インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    🇮🇳Yesterday I visited Arimatsu, the home of Shibori. Although the traditional industry has shrunk, I was able to see a glimpse of the wonderful technique. I will leave more photos for those who are interested.

    You can read my previous blog posts on the history of Shibori (in English and Japanese). Of course, the Arimatsu website is also a good reference.

    🇮🇳🇯🇵インドで生まれ、日本で育ち、再びインドへ。歴史豊かな絞り染めの世界。
    Born in India, raised in Japan, and now back in India. The history-rich “Shibori”.
    https://museindia.typepad.jp/fashion/2021/09/shibori.html

    🇮🇳🇯🇵ABOUT ARIMATSU SHIBORI/ 有松絞りについて
    https://shibori-kaikan.com/arimatsutextile/

    🇯🇵わたしが絞り(しぼり)や絣(かすり)などの布に関心を持ち始めたのは、サリーを通してだったということは、これまでも幾度となく記してきた。

    現在に残るインドの伝統的な布の歴史は紀元前に遡るものが少なくない。絞りもそのひとつだ。

    以前、世界遺産であるアジャンタ石窟群を訪れた際、描かれている人々の服装や宝飾品の艶やかさに目を奪われた。その後、写真集を購入してじっくりと眺めたところ、そこには絣や絞りに違いないと思われる衣類が見られた。

    昨日、わたしは絞りの故郷である有松を訪れた。現在、その伝統産業は縮小しているものの、すばらしい技術の片鱗を見ることができた。関心のある方のために、写真を多めに残す。

    関心のある方は、上記、わたしが過去に記した絞りの歴史に関するブログ記事や、有松絞りのホームページも読んでいただければと思う。

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    もう一生分、名古屋を楽しんだ気がする3泊4日。夕方、名古屋駅から新幹線に乗り、数時間前にようやく旅の最終地点、東京に到着した。移動続きで体力を使い、両腕もそこそこに筋肉痛。東京では緩めに過ごそう。

    昨日の常滑の写真、そして今日訪れた場所の写真も、自分としては大切な情景ばかり……につき。無口に残しておこう。
    ……と言ってる先からキャプションを添えたくなる。

    INAXライブミュージアムのすぐそばで見つけた邸宅。表札に伊奈さんとある。入り口には老紳士の像。もしや……と思って調べたら、伊奈製陶(INAX、現LIXIL)の創業者の故伊奈長三郎氏。

    常滑。楽しき散策であった。

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    常滑(とこなめ)。常に滑らかと書いて常滑。

    確かに、あの滑らかな常滑焼の湯飲みや急須は好きで、実家にも、インドの我が家にもいくつかある。しかしそれが理由で、今回、常滑を訪れることに決めたわけではない。それは、じわじわとやってきた。詳細を綴り始めると、途轍もなく長くなるので軽く触れるに留める。

    陶器の町巡りも楽しかったが、主たる目的地は「INAXライブミュージアム」だった。ここで「世界のタイルミュージアム」を見学したかったのだ。なぜならバンガロールの新居を彩る和製マジョリカ・タイル発祥の地が名古屋で、それに関わる世界各国のタイルの歴史が見られるからだ。

    和製マジョリカ・タイルは、明治40年代(1907〜)、日本のタイル産業の礎を築いたとされる青年らによって開発された。英国製タイルに着想を得つつも、廉価で流通しやすい製品は、欧風建築の流行に伴って人気を博したようだ。やがて日本でも、マジョリカ・タイルを作る会社が増え、東南アジア各国に向けて輸出が始まった。

    アールヌーヴォーの意匠に固執していた英国メーカーに比し、日本は対象国の好むデザインを導入。中華圏向けには吉祥果(果物)、インド向けにはヒンドゥー教の神々の姿が見られる。シンガポールでは、今でもマジョルカ・タイルが施された建築物が随所に残る。

    ミュージアム内では、我が家にもあるタイルが展示されている。親近感だ。それより何より、一目見て、またしても「オーマイガー」と声を上げてしまった展示があった。ちなみに今回最初の「オーマイガー」は福岡大仏。

    あれは今から29年前。欧州を列車で3カ月旅をした。パリを起点に終着はマドリード。バルセロナに滞在中、当時のボーイフレンドと合流し、北を目指した。途中までは列車で、そしてフランスとの国境、ビスケー湾を望むサンセバスチャンでレンタカーを借り、沿岸沿いを走った。

    そしてコミーリャスという小さな海辺のホテルを見つけ、その景観のすばらしさに心を奪われ、数泊滞在を決めたのだった。その小さな海辺の町には、かのアントニオ・ガウディによる建築物があるとのことで、ある日の午後、散歩がてら訪れた。

    その建物は、ひまわりのタイルに覆われていた。ひまわりが好きなわたしは、しっかりとカメラに収めた。今でもそのポジティヴフィルムは残っている。

    そのひまわりのタイルが、展示されていたんですよ!

    そらもう、諸々の思い出が蘇らないわけがない。だめだ、話が長くなる。

    ともあれ、常滑はまた、フランク・ロイド・ライトによる帝国ホテル建設を語る上で不可欠な場所。彼がこの地で作られる「黄色いレンガ」に惚れたと同時に、難易度の高いデザインや形状を望んだ。その芸術家の要求に応え、すだれレンガをはじめとする多様な焼き物を作ったという。それはまた、日本が建築物に焼き物を使うようになった契機でもあったとのこと。

    とにかく、展示や上映物を目にするだけでも学びと発見に満ちていて、尽きない。ただ一つ言えることは、「なぜ、帝国ホテルはライト館を破壊したのだ!」ということだ。いろいろな事情はあっただろう。しかし、完成に至るまでの波乱万丈な背景を知れば知るほどに、残されなかった無念は募る。

    このミュージアムではまた、常滑の「土管作り」の歴史を知ることができたのは大いなる収穫だった。

    日本の六古窯のひとつである常滑の歴史は平安末期に遡る。行こう、江戸時代は酒器や急須、明、大正には、土管、タイル、テラコッタなど建築や衛生陶器が盛んに作られてきた。

    文明開化により、日本が近代化する中、都市の地中には下水道が敷かれ無数の土管が埋められた。文字通り、日本の近代化を「縁の下」で支えたのが常滑の土管だったのだ。
    ……と綴れば尽きぬ。

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    🇯🇵日本から来ました! 欧州発、日本経由インド。旅するマジョリカ・タイル。
    Made in Japan. From Europe, India via Japan. Traveling majolica tiles.

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    今回滞在したホテルは、まさに我がライフのテーマである「不易流行」が見られる非常に居心地のよい上質の空間だった。

    日本の伝統美と、現代の洗練とが巧みに共在している。建築の詳細やホテルの背景については割愛するが、関心のある方はホームページなどをご覧いただければと思う。

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    🏯HOTEL INDIGO INUYAMA URAKUEN GARDEN
    https://inuyama.hotelindigo.com/

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    一時帰国をいかに過ごすか。米国在住時は、家族や友人など「人に会う」「おいしいものを食べる」といったことが主目的だった。しかし海外生活が長くなるにつれ、目的は少しずつ変化する。数日前にも記したが、わたしにとってここ数年は「日本再発見」の貴重な旅だ。

    今回、1週間の福岡滞在後は名古屋に2泊、東京に66泊する予定だった。一人旅の東京では、友人らに会うだけでなく、もう何年も「いつか行きたい」と訪れたかった「場所」に足を運ぶつもりで長めにとった。

    しかしながら、現在10月18日の朝。わたしはホテルの窓から、名古屋駅を見下ろしつつ、パソコンに向かっている。名古屋に延泊したのだ。東京到着の翌日は、自分のために時間を空けておいたので、予定を変更するのに問題はなかった。
    今日は夕方まで名古屋で過ごして東京へ向かう。

    これから朝食まで1時間ほど。ゆっくり文章を記している余裕はないので、昨日の写真だけでも、できるかぎり記録しておこうと思う。まずは犬山で滞在したホテルや、そこに隣接する、国宝の茶室「如庵」を擁した日本庭園「有楽苑」など。

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    🏯楽しい。実に楽しい。犬山、最高!

    世界各地を旅した半生。若いころには一人旅も多かった。当時の好奇心や心の躍動とは異なる、今のわたしの心境。得も言われぬ喜びと、感謝の念。これはまた、歳を重ねた証なのか。だとすれば、年齢を重ねることをありがたく思う。

    ともあれ、久しぶりの一人旅が、今回は殊の外、楽しい。天気に恵まれ、おいしい料理を味わい、新たな発見や学びの連続だ。

    明治村を出て、バスに乗り、犬山駅前で降りて、そこから城下町を歩く。途中で良質のすてきな革のベルトを購入したり(犬山の特産というわけではない)、犬山の伝統を継承する陶器店で、「桜と紅葉」を特徴とする犬山焼きの一輪挿しを買ったり……。本当はペアのカップも欲しかったが、現金しか使えず、持ち合わせが足りなかった!

    店舗や飲食店が連なる本町通りをそぞろ歩いた先の小高い丘の上に立つ「国宝 犬山城」。三光稲荷神社を抜けて、城内に入る。こぢんまりと小さな城ながらも、上品に威風堂々と麗しい。

    1537年(天文6年)に織田信長の叔父にあたる織田信康が、木ノ下城を移して築城。以来、激戦の地である尾張と美濃の国境にあったことから、城主がめまぐるしく替わったという。織田信長や豊臣秀吉、徳川家康もこの城を奪おうとしたとのこと。

    諸々、綴りたいところだが、今朝はこれから温泉に入って朝食を楽しみ、チェックアウトして名古屋駅に向かうので、あまりのんびりもしていられない。歴史的背景に関心のある方にはぜひ、検索していただきたい。

    とにもかくにも! 急勾配の階段を上った果てに到達した望楼型と呼ばれるらしき天守からの眺めがもう最高で、そのことだけは、言及しておきたい。

    夕暮れ時。4時半に入場は終了というので、4時ごろに入ったが、閉城する5時まで、ここで絶景を眺めながら過ごした。本当にすばらしい時間だった。夕映えの木曽川、伊木山……。

    犬山城、最高!

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    帝国ホテルのライト館を見たい。それだけが目的で訪れることを決めた「明治村」だったが、そこは、わたしが想像していた以上に、興味深い場所だった。

    明治維新。西欧文化の流入。殖産興業。今日に至る各種産業の黎明……。ここでは、1868年の明治維新から155年の短い間に大きく変容した日本の国の有り様の片鱗が垣間見られる。

    その時代、その時代を懸命に生きた人々の息吹が伝わる、興味深い建築物や展示が、随所に見られた。

    無論、背景理解を抜きにしても、明治村内は自然美に溢れ、ウォーキングを楽しめる魅力的な場所だった。名古屋初日、ここに住まう友人らから、子供時代の遠足スポットと聞いたが、確かに遠足にも好適な場所だ。月曜日ながら、家族連れの姿も見られた。

    今回の旅。名古屋に対するわたしの印象が大きく変わった。

    変わったというよりも、わたしは名古屋の魅力を初めて知った。一昨日、博多から新幹線で名古屋駅に到着し、観光案内所でさまざまな資料を受け取り、紐解きながら、「ここ、行きたい!」「え? こんな場所もあるの?」と思わされる活字が、次々に目に飛び込んで来る。

    わたしは本当に、日本をよく知らない。そしてこれから、母国をもっと知りたいと思う。

    まさに「お還り」。人生の2周目を2年後に控えて、新たな視座が生まれている。

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    🧱昔から好きだった米国の建築家、フランク・ロイド・ライト。しかし実際の建築物をリアルに見た経験は、ニューヨークのメトロポリタンミュージアムにおいて、だけだった。

    かつて、東京の「帝国ホテル」がフランク・ロイド・ライトの建築によるものだった……という事実をわたしが知ったのは、確か2015年。ホテル・オークラの伝統的な建築物が取り壊され、大規模な改築がなされるというニュースを知って、関連情報を検索していたときだったと思う。

    「もしも、今でも当時のホテルが残っていたら……」と幾度となく夢想した。そして、『明治村』に移築されたというエントランスとロビー周辺だけでも、この目で実際に見てみたいと思っていた。

    バンガロールの我々の新居を手がけているのは、Total Environmentというバンガロール拠点の会社。CEO夫妻は建築やデザインを専門にしている自らが芸術家でもある。幾度となく記してきたが、わたしは、バンガロールにおいては、他のどこの物件よりも、Total Environmentのコンセプトが好きで、だからこそスケジュールが遅れに遅れに遅れても、芸術作品のようなものだから仕方がないと、自分に言い聞かせてきた。

    Total Environmentの住宅が、フランク・ロイド・ライトやブルース・ゴフらの意匠に影響を受けていることは、もちろん知っていた。故に、家具調度品を選ぶときにも、フランク・ロイド・ライトの作品を集めた写真集や、アール・デコ建築の写真などを参考にしながら、自分なりに育んだ。

    フランク・ロイド・ライトが帝国ホテルを手がけたときも、スケジュールが遅れに遅れに遅れて、それはそれは大問題になったという。そのあたりのエピソードを記し始めれば尽きず、割愛。

    かつて、打ち合わせのためにTotal EnvironmentのCEOと会った際、彼が信奉しているフランク・ロイド・ライトや、安藤忠雄の話題で、話が弾んだ。折しもわたしたち夫婦が、瀬戸内の直島にて、安藤忠雄が手がけるベネッセハウスに滞在した直後だったこともあり。

    かくいうわたしは、建築に関して、さほど詳しいわけではない。あくまでも自分にとって、「居心地がいい」「リラックスできる」「好き」と感じる空間に関心を持っている。その構成要素は、多分、年齢や経験と共に少しずつ変化しているようにも思う。

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    🧱今朝は、朝食をすませてまもなく、明治村へ向かった。明治村は広いと聞いていたので、歩く覚悟で入場すると、ちょうど村内を巡るバスが出発するところだった。

    まずはそれに乗り込み、一番奥にある「帝国ホテル/ライト館」へ。

    幾度となく写真で見てきたそのエントランスを見て、感極まる。想像していたよりも、そのエントランスは小さめで、ロビーも圧迫感がある。それは、日本の伝統建築に影響を受けていたフランク・ロイド・ライトが、日本の茶室の躙口(にじりぐち)に着想を得た作りだともいわれている。

    控えめな光のやや窮屈な場所を通過して、カーテンの向こうに足を踏み入れるや目に飛び込む広々としたホールの空間! その新鮮な驚きこそが、帝国ホテルのライト館の魅力のひとつでもあったろう。

    わたしはすでに、過去を再現したコンピュータ・グラフィックの映像などで、ヴァーチャルには体験していたので、脳裏でそれをイメージできたが、しかし、それを見ていただけに、この入り口だけしか見られないことに、不完全燃焼の無念さを覚えた。

    一隅のカフェでコーヒーを飲みながら、現実と空想の狭間を脳裏で旅する。

    「帝国ホテル/ライト館」が開館した日。それは折しも関東大震災が起こった日だった。ゆえに、明治村内では、「東洋の宝石」というタイトルでの特別展も開催されていて、そちらにも足を運んだ。関東大震災の日、多くの家屋が倒壊した中、頑丈な「ライト館」だけは無事だったことから、人々の避難場所になったことや、いくつもの会社の臨時のオフィスとしても使われたことがわかった。

    当時、ホテルを利用した著名人や作家のエッセイやコメントなども賛否両論で興味深い。そんななか、取り壊されるときには、反対運動が起こったこと、また出来たばかりだった明治村(1965年開村。わたしと同じ年)が、移築を受け入れるか否かなど、当時のドタバタが伝わる新聞記事も興味深かった。

    衝撃だったのは、取り壊されるからということで、4000点にものぼる館内の家具調度品類が、百貨店にて、わずか2日間のあいだに、二束三文で大放出されたということ……と書き始めれば尽きず。

    明治村には他にも見どころがたくさんあり、都合3時間余りを過ごした。その後、今度はバスで犬山駅まで向かい、そこから歩いて城下町を散策、その後、犬山城の天守閣にのぼるという濃い1日を過ごした。せめて写真だけでも、引き続き、残しておこうと思う。

    以下は、『深海ライブラリ』ブログに残したフランク・ロイド・ライト関連の記録。

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    🧱フランク・ロイド・ライトと旧帝国ホテル。そして東京裁判、LOVE IN TOKYOなど。
    https://museindia.typepad.jp/library/2021/11/tokyo.html

    🌳フランク・ロイド・ライトからジョージ・ナカシマ。日本と米国、そしてインド。繋がる系譜。木の温もり。
    https://museindia.typepad.jp/library/2021/10/nakashima.html

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    🏯日本に住んでいた20代のころは、海の向こうばかりに思いを馳せていた。旅の情報誌の仕事で国内取材もあったけれど、海外取材にかける熱量のほうが、かなり高かった。

    日本を離れ、米国、インドと暮らすなか、歳月を重ね、母国の魅力を客観的に見つめられる目が育まれた。そして50歳を過ぎたころから、日本の特殊な地理的条件、気候風土、歴史的背景、精神土壌が育んできた「日本の伝統の魅力」が、切に魅力的に見え始めた。

    日本を離れて28年目。かつて一時帰国は、福岡、東京の2都市だけを訪れることが多かったが、50歳を過ぎたころから、「新幹線での途中下車」をするようになり、少しずつ日本旅を増やしてきた。夫との旅や、セミナーなどの仕事も含めつつの、下関、宮島、神戸、有馬温泉、直島、京都、奈良、伊勢……。それぞれに、忘れ得ぬ情景。半年前には白馬村でもすばらしい滞在を楽しんだ。

    そして今回。

    途中で名古屋に寄り、もしもミューズ・クリエイションのメンバーから連絡があればお会いしたいという緩めの企画で、自分の旅を優先しつつ場所を決めた。

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    🏯今回、犬山城界隈へ足を伸ばそうと決めたのは、『明治村』へ行くのが目的だった。明治村にあるフランク・ロイド・ライトが建築した「旧帝国ホテル」のエントランス部分を見に行くためだ。無論、このホテルは大正時代に建てられたものだが、明治村が擁する建築物の大半が、明治時代の歴史を物語るものらしい。

    当初は名古屋中心部に泊まって明治村まで足を伸ばそうと思っていたのだが、調べている途中に、この「ホテルインディゴ犬山有楽苑」の存在に気づいた。

    「国宝茶室 如庵を有する日本庭園・有楽苑に隣接」

    「ホテルから望む壮麗な国宝⽝⼭城と⽊曽川の迫⼒」

    「庭園の柔らかな落ち着き」

    「そこかしこで触れるアート、⾆⿎を鳴らすクリエイティブな⾷体験」

    ホームページの描写に関心が高まり、即、ここでの滞在を決めたのだった。しかも温泉も併設されている。

    🏯フランク・ロイド・ライトのこと、ホテルのこと、犬山城の城下町のこと……。綴りたいことは尽きぬ。

    ところで夕べは、今からちょうど10年前あたりに共に活動した、元ミューズ・クリエイションのメンバーが、犬山まで足を運んでくれた。2017年にミューズ・クリエイションの5周年記念同窓会@名古屋でお会いした人たち含め、みなさんとは5年以上ぶりの再会。当時の話や、ご家族のことなど、話は尽きず。

    わたしも、みなさんも、それぞれに、大小の波乱を乗り越えながら今日があるのだということを、しみじみと思いつつ……。何があっても、今、現在、笑いながら時間を共有できることは、本当に幸せなことだと思う。

    ちなみに、幹事の方が選んでくださった「香月」という日本料理店のお料理も、非常においしかった。

    元ミューズ・クリエイションのメンバー各位は、インドを離れた後も、LINEなどでつながっていらっしゃる方々も少なくない模様。今回、ご都合が合わずに来訪が叶わなかった方もいらしたとのことだ。当時のつながりが今でも続いていることが、わたしにとってもうれしい。

    今、ミューズ・クリエイションは、かつてとは異なる形で活動を再開するに際して、再びの「試行錯誤モード」に入っているが、これまで培った経験を大切に、未来を見据えながら、現在を、まさに「Present」と慈しみ楽しみながら、活動をしたいと思った。

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    現在、新幹線で名古屋に向かう途中。

    iPhoneで長文入力は不可能につき。(酔う)

    昨日は昔の面影やはり皆無な香椎界隈を歩き、所用をすませる。

    母が元気でよかった。まだしばらくは、元気だろう。

    緩やかにも有意義な一週間だった。

    福岡、また来年!

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