インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    I gave up writing notes and went to bed early last night.

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    五臓六腑に染み入る粗食。昨夜の残りが、むしろ豊か。

    青梗菜とネギの炒め物。干し椎茸や高野豆腐入りの味噌汁。有明海の風味豊かな海苔。インド産の日本米「谷藤米」。放し飼い鶏の旨味ある卵……。

    鍋で多めに炊いておいたご飯を、曲げわっぱに移しておくと、ほんのり檜のいい香りと、適度な潤い。

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    歳を重ねて、経験を重ね、実感し、腑に落ちることは多い。たとえば、自分の身体。

    若き頃は、自分の身体の気に入らないところを意識しては、劣等感の材料にしてきた。インドに移住し、アーユルヴェーダに出合い、自分の身体を「大切な楽器のように取り扱おう」と頭の中で思っていても、うっかり無茶をしてしまいがち。

    気持ちが先走って、身体の声が聞こえない。身体が健康なければ、魂も不自由になってしまうのに。だから静かに、耳を傾ける時間が必要なのだ。

    なにも、スピリチャルな話をしているのではない。極めて、当たり前のことを、ここ数年は「身を以って」感じている。自分の身体の「気に入らないところ」を意識するのではなく、「いいところ」を尊重して、感謝しようと。

    なるたけ身体が喜ぶ燃料(食事)を与え、適度に休養させる。1日の終わりには、軽くストレッチをして「お疲れ様」と労わり、1日の始まりには手のひらで全身を摩りつつ、「今日もよろしくお願いします」と挨拶をする。

    かつては、ろくに鏡を見ることもなく1日を始めていた。しかしこのごろは鏡に向かって、おはようございます。という。化粧はミニマムのままだが、今までは適当に手櫛ですませがちだったところ(雑)、このごろはきちんと、髪を梳かす。すると自ずと頭皮が刺激され、目が覚めるような気がする。

    老化は自然現象。抗うのではなく、痛めないように、しかし鍛えることも大切。不具合は放置せずに、早めに対策を講じる。

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    先日も記した通り、先週からアーユルヴェーダの診療所に通っている。腰痛治療のための10日間のプログラム。幸い、診療所が近いこともあり、移動時間を含めても、実質2時間程度。ゆえに朝か夕方、訪れている。

    この期間、金曜日にミューズ・クリエイションの集い(若者向けACT MUZ。詳細はまた後日)を旧居で実施した以外は、対外的な約束をいれず。書斎の掃除や自分のことをしたり、猫らと昼寝をしたり、のんびり過ごしている。

    アーユルヴェーダの診療所では、木製のベッドに横たわり、まさに「俎上の鯉」。生薬がたっぷり溶け込んだオイルで、頭髪から爪先まで、全身をマッサージされる。何千年も前から継承されてきた生命の医学、アーユルヴェーダ。遥かな歴史を重ねてきた治療法なのだ。信じて身を託せば、不具合は和らいでゆく。

    死ぬまで元気でいるために。身体が喜ぶものを食べて、休息も尊んで、暮らそう。

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    🇺🇸昨日アップロードした短い動画。書斎の大掃除中に収納から引っ張り出したiMacだ。これはワシントンD.C.に住んでいたころ、確か2002年に買った。ゆえに22年もの。5年ほど前に立ち上げたとき、起動したのに驚き、捨てずにおいた。

    さすがに今回は、もうダメだろうと思いつつ……電源を繋いでスイッチを押す。ガガガガガ……と不穏な音を立てつつも立ち上がり、Happy Mac君の笑顔。久しぶり! ファイルを開けば懐かしい記録。

    🇺🇸1枚目の写真は、ニューヨークでMuse Pubsihing, Inc.を起業し、就労ヴィザを自給自足して独立したばかりの1998年に撮影した。軌跡はどんどん、長くなる。わたしは1996年、米国へ移住するのを機に、初めてコンピュータを買った。Windows 95を搭載したコンパックのラップトップ(ノートパソコン)。そして写真のPower Macintosh 8600は、Muse Pubsihing, Inc.の起業を機に購入した。

    日本語環境に設定するだけでも、日本人の専門家に依頼せねばならなかった時代。クオークエクスプレスにフォトショップ、イラストレーター……。DTP(デスクトップ・パブリッシング)のためのソフトウエアを購入し、試行錯誤、四苦八苦で独学。2000年にはホームページを立ち上げるべく、これまた前々時代的なソフトウエアで悪戦苦闘した。

    出張用に購入した初代MacBookは、Sex and the Cityでキャリーが愛用していたのと同じもの。わたしは彼女たちと同世代。HBOでSex and the Cityシリーズが始まったころ、わたしもマンハッタンで生きていた。彼女たちの撮影現場を遠目に見たこともある。いろいろと、懐かしい。

    やがてブログが普及し、Twitter、Facebook、Instagram……と発信の場は増えていき、情報は渦巻く。

    🇺🇸わたしは、ソーシャルメディアが誕生する前から、ホームページでホームページ上でソーシャルメディア的な発信をしていた。たとえば「片隅の風景」。そこには、ワシントンD.C.在住時に、この鏡餅的なiMacで作業をしている光景も残されている。当時発行していたフリーペーパー『muse Washington, D.C』や、インド移住の契機となった語学学校での卒論の記録など。このとき初めて、PowerPointを使ったのだった。

    雛形はほとんどなく、アナログ風味の残るデジタル時代。当時はまだ、人間の創造力が試されていた時代。利便性が高まって、人間はどんどん、受け身になる。退化する。

    ゆえに、できるかぎり、自分を「フォーマット」には、おさめたくない。自分ならではのものを、創りたい。

    より利便性は高まり、機械がなにもかもやってくれるようになる、この先の時代にも。

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    有り難う。

    ありがとうという言葉。これは、有ることが難しい、すなわち「滅多にないこと」に対する感謝を伝える言葉、「有り難い」からきている。仏教用語とも言われている。今となっては、手書きの手紙の存在自体が「有り難き」ものとなってしまった。

    昨日から、超絶久しぶりに、旧居の書斎の掃除をはじめた。1日では到底終わらず。

    COVID-19パンデミック以前。夫はオフィスに勤務していたから、2階の書斎はわたしがほぼ、独占していた。しかし、2020年3月のロックダウンを機に、夫が在宅勤務となった。二人で1つの書斎をシェアするのは不自由につき、わたしは1階のダイニングルームを自分の書斎にした。

    かつて、ここはミューズ・クリエイションのメンバーが毎週金曜日、手工芸品などの制作に使っていた部屋でもある。書斎よりも広く、庭にも通じており、ロックダウンの日々においては、こちらの方が好都合であった。やがて新居の完成に伴い、気持ちは新居を整える方に傾いた。書籍や資料など、半分以上は新居に移したものの、まだまだ旧居にも残されたものが多い。

    そもそも、新居が完成した暁には9割程度の生活機能を移す予定だった。しかし、未だコミュニティ全体が工事中で、猫らの引っ越しも不可能なことから、2拠点を行き来する生活が続いている。当初は、どっちの家に何があるかわけがわからなくなっていたが、1年半経った今、かなり慣れた。しかし、中途半端に放置された旧居の書斎が、ずっと気になって仕方なかった。

    2007年に引っ越して以来、幾度か大掃除をしてきたとはいえ、まだまだ仕分けが必要な古い書類などが残っている。掃除を開始するには「えいやっ!」と気合を入れる必要がある。その気合が入らないまま2年が経過。このままではいけないと、ようやく昨日、重い腰をあげたのだった。

    かつては捨てられずにいた紙の資料などを捨てる。雑誌なども捨てる。もう、3年も不要だったのだ。要らないのだ。しかし、思い入れのある書籍やノートは捨てられない。大学時代の教科書も、捨てられない。そして、大掃除にありがちな「昔のものを紐解いて読み始める」モードに入ってしまい、作業がいちいち滞る。

    そんな中、資生堂パーラーのサブレの空き缶に収められた手紙を、久しぶりに紐解いた。帰任されたミューズ・クリエイションのメンバーからの手紙だ。たちまち、記憶が遡る。

    やっぱり、手書きの手紙はいいなあ。たとえ短い一言でも、肉筆の手紙を一瞥するだけで、その人のことがありありと思い返される。のべ228名。今となっては全員の名前を思い出すことはできないけれど、こうして手紙をくださった人のことは、決して忘れることはない。

    この缶は、ミューズ・クリエイションのメンバーと、時間を共有した証のひとつ。プライスレスな宝物だ。また蓋をして、猫らの手には届かない「大切なものを収める戸棚」にしまいこむ。

    ミューズ・クリエイションの在り方など。心許なくなった時などに読み返し、自らを鼓舞する。

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    新年早々、脳内がとっ散らかっているので、思うところをランダムに書き出してみよう。TO Do List だけでなく、思いもランダムに連ねて悪くはないだろう。

    ◎2010年から毎年年末年始にアーユルヴェーダグラムで過ごし心身をデトックスしていたが、この2年は実施せず。昨年後半より軽めの腰痛が再発し始めたので、一昨日より近所のアーユルヴェーダ・クリニックに通い始めた。そもそも10代のころ、バスケットボールで腰と膝を痛めた。20代、30代と徐々に悪化し、鍼やらカイロプラクティックやらあらゆるものを試して効かなかったのが、40歳でインドに移り、半年で治ったのだ。10日間のプログラム。これで快適に動けるようになるのだアーユルヴェーダに感謝だ。

    ◎数日前、新居の一部トイレをアレンジすべく、タイル専門店へ赴いた。2007年に旧居の内装工事をした際、さまざまなハウジング関係の店を巡った。タイル店をしみじみと巡るのは以来、久しぶりのこと。その選択肢の多さと洗練度の高まりに驚嘆するばかり。インドにおけるインテリア産業の急伸は新居の諸々手配の際にも肌身に感じていたが、いちいち驚く。

    ◎昨年終盤は、若き人々と語り合う時間が多く、伝えながら反芻することも多々あり。スケジューリングの重要性。手書きの記録の有意義。どれほどテクノロジーが進化せども、人間そのものは進化していないのだ。アナログでいいのだ。ともあれ、スケジュールの余白を尊べ。今年は新たな5年日記を購入。元気に記し続けたい。

    ◎年齢を重ねるごとに、経験は増えて知見は蓄積。ライター/編集者として「言葉で人に伝える」ことを生業として35年余り。この習慣はすでにわたしそのものとなっており個性でもあるが、その方法や対象を見極めねばならぬ。遍く、取捨選択。敬意なきところに関わるなと、自分に言う。

    ◎オンラインの海を覗けば。情報もまた、玉石混交。昔は吟味された文章だけが活字になったが、今は腐った言葉もすぐに活字化され、真偽の区別がつかない。言葉が軽く、浅くなってしまった。人間の醜い部分が明らかになりやすい。誹謗中傷、罵詈雑言。かつては聞こえなかった、見えなかった負の言葉の氾濫。遮断せねば。

    ◎自分の見えている世界だけが、自分の在る世界のすべて。

    ◎心を静かにするために「わたしは誰か?」をわたしに尋ねる。絶えず、心の源へ。

    ◎猫らの存在は無条件に尊いものだ。NORA姉さんが我が家を住処と決めたのは2014年7月。つまりは、我々が猫煩悩な夫婦になって今年で10年。4猫全員が元野良で自由奔放攻撃的。喧嘩も多くて生傷は絶えないが、それでも、「言葉が不要の生ける物」がそばにいてくれるやさしさ。

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    ◎1、2年前より、日本からのオンライン・ミーティングの依頼が急増。無償有償を問わず、わたしはあらかじめ情報収集や準備をする。自己満足上等。慈善活動について知りたいという学生も少なくない。あるとき、移動中の揺れるバスの中から連絡をしてきた大学生がいた。悪びれもせず。流石に叱った。わたしは時間をとり、きちんとデスクに向かっている。礼儀はないのか。

    ◎相手と自分との、温度差は広がりがち。「あとで不満に思うなら、引き受けるな」と、自分に言う機会、少なくなく。しかし、そこからつながる未来もある気がして断てず。全面的に有料化すべきか。10年ほど前、問い合わせが多かった時代、電話相談を有料化した途端、相談が来なくなった。情報や、相手の時間に対する考え方の相違。ジレンマは続く。無料で得られる不確かな情報だけで、インド進出って……。Up to you. 

    ◎やすく見られるのも、わたしの問題。

    ◎数カ月前より、WhatsAppのコミュニティ機能を軸にしたミューズ・クリエイションの活動を再開した。バーベキュー親睦会(2回)や展示会の開催、ショッピングツアーの企画、慈善団体訪問など、諸々、試みてはきたが腑に落ちない。継続する意味について、しっかり考えよう。今は若手への機会提供や育成にフォーカスすべきか。試行錯誤が必要だ。

    ◎OKaeri Venturesは、当面、セミナーや研修会に絞り込みつつ、こちらは有料、ビジネスだと明確に。どう言うセミナーを実施しているか。日本人対象、インド人対象と分けてリストにせねばな。

    ◎経済的にも時間的にも余裕がなかったころは、好奇心は炸裂し、旅の情熱が強く、「春夏秋冬、別の土地に住みたい」などと思っていた。年齢を重ね、経済的にも時間的にも余裕ができた今は、異なる視点、異なる欲求。ゆえに! 若いうちの欲求は、若いうちにできるだけ、満たすべし! 少々無理をしても、旅に出よ! おいしいものを食べよ! 冒険をせよ! 

    ◎アナログ時代の我が旅は、本当に無謀な冒険が多かったと今になって思う。モンゴル旅日記を『深海ライブラリ』に転載せねばな。プリントの写真も取り込んで載せよう。26歳の会社員時代。取材先のニュージーランドでバンジージャンプをやったのは、まさに無謀だったな。出張中なのに。何かあったらどうするんだと言う話。わたしもなかなか、やんちゃで非常識だった。

    ◎わたしの場合、ヨガや筋トレは続けられない。やっぱりオンラインのボリウッドダンスが一番、楽しく身体を動かせる。ロックダウンのころにハマったダンスエクササイズを、昨日から再開した。自分に合うことを、続けよう。

    ◎毎年書いているが、『一月往ぬる二月逃げる三月去る』というわけで、3月まではあっという間に時間が流れると予測。1月末からはデリー&ジャイプール、2月にはナーグプルへと旅する予定。行きたいところへ行かないと、歳月は瞬く間に流れる。

    ◎昨年より「還暦カウントダウン」を開始して、60歳以降の在り方を明確にすべく模索と準備の歳月と決めた。60歳まであと19カ月。この期間、自分に起こる変化を楽しみに。最近のわたしは「日本人である自分をかつてなく強く意識している」ことか。インドや世界を学ぶと同時に、日本の歴史や伝統文化についても、心を寄せる。

    ◎昨日は早起きでFM熊本のラジオ収録だった。2008年から毎月熊本にインドを伝えて16年。昨日は着物とサリーの比較展示会のことを話した。DJの緒方さんも、昨年末、着物を着てのお仕事がいくつかおありだったとのこと。着物に目覚めたことは、昨年のわたしにとっては大いなる変化だったな〜。ほんと、着物好き。まだ3回しか、自分で着付けてないけど😅

    ◎還暦には赤い着物と赤いサリーを来たいな〜。サリーはパールシー刺繍のAshdeenで買う予定だけど、着物はどうしたものか。50年前の絞りの反物(無地)がある。これを茜色に染めてもらい、着物をしたてようかしらと検討中。

    だめだエンドレスだ。そろそろ、1日を始めよう。

    🖋「インドが東洋なら、日本は東洋ではない。 日本が東洋なら、インドはもう、ぜんぜん東洋と違う。」
    https://museindia.typepad.jp/2022/2022/07/india.html

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    昨夜は、親しい友人Mitaliの夫、Manavの50歳の誕生日を祝うパーティに参加した。それは、豪華ながらも家族愛にあふれた、温もりあるパーティだった。

    インドでは一般に、誕生日を迎えた本人が、周囲の人々に感謝を伝えるべく、お菓子やケーキなどを準備する。オフィスなどでも、自分で準備したケーキを他の仲間たちにシェアする光景は一般的だ。

    わたしもこれまで、友人たちの40歳、50歳といった節目の誕生日パーティに招かれ、楽しい時間を共有させてもらった経験は少なくない。

    2022年8月に迎えた我が夫、50歳の誕生日は、完成したばかり(即ち未完成)の新居に友人知人らを招待、アレンジを効かせた日本料理でもてなした。

    以下、誕生日の記録というよりは、ほぼ「食の記録」だが、参考までに。

    💕50歳お誕生日おめでとう! A happy Sunday afternoon we were blessed. Thank you, everyone.
    https://museindia.typepad.jp/2022/2022/08/birthday.html

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    昨夜のハイライトは、夫妻の娘のライヴとトーク。父親の半生をかいつまんで説明し、家族にゆかりのある歌などを披露する。初めて出会った6年前に比べると、すっかり大人びた彼女の雰囲気に感嘆しつつ、目頭が熱くなる。

    また、Manavが語った今日に至る足跡に、心を動かされた。北インド、パンジャーブ州の小さな村に生まれた彼。州都のチャンディガールに出ることを夢見ていた少年が、縁あってバンガロールに移り住み、切磋琢磨して現在に至る。妻のサポートもまた、偉大だったに違いない。

    人に歴史あり。関わる人々一人ひとりの背後に、唯一無二の物語がある。

    マイクを握ったManavの父君が、「彼が50歳ということは、わたしたち夫婦の結婚51周年なんです」と言いながら、ゲストに感謝の言葉を述べている様子にも心を打たれた。

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    インドの人々は、本当に、家族を大切にする。日本でいう「親孝行」という言葉の意味合いに相当する言葉は、存在しない気がする。それは当たり前の行為であり、声高に「孝行」と言い及ぶことでもない。あまりにも当然のことだからだ。仕事よりもなによりも、家族を優先するのが、この国の常識でもある。

    このことが、何を意味するのか。その結果、どのように社会の規範が育まれているのか。インドに暮らし働かせてもらっている我々異邦人は、しっかり受け止め考える必要があるとも思う。

    ちなみに我が夫の祖先も、パンジャーブ州が出自だ。現在のインドでは小さな州だが、インドとパキスタンが分離する前は、両国に跨ぐ広大なエリアだった。故にパキスタンにもパンジャーブ州がある。我が夫の母方祖先は、パキスタンのラホールが原点。この歴史の話になると、尽きないので割愛するが、関心のある方はこちらの記録(超絶長編)もどうぞ。

    🇮🇳🇯🇵8月15日。インドの独立記念日と日本の終戦記念日が同じ日なのは偶然ではない。印パ分離独立を巡る家族の物語など。
    https://museindia.typepad.jp/library/2021/08/815.html

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    「先づ隗(かい)より始めよ(先従隗始)」

    ①遠大なことを望むのなら、まずは手近なところから始めよ。
    ②物事は、言い出した者から、率先して挑戦、実践すべし。

    バーベキュー新年会の翌日1月3日。ミューズ・クリエイションが最も頻度高く訪れている慈善団体「NEW ARK MISSION ~HOME OF HOPE~」を訪れた。当初は、わたしが属している「女性の勉強会」のメンバーから託された寄付金を持参して、一人で訪れる予定だった。しかし急遽、日本から来訪している学生ほか、ミューズ・クリエイションのコミュニティメンバー、そして我が夫の十数名で来訪することになった。

    12月28日、日本から訪れている学生たちに向けて研修をしたことはすでに記した。坂田の自分史を基軸にしての、社会や環境の変化、世界情勢や歴史、関わって来た人々の生き様、米国やインドでのビジネス……と、多岐に亘るテーマで、そのときどきの参加者の構成に応じて語るというものだ。セミナーのあと、質疑応答しつつ語り合っている時、今回の滞在中、慈善団体訪問は予定していないとのことを知った。

    さあらば、わたしが一人で訪れるよりも、彼らに同行してもらう方が遥かに有意義だ。引率のスタッフ、そして学生たちも非常に強い関心を示したことから、団体での訪問を実施することにしたのだった。

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    ここ数年、ミューズ・クリエイションの活動に関心を持ち、連絡をくれる日本の学生が増えていることは、以前も記した。インドの貧困の実態に関心を持つ人が多いのは喜ばしい。その一方で、わたしの脳裏には常に懸念がある。彼らの多くがネットから収集した「通り一遍の情報」によって未来を描き、実体験が伴わない「大言壮語」の傾向にあることだ。

    まずはインドを知るところからはじめてほしい。故に、わたしがパンデミック中に制作したインド・ライフスタイルセミナーの動画「パラレルワールドが共在するインドを紐解く」の①~④までは必ず視聴したうえで、オンラインでの打ち合わせ、あるいはセミナーなり研修なりに参加してほしいと伝えている。予備知識があるとないとでは、限られた時間にシェアされる情報の吸収度が大きく異なるからだ。

    語る方も、聞く方も、共有できる時間の深度を深め有意義にするためには、予習をするに限る。今回の参加者の大半は、その点においてわたしの活動の意図を理解し、またNEW ARK MISSIONの過去の訪問記録にも目を通していたので、現地での体験が、より深いものになったと察せられる。

    いつもの通り、訪問のあとはランチをとりつつの反省会。このランチ会で、未消化の経験をみなで分かち合うことは、極めて大切なプロセスだ。自分たちの日常とはかけ離れた環境にある人たちの暮らし。その現実を、どう捉えるか。「異世界」からの来訪者につき、誤解や誤認は避け難い。ゆえに、背景事情の擦り合わせも大切なのだ。

    果たして彼らは「かわいそう」「気の毒」な人たちなのか。インド社会は彼らを見放しているのか。否。一言では語れぬ深淵なる背景がそこにはある。

    宗教ごと、あるいはコミュニティごとの支援。無数の篤志家や活動家の存在。企業のフィランソロピー。社会起業家……。政治家に頼らぬ、自らの社会貢献。この国なりの社会の協調は、必ずあるのだ。それがなければ、この巨大な民主主義国家が存続し得ない。たとえ歪な形であろうとも、この国がこの国であることへの敬意を。

    普段のミューズ・クリエイションの来訪とは異なり、今回は学生が大半だったので、わたしは完全に「先生モード」で、全員に感想を話してもらった。彼らにとって、「NEW ARK MISSION」でのわずか2時間足らずの経験は、生涯、忘れ得ぬ時間となっただろう。

    みな、率直に、素直に、飾らずに、自分の思いを一生懸命、言葉にしていた。誰もの、全ての言葉が、とても尊く心に沁みた。ハラハラと涙をこぼしながら、言葉を詰まらせながら、一生懸命に語る女子たちの姿からは、言葉にはできない思いが迸っていた。

    のちほど、参加者全員の感想を、いくつかにわけて転載する。ぜひとも、目を通してほしい。

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    【NEW ARK MISSION ~HOME OF HOPE~について】

    NEW ARK MISSIONは、オートリクショーのドライヴァーだったラジャという男性が、路上で瀕死状態で倒れている人々を自宅に引き取り、世話をはじめたことにはじまる。1997年、マザーテレサが亡くなった年のことだ。彼自身、ストリートチルドレンの出自で、窃盗などで生きていた時期があり、投獄された経験もある。そんな彼が獄中で改心(そのエピソードは2011年の訪問時の記録に残している)、世の中で虐げられた人々を救済すべく自ら活動を始めた。以来、無数の命を引き受け、手当てし、人々が「尊厳ある最期の時」を過ごす場を提供し続けている。

    現在、路上に打ち捨てられ、記憶を失った半ば恍惚の人々や、子供たちを含め、800名ほど暮らしている。毎日、誰かが拾われてきて、毎日、誰かが死んでいる。人間の生き死にが日常の場所だ。毎日の食事の準備、入居者の入浴、掃除などだけでも、大変な労働力が要されるが、行政支援はなく、すべてが個人あるいは企業の支援から成り立っている。

    わたしはインド移住後、2007年以来、約20の団体を、合計70回以上、訪問してきた。中でもこのNEW ARK MISSIONは、最も足繁く通っている。それというのも、わたしが知る限りにおいて、ここが一番、経済的な支援が望まれているからだ。また365日、いつでも来訪でき、直前での連絡でも歓迎してもらえるのも来訪回数が多いことの理由のひとつ。

    訪れるたびに発見があり、学びがある。今回も、個人的に綴りたいことは尽きぬが、わたしの所感はこの辺にしておく。

    【Muse Creation (NGO)活動記録の専用ブログ】

    ◎New Ark Mission の関連情報
    https://museindia.typepad.jp/mss/new-ark-mission-home-of-hope/

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    💝以降、全部で13人分の感想を記載する。超長編だが、ぜひ、最後まで、目を通していただければと思う。

    (1) TigerMovインド合宿参加/大学生男子(20代)

    今日感じたこと。病棟に行った。僕と会うとおばあちゃんが泣いていた。何が病棟のおばあちゃんの涙につながったのか、正直わからなかった。僕はただ、いただけ。なのに彼女は涙していた。しかも言語は伝わらない、そんな状態なのに涙していた。ここの慈善団体の人々にはそれぞれの過去があって、それぞれの方々の心に残っているものがある。

    もしかしたら寂しかったのかな、もしかしたら亡くなってしまうのが怖いのかな、もしかしたら昔に寂しいことがあってそれに向き合えたのが良かったのかな。いろんな感情が入り混じってハグしていた。言語が通じない目の前の人。その人を前に暖かく包み込めた。涙してくださった。そんな人でありたいと思った。

    ただ、まだ薄っぺらい自分だからその人だけが心を浄化してくださった。ラジャさんはここにいる700人の人全ての心を包み込んでいる。少なくとも、ここにきている人はここに来ることを決めている。包み込まれる意思決定をしている。そんな、この人に人生をあずけてもいいな、預けたいなって思えるような人で有りたい、有ると決めた。

    (2) TigerMovインド合宿参加/大学生男子(10代)

    言葉が伝わらなくても、何か壁があるのだとしても人と人だから直接触れ合うことで何かイメージや温もりを伝え合えることを実感しました。自分自身今回は、英語ができないという弊害があることから、無理に聞き取ろうとするのではなく、しっかりと自分が学びを得るために自分の感性に全振りをして、その場の雰囲気や話している人の表情を見て聞いてひたすら感じるということを行いました。

    そこから見えてきたのがラジャさんをはじめとしたスタッフの方々の使命感でした。私はその光景を見て、自分もせっかく来たのだからただお金を寄付するだけではなく自分自身の力を発揮したい、そういう使命感を持って行動したいと思いました。病室で私は全員にはできなかったけど手を握り、目線を合わせて、表情を柔らかくして、自分のなかにある伝えたいイメージを最大限表現して伝えました。

    また、彼女達の人生を子供の頃から今に至るまでの姿をできる限りイメージしたりしました。自分の伝えたいことがどこまで伝わったかはわからないけど、笑ってくれたことを自信にしてこれから大事なことは大小の使命感、責任感を持って行動しようと思いました。彼ら、彼女達の人生の中に自分という一幕ができたことを誇りに思いたいです。

    (3) TigerMovインド合宿参加/大学生女子(20代)

    フィリピンの死を待つ人の家に訪問したことがあり、あれから5年経った今、あのとき感じた、無力感となにか違うものを感じるかと思っていたが、あの時と同じ感覚に陥った。自分にできることは、小さくて、まだまだだと感じた。しかし、あの時よりも冷静に情景を見ることができるようになり、自分が関わった人の表情の変化や、他の参加者が交流しているのを見て、人を笑顔にすることができるのは、人だと感じた。病室に入った時と出る時の雰囲気の変容はとても印象的であった。

    (4) TigerMovインド合宿参加/大学生女子(10代)

    今回の訪問で愛を与えることの大切さや、自分の無気力さを痛感しました。坂田さんのセミナーを聞いてから今日まで、自分自身の未来予想図を描きながらそこに辿り着くために必要なありたい自分について向き合っていました。自分の中のありたい自分像が雰囲気で見えた中の今回の訪問で愛を与えることこそが自分のありたい像に辿り着くために必要な第一歩であると感じました。

    ラジャさんの行動もそうですが、ホスピスでお菓子をあげたことで笑顔になってくれた姿を見て愛の力って素晴らしいなと感じました。それと同時に、積極的に動くことができなかったことに自分の無気力さを感じました。でもこれは、どの場面でも同じことなのだと感じ、まずは、小さな一歩から進めていきたいなと感じました。

    (5) TigerMovインド合宿参加/高校生女子(10代)

    私は今日、初めて慈善団体に行きました。少し前から、なんとなく貧困問題とかに関心があったのですが、世界の現実を生で見たことがなく、ずっと見てみたいなと思っていました。でも、自分が裕福に暮らしている中で、世界の何処かに食べ物がなくて困っている人がいるんだと思うと、罪悪感や劣等感を感じて、世界の現実は見てみたいけど、ずっと目を背けてきた自分がいました。

    そして今回、少しだけだけれど見に行けるとなったときはとても嬉しかった反面、いざこれから知るとなったときに、自分が目を背けてきたものと向き合う怖さを感じました。ビデオを見て、体が腐っている人、ウジ虫が湧いてる人など、想像していなかった現実を少し知って、強い衝撃を受け、しばらく自分の中で消化することができませんでした。

    でも、実際にそこで過ごしている人の笑顔を見たり、触れ合うことによって、漠然とした怖さが少しずつ消えていきました。私が一番印象に残っているのは病室に入ったときで、この人たちは私達をどう思っているのだろう、言語通じるのかな、など、たくさんの感情でいっぱいで、怖くて、でも関わってみたいと思って、おばあちゃんに話しかけに行って、その時の私の手を包む手の力強さと、私をまっすぐに見つめる目に、ものすごいパワーを感じて、得も言われぬ感情になりました。生きる強さみたいな、なにか絶対に人間が失ってはいけないものを、あの人は持っていたように感じました。

    海外の人と話すときは、私はまだどうしても、コミュニケーションを純粋に楽しむとかよりも、聞き取れなかったらどうしようとか、そういうことを考えてしまうけど、おばあちゃんと見つめ合ったあの数秒間で、そんな怖いとか、言語の壁とか、そういうものがなくなった感覚がありました。私はこの現実を、これを知らない人に伝えたいし、少しでも自分ができることがあったらやりたいと思いました。友達や家族にこの経験を伝えたり、毎月のバイトのお金の何割かを寄付したりしようと思います。そして、改めて自分が今置かれている環境への感謝を忘れたくないと感じました。

    同じ地球で生まれて、同じ人間である彼らに、また、彼ら以外でも私を支え続けてくれているまわりや社会に、小さなことでも、安らぎとか、喜びとか幸せを感じてほしいと思いました。まだ学生で、社会に出ていない小さな私が、社会にできること、本当に小さなことでも、行動を起こしたいし、そういう意識を持ち続けたいです。今回の訪問は、確実に私の中の考え方を広げたし、社会に対する見方がまた一つ変わりました。今日実際に見て、聞いて、感じたことを忘れません。

    (6) TigerMovインド合宿参加/大学生男子(20代)

    今回初めて慈善団体の方に行って、自分のちっぽけさをとても感じました。自分は先進国と途上国の需要と供給のサイクルを作りたいとか、インドに来る前に言っていたけど、もっと向き合うべきものがあると改めて思いました。起業したいだとか口で言うのは簡単です。実際に現地に行って自分の目で確かめて現場を知り、そこからのまた新たな気づきとかで見えてくるのも違ってきます。まずは自分の事にしっかりと向き合って、また何をやるにしても、小さい所からコツコツとやっていくって言う事を、今後心がけてやっていきたいと思います。

    (7) TigerMovインド合宿引率/教師男性(30代)

    「百聞は一見るにしかず」とはまさにこういうことだなと改めて感じられた1日でした。私自身も、慈善活動で多くの人を助けるためには自分がそれだけの余裕がないとできないものだと考えていました。現地で施設を訪問して今の私になにができるのか? 金銭的な部分や物資の部分で力になれることはあるのだろうか? と改めて考えさせられる機会になりました。じゃあ自分なら何が今できるのか? どんなことならこの人たちの力になれるのか? を考えていると、手を握る、言語が異なっても目を見て会話をしてみる、手を振る、肩をさすってあげる、少しのお菓子を渡す、などの些細な行動でも彼らの時間を明るくすることはできるんだ! と感じることができました。

    日本なら感じられなかったであろうことを感じることができたのではないでしょうか。私も日本で、1日の中で誰かをハッピーにするというのを大切に、お菓子をあげたり、誕生日に些細なギフトを送ったり、ということは意識して心がけていました。それが自分にできることなんだろうということを改めて再認識できたので、継続していこうと思います。そして最後に、何かを始めるならまずは見に行く、何ができるかは見てから考えることが大切なんだなと認識できたし、坂田さんの「隗より始めよ」という言葉が自分にかなり刺さったので大切にしたい言葉になりました。

    (8) TigerMovインド合宿引率/会社員女性(30代)

    20年以上この活動を続けてきたRajaさんや施設を支えるスタッフの皆さんをとてもリスペクトします。数え切れないくらいの瀕死の方をこれまで迎え入れ、怪我や病気、出産などに向き合い、対峙してきた彼の生き様を感じました。リスペクトという言葉じゃ片付け切れないほどでした。

    今回はビデオを見せていただいた後、数人のスタッフの方のここにいる理由やストーリーを聞きました。過去や現実を受け入れ話すこと自体も勇気がいることなのに、私たちにシェアいただき、シェア頂いたことで、病床にいった時、施設内でたくさんの人に挨拶された時、一人一人の人生を感じながら皆さんと触れることができました。

    訪問後1日経った今でも、施設で出会った人の顔が忘れられず、また折に触れて思い出すことがあるのだろうと思います。「この経験を思い出にはしたくない」という、気持ちもあります。この社会や世界の現実に、自分は何が出来るんだろうか、と小さな一歩も大事にしながら、今後の過ごし方を考えていきます。

    尊厳のある人生はいかに守られるのか、そしてそれが守られることがいかに尊いのか、身をもって感じさせてもらった訪問をサポートしてくださった全ての人に感謝します。ありがとうございました。

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    (9) バンガロール在住の学生女子(19歳)

    色んな意味で“現実を見る”ことができたと思います。自分が目を背けてきた浮浪者の現実、慈善団体が行っていることの現実、自分ができることの現実。それら含めてとても貴重な時間でした。

    慈善団体や支援については関心があり、何かお手伝いをしたいと昔から思っていましたが、実際に何ができるのかというと、お菓子を渡して握手することくらいしか力になれないんだなと知りました。そしてそれすらもなかなか抵抗感や恐怖感もありました。不衛生と感じてうまく体が動かない場面もありました。

    最初に伺った部屋での交流では、握手をした際に涙を浮かべておられて、それにとても心を動かされました。本当はもっとコミュニケーションをとりたかったですが、言語の壁の限界はありました。それでもジェスチャーと表情と目から受け取れることはたくさんありました。

    身体の問題だけであれば、こういった感情の交換、一種のコミニュケーションができるから支援する側もまだ続けられると思いますが、心が病んでいる人やそれこそ狂った人との交流は困難を極めるものがあるなとも思いました。

    覚悟はできていたつもりでしたが、やはり私にはできることではないなと感じました。だからこそラジャさんの凄さというのを実感します。私にはこの経験をシェアすることしかできませんが、それでも何かしら行動に移せたらいいなと思いました。隗より始めよですね!

    本日は貴重な経験をさせてもらって本当にありがとうございました。

    (10)バンガロールで交換留学中/花田怜大(21歳)

    病院棟(ホスピス)で過ごされている方との交流時間が始まった当初、相手の方とどのように接するのが良いか、戸惑いながら過ごしていました。しかしながら、相手の方に「敬意を持って」という坂田さんからのレクチャーを思い出しながら、手に触れ、肩をなで、目を見て話すと、言葉は通じずとも自然と心が近くなった感じがしました。本当に嬉しかったです。敬意をもって、一歩踏み込む事の大切さを学ばせていただきました。

    また、本人が望まずとも、現在の生活を送り、ただしそれが必ずしも不幸せではないという現状も目の当たりにし、自分ができることの少なさ。人が幸せに生きるとは何なのか。より深く勉強させていただく、きっかけの場所となりました。ありがとうございました。

    (11) バンガロール在住2児の母 K.K (30歳)

    貴重な機会を本当にありがとうございます。反省会にも参加させていただき、刺激と学びだらけの一日となりました。私事ですが、学生の頃にMother House創設者の山口絵理子さんの本を読んで大きな刺激を受け、寄付ではなくビジネスで貧困を救う社会起業家のようなことができたらと思い、大学4年の春にインドを訪れました。

    最近、子育てや家のことに追われ自分を見失いかけていましたが、今日幸運にもNew Ark Missionを訪問できたおかげでその当時の気持ちを思い出すことができ、また「寄付は簡単、実際に現地で支援することがどれだけ大変なことか」というみほさんの言葉にハッとしました。

    貧困に苦しむ人々の何か力になれたらという思いはあるものの、ただ与える側と与えられる側という一方的な支援が果たして良いことなのか?自分が少額寄付したところで意味があるのか?と今まで寄付には積極的ではありませんでした。とはいえ「ラジャさんのように現地で実際に支援ができる?」と聞かれたら絶対にYesと言えない自分がいる…ラジャさんの愛と情熱に感服です。

    私は『寄付ではなくビジネスで貧困を救う』ということに囚われすぎていたと気づきました。働くことが難しい人も多く、寄付がなければ今日一日さえも生きていけない人もいる。それを今日目の当たりにし、みほさんの言葉に自分の中での寄付に対する考えがガラッと変わりました。

    ラジャさんというリーダーを、自分のできる範囲の寄付という形で微力ながらも応援させていただきたいと強く感じた次第です。

    (坂田注/「寄付は簡単」というのは、否定的な意味ではない。寄付も当然、有意義なこと。しかし、現地に赴き、実際に何が望まれているのかを確認すること、また現場の人たちと触れ合う時間をもつこと、更には寄付金を未来に継承できるような活用の仕方をすべく運営に関わるといったことは、別次元で有意義かつ、重責を伴うことであるという意味合い)

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    (12) バンガロール在住スタートアップ起業家 H.K (35歳)

    ①使命感を持つ意義

    ・ラジャさんのお話を拝聴するに、「命を何に使うのか」が明白な印象を受けた。使命感を持った人は強い。
    ・ブレがなく、一瞬一瞬の生き方に迷いがない。屋久島の杉のような大樹が心の中に宿されている感覚を覚える。
    ・親から捨てられ、路上生活を強いられ、盗みを働いた事もある彼が、リキシャドライバーとなり、その流れで見つけた路上生活の方々を救い出し、今の立派な施設を運営されている。全ての出来事に意味があり、その瞬間では判断できない。きっと幼少期の辛く、苦しい経験がなければ、悪事に手を染めることもなく、施設の立ち上げにも繋がらなかっただろう。
    ・そう考えると人生に巻き起こる全ての出来事を愛おしく感じるし、この瞬間以降の出逢い、出来事にもワクワクする。
    ・改めて限りある命を何に使うのか、問いかける習慣形成を持ちながら、今の生き方にYesと胸を張れる生き方をしたいと思う。

    ②継続の大事さ

    ・断片的なシーンを見た参加者の中でも、直視し難い現実があったのかなと思う。それをラジャさん、施設運営に携わる方々は、日々同じ屋根の下で暮らしを共にしながら、継続してきたのだ。きっと施設運営の資金難、人材不足、施設内の人間関係トラブル、周囲からの風評被害等、数々の苦難を乗り越えていらっしゃるはずである。
    ・ゲストが来る日は特別な日かもしれないが、そうではない日が大半。その中でも、日々逃げずに、目の前の現実を直視、ひたむきに向き合っていらっしゃる。日本でも転職が当たり前となりつつあり、SNS、インターネット等の台頭により、新たな仕事に移りやすい環境だからこそ、ひとつの事に逃げずに、向き合うやり抜く力が問われている気もした。

    ③リーダーとしての不断の努力

    ・ラジャさんが受けた教育は3年間。昔の姿を存じ上げないが、非常に流暢な英語を話され、本人のひたむきな努力が見て取れる。
    ・施設として持続性のある運営、更なる充実した設備、インフラを提供するために、本人の成長が、不可欠である。リーダーとしての強い覚悟が伺える。

    ④観を磨き、鍛える

    ・死生観を磨き、鍛えることの大事さを改めて、学ぶ。インドの大好きなところのひとつである。
    ・自分の住むエリアから程遠くない場所で、毎日を懸命に生きている人の姿がある。死を目の前にされている方を前にし、「お前はどのように生きるのか」と「限りある生を鮮明に生ききれ」と胸ぐらを掴まれる感覚を抱く。
    ・人は油断すると、弛緩し、さも永遠に生きるかのような感覚に陥る。永遠などない。今ある現実、瞬間を全力で生き切ることの大事さを知らされる。

    ⑤人は比較で生きる

    ・今回の訪問を経験し、「悲惨だ」「哀れだ」だと感じた人もいるだろう。ただ、それは自分が生きてきた世界との比較での主観的判断である。
    ・当人からすると路上生活からの流れでこの地に行き着き、ご飯と寝床が提供される環境で、多幸感を感じているかもしれない。当たり前の基準が異なるはずである。
    ・相手の人生背景に想いを馳せて、どれだけ相手の靴を履いて、考えられるか。相手の靴を履いて、視えた景色は決して、モノクロではなく、カラフルな可能性はある。
    ・周囲は、他人と比較するなと良く言うが、比較にも2種類あると感じた。比較後の感情がどう振れるのか。上振れする比較は、決して悪いことではない。今回も家族と暮らせている自身の環境と比較するに、いかに恵まれているか、満たされているのかを感じ、力強く生きられていることに対する先祖、親への感謝、日本国という地に生まれた事への有り難みを噛み締め、生きなければと再認識させられる。
    ・感情は昂っているのだ。確かに比較をしているが、この感情の機微を鑑みるに、その後のプラスに働く比較なので、良しとしたいと感じた。

    ⑥コミュニティデザイン

    ・人間は社会的生き物である。所属の欲求を求める。コミュニティの在り方を考えさせられる。
    ・優れたコミュニティとして、心理的安全性が担保されているかは重要である。ラジャさんのように、何があっても守ってくれる、見放さないという存在は、どれだけ暮らす人たちの心に、平穏、安寧を提供しているか。
    ・下手したら、日本の大量に存在する独居老人の方々の暮らしよりも、人と繋がれ、食事、最低限の医療が提供され、安心できる居場所がある時点で、施設内の暮らしの方が豊かなのかもしれない。
    ・日本も未踏の超高齢化社会を迎えるにあたり、死に方革命が要求されているはずである。そのヒントが隠されているのではないかと感じた。

    ⑦体温の感じる触れ合い、感性の時代

    ・病室で療養中のお婆様が、学生の手を触れて、涙ぐむシーンがあった。そのシーンを目の当たりにするに、今までの人生が勝手に想像される。親、家族から満足な愛情が得られず、孤独、失意のどん底にいたこともあったのだろう。
    ・AI等のテクノロジーの登場により、知性は無価値なものと化し、より感性の時代に突入していく中で、このような人と人との体温の感じる触れ合いはより重要視されていく。親、家族との接し方も考えさせられる。親は、仕送りではなく、豪華なお歳暮ではなく、毎日の5分の対話を待ち望んでいるのかもしれない。

    (13) インターンシップ留学生/入江真樺(21歳)

    想像は想像だ。実際にその地へ訪ねてみることにより、五感で直接感じること。極めて深く。朝目を覚ましてから、交流を終えてNew Ark Missionを出るまで一切お腹が空かなかった。緊張していたんだと思う。事前に全て読んでいたから、設立の背景や動画のことなど知識としては学んでいた。それでもやはり直接行くというのは、違った。

    ラジャさん、お会いして誠実で真っ直ぐな方だなと感じた。ラジャさんのお話を聞き、動画を見た。映像を見て、自然と涙が溢れた。映画のような映像を見ているのが、この場所で行われてきたことなんだと。

    次に、3人の女性からなぜそこへ運ばれたのか何をしているのか聞かせてもらった。1人目の女性、昔は寄附していた、寄付をする側だったというのがとても驚いた。彼女の場合は、結婚しないなら出て行きなさいと5ラック(*50万ルピー)のみ持って家を追い出され、バンガロールへやってきた。かつてはIBMで働いていたキャリアウーマン。人生何があるかわからないなと思った。

    精神を病んだ人をマネジメントすることが1番難しいのに、施設全体で800人も見ていること。それを一時的でなく何十年も続けていること。私には到底できないと感じた。
    次にホスピス病床を訪ねた。匂いは気にならなかった。

    まずは顔を同じ高さに合わせてニコッとするとニコッとし返してくれた。お菓子を渡し、食べると顔が明るくなった。目の前で涙を流すおばあさん。私もうるっと心にきた。自然と手を握りたくなり握らせてもらった。私はこのお婆さんの過去もわからないし、この一時しか一緒にいてあげることもできない。けれど、この瞬間を共にでき、手をふれあうことができ、お婆さんを少しでも元気付けられたのじゃないかな、私もお婆さんから元気を貰えた、素敵な出会い、素敵な時間だった。

    次に子ども棟を訪ねた。まだ学校へ行かない未就学児と病状が重い方だけ残っていた。元々捨てられたなど様々な事情を抱えている上、見たこともないような黄色人種が急に沢山来て怖いよねと思った。ヤクルトの力は偉大だった。ヤクルトがあるとお子から寄って来てくれたのだ。目の前で美味しそうに飲む少女。心底癒された。

    皆で集合写真を撮った後、Uberを待っている際、なんとラジャさんとお話させてもらえた。「あなたの人生で辛いことは何ですか。」と尋ねると、僕の人生はずっと辛いようなものだよと超笑顔で返事が帰ってきた。次に、「あなたの人生で幸せなことは何ですか。」と尋ねた。すると、時々家族が遠くへ連れ出してくれてそこで過ごす時、色々なことが起きた時1人で泣くこととおっしゃった。

    回答が意外だった。私は、ラジャさんはここのみんなが元気になるのを見るのが幸せというのではないかと勝手に想像していた。今のラジャさんも1人で涙を流し、自身を落ち着かせる時間があると聞いて、聖人に見えても、ラジャさんも同じ人間何だなと何だか今の自分に安心した。

    New Ark Missionを訪問して、話を聞き、実際に入所されている方と関わり感じた1番大きなこと。「両親に感謝の気持ちを伝えたい。もっと家族を大切にしたい。家に帰ったらすぐに家族に電話をかけよう。」帰ってから速攻で、電話した。今日経験したこと、経験した時にお礼を伝えたいと思ったこと、おばあちゃんの介護を毎日していることがすごいと思ったこと、2年もお正月共に過ごせていないことを申し訳なく思っていること、私も親戚の集まりにお正月は参加したいと感じたこと、最近寂しかったこと、嬉しかったこと、最近感じていること全部伝えた。

    母は、昔教員免許を取る際に、児童養護施設で数週間実習をした経験があり、その時、愛情を受けずに、捨てられてしまった子どもたちの目が光っていなかったと感じとても辛かったそう。その時、母は子どもが生まれたら仕事を辞めて、たっぷり愛情を注ごう、どんな成長も一緒に見届けたいと決めたという。昔もこの事を教えてくれた気がするけれど、その時はピンときていなかった。私の当たり前だと思っていた環境は、両親が協力して必死に作ってくれていたこと改めて知った。今も1番の幸せは子ども2人(兄妹)が楽しんでいること、辛いことは子ども2人が苦しんでいることだと教えてくれた。つい、心配になりすぎるらしい。

    兄も私も20歳を超えて、大人になったから干渉してはダメだと最近は、友人との散歩やお茶、仕事を充実させるようにしていると教えてくれた。ついつい、心配かけるようなことばかりしてしまうけれど、きちんと安心もしてもらえるようにもっとしたいと思った。3年前に腰を圧迫骨折してから、要介護となった祖母。祖母はいつも、「忙しいだろうから会いに来なくていいよ、自分のやりたいことしなさい」と言ってくれる。そんな祖母に以前、石をプレゼントしたことがある。祖母は今、毎日私の安全を願ってその石を毎日触って私の健康を祈ってくれているとも聞いた。今度祖母の家にお手伝いで母が行っている間に電話をかけたいと思った。慈善団体を訪問して、日本の家族への気持ちが高まるとは思いもしなかった。

    その後、共にいろんな事を乗り越えてきた幼馴染の親友にもメッセージを送ってみた。今の境遇は違えど、感じていること考えていることなど沢山共通点が見られた。そして、その後、自室で何曲も歌を歌った。いつか慈善団体で歌えるように!

    今の私は何百人も何1000人を、目の前の1人の命を助けることさえできない。今できることを精一杯すること、今この瞬間を生きること、まずは自分をそして家族や友人、お世話になっている上司や先輩、まずは身近な人を、私の軸を形成していくことを大切に。自分と他人に誠実に。小さな幸せの積み重ね、些細な笑顔の積み重ねをもっと大事にしていきたい。一枚のビスケットのように。

    ラジャさんと運営ファミリーに最大の敬服を。美穂さん、Arvindさん、本当に連れてきてくださって本当にありがとうございました。

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    インドの友らと行く年を見送り、来る年を迎えた。そして2日の昨日は、正月気分が皆無のバンガロールで過ごすミューズ・クリエイションの関係者を誘ってのBBQ新年会を開催した。

    多くの在留邦人が日本へ一時帰国をする年末年始。その一方で、仕事の現場を離れられず、単身でバンガロールに残る駐在員や学生たちも少なくない。今回は「比較的寂しげな正月を迎えるかも……」という人たちに声をかけての、BBQ新年会だった。

    しかし、特に寂しくはなさそうなご家族連れや父娘の参加もあり、とても賑やかな午後となった。

    ちなみにインド社会では、太陰太陽暦のヒンドゥー暦に基づき、毎年変動するところの10月&11月あたりのDiwali(ディワリ)が本気の正月で、太陽暦による正月は特段、祝わない。ゆえにインド社会に合わせ、元旦から勤務の日系企業も多数。参加されていた人も、途中でオンラインミーティングをされていた。

    さて、前回のミューズ・クリエイション企画は家族連れによる参加者40名ほどの大規模なものであったが、今回は十数名と小人数につき、料理も、豚スペアリブ、丸鶏グリル、野菜などに絞り込む。なんとなく炊いていた日本米が大人気(インド産の日本米である谷藤米)であった。

    谷藤米は、やや多めの水(米2カップに対し水3カップ程度)で、あらかじめ1時間ほど浸したのちに炊くとおいしい。わたしは四半世紀以上、電気釜を使わず鍋で炊いているので、火加減は適当だが、おいしく炊ける。なにより曲げわっぱのお櫃が、米の旨味を引き立てる。

    皆が持ち寄ってくれたおつまみやスナックなども食べつつ、飲みつつ、語りつつ……。ところで、巨大なチョコレートチップ・クッキーは、我が友人の娘(16歳)が数年前に起業したベーカリーで販売されているもの。利益の半分を慈善団体に寄付するというコンセプトもさることながら、これが非常においしいのだ!

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    🍪このクッキーの背景については、後日、改めて、紹介する。

    毎度、時の流れを忘れさせる「龍宮城」な、坂田マルハン宅。人々は、帰らない。たしかランチから始めたはずなのに、日が暮れても語り合い続ける。途中から坂田のセミナーモードも稼働。さらには参加者各位のお仕事インタヴューを始めたものだから、楽しくて話は尽きず。

    昨日は、スーパーコンピュータ(スパコン)について、少しばかり勉強させてもらった。まだコンピュータが普及していなかった我が大学時代(1980年代)、「日米スパコン貿易摩擦」なる言葉を耳にしたのが最初だったか。当時の「スーパー」と今の「スーパー」とでは、その超絶具合がとてつもなく違うということも、漠然とながら推察できた。

    テクノロジーの進化のすさまじさ。

    ……などと浸っている場合でもなく、翌日の今日は、慈善団体訪問実施につき。

    「もう、そろそろ帰って」

    と発令したのが夜の9時。みな、残り物を持ち帰るなどし、元気に帰っていった。

    今年もまた、千客万来の家、バンガロールのパワースポット化😂に磨きがかかりそうだ。

    🍪MACHA’S BAKERY
    https://www.machasbakery.com/

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    👘🥻先日開催した「着物とサリーの比較展示会 〜旅するテキスタイル〜」の様子を伝える動画を作りました。Youtubeにもアップロードしています。

    伝統的なインドのサリーと日本の着物の麗しき調和。手工芸の匠。テキスタイル以外にも、自宅にある漆器や陶磁器、雛人形、扇子、木製品など、日本の伝統を映す調度品なども展示し、多くのゲストの関心を集めました。

    どうぞご覧ください

    🇮🇳🇯🇵Comparative Exhibition of Kimonos and Sarees 着物とサリーの比較展示会

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    親しい友人たちと共に、2024年、新たな年を迎えた。こんなに賑やかな年越しは、十数年ぶりのこと。ホテルとミュージアムが一体化したような、友人Ishaの情熱と知識とセンスとが具現化された豪邸は、圧倒的な豪奢さだ。

    かつて、日本料理店で働いていたシェフを、自宅の専属に雇っており、日本料理も日常的に楽しんでいるファミリー。寿司や天ぷらなどの前菜が出されるなど「自宅」の概念を超越している。カウントダウンには花火も打ち上がって、なんとも贅沢なひとときだった。ありがとう、友ら!

    * * *

    2009年の年の瀬から約10年間、わたしたちは毎年、アーユルヴェーダグラムというアーユルヴェーダの療養リゾートで年末(あるいは年末年始)の1週間ほどを過ごしてきた。

    酒なし、肉なし、宴なし。

    静かな環境で心身を清め、一年を締めくくり、新たな年を迎えるその年中行事を、わたしはとても気に入っていた。しかしながら、久しくお世話になった主治医が辞めたこともあり、足が遠のいている。

    このところ少し腰痛が出てきたので、近々、アーユルヴェーダの診療所に行かねばと思っているところである。

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    今年も引き続き、「不易流行」をテーマに、しかし、多くの目標を掲げない。ただ、一つ、心に強く決めたこと。

    今年は、読書をする。買い集めて読まないままの本を、紐解く。

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