インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    We had a great time today at the “Festival of Handmade” by A HUNDRED HANDS . Many people asked us about the prices of Kimonos and Sarees.

    We are participating as “exhibition” only, and these are my personal belongings. Not for sale.

    We will be there again tomorrow from 11:00 am to about 4:00 pm. Hope to see you there!

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    今朝は6時起床でFM熊本の収録。2007年1月から今日まで、毎月インドを語り続けているけれど。現在、4人目のパーソナリティの方につき、当初の話題はご存じない。ゆえに今日は久しぶりに、インドの多様性「基本編」について、少し触れた。気候、言語、宗教、人種……。久しく暮らせば当たり前のことが、一般の日本人にとっては、理解の域を越えるものだ。繰り返し、新鮮な気持ちで、この巨大国家でのライフを、伝え続けねばと思う。

    朝食をすませ、福岡の母とヴィデオ通話でしばらく話す。このごろは、寒さも落ち着いたようで、その安息が伝わってくる。毎度のごとく、「健康的な食生活」と「前向きな心持ち」もしくは「前向きに生きよう」と心掛けることが大切だと、確認し合う。なにより、そこそこ元気に生きていられることへの感謝。

    母との電話のあとは、大量の猫餌(約1カ月分)作りだ。大量購入していた肉や魚、そして日頃の調理の際の「野菜の端っこ」や「余ったインドごはん」の冷凍などを取り出し、4つのグリル(ガスコンロ)をフル稼働して作る。さらには、明日の旅に持参する「昆布の佃煮」も作る(どこに持って行く!😁)。荷造りも7割方、終わった。そうこうしているうちにランチタイム。しかし有意義な朝の数時間である。

    🇮🇳

    明日から3泊4日の旅の前に、前回のジャイプル旅を完結しておきたい。取りこぼしや追記は多々あれど、とりあえずは2日目の夜の「ダンサー」のことを。

    彼女の名前は、Sudha Chandran。女優であり、インド古典舞踊の一つ、バラタナティヤム(Bharatanatyam)のダンサーでもある彼女。艶やかな衣装に身を包み、表情豊かにしなやかに、物語り踊る彼女。ダンスを終えた後、マイクを持った彼女は、力強く、流れるように話し始めた。

    彼女は、16歳のとき、交通事故に遭い片足を失くしていた!

    確かに、足元の動きに激しさはなかった。しかし、言われてみるまで、それが義足だと気づかなかった。

    家族との旅行中に事故で足を失った彼女。踊るために生まれて来たと信じ、ダンサーを志望していた彼女にとって、それは絶望的な事故だった。周囲からは、命が救われたとを祝福されると同時に、「もうダンスはできないわね」「でも、動けるから、大丈夫よね」と言われ続けた。それが、耐え難かった。

    ひたすらに、奇跡を望んでいた。そんな2カ月後、彼女は新聞で「Jaipur Foot」のことを知った。ドクターの計らいで「足」を得た彼女は、尋常ならぬ努力をしたであろう、その果てに、女優とダンサーという立場を掴み取った。奇しくも、わたしと同じ年齢だという彼女。その目の輝きや肌の艶は、とても若々しく、エネルギーの迸りが見える。ここに投稿している動画をぜひご覧いただきたい。

    実はわたしは、2017年のジャイプル来訪時に、ジャイプル・フットを見学していた。非常に有意義な経験だったので、そのときの記録を次の投稿に転載する。今回、このとき案内してくれたドクターのアニタに再会できたことも、うれしい出来事のひとつだった。

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    【ジャイプル・フット/2017年12月訪問時の記録】

    今日の午前中は、いくつか用意されたツアーの中から、希望するものを選んで参加。パレスの修復建築見学、ジャイプル陶芸の絵付け体験、Forest Essentialsの香水調合レッスン……といくつもの魅力的な企画があるなか、わたしは出発前から、Jaipur Footの見学を希望していた。

    今回のイヴェント参加者約400名。うちJaipur Footの参加希望者は4名! うち集合場所に現れたのはわたし一人! 一人でも催行してくれるということで問題はなかったが、今回、親しくなったマレーシア人のエリサ(ゲストスピーカーだった “500 Startups” のカイリーの妻)が、どれに参加しようか迷っていたので誘ったところ、強い関心を示し、同行することに。

    案内してくれたのは、YPOのジャイプール支部のメンバーで、ドクターのアニタ。ジャイプル市街にあるJaipur Footは、1975年、D.R.メータ氏によって創設された「義足作り」のNGOで、世界最大規模を誇る。

    世界各地を行脚するメータ氏の熱意と行動力、そして口コミの影響で、国内外からの寄付や支援が募られている。結果、超廉価で膨大な数の義足を、貧困層の人々に無償で提供している。創設当初は決して快適とは言えぬクオリティだったが、米スタンフォード、米MIT、そして印IITなどの協力により、世界最先端の技術が導入され(正直なところ、作業現場は前時代的にしかみえないのだが)、品質も向上。1975年はわずか年間59足からスタートしたが、昨年は年間8万5000足を超えた。以下、特筆すべき事項を箇条書きにしておく。

    ◎主には超貧困層が対象。

    ◎義足代はすべて無料。

    ◎世界各国から購入者を受け入れる。

    ◎数年に一度のメンテナンスが必要。ゆえに海外在住者には1度に2セットを提供。

    ◎アフガニスタンやバングラデシュなど海外約30カ国のキャンプに義足提供。

    ◎インドの義足利用者の半数以上が鉄道事故による負傷。

    ◎アポイントメント不要。いつ訪れても受け入れられる。

    ◎到着した日に足型をとる。24時間後に義足完成。

    ◎到着した翌日に装着、歩行練習をする。

    ◎米国では120万ドル(約120万円)で売られている義足。ここではわずか50ドル(5000円)程度で製造している。

    工場内を見学したあと、創始者のメータ氏に話を聞く。ご本人のエピソードに加え、マハトマ・ガンディやシュバイツアー博士の言葉に感銘を受けたという、その言葉を教えてくれる。強く心を動かされる。

    義足使用で自由に動き働く人を目の当たりにし、また、1年ぶりに自力で歩き始めた女性の一歩に立ち会える機会を得た。胸が熱くなる。ここには到底書き尽くせぬが、本当にいい経験だった。

    🦵JAIPUR FOOT
    https://www.jaipurfoot.org/

    🇮🇳ラジャスターン旅 01@ジャイプル/稀有な体験の数々。YPO主催のイヴェント参加の数日 (Dec. 2017)
    https://museindia.typepad.jp/2017/2017/12/jaipur.html

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    この夜からすでに10日が過ぎてしまった。明後日からまた、別の旅に出る。その前に、ジャイプル旅のことは、あれこれを取りこぼしてなお、書き残しておきたい。

    ◎夕刻、ジャイプル北部郊外にあるJaigarh Fortへ向かう。ここから望む夕景がすばらしいとのことで、6時の到着を目指した。あいにく地平線のあたりは雲に覆われていて、夕日を眺めることはできなかった。しかし、乾いた山に延々と横たわる砦のようすは美しい。ここにはまた、世界最大と言われる大砲「The Jaivana cannon」が鎮座していた。歴史的な背景を綴れば尽きず、そこかしこに逸話。

    そして日暮れて、パーティの会場となっている中央の広場に向かう。YPOジャイプル支部が準備してくれたというそこは、なんとも幻想的に麗しく在る。簡素に無口な砦の建造物。そこにさまざまな「光」が配されて、まさにシュルレアリスム。

    わたしは、子ども時代からサルバドール・ダリ(スペイン)が大好きで、大人になって知ったジョルジョ・デ・キリコ(イタリア)の絵画にも強く引き込まれた。また、ポール・デルヴォー(ベルギー)の夜景や鉄道に心惹かれ、ともあれ、インドを知る以前は、それらはすべて「欧州出自」だと思っていた。

    しかし、[Jaipur 01]で記した通り、欧州ではなく、欧州列強の影響も受けたところの「インド亜大陸 」が我がノスタルジアの根源だったということを、改めて認識する。特にここ、ラジャスタン州に来るにつけ。

    ◎車を降り、門をくぐり、会場まで歩くうちにも、キリコの絵の中に紛れ込んだような気持ちにさせられる。そうして、会場に入り、音楽が鳴り響き、「喇叭」を掲げた男たちの姿を見た瞬間に、図らずも、涙が溢れた。個人的な精神世界のことは、気安く綴るべきことではないので、ここでは軽く触れるにとどめるが、ともあれ、「来るべくして来た」との思いを強くした。

    既述の通り、YPO ASEANのメンバーたちも同席しての、それはそれは多様性に富んだ夜だった。ステージでダンスをしてくれた、そのダンサーの物語が印象的で、彼女のことは別途、記す。

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    ◎YPO ASEANのメンバーがボリウッドダンスを披露するなど、賑やかに楽しい時間。そしてなぜか! バンガロール支部の多様性の象徴として、我がForumの友人らがわたしにJAI HO! を踊れという。JAI HO! 。それはミューズ・クリエイション黎明期からの定番ダンスにつき、踊れるっちゃ踊れるが、最後に踊ってから3年ほどたつ。

    でもって、いくらなんでも、素人が一人でボリウッドダンスを披露するような場所ではない。披露するなら、せめてあらかじめ、練習しておきたい! 

    つべこべいうわたしに容赦なく、勝手に音源の準備をして、「これから日本人のミホが踊ります!」とアナウンスする友人Dekyi。……ったく!! さすがに一人は気がひけるから、彼女らを連れてステージに上がり、一緒に踊ってもらった。音楽が流れ始めると、自然と楽しくなってしまう。恐るべしボリウッドダンス。

    Dekyiの夫のAmitが撮影してくれた動画を見直したら、やったらうれしそうに踊っている自分の姿……。ノリノリかよ!! と自分に突っ込む。それもこれも、前世はこの界隈でダンサーだったのだろうと、一人、腑に落とすのだった。

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    ◎ところでこの日、着用したサリーも、友人Yashoのブランド、Mrinaliniで購入したバナラシ(Banarasi )シルクだ。購入時のエピソードは以下のブログに残している。わたしは彼女のファッションセンスが本当に好き。サリーやアクセサリーの選び方も本当に感銘を受ける。この日、彼女が着ていたのは、お母様から譲り受けたという古いバナラシ(Banarasi )シルクのサリー。このワークがまた精緻で本当に美しい……。

    ◎なお、YPO ASEANのメンバーはASEAN諸国の在住者はもちろんのこと、他国からの駐在員も在籍していることから、マンハッタン的な多国籍ぶり。東は韓国、西はブリュッセル(ベルギー)やバルセロナ(スペイン)のメンバーとも話をする。実はわたし、韓国は未踏なのだが、ベルギーもバルセロナも大好きで、何度か旅した土地でもある。話が芸術や文化の深みに嵌り、束の間、時間旅行を楽しんだ。

    と、綴れば尽きぬ。明日はFM熊本の収録につき、早朝起床だ。そろそろ寝よう。

    🥻今年初! 『インドのテキスタイルとサリー講座』で「不易流行」。古来からの歴史、文化、伝統、政治、世相を映す、インドの布世界。(2023)
    https://museindia.typepad.jp/fashion/2023/09/saree.html

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    慌ただしくもジャイプル文学祭の片鱗を堪能。その後は、夕刻からのパーティに参加すべく、着替えねばならない。我々夫婦は中心部から少し離れた場所にあるThe Oberoi Rajvilas に滞在していたことから、他のYPOメンバーらが滞在している中心部のホテル、Taj Rambagh Palaceで着替えさせてもらうことにした。

    先日、若者らとバンガロール優雅ツアーをした際の記録に残した通り、TATAグループ傘下のタージ・ホテルズは、全国各地に多彩なホテルを展開している。ジャイプルには、4つのホテルがあり、Taj Rambagh Palaceはそのうちのひとつ。このホテルの庭にもまた、何羽もの孔雀が広大な庭で過ごしており、よりいっそうの優雅さを添えている。

    一組の友人夫妻が、プリンセス・スイートにアップグレードしてもらったということで、見学を兼ねて着替えさせてもらうことにした。

    重厚なドアを開ければ、なんともはや豪奢な空間。かつて王妃が使っていたという家具調度品もそのままに、まるでミュージアムのような趣だ。

    室内をじっくりと眺めたいところではあったが、時間の余裕がない。そもそも人様の部屋につき、早々に着替えて、数枚、写真を撮らせてもらって、お暇した。

    これまで、わたしが仕事として引き受けてきたのは、ビジネス視察のコーディネーションがメインだった。しかし「知的に優雅な旅をしたい方」向けの、ラグジュリアスに限定した、何かとプライスレスな個人旅行のアテンドも、有意義かもしれないと、このごろは思う。もちろん、自分も楽しめることが前提で。インドの魅力は無尽蔵につき。

    OKaeri Ventures。あれこれ手を広げ過ぎぬよう、しかし自分が楽しめる範囲内での仕事を、増やしていこう。

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    Taj Rambagh Palace
    https://www.tajhotels.com/en-in/taj/rambagh-palace-jaipur/

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    ジャイプル旅から戻って、早くも1週間が過ぎた。実質わずか2日間ながらも、濃密な時間だった。書きとどめておきたいことが多いときほど、時間には限りがある。

    さて、今回のYPOリトリートが、この時期のジャイプルに決まった理由の一つは、年に一度の「ジャイプル文学祭」の開催時期だったからだ。2006年を端緒に、毎年開催されてきたこの文学祭。国内外の作家や文学者をはじめ、社会的に影響力のある知識人や活動家、著名人らが登壇しての講演や、テーマ別のパネルディスカッションなどが開催される。

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    文学、芸術、歴史、社会、外交、政治、国際情勢、戦争、環境問題、テクノロジー……と、さまざまなテーマによるプログラムが、広大な敷地内の複数の会場にて同時進行で開催される。その数、5日間の期間中に、なんと224! プログラムを眺めるだけでも、もう、頭の中がいっぱいになってしまう。

    関心のある方は、ぜひ下記の文学祭ホームページにアクセスされたし。どのようなテーマが採り上げられているかを知るだけでも、今日のインド社会の傾向や趨勢を推察することができるだろう。特設の書店を一巡し、本の表紙を眺めているだけでも、強い刺激を受けた。

    わたしたちは時間が限られていたことから、2つのセッションしか聴講できなかったが、いずれも興味深いものだった。特に113のDevdutt Pattanaikの話は、宗教的世界観、神話、精神世界と資本主義的社会における欲求の在り方、そして未来……と、日頃わたしが散漫と思っているところを、的確な言葉と表現で、立板に水の如く語られていた。爽やかなまでに腑に落ちた。

    詳細に言及したいところだが、過去はすでに遠く、未来に生きねばならぬ。というわけで、文学祭の話題はこの辺にしておく。残る2日目の写真は、引き続き、残しておきたい。

    (113) Tirthankar: Insights into Jainism : Devdutt Pattanaik introduced by Satyarth Nayak

    (123) Fossil Free: Energizing India: Sumant Sinha, Malcolm Turnbull? and Arunabha Ghosh in conversation with Mridula Ramesh

    (116)「Heart of the Matter: QUAD and the New IndoPacific Vision」のセッションでは、在インド日本国大使館の鈴木浩大使も登壇されていたようだ。

    📗Jaipur Literature Festival
    https://jaipurliteraturefestival.org/

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    Amrapaliのミュージアムをあとにしたわたしたちは、一旦、ホテルに戻って少し休憩。サリーに着替えてディナーパーティへ。会場は、YPOジャイプルのメンバーが経営するRose Amerという優雅なヴァケーション・ホーム。2018年に誕生したというここ、コロニアル建築にモダンな家具調度品が融合した個性的な空間だ。

    何人かのジャイプルのメンバーと言葉を交わしたが、日本語が話せる人たちもいた。テキスタイル・ビジネスで、あるいはテクノロジー関係のビジネスで、日本へ出張へ赴くことが多い人、あるいは何年か暮らした経験のある人……と、さまざまな社交の場で、日本とインドの関わりは確認される。

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    わたしと二人で写っている女性は、インドを代表するカーペット会社、JAIPUR RUGSの創業ファミリーであり、デザイン・ディレクターであるKavita Chaudhary。実は、2022年に完成した新居のリヴィングルームと「月光ライブラリ」のカーペットは、JAIPUR RUGSのもの。ライブラリに「月光」と冠したのは、このすばらしいカーペットに出合ったからこそ、であった。ちなみに写真の天井の巨大な月は、Amazon.inで買った子供向けのプラネタリウム的なライト。

    彼女に写真を見せつつ、すてきなカーペットを育んでくれたことに感謝だ。

    ファミリービジネスが端緒のJAIPUR RUGSは、北インド各地の7000を超える工房の、40,000人以上の職人たちを束ねている。デザインは伝統的なもの、コンテンポラリーなもの、あるいは両方を取り入れたトランジション・シリーズなどと選択肢は幅広く、値段もピンからキリまで。実用性のあるものから、壁に掛けたくなるアーティスティックなものまで、本当に魅力的なのだ。インディラナガールにオープンしたばかりだったJAIPUR RUGSのショールームは、まるでミュージアムの風情でもあり。

    詳細は下部のブログの記録を参考に。

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    ところで、この夜は、ピンクシティのジャイプルに因んで、ピンク色のサリーを持参していた。これは、友人Yasho(シルヴァーと黒のストライプのすてきなサリーを着用)のブランドMrinaliniの展示会に初めて訪れた時に買ったもの。お気に入りの一枚だ。こちらもブログに詳細を記しているので、関心のある方はご一読を。

    🏠インテリア&ハウジング市場も目まぐるしく変貌を続けるインド。我が魂は亜大陸を彷徨う日々。(2021)(JAIPUR RUGS店舗の訪問記録)
    https://museindia.typepad.jp/library/2021/11/india.html

    🥻インドはお祭りシーズン序章。またしてもサリーの海へ。
    Mrinalini. A platform to help handloom weavers across the country.(2021)
    https://museindia.typepad.jp/fashion/2021/09/saree-1.html

    🥻今年初! 『インドのテキスタイルとサリー講座』で「不易流行」。古来からの歴史、文化、伝統、政治、世相を映す、インドの布世界。(2023)
    https://museindia.typepad.jp/fashion/2023/09/saree.html

    Rosé Amer
    https://roseamer.in/

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    ✨インドに移住する前までは、わたしは、東京でも、米国でも、ジュエリーには縁遠いライフを送っていた。ファッションにしても、ジーンズにTシャツが定番で、おしゃれに関心がなかったわけではないが、さほど投資もしていなかった。

    しかしながら、インドに移住し、サリーを通してテキスタイルの豊かさを学び、ジュエリーを通して装飾品の伝統や文化を知った。単に身体を「飾る」という目的にとどまらぬ、金銀に込められた歴史。いにしえからインド亜大陸に暮らす先住の部族民(Tribe)の多くは、財産(銀の宝飾品)を「身につけて」暮らしてきた。ジプシー、遊牧の民らもまた、衣類や宝飾品に全財産を託して、方々を流浪してきた。

    1947年のインド・パキスタン分離独立の際、パキスタン側からインドに流入して来た人たちは、まさに「着のみ着のまま」だったことから、女性が身につけていた金銀の宝飾品を元手に、命を繋いできた人も少なくない。……と、このあたりの話題についても、とめどないので割愛。

    ✨わたしは、インド人男性と結婚し、家族からバングルやネックレス、イヤリングなどを受け継いだ。そもそも「銀よりも金」さらには「黄色がかった金」が好きだったわたしにとって、22金のそれらは、自分の好みにピッタリだった。幸い、夫の母や祖母が選んでいたのは、典型的なインドの大ぶりでゴテゴテとした宝飾品ではなく、いずれも上品でシンプルなものばかり。ゆえに「平たい顔族」のわたしが身につけても違和感がない。

    インドに移住した当初、プライヴェートで、あるいは出張で、ムンバイやデリー、ときにはチェンナイに赴いた。そんな折、目にとまったジュエリーを少しずつ購入していたのだが、偶然にも気に入ったものは、Amrapaliというブランドのものだった。最近でこそ、ジュエリーを買うことはほとんどないが(指も首も数が限られているので、そんなには要らない)、日本からの旅行者にはお勧めしてきた。というのも、Amrapaliは、22金に貴石(プレシャス・ストーン)が施されたの豪華で高価なジュエリーだけでなく、銀に18金をコーティングしたファッションジュエリーや、銀のTribeシリーズ、廉価ながらも美しい半貴石(セミ・プレシャス・ストーン)を使ったものなど、選択肢が幅広いからだ。バンガロールにも専門店があるほか、Raintreeなどのブティックでも扱われている。

    ✨この日、YPOスピーチセッションのあとのプログラムに、偶然にもAmrapaliミュージアムのツアーが組まれていた。前のめりな女性たちに対し、ジュエリーの買い物に付き合わされるのではないかと懸念する男性たち。しかし、そんな男性の心配は無用であった。蓋を開けてみれば、そこは二人の創業者がインド各地で収集してきた宝飾品を展示する、純然たるミュージアムだったからだ。

    Amrapaliの歴史は、1970年代半ばに遡る。二人の男子大学生 Rajiv AroraとRajesh Ajmeraは、インド芸術の真髄を探求すべく、インド全土を巡る旅に出た。彼らは、部族民が身に着けるユニークな宝飾品や、バザールなどで物々交換されていた品々の虜となった。旅を重ねるなか、二人の関心は、装飾芸術への情熱へと昇華、Amrapaliの創業に至った。1枚目の写真は、創業一族と共に。向かって、わたしの右の男性がRajesh Ajmera氏で、左の女性がCEOであるAakanksha Arora氏だ。

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    2018年にオープンしたこの博物館の展示品は、インドの部族民のライフを反映するものをはじめ、宗教的な意味合いを持つもの、権力や地位、財力を象徴するものなど、インドの多様性が詰め込まれている。これらのコレクションは、学者やデザイナーなど、多くの人々の研究や調査の対象にもなってきたという。

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    ✨部族の女性たちの足首を「飾る」というよりは「筋肉養成ギプス」状態の銀製アンクレット。軽いものでも2キロ程度もあるというどっしりとしたそれら。イヤリングもネックレスもノーズリングも、四六時中、身につけていれば慣れるのだろう……という域を超えて、重すぎる。しかし、そこに古来からの歴史やライフの習慣が反映されているのだ。インドの神々が刻み込まれた純金の髪飾りの圧倒的な存在感。虫眼鏡を使わなければ見えないほどの精緻さ。ちなみに拡大写真は、わたしの好きな神様、サラスワティ。弁財天の起源となっている女神だ。

    ✨2013年に”Tribe Amrapali”が誕生して以来、ソーシャルメディア上でも、かなりの重量感あるシルヴァー・ジュエリーが目に留まってきたが、それがAmrapaliの原点であったのだということも、この日、初めて知った。お土産にいただいたペンダントがまた、シンプルに意味深長で、とても気に入った。詳細は、別の機会に記したい。

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    郊外のThe Oberoi Rajvilasから車を走らせ、ジャイプル中心地にあるTaj Rambagh に隣接するTaj Sawai Man Mahal へ。今回、YPOバンガロール参加者の大半が、このホテルに滞在している。

    米国ニューヨークを拠点とするグローバル組織のリーダーシップコミュニティであるYPO。140カ国以上に支部があり、約34,000以上のメンバーを擁する。2016年に夫が正会員として、わたしは伴侶会員として属することになった。以来、数え切れないほどのプライスレスな経験をしている。

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    前回、2017年のジャイプル旅もまた、YPO主催によるものだった。ジャイプルのマハラニ(王妃)と晩餐のテーブルを共にしたり、ボリウッドのスーパースター、シャールク・カーンと写真に収まったり、インド国軍の元帥、General Bopin Rewatの話を聞いたり、ラジャスタンの豪奢な宴を楽しんだり、世界最大の義足作りNGOのJAIPUR FOOTを訪れたり……と、いずれもかけがえのない思い出だ。

    さて、ジャイプル文学祭に合わせて実施された今回のYPOバンガロール支部のリトリート。折しも、YPO ASEANの面々がジャイプル来訪中ということもあり、合同でのプログラムも催された。

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    この日のカンファレンスの登壇者の中でも、印象に残ったのは、インド政府官僚のAmitabh Kant氏。インド政府の公共政策シンクタンクである「NITI Aayog」の二代目CEOでもあった同氏。語り口調の確かさ、淀みなくわかりやすくポイントを語る話術が圧倒的だった。昨年、インドで開催されたG20において「使者emissary」を務めた彼の、G20における各国の「駆け引き」に関する裏話は、非常に興味深く引き込まれた。

    一般には報道されない背後にて、無数のドラマが展開されているのだろうことが具体的に連想される。

    彼はまた、2002 年にインド政府が開始した国際観光キャンペーン「Incredible India」においても尽力。特にケララ州の観光促進に際しては、多大なる貢献をした模様。我々夫婦が米国在住中の2004年にインド旅をした際、初めてケララ州を訪れたが、そのころより、海外からの旅行者も急激に増えていた……と、話は尽きぬ。

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    続いて、作家であり外交官でもあるAmish Tripathiの登壇。インドの神々を題材とした作品を多数、生み出している彼が、外交や政治を語る際に引き合いに出すインドの歴史や文化、伝統にまつわる説明は、時空を超えて話が広がったり収束したりして、興味深い。

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    その後のパネルディスカッションでは、YPOバンガロールの友人、Umang BediやHari Marar が登壇。これからのインドについて、ASEANメンバーに向け、歯に衣着せぬ率直な意見が交わされた。さまざまな業界を代表し、この国を牽引する優秀な人々の、それぞれの経験に基づいた話を聞けることは、実に有意義。(公表されている統計としての)数字のまやかしと現実。悲観と楽観。一つのイデオロギーに偏らない、多様な見方を学ぶことで、自分自身の立ち位置や表現についても考えさせられる。

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    ちなみにこのカンファレンスのタイトルになっているCHAK DE INDIA! とは、2007年に公開されたシャールク・カーン主演の映画から取られている。インドの女子ホッケーチームを巡るサクセス・ストーリーで、大ヒットした。日本語で言えば、「がんばれ、インド!」「行け行け、インド!」といったところか。わたしたちも映画館へ観に行った。

    [ラジャスターン旅 01@ジャイプル] 稀有な体験の数々。YPO主催のイヴェント参加の数日(2017年12月)
    https://museindia.typepad.jp/2017/2017/12/jaipur.html

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    予想はしていたが、あまりにも濃い1日。書きたいことが山とあるが、備忘録としてせめて写真だけでも残しておこう。

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    ◉インド。ロイヤルファミリーの歴史と点在する宮殿ホテル(2月2日①)

    インドのホスピタリティビジネスを代表する高級ホテルのグループ。タージ (Taj Hotels, Resorts & Palaes)、オベロイ (Oberoi Hotels & Resorts)、ITC (ITC Hotels) 、リーラ (Leela Palaces Hotels & Resorts) などが挙げられるが、なかでもタージやオベロイは、特筆すべき存在感だ。

    思い返せば、新婚旅行でウダイプルのTaj Lake Palace Hotelに宿泊したのを皮切りに、過去20年間、各地の個性豊かに優雅なリゾートやパレスに滞在してきた。これらインドのホテルグループの歴史的な背景や、ホスピタリティ・ビジネスの実態、実際に宿泊したときの体験談など、いつかまとめて記しておきたいと思う。

    先日、若者らを率いてバンガロールのタージ・ウエストエンドを訪れたときに実感したのだが、日本の高級ホテルが海外からの旅行者(インバウンド)に対応する際、インドのホテルにおけるホスピタリティの在り方を知ることも、少なからず有意義だとも思う。

    そもそもインドに、このようなホテルが存在することさえ知らない人も少なくない。バックパッカー、安宿のイメージは強いが、優雅なインドの側面はあまり伝わっていない。日本の高級外資系ホテルや高級旅館に比べれば、比較的リーズナブルに、豊かな時間を過ごせる場所が多々あることも、知って欲しいと思う。

    さて、今回滞在しているOberoi Rajvillas。昨年25周年を迎えた、インドにおけるパレス・リゾートホテルとしては最も古い存在だ。ロイヤルファミリー(マハラジャ、あるいはハイデラバードのニザム)の末裔が受け継ぐ宮殿は、インド各地に存在する。

    ホテルグループと、ロイヤルファミリーの共同プロジェクトにより、ホテルに改築されたパレス・リゾートはインド各地にあるが、ここジャイプルのラジヴィラスはその先駆けだという。

    広大な敷地には無数の鳥、200を超える孔雀たちも暮らしている。

    昨日は、ホテルの敷地内の散歩から1日を始めた。冷んやりとした空気も心地よく、孔雀らはフレンドリーに美しく優雅で、まさに楽園だ。リゾートの中心には、300年近い歴史を持つ小さなシヴァ寺院がたたずむ。散歩の終わりに手を合わせ、朝食を取るべくダイニングルームへ。

    インドの高級ホテルの、豊かに愉しき朝食(食べ過ぎないよう自制心が必要)についても、いつか改めて、触れたい。

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    明日からのイヴェントに先駆けて、今日、デリーから車でラジャスターン州の州都ジャイプルに来た。初めてこの地を訪れたのは、バンガロール移住直後の2005年12月。2度目はYPOのイヴェントで2017年に。そして今回もまた、ジャイプルで開催される文学祭(Literature Festival)に合わせたYPOのリトリートで訪れている。

    わずか3泊につき、今回も自由行動はほとんどない。ゆえに、少しでも滞在を豊かにできればと、中心部から離れたリゾートホテルThe Oberoi Rajvilasを宿に選んだ。

    久しぶりのラジャスターン。音楽。ダンス。タール砂漠……。何もかもが、遥かに懐かしく、血が騒ぐ。

    幼少期に何度も見た夢の舞台は、ピンクシティとも呼ばれている、ここジャイプルではなかったかと、初めてこの地を訪れた時に思ったものだ。

    2歳か3歳のころから小学生の高学年になるころまで、繰り返し見ていたがゆえ、今でもその情景を思い出せる。

    いくつもの大きな支柱が立つ宮殿の広間のようなところ。夕方なのか、茜色ともピンク色ともつかぬ光の中に包まれている。夢の中のわたしは若い女性で、明るい色の長いドレスを着て、くるくるくるくる回りながら踊っているのだ。

    子どものころは、それがシンデレラや白雪姫のような、欧州的なドレスだと思っていて、憧れていた。よく絵に描いたりもした。しかし、今思うに、夢の中のドレスは、インドの女性が着る「レヘンガ・チョーリー」という民族衣装そのものだった。

    そんな遠い記憶のことを、久しぶりに思い出した。安部公房の小説のテーマのひとつ「故郷喪失」やテーマに上がる「砂漠」。それらに惹かれる理由が知りたくて、1992年、北京から36時間、国際列車に揺られてモンゴルのウランバートルを目指した。自分にとって、ゴビ砂漠に縁があると思ったからだ。それはそれで、我が人生に大きな影響を与えた、強烈な旅であった。

    しかし、「前世」に思い巡らせれば、ゴビ砂漠ではなく、タール砂漠だったのかもしれないと、思う。或いは、昨日、パーティション・ミュージアムでメモを取りながら、「故郷喪失」が閃いて、はっとした。

    わたしはやはり、インドに来るべくして来ているのだなと、南にいるときには感じない宿命のような感傷を、インド・パキスタンの国境沿いに来ると、強く思うのだ。

    ……何、言ってんの? と思われそうなので、この辺にしておこう。

    この街の魅力やホテルのこと。記したいことは尽きぬが、せっかくスパでリラックスした身。そろそろ寝ます。

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