インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    Light saree of tussar silk. I really love polka dots! And the yellow and blue shades are also great!😻

    タッサーシルクの軽やかなサリー。ポルカドットが好きなのだ。そして青と黄色の組み合わせがまた、いい。

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    🇮🇳My space is filled with the handicrafts of artisans.

    History, workmanship, life, love and passion embodied.

    The memories that each one holds.

    I remember conversations with artisans.

    I remember how I felt when I chose them.

    The inspiration or intuition at that moment…

    Each of them have led here by ‘fate’.

    Respect for the soul in things.

    And they will continue to be with us in the future.

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    🇯🇵わたしの空間は、アルチザンたちの手工芸品で満たされている。

    歴史、技量、人生、愛情、情熱などが、具現化したもの。

    ひとつひとつが持つ記憶。

    アルチザンとの会話を思い出す。

    それを選んだときの心境を思い出す。

    そのときの、ひらめきや直感。

    それぞれに、ご縁があって、ここに来た。

    物に宿る魂にも敬意を。

    未来、わたしたちと共に、在り続ける。

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    バンガロールを拠点に、10年以上前から開催されてきたA HUNDRED HANDS。インド各地の伝統的な手工芸の職人たちを支援する非営利の団体で、コンセプトはデリー拠点のDASTKARとよく似ている。どちらのバザールも、毎回訪れているのはもちろんのこと、ミューズ・クリエイションのメンバーはじめ、周囲の人たちに勧めてきた。

    我が家の絵画や調度品、カーペットなど、バザールで調達したものは数多い。昨日は同行者を案内しつつ、顔馴染みのアーティストや職人さんたちの作品や商品を撮影。詳細を説明したいところだが、現在、睡魔に襲われているので、写真だけでも2回に分けて掲載しておく。

    以下の動画および概要欄に添付している過去の記録にて紹介しているので、関心のある方はご覧ください。明日まで開催されているので、バンガロールにいらっしゃる方は、ぜひ足を運ばれることをお勧めします。

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    ✋A Hundred Hands
    https://www.ahundredhands.org/

    🇮🇳インド各地の洗練された手工芸品が一堂に。A HUNDRED HANDSとバンガロール・インターナショナルセンターが、COVID-19禍の職人たちを支援して実現したバザール(2021年2月)

    🇮🇳DASTKAR BAZAAR@BANGALORE インド各地から108のヴェンダーが集結。インスタライブでバザールをレポート(2021年2月)

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    バンガロールにおける視察旅行のコーディネーション、あるいは友人、知人らの来訪時に、わたしが必ずお連れする場所のひとつが、TAJ WEST END。豊かな緑に抱かれた、気品あるコロニアル建築が印象的なヘリテージ・ホテルだ。

    バンガロール市街の西に位置するこのホテルには、歴史的な物語が多い。それに加えて、わたしたちが2005年11月に米国から移住した当初、住まいを見つけるまでの1カ月弱をこのホテルで過ごしたこともあり、個人的に思い入れが深い。

    TAJ WEST ENDの起源は、英国統治時代の1887年、英国人女性が開いたわずか10床の「下宿」に遡る。1984年にタタ・グループ傘下のタージ・ホテルズの経営に以降してからも、改装を繰り返して現在の姿に至っている。ちなみに、オリジナルの小さな建築物は改築され、スパとして利用されている。

    妹夫婦を伴い、昨日、久しぶりに訪れた。数カ月前までは大規模な改築工事が行われていたが、麗しく完成。20年前に初めて訪れたときとは、随所で様子が異なるものの、樹木は鬱蒼と瑞々しく、市街の喧騒とは別世界の、平和な楽園の如き情景は、当時のままだ。

    そして久しぶりのランチブッフェ。パンデミック中の気分転換にと、過去3年間に2度ほど滞在したが、ランチブッフェは久しぶりのこと。その時代その時代でシェフが変わり料理の構成も変わってきたが、今回は最もわたしの口に合うメニューだった。妹夫婦も楽しんでいた様子。特に果物や野菜、小麦粉(パン類)の旨味、乳製品の滋味などに、感銘を受けていたようだ。

    わたしはすっかりインドの食材に慣れているが、たとえばこのようなブッフェを味わうことは、インド味覚世界の片鱗を、しかしヴァラエティ豊かに一度で体験できるという意味においても有意義だ。インド高級ホテルのブッフェにおけるメニューの構成は、おおよそコンセプトが決まっている。

    ノンヴェジタリアン、ヴェジタリアンの区別は大前提に、前菜類、パン、イタリアン、チャイニーズ(オリエンタル)、インド料理、スイーツ……。チャートと呼ばれるストリートフードのカウンターを備えているところも少なくなく、屋台では水の安全面などが心配なパニプリ(ゴルガッパ)なども体験できる。

    これだけでも充実のメニューだが、他にもパスタやピザや注文後に用意してくれるなど、選択肢が非常に広い。ランチだけでなく、朝食のブッフェもゴージャスゆえ、日本のホテルの朝食がとてもシンプルに思えてしまう。

    先ほど、「月光ライブラリ」の「旅ノート箱」から、米国在住時の2004年11月に訪れた「インド旅」の記録ノートを取り出した。あれから19年も経っていたとは。ページをひらけば、デリーやケララ、ムンバイ、そしてバンガロールを旅したときのメモが飛び出し、ついこの間のことのように記憶が蘇る。

    最後のページは、ブログの記録とリンクするもの。最初にノートに書き留めて、のちにブログに記す……という段取りは、今も当時も変わらない。朝食のあと、ホテルの庭を歩いて、植物を描いたときのことを、ついこの間のことのように思い出す。ノートを覗き込んだホテルのスタッフに褒めてもらった瞬間のことも。

    バンガロール。この都市との付き合いも、すっかり長くなってしまった。

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    🇮🇳2004年のインド旅記録から
    SCENE 54: 終着ホテルは緑の楽園
    http://www.museny.com/2004/india1004-54.htm

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    ヒンドゥー教の新年であり光のお祭りでもあるディワリは、一年で最も盛大な祝祭だ。今年は11月中旬がディワリだが、すでにディワリ関連のイヴェントやパーティはあちこちで開催されている。友人ら、あるいはコミュニティやグループが企画のパーティの招待状が舞い込んでくる。

    さらには今、結婚式のシーズン。我が家はわたしが日本人だし、夫の家族&親戚は非常に小さいので、身近に結婚式を挙げる人はいない。しかし、基本的に大家族主義で親族の結束が強いインドのソサエティは、結婚式に参列するだけでもたいへんだ。

    インドの結婚式は1日で終わらない。数日間のプログラムが用意されていることもあり……。パンデミックを終えて、静寂を打ち破るが如く、去年、そして今年と、イヴェントごとの賑わいと華やかさは、以前にも増してパワーアップしている気がする。

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    さて、妹夫婦の滞在は5泊6日。無理のない程度に、街を巡るなどしている。一昨日は市街東部のインディラナガールへ赴き、行きつけのカフェレストランARAKU COFFEEでランチをとった。

    インディラナガールは、かつて「町外れの住宅地」だった。1980年代、義父ロメイシュが仕事でバンガロールに赴任していたころ、インディラナガールに住んでいた。普段はデリーで祖父と暮らしていた夫と義姉は、学校が休みの時、ここに滞在していたらしいが、当時は閑散とした森のような場所だったという。

    わたしが移住した2005年ごろには、エリアの南北に横たわる100フィート・ロードこそ、飲食店やブティックが立ち賑わっていたものの、さほどの喧騒はなかった。しかしながら、過去十数年の栄枯盛衰たるや著しく。

    中でも100フィート・ロードに交差し東西に横たわる12th Mainという通りの変貌ぶりには目を見張る。昔は、ここにあるKerala Ayurvedaのクリニックに通うため、毎週のように訪れていたが、このごろは、Urban Companyというサーヴィスの一つで自宅でサロン(スパ)のフルサーヴィスが受けられるようになったことから、あまり訪れなくなった。すると、来るたびに新しい店舗が誕生しているのに気づく。

    クライアントの視察旅行などの際には、必ずご案内する通りのひとつなのだが、店が進化する一方、舗道の整備ができなさすぎており、足元が危険。極めてスリリングな探訪となるため、「歩きやすい靴で」とお願いしている。

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    ARAKU COFFEEでは、お気に入りのコールド・コーヒーや各種料理を注文。高品質な食材の料理は、いつも本当においしい。わたしのお気に入りはフライドチキンのサンドイッチ(バーガー)。KFCのジンガーバーガーのヘルシー&高級ヴァージョンといったところか。おすすめだ。

    食後、足元の悪い中、Fabindia, Nicobar, Theobroma, Jaypore, そして数カ月前にオープンしたThe Shopなどに立ち寄る。そしていつものごとく、最後はOrganic のスーパーマーケットへ。

    インディラナガールの12th MainとCMHロードを歩き、そこに面する店舗をじっくりと視察するだけで、バンガロールのトレンドとインド・ライフスタイルの断片をディープに知ることができる。もちろん、説明なしサラッと表面を見ただけではわからないことばかりにつき、コーディネーター(わたし😼)が必要だ。

    OKaeri Ventutersでは、バンガロール視察も早晩、本格的に開始しようと思う。

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    昨日は、わたしはUBシティにて、YPOフォーラムの月例ミーティングのあと、友人らとランチ。1枚目の炎が上がっている写真は、UBシティにあるトルコ料理レストランÖz by Kebapçi。ここのノン・ヴェジ料理、特に肉類は非常においしいのだ。

    ランチのあと、妹夫婦と合流。キングフィッシャータワーに暮らすチベット系インド人の友人Dekyiがいつものごとく、家に招いてくれた。KENZO(犬)も元気に出迎えてくれてかわいい。

    こうして瞬く間に月日は流れる。

    さて、今日はこれから、楽しみにしていたハンディクラフトのバザール、A HUNDRED HANDSへ出かける。バンガロールにお住まいの方、お勧めですよ!!

    https://www.instagram.com/ahundredhands/

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    今日は水曜日だが、新居界隈の工事もなく、非常に静かだ。本日、11月1日は、カルナータカ州が正式に誕生した日とされる州の祝祭日である。多分、外では、赤と黄色の旗を翻して走るオートリクショーなどを見かけることだろう。

    さらに今年は「Karwachauth カルバチョート」と呼ばれる、ヒンドゥー教の祝祭日も重なっている。カルバチョートとは、「夫の長寿を願い、妻が断食する日」。これまでほとんど言及してこなかったのは、わたしが一度も実行したことがないからだ😅

    満月の夜、妻は身なりを美しく整え、メヘンディ(ヘナという植物の染料で手足に模様を描く)を施し、朝の3~4時の間に食事をする。チャパティと豆のカレー、果物などを食べたあと、その後、一日断食をする。そして夜、月が出たら再びドレスアップをして「網越しに」月見をし、そこで断食は終了するとのこと。他にも諸々、儀式めいたあれこれがあるようだが、大幅割愛。

    さて、昨日は、日付が変わった直後に日本から妹夫婦が、5泊6日の予定でバンガロールへやってきた。妹は2006年以来17年ぶりのバンガロール、妹の夫は2001年の我々結婚式@デリー以来23年ぶりのインドだ。新しい空港ターミナル2が開港し、バンガロールの玄関口が刷新したタイミングと重なってよかった。

    午前3時を過ぎての就寝だし、初日はゆっくりしようと考えていたが、二人とも元気だったこともあり、昼頃から外出することにした。目的地は、新居から車で15分ほどの場所に、つい数日前にオープンしたばかりだというバンガロール最大のショッピングモール、Phoenix Asia Mallだ。

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    平日にもかかわらず、多くの人々で賑わっているが、案の定、開店しているのは3割程度か。これもまた、「稼働しながら整える」インド世界のデフォルト。「Coming Soon! 」とか「Opening Soon! 」と書かれた店舗が目立つ中、しかし、広いだけあり、オープンしている店も多く。

    行きたかった店がオープンしていなかったので、グジャラート地方のターリー(定食)専門店を選んだが、これは二人に好評だった。おかわりし放題のランチをがっつり食べたり、店舗やスーパーマーケットを巡ったり、コーヒーを飲んだりしているうちにも3時間以上を過ごしていた。

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    そして続くはハロウィーンの夜。

    友人からパーティに招かれていたものの、妹たちは到着直後で疲れているだろうから家で過ごそうと考えていた。しかし二人とも元気だし、出席したいとのことなので、友人に急遽連絡して「ドタキャン」ならぬ「ドタ参」することに。会場はバンガロールで最も高層のビルディングの最上階、High Ultra Lounge。眺めのよい場所だ。

    8時開場につき、9時ごろ参上したが、まだ参加者はほとんどおらず、10時ごろから一気に人々が増え始めた。カクテル&ドリンクを楽しみつつ、友人らとキャッチアップ。我が友人知人ら、みなフレンドリーに「デキる人々」ばかり。妹夫婦にも、みんなにこやかに声をかけてくれる。

    しかし「これから盛り上がる」であろう11時過ぎには、さすがにわたしのエネルギーが枯渇。眠い。

    初日から飛ばし過ぎて体調を崩してもよくないので、早めに(と言っても遅いけど)退散したのだった。毎度記しているが、インド友らの底力には本当に敬服する。

    ちなみに、ひと組の友人夫婦はわたしたちと同じタイミングでエレベータに乗り込んだ。なんでも帰宅後、妻はこのままの流れで カルバチョートを行うらしい。今年は暦の都合上、ハロウィーンと重なって、なかなかにタフな模様。

    ともあれ、妹夫婦に、初日早々、我がインドのソーシャルライフの断片を体験してもらえたのは、よかったと思う。

    ◉Karwachauth
    https://en.wikipedia.org/wiki/Karva_Chauth

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    2012年に、社会貢献活動の場である「ミューズ・クリエイション」を創設し、その名前を多用するようになり、そもそもわたしがビジネスとしてニューヨークで開始した「ミューズ・パブリッシング」や、インドにおける我がビジネス部門の「ミューズ・リンクス」の影が薄くなってしまった。「ミューズ」と冠するものすべてが慈善活動と勘違いされるケースもあるなど、わたしの仕事については知らない方の方が多い気がする。

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    遥か自分史を遡れば、社会人になった直後は旅行誌のライター、編集者だったが、ニューヨークで出版社を起業してからは、視察や取材のコーディネーション、広告や出版、印刷全般の仕事をしてきた。また、インド移住後は、レポーター、リサーチャー、セミナー講師なども含め「ミューズ・リンクス」と冠してフリーランス的にやってきた。そのほか慈善活動やプライヴェートにおいてもイヴェント運営や仕出し(笑)、各種現場監督にも携わってきた。

    仕事の営業やその成果は、ホームページやソーシャルメディアに記載することはほとんどないこともあり、「慈善活動の人」と思われがちだが、そうではない。この9月より、ミューズ・クリエイションを本格的に再稼働するにあたり、ビジネスはビジネスとして、明確にしておきたいとの思いが強くなった。

    2023年9月より別名義「OKaeri Ventures」としてビジネス部門を設置した。これは、夫のArvind Malhanとの共同事業だ。
    ヴェンチャーキャピタリスト/プライヴェートエクイティ投資家であるArvindのキャリアとグローバルなネットワーク、そしてわたしが2005年以来、インドで培ってきた経験を活用しつつ、日印ビジネス交流を促進する機会を徐々に実現したいと考えている。夫はすでに、日本企業とのビジネスを始動しているし、わたしもウォームアップとして9月以降、日本旅の前後に「インド・ライフスタイルセミナー」を日本人、またインド人を相手にすでに4回、実施した。

    インドを目指す日本人に、「具体的なビジネス以前」に知っておいてほしいことは、山ほどある。歴史、文化、宗教、コミュニティ、ライフスタイル、その究極の多様性。そして1991年の市場開放以降、激変を続けている生活環境や価値観、暮らしぶり。その一方で、数千年も変わらず延々と繰り返される精神世界など。その基礎の理解があってこそ、この国の有り様が腑に落ちることが多々ある。日本の価値観や常識が理解されないことも珍しくない。

    自分の目に見えている現象を、どう受け止め、理解するか。その姿勢によって、世界は変わるからこその。

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    それはそうと! OKaeri……? おかえり? オカエリ・ヴェンチャーズ? なんですか、それ?

    クスッと笑われそうな名前であることは百も承知。むしろ、そこで笑顔になってもらってこそ、この名前の意味がある。

    なお、我が「ミューズ」の歴史は、1997年のニューヨーク在住時代に遡る。わたしが起業に際して社名を考えつつ、Arvindとアッパーウエストサイドの自宅の界隈を歩いていたある夜のこと。互いにいろいろな名前を出し合っていた時、アルヴィンドが 「Muse はどう?」と口にしたその瞬間、「それがいい!」と、直感した。

    Museum, Music……美穂のM、MalhanのMも入っている。

    ギリシャ神話において、芸術や文学、音楽、天文学などを司る9人の女神の総称である「ミューズ」。それはまた、ヒンドゥー教の女神の「サラスヴァティ(サラスワティ)」、その流れを受けた日本の「弁財天」にも通じる。

    翻って、「おかえり」。

    8月のある夜。夫と新居のコミュニティをのんびりと散歩しながら、25年前と同じように、社名を考えていた。あれこれと、心に浮かぶ単語を発しながら、しかし、どれもピンとこない。わたしは「サラスワティ・ヴェンチャーズ」にしようと言っていたのだが、夫は女神の名前を冠するのは抵抗があるという。無論、鉄鋼会社と製糖会社を経営する実業家だった夫の祖父、製糖会社の名前は「サラスワティ・シンディケイト」だったのだが。

    さて、夫がご近所さんと立ち話をしている間、わたしは一足先に家へ戻り、夕飯の支度をしていた。夫が「タダイマ〜」と言いながら帰ってきたので「おかえり〜」と言ったとき、夫が「オカエリって、どう?」と言った。

    いい。

    非常にいい!

    おかえり、と言われると、心がやすまる。うれしい。「おかえり」には笑顔が伴う。

    さらには、「おかえり」に当てはまる漢字、「還」「帰」「返」にはそれぞれに、豊かな意味合いがある。というわけで、即決した。今のところ、ドメイン名を取得したのみで、諸々の手続きを始めているところだが、インド的に「動きながら整える」の姿勢につき。

    OKaeri Ventures。「お帰り/お還り」。

    還元、原点回帰、不易流行、温故知新、還暦(笑)、初心に返るなど、複合的な意味を持つ。

    なお、OKaeri VenturesにおいてのArvindは、日本企業のインド市場投資関連のプロジェクトが中心。坂田のプロジェクトはまた、別途詳細を整理する予定だが、基本的には、日本人には知る人の少ない、しかしインド社会においては一般的な「フィランソロピー」「ソーシャル・アントレプレナーシップ」……すなわち「社会貢献に連なるビジネス」を意識しつつ、自分が社会人として構築した35年間の経験を活かすべく、活動をする。

    還暦を2年後に控え、自分のこれからの方向性が、少しずつ明確になり始めている。

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    写真は、日曜の午後、4P’sのみなさんに「インドの食生活と健康管理 スペシャル濃密編」を実施した時の写真。明らかに「上質の空気」が伝わる写真は、マーケティングを担当されているデジタルクリエイターの女性が撮影してくれたもの。後半の写真は、過去のセミナーの様子など。最後のロゴは、必要があって、瞬間的かつ暫定的に作ったが、見慣れるとなかなかにいい感じ😁
    https://www.instagram.com/pizza4ps.india/

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    ヴェトナムやカンボジアを舞台に、30店舗以上を展開する人気のピザ・レストランPizza 4P’s。経営するのは、日本人夫妻、益子陽介氏と高杉早苗氏だ。店舗やお二人の背景については、ネット上でも数多の記事が掲載されているので、ここでは割愛。

    近々、東京の麻布台ヒルズ、そしてバンガロールのインディラナガールに新店舗をオープンするという話は、CEOである益子陽介氏のソーシャルメディア (SNS)で、半年ほど前から拝見していた。

    実は2016年、わたしは、共通の友人である豊田氏を通して、益子氏及びフレッシュ・チーズ作りのスペシャリスト小貫氏と、お会いしていた。ゆえに、バンガロール進出の報を知ったときには、とてもうれしかった。

    ヴェトナムやカンボジアで成功されているのだから、インドでもきっと、荒波を乗り越えられるのだろう……と思う一方、この7年間で目まぐるしく変貌したバンガロール(インド都市部)の外食産業事情、ピザ業界の急伸、そして「何をするにつけても、ハードルしかない」インドにおいては、タフな思いをされているかもしれない……とも思った。

    広大無辺のインド世界、もといインド宇宙。住んでみなければわからないことばかり。

    先日、インド人の嗜好を鑑みてのメニュー作りに苦戦されている様子を 益子氏のX (Twitter)にて拝見し、うっかり、口を挟みたくなった。しかし、余計なお世話かと憚られ、ぐっと我慢しつつ😅、ここは開店を楽しみに待つにとどめようと思っていた。そんな矢先の、我が日本旅直前。益子氏からメッセージが届いた。

    インドの食事情などに関してお話を聞きたいとのことだったので、二つ返事で、帰国後(29日)に、「インドの食生活と健康管理セミナー/スペシャル濃密編」を実施することとなった。

    できればその前に、料理の味を試させてほしい。サイトなどで美味しそうな料理を拝見してはいたものの、実際に食べてみなければ、テイストに寄せた話をする際、核心を突けない。バンガロールに戻ってきた翌日(一昨日)の朝、どうしても気になり、セミナーの前にテイスティングをする機会はないかと問い合わせた。すると、偶々その日にも実施予定だということだったので、急遽、バンガロール市街南東部、タミル・ナドゥ州に近い場所にあるキッチンへと赴いたのだった。

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    益子氏曰く、ヴェトナムやカンボジアよりも、「インドは非常にタフ」だとのこと。言わずもがな、痛いほどにわかる。2005年以来、公私に亘り、自他共に、数えきれないほど「インド進出の困難さ」を目の当たりにしてきた。あらゆる側面において。インド人の夫ですら、何度、打ちのめされてきたか。インドでのライフを軌道に乗せるためには、何が決め手となるのか。それはまた千差万別につき。

    一概には言えないことを前提に、わたしが思うところ……。まずはこの国の多様性の実態や歴史、文化、生活習慣や価値観の探究は不可欠。その「基礎の上に」、自分の軸をぐっと刺す。暴風に吹かれて揺れても倒れぬ軸を刺す。基礎なき地盤はもろいから、倒れる。

    そして具体的なVISIONを描く。プロセス(過程)に有意義を見出す。矜持を揺らがせない。日本的な「時間の概念」を脇において、インド的な時間の流れをも尊び(←超絶困難😅)、その上での事業計画(予算案)作成……と、偉そうに書いているが、本当に、このあたり、「肝」なのだ。

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    さて、テイスティングである。サラダに前菜、パスタにピザ……。この日、数あるメニューの中から10種類を超える料理が出された。「全部食べたらお腹いっぱいになりますから、味を見たら吐き出してください」とビニル袋を渡された。ワインのテイスティングで吐き出すのは知っているが、料理でもそうなのか……。と思いつつ。結論から言えば、「吐き出すなどもったいない!😂」

    実はうっかり、ランチに、ごはんと味噌汁をがっつり食べて参上してしまった。しかしながら、インドの食材を吟味し、試行錯誤して作られた料理の数々。バンガロールで作られたフレッシュチーズもまた新鮮でおいしい! 少しずつ、しかし確かに、味わった。気に入った味のピザやサラダなどは、次の料理が届いても皿の隅に確保、のちに食べるなど、楽しませてもらった。

    正直に言えば、インド人の意見を受け入れすぎてか、「ちょっと難解……」と迷走気味な料理もあった。シェフも悪戦苦闘されていることだろう。しかし「基礎」が完成しているのだから、多分、ちょっとした改善で、完成形が導かれるに違いない。……などと偉そうに書いているわたしとて、エキスパートではない。世界各地を旅し、インドの食生活を知る者としての経験値をフル稼働し「客観的」「主観的」双方の意見を忌憚なくお伝えしたのだった。

    🍕

    日本旅の直後で、正直に言えば立て込んでいるときに、なぜわたしがこんなに前のめりなのか……といえば。

    出発前に益子氏からご連絡をいただいたとき、彼らが紹介されている数多の記事を拝見して、共感する点が多く、その実行力に感銘を受けたからに他ならない。ご夫婦がピザ事業を始めることになった契機や思い、そして指針を目にし、何度も頷きながら読んだ。

    同志のようなご夫婦の協調、そしてバンガロールでの開店に向けて、一斉に拠点を移された日本人スタッフやヴェトナム人スタッフ……。そのチームワークにも驚いたし、それをマネジメントされているお二人にも、感嘆するばかり。「タフなインド」を知っているだけに、尚更だ。

    インドで「ことを起こす」際には、「千手観音」的な対応力が要される。店舗の工事(超混沌)に、事務手続き(超混沌)、人間関係(超混沌)その他諸々、「うぉ〜」と発狂したくなるような事態が連発だ。しかも、現在のインドは絶賛ホリデーシーズンで、時間が停滞する。周囲を変えることは無理だから、自分の精神に向き合うしかない……といった達観の境地を望まれもする。

    これからオープニングまでは、波乱が続くだろう。

    しかし、店舗のロケーションも、店のコンセプトも、全般に亘ってすばらしい。この店が開店したら、わたしは間違いなく、ARAKU COFFEEと並んで常連になるし、インド友らにも強く勧める。とても楽しみにしている……ということだけを、ひとまずは残しておく。

    🖋試食会参加に関してはオフレコかと思っていたが、益子氏が公表は問題ないとおっしゃっていたので、ここに所感を残す次第。この記録もまた、未来、ひとつの思い出になることだろう。

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    📷2016年のスクリーンショットは、豊田さんのFacebook(🌏公開)からお借りしました。全体的に初々しい😁
    【波乱万丈】ピザ激戦区・インド進出奮闘記/サイバー辞めてベトナムでピザ屋で成功/インド成功のカギは水牛チーズ/サイバーエージェント流ピザ事業は成功するのか? (PIVOT 公式チャンネル)
    https://www.youtube.com/watch?v=D9sVLwR5smo

    🍕ベトナムを席捲する有名ピザチェーン店オーナーは日本人。「Pizza 4P’s」CEO・益子陽介氏インタビュー (SmartWeb)
    https://smartmag.jp/archives/25175/

    🍕「Pizza 4P’s」を通じて、世界中に笑顔を増やしたい。ベトナム・ホーチミン在住 高杉早苗 (motokura)
    https://motokurashi.com/vietnum-pizza4ps/20171218

    🍕【特集】Pizza4P’s開業10周年記念|益子陽介・早苗氏インタビュー (vietexpert)
    https://vietexpert.jp/discovery/feature/18963

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    結局、今回の旅。5泊6日の東京滞在は、銀座から一駅たりとも外へ出ず、徒歩圏内だけでの移動だった。それでも、まだまだ用事をすませることができなかった。東京は広く、銀座は深い。

    過去、銀座において、いくつものホテルに滞在してきた。中でも最も気に入っていたのは、パンデミック明け直後、昨年6月の一時帰国で滞在したTHE GATE HOTEL TOKYO by HULICだった。マンハッタンのホテルを思わせる(またかよ!)な、すてきなホテルだったのだ。しかしながら、今回、出発前に予約をしようとチェックしたら、宿泊費が昨年の倍以上に跳ね上がっていた。

    ホテルの高騰ぶりとインバウンドの旅行者の多さについてもまた、記したいことは尽きず。

    ともあれ、今回のホテル。気がつけば、いつしか増えていた「三井ガーデンホテルズ」系列のホテルを選んだ。そして気づけば、そのほとんどに宿泊経験があった。2回利用したホテルもある。そして今回は、最も新しい、歌舞伎座至近の「三井ガーデンホテルズ銀座5丁目」を選んだ。

    過去に利用した他の3つのなかで、わたしは一番、気に入った。それぞれに長所と短所があり、完全に好みにもよると思うが、真新しい大浴場がよかった。部屋にバスタブがあるし、温泉というわけでもないので、大浴場を利用することもないだろうと思っていた。しかし、広々とした浴槽は、思っていた以上にくつろげて、朝な夕なに利用した。

    朝食のダイニングも、比較的心地よい空間だった。ただ、ホテルのパン類が全て「甘め」、かつ小麦粉がおいしくないのは残念だった。見た目はいいが、素材の風味が弱い。昨今の日本。小麦粉の品質が落ちているように思うのは気のせいか。

    一方、日本米はおいしい。しかし、外食の日本料理は、味付けが濃すぎるものが少なくなく、朝食も全体に塩分過多だ。とはいえ、ごはんがおいしいので、毎朝がっつりうっかりたっぷり食べていた。ごはんのほかに、味噌汁、薄味の卵焼きにさっぱりとした野菜などがあれば、個人的には満足だ。

    唯一のひとりの夜は、デパートメントストアの地下で寿司と酒を買って部屋で食べた。そんなシンプルな夕食も、とてもおいしく、至福であった。毎晩、誰かにお会いするのは、楽しいがエネルギーを要する。体調管理のためにも、「余白」は貴重だった。

    ところでこのごろのわたしは、本当に日本酒が好き。この件についても書きたいことは募る。ともあれ、日本では、当たり前だが日本酒が廉価で手軽に手に入るのがうれしい。それにしても、昨今の日本酒の進化に驚く。香りよく洗練された味わいのものが増え、リラックスさせてくれる。アルコールの中では最も身体に優しい気がする。

    過去十数年の日本酒の進化っぷりについても、じっくり探求したいところだが、今はおいしさを堪能する。

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    さて、1枚目の写真は、ミューズ・クリエイション同窓会その6。ミューズ・クリエイション創設期の初代メンバー、KIYOMIさんとEMIKOさん。二人はミューズ・クワイアのメンバーで、EMIKOさんとは、ロックダウンのころに始めたユニット「SAREES」で、何曲もの動画を一緒に撮影した。

    そして最終日の前日には、元バンガローリアンの、ミューズ・クリエイション以前の友人から連絡があった。最終日は買い物その他、済ませておきたいことが募っていたので、朝食の時間でよければ、と提案したところ、ホテルまで来てくれた。

    ホテルの朝食を食べなかった日があったので、朝食クーポンが一枚余っていたことや、用意していたお土産が一つだけ残っていたことは、彼女と会うためだったのかな……とご縁を感じたりもした。彼女はミューズ・クリエイションの活動に関心を持ってくださっていて、日本からできることがあれば……と申し出てくれたので、先月仕上げたばかりの「ミューズ・クリエイション案内(企画書)」をお送りしたのだった。

    静かに、しかし確実に、新しいフェーズに踏み出しているミューズ・クリエイション。地味でも、目立たずとも、ここに在り続けることに意味があるのだ。

    継続こそ、力。

    ◉小籠包は、ある日のランチ。鼎泰豊を見つけて、入らずにはいられなかった。1988年11月。社会人になって初めての海外取材は、戒厳令が解けた直後の台湾だった。鼎泰豊で、初めて小籠包を食べた時の感激を、今でも鮮やかに思い出す。35年前が、つい先日のことのようだ。以下の記録、当時の写真も掲載している。味わい深い。

    ◉異郷の食を巡る記憶 〜Since 1985〜《002》小籠包Taipei, Taiwan (November 1988)
    https://museindia.typepad.jp/2019/2019/01/002.html

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    確か一昨日の未明にバンガロールへ帰ってきたはずなのだが、すでに濃すぎる2日間。しっかり食べて、しっかり食べるの基本は守り、体調管理には配慮している。立て込んではいるものの、基本ポジティヴに楽しいことなので、そこはノープロブレム。

    怒涛のお祭りシーズンが全開だからこそ、スケジュール帳の「余白」が大事。毎度記していることだが、インドライフ。不測の事態が頻発するから、詰め込みは厳禁なのだ。現在、「ダセラ(ダシェラ)」と呼ばれる祝祭で、連休的な昨今。来月にはヒンドゥー教の正月ともいえる「ディワリ」もやってきて、このごろは完全に、週休5日制的な世界。「休みの間に仕事をする」日常の到来である。

    さて、本日の我が身に起こった出来事。

    ①身内が結婚式とのことで、今日から1週間、メイドさん帰郷(忘れとったわたしが悪い)
    ②1カ月分、作り溜めていた猫餌が枯渇! 朝から大鍋3つを駆使して大量の餌を調理&鍋釜類の洗浄。
    ③奥歯のクラウンが取れた。歯医者に行かねばならぬ😅

    わずか3つの不測の事態でさえ、それなりに時間と労力を要する。月末には妹夫婦が日本から1週間ほど遊びに来るので、この1週間は予定を極力、空けておいたのだが、本当によかった。

    尤も、急遽『食生活と健康管理』のセミナーその他、実施することにはなったが、それは問題ない範囲である。

    もう少し、ゆとりを持って、今回の示唆に富んだ東京旅を記録しておきたかったのだが、呑気に回想している場合でもないので、写真だけでも残したい。

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    今回の日本旅は、「着物」が大いなるキーワードだった。わたしがインドでサリーを通してテキスタイルを学び、その後、京友禅サリーのプロモーターの仕事をお引き受けしたことなどすべてが、「壮大な序章」だと思えるほどに。

    着物をほぼ着たこともないのに、着物に対する審美眼が育まれていたことに、自分でも感じ入った。

    折しも「銀座松屋」という老舗デパートメントストアで開催されていた「銀座のきもの市」に足を運び、さまざまな着物を目にしての学びも多く。サリーを着ていたことから、ここで声をかけていただいた数名の方とのご縁もできた。

    また、老舗の着物店や草履店を訪れて店の方々から話を聞くのも非常に勉強になった。

    着物のことに関しては、本当に書きたいことがたくさんある。日本の廃れゆく伝統工芸という側面から思うところなど、特に。

    「粋もモダンも伝統美も、ときめく装い多彩な共演」というキャッチコピーが添えられた「きもの市」の在り方には、正直なところ、「このような販売形態でいいの?」という強い衝撃を受けた。高価な新作の数メートル先で売られている、リユース(中古)ながらもコンディションのよい「激安」の芸術品……。

    今後、追々、何かにつけて、記すことになるだろう。

    一昨日は、荷解きをしつつ、また福岡から無事届いた着物入りの郵便物(小包というよりは大包)を開封しつつ、丁寧に畳み直しながら、着物や帯の麗しさに耽溺するかの如き時間を過ごした。疲れを忘れさせられるほどの、麗しくも愛しき布ら。

    ともあれ、着物に出合えて、本当によかった。

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