、日本美術史が書き換えられたという。

    1万年以上前の芸術が、彼によって長い眠りから目覚め、その姿を我々に見せてくれていると思うと……。時空を超えて、素の人間の力、地球の息吹が吹き込んでくるようだ。

    今日、ミーティングのあと、発作的に「縄文土器」を描きたくなった。ペンを持つということは、模写をするということは、対象をじっくりと見つめるということなんだと、今更ながら「描写する」ことの奥深さを感じる。

    数年前、ミューズ・クリエイションのメンバーとゼンタングルのクラスを受けたことがあった。あのとき、絵を描くということが心を鎮め、瞑想のような働きをすることを感じられた。

    筆圧が強すぎてペンダコを作ったり、ペンをこぼしてインクで汚すのもまた、五感を刺激する大切な過程なのだ。

    ところで岡本太郎のこのシリーズ。全5巻のうち、手元には3巻しかないのだが、非常に興味深い内容だ。とくに『宇宙を翔ぶ眼』はインドの遺跡などについても言及されている。

    ちなみに氏のインドの描写は、時代を超えて、魂が震えるほど、ほど「おっしゃる通り!」なので、写真の箇所だけでも、ご一読を。束の間の旅行で、この境地に達した彼の洞察力と感受性は、言うまでもないが、すさまじい。

    なにしろ、読書量が極めて少ない、昨今の我。少しずつ、紐解いていこう。

    次の一時帰国時には、岡本太郎美術館にも行きたいな。

    *参考サイト/日本遺産 火焔型土器

    *備忘録/読みたい本

    🎨数年前に知って大いにはまった「びじゅチューン」縄文土器先生のことを思い出して見直した。見直して、あまりのすばらしさに感動した(笑) 縄文土器先生と、語り合いたいな〜。このシリーズ、本当に楽しいです。お子様がいらっしゃる方は、ぜひ、お子様にも見せてあげてほしい。

    ちなみにわたしが初めて「びじゅチューン」を知ったのは、アムステルダムで『牛乳を注ぐ女』を見た後、なにかを調べようと検索していた時。たまりません。

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    20代後半に一度、そして11年前に一度。

    2回しか行ったことはないのだけれど。

    初めて訪れたときの、遣る瀬ない記憶がたちまち蘇り、日本での「青春時代」が偲ばれる。

    あのとき、共に訪れたあの人は、今ごろ、何をしているのだろう……。

    とかなんとか言っちゃって。

    だいぶ、センチメンタル。

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    The AYUSH Ministry says taking ‘AYUSH KWATH’ formulation can help boost the immune system against viruses, including the novel coronavirus that causes COVID-19.

    我が家では、更に、ターメリックとハチミツを加えて飲んでいる。ちなみにコショウやシナモン、ショウガなどは、身体を温める効果のある「ガラム・マサラ」。ほかにもカルダモンやクローヴなど、手元にあるガラム・マサラをブレンドして飲むだけでも、効き目がありそう。

    ……ってことは、マサラ・チャイを飲んでいれば、いいような気がしないでもない。サプリメントも販売されているが、新鮮なスパイスを使ったほうが効果は高そうだ。

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    2020年の記憶は歪んで、久しぶりなのかどうなのかもわからない気分で、毎度シャングリ・ラのロビーで撮影後、最上階のYataiiへ。尤も、ロックダウン以降、同じ階の3つのレストランは、暫定的にインド料理店「サフラン」に統合されており、イタリアンも日本料理も、まとめてインド料理店で供される。

    日曜日の昨日。店内は家族連れで満席状態。テラス席は風通しよく、屋内のダイニングも天井も高くテーブルの間隔も広いので、「密」の心配はほとんどない。

    さて、ランチを共にしたのは、先日、農場見学に訪れたGourmet GardenのCEO夫妻。あの日、意気投合したこともあり、近々食事に出かけようと話していたのだ。「有機野菜のビジネス」を熱く語りながら、しかし彼らもノン・ヴェジタリアン。我々同様、Strictly Non Vegitalianらしく、日本料理も大好きだとのこと。

    類は友を呼ぶのか、わたしたちの周囲には、日本料理が大好きなインドの人たちが本当に多い。

    彼らは日本酒で、わたしたちはホワイトワインで乾杯。食事も会話も弾んで瞬く間に時間が流れる。

    米国在住時から、夫の家族や親戚を通して気がついてはいたが、インドとは、欧米にも増して、家族や親戚、友人たちとの社交(ソーシャルライフ)が重視される。重視というよりも、それがスタンダード。核家族化が進み、週末の過ごし方にも変化が見られるが、「人と人とのリアルな繋がり」と「絆の強さ」は、「その善し悪しはさておいて」、日本のそれとは比べものにならない。

    米国でも、ビジネス関係の人たちと「夫婦単位」で食事をすることが多かったが、インドではそれが極めて普通なのだ。

    ……という話は、先日も、同窓会企画の対談にて、元バンガロール駐在、その後ボストンのハーバード・ビジネススクールに進んだ才木さんとも話して盛り上がった。あの動画も、本当にいい話がたくさんなので、まだご覧になっていない人にはぜひ見ていただきたい。海外で働く人には、きっと役立つエピソードが満載だ。 

    若きインドの起業家たちの話を聞くことはまた、本当に刺激になる。

    時代の移行期に在る我々。パンデミック世界を背景に、持論を熱く語りすぎた気がしないでもない。しかし、「健康的な食を提供する」という基本的かつ大切なコンセプトをビジネスにした彼らゆえ、すでに感性の共通言語がある。こっちが投じる話題を、気持ちよく捉えてくれるので気持ちがいい。

    前日に、スパイス・ボックスやドライフルーツなど、新商品ラインのギフトを贈ってもらっていたので、ミューズ・クリエイションのオリジナルTシャツと、エコバッグをプレゼント。

    毎度おなじみ書道短冊、今回は「Gourmet Garden グルメ・ガーデン」にちなんで「美食の庭」。以前、乳製品会社、「MILK MANTRA」のCEOに贈った「牛乳讃歌」と並んで、我ながら、いい味出してる。

    次回は我が家で「日本料理っぽいもの」を振る舞うことにした。

    いただいた木製のかわいらしいスパイス・ボックスは、イヤリング入れになりそうだ。

    【インド発、世界】 🇮🇳🇯🇵インドのオーガニック農作物事情と画期的なブランド「Gourmet Garden」の農場見学レポート/1980年代、義母が闘病しながら育んだ無農薬農場のエピソードなど。

    00:06 ●まずは……坂田の個人的な経験に基づくインドのオーガニック食品事情
    03:19 ●1980年代、無農薬野菜を育て、白血病と闘った義母ANJNAのエピソード
    05:35 ●Gourmet Garden 農場見学の経緯
    06:50 ●成長し続けるインドのオーガニック市場。その、ごく断片的な情報を参考までに。
    08:24 ●お待たせしました! 農場です!
    12:31 ●Gourmet Gardenのコンセプト
    13:29 ●このビジネスをはじめた動機は?
    14:35 ●ほかにも見学のファミリーが来訪

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    新年早々、諸事情あって、歯の話題。世界広しと言えども、ここまで歯の状態を気遣っておきながら、歯のトラブルが続く半世紀を生きてきた人間は、そうそういないだろう。

    1972年、坂田美穂7歳。日本世間のトレンドを超先取りして「前歯の歯科矯正」をしてもらえたのは幸いだった。しかし、それゆえに、頻繁に歯科へ通ったことが災いし「無駄に削られ金属を詰められた」昭和時代。

    日本での20代、米国での30代は、なんとか「ほどほどの治療」で乗り越えられたものの、インドに渡った40代、一気に奥歯がダメになり、結果、10年の間に6本のインプラントを入れるに至った。

    今回の動画では、虫歯を防ぐためのアドヴァイス含め、極めて有益な情報を「実体験」をもとにシェアしている。全く虫歯がない、銀歯とは無縁、原因不明の体調不良などはない……という人を除いては、ぜひご覧になることをお勧めする。

    気づいたら1時間もしゃべっていたので、半分に削って30分。それでも長いが、聞く価値はあると思う。

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    Coppicing/ If the stump (root) remains, the tree will revive.

    一昨日の記録、「萌芽更新。印度菩提樹〈Peepal Tree〉は生きていた。」を受けて。心に刻んでおきたい言葉につき。

    写真の印度菩提樹の枯葉は、5年前、伐採される直前に、庭に舞い落ちてきた1枚。

    *萌芽更新をして、日本語では、「蘗(ひこばえ)」とも表現するらしい。俳句では、春の季語だとのこと。益々、美しい。

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    1985年、20歳のときに初めて海外へ飛んだときから、旅を続ける人生を送りたいと願った。その延長線上に、海外生活25年。インドに暮らすわたしがいる。

    ついには今年、新居が完成する。現在の家も維持するが、これを機に「断捨離」や「大掃除」を始めており、今日は10年以上、袋戸棚に眠っていた日記や手紙の山を発掘した。

    最初の日記は1972年。小学校に上がる直前だ。本気で毎日つけ始めたのは1979年。中学一年、13歳のとき。そこからの日記が、多分200冊以上。それに加えて、夢日記などと、膨大な「手書きの記録」が目前に。このほかにも35年分のスケジュール表など、まだまだNOTEは尽きない。

    無論、活字の量からすれば、2000年にホームページを立ち上げて以来20年間、ネットの海の底に沈んでいる記録の方が圧倒的に多い。しかし、手書きの記録は、こうして一瞥し、ページを開けば瞬時に当時の思いが甦るからすごい。

    中高時代の日記の8割方は、「〇〇くんが好き」的なことを連綿と綴った、恥ずかしくて叫び声を上げてしまう、すさまじいものばかり。つくづく、夫が日本語を読めなくてよかったと思う。

    大学に入ってからは、随分と頭でっかちながらも、もんのすごく、考えている。友達との手紙のやり取りも、味わい深い。

    * * *

    子ども時代のわたしは、海外の息吹もアカデミックの風味もほとんどない昭和庶民の家庭に育った。幼稚園のころに買い与えられた「ブリタニカ世界子ども百科」や「学研の子ども百科事典」(正式名称不明)が、初めてにして唯一の「世界に開かれた窓」だった。

    その窓からの光景は実に楽しかった。その2種の子ども百科を猛烈な勢いで読み漁ったおかげで、根本的な視点、発想が、現在に連なっていることを再確認する。昭和47年の日記をして、「1972年」と西暦で記しているあたり、なかなかにグローバルだと、我がことながら感心する。ちなみに1972年は夫が生まれた年だ。

    どんなに無名な人間でも、一生懸命に生きていれば、それだけでドラマだなと、自分の半生を振り返って思う。

    わたしは、祖母の影響や自身の経験もあり、スピリチャルな世界をも重んじている。自分としては、「極めて実践的で実質的な見方とのバランスを取りながら生きている」と思う。

    そして55年間、生きてきた現在。人生とは本当に、あらかじめ定められたポイントがあるのだなということを、実感する。

    今日、日記はランダムに数冊しか開いていない。にもかかわらず、ふと手に取ったのが104冊目、1996年の日記だったことも、ひとつの暗示だ。

    つい先日、「人間は数十年、数百年単位ではなく、千年単位で考えるべき」と書いた矢先の、このページ。いきなり「地球誕生 46億年前」の文字からスタートしている。

    そして次のページ。昨日、記したばかりの「萌芽」の文字が目に飛び込んできて、若干鳥肌。それより何より! 

    記憶してはいたが、日記に書いていることはすっかり忘れていた。25年前の2月23日。ニューヨーク行きを2カ月後に控え、馬車馬のように働いていたころ。表参道を猛スピードで歩いていたときに、占いを始めたばかりだという男性に呼び止められた。普通なら立ち止まることがないのに、そのときは、話を聞いた。

    なにしろ、開口一番「珍しい顔相だ」と言われたのだ。最初は「壺とか、買いませんよ」などと軽口を叩いていたのだが、誠実そうな彼の風貌と口調に引き込まれ、手相も見てもらった。歩道の真ん中で。

    今年、強い縁がある、と言われた。「恋愛ですか?」と尋ねても、彼は「いや、強い縁です」とだけ、言った。「良縁」とは言わなかったのが、印象的だった。記録を見てもらえばわかる通り、人生の転機、使命を持っている、霊的な目をしている、などと言われた。

    この日記を見て思い出したのは「一生で3度目のうちの一つ目」と言われていたこと。これは覚えていなかった。

    彼の言葉通り、この2カ月後、人生の転機となる米国を訪れ、そして彼の言う通り、アルヴィンド・マルハンというインド人男性と出会った。最早、切るに切れない、最強の縁だ。

    二つ目の転機は、間違いなく、2005年のインド移住だ。

    では、3つ目は……?

    実は昨年、友人に教わって数秘術を知った。わたしの数秘は、かなり個性が強いとされる「33(6)」で、数秘から見た9年サイクルで、「1/発展、種まきの年」とされるのが、1996年、そして2005年。人生の大転機に重なるのだ。ちなみに2014年は特になにもなかっな……と思い返したところ「猫を飼い始めた」があった。猫も節目のひとつか? 我が人生、微笑ましい。😸

    その流れでいうと、昨年は休息の年、今年は充実。来年は完結、2023年に大きな転機が訪れる模様……。これはスピリチャルというよりもむしろ、人間の心身のサイクルにリンクしているようにも思う。

    ……長くなった。今日のところはこの辺にしておこう。

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    昨日からの、季節外れの雨が、目覚めてなお降り続けていた朝。パソコンを立ち上げ、ニュースを見れば、気持ちが塞ぐ出来事が溢れ出る。午後になり、晴れ間が見えた。課題をこなせず、庭に出れば、雨に洗われた瑞々しい緑。

    14年前、ここに引っ越してきた直後、庭の西側はITCテックパークの広大な森が、南側には昔ながらのバンガロー(一戸建て平屋邸宅)を取り囲む、やはり広大な森があった。朝な夕なに、赤や黄色や緑、あるいは赤い帽子を被った黒い小鳥がやってきた。カッコウもいた。キツツキもいた。リスもたくさんいた。

    わずか10年の間に、周辺は激変した。

    西側。かつてタバコ工場だった建物を全て取り壊し、樹木を悉く伐採して、ITCテックパークは近代的なビルディングに生まれ変わった。

    南側。バンガローは取り壊され、森の樹木は「すべて」伐採されて、今、高層アパートメントが建設中だ。なぜ、すべての樹木を伐採する必要があったのか。今でもわからない。

    我が家の方にまで、その枝をせり出していた印度菩提樹があった。釈迦が、その袂で瞑想し、悟りを開いたとされる木。ピーパル・ツリー。

    樹齢は数百年だろう。毎年2月ごろ、大量の葉を落とした。それから瑞々しい葉っぱが次々に現れ、3〜4月になると、実をつけた。それを鳥たちがついばみにきた。枯葉の掃除がたいへんでも、それは季節感が緩やかなバンガロールにおいては、四季の移ろいを感じさせるものだった。

    5年前、整地が始まった。書斎の窓から塀越しに、次々に伐採される樹木を眺めて心が軋んだ。この隅っこにある菩提樹は大丈夫だろうと、祈るような思いで日々を過ごした。最後の最後まで残った菩提樹はしかし、伐採されることがわかった。

    印度菩提樹は仏教だけでなくヒンドゥー教でも聖なる木として崇められている。寺院の庭に植えられていることも多々ある。むやみに伐採してはならないという風潮もある。故に残されるだろうと信じていたが、ダメだった。

    ある朝、メリメリメリ……ド〜ン! という音を立てながら、印度菩提樹は、次々に、大きく伸びた枝を落とされた。やがて、書斎の向こうから眩い陽光が差し込んできた。視界を遮るものない、広い青空が、悲しいほど眩しかった。

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    わたしは、「切り株から芽が出ている」、すなわち萌芽の様子が好きで、今回もアーユルヴェーダグラムの庭にあったそれを写真に収めた。これからどんな風に伸びていくのだろうと想像する。うまく想像できない。

    そして、9日間の滞在を終えて翌朝。隣の敷地とのパーティションの向こうに伸びる緑に目を見張った。

    印度菩提樹の葉だ! 

    切り株が、残されていたのだ!

    今までみたことがないくらい、大きな葉っぱをつけている。急いで夫を呼んだ。思わず、二人で拝んだ。

    伐採されて5年あまり。切り株の周りにはいくつもの新芽が萌芽し、ぐんぐん伸びているのだろう。

    「根」が残っていたら、また生まれ変わることができる。

    それをして、「萌芽更新」というらしい。今、調べてみて知った。

    萌芽更新。なんて希望に満ちた言葉だろう。