インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    小雨降る寒い昨日。2023年8月、オールド・デリーに誕生したパーティション・ミュージアムを訪れた。南デリーの自宅からは車で1時間ほど。威容を誇る赤茶色の城、レッド・フォート(ラール・キラー)の近くにある。レッド・フォートは、タージ・マハルを建てたことでも知られるムガル帝国第5代皇帝、シャー・ジャハーンによって、1648年に建立された世界遺産だ。

    インドとパキスタンの国境の地、アムリトサルにある博物館と同様、この博物館は1947年8月15日のインド・パキスタン分離独立前後の、社会、そして人々の歴史を伝えている。

    久しい英国統治時代を経て、インド亜大陸がどれほどの辛酸を舐めた果てに、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の国に断絶されてしまったか。大まかな経緯は知っていてなお、史実を検証する数々の展示や、当時を生きた人々の肉声(ヴィデオ)は、鮮やかに酷い。なかなかに、気分が滅入る。

    それにしても、ラドクリフ・ラインの、なんと理不尽で不条理で暴力的なことか……!

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    ミュージアム内は写真撮影が禁止されているので、関心のある箇所はメモを取る。ミュージアムでこんなにメモを取るのは初めてのことだ。ともあれ、後ほどネットで確認するために、キーワードだけでも留めておきたい。

    冷たい雨が降る午後。ひと気のない、しんしんと冷え込むミュージアムで、当時の新聞や雑誌のコピー、写真、地図などに見入りつつ、黙々と、メモを取る。静まり返った館内に、我が右腕のバングルが触れ合うシャラシャラという音が響く。

    2001年に結婚した時に、夫の家族から受け継いだこの22金のバングル。伯父曰く、伯父の母が結婚したときから身につけていたというから、100年近く前のものだ。ラホールで作られたであろう、このバングルもまた、祖母の腕を飾りながら、シャラシャラと音を立てながら、デリーにたどり着いたであろう。

    身体は大きめだが手は小さいが故、この小ぶりのバングルが、わたしにはちょうどいい。シンプルなデザインもまた、気に入っている。これもまた、ご縁だと、常々思っている。

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    このミュージアムについては、内容はもちろんのこと、その歴史的な建造物の背景についても触れたいところだが、これから3泊4日のジャイプール旅。そろそろ準備をして、出発だ。次回こそはゆっくりとデリーで過ごす時間を取ろう。

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    空気の悪さが身にしみる曇天の午後。Umaと共にDilli Haat と呼ばれるオープンエアのバザールへ赴いた。INAマーケットに隣接するこのバザールはインド政府とデリー観光局、テキスタイル省などにより1994年に誕生。わたしが義理の両親に連れられて初めて訪れたのは20年ほど前だったか。

    ここもまた、当時と変わらぬ風情である。インド各地、特に北インドの手工芸品が会している。この日はラダックの工芸品フェアが開催されていて、パシュミナやウール製品の店が軒を連ねていた。

    インド移住当初の数年間は、良質のすてきなパシュミナを見つけるたびに、ついつい購入していた。しかし、バンガロールは年中暖かめで、パシュミナを使う機会は非常に少ない。旅行のときに持参するだけなので、もう新しいものを買う必要もなく。

    なんとなく、そぞろ歩きつつ、オーガニックのハーブティーの店舗で足を止めた。このところ「寝る前のカモマイルティーは身体によいかも……」と思い、飲み始めていた。味はあまり好きではないが、なにかしらよい効果を得られればと思う。

    そんな矢先に良質めいたカモマイルティーを発見。併せて、おすすめのペパーミントとローズティーなどを購入。バンガロールに帰って飲んでみよう。楽しみだ。

    それにしてもデリー。何かにつけて、モディ首相が目立つ。

    それにしてもわたし。毎度のことだが、顔がデカさが目立つ。😅

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    デリーの大型ショッピングモールといえばAnsal Plaza (1999創業)が唯一で、グルガオンがまだ野良豚の走る荒野だったころ。

    デリーでのショッピングといえば、Khan Marketへ足を運ぶのが定番だった。ほかにも、South Extension やGK (Greater Kailash) にも商店街はあるが、カーン・マーケットはコンパクトに歩きやすい。

    玉石混交の、この商店街。パッと見は、昔も今もあまり変わらないが、店の構成は栄枯盛衰。訪れるたびに変化している。今回、久しぶりにのんびりと散策。我がお気に入りのブランド店も少なからずあり。写真を撮っていたら、かなりの数に上って驚いた。

    それぞれの店舗の特徴を紹介をしたいところだが、さすがにその熱意と時間はない。これからお出かけ。

    思い出に、残しておこう。

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    一昨日は、伯父夫妻の家でランチを共にした。夫の母の兄夫婦だ。この家族のことは、これまでにも幾度となく記してきた。インド家族の歴史、インドのことを伯父と伯母に聞くのは、わたしにとって有意義な時間でもある。

    現パキスタンのラホールに生まれ育った伯父と義母(夫の実母)の子ども時代のこと。インドとパキスタンの分離独立を目前にして、デリーの拠点へ移ったときのこと……。伯母の一族の話も非常に興味深い。今、彼女は家族の物語を本にするべく執筆途中だという。話が芋づる式に尽きず、なかなか終わりがみえないとのこと。インド、英国、米国を舞台にした一族の物語は、第三者のわたしですら、奥深さが察せられる。

    翻って夫の血縁である伯父。インドとパキスタンが分離独立を果たした1947年、当時、ラホール最高裁の弁護士だった曽祖父(伯父の祖父)は、仕事をすませてからデリーにて合流することになっていた。息子である祖父(伯父の父)が、妻子を伴い、ラホールからデリーへ赴く前夜。「いざというときには、自ら家族を殺める覚悟を」と、曽祖父は祖父に銃を渡した。うなずく祖父の、その覚悟たるや。

    数百年に及ぶ英国統治から、独立に向かう混沌の時代。無数の家族の、無数のドラマがそこにはある。そのなかの「一家族」の物語の延長線上に、今、インドに暮らす「日本人のわたし」がいる。インド家族の歴史に思いを馳せるたび、その数奇な縁を思い、遥かな気持ちにさせられる。いつか国境を越えてパキスタンへ赴き、ラホールの地に立ちたいとも思う。

    祖父のことについては、アヨーディヤーにおけるヒンドゥー教寺院の建立に際して、すでに情報をシェアしたばかりなので詳細は割愛する。わたしもまた、夫の家族の物語を1冊の本にまとめたいと思い続けてきた。パンデミックの最中に、本気で検討していたのだが、あまりの広さ深さに、先に進めないままでいる。

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    話はそれるが、デリーに来ると、バンガロールとは異なる「緊張感」がある。南インドでは感じない「ここは、インドだ……!」という空気が漂っている。人々の気質も、表情も、ライフスタイルも、顕著に異なる点が多い。そして、「政治」が近い。異種のイデオロギーがせめぎあい、浮かび上がっている。

    先日のアヨーディヤーのヒンドゥー教寺院の建立についても、その捉え方は北と南とではかなりの温度差がある。改めて、発言には気をつけねばとも思う。自分自身がどういう立場でどう考えるかは、もちろん個人の自由だ。しかし、自分の考えを他でシェアするには配慮するに越したことはない。自分の主義主張を絶対とばかりに、他者へ押し付けることの不穏。

    インド人に嫁ぎ、インド人を家族に持ち、自ら永住者(OCI: Overseas Citizenship of India) としてこの国に生きているわたしは、特にそれを肝に命じている。

    たとえばわたしは、「カースト制度」について、友人知人と踏み込んだ会話をしたことはない。「宗教」や「支持政党」についても然り。なんでも詳らかにして議論すればいいというものではない。多様性の極み、異なるコミュニティが混沌と共在するこの国においては、平行線のままにしておくべき譲歩し得ない事象は多々ある。白黒つけられないこと、つけようとすると戦争という選択肢しか残らない事柄が、世界にはあふれている。

    ゆえにインドでは、コミュニティやクラブ内で政治や宗教の議論を禁じているところも少なくない。たとえば、わたしが在籍しているYPOのフォーラムでも、ミーティングにおいて宗教や政治を取り沙汰するのは禁止されている。

    実は今回、伯父夫婦や義理継母に、身内であることの心安さということで、現政権やインドの将来について、率直な意見を聞いてみた。夫婦で見解が分かれる点もあり、改めて、たやすい話題ではないことを認識する。

    わたしは普段、インドのネガティヴな側面を取り沙汰しないが、この巨大国家における問題の多さは、心得ている。カシミールへは自ら旅をし、ぺヘルガムでは国境付近の緊迫を肌身に感じた。夫の親しい友人に、チャル・シンハ(Charu Sinha)という女性がいる。彼女は、印パ紛争の最前線であるカシミールのスリナガルで、何万人もの部隊を率いるIPS (Indian Police Service) のオフィサーだ。

    去年、彼女は拙宅を来訪し、ランチを共にした。最後の写真がそのときのもの(2023年5月)。普段の彼女は物腰穏やかで、とてもかような重責を担っているような雰囲気ではない。しかしながら、話をするときの彼女の視線は鋭く強い。短い時間だったが、「現場のリアル」を片鱗を感じられた、稀有な時間だった。何よりも驚いたのは、男性ですら躊躇する任務を、彼女が果たそうと決意した経緯だ。この件については、軽く触れるには失礼につき。

    彼女のことについても、また別の機会にきちんと記したい。

    インドのニュースを見れば、北東インドのマニパール州における民族間の武力衝突と、それに伴う政府の対応などの問題が取り沙汰されて久しい。北に来ると、それらの問題が、とても身近に感じられる。

    インドは本当に、広い国だ。言葉では表現しがたい、漠然とした概念のようなこの国。

    極東の島国に生まれ育ったわたしが、アメリカ大陸での暮らしを経て、この国に住まわせてもらっている。この国を、終の住処とさせてもらっている。そのことに対する感謝。その土壌のうえに育まれている我が視点。慎んで、真摯に。
    今回のデリー。初心に帰って、インドを見つめている。

    🇮🇳8月15日。インドの独立記念日と日本の終戦記念日が同じ日なのは偶然ではない。印パ分離独立を巡る家族の物語など。(2021)
    https://museindia.typepad.jp/library/2021/08/815.html

    🇮🇳プライスレスな宝の山。埃を拭えば、鮮やかに迫る過去。家族の歴史を物語る写真や書籍、手紙を紐解く (2022)
    https://museindia.typepad.jp/2022/2022/11/d06-3.html

    🇮🇳[Memories with Papa 05] 散骨の長距離ドライヴ。家族のルーツを辿る旅 (2020) https://museindia.typepad.jp/2020/2020/01/papa05.html

    🇮🇳アヨーディヤーのヒンドゥー教寺院「ラーマ寺院」再建オープンを巡って (2024)
    https://museindia.typepad.jp/2023/2024/01/hindu.html

    🇮🇳1月26日。インド共和国記念日。インドの歴史と家族の歴史に思いを馳せる日。 (2024)
    https://museindia.typepad.jp/2023/2024/01/126.html

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    日本の約9倍の国土に、約10倍の人々が暮らすインド。その多様性たるや、語るに難く。2001年7月、結婚式を挙げるためにニューヨークからニューデリーを訪れたのが、わたしにとっての初インドだった。夫となる人がインド人だというだけで、当時のわたしは、インドに対しての関心も知識も皆無に等しかった。

    今のように、ネット上での情報収拾も困難で、結婚式の実態もよくわからず。行き当たりばったりで怒涛&困惑の旅。正直なところ、「こんな国、とても住めない……」と思った。しかしながら、その数年後、自ら住みに来ようとの心境になり、嫌がる夫を説き伏せてまで移住することになろうとは、思いもしなかった。人生とは本当に、わからないものだ。いや、自分で自分がよくわからないと言った方が正しいか。

    インド移住を決意し、この国のことを調べ始め、20年近くが経とうとしている。この国に暮らしながらも、つかみどころなくて尽きず。ゆえに、飽きることはなく、日々、溢れんばかりの事実や思いを記してなお溢れ出し、書き留めるはごく片鱗。誰に伝えるとも知れず、しかし毎日、文字を綴る。それは、食事をしたら咀嚼して消化せねばならないのと同様、経験したら記すことで反芻し消化しているような塩梅でもある。

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    義父ロメイシュ・パパが他界して4年も経ってしまった。受け継いだこの家の管理もままならないまま、4年が過ぎた。1階は久しくテナントに貸しており(ほぼ親戚)、2階は我々のフロア。3階はバンガロールに住む義姉夫婦がデリーに来た際に使うフロア。そして4階は、ロメイシュ・パパの再婚相手であるUmaが、今は一人で暮らしている。

    夫の実母は、わたしたちがニューヨークで出会う数年前、Arvindが大学生のころに、慢性白血病で他界した。パパとUmaは、わたしたちが出会ったのと同時期に出会い、わたしたちよりも半年ほど早く結婚した。あれから23年。人も、家も、古びゆく。当時から変わらぬ情景に身を置いて、茫漠と、来し方行く末を思う。

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    ここ数日、親戚の家を訪れたり、家族と過ごしたり、テナントと食事をしたり、軽く買い物に出かけたり……と、比較的のんびりと過ごしている。さて、幾葉かの写真を、残しておく。

    🍮英国統治時代の名残であろう、インドにおける「洋風のデザート」の代名詞のひとつがCaramel Custard。カスタードプリンだ。先日紹介したバンガロール・クラブはじめ、古くからあるレストランのデザートメニューには、たいてい用意されている。ヴェジタリアンにも食べられるよう、アイスクリーム同様、プリンにも卵が使われていないことがほとんどだ。コクがないのではないか、と思われそうだが、牛乳が濃厚なこともあり、とてもおいしい。この写真は、デリー宅の向かいにあるパンチシール・クラブ(こちらも社交スポーツクラブ)にて購入したもの。非常においしい。

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    🍇わたしの大好物であるグースベリー(食用ほおずき)。冬のデリーの風物詩だ。たまにバンガロールのスーパーマーケットでも見かけるが、こうして殻を剥いて束ね、あたかもブドウのような見た目で売られているのはデリーならでは(北インドの他都市の状況はわからないが)。バンガロールでは、海外から輸入される生鮮食料品は増えているが、国内ロジスティクスはまだ向上の余地ありと、グースベリーを食べつつ思う。バンガロールにもたくさん運んでほしい。

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    🍪デリー空港で、ムンバイ起源のベーカリー、Theobromaを見つけた。吸い込まれた。我々夫婦がムンバイで暮らしていた2008年から2年間。当時はウエスタンな菓子類を提供するベーカリーがまだ少なく、コラバ地区にあったこの店のブラウニーやデンスローフ(濃厚なスポンジケーキ)などをよく買っていた。今やバンガロールはもちろん、各都市で見られるようになったが、それでも、つい惹かれてしまう。お気に入りはいろいろあるが、今回はパルミエ(源氏パイの起源となったフランス菓子)、チーズクラッカー、そして最近、ACT MUZの男子学生がお土産で買ってきてくれて初めて食べたオレンジ・クッキー。マドレーヌをクッキーにしたような味わいで、即お気に入りとなった。

    🥕マルハン家に勤続30年余りのドライヴァー兼執事的存在の男性が、料理も作ってくれる。デリーの冬野菜は、味が濃くて、とてもおいしい。京人参風の赤くて長いニンジンとグリーンピーのソテー、ほうれん草とパニール(チーズ)の煮込み、カリフラワーとジャガイモのソテー、豆の煮込みなど。唐辛子が苦手な夫のために、どの料理もマイルドで、とてもおいしい。
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    過去19年にわたり、年中、呑気な気候のバンガロールに甘やかされてしまった我。氷点下も珍しくないニューヨークの極寒も、日本の「家の中が寒い」冬も、乗り越えられそうにない。

    数時間前、デリーに到着した。気温は20℃あるようだが信じがたい。体感温度「5℃」くらいに感じる。

    2020年1月、ロックダウンに入る2カ月前に義父ロメイシュが急逝し、デリー宅はわたしたちが受け継いだ。今後は頻繁にデリーを訪れ、内装工事などをせねばと思っていた矢先のパンデミック。その合間にバンガロール新居が完成して、あれこれと立て込んで、デリー宅はほぼ放置状態。

    壁のペンキを塗り替えたり、クローゼットを作ったり、カーテンを変えたり、クッションを買ったり……と、大小やりたいことは多々あるのだが、4、5日の滞在で到底無理。今年も無理かな……と、新年明けたばかりでもう、お手上げ状態。

    1年前の1月は、ここで京友禅サリーの展示会を実施した。そのときは、マネキンガールズ&サリーが主役になるべく、家がシンプルなのはむしろ好都合だった。半年前、日印フォーラムに出席するために来た時は真夏だったこともあり、白い壁や冷たい大理石のフロアが、むしろ小ざっぱりと心地よかった。

    しかし! 冬の今は同じ状況にも関わらず、殺風景に見えて仕方ない。石が冷たい! せっかく治りかけている腰痛が再発しないよう、持参の腹巻(20年ほど前、ワシントンD.C.に住んでいたころに買った「ほぼ日ハラマキ」)で腰を温めつつ、デスクの下にカーペットを敷いて、パソコンに向かっている。ヒーターを入れてなお、しんしんと、骨身に沁みる、冷え込み方。ダウンのコートを持ってくるんだった😿

    「しんしんと」という言葉を使うのが久しぶりすぎて新鮮。

    今回、なぜ1月の寒く大気汚染の著しい時期のデリーを訪れたかのかといえば、来月早々、ジャイプールで催されるイヴェントに出席するため、デリー滞在をセットにした次第。今回、家のあれこれを片付けるのが目的につき、親戚と会う以外の予定をいれておらず。

    とりあえず、風邪をひかないよう気をつけよう。

    ところで、昨日の共和国記念日は、ミューズ・クリエイションの若者らと楽しき時間を過ごした。のちほど記録を残したい。

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    ◉京友禅サリー展示会@デリー宅(2023年1月)
    京友禅サリーのプロモータを務めていた昨年度、バンガロールに引き続きデリーでも展示会を開催。

    ◉日本とインドの外交フォーラムに参加(2023年7月)
    インドのジャイシャンカル外務大臣と日本の林芳正外務大臣も出席のクローズドなイヴェント。我が夫も登壇した。

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    ミューズ・クリエイションの活動は、未来に繋がるものであって欲しいと願う。慈善団体訪問では、毎回、参加者に感じたことを書き残してもらっている。それらの記録は、静かに、しかし確実に、関心を持つ誰かの目に触れ、何らかの示唆を与えてきた。

    わたしは2006年以来、バンガロール、ムンバイ、デリー、チェンナイでと、さまざまなクライアントの視察旅行をコーディネーションしてきたが、それらは「ビジネス」であるがゆえ、当然ながら記録を公開することができない。経験を共有できればどれほど有意義だろうと思うこともあった。

    今回は、わずか数時間のカジュアルなツアーではあったが、巡った場所の記録を残した。そして、学生たちには感想を記してもらった。未来遥かな学生の視点もまた貴重。なお、この日の最後は、わたしの親しい友人、チベット系インド人Dekyiのお宅に伺った。わたしの生き方や考え方を理解してくれている彼女は、わたしが連絡をすれば、即座に意図を汲み取ってくれる。祝日にも関わらず、ビジネス・ミーティングで多忙な中、時間を作ってくれたのだった。心から感謝する。

    学生たちには、起業家である彼女の息子(18歳)の話をしていたが、Dekyiと夫のAmitが創業し築き上げたビジネス「Reward 360」もまた、特筆すべき成功例である。

    ダライ・ラマ法王14世と関わってきた彼女のお父様の話は、わたしが主催したイヴェントで聞かせていただいた。今更ながら、今度はDekyiに、ビジネスに関する話もインタヴューさせて欲しいと思った。

    ◉Reward 360
    https://www.reward360.co/about

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    以下、学生たち5名の感想だ。ぜひご一読いただければと思う。

    ①特に印象に残っている場所、事柄
    ②今後、インドにおいて、どういう試みをしたいか
    ③今後、インドを訪れる学生への提言
    ④その他、思うところあれば
    (*)は、坂田の追記

    【感想⑴ インターンシップ留学生/入江真樺(21歳)】

    ①Bangalore Clubの敷地内は、とて洗練されていて美しくリラックスすることができる空間だった。バーの中で(*ダイニングルームやホールなど、全般において)、電子機器を用いての作業や会議、メモを取るなどの行為が禁止されているなど、日々の慌ただしい生活からリラックスされる空間がそこにはあった。Republic day スペシャルランチ。パコラ、プリ、豆カレーが特に美味しく、止まらなかった、忘れられない。インド国旗に関するクイズがとても楽しかった(*坂田の出題による)。

    Taj west end、まるで森のような空間、混沌としているというわけではなく、それぞれの植物がイキイキとしている、きちんと手入れされた森のような庭。そこに植えられていた歴史ある木Peepal Tree(*インド菩提樹)。その木からパワーを感じた。

    UB cityを象徴するKINGFISHER TOWER。ここは家なのかというほどにゴージャスなエントランス。エレベーターへ行くまでにあった壁のデザインがとても印象的だった。Dekyiさんの息子さんのビジネスの話を聞いて、私も頑張ろうとパワーをもらった。

    ②気になっている事柄を調べるだけでなく実際に訪れる、実際に体験してみるということにもっと挑戦していきたい。他の高級ホテルもどのような特色があるか訪れてみたい、帰国するまでにサリーを1着購入、5つ星ホテルで食事・宿泊してみたい。インドの若者起業家や起業を志す人々とお話したい。

    ③その場所の背景など知識を知っていること、訪ねたり、体験したりと実際に経験すること。知っている✖️経験する、この2つが合わさるとより心に体に深く残るかつ自身のこれまでの価値観から自然と偏って物事を見てしまうことが少なくなると思います。また、どこに・いつ行くか、場所や時期などの要素によって得られる印象が180度異なることがあります。1つの経験に対して、主語を大きく「Bangalore」「India」とするのではなく、1事象として経験の箱に入れられるよう意識すると良いと思います。私もそう意識して、たくさんの経験を積んでいきたいです。

    【感想⑵ 交換留学生/若原彩香】

    ①特に印象に残っているのは、banglore club、 TAJ west end、坂田さん御友人宅です。まず、bangalore clubは以前私が一人で散歩をしていて横を通りかかったときから興味を持っており、中に入ることができるとは思っていなかったので、入口に差し掛かったところから素敵な場所に嬉しい気持ちがあふれていました。

    坂田さんが案内してくださった中ではbarの仕様のされ方が印象的でした。以前はthe men’s barとmix barで女性が入れる場所が決まっていたことを知り、男女の差はやはり大きいのだと感じました。(*従来は、男性だけが入れるバーがあったが、10年ほど前から女性も入れるようになった)

    日本も男女で区別することが昔からあるので、似たように感じました。格差社会の中でまだ生きていることを普段から感じることが多いので、その背景や個々の想いについても、今後、解像度を上げていきたいと思っています。

    また、TAJ west endはお庭が開放感がありとても素敵でした。以前ムンバイに行った際、TAJ ホテル(*Taj Mahal Palace Hotel)のロビーに入りましたが、そこでも最高級のおもてなしを少しだけ体験することができました。将来、一度は宿泊をして、高いおもてなしを経験として感じてみたいと思いました。

    最後に、坂田さん御友人宅では広すぎるお部屋に素敵な景色、息子さんのお話も印象的でした。息子さんのお話をされる姿から、教育に力を入れている家庭が多いのかなとお話を聞いていて感じました。子どもへ多くのチャンスを与えることができる教育は素敵だと思っています。

    ②今後のインド生活では、さらに様々なブティックショップを訪れてみたいと感じました。私は普段から今回訪れたようなお店を見に行くことが多いので、その価値について理解できるようになりたいと思いました。今まではなんとなく素敵だと思うことが多かったですが、何が優れているのかを考えながら商品を見ることができたら、さらに良い体験になると感じました。

    ③私のインド人の友人はとても優しくて、おもてなし精神がある人が多い印象があります。友人は私にインドのことを知ってほしいと思っていて、いろいろなローカルな場所に連れて行ってくれます。宗教関連の施設、特に観光スポットとなる場所に行くときはわからないことが多すぎて、たまに騙されそうにもなるので、その土地に詳しい人の存在はすごく大切だと感じています。もちろん友人と行くこともあると思いますが、それでも留学に来ていると一人で出掛けることもあると思うので、ふらっと立ち寄った場所でのヒトやモノの出会いを楽しみながら過ごしてほしいと思います。

    ④今回は貴重な経験をさせていただきありがとうございました。また次回も楽しみにしています。

    【感想⑶ 留学生/山本一貴】

    ①Bangalore club, Rain tree。建物や衣類からその国の文化や気候、歴史を知ることができて、とても興味深かった。

    ②ブティックだけでなく、アクセサリーなどももっとみてみたい。ちょっといいレストランでみんなでご飯にいきたい。インドの様々な種類のスナックやお菓子を持ち寄ってお茶会したい。

    ③できれば現地に住むインドの友人をつくり、彼らのパーティに参加したり一緒に様々な場所に遊びに行くといい。観光で知るインドとは違うインドを知れてよりおもしろい。

    ④これからも引き続きよろしくお願いいたします。

    【感想⑷ バンガロールで交換留学中/花田怜大(22)】

    ①私が特に印象に残っている場所は、やはりバンガロールクラブとキングフィッシャータワーにある坂田さん友人宅です。この2箇所は自分が頑張ったとしても、訪れることが困難で、非常に貴重な経験をさせていただきました。キングフィッシャータワーに住んでいる、ご友人のお話を伺う中で、インドに根付く「子どもに対する期待・信頼」が素晴らしいと感じました。というのも、ご友人の息子さんは17歳で起業し、バンガロールやムンバイのいたるところに大人気のガチャガチャを200箇所以上導入しています。

    このビジネスは、親戚の方から金銭面で援助を受けて始めたそうです。(*彼が熱中していたボクシングをやめさせたかった母が初期投資をし、そこから大きく成長。つい最近、両親の友人とも関係のある企業から大きな投資を受けた)
    日本であれば、ビジネスはスモールスタート(特に学生は)となりがちですが、本当にチャレンジしたいことベースで、その応援を受けられる環境が整っていることを知り、素敵だと感じました。今回は富裕層の方のお話ではありましたが、今まで様々なインドの方とお話させていただく中で、親・親戚が子どもを応援する姿勢は非常に手厚いと感じています。

    ②伝統的な高級ホテルに泊まる経験は学生の内にしておきたいと思いました。特に、坂田さんから教えていただいた、ハイデラバードにあるファラクヌマパレスは、日本に帰ると中々来ることが難しいとの助言をいただいたので、ぜひ訪れたいと思っています。また、インドでもっと沢山の友人を作って話す機会を作りたいです。仲の良いインドの友人を増やし、まだまだ知らないインドの魅力を知ると共に、日本の魅力もどんどん感じてもらいたいと思っています。

    ③バンガロールに住むインド人は、日本に対して非常に良い印象を抱いている方が多いです。また、非常に温厚な性格で全体的に見て、むしろ日本よりも優しいのではないかと感じています。ホスピタリティも非常に高く本当に驚かされることばかりです。インドというと謎の国。危険な国というイメージを持つ方も多いと思いますが、一度バンガロールには訪れてみることを強くお勧めします。

    【感想⑸ 学生女子(19歳)】

    ①特に印象に残っている場所は、キングフィッシャータワーです。それこそ別世界だと眺めているだけだったあのビルの中に入れるとは到底思っていなかったですし、美穂さんのご友人夫妻もとても素敵な方で、それも含めて印象に残っています。また、息子さんのビジネスのお話もとても自分と同い年の学生が行ったこととは思えず衝撃を受けました。

    ②富裕層界隈の生活を見れたので、もう少しミドルの層や、スラムを訪れてどのような人がどういう暮らしをしているのかを見てみたいなと思いました。

    ③今後訪れる学生に向けてとしては、インドの貧富の差を理解するためにも上の層から下の層まで知ることが大事だと伝えたいです。

    ④ご友人夫妻の息子さんがビジネスで成功していることをお聞きして、やはり、お金持ちがさらにお金持ちなっていく構造はあるのかなと感じました。もちろん息子さんの努力と実力で成功されたと思いますが、そこには周りのコネクションだったり環境も少なからず影響しているのかなとも思います。ミドル層やそれより苦しい生活を強いられている人も同じようにビジネスを始められるチャンスだったり、成功の糸口になるようなものが開かれていれば良いなと思います。貧しい人がどんどん貧しくなるような社会ではないといいなと強く思いました。

    (*このあたりのことについては、浅い経験で白黒判断するのは危険なので、別途ACT MUZでさまざまケースを持ち寄りながら、議論したいと思う)

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    ◉僥倖の朝。ダラムサラにて、ダライ・ラマ法王14世とお目にかかる(2019)
    https://museindia.typepad.jp/2019/2019/12/dharamsala04.html

    ◉ダライ・ラマ法王14世の命を受け、カルナータカ州チベット自治区の建立に携わった友人の父の話を聞く(2023)
    https://museindia.typepad.jp/2023/2023/08/tt.html

    ◉学業とビジネスを両立する友人の息子Kunzang(18歳)。インドで起業する若者の素顔(2023)
    https://museindia.typepad.jp/2023/2023/11/kun.html

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    図らずも、ガイドブックの記事を書いているような塩梅になった。なにやってるんだか。せっかくなので、シェアする。以下、いくつかの記事は、かつて製作したミューズ・クリエイションオリジナルの「バンガロール・生活マップ」から転載した。この地図、5年も放置状態につき改訂したい。

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    ◉Noritake

    正確には、日本の陶磁器メーカーであるNoritakeの商品を販売する高級ギフト店を訪れた。インドでは、結婚式やディワリの折、銀製品や食器類、インテリア小物や菓子類が送られる。ゲストの数が数百に上ることも珍しくない。

    愛知県名古屋市西区が拠点の高級陶磁器ブランドNoritake。1904年、前身である日本陶器が創業して以来、100年以上にわたる歴史を持つ。ニューヨークの店舗で販売されていたオールド・ノリタケは、世界中に愛好家を持ち、インド富裕層からの信頼も厚い。一方で、一部ヒンドゥー教徒やヴェジタリアンのコミュニティ(カースト)は、牛の骨の灰が混ざっている可能性のある磁器、ボーン・チャイナ(Bone China)を忌避するという背景もある。

    わたしは去年、インドのNoritakeからの依頼で、ムンバイの富裕層向けに日本の陶磁器に関するプレゼンテーションを実施した。それを受けて、昨年の日本旅では名古屋にあるNoritakeミュージアムに立ち寄った。下部に記録のリンクをはっている。

    ◉Ananya

    Lavelle Roadに面した、小さな店構えの高級土産物店。高品質なシルクのサリーやクルタ、パシュミナのストール、小ぶりながらも上質なカシミールのカーペット、ジャイプールのジュエリーブランド「アムラパリ」のカジュアル・コレクションなどを販売している。

    ◉The Purple Turtles

    2009 年、バンガロールに創業。芸術性の高いオリジナルの照明スタジオとしてスタートし、インドの伝統的なアンティーク家具などを取り扱うインテリアショップに。店内を埋め尽くす個性豊かな家具や調度品は、モダンなライフスタイルにも調和する魅力的なものが多数。上階にはGo Nativeの天然素材によるアパレルや食器、ナチュラルコスメ類や自然素材の玩具などがある。最上階はヘルシーなインド料理や上質のコーヒーが楽しめるGo Nativeのダイニングエリア。オープンエアの心地いい空間だ。

    ◉Beruru

    The Purple Turtlesと同系列のガーデンショップ。大小の観葉植物、洗練されたガーデニング用品、ガーデン用の家具類や置物など、国内外の商品が集められている。

    ◉Ritu Kumar

    インドを代表するファッション・ブランド。女性デザイナーのRitu Kumar が、コルカタ郊外で、ハンドブロック・プリントの工房を開業したのが始まり。1970年代にブティックをオープン。故ダイアナ妃もお気に入りのブランドで、1996年の訪印の際にも、Ritu Kumarのインド服を着用していた。伝統的なインド服は、結婚式やパーティ向けの豪奢なデザインが用意されている。カジュアル・ラインの「LABEL RITU KUMAR」は、日本人にも着やすいデザイン。

    ◉Good Earth

    スタイリッシュで洗練されたインド製のインテリア雑貨や食器類、テーブル&ベッドリネン、衣類などを扱うデリー創業のブランド。インドの伝統的なモチーフを用いた上質の商品は、外国人にも人気。マグカップやテーブルクロス、アロマオイルランプなど、我が家で愛用している品々は多々あるが、中でも DOHARと呼ばれるブランケットがお気に入り。DOHARとは、遠い昔、古くなったサリーを薄いコットンガーゼでサンドイッチのように挟み、周囲を縫って作られたリサイクルのブランケットが端緒。Good Earthのそれは、頻繁に洗っても傷まず、肌触りもよく高品質だ。

    ◉Nicobar

    Good Earthの傘下にある店。「インド洋を渡る旅」をテーマにしたライフスタイル&インテリアショップ。和食器を含む陶磁器類、旅をイメージした小物類、雑貨のほか、木綿やシルクなど天然素材の風合いが上品な着心地のいい衣類も扱う。店名のニコバルは、インド洋のベンガル湾南部に浮かぶインドの連邦直轄地域、アンダマン・ニコバル諸島から来ている。

    ◉Anokhi

    ラジャスタン地方のジャイプールに伝わるハンドブロック・プリントによって染め上げられた木綿製品を販売。インド全国の都市部に店舗を持つ。伝統柄と現代的なデザインを融合させたカラフルで個性的な商品は、外国人居住者や旅行者にも人気。衣類のほか、キッチン、ベッドリネン類、ポーチやスカーフ、ノートなど小物類も扱う。ジャイプールにはミュージアムがあり、テキスタイル産業の歴史やファブリックの製造工程が見られる。

    🇮🇳知れば楽しい! バンガロールは、こんな都市(バンガロール在住者必読)
    http://www.museindia.info/musei…/bangalore-background.html

    🇯🇵インドの人々に、日本の伝統工芸と陶磁器の歴史を語る午後
    https://museindia.typepad.jp/2023/2023/05/noritake.html

    🇯🇵〈ノリタケの森-1〉名古屋旅の思い出に、NORITAKE製フランク・ロイド・ライトのカップを購入
    https://museindia.typepad.jp/2023/2023/10/nor.html

    🇯🇵〈ノリタケの森-2〉現在に活かせる! オールドノリタケの歴史を紐解けば面白く。
    https://museindia.typepad.jp/2023/2023/10/mori.html

    🇮🇳バンガロール生活マップ by Muse Creation

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    インド共和国記念日だった1月26日。毎年この日は好天のバンガロール。雲ひとつない青空、陽光が心地よい午後、ミューズ・クリエイションの学生メンバー5名とともに、「野外活動」を実施した。既述の通り、わたしは昨年10月より週に一度の割合で、日本からのインターン生に諸々を伝授している。しかし、せっかく同じ時間を提供するならば、彼女一人だけでなく、他に関心のある若者にも参加してもらう方が有意義だと考えた。彼女にとっても刺激になるし、互いに切磋琢磨できる。かような背景からミューズ・クリエイションのWhatsAppコミュニティから「ACT MUZ」の参加者を募り、活動を開始している。

    ミューズ・クリエイションで実施する慈善団体訪問では、貧困層の人々の暮らしや実態の片鱗を学ぶことができる。ゆえに今回は、学生だけでは行くことのできない場所を含め、市街中心部の「物語性がある場所」を巡った。行く先々で、歴史的な背景や特徴など、ガイドブックや書籍などでは得られない情報も提供した。

    訪問先の概要はインターンの入江さんに、そして当日の感想は参加者全員に提出を依頼。たとえ短い文章でも、学生たちのリアルな声は、今後、誰かの参考になるに違いない。

    以下、ひとまずは訪問先の概要を記載する。この項に関しては、客観的かつ正確な情報が望まれるので、入江さんのレポートを参考にしつつも、坂田が大幅に加筆修正した。昨今では、英文ホームページの情報を自動翻訳して構成することも可能だし、さらにはChat GPTを利用すれば、文章力を研磨する必要がなくなるかもしれない。それでも、アナログな表現力を重視する者としては、自ら手を加え再構成したい。そもそも英文と日本文では、文章の構成自体が異なるがゆえ、そのままでは違和感がある。文章力の向上も望んでいる彼女にとっては、編集者(わたし)による校正自体も勉強になるがゆえ、長文だが記載する。(写真はバンガロール・クラブ)

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    【バンガロール半日観光(12:30〜6:30 pm)訪問先リスト】

    The Bangalore Club(社交スポーツクラブ)
    Noritake(陶磁器店)
    Ananya (ファッション)
    Amrapali (ジュエリー)
    Beruru / The Purple Turtles (ガーデン&インテリア)
    Ritu Kumar(ファッション)
    Nicobar(ライフスタイル)
    UB City(複合商業施設)
    Taj West End Hotel(高級ホテル)
    RainTree / Anokhi(ブティック)
    KingfisherTower(友人宅訪問)

    ① The Bangalore Club

    バンガロール・クラブは、英国統治時代の1868年、大英帝国将校らのために英国によって設立された、インドで最も古い社交クラブの1つ。ウィンストン・チャーチルはじめ、社会的ステイタスのある人々によって構成されてきた。

    バンガロールの中心部、15エーカーの美しい緑に囲まれたクラブは、そもそもが社交スポーツクラブとして誕生していることから、プールやテニス、バスケットボールやスカッシュなどのコート、ジムなどを完備。その他、バンケットルームや、バー、宿泊施設、各種商店、図書館などを備え、一つの街のような機能を果たしている。またクラブ内でのイベントも充実しており、会員同士の交流も豊かだ。

    現在、バンガロール・クラブの会員になる条件は厳しく、そのケースにもよるが申請から15年〜30年待つ必要がある。坂田マルハン夫婦がメンバーになれたのは、1970年代に会員となった義父ロメイシュのおかげ。我々のインド移住直前に、煩雑な手続きを経て家族会員に申請してくれた。その約10年後、夫は正会員に、わたしは伴侶会員になれた。会員は最大6名のゲストを招待可能。ゆえに、これまでも、多くのクライアントや友人知人らをお連れしてきた。

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    ② UB (United Breweries) City

    UB Cityは、バンガロール拠点の不動産大手「Prestigeグループ」との合弁事業でUBグループによって2008年に誕生した、バンガロール最大の複合商業施設。バンガロール中心部に広がる自然美豊かなカボン・パークに隣接する一等地に位置する。グローバルな高級ブランド店や飲食店を擁するショッピングモールをはじめ、オフィス・ビルディング、高級サーヴィス・アパートメント、高級アパートメント・ビルディングなど6つのブロックで構成されている。

    以前、この場所には英国統治時代に作られたビール工場があった。1947年の独立後、当時22歳だったヴィッタル・マリアに継承されてのちは、インドのビールの代名詞でもあった「キングフィッシャービール」が、ここで生産されていた。

    ③Taj West End

    タージ・ウエストエンドの歴史は、1887年、英国人女性ブロンソンがベッド 10 床の下宿から始めたバンガロール最古の宿「ウエストエンド」に遡る。英国植民地時代、英国の高官やその家族のための避暑地として利用されていた。1984年、タタ・グループの傘下であるタージ・グループ・オブ・ホテルズの一部となり、「タージ・ウエストエンド」と改名された。ガーデンシティと呼ばれていた往時の面影を今に残す、緑豊かな美しい庭園。そしてエレガントなコロニアル(植民地)様式の建物が特徴的だ。

    ④RainTree

    英国統治時代、富裕層の居住地として一般的だったバンガロー(Bungalow)。樹木に囲まれた広大な庭を擁する平屋の一戸建て、コテージのような建築物だ。年中温暖な気候のバンガロールとはいえ、4月から5月にかけての盛夏は気温が上がる。しかし、木陰は涼風が流れ込み、低層の建築物は日差しを受けにくく快適なのだ。ゆえにバンガロールは従来から「ガーデンシティ」「エアコンシティ」と並び称されてきた。

    このRainTreeは、19世紀に建てられたバンガローを改築して造られたマルチ・デザイナーズブティック。洗練されたデザイナーズファッションやジュエリー、インテリア小物を扱うほか、ジャイプール拠点のブランドAnokhiの支店もある。敷地内にある、大きく枝葉を広げた巨木レインツリーがシンボルだ。ちなみにレインツリーとはモンキーポッド(学名:Albizia saman)の別名で、日本では日立のコマーシャルでおなじみ「この木なんの木、気になる木」の、あの木である。

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