インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    35年の社会人生活。日本で、米国で、インドで……。これまで一体、どれほどの方々をインタヴューさせてもらったことだろう。国籍、年齢、履歴を問わず、無数の方々の半生をお聞きする仕事もまた、わたしの人生を豊かにしてくれている。

    東京でフリーランスのライターをしていた約30年前には、日本の著名人を取材する機会も少なくなかった。加山雄三氏、富田靖子氏、中山千夏氏、露木茂氏、弘兼憲史氏、松本零士氏……。インターネットのない時代。取材前の下調べには、今よりもずっと、時間とエネルギーを要した。

    どの方々も、お会いした瞬間の緊張感と印象を鮮明に覚えている。特に松本零士氏は、ご自宅に伺っての取材で、その独特の雰囲気が今も懐かしく思い返される。書き始めたら止まらない。

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    今、坂田利夫氏の訃報を知った。

    約30年前、彼にお会いした1時間ほどの短いひとときが、しかし鮮やかに蘇る。

    当時、JTB出版が発行していた『旅』という旅行誌の取材で、わたしは坂田利夫氏を取材したのだった。

    待ち合わせのホテルのロビーに、お一人で、時間通りに現れた彼。わたしが挨拶をすると、満面の笑顔で、こちらに向かっていらっしゃる。

    わたしが名刺をお渡しすると、「坂田さん? 生き別れの姉さんでっか!?」と、大袈裟な身振りで、当時まだ20代だったわたしにツッコミをいれ、場の空気を和ませてくれた。

    取材のテーマは「飛行機」だった。しかし、「飛行機が大嫌い」だという彼の話はもう、ハチャメチャ。今思えば、こんな記事、よく掲載できたものだと思う。当時はまだ、機内で喫煙できていたのだ。写真の記事をお読みいただければ一目瞭然。こんな危険なことをして、それを面白おかしく語り、さらには雑誌に掲載していたという……😅

    が! 非常におもしろい記事なので、どうぞご一読を! 

    録音を何度も聞き返しながら「テープ起こし」をし、要点をまとめる。関西弁を原稿にするのは、少々骨が折れたが、原稿を書いていて、とても楽しかったことを思い出す。今、読み返すに、我ながら、あの無茶苦茶な話を、淡々とうまくまとめていると感心する。

    いろんな仕事を、やらせてもらっていたものだ。なにもかもが、糧となり、宝となっている。

    坂田利夫さんのご冥福をお祈りします。

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    遂には今年最後の晦日。2023年が、まもなく幕を下ろす。COVID-19パンデミックが明けて、公私に亘る諸々が本格始動した今年。Muse Creation (NGO) の新たなフェーズ。そして坂田のビジネス部門の「名義変更」に伴い誕生したOKaeri Ventures。今年の終盤は、未来に向けて少しずつ動き出した、有意義な数カ月だった。

    さて一昨日の28日は、一年を締めくくるにふさわしい、若者向け研修会で仕事を納めた。わたしが若者向けのセミナーを開始してから10年ほどが経つ。インドで、日本で、多くの若者らに語り続けている。そのあいだにも、わたしの経験は増えて豊かになり、セミナーの内容は何倍もパワーアップしている。

    今回は、海外インターンシップはじめ、国内外での教育支援を行うTiger Movからのご依頼。「年末年始インド合宿 」と称したプログラムでバンガロールを訪れている高校生~大学生が対象だ。

    実は、Tiger Movが創業される前の2014年、わたしがミューズ・クリエイションのクリスマス会をしているときに、バンガロールに来訪されていた創業者の二人が、空港から直接我が家のパーティに(諸事情あって急遽)参加されるという出会いがあった。あれから9年。

    それ以降、Tiger Movが引率する学生たちへ、何度かセミナーを実施したこともある。だめだ、思い出が芋づる式に出てきて止まらない。

    さて、今回は、かつてわたしのセミナーを受講された経験のあるKanaeさんが引率者として、連絡をくださった。わたしが若者向けセミナーでいつも語ってきた重要なポイントのうちのひとつ、「裸一貫の自分を思え」というキーワードが心に刻まれ、折に触れて思い返されているとのことである。

    それは、わたしにとっても、非常に光栄でうれしいこと。そんな諸々の背景を踏まえて、今回、年の瀬で立て込んではいるものの、セミナーをお引き受けした次第。しかし、1、2時間の短時間では互いに消化不良になることはわかっていたので、長めに時間をあけてもらった。わたしの話のあと、お茶休憩などをしつつ、学生ら個別の質疑応答にも答えていると、軽く4時間は過ぎてしまうのだ。

    ちなみに、今月初旬、久々にリアルで実施したOKaeri Ventures主催の若者向けセミナーからは、「セミナー」ではなく「研修会」と呼ぶことにした。研修会の方が長時間かつ、本気出して腹括って参加する必要あり感が漂っている気がするがゆえ。

    世のテクノロジーの進化が益々顕著となり、AIが多くの職を担うであろう未来が身近に迫ってきた昨今。10年前の学生と、今の学生とでは、生活環境も思考回路も大いに異なる。インターネットの台頭、スマートフォンの普及により、人類の歴史はここ30年の超絶的なテクノロジーの進化により、「目盛を振り切った」状態が加速している。

    人間が、取り残されていく。

    利便性が高まるほどに、人間は頭でっかちになるものの、瞬発力や体力、行動力、そしてサヴァイヴァル能力が落ちてゆく。そのことが、否応なく伝わって来る。

    1965年に生まれ、高度経済成長とバブル経済の時代、バブル崩壊後、そして米国、インドでの生活とビジネスに向き合ってきた自分の経験は、振り返るに濃厚だ。

    このごろは、自分自身の「唯一無二」を、人に伝えることは自分の使命だと感じている。7歳の時に初めて書いた日記。人前で話すことが苦手だった小学生の頃の通信簿。40年にわたるスケジュールノート、世界各地を旅した記録。旅先から両親に宛てたポストカード、その先々の地図と列車の時刻表……。

    学生らにとっては、どれもが興味深い様子だ。

    デジタル以前。足で情報を集めた手書きの時代から、ワープロの普及、コンピュータの台頭とインターネット、デスクトップ・パブリッシング……。東京での20代と、ニューヨークでの30代の経験は、変化に次ぐ変化で、振り返るに目まぐるしい。

    「自分史」を基軸にして「世界史」の変化、イデオロギーや人間の価値観の変遷をリアルに熱く伝えられる研修会は稀有だ。パンデミックが明けた今、この唯一無二の経験のシェアは、たとえささやかであれ、未来を模索する人に何か示唆を与えるものがあると自負している。

    そして彼らと話をすることで、彼らの考えや問題点も明るみになり、わたしもまた勉強になる。ゆえに、質疑応答や座談会の時間も、非常に貴重だ。参加する学生もまた、他の学生の話を聞くことによる学びは多いが故。

    過去に2度、YPOフォーラムのモデレータ・トレーニングを受けた身としては、自己啓発の研修会を実施することもできる。来年も、新たなプログラムを構築し、未来に繋げたい。

    🇯🇵「トビタテ!JAPAN」インターン生の受け入れと、若者向け研修会を通して、自分の価値を見直す
    https://museindia.typepad.jp/2023/2023/12/young.html

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    2日間の小規模な追加展示会が、昨日、無事に終わった。本当に、実り豊かに感慨深い展示会だった。

    まずは、かつてインド大使として日本に駐在されていたPascal Alan Nazareth氏と、彼の娘のPremila、ご友人のAnitaの3人がご来訪。Alanのお宅には、これまで数回招かれ、Premilaともお会いしたことがあった。デリー在住の彼女は、我々のデリー宅から徒歩数分のご近所さんでもある。

    Alanは、当地バンガロールにある日印友好を目的とした「Lotus Chrysanthemum Trust (蓮と菊)」という団体の運営者のおひとり。彼からご依頼を受け、わたしは来年より役員の一人で参加することになったこともあり、この催しにもお誘いしていたのだった。実は以前も、別の運営者からお声をかけていただいていたが、わたしはミューズ・クリエイションも主宰していることから、ご辞退していた。

    しかし歳月も流れ、「若手(!)に参加してほしい」との傾向もあるようで、このたびは慎んでお引き受けした次第。実は、毎週火曜日の「女性の勉強会」においても、わたしは「若手メンバー」である。まだまだ、初々しいのである。😄

    昨日もまた、参加者には羽織を着用してもらった。サリーやサルワール・カミーズといったインド服との相性が本当によい。二人で写っている写真など、違和感がないどころか、馴染んでお似合いだ。

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    その後、New Indian Express紙のジャーナリストであるMonikaが来訪。ファッションやテキスタイル関連にも関心があるという彼女は、先日の展示会の様子を、来訪者複数名のInstagramの投稿で知り、連絡をくれた。彼女には、ここでもシェアした展示会開催の背景を記した資料や写真などを送り、電話で10分ほど、話をした。

    わたしはてっきり、この追加展示会に来訪後、記事を書いてくれるのだろうと思っていたのだが、彼女は26日に発売された新聞を手にして来訪した。そこには、すでに記事が書かれている。わたしの意図を的確に伝える記事で、感銘を受けると同時にありがたく思った。

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    実は先日の展示会に、別の新聞社の編集者から取材の依頼を受けていた。こちらは承諾し、時間を取っていたのだが、彼女が送ったのはインターンの大学生。時間に遅れて来たので、他の来訪者と共に、展示内容の説明をしたのだが、取材のメモもせず(録音はしていたようだが)、展示物への関心も示さず、質問もなく、帰った。

    手伝ってくれていた友人らも、「え? 彼女が記者?」「誰かの子供かと思った!」と一様に驚愕。改めて電話があり、「なぜインドの布で着物を作ろうと思ったのですか?」という途轍もなく頓珍漢な質問をされ、気を失いそうになった。

    編集者に連絡をし、「中途半端な記事を書かれるくらいなら、取り上げないでほしい」と伝えたところ「編集者歴11年のわたしが責任を持って原稿にします」……と言われていたのだが、結局、ボツになった模様。

    そのプロセスの雑さには呆れるばかり。とはいえ、これはインドのメディアだけにおける趨勢ではない。日本のメディアの取材依頼において似たようなケースは多々ある。……書きたいことは尽きぬので、割愛。

    ともあれ、そのような事件があった直後だけに、本当に取材力と文章力のあるジャーナリストに記事を書いてもらえたことは、うれしかった。彼女とは、共通の関心も多く、話も弾んだ。なお、彼女はオリッサ州出身とのことで、わたしの大好きなオリッサのイカット(絣)を見せて羽織ってもらった。これは、かつてDASTKARのバザールで購入した、オリッサの職人の傑作なのだ。

    そして最後のゲストは、前回の「京友禅サリー展示会」に続き、今回もフラワーアレンジメントをお願いしたMeghaa。フラワーアレンジメントの販売やスクールなどのビジネスをしている彼女。今から10年以上前に、日本で小原流の資格を取得され、日本の生け花もできるのだ。彼女のお花のおかげで、会場の雰囲気が格段に華やいだ。

    特に打ち合わせをしたわけでもないのに、花とテキスタイルの彩りが調和していたのも、本当によかった。Meghaaには、雑な着付けながらも、着物の試着をしてもらった。洋服のときとは、ガラリと印象がかわって、着物もよくお似合いだ。

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    諸々、書きたいことは尽きないが、今日はこれから仕事納め。日本の学生たちへのセミナーだ。今日は着物を着なくていいので、楽! 

    そうそう、昨日着た着物は、先日の日本で購入した中古ながらも新品のお気に入り(しかし、実は小さい!)。型染めという技法の華やかな着物に、スーツケースで半世紀眠っていた母の帯。この総絞りの帯がもう、すばらしく美しい……。

    我が夫にとっては、この「かわいらしくて華やか」な着物が一番、お気に入りの様子。確かに渋い色合いのものは、上品ながらも地味ではあるがゆえ。……すっかりと、着物の魅力に引き込まれてしまった。

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    ◉夜空を仰いで送別会。日本とインドに関わる人々と過ごす夕べ。
    https://museindia.typepad.jp/2022/2022/03/farewell.html

    ◉インドの伝統工芸と職人たちを支援し続けるDASTKARの創始者、Lailaを訪ねる朝。
    https://museindia.typepad.jp/fashion/2022/10/dastkar.html

    💐MEGHAA MODI
    https://meghaamodi.com/

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    先日、2日間に亘って開催した着物とサリーの比較展示会。わたしの予想通り、多くの友人知人に関心を持ってもらえた。日本とインドの、時空を超えたテキスタイルの結びつき。交易の歴史を映す類似の意匠。熟練の技術を持つ「職人」が創る芸術的な「衣」……。それらを直に見て、触れて、堪能できる稀有な展示会である。

    当初は2日間だけで終える予定だったが、年の瀬の28日、日本から訪れるインターンの学生たちに向けてセミナーをすることになっている。せっかくなので、彼らにもこの展示を見せようと考えた。さあらば、年末は旅行に行くわけでもなくバンガロールで過ごすので、展示会に来られなかった友人たちに、再度、声をかけて、さらに2日間の展示会を開くことにしたのだった。

    今日は5名のゲストがご来訪。友人Kanikaは、昨年の京友禅サリーの展示会に長女と二人で来てくれたが、今回は次女と一緒に来訪。11歳の彼女も、サリーと着物の共通する美に関心を持ってくれた。彼女は折り紙も大好きで、部屋の壁に折り鶴をディスプレイしているという。

    ところで絞り染めの羽織と、久留米絣の羽織を羽織って、記念撮影。先日も記したが、羽織はサリーの上に着るのにぴったりの上着だ。南インドではさほど寒くはならないが、北インドは冬になると冷え込む。サリーの上にパシュミナを巻いたり、カーディガンを着たりする人が多数だが、この羽織、サリーの意匠とも調和して、非常によいと思われる。

    その後は、女性の勉強会のメンバーである女性が、彼女の友人を2人連れて来てくれた。パールシー(ゾロアスター教徒)だという二人。個人的にわたしが強い関心を持っているコミュニティで、これまでにも幾度となく記して来た。パールシーの友人知人らとは、衣食住全般において、嗜好が非常に似通っており、わたしの前世はパールシーだったのではないかと、常々思っている。

    パールシー刺繍のサリーや、Ashdeenの刺繍のすばらしさなど、衣類の話に止まらず、パールシー料理の本なども引っ張り出して来て、月光ライブラリのなかにも話題が尽きない。多くの人に見てもらいたい一方で、こうしてゆっくりと眺めてもらい、お茶とお菓子をお出しして、語り合うもまた、稀有なひととき。

    ところで今日、わたしが着たのは、やはり半世紀前の母の着物。躾糸がついたままの新品だ。加賀友禅の着物と、京友禅の帯。少し渋い色合いなので、帯揚げと帯締めの色を明るめにしてみた。このコーディネーションがまた、楽しい。去年、京友禅サリーのプロモータをお引き受けしたときには、まさか自分がこんな展示会を開くことになろうとは思わなかった。

    この帯は羽織(これも新品で躾糸が付いている)もセットになっている。手描きの精緻な絵柄が、上品で美しい。

    着物もまた、渋い中にも麗しき陰影。写真を撮るまで気づかなかったが、ぼかしの部分が、あたかも光の反映、陽だまりのようにも見えて、静かな美しさを湛えている。

    インドの友人たちの多くは、着物は簡単に着られるものと思っている。ゆえに、着物の丈の長さを示し、帯の長さを示し、サリーよりもはるかに着用が困難なのだと説明する。みな、一様に驚く。

    以前も記したが、着物とサリー。どちらも面積はほぼ同じなのだ。反物は幅が狭いが長いが故。この共通項にもなにかしらの歴史的な関わりがあるのだろうか。関心は尽きず。

    さて、明日はどの着物を着ようかな。

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    浴衣は自分で着られるけれど、着物は着付けができなかった。しかし、昨日は、がんばった。友人宅のパーティに招かれたので、人生初、着物で伺うことにした。

    着物は、先日の一時帰国時に福岡市天神の「新天町」という繁華街の呉服店で購入した中古。しかしながら、目立つ汚れやシミはない。正絹、総絞りの華やかな着物だ。帯や帯紐、帯揚げなどは、50年ほど「箪笥の肥やし」になっていた母のもの。

    博多織であろう帯は、薔薇の花(多分)がモダンな美しさ。先日は前の部分も薔薇を見せたが、昨日は裏返して博多織独特の幾何学的な柄が見えるようにした。調べてみると、博多織は800年近い歴史がある。

    たくさんの細い経糸(たていと)を使用し、経糸で柄を浮かせるように綿密に織られる。強く打ち込むため、張りや厚みがあり丈夫。締めたら緩まないということで、古くは重い刀を腰に差す武士の帯として使われたという。

    長襦袢を押さえるため、これまた古い博多織の伊達締めを使っているのだが、これは身体にピシッとフィットして、いい感じだ。帯を締め込んだ時に「キュッ」と鳴る、「絹鳴り」とよばれる独特の絹擦れの音に風情が感じられる。

    帯揚げは、やはり半世紀、未使用のまま化粧箱に入っていた正絹の絞り。帯締めもやはり未使用の麗しいもの。光沢艶やかな白に金が施されたそれらは、本来は礼装、正装向けらしい。しかし、ここはインド。クリスマス風のコーディネーションとして赤い帯に合わせた。正統ではない着方だろうけれど、合わせるのが楽しい。

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    先日開催した「着物とサリーの比較展示会」で、友人に着付けをしてもらい、コツを掴んだ……つもりだったが、そうそう簡単に習得できるものではない。

    サリーの着付けの方が、何倍も、はるかに、簡単だ。

    悪戦苦闘しつつ、なんとか完成! いざ出陣……の前に写真撮影。

    写真を撮ってみると、襟抜き(着物の襟を後ろに引く)が浅過ぎて、うなじを美しく見せられていないとか、裾合わせが甘くて、広がって見えるなど、改善点が多々発見される。つい数カ月前までは、そのあたり、まったくわからなかったのに、関心を持った瞬間から審美眼が養われていくのは興味深いものだ。

    着物だけでなく、襦袢や半衿、帯板、帯枕などの小物類もすべて50年ほど前のもので、使い勝手が悪い。半衿に入れる衿芯がふにゃふにゃとしており、襟元がピシッと決まらない。着物用の下着も含め、次回の一時帰国時には自分にぴったり合うものを探そうと思う。

    それにしても、実感する。

    着付けも、工事も、人生も、目には見えない「基礎」が大切だということを。

    襦袢の襟元をしっかり着付けていないと、着物を羽織ったときにきれいにならない。また、着慣れていないからこそ、着心地も大切。襦袢の素材や品質は、いいものであるに越したことはないと身を以って学ぶ。

    銀座の老舗で購入した、そこそこ良質の草履は、履き心地もよく思ったほど疲れない。来年は、色味の異なる草履を購入しようかな……と思い巡らすなど。今後はサリーだけでなく、着物を着る頻度も増やそうと思う。

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    (日本語は下に)
    The exhibition was held at my house the other day. On the second day, I wore my mother’s kimono, which was purchased about 50 years ago. It is pure silk and indigo-dyed Shibori (tie-dye). The pattern is very similar to the dancer’s top on the mural in Ajanta.

    Yesterday, this dancer’s photo was on display at the Saree’s exhibition. I was glad to see that I have the same point of view with them.

    *The following text is written in Japanese. The auto-translation is often incorrect and misleading.

    先日、拙宅で開催した展示会。2日目に着た母の着物は、約50年前に購入された、正絹に藍染の総絞り。なめらかな肌触りで、本当に着心地がいい。

    この絞りのデザインが、今から1400年以上前に描かれたアジャンタの仏教遺跡にある壁画と酷似していることに気づいたとき、わたしは深く感じ入った。

    このダンサーは、トップが絞り、ボトムが絣(かすり)の衣装に身を包んでいる。2011年前にアジャンタとエローラを旅した後、この写真集を購入。躍動感あふれる彼女の衣装に、わたしの目は釘付けになったものだ。

    昨日のテキスタイル展示会で、このダンサーの壁画と同じ写真が、会場に展示されていた。着眼点が同じであったことを、うれしく思った。

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    昨日は「Red Lilies, Water Birds サリーを巡る9つの物語」と題された展示会へ赴いた。スタッフの説明を受けながら、一枚、一枚、見つめて学ぶ。絣(かすり)、絞り、バラナシ織り……。

    そこには、英国人が母国に持ち帰り、英国で機械織りされたサリーもあれば、インド人が中国に渡り、中国の意匠を持ち帰って再現したサリーもある。

    マントラが折り込まれた僧侶のためのストールもあれば、自動車や飛行機、蓄音機など、近代の産業が折り込まれた布もある。

    このたびわたしが開催している「着物とサリーの比較展示会」は、あくまでも日本とインドをつなぐテキスタイルを取り上げたが、しかし、中継地となる中国の影響についても、言及すべきだとの思いを新たにした。

    わたしの好きなパールシー刺繍もまた、かつてムンバイのパールシーの貿易商が中国へ赴き、中国の刺繍を持ち帰ったのが端緒だった。かつて、高品質のシルク製品を製造していたのも中国だ。

    大いなる中国の絹があってこその、シルクロード。東西世界の交易……。

    哀しき文化大革命により、中国の伝統や芸術の多くが、無惨にも破壊されてしまったが、その名残は他国の中に、形を変えて息づいてもいる。

    ただただ、布を媒体に、時空を超えた旅をする午後のひとときだった。しかし、さまざまに奥が深くて消化不良。展示会の魅力が封じ込められた、重厚なる写真集を買った。折に触れて、学びながら、少しずつ消化吸収してゆこう。

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    🥻The Registry of Sarees
    https://theregistryofsarees.com/

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