インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    インドの二大政党の一つであり、1947年のインド・パキスタン分離独立後、久しく政権を握ってきた「インド国民会議(コングレス)」。そのコングレスが誕生したのは、インドが英国統治されていた時代の1885年。英領インドのボンベイ(ムンバイ)で、第一回会議が開催されたのが端緒だ。その後、1930年1月26日、コングレスはラホール(現パキスタン)にて独立(Purna Swaraj)を宣言した。

    本日、1月26日の共和国記念日、そして8月15日の独立記念日の背景については、わたしのセミナー動画で語っている。

    🇮🇳わたしは、日々、インドを伝えているが、自分をして「インド通」を自称したことは一度もない。インドは、住めば住むほど、知れば知るほど、謙虚にならざるを得ないほど、広く深く果てしない。それでも、こうしてセミナー動画などをシェアしているのは、わたし自身の経験を役立ててほしいとの思いもあるからだ。ここに添付している写真は、セミナーで使っている資料の一部。

    わたしは、1996年にニューヨークでインド人男性と出会い、2001年にインド人男性と彼の故郷である首都デリーで結婚し、2005年にバンガロールに移住した。デリーにも拠点(自宅)を持ち、ムンバイにも2年間の在住経験も持つ。当然ながら、インド人の家族や親戚を持ち、多くのインド人の友人知人がいる。

    親しい友人たちには、ヒンドゥー教徒はもちろんのこと、イスラム教徒、キリスト教徒、スィク教徒、パールシー(ゾロアスター教徒)、ジャイナ教徒、仏教徒がいる。さらには、さまざまなコミュニティ、カーストの人々と関わり、言葉を交わし合う機会が少なくない。

    貧困層から富裕層まで。農村部から都会まで。自分自身の足で歩き、経験してきたことが、わたしの糧になっている。この動画を作ってから3年間の間にも、多くの経験と学びがあり、すでにこのときよりも知見は豊かになっている。常に現在進行形だということを、敢えて明記しておく。

    🇮🇳わたしがインドの歴史に惹きつけられる理由のひとつに、夫の祖父、曽祖父の物語がある。書物だけではない、親戚や友人、多くの人々から聞いた話すべてによって、わたしは育まれている。

    特にラホール最高裁の弁護士だった母方の曽祖父は、偉大なる人物だった。パキスタンの父ジンナー(元はコングレスに所属)が弁護士だった時代、ムスリムとスィク教徒の聖地紛争で闘い、ジンナー側のムスリムに勝訴した。先日のアヨーディヤーの判決と類似のケースだ。

    その一方、その、息子である祖父は、分離独立後の混沌の中、インド側(ヤムナナガール)に残留していたムスリムの人々に仮設住宅や飲食を提供し救済。そのことがのちに、ドラマのような偶然を呼び、分離独立後のラホールに戻ってある程度の資産をインドに持ち帰ることができたという事実がある。ちなみに祖父は実業家であり、コングレスの政治家でもあった。

    ◉母方の曽祖父/Rai Bahadur Babri Das

    ○ Rai Bahadarとは、英国統治時代、帝国への奉仕や公共福祉に貢献した人物に与えられた名誉の称号
    ○ ラホール(現パキスタン)出身
    ○ ラホール最高裁の弁護士。パキスタンの父ジンナー(元はコングレスに所属)が弁護士だった時代、ムスリムとスィク教徒の聖地紛争で闘い、ジンナー側のムスリムに勝訴。→Shaheed Ganj Mosque
    ○ パンジャブ・ナショナル銀行の創業メンバー
    ○ 1881年パンジャブ州ラホールで創刊された新聞「ザ・トリビューン紙」の創刊メンバー
    ○ Doaba Collegeはじめ複数の大学や教育機関の創設メンバー
    ○ 印パ分離独立時の裏事情に精通していたが、家族には一言も漏らさず。ラホールでの裁判のミッションを終えて後、家族がすでに移住していたデリーに移る。

    ◉母方の祖父/Dev Datt Puri

    ○ ラホール出身、事業で財を築く
    ○ フリーダムファイターを志すも、マハトマ・ガンディの影響を受け平和運動家に
    ○ ヤムナナガール創業の、英国統治時代の製糖工場受け継ぎ経営(Saraswati Sugar Mills Ltd)。
    ○ 鉄鋼会社ISGEC創業(古くから日本企業との関係がある。現在、製糖工場と共に夫の従兄弟が経営。日立造船と合弁会社も設立している)
    ○ インド製糖協会(ISMA)会長
    ○ ILO (International Labour Organization)のインド代表。スイスへもよく訪れた。
    ○ コングレス(インド国民党)政治家。ローク・サバー(連邦議会下院)、ラージヤ・サバー(連邦議会上院)双方の議員を経験
    ○ 印パ分離独立時の『007』並の国境越えエピソードなどは、ブログの記事にて軽く言及している。
    ○ 軍医だった義兄(姉婿)は、第二次世界大戦中、マレー半島のコタバルで日本軍の攻撃により戦死。
    ○ 晩年、ロンドン滞在中、心臓発作で客死。そのエピソードもまたドラマティック……。

    💝以下のブログ。関心のある方は、ご覧いただければと思う。関連動画のリンクも貼っている。

    🇮🇳🇯🇵8月15日。インドの独立記念日と日本の終戦記念日が同じ日なのは偶然ではない。印パ分離独立を巡る我がインド家族の物語など。(超長編)
    https://museindia.typepad.jp/library/2021/08/815.html

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    🌳昨日の最終目的地はBIC (Bangalore International Club)。ここで開催されたBhoomi主催の式典プログラムに参加するためだ。バンガロール郊外にある、オーガニック農法や環境問題に取り組むBhoomi Collage。わたしは2012年に訪れたオーガニックフェアでその存在を知り、同学校が発行する雑誌を定期購読してきた。日本の福岡正信自然農園については、その雑誌を通して知ったという経緯もある。

    その後、バンガロール南部郊外にある学校にて開催されたバザールにも訪れ、彼らの活動の一端を学んだ。

    さて、この日は、気候変動対策や自然保護に取り組む全国的な学校連合 “All Schools CAN (Climate Action and Nature)” の発足を記念する式典が開催された。同連合の主導により、サステナブルな未来を構築すべく取り組みが、より広く積極的に展開されるというものだ。登壇者一人一人が、地球環境の変容を前に、未来の子どもたちのために叡智を集結させようとしている。専門家が手を取り合って、具体的な運動を始めようという切望していることが、伝わった。

    関心のある方は、ぜひとも関連サイトにアクセスしていただきたい。

    時間の都合上、最後のハイティー(ほぼ夕食)まで参加することができなかったが、このような活動の一端について、気軽に学べる環境をありがたく思う。

    先ほど、旧居の書斎から、10年以上前に定期購読していたBhoomiの雑誌を引っ張り出した。久しぶりにページをめくれば、今なお、ぐいぐいと惹きつけられるテーマの数々。雑誌はすでに廃刊となっているが、やはりこうして手に取ると、ネットで情報を得るよりも遥かに、強く、心惹かれる。雑誌やテキスト類など、まだまだ多数の書物を旧居の書棚に収めているが、このシリーズは新居の「月光ライブラリ」に移動させよう。たとえ10年以上前の編集でも、内容は普遍的なものが多い。勉強になる。

    月光ライブラリが、また豊かになる。

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    🌱BHOOMI COLLAGE
    https://bhoomicollege.org/

    🌱居心地のいい場所、バンガロール・インターナショナル・センターにて。手紡ぎ手織りの布。インドで仰がれる福岡正信の自然農法(2021年1月)
    https://museindia.typepad.jp/2021/2021/01/bic.html

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    🍣ほぼ毎週火曜日の午前中に開催されている「女性の勉強会」。インド人、外国人のメンバー、約40名によって構成されているグループだ。さまざまにキャリアを持つ女性たちによって構成されているが、年齢層はかなり高く、わたしは「若手」の部類に入る。1年半前に入会したばかりにもかかわらず、今年度はアクティヴィティの役員を任され、スピーカー(語り手)や訪問先のコーディネーションに関わってきた。

    さて、一昨日の火曜日は、わたしがスピーカーを依頼された。ちょうど1年前にも「インドと日本の関係史」について語った。非常に好評で、続編をリクエストされた。しかし今回はカジュアルに「日本の食文化」のプレゼンテーション。日本語でのセミナー(講演)は、もう10数年以上前から行っているが、パンデミックが明けてからは、英語でのセミナーやトークも引き受け始めている。

    かつては、自分の英語力や知識の不足(まだまだ学び足りない)を理由に辞退してきたが、歳月は流れ、年齢を重なる。何年経っても理想の状況には至らない。さあらば、わたしはわたしの視点で、極力「誠実に」「真摯に」「柔軟に」物事を整理して、語ろうとの考えに行き着いた。ゆえに、使う資料は毎度、「生き物を育てる」ように手を加えて現在に至る。絶え間ない改訂が必要だ。

    さて、このところ「爆発的に」と言っていいほど、「今度、日本へ行くの」という友人知人が増えている。それに伴い、日本に関してさまざまを尋ねられる。しかし正直なところ、1996年に日本を離れて以来、一時帰国を除いては「住んでいない」母国の事情に、わたしは詳しいわけではない。しかしながら、食文化であれば、ある程度は語れる。インドはヴェジタリアンが多いから、彼らが日本の旅行中にどのような飲食店を選ぶべきかといった具体的なアドヴァイスも添える。

    結果、質疑応答や情報交換も活発な、楽しい時間を育めた。メンバーからの質問や情報共有によって、時間はより深みを増すし、わたしの知識も増える。人の言葉を聞くことも、とても大切。これから益々増えるであろう問い合わせに、どう対応するか。信頼できる情報元をまとめた「英語版のリンク集」を構築する必要がありそうだ。

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    🍔勉強会のあとは、久しぶりにARAKU COFFEEで一人ランチ。毎度お気に入りのオレンジ風味コールド・コーヒー、そしてチキンのサンドイッチ(バーガー)を注文。厨房で焼かれるパンに挟まれた、オーガニックの野菜、良質の鶏肉による揚げたてのフライドチキンは、「ハイクオリティなジンガーバーガー(KFC)」といった感じで、本当においしいのだ。


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    ランチを終えて、久しぶりにインディラナガール界隈を散策する。初めて訪れた2005年12月から19年間、この界隈の変貌を眺めてきた。バンガロールで最も栄枯盛衰が激しく、「そこここが常時工事中」のエリアだ。昨今はまた、開発めざましく、訪れるたびに浦島太郎状態だ。飲食店やブティックが軒を連ねる12th Main と、南北の目抜き通り100フィートの交差点では「遺跡発掘中?」と言いたくなるような、相変わらずの前時代的環境による土木工事が行われている。安全性、機能性、効率、その他。毎度のごとく、土木建築に関することも、あれこれ語りたくなるが割愛。

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    これがマンハッタンならば(比べるな😅)、すいすいと歩けるところ、落とし穴や障害物やブチ切れた電線などに気をつけつつ歩く必要があり、気が抜けない。わずか数百メートル歩くのに、数キロメートル歩いたかのようなエネルギー消費だ。それでも、ときには「歩くこと」が大切。車窓からでは伝わらない、歩くことで得られる情報も多々あるが故。

    インテリアショップのThe Perple Turtlesや、同系列のガーデニング関連ショップBERURUへも、久々に足を運ぶ。新居の準備をしていた2年前は、しばしば訪れて買い物をしていたものだ。訪れるたびに新たな発見があり、歳月の流れを感じさせる。

    もうこれからは、「自分のことに関して」は、遠く未来を見据えずに生きたいと切に思う。やりたいことを先延ばしにしない。なにしろ、「つい最近のこと」……と思っていた過去が、10年前や20年前だったりするのだ。この調子だと、あっというまに70歳、80歳。ゆえに、意欲があり、身体が自由に動くうちに。

    限りある人生。身体のメンテナンスも最優先に、今年、来月、来週……と、極力、身近なタイミングで、自分のやりたいことをやろうと、改めて思う。

    (次の投稿に続く)

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    わたしにとっての「大切な友」とは、どういう存在だろう。年を重ねる過程において、その定義は少しずつ、色合いを変えてきた。
    新居で過ごした静かな週末。日曜の夜は、束の間、二人のゲストを迎えた。彼ら同士に面識はないのだが、普段、他都市を拠点に暮らしている彼らの予定が合う時間帯が、日曜日の夕方しかなかった。わずか2時間ほど。4人で語り合い、見送った後、しみじみと思った。

    大切な友。それは、その人と会う頻度でもなければ、その人のことをどれだけ知っているかでもない。もちろん、損得勘定やしがらみは、一切ない。

    たとえ短い時間でも、その人と交わした会話に関心を持ち、垣間見た人となりに敬意を抱き、「ケミストリー(化学反応=相性)」の一致を覚え、「またいつか、会いたい」と思える。過ごした時間が、心に温かく作用しながら、深く心に刻まれる……。今のわたしには、そんな人たちが、大切な友だと感じる。

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    すでに、諸々レポートしたところのOBLFの創始者であるANAMIKA、そしてJAYの二人。

    米国ボストンを拠点にしているANAMIKA。テキサス州オースチンと、ハワイのマウイ島、そして母親の暮らすムンバイの三都市に拠点を持つJAYが、多忙なバンガロール滞在の合間を縫って、郊外の新居まで遊びに来てくれた。それだけでも、ありがたくてうれしいことだ。

    JAYとは、我が夫のWharton(MBA)アラムナイで、2007年に初めて出会った。当時、DELLコンピュータのトップエグゼクティヴだった彼は、しかしカジュアルな独身生活を楽しんでいて、バンガロールにも自宅を持っていた。

    わたしは、インド移住直後から、市場調査の仕事などをしていたのだが、当時、日本の大手広告代理店の仕事で、複数の富裕層インタヴュー(ライフスタイル調査)をしていた。その一環で、クライアント女史とともに、彼の家を家庭訪問させてもらったことがある。ミュージシャンでもある彼は、自宅にスタジオを作っていて、そこで音を聞かせてくれたりもした。音楽関係の仕事で、今でも日本へ1、2年に一度は訪れている親日派だ。仕事のはずなのに、すっかりリラックスして、3人で楽しい時間を過ごしたことを思い出す。

    彼との思い出で忘れられないのが、ムンバイのナイトツアー。2008年11月26日。ムンバイは同時多発テロに襲われた。当時ムンバイにも住んでいた我々夫婦は、実家がムンバイにある彼と、テロの約1カ月後に再会した。その際、JAYに、テロにまつわるさまざまな裏話を聞いた。テロで殉死したポリス・オフィサーと親しかったというJAYから、彼の人となりを聞いたエピソードも記憶に刻まれている。その後、彼の案内で、ムンバイのミッドナイトツアーを楽しんだのだった。それは、ムンバイの底知れぬ深さ、妖しい魅力を、肌身に感じた夜でもあった。

    その後、開催されたアラムナイでも、彼から聞いた話は非常に興味深く、さすがにそういう場ではメモは取らぬが、帰宅後に諸々調べ、ブログに出来事を記した。彼によると、1970年代、ムンバイのムスリムの女性たちのファッションは開放的で、ミニスカートを履いていたという。その話を聞き、耳を疑ったものだ。1979年、ホメイニー師の主導のもとに起こった「イラン革命」が契機となって、ムスリムの女性たちは、肌の露出を制限する服装が義務付けられたという。

    先ほど、15年前に記したムンバイ・ナイトツアーの記事を読み返した。懐かしくも鮮明に、当時の記憶が蘇る。テロリストが上陸した海、辿ったルート、友人が殉死した場所など……。かと思えば、JAYおすすめのスイーツショップやパーンの屋台に立ち寄るなど、起伏のある記録だ。関心のある方は、ご一読を。

    瞬く間に時間は流れて、二人はタクシーを便乗し、街中に戻っていった。

    いい時間だった。またいつか。

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    🇺🇸Wharton (MBA) 同窓生の集い@Oberoi Hotel (2007/06/30)
    https://museindia.typepad.jp/blog/2007/06/whartonoberoi_h_c9a1.html

    🇺🇸ムンバイ同時多発テロを巡る真実の断片。ナイトツアー@ムンバイ (2008/12/20)
    https://museindia.typepad.jp/2008/2008/12/2001-6480-1.html

    🇺🇸Wharton (MBA) アラムナイのパーティにて。昔日ムンバイのムスリム女性はミニスカ?(2015)
    https://museindia.typepad.jp/_2015/2015/08/mba.html

    🇺🇸ボストン。ベースボール観戦を楽しみ、親戚や友人ANAMIKA宅を訪問
    https://museindia.typepad.jp/2017/2017/06/boston.html

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    昨年10月下旬より、週に一度、坂田のもとで研修(修行)している「トビタテ!留学JAPAN」インターン生の入江真樺さんにも、OBLFの定例報告会に参加してもらった。わたしから、さまざまを学び取りたいと意欲を見せている彼女に対しては、(人の話を聞くときには)極力メモを取ること、ミューズ・クリエイションでの活動の記録(レポート)を残すことなどの重要性も伝えてきた。

    彼女は、わたしの提言を実行に移し、去年2月、初めてZOOMミーティングの際に紹介した「5年日記」をつけはじめ、10月以降はミューズ・クリエイションでの活動レポートを提出。それらは印刷してファイルし、随時、わたしからも気づいた点を指摘している。一見、アナログな作業に思われそうだが、印刷したものをパラパラとめくることで、成長ぶりが一瞥でき、達成感も得られる。彼女にとっては将来、プライスレスな記録となるに違いない。

    入江さんは、そもそもから自分の考えや思いを率直に文章にする能力に長けていたが、この数カ月の間にも、向上した印象を受ける。以下、彼女から届いたレポートをシェアする。前半は、OBLFのホームページなどから得た団体の情報、後半は報告会のレポートだ。無論「編集者」としての視点からは、校正すべき箇所は多々ある。しかし今回は、最低限の手直しで転載する。5000文字程度と非常に長いが、ご一読いただければと思う。

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    OBLFは、インドのカルナタカ州バンガロール南部の村々で、教育、技能向上、公衆衛生、リハビリテーションを通じて、不平等を是正し、恵まれないコミュニティに生きる人々にチャンスを創り出している、パワーを与え続けている団体です。

    年次報告会に参加させてもらい、公立小学校支援や健康診断支援について実際にどう行っているか教えてもらい、「すごい!こうやって支援しているんだ、私もこの英語教育を受けてみたかった、健康診断システム、効率的かつ効果的でただただ、すごいなと。」
    OBLFが行っている支援内容及び組織自体にすごく感銘を受けたというのが率直な感想です。ここに、OBLFの設立理念、主な活動内容について、年次報告会について、そして私が考えたことについて記したいと思います。

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    【OBLF設立理念】

    2010年アメリカからインドに戻ったソフトウェアエンジニアのアナミカさんは、貧しい子どもの教育支援を行いたいとバンガロールの公立学校を訪れていたそうです。そこで、教育の質を向上させ、インドの農村部の子どもたちの学習体験を充実させたいという彼女の信念は確固たるものになったといいます。

    「村々に住む子どもたちに学ぶ喜びを与える」というアナミカさんの使命がOBLFの設立の根源となり、2010年7月、その目標を達成するためにOBLFが設立されました。

    2010年にOBLFが設立されるまでに、インド政府は例え遠隔地や農村部であっても学校を設立するという素晴らしい仕事は成し遂げていたそうです。しかし残念なことに、学校はあっても学校内での教育はきちんと行われていないケースが多く、当時、インド国内で私立学校は全体の7%に過ぎないけれど、私立学校に入学している生徒は、全生徒数の44%にものぼっているという報告書が出されたくらい、公立学校の教育は行き届いていなかったそうです。学校に通っていない子どもの割合はごくわずかであるにもかかわらず、公立学校の子どもたちは高校に入る前に辞めていたといいます。

    そこから、10億人の人々が読み書きできるように「One Billion Literates」というビジョンにて、公立学校の既存の物理的インフラを活用し、英語とテクノロジー教育を公立学校に提供することからOBLFの活動はスタートしました。

    当初1校の支援から始まったOBLFの支援校は現在120校に広がり、そのほかに30の村にクリニック設立、ゴミ処理を生業とする地域への支援も現在行われています。

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    【OBLF主な活動内容について】

    OBLFは現在、主に4つの柱にてプログラムを構築、提供、運用しています。

    ①ELEVATE(教育を高める)
    Elevateは、学習者中心のモデル、習熟度別教育、Ed-Techを通じて、英語の基礎的リテラシーを身につけることを目指している。また、数学、理科、社会科、カンナダ語の教員不足に対処するため、政府公認の教員を選抜し、継続的に研修を行っている。

    ②KICKSTART(キャリアのキックスタート)
    Anekal Talukという地域に住む主に女性に生計の機会を創出。そのために、地元の農村部の女性をコミュニティ教師として政府の小学校で教えたり、最前線の保健ワーカーとして働くことができるよう、能力を育成。

    ③NURTURE(コミュニティの育成)
    週一回のヘルスケアサービスや、スポーツを通して協力などの考え、医療と教育を中心とした必要なサービスにアクセスできるよう支援し、生活の質を向上させることを目的としている。

    ④REMEDY(公衆衛生を改善する)
    脆弱な世帯のための一次医療におけるアクセス性、手頃な価格、予測可能性を高めることを目的としており、特に心血管疾患の早期発見と予防、がんの検診と予防、老人医療、緩和医療、メンタルヘルスに重点を置いている。

    今回、お話を聞かせてもらう中で、特に感銘を受けた、「英語教育」と「健康診断’」の2つに絞り、少し掘り下げていきたいと思います。

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    【英語教育】

    ◉具体的な特徴

    ・毎日(日曜以外)1時間の授業
    ・ゲーム感覚で取り組めるよう、タブレットを活用
    ・ヨーロッパ言語共通参照枠CEFRに則ったカリキュラム
    1.GRIFITと呼ばれるWhatsappを活用した英語学習サービス
    2.オフラインでも取り組めるSOLVE EDUCATIONと共同開発のゲーミング化された学習コンテンツ
    先生が生徒に教えるという構図だけでなく、実生活に模倣してスーパーでの買い物など状況を作り、英語を活用してみることや生徒主体で自ら学習しやすいよう、デジタルを活用していました。実際に1年間で平均16%解答正答率が向上しているそうです。

    【健康診断】

    健康診断では、特に早期に糖尿病患者を発見するため血糖値測定と血圧測定に重点を当てて行われています。身長や体重など基礎的な身体測定をしたのち、1人1人、血糖値測定及び血圧測定を行い、サポートが必要な患者さんを発見します。そして、患者さんには、薬の提供や生活改善支援アドバイスも同時に行っているそうです。

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    【1月19日(金)に開催された年次報告会について】

    年次報告会は、Koramangala club auditoriumという場所で16時から21時まで開催されました。

    年次報告会には、OBLF役員や運営メンバー、インターンシップ生をはじめ、既にCSRでOBLFに寄付している企業の方々、これから支援を検討している企業の方々、その他の教育機関、NGOの関係者の方々、OBLFから支援を受けている女性や子どもたちが参加しました。

    受付を済ませると、すごろくを通して遊びながら、現在のOBLFの活動内容について知ることができる学びコーナーがありました。その他に、展示パネルや支援を受けた方からお話を伺える場がありました。16時から17時過ぎまでは、この場所でOBLFの活動について学んだり、他の参加者の方とお話をしました。

    17時過ぎに、隣のホールに移動し、ユーモアあふれる司会者の方の進行によって開始しました。OBLFのCEOであるAnishさんの力強いスピーチから始まり、その後、役員の方々やマネジメントリーダーの方、インターンシップ生の方のトークディスカッションがありました。

    その他にも、OBLFの英語学習支援を受けている小学生の英語による劇の披露や、歌の発表、OBLFが設立したクリニックにて勤務する女性たちによる健康診断の劇の披露、OBLFを通して仕事を得た女性の心境の変化、生活の変化のお話を見させて、聞かせてもらいました。

    最後に、AnamikaさんのOBLFでのこれまでの歩みや、10億人の方が読み書きできるように、これからも進んでいきましょうとの言葉で会は締めくくられました。20時半以降は、ホールの隣の場所で食事をいただきながら参加者の方とお話させていただきました。

    ◎以下、報告会に参加した際に、わたしが感じたことや考えたことなどを記します。

    1人の思いが、行動が、その思いに行動に共感者が集まり、組織となりそれぞれの強みが活かされ、思いが形になっていく。

    ◯◯を救いたい、◯◯を幸せにしたい、◯◯の可能性を広げたい、◯◯を守りたいそのために教育支援・貧困支援・環境保護を行いたい、その思い・気持ちから活動を継続することの難しさ。活動する人がいなければ続かない、活動する人がいても資金がなければ続かない。現場で活動マネジメントすること、ファイナンスを担当すること、向かう先を決めること、その要素が1つでもかけてしまえば継続性は生まれない。

    1つの想い「10億人に読み書きを」に乗っかり、それぞれの強みが活かされ形になっていき、実際に可能性を広げてもらった、救われた人がそこにいて、次はその方々も次の人に向けて活動をする。そんな好循環のサイクル。OBLFに関わる人、1人1人がとてもかっこよかった。

    ・何者であるかより、あなたがどうありたいかをもっと大切にしよう
    ・愛と勇気と一生懸命に、この3つを大切に進んでいこう
    ・時間だけが結果を教えてくれるのかもしれないけれど、今の思いを信じてやり続けよう
    ・常にQマークを持ち続けよう
    ・種が木々になるように、これからも大事に木々を少しずつ増やしていこう
    ・Do Good Be Good
    ・学び続けよう

    スピーチ内で、発せられる言葉1つ1つにそこには言葉だけではない強さ、重みがあった。

    *OBLFから職業支援を受けた女性のお話

    「私は、OBLFから職業支援を受け、働くようになる前までは、妻であり、親であるという家庭の中での役割しかありませんでした。でも今、私は、コミュニティリーダーであり、先生です。自分の役割は一つだけではなく、複数あります。また人前で話すことなどできればしたくない、誰とも話したくなかったですが、働くようになってから確実に変わっていき、今ではここでスピーチをするほどになりました。OBLFの活動に心底感謝しています。」

    *OBLFにインターンシップとして働き、英語教育をしているMitsiさんのお話

    「インターンシップを始める前と比べ、自分がどうありたいか、私とは何なのかを、どのようなことが私を形成してきたのかを考えるように、理解することができるようになりました。小学生に英語を教えられているのがとても楽しいし、彼らの成長を見るのが嬉しい、彼らから元気をもらっている。同時に、Mitsiみたいになりたいと言ってくれる生徒も多く、もっともっと彼らにロールモデルが必要だと感じています。インターンシップ生をもっと増やして、小学生のロールモデルをもっと増やしてください。」彼女達の言葉にもまた力強さ、説得力があった。

    *OBLFの教育支援を受けている学生の劇

    スーパーマーケットで購入する様子を全て英語で演劇で披露。賞味期限を確認する様子や、2つ購入すると1つ無料になる特典、エコバックを持参しているかなど、インドで実際によくあるシーンを英語で演技、その完成度の高さに驚いた。生徒たちの日々の学習の成果が、OBLFの活動の成果が目に見える形で表されていた。支援の重要性を感じた。

    現在の日本の公立小学校の英語教育がどのようになっているかわからないが、私が小学生だった10年前を思い出し、この英語学習支援があればよかったな、もし日本の状況が当時と変わっていないなら日本にも導入することができれば良いのにと切実に思った。異国の地での英語教育に触れ、母国の英語教育の現状に思いを馳せる。

    役員の方から終盤にこんな声かけがあった。「フィランソロピーはお金より与えてくれるものが多くあります。」「支援を検討されてここに来られた方、ぜひ仲間になってください。」

    この報告会で、これまでの歴史、現在の活動及びその成果、それぞれの思いを聞いて、OBLFが何をしているか、どうしたいか、どうありたいか、なぜ必要かについて深く知ることができた。一般的に寄付をすると、実際どう使われているかよくわからない、見えないことがあると聞く。OBLFはきちんと全て見える化されていた。

    報告会をきちんと開催することによって、普段現場には直接携わっていない関係者も現場の状況を把握し、自分ごと化しやすくなる、必要性を改めて実感することができる。また活動が見える化されていることで、新たな賛同者が集まりやすくなり、支援の輪が拡大しやすくなるととともに、アクションもさらに拡大化されていく。

    団体の代表メンバーがそれぞれの思いを述べることにより、メンバー間の思いを再度共有し、メンバー間の結束を高めていく。日々の学習の成果を、仕事の成果を他者に発表することにより、自身の成果を可視化するとともに、モチベーションを高めていく。
    どの人にとっても、大変重要な役割を報告会は担っているのだと感じた。まさにワンチーム。

    自分がどうありたいかを常に念頭に、自身の思いに耳を傾け、学び続ける。強みをきちんと認識できるよう、そして磨いていけるように。独りよがりになるのではなく、どう相乗効果を生み出せるか、共同・協働・協同を考えて。1つ1つ着実に経験を積み重ねていきたい。

    【参考資料】

    ◉OBLFの活動に10年以上携わってきたMuse Creation代表:坂田マルハン美穂さんの記録(2012~2023年分)
    https://museindia.typepad.jp/mss/one-billion-literates/

    ◉OBLF年間レポート
    https://onebillionliterates.org/wp-content/uploads/2023/09/OBLF-Annual-Report-Digital-Version.pdf?fbclid=IwAR1Jpi28tioauQe-KLkRmXz6KRM_gs1v02OjDPrkyWk0bW6xv_SWLbK9OLs

    ◉OBLFホームページ
    https://onebillionliterates.org/

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    ◉フィランソロピーとは/何かにつけて記してきたこの言葉。その本質を伝えるのは簡単ではない。企業による社会貢献……という表現では大雑把だ。そこには、博愛、慈善、利他主義などが伴う。瞬間的に金銭を寄付するだけではない、地域社会の永続的な向上や、未来に連なる支援。感情論にとどまらぬ、運営やマネジメントが望まれ、現場で働くスタッフには然るべき報酬が与えられる。時代と共にフィランソロピーの定義は変容しているようだが、インドでは古くから、この精神が根付いている。日本の人々にはなじみがない概念であるせいか、なかなか理解してもらえないのが現状。

    ◉フィランソロピストとは/金銭的な寄付に限らず、時間、知恵、キャリア、ネットワーク、名声などを用いて社会貢献する人。篤志家。

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    💝損得勘定なしに、困窮する人々を救済する。社会、コミュニティ、母国の未来のために奉仕する。言うは易し、実行するに難し。しかしながら、わたしの周囲には、その困難に敢えて取り組む人々がたくさんいる。尊敬すべき友、OBLFの創始者であるアナミカも、その一人だ。

    金曜の夜、ミューズ・クリエイション、そしてわたしの夫が深く関わってきた慈善団体のひとつ、OBLF (One Billion Literates Foundation) が年に一度開催している定例の活動報告会に出席した。バンガロール南部農村エリアを拠点とするOBLFは、貧困層の子どもたちが通う公立学校(Government School)へ、英語やコンピュータの教育を支援する慈善団体として誕生した。

    なぜ公立学校に支援が必要なのか。十年以上前の記録では言及しているが、今回改めて、その背景についても言及しておきたい。

    州によって事情は異なるが、インドの公立学校(Government School)は、設備や教育施設が整っていないところが多数ある。小さな校舎はあれど、トイレ(特に女子トイレ)がない、教師が来ない、来ても教育方法を会得していないといった、基礎的な部分が不全であるケースも多々あった。2010年4月より、ようやくRTE (The Right of Children to Free and Compulsory Education ACT)法、すなわち「無償義務教育法に関する子どもの権利法」が導入されて、徐々に教育の現場は改善されてきた。それでもまだ、教育の質が低いところも多く、「学校数は公立学校が圧倒的に多いが、通学する生徒総数は私立学校の方が圧倒的に多い」という状態が続いている。

    アナミカは、その機能不全な公立学校の校舎を活用しつつ、貧困層子女に教育支援をすることを思いついたのだった。

    アナミカとわたしが出会ったのは、2012年2月。わたしがミューズ・クリエイションを創設する数カ月前のことだった。アッサム州出身の彼女は米国ボストンの大学を卒業後、現地でソフトウエア・エンジニアリングの仕事をしていたが、2010年、夫と二人の息子とともにバンガロールへ移住していた。

    本業の傍ら、彼女は以前から考えていた貧困層の子どもらに英語やコンピュータ教育の支援を実現すべく、同団体を立ち上げた。当初は自ら車を運転して僻村の学校へ通い、教鞭をとっていた。自身も二人の子供をもつ母親ながら、その行動力と情熱には敬服するばかりだった。その時の様子は、ブログに記録を残すと同時に、わたしが当時、西日本新聞に毎月連載していた『激変するインド』でも紹介した。

    「近い将来、教師の教育施設や、職業訓練のクラスを設けたい」という彼女の願いは、数年後に実現。OBLFは、村の女性たちが経済的にも精神的にも独立できるよう導くべく、プログラムを拡充してきた。数年後、彼女は再び家族で米国に戻ったが、それ以降、10年の長期に亘ってRuby(現在は退任)という女性が運営を担い、支援者の輪を広げながら、団体は着実に成長を続けている。

    ミューズ・クリエイションの貢献はといえば、超微力ではあるが、ミューズ・チャリティバザールで、毎年、同団体に無償でブースを提供するほか、OBLFが支援する村の公立学校を訪問し、子どもたちと遊ぶなど交流を図ってきた。一方、我が夫Arvind Malhanは、2013年に同団体の役員となり、大企業からの寄付金を調達、ファンドレイジングにも貢献している。

    なお、OBLFは2020年3月、インドがCOVID-19のロックダウンに入った直後、村民たちのライフをサポートすべく、食料品の調達、感染者向け入院施設、ワクチン接種センターなどを次々に準備し、多くの人たちを救ってきた。その後、今回の報告会では、ヘルスケア部門が大きく成長していることを学んだ。

    経緯などはすべて、ミューズ・クリエイションの専用ブログやYoutube動画にて、レポートしている。下部にリンクを貼っているので、関心のある方にはぜひご覧いただきたい。

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    💝金曜日は、ミューズ・クリエイションでインターンをしている大学生の入江真樺さん、そしてミューズ・クリエイションの活動に参加している交換留学生の花田怜大さんも参加した。1団体の、わずか数時間の催しを通して、しかし彼らの学びは大きかった模様。当日の様子は、入江さんがレポートをまとめているので、別途シェアしたい。

    💝花田怜大さんのレポートは以下の通り。ぜひご一読を。

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    【バンガロールで交換留学中/花田怜大(22)】

    私が衝撃を受けたのは、インドにおけるフィランソロピーの広がりかたです。1人の女性が子ども達のためを想って始めた地道な取り組みが、十数年の時を経て、多くの資金を集め、120校、11,000人以上の生徒に質の高い教育を提供できている現状がそこにはありました。

    オンライン環境のない農村部においても、先生が25台ほどのタブレット端末を持参し、オフライン環境でできるアプリを用いて教育を届け、終了時に回収。その後、先生がオンライン環境にタブレットを持ち帰ることで、生徒の学習記録が同期され、成長の道のりが可視化されるそうです。(カリキュラムはアメリカのものを使用) どんな環境においても、同等かつ高い質の教育を提供することが実現できている状況に感銘を受けました。

    また、教育を始め、雇用、女性の権利・安全、公衆衛生など、生きる上で非常に重要な要素をトータルで支えながら、ここまで規模を拡大されていることに驚きが隠せませんでした。

    また、この活動を立ち上げた女性話を聞かせていただく中で、「私ははじめただけ。支えてくれる人がいたからここまでできた。」とお話しされており、インドの中でのフィランソロピー精神(金銭的な支援だけでなく人的繋がりの支援も。)が根付いているからこそ、成立しうるものなのかもしれないと感じました。

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    ✏️バンガロール郊外に暮らす貧困層の子らに英語とコンピュータ教育を。(2012/2/29)
    https://museindia.typepad.jp/mss/2012/02/oblf.html

    ✏️OBLFに関する記録や動画(計13本)をまとめたミューズ・クリエイションの専用ブログ
    https://museindia.typepad.jp/mss/one-billion-literates/

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    本日、ウッタル・プラデーシュ州アヨーディヤーのヒンドゥー教寺院の再建に関して、多くの情報が錯綜している。一概に「ヒンドゥー教が押し通している」わけでもなければ、「イスラム教徒が抑圧されている」というわけでもない、そこには長い紛争の歴史がある。2019年の判決を受けての、今回は結果なのだ。その点を知らずに表層で善し悪しを語るのは、平和的ではないと思う。

    モディ首相をして、諸々批判的な声も聞こえる。批判するのは容易い。しかし、彼の功績を知る必要もあるのではないか。わたしが移住した2005年以降、インド国内において、しばしば大小のテロが発生してきた。大きいところでは2006年に起こったムンバイ列車爆破事件。これは、わたしが常々お薦めしている映画『Mumbai Meri Jaan (2008)』において、その舞台となっている。

    また、2008年11月26日には、ムンバイで同時多発テロが起こった。そのほかにもさまざまな軋轢が発生していたが、2014年にモディ首相が就任して以降、大きなテロは起こっていない。その点においても、モディの尽力に、個人的に敬服している。

    インドに関わる方には、これを機に、以下の動画をぜひご覧いただきたい。聞き流すだけでも、多分かなり、勉強になるはず。この国に、住めば住むほど、知れば知るほど、浅薄な知識で一刀両断することがいかに危険かということも、わたしは実感している。

    なお、以下の写真は、②の動画で使用しているプレゼンの資料だ。このアヨーディヤーを巡る歴史についても言及している。

    文字情報はこちらに残している。

    🇮🇳渦巻く宗教問題。Ayodhya dispute(アヨーディヤー紛争)の判決を巡る覚書(2019/11/09)
    https://museindia.typepad.jp/2019/2019/11/ayodaya.html

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    【インド・ライフスタイルセミナー】パラレルワールドが共在するインドを紐解く/セミナー動画

    ①多様性の坩堝インド/多宗教と複雑なコミュニティ/IT産業を中心とした経済成長の背景/現在に息づくガンディの理念

    ②「広く浅く」インドの歴史(インド・パキスタン分離独立)/インドの二大政党と特筆すべき人物/テロが起こる理由とその背景

    ③明治維新以降、日本とインドの近代交流史〈前編〉人物から辿る日印航路と綿貿易/からゆきさん/ムンバイ日本人墓地/日本山妙法寺

    ④明治維新以降、日本とインドの近代交流史〈後編〉第二次世界大戦での日印協調/東京裁判とパール判事/インドから贈られた象/夏目漱石

    ⑤インド国憲法の草案者、アンベードカルとインド仏教、そして日本人僧侶、佐々井秀嶺上人

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    金曜日の午後は、記憶に残る催し2つに参加した。まずは夕方から開始したOBLF (One Billion Literates Foundation)のアニュアル・イヴェント。年に一度の活動報告会。2012年より、ミューズ・クリエイションが関わり、夫のArvindも役員として貢献している慈善団体だ。

    この催しについては、毎年のことながら感慨深く。ミューズ・クリエイションの学生メンバー2名も参加したので、彼らからの感想が届いてのち、記録を残そうと思う。

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    木曜の夜は米国のボストンにあるMITの同窓会。そして、OBLFの創始者であるアナミカが現在暮らしているのはボストン。厳寒のボストンを記憶遥かに思い出しつつ、金曜の夜は、ニューヨークが蘇る。夫がMITを卒業して直後から2年ほど勤務していたMcKinsey&Companyのアラムナイが、バンガロールに数年前オープンしたミュージアム「MAP/ Museum of Art & Photography」(超おすすめ)で開催された。

    アラムナイに参加する前に、3月まで開催されている特別展示会「The Kanchana Chitra Ramayana of Banaras」に足を運んだ。黄金の細密画による『ラーマーヤナ』が展示されているのだ。

    『マハーバーラタ』に並ぶインド二大叙事詩の一つである『ラーマーヤナ』。古代インドの詩聖とされるヴァールミーキ(紀元前500〜100年ごろ)によって編纂されたとされる『ラーマーヤナ』。多くのインド人のDNAに染み込んでいるであろうこの壮大な物語は、口承、書籍、絵本、アニメーションなど、さまざまな媒体によって語り継がれ、現在に至る。

    この黄金の細密画が施された「カンチャナ・チトラ・ラーマーヤナ」について、関心のある方は下部のリンクにアクセスされたし。

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    1996年。わたしがニューヨークで夫と出会ったとき、23歳の彼はマンハッタンのMcKinseyに勤務していた。わたしはといえば、1年間の語学留学予定でニューヨークに移って数カ月。まだまだ英会話も覚束なく、彼がわたしをしてsoft spoken(穏やかで物腰柔らかに話をする人だ)と勘違いしていたことは、微笑ましすぎる思い出だ。

    彼と出会ってまもなく、わたしは日系の出版社で現地採用として勤務し始め、当時、日本人男子とルームシェアしていたアパートメントを引き払って、Arvindと同棲を始めた。彼の暮らす高層アパートメントビルディングに転がり込んだ……というのが正しい表現かもしれない。もちろん、家賃は折半していたのものの、わたし一人では到底、借りることのできなかった優良物件。

    わたしが勤務していたのは42丁目とマディソン・アヴェニューの角。一方、McKinseyのオフィスは52丁目の確か3番街あたりだった。10数ブロックほどの距離があるものの、比較的近かったことから、連絡を取り合って中間地点界隈でランチを取ったり(夫の好む日本料理店がメイン)、待ち合わせて一緒に帰宅したりしたものだ。やれやれ、懐かしすぎて、なんだか目頭が熱くなる。

    ニューヨーク。わたしたち夫婦にとってだけでなく、夫の親戚たちにとっても、ここは大切な「出会いの場所」だ。そのエピソードを書き始めると尽きない。なんの話題を書いているのかわからなくなってしまった。

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    リユニオンの会場に、わたしの知る人はいないだろう……と思いきや、二人の知人と再会。一人は、バンガロールのオーガニック農場「Gourmet Garden」のCEOであるアルジュン。パンデミックのただ中、ロックダウンの合間に彼らの農場を訪れた。そのときのことは、STUDIO MUSEのYoutube動画にまとめている。同動画は、インドにおける農作物の変遷や、1980年代、夫の実母が慢性白血病と闘病しながら育んだ無農薬の「マルハン農場」に関するエピソードにも言及している。ぜひご覧いただければと思う。

    そしてもう一人は、奇しくもちょうど1年前の同じ日、友人夫妻が経営するジュエリーショップで開催された講演会のスピーカーだったYashodeep。そもそもビジネスの世界に身を置いていた彼が、『ラーマーヤナ』のオリジナルに遡り、現在、遍く知られている物語との違いを検証。さらには、『ラーマーヤナ』に記された人間の叡智や教訓などを、紐解くというもの。非常に興味深い内容であった。

    何もかもが、明らかな「縁」で繋がっている。

    OBLFのイヴェント帰りで少々疲れていたこともあり、早めに帰宅しようと思っていたが、結局、出会う人々と話は尽きず、杯を片手に夜が吹けるまで語り合うのだった。豊かな夕べだった。

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    🥗オーガニック農場「Gourmet Garden」の農場見学とインドの農作物の変遷。1980年代、義母が闘病しながら育んだ無農薬マルハン農場のエピソードなど。(動画あり)
    https://museindia.typepad.jp/eat/2020/11/gourmet.html

    🍣Yataiiでサンデーブランチ with Gourmet Garden CEO夫妻
    https://museindia.typepad.jp/2021/2021/01/gourmet.html

    🐵ジュエリーショップ主催。古代インドの叙事詩『ラーマーヤマ』を紐解く講演に出席
    https://museindia.typepad.jp/2023/2023/01/story.html

    🎨MAP/ Museum of Art & Photography バンガロールに芸術の拠点が誕生。
    https://museindia.typepad.jp/2022/2022/12/map.html

    📗Book of Gold: The Kanchana Chitra Ramayana of Banaras
    https://map-india.org/exhibition/book-of-gold-the-kanchana-chitra-ramayana-of-banaras/
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    アーユルヴェーダの集中トリートメント(都合12日間)を受けていることもあり、外出は控えている昨今。極力、安静に……と言われても、それが結構、難しい。わたしは、アーユルヴェーダで定義されるところの「ヴァータ(風)」や「ピッタ(火)」の要素が強い体質でもあり、何かと熱く動きがち。敢えて意識せねば「安静」できない。

    予定をいれず、デスクワークやオンライン・ミーティング、読書などをして過ごしているが、集中が続かず、庭を散歩したり猫らと遊んだり……。無理なく快適に「安静」を目指している。

    50歳を過ぎたころから「身体の不調は神様からの信号(合図)」だと考えるようになった。「スケジュールに余白を!」などと言いつつも、腰痛がなかったら、ついつい予定を入れていただろう新年1月。ここで無理をすると、月末からの旅行に差し支えるところであった。ゆえに、大人しく神の声(自分の心身の内なる声)に、耳を傾けるべし。

    この1年、日本からの問い合わせや来訪者、学生たちからの問い合わせが増え、日本人と話す機会が増えている。そんな中、それぞれのテーマに基づいた関連情報をシェアするに際し、過去の記録を都度、引っ張り出して送信してきた。その頻度が高まっている今、オンライン上に残っている過去24年の記録から、読み返すに役立つ「坂田マルハン美穂の発信してきた情報リンク集」をエクセルでテーマ別に作ることにした。

    インドの概要にはじまり、バンガロール生活、日印関係、歴史、文化、食、旅、宗教、若者、教育、スタートアップ、フィランソロピー、富裕層、アカデミック層、芸術、スポーツ、住環境、サステナビリティ……と、シートは次々に増えていき……。現在、エンドレス状態。しかし、これがあれば、打ち合わせの前後にファイルをシェアし、予習をしてもらうこともできる。復習にも役立つ。ホームページにコンテンツを作るよりも、むしろこのプリミティブなエクセルファイルが検索しやすいと思っている。

    このファイル作りは、自分の仕事の便宜上、役立つということもあるが、ミューズ・クリエイションが昨年より、1年間のインターン大学生(トビタテJAPAN留学)を受け入れていることも一つの理由。彼女はじめ、関わる学生たちに伝える際にも使える。入り口さえ用意しておけば、わたしも自分の経験を有効利用してもらえる可能性は高まる。

    過去の記録を紐解きつつ、わたし自身も自分の記録に触発される。当たり前だが、自分が書いたことを全て覚えているわけではなく、「なるほど、こういうことがあったんだよな」「このときは、たいへんだった」などと、回想する。

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    さて、昨夜は夫の卒業校であるMIT(マサチューセッツ工科大学)の集まりがあった。MITの学生4名がバンガロールへ短期インターンに来ているということで、同窓会が催されたのだ。当初は我が家でホストをしようかとも思ったが、わたしの負担が大きくなるので、今回は外で。以前も紹介した4P’Sにて、20数名分のテーブルを予約した。まるで「学食」さながらにテーブルをつないでもらっての、楽しいひととき。

    夫がボストンのMITを卒業したのは1995年。我々はその翌年、1996年にニューヨークで出会った。そして結婚前の2000年、わたしは初めてボストンを訪れ、数日間に亘って行われたMIT同窓会のイヴェントに参加した。そのときの経験は、当時のわたしにとっては何もかもが新鮮で衝撃的で、米国の名門校とはこういうものなのか……と感動したものだ。

    バンガロールのMITクラブは、2011年に我が夫によって立ち上げられた。最初の会合は、我が家(旧居)で開催した。1年前に急逝されたトヨタ・キルロスカのヴィクラム・キルロスカ氏もMITの卒業生だということもあり、彼の邸宅で、優雅にアカデミックなパーティが催されたこともある。

    高名な歴史家であり作家であるラマチャンドラ・グハ氏や、元宇宙飛行士のラケーシュ・シャルマ氏とお会いし、言葉を交わしたのも、キルロスカ邸においてだった。ラマチャンドラ・グハ著『インド現代史』をめぐっては、わたしはセミナーをする上で、どれほど勉強になったかわからない。

    書き始めれば尽きず。

    情報リンク集は、もう少し整理をしたあと、誰もがアクセスできるような場所にアップロードしようと思っている。

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    ◉マサチューセッツ工科大学の同窓会に同席して(2000年6月執筆のメールマガジン)
    http://museny.com/essay%26diary/060300.htm

    ◉MITの学長招いて月下の宴@キルロスカ邸。作家ラマチャンドラ・グハや元宇宙飛行士のラケーシュ・シャルマ氏とお会いする(2007)
    https://museindia.typepad.jp/blog/2007/11/mit_55ae.html

    ◉MITクラブ結成。我が家で第1回会合を開催。夫と出会って広がりゆく我が人生。(2011)
    https://museindia.typepad.jp/2011/2011/03/mit.html

    ◉無常と効率の祖国/夫が創設したバンガロールMITクラブと、キルロスカ邸でのパーティ(2011)
    https://museindia.typepad.jp/library/2011/06/611.html

    ◉インターンでインド滞在中のMIT学生らと語る夜。(2013)
    http://www.museindia.info/…/27_intandeindo_zhi_zai…

    ◉MIT同窓会の夜。七夕、出会い18周年記念の夜。(2014)
    http://www.museindia.info/…/7_MIT_tong_chuang_huino…

    ◉ヴィクラム・キルロスカ氏、急逝。🙏(2022)
    https://museindia.typepad.jp/2022/2022/11/pray.html

    ★バンガロール 元在住者の座談会②
    バンガロール駐在を経て、ハーバード・ビジネススクール (MBA)へ。タフで有意義な経験を重ねた米国での2年間と、アフリカを見据えた今後の展望

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    今年は「読書をしよう」と決めたはずが、まだ1冊も読了していない。新居の「月光ライブラリ」は、我がブログの保存版「深海ライブラリ」と対をなす存在。天窓から降り注ぐ陽光、もしくは月光。たまたま見つけた「月面のようなカーペット」がお気に入りだ。

    先週末は、夫と二人、久しぶりにのんびりと新居で過ごした。思い返せば、10月の一時帰国以降、ホリデーシーズンやら来客やらイヴェントやらで、空白の週末がなかったことに気づく。平日に余白を取ってはいたけれど、静寂の週末も大切だと気づく。

    カーペットの上に座り、月光ライブラリに佇んでいるだけで、満たされた気分になる。

    本の背表紙を眺め、パラパラとめくって、紙を撫でて、目に留まる部分を走り読み、読んだ気分になっている。「この本を読みたい!」と購入する衝動に、読書をする時間が追いついていない。昔はそんな自分を責めたりもしたけれど。

    これはこれで、いいのかもしれない。

    最後の写真は、新居に移った際、文庫本を書棚に移している時のもの。大学時代に読み漁った文学。黄ばんで汚れ、破れた本に歳月の流れと愛着を見る。

    若かりしころの読書、映画鑑賞、そして世界旅は、今のわたしを育む上でかけがえのない財産だ。それは、歳を重ねるほどに痛感する。40代を過ぎて読んだり観たりした作品よりも、10代、20代、30代の作品から受ける感銘は、時間的には遠いのに、深く心に刻まれて忘れないから。

    ゆえに、この「月光ライブラリ」。若き人たちにも活用してほしいと思う。1冊の本が、1本の映画が、人生を変えることもある。

    しかし、若きただ中にあるときには、そのことに気づかないものでもあり。この情報が溢れかえっている時代においては殊更に。地図を広げて、地名を、道を、指でなぞり、旅を夢想するひとときの心の高まりなど。決してGoogle Mapでは得られない、無垢な高揚がそこにはある。

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    「本の背中は、あなたの背中」

    今から約30年前。フリーランスのライターとして東京で働いていたころに出合ったこのコピーを、折に触れて思い出す。

    当時わたしが抱えていたプロジェクトのサポートしてくれていた、コピーライター志望の学生。

    在日コリアンの金さん。彼女が学校で作って評価されたと話していたコピーだ。あれから歳月を重ねて、この言葉が身に沁みる。
    日本を離れる時、米国を離れる時、たくさんの本を処分した。それでも子供のころから捨てられないままの絵本や、一時帰国の際に買い集めた本。ここ10年は、たとえ割高でも、日本のアマゾンで注文して取り寄せる。

    これらの本は、わたしと日本、わたしと日本語をつなぐ、大切な存在でもあるのだ。

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    さて。感傷に浸るのはほどほどに、旧居の書斎の片付けを再開せねば。💪

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